異界の魂   作:副隊長

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8話 支えてくれる人

「あーー!! ようやく出たよー!!」

 

 リゾート地を燦々と照らしていた綺麗な太陽も、少しばかり傾き始めてきたところで、日本一さんの元気の良い声が辺りに響き渡る。その溌剌とした声に、それなりに戦い続けていたことで溜まってきていた疲労も忘れ、小走りになって近付いていく。はっはと少し呼吸が乱れるけど、あまり気にならなかった。

 

「あった、のかな」

「うん、確かこれだよね」

 

 急いできた僕に、満面な笑顔を向けて日本一さんは紅く光る血晶を渡してくれた。そのまま受け取る。触れている場所から、ほんのりと不思議な感覚が生まれた。なんて言えば良いのか、自分の使う魔法とはまた違う、力が湧くような感覚がしていた。どういう理屈かは解らないけど、何かを増幅させるような効果でもあるのだろうか。手にした時そんな事を思ったが、今はそれほど重要ではないため、頭を振り脱線しかけていた思考を修正する。今は血晶よりも、ユニ君を優先しなきゃいけない。

 

「直接触ったのは初めてだけど、不思議な感覚だなぁ。何かの力があるのかな」

「そう? 私は何も感じないわよ。コンパはどう?」

「私も感じないです」

 

 日本一さんの声が聞こえたのだろう。アイエフさんとコンパさんも駆け寄ってきた。そうして、アイエフさんが代表して持っていたのか、先程手にいれた血晶を取り出しつつ言った。血晶をペタペタと触ってみているけど特に何も感じないようで、しきりに首をかしげている。やがて解らないと言わんばかりに肩を竦めると、コンパさんに血晶を手渡した。コンパさんも血晶を両手で撫でたり、軽く叩いたりして見るけど、アイエフさんと同じような感想だった。

 

「アタシも特に何にも無いよ」

「そっか。ありがとう」

 

 血晶を二回とも最初に見つけた日本一さんを見ると、尋ねる前にそう応えてくれた。そのままうーんと一伸びする。ヒーローを名乗っているボーイッシュな女の子ではあるけど、流石に疲れたのだろう。今日あったばかりの僕とユニ君の為にそこまで頑張ってくれたことに素直に感謝する。

 

「気にしないでよ。困ってる人を助けるのも、ヒーローの務めだからね!」

「そう言うヒーローにお礼を言うのも助けて貰った人の務めだよ」

 

 気にしないで良いよ笑う日本一さんに、そう伝えた。助けて貰ったのならお礼はちゃんと言わなきゃいけない。ここ数年でいろんな事が立て続ききに起こり、身に染みて実感した事だった。軽く頭を下げると、日本一さんは頬を指で掻きながら面映そうに小さく笑った。

 

「あらあら、私やコンパ、ネプギアにはお礼は無いのかしら? 私たちだって頑張ったのに良い雰囲気になっちゃって」

「もーあいちゃん、そう言う事は言っちゃだめです!」

 

 すると、意地悪い笑みを浮かべたアイエフさんがそんな事を言った。それを苦笑しながら、コンパさんが窘めている。勿論、僕としては二人にもお礼を言うつもりだった。だから、にっこりと意識して笑みを浮かべる。

 

「うん、すっごく感謝してるよ。ありがとう、あいちゃんとコンパさん」

「どういたしましてです。困った時は助け合いですです」

 

 コンパさんがほんわかした笑顔で言ってくれた。ネプギアさんの笑顔とも少し違う、周りを癒してくれそうな温かい笑顔だった。ユニ君の治療も率先して行ってくれたし、話す雰囲気も穏やかで、凄く良い子なんだろうと改めて思う。

 

「ちょ、行き成りなによ」

「なにが?」

 

 少し慌てたように割って入って来たのが、アイエフさん。少し頬が紅くなっている。そうなると良いなって思って言ったのだから、目論見通りになった事で少し笑みが零れた。彼女が言いたいことが何かは解るのだけど、あえて惚ける。先にからかおうとしたのはアイエフさんだから、少しぐらい反撃しても大丈夫だろう。

 

