魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第9話 教会騎士

 それは、昼前の静かな時間に突然やってきた。

 

「見学?」

〔そうなんです。前々から六課に興味があったみたいで……〕

 

 部隊長室にて、はやては聖王教会のシスター"シャッハ・ヌエラ"と通信をしていた。内容はどうやら、教会騎士の1人が機動六課を見学したいとのことだ。

 

〔迷惑でしたら引き止めますが〕

「んー、別に構いませんよ」

 

 ここ数日は特に目立った事件も起きていなく、見学ぐらいならと思ったはやては快く了承した。

 

〔ありがとうございます。実は、既にそちらの近くに行ったみたいなんですよ〕

「ぶっ!?」

 

 シャッハの言葉にはやては飲んでいたお茶で噎せてしまった。いくら了承したとはいえ、今すぐにこちらに来るとは思っていなかったのだ。

 

〔すみません。悪い人間じゃないんですが、少々勝手な所がありまして〕

「ま、まぁ早い方がええ時もありますしな。ハハハ……」

 

 苦笑いしながら、真面目なシャッハをフォローするはやてであった。その人物が六課を訪れたのは、この会話から僅か1時間後となる。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、朝の訓練を終えたフォワード6人は昼食を取るため、六課の食堂へ足を運んでいた。

 

「もうお腹ペコペコだよ~」

 

 大食いであるスバルが笑いながら言う。実際、スバルとエリオの食事量は常人を超える。

 ティアナとキャロは前衛組はカロリー消費が激しいからよく食べるのだと思い込んでいたが、同じ前衛組のソラトが一般的な食事量であったことから、やはりこの2人特有のものだと判明した。

 

「あはは、今日は僕が奢るよ」

「え、いいの? ありがと~!」

 

 彼氏であるソラトの心遣いに感極まり、スバルは人目を気にせず抱き付く。

 

「あー、はいはい。イチャつくのは2人きりの時にしなさい」

 

 2人のラブラブオーラを鬱陶しく思ったティアナが間に割って入る。誰かが止めなければ、この2人はずっとイチャイチャしていただろう。

 

「あれ? 羽根?」

 

 食堂に着くと、エリオが何かに気付いた。それは床に落ちている白い羽根だった。よく見ると、食堂中に同じ羽根が宙を舞っている。

 

「あ、誰かいますよ」

 

 キャロの言う通り、明らかに六課のメンバーではない人物が食堂で優雅に寛いでいた。白い羽根に似合う、白鳥のような白髪に白い騎士服を着ている。

 白い外見や偉そうな風貌は何処かの特撮ヒーロー物で見かける怪人と似ているところがあるが、早朝から訓練に励むソラト達は当然それを知らない。

 着ている服装からも、時空管理局の局員ですらないことが伺える。どうやら白い羽根はこの人物が舞わせていたようだ。

 

「あの~、どちら様でしょうか?」

 

 食堂といえど、六課に部外者は入ってはいけない。だが本当に部外者ならば、警備員が入り口で引き止めているはずだ。

 素性の知れない人物に、恐る恐るソラトが尋ねてみた。

 

「む、お前はここの者か」

 

 その人物はリラックスした態度を崩さず、上から目線で反応した。

 

「は、はぁ……六課の隊員ですけど」

「丁度いい。待っておったぞ」

「へ?」

 

 ソラトが六課所属の局員であることを知ると、男は急に立ち上がり優雅にソラトを指差した。

 

「さぁ、早く部隊長室に案内せよ」

 

 いきなり命令しだす男に、全く事情が飲み込めないソラト達は唖然としてしまう。

 

「……む? どうした? 早く案内を」

「いや、貴方は誰ですか!?」

 

 話が全然噛み合わない。優雅な態度を崩さない男に、ソラトはつい声を荒げてしまった。

 

「お前は八神二佐の使いの者ではないのか?」

「違います!」

 

 どうやらソラトを自分を迎えに来た使いだと思い込んでいたらしい。はやてに用があることだけは分かったが、肝心の男の正体が明らかにならない。

 

「そうか……まぁ細かいことだ。それより案内を」

「そこまでだ」

 

 話が一向に進まずに頭を抱え出したソラトを引っ込め、兄貴分のエドワードが交代する。

 

