魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第7話 狂気の悪魔

 クマ獣人との戦闘から数日後。鶯色の髪に眼鏡を掛け、白衣を着た女性が機動六課を訪れていた。

 

「マリーさん、待ってました!」

「こんにちは、はやてちゃん」

 

 マリエル・アテンザ。時空管理局本局の技術官であり、はやてを始め六課の様々な人間がお世話になった人物である。

 彼女が六課にやって来た理由は2つあった。まずは戦闘機人であるナカジマ姉妹の健康診断。

 

「で、例の品は?」

「こっちです」

 

 そしてもう1つが、破壊されたネオガジェットの残骸の検査。研究室では自称メカニックデザイナーにして、デバイスの作成・管理を行なえる"デバイスマイスター"の称号を持つシャリオ・フィニーノが簡単な調査を行っていた。

 

「何か分かった?」

「いいえ、さっぱりです」

 

 しかし、そんなシャリオでもネオガジェットの複雑な構造から敵の情報を得るのは難易度が高すぎた。

 

「そっか……しゃあないな」

「面目ないです」

「ええって、そのためにマリエル技官を呼んだんやで?」

 

 肩を落とすシャリオを慰めるはやて。そもそも、フォワード達が破壊した残骸から細かいデータを得るのは至難の技だ。出来なくともシャリオを責めるものはこの場にはいない。

 

「お任せを!」

「お願いします!」

 

 フェイトの補佐官でもあるシャリオは数年前にマリエルとも既に知り合っており、今ではメカニック同士でプチ師弟関係と言える程の仲である。

 やる気充分と言わんばかりに胸を張る師匠マリエルに、弟子シャリオは尊敬の眼差しを向けながら期待していた。

 

 

◇◆◇

 

 

 同時刻、クラナガン西第3ビル。

 ここでは管理局があるロストロギアを調査のために保管していた。故に警備は万全だったのだが。

 

「侵入者は現在17階にいる模様です!」

 

 突如、侵入者が現れたのだ。何処から忍び込んだのかは分からないが、侵入者が入り込んだということで局員達は慌ててその行方を追っていた。

 

「だぁぁぁぁ!? 見つかったぁぁぁぁ!?」

 

 奇声をあげて逃走しているのは、ごく普通の外見の男性。黒い短髪に緑の眼。武器は懐にある拳銃一丁のみ。

 男は曲がり角を曲がると同時に、開いていた部屋に入り身を潜める。外からは局員達の足音がいくつも聞こえ、やがて部屋から離れて廊下を走っていった。

 

「チクショー! 何なんだよ、もう!」

〔落ち着いて、プロフィア〕

 

 追手を巻いたことを確認し、息を上げながら小声で悪態を吐くプロフィアと呼ばれた男。プロフィアが開いた通信相手の男は落ち着くよう促す。

 

「でもよぉドクター! あの大人数じゃ無理だって!」

〔君の任務はロストロギアの正確な居場所に辿り着くこと。戦闘じゃないから平気さ〕

 

 気弱なプロフィアを宥める通信相手。このドクターと呼ばれている男は薄暗い部屋にいるが、白衣を着て眼鏡をかけていることは分かる。

 

〔もっと上の階だ。頑張ってくれたまえ〕

「そんなぁ!?」

 

 通信を一方的に切られ、プロフィアは弱々しい声を上げた。

 実はこのプロフィアという男、ドクターによって生み出された人造魔導師である。

 本来、戦闘用でないプロフィアは侵入任務自体を嫌がっていた。しかし、断れば何をされるか分かったものではない。獣人の実験台にされて死ぬより、いくらか生き延びる可能性のある任務を選んだのだった。

 

「クソッ、やってやらぁ!」

 

 身を潜め、息を整えるとプロフィアは部屋を出てすぐに階段を上り始めた。

 目当てのロストロギアはもっと上の階だ。通常ならエレベーターを使うのだが、そんなことをすればすぐに見つかってしまう。

 乳酸が溜まりパンパンになる足を叩きながらプロフィアは進んだ。自らが生き残るために。

 