「名前よ名前。なんで行き成りあいちゃん?」

「んー、コンパさんが君の事をあいちゃんって呼んでたから、真似してみようかなって思っただけだよ。駄目だったかな?」

「ぐ、別に減るもんじゃないけど。呼ぶ前に了解を取りなさいよ」

 

 面白半分ではあるが、もう半分は本気で言っていた。見た感じ皆年下とは言え女の子であるから、名前で呼び捨てるのが案外気恥ずかしかったりするからだ。愛称で呼べるなら、その方が楽だった。

 ぐぬぬと歯ぎしりしながらアイエフさんは言った。

 

「なんでかな?」

 

 あえて問い返す。理由は何となくわかっているけど、一応聞いておく。

 

「幾ら私でも、男の人に言われるのはちょっと照れくさいのよ……」

 

 ばつが悪そうに視線を外し、恥ずかしそうにボソッと吐き捨てる。そのままプイッと横を向くと、不貞腐れたように腕を組んだ。思わず笑みが零れる。意外にも、あいちゃんと呼んでいい様だ。拒否されるかなっと思っていたけど、そうでもなかったみたいだ。それにしても

 

「何その可愛い理由」

「う、うるさいわね!」

 

 あまりに可愛らしい理由に思わず本音が口を吐いた。あいちゃんの顔が恥ずかしそうに熱を上げ、爆発する。小さな悪戯心から言った事だったが、思いの外効果があったことに少し驚く。

 

「わ、アイエフ真っ赤っか!」

「確かに今のアイエフさん普段なら絶対見られそうにないし、すごく可愛いかも」

「ネプギアまでっ。アンタたち、後で覚えときなさいよ!」

「まぁまぁ、あいちゃん。少し落ち着くですよ」

 

 日本一さんの言葉に、漸く合流してきたネプギアさんが頷いた。一番遠くから走ってきたのだろう。少し息が上がっていた。小さくお礼を言うと、いえいえと笑顔で答えてくれた。

 

「そうだ! ネプギアにも血晶を渡して見たら?」

「そうだね。ネプギアさん、どうぞ」

「へ? あ、はい」

 

 怒りだしたあいちゃんをコンパさんが宥めている間に、ネプギアさんに血晶を渡す。今のところ、何かを感じたのは僕だけである。ユニ君には聞いていなかった為解らないが、ネプギアさんが何も感じないようであれば、僕の気のせいである可能性が高い。さて、結果はどうなるやら。後ろから聞こえるぎゃあぎゃあと喚く声を敢えて聞こえない事にして、ネプギアさんの答えを待つ。

 

「……。不思議な力を感じますね。なんて言えば良いのかな。シェアが増幅されているような気がします」

「ふむ。シェア、ね」

 

 ネプギアさんの言葉を聞き、口元に手を当て考え込む。血晶がシェアを増幅させている気がすると言った。女神候補生のネプギアさんが言うのだから、恐らくそういう力があるのだろう。ならば自分が感じたのもその力の一端なのだろうか。それなら、何故自分がシェアの増幅を感じ取れるのだろうか。単にシェア以外の力も増幅させるのか、或いは……

 

「こら四条! なんでネプギアの事はギアちゃんって呼ばないのよ!? おかしいわよねコンパ?」

「む?」

 

 考え込んでいたところで、そんな事を言われた。思わずあいちゃんの方を見る。目が本気だった。若干怖い。

 

「確かに、ギアちゃんも愛称で呼んでるです」

「そうよ。私の事をあいちゃんって言うなら、ネプギアの事もギアちゃんって呼ぶべきよ!」

「ええ、どういう事ですか!?」

 

 コンパさんの同意を得て我が意を得たのか、そう畳みかけてくる。すると想定もしてなかったのか、ネプギアさんの表情が驚きに染まった。表情豊かなネプギアさんを眺めつつ、ふむっと考え込む。

 

「言われてみると確かに。なら、ギアちゃんって呼んで良いかな?」

 

 特に問題がある訳でも無いし、ネプギアさんに尋ねる。さっきいきなり呼ぶなと怒られたばかりなので、了承を得るのを忘れないようにする。尤も、この子の場合は特に怒ったりしそうにないけど。

 

