魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第10話 騎士の誇りと家族愛

 聖王医療院。毒のスープを飲んでしまったレクサスが運ばれて1時間。漸く容態が落ち着いたらしい。

 

「毒は抜けましたが、体力が戻るには時間がかかるでしょう」

「ありがとうございます」

 

 幸いにも、素早い処置のおかげで後遺症もなく無事でいられたようだ。

 アルテッツァに経過を告げ、医者は退室した。

 

「貴方達もありがとう。レクサスを助けてくれて」

 

 アルテッツァはソラトとエドワードに礼を言う。ソラト達の判断がレクサスの命を救ったといっても過言ではない。

 しかし、2人の表情は暗かった。攫われたレクサスの弟、サイオンの行方がまだ掴めてないからだ。

 

「あの執事を現在地上部隊が捜しているが……」

「すみません。僕等が近くに居ながら」

「いいえ、貴方達の所為じゃないわ」

 

 自分を責めるソラト達に優しい言葉を掛けるアルテッツァ。家柄上、命を狙われることも多く慣れてしまっているため、取り乱さず落ち着いている。

 すると、アルテッツァにあるボイスメールが届けられた。送り主は例の執事だ。

 

「開いてください」

 

 エドワードの指示に従い、アルテッツァはメッセージを聞く。

 

〔ガキを返してほしければ、現金で1億用意しろ。引き渡し場所は添付したが、管理局に話せばガキの命はない〕

 

 メッセージの内容は予想通り身代金の要求だった。メールには廃工場を指した地図と、眠っているサイオンの写真が添付されていた。卑劣な犯行にソラトは顔を歪ませるが、エドワードには引っ掛かる箇所があった。

 

(1億……巨大な財閥への要求としては少ないんじゃないか?)

 

「我が兄弟を……」

 

 エドワードが犯人の意図を予測していると、ベッドの方から弱々しい声がした。漸く目を覚ましたレクサスがメッセージを聞き、身を起こしていたのだ。

 

「レクサス! まだ寝ていないと!」

「弟を救うのは、兄の役目……」

 

 押さえるアルテッツァの手を払い、レクサスは弟を探しに行こうとゆっくり歩き出す。しかしまだ体力が戻っておらず、フラフラ歩くとエドワードの肩に手を置くように倒れこんでしまう。

 

「兄の役目、か……」

 

 エドワードはレクサスに肩を貸し、再びベッドへ寝かした。

 

「お前はまだ寝ていろ。次に目を覚ます時までには必ずお前の弟を助け出す」

 

 そう言い放ち、エドワードは病室を出て行く。ソラトもアルテッツァを連れてその後を追った。

 残されたレクサスはエドワードの言葉に少し安心したような表情で、再び眠りについた。

 

 ソラトとエドワードは警護のためにアルテッツァを連れたまま機動六課に戻り、はやて達に報告を済ませた。

 

「身代金の要求か……」

 

 ソラト達をレクサスのディナーに出した結果、まさかこんな事件に巻き込まれるとは予想しておらず、はやては頭を抱えていた。

 

「あの、身代金なら払えない金額ではないので……」

「ダメや」

 

 アルテッツァは素直に身代金を持って行くことを提案するが、はやてにあっさり却下される。

 

「払えない金額じゃないことが問題なんです」

「え?」

 

 疑問符を浮かべるアルテッツァに、フェイトが補足説明を加える。

 大手財閥に対して、支払える程度の金額しか要求しない点。これは、先程もエドワードが引っかかっていた箇所だ。有能な現役執務官であるフェイトは誘拐事件にも立ち会ったことがあるため、犯人の意図をより鋭く推理することが出来た。

 

「最初、執事は貴方へ毒入りスープを飲ませようとしました。しかし、騎士レクサスが代わりに飲んでしまった」

「えぇ……」

「そして、払える程度の身代金の要求。恐らく犯人の目的は、貴方の殺害です」

 

 フェイトの推測に、アルテッツァ含め予想出来なかった者達はショックを受ける。

 

「狙いは赤ん坊やね」

 

 同じく推測出来ていたはやてが、代わりに執事の目的を答える。

 インフィーノ家の跡取りとして認められているサイオンだが、今はまだ赤ん坊。邪魔な親を殺し、サイオンを手の内に出来ればインフィーノ・コンツェルンの富と権力を独り占め出来ると考えたのだろう。