 

◇◆◇

 

 

 六課の研究室では、マリエルの手によってネオガジェットの解析が進められていた。

 過去にジェイル・スカリエッティが開発したガジェット・ドローンのデータと照らし合わされつつ、ネオガジェットの正体が徐々に明かされる。そして、分析が始まってから約5時間後。

 

「終わりました」

「どうでした!?」

 

 神妙な表情をしたマリエルからの報告があった。はやてが尋ねると、マリエルはモニターにデータを映した。

 

「これは、JS事件の時のガジェットとほぼ同一のものです」

 

 映し出されたデータ上では、外見だけでなく内部の構造や武装もガジェットとの類似点がいくつも見られた。更に全身の素材や使用されたICチップまでも同一のものが見られたとマリエルは付け加えた。

 

「でも、スカリエッティは!」

「拘置所の中や」

 

 はやての言う通り、ガジェットの開発者であるスカリエッティはJS事件後、現在まで軌道拘置所に拘留中である。当然四六時中監視され、許可もなく外との連絡は取れない。

 事件で稼動していたガジェットの残骸も管理局が全て回収しており、外見はともかく中身までそっくりなものが他人に造れるとは到底思えない。

 

「じゃあ、誰が……」

「スカリエッティのように、プレートに名前も掘ってません。そこで、カメラにあったメモリーデータを解読しました」

 

 マリエルはボードを打ち込み、抽出した映像を出す。映し出されたのは、薄緑色の髪を後ろで結んだ、眼鏡の男性だった。

 

「この男が、犯人……」

 

 はやては映像の男を睨む。映像内の男は、まるでこちらを嘲笑うかのように狂った笑みを浮かべていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 プロフィアは未だに階段を上っていた。目的の階は47階。道程は長い。

 

「クソッ、何で俺が……」

 

 いっそ獣人にされた方がマシだったかもしれない。不満と恐怖で押し潰されそうだったが、現在何階にいるか確認した時、プロフィアに希望の光が見えた。

 

「46階……っしゃあ!」

 

 あと1階上れば、任務達成までもう少し。疲れも吹き飛び、プロフィアは意気揚々と残りの会談を上りきり遂に47階まで辿り着いた。

 

「ははっ! やったぜドクター!」

〔おめでとう。目当ての部屋はここだよ〕

 

 上り切ったことを報告するために通信を開くと、ドクターは労いの言葉と共にプロフィアにフロアの図面を送った。

 

「いたぞ!」

 

 と、同時に局員に見つかってしまった。どうやら歓喜の声が大きすぎたらしい。

 

〔じゃ、頑張れ〕

「どわぁぁぁぁ!?」

 

 自業自得とは言え、休む間もなくプロフィアは局員から逃げなくてはならなかった。

 47階では外から脱出することも出来ない。階段やエレベーターも包囲されて、逃げ道はほぼ塞がれていた。

 必死にドクターに転移装置を作動させるよう訴えるが、指定の位置へ行くまでダメだと言われてしまっている。

 

「クソがぁ!」

 

 このままでは捕まるのも時間の問題だ。体力の限界をとっくに超えているプロフィアは遂に自棄になり、ドクターから渡された拳銃を構えるが、撃つより先に射撃魔法を放たれ弾き落とされてしまう。

 

「ひっ!?」

「ここまでだな」

 

 唯一所持していた武器を簡単に失い怯むプロフィア。更に、焦ってある部屋の中に入り込んでしまったために、あっさりと包囲されていた。

 8人の局員が杖を向けている。背後には壁。出入口は遥か遠く。武器も失くし、本格的に抵抗手段がなくなった。

 

〔よくやったね〕

 

 プロフィアが観念して両手を挙げようとしたその時、ドクターからの通信が聞こえた。彼はこの状況で唯一、運のいいことに指定された部屋に到達していたのだ。

 

「……マジ? ハハッ! やったー!」

 

 ドクターの言葉を聞き、さっきまで怯えていたプロフィアの顔が一気に喜びの表情に変化する。

 