「え、あ、はい、大丈夫ですよ。……って、ええ!?」

 

 一度頷いた後、ネプギアさんはまた声を上げた。百面相の様にころころ変わる表情に、面白い子だなぁ、といった感想を抱く。事実、先ほどまで笑っていたかと思えば、驚き、そして今はあわあわと口を動かし焦っている。その姿を見ていると、小さい子供と言うか純粋な子を相手にしているようで、心が少し暖かくなってくる。こういうところが、きっとこの子の魅力なのだろう。

 

「という訳でよろしくね、ギアちゃん」

「あ、はい! ……なんか恥ずかしいですね」

 

 一度呼んでみる。すると、言葉通り恥ずかしそうにしながらも小さくはにかんでくれた。見た感じ嫌がられていないようで少し安心した。流石に愛称で呼んでみて嫌そうな顔をされたらいたたまれない。ふっと、小さく息が零れた。思いもしないところで一悶着あったけど、何とかユニ君とも仲直りできる気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、そろそろ行こうかな。あの子を泣かせたままじゃ、気が気じゃないしね。さっさと仲直りしないとね」

 

 血晶が手に入ったので帰途につき、漸くラステイションの街並みが見えてきたところで、軽く頬を叩いたあと、助けて貰った皆に言った。

 

「まったく、二人揃って手間を掛けさせてくれるんだから」

「うん、面目ないです。ごめんね、あいちゃん」

「別に良いわよ。乗り掛かった舟ってね。あと、温かい笑みを浮かべてこっちみんな」

 

 ふんっとそっぽを向きつつも僕たちを見捨てないでくれるあいちゃん。

 

「なんで喧嘩しちゃったのかは知らないけど、きっと仲直りできるよ。友情はヒーローの定番だからね!」

「僕はヒーローになった覚えは無いけど、友達は大事だから仲直りしたいな。……いや、しなきゃいけないんだよね」

「勿論。だから、頑張ってね!」

 

 肩を軽く叩きながらエールを送ってくれる日本一さん。

 

「ユニちゃん、怪我してたです。それに、これまでの疲れもあると思うです。だから、ユニちゃんを支えてあげて欲しいです」

「そうだね。あの子はこれまで一人で頑張ってきたって言ってた。なら、誰かが支えてあげなきゃ、何時かは倒れてしまうかも」

「はいです。だから、支えてあげてくださいです」

「ああ、解ったよ」

 

 心底ユニ君の心配をしてくれているコンパさん。

 

「四条さん、ユニちゃんをお願いします」

「ああ、ちゃんと仲直りするよ」

「きっとですよ。ユニちゃん泣いてました。友達が、ユニちゃんが泣いてるなんて私嫌です。だから、ユニちゃんを笑顔にしてあげてください」

「泣かせたのは僕みたいだからね。きっとあの子とは仲直りするよ。だから、心配しないでほしいな」

「はい! ……ちょっと羨ましいかな」

「ギアちゃんが泣いてても慰めに行くよ。尤も、君には良い仲間がいるからその心配はいらないかもしれないけどね」

「はい!」

 

 そして、あの子と同じ女神候補生であるネプギアさん。

 四人を一様に見た後頭を下げる。ありがとう、と。最大限の感謝を込めて。それだけ、僕にとってもあの子にとっても大きなことをしてもらったと思っていた。

 

「解ったからさっさと行きなさい。あと、仲直りが出来たら報告に来るように! ここまで首突っ込んだら気になるのよ」

「ああ、必ず」

 

 なんだかんだ言いながら面倒見の良いあいちゃんの言葉に頷く。その気遣いが有りがたかった。

 

「頑張ってね、ファイト!」

 

 軽く手を上げた日本一さんに同じく自分も軽く手をあげ、ぶつける。パァンと乾いた音が鳴り響き、心地の良い衝撃が手に残った。その励ましが、有りがたかった。

 

「きっと、できるです!」

 

 小さくぐっと拳を握りコンパさんが言う。その心配してくれる優しさが有りがたかった。

 

「ユニちゃんをお願いします」

 