「おお、お前が使いか?」

「違う。それよりこちらの質問に答えてもらう。お前は誰だ?」

 

 ペースに飲まれず、しっかりと質問を投げかける。すると男は漸く自分の非に気が付き、目を見開いて驚いた。

 

「おお、自己紹介がまだであったな」

 

 やっと自分の素性を明かす気になったらしい。何処までもマイペースな男に、ソラト達は既にグッタリしていた。

 

「私の名はレクサス・インフィーノ。聖王教会騎士だ」

 

 聖王教会。管理局の人間なら知らぬ者のいない程、密接な関係を持つ次元世界最大規模の宗教組織である。その教会騎士が何故ここにいるのか。フォワード達は疑問に思った。

 

「八神隊長に用事ですか?」

「む。おお……なんと見目麗しい」

 

 今度はスバルが尋ねる。すると、レクサスはソラト達の後ろにいたスバル、ティアナに気付き、急に態度を変えてきた。

 

「お嬢さん方、よければ後でお茶など如何であろうか? 丁度いいカフェを先程見つけたのだ」

「え、えっと……」

「いえ、その」

 

 スバルの質問を無視し、ナンパを始めた教会騎士。突然の誘いに、スバルもティアナも戸惑うばかりだ。そして、この出来事に当然怒りを燃やす人物がいた。

 

「スバルから、離れてもらえます?」

 

 ソラトはレクサスとスバルの間に割って入り、笑顔で言い放った。しかし、どう見ても目が笑っていない上、右手に待機形態のセラフィムを握っている。

 これ以上刺激したらキレる、とエドワード達は思ったが、反してレクサスは意外な行動を取った。

 

「おお、相手がおったか。ならば大事にするがよい」

「え? あ、はぁ……」

 

 なんと、レクサスは大人しく引き下がった。拍子抜けしてしまい、ソラトは間抜けな反応をしてしまった。

 

「ではそちらのお嬢さんは」

「結構です」

「ふむ、残念だ」

 

 ティアナにもきっぱりと断られ、残念そうにするレクサス。どうやら女性は好きだが、執着はしない性格のようだ。

 

 これ以上関わるのも面倒だったがそのまま食堂に放置するわけにもいかず、結局ソラト達がレクサスを案内することになった。因みに散々舞わせていた羽根は何処からともなく現れた使用人が片付けて行った。

 

「八神部隊長、聖王教会からの客人を連れて来ました」

〔入ってええよー〕

 

 ドアをノックすると、はやての声が聞こえたのでソラト達は入った。中ではリインフォースが3人分の紅茶を用意しており、はやては座って待っていた。

 

「おお、そなたが八神はやて二佐か」

「はい。貴方のことはシスター・シャッハから聞いてます」

 

 はやての対応から、ソラト達は本当にレクサスが教会騎士なのだと実感した。

 

「そなた等のことも、ヴェロッサや騎士カリムから聞いておる」

 

 レクサスは優雅にソファーに座り、リインフォースの淹れたお茶を嗜んだ。暫くすると、ドアの前でポカンとしていたソラト達に気付く。

 

「お前達、御苦労であった。もう下がってよいぞ」

「は、はぁ……」

 

 最後まで上から目線のレクサスに疲れ果て、フォワード達も何も言う気が起きなくなっていた。

 

「失礼します」

「聖王教会からお客様が来てるって聞いたけど」

 

 そこへ、来客の話を聞き付けたなのはとフェイトがやってきた。

 

「いかにも」

 

 優雅さを崩さず、対応するレクサス。ロイヤルティーを飲みながら、なのはとフェイトを眺める。

 

「ふむ、お嬢さん達。後程、共にカフェにでも行かぬか?」

「えっ!?」

 

 レクサスはカップを置き、素早い動きでなのはとフェイトの手を取る。急なナンパに先程のスバル達同様、なのはとフェイトは驚きの声をあげた。

 

「えっと……折角ですが、遠慮します」

「私もちょっと……ごめんなさい」

 

 状況が呑み込めずにいたが、なのはもフェイトも苦笑しながらハッキリと断った。

 

「ほぅ、もしやこちらも既に相手が……六課の女性は恋人持ちが多いのだな」

 

 何故か勝手に納得し、残念そうに呟くレクサス。コイツは六課にナンパしに来たのか、とこの場にいた誰もが思った。

 