 

「ですので、身代金は持って行かない方がいいと思います」

「……はい」

 

 はやてとフェイトの話をアルテッツァは信じるしかなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、ベルカ領から離れた廃工場。

 赤ん坊を寝かせた執事が誰かと通信回線を開いていた。相手は白衣を着ており、科学者のような風貌をしている。

 

〔首尾は順調のようだね〕

「ああ。アンタがくれたこの薬も、出番がないかもしれないな」

 

 そう言いながら、執事はポケットから注射器を取り出す。注射器には紫色の怪しい液体が入っていた。

 アルテッツァだけならば、暗殺するのは容易いことだ。しかし、インフィーノ家には教会騎士のレクサスがいる。念のために戦力としてこの薬を購入しておいたのだった。

 最も、用意した毒をレクサスが飲んだので結果的に戦う必要はなくなったのだが。

 

〔だといいけどね〕

「それでも、約束は守ってやる。インフィーノを掌握した時に、研究資金を出すという約束をな」

 

 執事の話を聞き、通信相手の男はニヤッと笑った。

 最初から執事は計画を立てて、犯行に及んでいた。その際の協力者として目の前の男に依頼していたのだ。レクサスが飲んだ毒も男が用意した物だ。

 執事は注射器を再びポケットにしまい、通信を切った。

 

「人間の欲っていうのは醜く、操りやすい。ま、精々頑張ってくれたまえ。ウヒャヒャッ!」

 

 通信先の白衣の男――マルバス・マラネロは不気味に笑いながら、廃工場に仕組んだカメラで執事を監視していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 作戦会議が終わり、一先ずアルテッツァを家に送り届けたエドワードは自身の車で帰路に付きながら、恋人であるギンガと通信で話していた。

 

〔そう……今日1日、大変だったわね〕

「全くだ」

 

 モニターの向こうで苦笑するギンガ。今日1日に起きた出来事を思い返し、珍しく顔をしかめるエドワード。彼にとって、ギンガと他愛のない会話をしている間こそリラックス出来る大切な時間だ。

 

「けど、奴にも守るべきものがいる。命を賭けてもいい程、大事な兄弟がな」

 

 エドワードはチラッと助手席で眠るソラトを見る。可愛い弟分のいるエドワードには、兄弟を守りたいレクサスの思いがしっかりと伝わっていた。

 

〔病院を抜け出そうとする無茶なところも、エドと同じね〕

〔全くです〕

「お、おい……」

 

 ギンガや、愛機ブレイブアサルトにまでにからかわれてしまうエドワード。

 2年前のJS事件にてギンガが攫われた際には、怪我を負っていたエドワードが病院を抜け出してまでギンガを助け出そうとしたために、入院期間が延びてしまったことがあるのだ。

 

「奴に無理はさせない。代わりに俺が助け出す」

 

 同じ兄として、友達として。冷静な態度を崩さないエドワードの闘志は燃えていた。

 

〔頑張るのもいいけど、ディナーなら誘ってくれてもよかったんじゃない?〕

「いや、それは忙しいと思ったからであって……」

 

 ディナーと聞いてギンガは頬を膨らませる。妹のスバルと同様、ギンガもまた食いしん坊な一面があるのだ。

 

〔じゃあ、今度は2人だけで行きましょ。ね?〕

「……考えておく」

 

 最近は予定が合わず通信会話だけで、お互い物足りなさを感じていた。

 デートの約束もし、エドワードはハンドルを握る手を強くしたのだった。

 

 翌日、時刻は9時。指定された廃工場にアルテッツァが現れた。手に持っているアタッシュケースには、身代金が詰まっている。

 入口付近ではソラト達が待機していた。敵は何処に隠れているか分からない。ソラトは工場内を集中して見回した。

 

「持って来たわ。だからサイオンを返して!」

 

 工場の中央まで来て、アルテッツァが叫んだ。しかし、工場内には人1人見えない。場所はあっているはずだ。アルテッツァは首を傾げる。

 

「ケースを地面に置け」

 

 すると、何処かから声が聞こえてきた。執事のものだと分かると、アルテッツァは更に叫ぶ。

 