 太陽の様な笑顔で見送ってくれた。その暖かさがありがたかった。

 そして踵を返し、ラステイションの教会に向かい歩き出す。ここからが、正念場だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血晶を手にし教会へ赴き、手続きをした後に通されたのは、大きな講堂のような場所だった。正面に何やら厳かなステージのような大きな場所があり、それを中心に大勢の人間が集まれる空間が広がっている。人々が女神を信仰することで、女神の力は増すと言う。この場所は所謂教義などにつかわれていたのだろうか。大勢の人たちが教えを受ける。そんな光景は馴染みが無いため、少しばかりイメージがわかない。

 広い空間にただ一人待たされている所為か、そんな余計な事を考えてしまう。焦ってしまうよりは良い事なのだろうけど、こんな時でもマイペースな自分に少しばかり呆れてしまう。

 

「やぁ、あなたが四条優一さんかな?」

 

 物思いに耽っていたところで名前を呼ばれた。穏やかでありながら、どこか鋭い響きを持つ声音。声のした方へゆっくりと振り向く。少しばかり待たされてしまったけど、相手は教祖様と言うだけあって多忙なのだろう。それは仕方が無い事だと思った。

 

「はい、初めまして。四条優一です。貴女が教祖様ですか?」

 

 そこにいたのは、軍服のような女性用のスーツを着こなした女の子だった。人の良さそうな柔和な笑みを浮かべている。その様子は、声音から感じた第一印象と対照的であると言えたが、教祖になるような人物だ。きっと一筋縄でいくような人じゃないんだろうと予想する。

 

「おっと、失礼、名乗りが遅れたね。僕は神宮寺ケイ。君の言う通り、ラステイションの教祖をやらせてもらっているよ」

「神宮寺ケイ様、と」

 

 かみしめる様に呟く。相手は教祖様である。あまり気安くしては失礼だろうと思ったのだが、

 

「ふふ、そこまで畏まらなくていいさ。君はあのユニが推すような人物なんだ、もう少し気軽にしてくれると嬉しいな。ユニとは気軽に話しているんだろう?」

「それはそうですけど、良いのですか?」

「ああ、構わないよ。ユニと対等に話す君が僕に敬語を使うって言うのもおかしな話だからね」

 

 言われてみると確かにケイさんの言うとおりである。女神候補生とは言え、ユニ君は女神である。教祖である彼女とユニ君の間には個人の関係とは別に、組織としてのややこしい関係があるのだろうと何となく理解する。

 

「解ったよケイさん。少しだけ、楽にさせてもらいます」

「ああ、そうしてくれるかな」

 

 承諾した僕にケイさんはただ小さく笑みを浮かべる。その様子からなんとなく、食えない人だと言う言葉が思い浮かぶ。

 

「さて、あまり世間話ばかりしていては話が進まないね。そろそろ本題に入ろうか。っと、その前に血晶を受け取っても良いかな」

「これです」

 

 ケイさんの言葉に血晶を取り出し手渡す。表情には出さないが、少しだけ驚いていた。手続きをしてきた為、血晶を持ってきたと言うのは事前に連絡が届いているだろうけど、それ以外に用件がある事を言いあてられるとは思わなかった。帰ってきたユニ君の様子がおかしかった等、何かしら推測できる理由はあったのだろうけど、こうもアッサリ当てられると少しばかり狐に騙されたような不思議な感じになってしまう。

 

「確かに血晶だね。しかし、ユニには入手を失敗したと聞いたけど、どう言う経緯で再び手に入れたんだい?」

 

 血晶を手に取り、一通り眺めた後、懐から取り出せるような小さな機材を取り出し何かしら調べたかと思ったところで、ケイさんは尋ねてきた。文言だけ聞けば質問しているのだけど、口元に浮かべられた小さな笑みの所為か、態々言わなくても詳しく知っているのではないかと思ったしまう。

 

「はい。一度は手に入れたんだけど、一悶着あってね。結局手放す事になった訳です。そこから――」

 

 そこまで言ったところで言葉を切る。ふむっと相槌を打つケイさんは何かを確かめる様な感じだった。その様子に、やはり食えない人だなっと思いつつも続きを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでケイさん」

「何かな四条君」

「今話した事、ある程度知ってたんじゃないかな?」

 