「貴様! 今のは誰なんだ!?」

「お前等なんかに俺が捕まるかっての!」

〔もっと後ろに寄るんだ〕

 

 挑発するプロフィアに、ドクターが指示を下す。プロフィアが後ろに下がり壁に背中を付けると、彼等が使う転移魔法の特有の緑色の光が足元に現れる。

 プロフィアは勝利を確信し、その光に包まれた。

 

 

 次の瞬間、ビルの中で小さな爆発が起きた。

 

 

◇◆◇

 

 

 はやては衛生軌道拘置所へ足を運んでいた。

 ネオガジェットが何故ガジェットに似ているのか、そしてメモリーに映っていた男は誰なのか。スカリエッティなら知っているかもしれないからだ。

 

「やぁ。一体何の用かな」

 

 手枷を嵌め、監獄の中にいるにも関わらず不遜な笑みでこちらを見るジェイル・スカリエッティに、はやての緊張が増す。

 

「貴方の事件とは別件で、聞きたいことがあります」

「ふむ、内容によるね」

「……この男を知っているでしょうか」

 

 はやてはスカリエッティに例の映像を見せた。すると、スカリエッティは笑いながら答えた。

 

「クククッ、ああ。知っている。彼は私の同志だ。あの祭の時も協力してくれた」

 

 何と、あの男はJS事件にも関わっていたのだ。衝撃の事実に息を呑むはやて。

 

「では、ネオガジェットは」

「私が与えたガジェットのデータを独自に改良したのだろう」

 

 この話が事実ならば、相手はかなり危険で高度な科学力を持つ犯罪者だ。更にスカリエッティは懐かしそうに話を続けた。

 

「彼もまた優秀な科学者だった。私の知る技術を悉く吸収して行ったよ……少々、命の価値を安く見ていたがね」

「……もっと詳しく聞かせてもらえますか?」

「それは残念だが、無理だ。私も彼についてはそれほど詳しくない。彼の素性なんて興味もなかったしね」

 

 はやては僅かな希望を感じたが、スカリエッティは表情を変えずに淡々と答えた。

 

「せめて、名前だけでも教えてもらえないでしょうか?」

「ああ、男の名は……マルバス・マラネロだ」

 

 ネオガジェットや獣人を生み出し、"セブン・シンズ"を狙う謎の科学者の存在。その正体はJS事件の共謀者であり、スカリエッティの技術を受け継いだ人物であること。

 そして、彼の名前だけが今回得られた数少ない情報だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 何が起きたのか、局員達は理解出来なかった。

 ただ分かったのは、目の前で追い詰めていた男が爆発したのだ。黒い爆煙と肉が焼けた匂いが周囲を包む。爆風と飛び散った肉片を受けて何人も目や耳を負傷。重傷を負った者もいる。死者が出たかもしれない。

 

「な、何が……」

 

 フロアを警護していたグループの隊長や、比較的軽傷だった局員達が周囲を警戒する。

 

「やぁ」

 

 1人の男が煙の中を歩いてくる。その声は、先程の通信のものと同一だった。薄緑色の髪を後ろで結び、牛乳瓶の底のような丸い眼鏡を掛けた白衣の男性は飄々とした態度でゆっくりと迫ってきた。

 プロフィアとのやり取りから推測をすると、爆発させたのはこの男のようだ。ロストロギアがある部屋の()()()()へと誘導したのは、プロフィアの自爆で壁に穴を開けるためだったのだ。

 

「止まれ! 何者だ!?」

 

 この男は人間、それも仲間を1人爆発させて置きながら、全く気にした素振りを見せない。

 危険性を感じた隊長が杖を向けると、男はふと立ち止まり右腕を挙げた。

 

「まぁまぁ、諸君落ち着いて。この手に注目してくれたまえ」

 

 ヒラヒラと右手を見せる。何も持っていないことは明らかだ。ここまでやっておいて、今更降伏の意思でも見せているつもりなのだろうか?

