タイプゼロ。かつてミッドチルダを震撼させたJS事件を起こした戦闘機人達"ナンバーズ"のオリジナルとも呼べる存在である。
しかし、開発者もコンセプトもナンバーズとは異なり、タイプゼロ自体の多くは謎に包まれていた。
現時点で確認されているタイプゼロはファースト、ギンガ・ナカジマとセカンド、スバル・ナカジマのみ――だった。
「接触したみたいだね」
カップラーメンのスープを飲みながら、タイプゼロシリーズの開発者であるマラネロがモニターを確認する。
〔ドクター〕
現在モニターされているミッドチルダとは別の次元世界から、サードとは別の不機嫌そうな少年より通信が入った。外の風景が暗いことから夜であることが伺える。
「おや、早かったね」
〔ああ。すぐハズレだと気付けたからな〕
彼等の目的は、"セブン・シンズ"と呼ばれる7つのロストロギア。その内、既に3つがマラネロ達の手中に納まっている。
〔今から帰還するが、変な動きをしていないだろうな?〕
「さぁね」
翡翠色の髪に隠れた、紅い眼光がマラネロを鋭く睨む。だが、科学者は気にする素振りすら見せずに流した。
〔……フン〕
結局、納得しないまま通信相手は回線を切った。マラネロはミッドチルダを映すモニターと、もう一つのコンピューターの画面に集中していた。
「さぁ、楽しませてくれ。ウヒャヒャヒャッ」
画面には生命反応と、その下に"タイプゼロ・フォース"という名前が映し出されていた。
◇◆◇
「俺はタイプゼロ・サード。やっと会えたね、セカンド姉さん」
黒のオールバックに金色の瞳を持つ少年はスバルを見て確かにそう言った。
「タイプゼロ・サードって、ええっ!?」
「姉さんって、つまりスバルの弟!?」
サードの発言にスバルもソラトもかなり驚愕していた。ソラトはともかく、スバルも自分に弟がいたなんて想像すらしていなかった。
スバルとギンガは13年前に、彼女達の母親であり遺伝子のオリジナルであるクイント・ナカジマによって救い出されている。
しかし、サードとは初対面だ。つまり、タイプゼロの研究・開発は終わってなかったのだ。
「あ、弟って言っても腹違いのようなものだけどな。基礎骨格が同じってだけで、セカンド姉さん達と使ってる遺伝子は違うぜ」
「え? そうなんだ……」
サードは自分がクイントの遺伝子から生み出された戦闘機人ではないことを明らかにする。自分達と血の繋がりがないことに少し落ち込むスバル。
「でも、姉弟であることに変わりないよね! 私は今は「スバル・ナカジマ」って名前なの。だから呼ぶ時はスバルお姉ちゃんでいいよ!」
だが、すぐにポジティブ思考に切り替えてサードの手を握る。
つい最近2人の妹が出来、更に弟まで出来たのでスバルは思わず笑みを零す。今まで末っ子だったので余計に嬉しいのだろう。
「離せよ」
しかし、サードはスバルの握った手を振り払った。さっきまでの笑顔をまるで汚らわしいと言わんばかりに歪めて。
「セカンド姉さんはセカンド姉さん、だろ? 「スバル」だなんて人間らしい真似よせよ」
サードの冷たい言動に固まるスバル。信じられないという困惑の眼差しに、すぐ涙が溢れて零れた。
「え? ど、どうしたの……?」
「機人に涙なんて似合わない。コンピューターがバグでも起こしたのか?」
「やめろ!」
スバルが泣いても、サードの暴言は止まらない。隣で聞いていたソラトも、遂に我慢出来なくなった。
「それ以上言ったら、スバルの弟でも殴る」
鼻で笑うサードの肩を掴み、敵意を剥き出しにして睨む。愛しい人を泣かせた時点で拳を握っていたが、身内だと思い押さえていたのだ。
「ソラト・レイグラント。アイツが狙っていた奴か」
「何で僕を知って」
「だが、ただの人間風情が俺に触ってんじゃねぇぞ!」
ソラトの威圧を無視し、分析しながら呟くサード。内容はソラトにもよく聞こえなかったが、何故か自分を知っていることは分かった。
疑問を問おうとするソラトの声を遮り、サードは腕を払って逆にソラトを殴った。
「ソラト!」
倒れるソラトに、スバルが駆け寄る。右頬が赤く腫れているが、無事なようですぐ起き上がった。
「俺の目的は
サードはソラトとスバルを見下しながら右腕を伸ばす。