「サイオンは無事なの!? 姿を見せて!」

「ケースを置くのが先だ」

 

 アルテッツァの要求を執事は無視する。渋々、アルテッツァは指示に従いアタッシュケースを床に置いた。

 

「これでいいでしょ!? サイオンを」

 

 アルテッツァの叫びは、銃声で掻き消された。

 物陰から放たれた銃弾は彼女の左胸を貫いていた。

 

「これで財閥は俺の……?」

 

 計画成功に顔を綻ばせる執事だったが、すぐに異変に気付いた。

 胸を撃たれたはずのアルテッツァが血飛沫すら吹かず、アタッシュケースと共に消えた。それだけか、なんと何人にも増えてその場に現れたのだ。

 

「残念だったわね」

「!?」

 

 撃たれてショックを受けていた表情から一転、不敵な笑みで銃弾の飛んで来た方向を見る。そして、貴婦人達の姿は橙色のツインテールの少女の姿へと変化した。

 

「成功ね」

 

 工場の外ではティアナが作戦の成功を確信していた。

 "フェイク・シルエット"。ティアナの得意な高位幻術魔法で、他人の幻影を出現させることも可能だ。因みに本物のアルテッツァは護衛付きで家にいる。

 

「くっ!」

 

 執事は再度引き金を引こうとするが、それより先に藍色の魔力段に拳銃を撃ち落とされてしまう。

 

「諦めろ」

 

 外からブレイブアサルトを構えたエドワードが入ってくる。同時に入口からソラト達もやってきた。

 

「時空管理局です! 誘拐、殺人未遂の容疑で貴方を逮捕します!」

 

 優秀なフォワード達に追い詰められ、執事の顔色にもいよいよ焦りが浮かぶ。

 

「まだだ……こんなところで終われるか!」

 

 執事は胸ポケットから注射器を取り出すと、注射針を自身の腕に刺して液体を注入した。

 

「無駄な抵抗はよせ!」

 

 エドワードが注射器を狙撃するも、既に執事の体に謎の液体は入ってしまった。

 

「ククク……管理局の狗共め、捕まえれるものなら捕まえてみろ!」

 

 執事の体が徐々に変化していく。人間らしい肌は紫色の殻のようなものに覆われ、右手が強固な鋏へと変異していった。背中からは長い針のような尻尾が付き出し、体も執事服を破り異常な姿へとなった。

 その姿は、まるでサソリを彷彿させる獣人だ。

 

「獣人化させる薬物、だと……?」

「まさかマラネロと繋がりが!?」

 

 突然の変異にソラト達は驚きを隠せない。サソリ獣人となった執事は鋏を振りかざし、襲いかかってきた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふむ、実験は成功だね」

 

 一部始終のやり取りを監視していたマラネロが呟く。

 彼にとって、執事は獣人化薬の実験台にすぎなかった。成功すれば研究費用が増え、例え失敗しても自身を付き止められる程の関係ではないため、簡単に切り捨てられる。

 自身へは損のない取引にマラネロは満足していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ガァァァァァァァァ!!」

 

 執事だった獣人は牙の生え揃った口から涎を垂らしながら、両手の鋏でソラトを襲う。尻尾の先の針から滲み出る毒液は、周囲の木箱を数滴で溶かしていく程強力だ。

 

「エド兄! ティア!」

「ああ!」

「任せて!」

 

 鋏をセラフィムで抑えながらのソラトの合図で、エドワードとティアナは背後から集中砲火を浴びせた。

 

「グガァァァァァァ!? キ、キサマラァァァァ!」

 

 痛みに苦しみながら、獣人は2人を睨む。殻はそこまで硬くはないようだ。おまけに理性を失いつつあるようで、狙った相手にしか攻撃を仕掛けない。

 

「来るぞ!」

 

 エドワードの読み通り、獣人は口から圧縮された魔力の塊"魔口弾"を放つ。2人は獣人の魔口弾を避けるが、ティアナは足を尻尾で掴まれてしまう。

 

「ティア!? このぉぉぉぉっ!」

 

 スバルが尻尾を破壊しに向かうが、サソリ獣人は今度は口から魔力の針を連射する。

 回避された針が刺さった床が溶けていくのを見ると、尻尾の針と同じ毒を含んでいるようだ。

 