 だが数瞬後には、隊長の隣にいた男性局員の額にナイフが突き刺さっていた。

 男性局員は即死。急な攻撃と仲間の死に隊員達は混乱する。どうやら、至近距離から突然の自爆テロに前後不覚に陥った局員へ対し右手に注目を集めながら、男は左手でナイフを投げていたのだ。

 

「き、貴様ぁぁぁぁっ!」

「落ち着けと言ったはずだけどねぇ」

 

 激昂して杖を構える隊長を嘲笑いながら、白衣の袖からナイフを出して投げる。

 投げナイフは隊長の手に刺さり、激痛で杖を落としてしまう。次いで、動ける隊員達の頭や胸、腕にもナイフを投合して戦闘不能にしていく。

 ひ弱そうな外見に似合わずナイフは的確に命中し、全ての隊員にナイフを投げ終えて自分に抵抗するものがいなくなると、男は倒した局員達に目もくれずに穴の開いた壁へと歩き出し、ロストロギアを手に取って確認した。

 

「ふむ……これもハズレか」

 

 セブン・シンズの1つではないことが分かると、興味を失くしたかのようにロストロギアをその場に捨て、口笛を吹きながら周囲に何かを仕掛けだした。

 しかし隊長が無事な方の手で杖を構えると白衣の男は再びナイフを、今度は手と両足に投げて刺し行動不能にさせる。

 

「ぎゃああああっ!? クソッ! この悪魔がっ!」

 

 仲間を殺されて怒りを顕にする隊長。体を這わせながら、白衣の男を睨みつけて吼える。

 そんな隊長に対し男は首を傾げながら近付く。

 

「悪魔、ねぇ……君は本当の悪魔を見たことがあるかい?」

 

 隊長の言葉に男が答える。広い次元世界、悪魔と呼ばれる種族もいるかもしれない。しかし、隊長は本当の悪魔と呼べるものを見たことがなく首を横に振った。

 すると、白衣の男はニッと笑って言い放った。

 

「奇遇だね。私もないよ」

 

 そして、また口笛を吹きながら現れた位置へ移動。緑色の光に包まれて消えた。

 その数分後、47階で更に巨大な爆発が発生。柱に爆弾を仕掛けられたようで、上の階に潰されるようにフロアは倒壊した。その場にいた局員達は当然死亡、ビルにいた人間からも何十人も負傷者を出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 数日後、奇跡的に残った監視カメラの映像を六課フォワード陣が見ていた。

 ネオガジェットのメモリーに移っていたのと同じ人物が局員を何人も殺し、平然と逃走している。

 

「酷い……」

 

 ショッキングな映像に怒りを覚えるソラト。他のメンバーも言葉を失い、特にキャロは口を覆って泣きそうになっている。

 そんな中、エドワードは冷静に分析していた。

 

(この声、聞いたことがある……?)

 

 JS事件の"聖王のゆりかご"が浮上した時、ガジェットとの戦闘中のことを思い返すエドワード。丁度ギンガが救出された頃に、マラネロの声を聞いたかもしれなかったのだ。

 

〔ファースト以外は、潰せ〕

「ターゲット……タイプ・ゼロ……ファースト。ホカハ……ハイジョ……」

 

 と、謎の音声がガジェットから聞こえたのだ。そして一部のガジェットがギンガのいる場所まで襲撃を開始しようとした。幸い、それからすぐにゆりかごが墜ちたため、故障か何かかと気にされることはなかった。

 だが、もしそれがマラネロがガジェットを改造し極秘に命令を与えていたのならば、あの時のようにタイプゼロと呼ばれるギンガとスバルが狙われる可能性がある。

 

「目的は分からないが……スバル、用心した方がいい」

「う、うん」

「大丈夫! スバルは僕が守る!」

 

 変わらぬ真っ直ぐな眼でエドワードを見るソラト。スバルが関わることに対してはソラトの真面目さと熱心さで右に出るものはまずいないであろう。

 

「ありがとう、ソラト」

 

 いつもの甘々空間を作り出す2人に苦笑しつつ、この心配が杞憂に終わることを願うエドワードであった。


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