すると、右腕に独特な形のガントレットが自動装備された。赤い指は棘のように鋭く、黒い腕の装甲には魔力弾を放つ銃口が付いている。
「"マサカーネイル"、ぶち殺せ!」
サードはソラト目掛けて右腕を振り下ろした。
「スバルっ!」
スバルを突き飛ばして自身も辛うじて避けるソラト。先程までいた場所には、爪で抉り取られたような跡が付いていた。
「キャー!」
「逃げろー!」
突如起きた破壊行為に、数瞬前まで日常を過ごしていた一般人達が恐怖の声を上げ逃げ惑う。
「いつまで逃げ切れるか、だ!」
抉り取った地面の破片を投げ捨て、再度ソラト目掛けて魔手を伸ばす。
「セラフィム! セットアップ!」
〔Standing by!〕
ソラトは立ち上がり、サードの攻撃を避けつつ懐から待機モードのセラフィムを取り出し起動させる。
すると、帯状魔方陣が爪を防ぎつつソラトを覆いバリアジャケットへと換装させていく。
「チッ!」
「マッハキャリバー、私達も……キャッ!?」
ソラトが戦える体制に入ったことを察すると、サードは自分もデバイスを起動させようとしたスバルを抑える。
「大人しくしてろよ、姉さん」
ガントレットで頭を掴んで持ち上げ、左手で腹部を殴って気絶させる。
「スバルを離せぇぇぇぇぇ!!」
そこへスバルを傷付けられ、怒りに燃えるソラトが大剣を振り下ろしてきた。
サードは昏倒したスバルを捨て、右腕でセラフィムを防ぐ。ガントレットを装備した状態とはいえ、腕1本で振り下ろされた剣を防ぐ辺り、流石は戦闘機人と言えるだろう。
「ほら、離したぞ! 人間!」
右腕を抑えていたセラフィムを蹴り飛ばし、マサカーネイルで殴り飛ばすサード。吹き飛ばされたソラトは、そのまま背後にあったビルの壁に衝突した。
「かはっ!? くっ……」
ソラトが叩きつけられた壁には数本の亀裂が入っており、サードの力の強さを物語っている。
滑り落ちて地面に倒れるソラトだが、何とかセラフィムを支えにフラフラと立ち上がる。口から血を流しながらも戦意を失っていないソラトを見たサードは、気を失っているスバルを拾い何かを思いついた。
「オイ、ソラト。まだ生かしておいてやるからファースト姉さんも連れて来い」
「な、に……?」
タイプゼロ・ファーストであるギンガを、ソラトに連れて来させようとしていたのだ。
ソラトは拒否しようと口を開こうとするが、サードが爪をスバルの喉元に当てるのを見て言い出すのを止めた。
「断れば、当然セカンド姉さんの命はない。お前に選択肢なんてないんだよ」
「くっ……」
手を出すことさえ許されず、ソラトは悔しそうにサードを睨む。
「場所はミッド南東の草原にある小屋、時間は今日の日暮れ前まで待ってやる。急げよ?」
「待て……!」
そう言い残し、スバルを抱えたサードは転移装置で何処かへ消えてしまった。
1人残されたソラトは震える手で通信を開いた。
「エド、兄……」
相手は自分が兄と慕う男、エドワードだ。今はギンガと一緒に海上隔離施設にいるはずだ。
〔何だ……ソラト!? どうした!〕
通信が繋がり、エドワードはすぐソラトの異変に気付く。
「ごめん……スバルが、攫われて……ギン姉も危ない」
〔落ち着け! 詳しいことは後で聞く。今は何処だ?〕
たどたどしい口調で伝えようとするソラト。エドワードは一先ずソラトの元へ向かい、詳しい話を聞くことにした。
「クラナガンの、ファミレス前……」
〔ソラト! くっ、ギンガ済まない。急用が出来た〕
最後に自分の場所を伝え、遂にソラトは意識を失ってしまった。
「ん……ここは……?」
次にソラトが目を覚ました時、まず視界に入ったのは天井だった。自分がいたのは外だったはず。いつの間にか室内に移されたのだろう。
ぼんやりと記憶が戻っていく。デート中に、サードと名乗る男が襲い掛かり……。
「スバルッ!」
ソラトはスバルが攫われたことを思い出し、勢い良く身を起こした。
周囲は壁で囲まれているが緑が生えており、暖かな雰囲気を感じることが出来る。高い位置にある窓からは黄昏色の光が差し込み、もうすぐ日が暮れるのが分かる。
日暮れ。サードとの約束の時間だ。
「起きたか」
後ろから気の強そうな女性の声がした。聞き覚えのある声に、ソラトはすぐに振り向く。だが、声の主はソラトが思っていた人物とは違った。
「……ノーヴェ。じゃあここは」