「ああ、そういえば。ここにクラウンという男はおらぬか?」

 

 ふと、レクサスは何かを思い出したかのように呟いた。

 クラウンとは、エドワードのファミリーネームだ。突然呼ばれたエドワードは目を丸くする。

 

「俺だ」

「ほぅ、お前か。ラウム・ヴァンガードという男を知っているか?」

「ああ」

 

 ラウム・ヴァンガード。地上部隊に所属する陸戦魔導師であり、エドワードの訓練校からの数少ない友人だ。エドワードが正直に頷くと、レクサスは満足気に喜んだ。

 

「そうかそうか。ラウムは私の友人でな、ラウムの友は私の友でもある。エドワードよ、ありがたく思え」

「あ、あぁ……」

 

 随分と一方的な交流の仕方ではあるが、悪気はない様子なのでエドワードはとりあえず受けておいた。

 

「おぉ、そうだ! 友好の印に今日はディナーを開こう! エドワードよ、友人や恋人を連れて出席するがいい」

 

 更に思い付きで喋るレクサスに、一同も最早何を言う気にもならない。

 

「いや、しかし俺達には仕事が」

「心配はいらぬよ。お前達の代わりに我が教会騎士が」

「レクサス!」

 

 エドワードの言い分を聞かずに淡々と話を進めるレクサス。

そんな彼の言葉を遮ったのは、六課の面々にも聞き覚えのある女性の声だった。

 

「シスター・シャッハ!?」

 

 振り向くと聖王教会のシスター、シャッハ・ヌエラの姿があった。シャッハは間違いなく、レクサスが心配で来たのだろう。

 

「おぉ、シスター。私に会いに来てくれたのか?」

「貴方がまた余計なことをしないか見に来たのです!」

 

 レクサスの言葉をバッサリと斬るシャッハ。相変わらずの身勝手な行動に、溜まっていた怒りが爆発したようだ。

 

「挙げ句、勝手に騎士団を使おうとするなんて! もう少し自重しなさい!」

「いやしかし」

「言い訳はナシです!」

 

 他の追随を許さないシャッハの説教は、遂にマイペースなレクサスを黙らせることに成功した。

 逆にシャッハ程、隙を与えないよう言わないと分からないのか、と一同はレクサスに頭を抱える。

 

「では、お騒がせしました」

「エドワードよ、ディナーには出席するのだぞ!」

 

 ズリズリとシャッハに引き摺られ、漸くレクサスは退場していった。

 

「……参加するの?」

「する訳ない」

 

 ソラトの問い掛けに、エドワードはキッパリと答える。当然、外出許可は降りないだろうし、何より面倒だった。

 しかし、夜になると再びレクサスは六課に騒動を巻き起こした。

 

 

◇◆◇

 

 

「これは……」

 

 いつも通り教導を終え、寮に戻るエドワード達が目撃したのは車体の長いリムジンだった。異様過ぎる光景に、フォワード達は目を点にする。

 

「おぉ、待っておったぞ」

 

 後部座席の窓からは、レクサスが紅茶を飲みながら顔を覗かせる。どうやら、エドワードを迎えに来たようだ。

 まさか本当に来るとは。エドワード達は言葉を失った。

 

「安心しろ。八神二佐には話を付けてある。エドワード・クラウンとソラト・レイグラントの2名、私の家へ招待すると」

 

 いつの間に。おまけに、弟分であるソラトの許可まで取っている。謎の手際のよさに、フォワード陣はもう苦笑するしかなかった。

 

「いってらっしゃい」

 

 渋々車に乗り込むエドワードとソラト。スバルが手を振って見送るが、ソラトは内心スバルも一緒に連れていきたかった。

 

「すまないが、時間が時間だ。エドワードの恋人を誘うことは出来ないようだ」

「あ、ああ……」

 

 寛ぎながら謝罪するレクサスに、エドワードは頷く。だが本心では、レクサスの考えていることが分からずに困惑していた。

 

「ラウムも仕事で来れないようだ。全く残念だ……」

「お前は何を考えている? 俺は本当にお前の友人だと?」

 

 オーバーなリアクションで残念がるレクサス。どうやら、本当にラウムも誘ったようだ。

 つい、エドワードは本当に聞きたかったことを尋ねてしまう。

 