「くっ!」

 

 エドワードも尻尾に狙いを定めるが、鋏を抑えていたソラトを大剣ごと投げ飛ばされ、共に吹き飛ばされてしまう。

 

「マズ、コノコムスメカラダ!」

 

 理性は失っているが、フェイク・シルエットで惑わされたことは覚えていた。獣人は尻尾の針先をティアナの首筋に突き刺そうとした。

 その瞬間、何処かから白い羽根が飛んで来て、獣人の尻尾を切断した。

 

「グオッ!?」

「げほっげほっ……え?」

 

 解放されたティアナは獣人から距離を取り、羽根が飛来した方向を見た。

 

 

「皆、ご苦労だった。後は私に任せるがよい」

 

 

 そこには、入院しているはずのレクサスが優雅に立っていた。飛来した羽根飾りはレクサスの手に収まる。

 

「何故お前が……?」

「これはインフィーノの問題。私が片付けるべきことだ……ぐっ!?」

 

 エドワードが尋ねるが、レクサスは落ち着いて話す。まだ体力が万全ではない様で倒れそうになるが、優雅な立ち振る舞いを崩さない。

 

「グレースパワード、セットアップ」

〔Yes,sir. ready?〕

「レク、サスゥ……ガァァァァッ!」

 

 獣人が魔口弾を放つが、レクサスの手にあった羽根から白い帯状魔法陣が現れ、レクサスの周囲を守るように包む。やがてドーム状になった魔法陣が翼を開くように消え、周囲に無数の魔力で出来た白い羽が舞い落ちる。

 そして、腰に2本のブーメランを携えたレクサスがその場にいた。

 

「グガァァァァ!!」

 

 獣人が鋏を向けて襲い掛かるがレクサスは少ない動きで躱し、逆にカウンターを獣人の体に叩きこむ。おまけに殴った手を拭う余裕まで見せる。

 

「グッ……アアアァァァァ!!」

 

 コケにされていると分かった獣人は怒り、魔口弾を放とうとする。しかし、上手く魔力が練れず放てなかった。

 

「これ……まさかAMF!?」

 

 いつの間にかレクサスが張っていた魔法にスバルが驚く。

 AMFといえばガジェットに搭載されている物だが、本来は高位のフィールド系魔法。それをレクサスは独自に習得していたのだ。

 

「ああ、ハッタリにしかならんがな」

 

 濃度が通常のガジェット以下にしかならず、ほぼハッタリにしか使えないらしい。しかし、至近距離にいる獣人に使うには十分のようだ。

 

「私に刃を向けたことを悔いるがいい!」

〔Noble slicer〕

 

 成す術のなくなった獣人へ、レクサスは白く輝くブーメランを投げつける。

 2本のブーメランはまるで生きているかのように獣人を四方八方から斬り刻み、最後にレクサスの手に戻って行く。

 レクサスがグレースパワードを手にすると同時に、元執事だった獣人は爆散したのだった。

 

 サイオンはエリオとキャロが救出しており無事だった。手駒として使う以上、執事も傷付けないようにしていたらしい。

 

「だー、だー」

「何も心配はいらぬ、我が兄弟よ」

 

 何があったか理解していない無垢な笑顔でレクサスを求める。レクサスはバリアジャケットを解除し、珍しく優しそうな笑みで弟を抱き抱えた。

 

「皆の者、ご苦労であった。感謝する」

 

 偉そうではあるがお辞儀をし、感謝の意を示したレクサスに苦笑するフォワード達。

 しかし、エドワードには気になることがある。執事に獣人化する薬を渡したのがマラネロだとしたら、敵は1からでなくとも獣人を生み出す技術を持ち合わせていることになる。

 

(一体何処まで技術を持ち合わせているんだ……?)

 

「そうだ! 礼を兼ねてパーティーを開こう! 皆、我が家に招待……おぉ、頭がクラクラするぞ」

「いいから早く病院に戻ってください!」

 

 そんなエドワードの気掛かりを余所に、またもや勝手に騒ぐレクサス。こうして、変な知り合いの奇行に再び手を焼かされることになるフォワード達だった。


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