「隔離施設だ。スバルじゃなくて悪かったな」
赤毛の少女、ノーヴェが不機嫌そうに答える。ノーヴェはスバルと姿も声も似ている。ソラトがスバルと間違え、すぐに気付いて落胆するのが分かったので、ノーヴェは皮肉で返した。
「あ、ごめん……」
「それより、スバルが攫われたんだって?」
「詳しく聞かせてくれ」
気を悪くしたことに謝るソラトを流し、ノーヴェは今日あったことを尋ねる。そこへエドワードやギンガ達も加わり、ソラトは話すことになった。
「……そうか、タイプゼロはまだ作られていたのか」
ソラトの話に、エドワードは納得するように頷く。タイプゼロの製作者がマラネロなら、今も製作を続けていてもおかしくはない。
「まさか、スバル達の生みの親がマラネロだったなんて……」
逆に衝撃の事実を伝えられ、ソラトはショックを受ける。サードはスバル達を回収すると言っていた。このまま連れ去られるのを許せば、JS事件でのギンガと同様に洗脳手術を受け、敵に回ってしまう危険がある。
「日暮れまで時間がない。スバルを助けに行く」
エドワードは急いで車に向かおうとする。彼にとってもスバルは大切な妹分。冷静そうな顔の裏は怒りと焦りで満ちていた。
「待って! 僕も行く!」
エドワードを呼び止めたのは、手負いのソラトだ。ダメージは引いていたが、全快ではない。
「スバルが攫われたのは僕の所為だ! だから僕も行く!」
「……分かった」
スバルのためなら誰よりも強い意志を見せる弟分に、エドワードは少しの間を置いて頷いた。
ソラトは敵の情報を握っているし、エドワード1人よりはコンビを組んでいるソラトがいる方が勝率も上がる。
「私も!」
「ギンガは残れ。敵はお前も狙っているんだぞ」
「でも……」
スバルの実の姉であるギンガも行こうとするが、エドワードに止められる。ギンガまで捕まれば、それこそ敵の思う壺だ。
「頼む。スバルは俺達が必ず助ける」
「……エド、お願いね」
エドワードの脳裏には、かつてスカリエッティに洗脳を受けて敵に回ったギンガの姿が浮かぶ。彼氏の懇願に、ギンガは渋々残ることを承諾した。
「行くぞ、ソラト」
「うん!」
「頑張るッスよ2人共!」
ウェンディの声援を背に、2人は敵の待つ場所へ向かった。
◇◆◇
その頃、ある木製の小屋では暇そうにサードが呟いていた。傍には縛られた状態のスバルが磔にされている。
「あー、遅ぇ。強く殴りすぎた所為で気絶してんじゃねぇか? 人間って弱いからな」
イライラを募らせたサードが何かを踏む。それは人間だった。よく見ると、体に何かで貫かれたような穴を空けて死んでいる。恐らく小屋の住人だったのだろう。
「貴方の目的は何?」
「目的? だから姉さん達を回収すんのが目的だって」
スバルが訴えるような目で問う。内心では、複雑だった。弟だと思っていた人物が残忍な性格で、罪のない人を簡単に殺している。
しかし、サードは呆れる口調で喋る。次の瞬間には、マサカーネイルをスバルの首に当てていた。
「けど、役に立ちそうもなければ新型の俺が直々に廃棄処分してもいいってさ」
悪意に満ちた眼差しを向けるサード。自分やスバルを機械としてしか見ていないようだ。
「機械でいるのが、そんなにいいの?」
スバルが尋ねると、サードは左手で彼女の頬を平手打ちをした。
「アンタに機械としての誇りはないのか? 命? 心? 不完全な生命の持ち物だろ。完全な存在たる俺には不要だ!」
サードは感情的に叫ぶ。この男にとっては、機械であることが全てなのだろう。しかし、同じ機械の体を持つスバルにはサードの考えを理解出来なかった。
◇◆◇
一方、エドワードの私有する車の中。助手席に座るソラトがスバルの相棒であるティアナや、上司であるなのは達に通信で報告をしていた。
〔そっか、スバルが……〕
「すみません、僕が付いていながら……」
〔何でアンタが謝るのよ〕
自分の無力さを責めるソラトを、ティアナが慰める。
〔それより、これからどうするつもり?〕
なのはは厳しい口調でソラトに尋ねた。時間がないとはいえ、2人だけで敵に挑むのは危険すぎる。
「それは……」
「俺達は足止めを担当します。なるべく刺激せず、スバルの安全を確認しながら」