「勿論。我が友に信じられぬ者などありはしない。友の友でも、同じことだ」

 

 レクサスはエドワードを真っ直ぐ見つめ、自信満々に答えた。純粋かつ率直な答えに、エドワードは何も言い返せなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 レクサスの家は想像以上の豪邸だった。純白の壁の中は、煌びやかな装飾の廊下が並ぶ。

 

「我がインフィーノ家は代々続く由緒正しき家柄。驚く必要はない」

 

 この男が王子のような振る舞いの性格に育った理由が分かる気がするエドワード達だった。

 レクサスの案内で廊下を通り、広間へ向かう。その途中、ソラトはインフィーノについて思い出していた。

 インフィーノ・コンツェルン。ミッドチルダでも有数の財閥の1つで、主に聖王教会に出資している会社である。まさか、教会騎士にインフィーノの後継者がいたとはソラトも思わなかった。

 

「さぁ、座りたまえ」

 

 長い机には、赤ん坊を抱えた若々しい女性が既に着席していた。

 

「諸君等に紹介しよう。我が母君、アルテッツァ・インフィーノ」

「こんばんは」

 

 アルテッツァは穏やかな姿勢で客人に挨拶をする。ソラトとエドワードは目を見開いて驚いた。アルテッツァはレクサスの母親には到底見えない程若い外見だったからだ。

 

「そして、我が弟君のサイオン・インフィーノ」

 

 次にレクサスが差したのは、アルテッツァに抱えられた赤ん坊だった。生えかけの白い髪が、生まれたばかりであることを物語っている。

 

「サイオンは我がインフィーノ家の次期当主になる男だ。礼節を持って」

「ちょっと待て。次期当主? お前じゃないのか?」

 

 レクサスの言葉をエドワードが遮る。確かに、長男のはずのレクサスが継ぐのが道理だ。インフィーノのような大きな財閥なら尚更である。

 

「私にはそのつもりはない。私は聖王教会を、そして家族を守る騎士だからな。我が家族を守護し、弟を導く兄となるのが私の役目だ」

 

 気品を漂わせながら、レクサスは迷いなく言った。

 することは破天荒なトラブルメーカーだが、高貴で独自のプライドと意志を持った人物。

 そんなレクサスに、ソラトとエドワードは不思議と悪い印象を持たなくなっていた。

 

「でも、本当は教会のシスターさんに興味が」

「母上! 余計な話は謹んでくれませぬか!」

 

 格好よさそうなことを言ったレクサスだが、すぐさま母親によって暴露されしまう。

 やはりナンパ好きだったようだ。悪印象はなくなったが、変な奴である認識は消えそうもない。

 世間話に花を咲かせていると、使用人達によって豪華な料理が運ばれて来た。

 

「わぁ、すごいですね」

 

 次々とテーブルに並べられる品目に、ソラトは感嘆の声を漏らした。もしこの場にスバルがいたら、感動のあまり泣いてしまうかも、と考えながら。

 

「さぁ、頂きましょ」

 

 全ての料理が運ばれると、アルテッツァはサイオンを執事に預け、まずはスープに口を付けようとした。

 

「母上、まずは味見を」

「あっ」

 

 ところが、レクサスがスプーンを奪い取りそのまま飲んでしまった。アルテッツァの食事を毒見するのがレクサスの日課なのだ。

 

「ふむ、美味だ」

「もう、レクサスは心配性なんだから」

 

 スープを味わうレクサス。横から取られたアルテッツァはいつもながらのレクサスの行動に苦笑いをする。

 だが次の瞬間、レクサスは顔を真っ青にして倒れてしまった。

 

「レクサス!」

「アルテッツァさん! 近寄らないで! 毒です!」

 

 アルテッツァが駆け寄るが、レクサスはピクピクと身震いするのみ。ソラトがアルテッツァをレクサスから引き離し、エドワードが毒入りのスープを遠ざける。

 

「ソラト、局と病院に連絡を」

「うん!」

 

 周囲を見回すエドワード。すぐに何かがないことに気が付いた。

 

「……サイオンがいない」

 

 レクサスの弟を抱えた執事が、その場から消えていたのだ。

 

「わ、が……兄弟……」

 

 兄弟がいなくなったことを聞き、レクサスは口から泡を吹きながら必死に腕を伸ばしていた。

 

 

 


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