2人だけで戦うつもりだったソラトに代わり、運転中のエドワードがなのはに答えた。足止め役でも危険なのは明らかだ。しかし、スバルを安全に救出しながらサードを捕らえるにはこの方法しかなかった。
日暮れ時を越え、スバルを殺す殺さないを問わずにサードの姿を見失えば元も子もない。
〔分かった。すぐに駆け付けるから、無茶だけはしないで〕
「「はい!」」
エドワードはフォワード6人の中ではティアナ並に頭が切れる。きっと無謀な行動は取らないだろう。なのははエドワードの言葉を信じ、通信を切った。
「……で、本当は?」
通信が切れたことを確認し、ソラトがエドワードに聞く。勿論、ソラトはスバルが捕まっているのに足止めだけで終わる気はない。
「決まっている。俺達だけで救うんだ」
エドワードも同じく、大事な人を助け出すのに応援を待つ時間すら惜しかった。例え懲罰が待っていようと、エドワードとソラトの決心は揺るがなかった。
地平線に日の半分が沈みかけた頃。遂に待ちかねたサードが縛られたスバルを引き摺り外へ出た。
「姉さんのお仲間は見捨てたか、まだおねんねしてる程貧弱だったか。どっちにしろ、恨むんだな」
スバルを無造作に投げ捨てると、サードはマサカーネイルを一気に振りかざした。
「ソラト……!」
恐怖で目を瞑るスバル。ところが、虐殺の爪がスバルの体に突き刺さることはなかった。
恐る恐る目を開くと魔爪は胸の前でピタリと止まっており、サードは地平線の向こうを見つめていた。
「運が良かったな」
サードの視線の先から1台の車が走ってくる。スバルにも見覚えのある大型車がサード達の前に停まると、運転席から誰かがゆっくりと出てきた。
「スバルは無事か?」
黒いバリアジャケットにライフル型デバイス、ブレイブアサルトを構えたエドワードがサードに尋ねる。銃を向けられているにも拘らず、サードは余裕そうだ。
「ああ、見ての通り。で、ファースト姉さんは何処だ?」
「ギンガは連れて来ていない」
「はぁ? 状況が分かってねぇのか? 何で連れて来ないんだよ」
エドワードとやり取りをしながら、サードの脳裏にはある疑問が浮かんでいた。ソラトがいないのは何故だ? どうして人間1人だけを向かわせたんだ? その答えはすぐに出た。
「ああ、分かっている。お前の詰めが甘いってことだけな」
その瞬間、サードの背後から白いバイクが突進して来た。辛うじて避けるサードだが、敵にスバルとの間へ割って入られてしまう。
「スバルは返してもらう!」
バイクから降り、スバルを庇うようにしてセラフィムの剣先を向けるソラト。ここへ来る途中で二手に別れて先にエドワードが着くことで注意を反らし、ソラトが奇襲を掛ける作戦だったのだろう。
人質を失い、二方から武器を構えられピンチに陥るサード。
「調子に乗るなよ、人間共がぁぁぁぁっ!」
何より、見下していた人間に出し抜かれたことが彼のプライドに傷を付けた。サードは怒りのあまり叫び、マサカーネイルで足元を力強く殴る。すると、殴った個所から衝撃波が地面を伝ってソラト達を襲った。
「くっ!?」
「奴のインヒューレントスキルか!?」
スバルをお姫様抱っこで抱えたソラトは、衝撃波を避けながらエドワードと合流する。
「スバル、大丈夫だった? ケガとかない?」
「うん、大丈夫。ソラトが来てくれるって信じてたし」
縄を解いてスバルを解放しつつ心配するソラト。そんな幼馴染に、スバルは笑顔で無事を伝えた。良いムードが2人を包む。
「後にしろ」
しかし、敵と対峙するエドワードに突っ込まれてしまった。ソラトは若干不満そうにしたが、愛する人を傷付けた相手を許せるはずもなくエドワードの隣でサードを睨んだ。
「人質なんかなくても、人間ごときに負ける訳ねぇんだよ!」
怒りで感情を高ぶらせるサードだが、人間への余裕はまだ健在のようだ。
「タイプゼロ・サード。お前を撃ち墜とす!」
「さぁ、
対するソラトとエドワードはスバルの救出を完了させたことと、互いへの信頼で勝利への自信に溢れていた。それぞれの武器を向け、決め台詞を放つ。
「ハハハッ! 鎮魂歌ってのは本人が歌うモンじゃねぇぞ!」
ソラトの決め台詞に対して、サードも突っ込める程の余裕を見せた。
新型の戦闘機人と機動六課フォワード部隊のコンビ。決戦の火蓋が切って落とされた。