 ネプギアさんたちに手伝ってもらい血晶を手にした経緯を一通り語ったところで聞いてみる。話を聞く彼女の様子から、どうしてもそんな疑問が思い浮かんでいた。反応があまりにも平坦だった。あらかじめ知っている事を確認する様に小さく頷いているのもその予想に拍車をかける。

 

「ああ、知っていたよ」

「そうですか」

 

 その所為か、予想通りの返答に満足してしまった。

 

「おや。もう少し何か言うのかと思ったけど、それだけかい?」

 

 そんな僕の様子が意外だったのか、ケイさんが初めて首を傾げた。

 

「まぁ、報告を聞き比べて情報の確認をするのも仕事でしょうしね。それに、ちょっと気になっただけですしね。態々しつこく掘り返すような事でもないです」

「成程、ね」

 

 ケイさんは小さく頷くと、直ぐに表情を戻した。成程、これがこの人のスタイルなのかと、少しだけだが理解する事が出来た。

 

「っと、脱線しましたね。先ほど話した通り、仕事の途中でどうにもユニ君を怒らしたようでね。もう一度話がしたいと思っているんだけど、ユニ君のいる場所に見当がつかないものでして」

「成程。つまり僕に力を借りたいから来たと言う訳かい」

「そうなります。教祖様ならあの子の居場所がある程度分かるかなって思いましてね」

 

 自分が直接来た理由を話す。血晶を届けに来ただけならば、態々教祖に会うような事をしなくとも受付で手続きのみ行えばいいのだが、あえて教祖に会う方法をとったのは彼女の力を借りるためだと言えた。不安材料として、そもそも教祖に面会などできるのかと言う点があったのだけど、その心配も無用だったようだ。少しばかり意外な事だけど、教祖に面会すると言うのは思いの外簡単にできるようだった。流石に尋ねてその日に面会できたのは女神候補生であるユニ君の名前のおかげだろうけど、それを差し引いても数日待つ程度と案外簡単に面会できるようだった。

 

「ああ、解るよ。今ユニがいる場所なら、大体見当がつくよ」

 

 ケイさんは小さな笑みを少しだけ深くすると、頷いた。その様子に良かったと安堵するが、ちょっとだけいやな予感を感じた。

 

「なら、その場所を教えて貰っても構いませんか?」

「構わないけど、その情報の価値はどれくらいになるだろうね」

「価値、ですか」

 

 自身の勘が当たったのか、ケイさんは少し楽しそうにそんな言葉を言った。尋ね返す。

 

「そ、価値だよ。ビジネスの基本はギブ&テイク。つまりは等価交換だね。君にとってその情報はどれ程の価値があり、その対価として何を差し出せるかな?」

「む……」

 

 想定外な言葉に、少しばかり考え込む。対価として最初に思い浮かぶのはお金だけど、教会の教祖になるような人が、個人の持つ程度の金で動くとは思えなかった。ならば何か。今日自分がして来た事。ラステイションの教会からの依頼。それを鑑みれば、答えは簡単だった。

 

「何かしらの協力。労働力、と言ったところでしょうか?」

「ご明察。その情報を与える代わりにやってほしい事があるんだけど、構わないかな?」

「解りました」

 

 にっこりと笑い言うケイさんを見ていると、本気で食えない人だと思ってしまった。とは言え、ここまで来て結局会えませんでしたでは話にならない。多少は思うところがあるけど、気にしないでおく。

 

「ふふ、ありがとう。では、教えるよ」

「良いんですか? 僕はまだ、何もしてないですよ」

 

 了承した途端、ケイさんが教えてくれると言った。思わず言葉を遮る。ここに来て、いきなり話がおかしくなった。もう一度何かやらされるのだろうと覚悟したのだが、そうじゃなかったからだ。

 

「ああ、君にやってほしい事は、場所を教えないとどうしようもない事だからね」

「……ああ、そう言う事か。ケイさん、良い性格してますね」

 

 にこやかに語るケイさんの言葉を聞き、漸く彼女の意図が解った。見事にしてやられた為、少しの非難とそれ以上の感謝を込め文句を言う。

 

「ふふ、ありがとう。良く言われるよ」

「だろうね」

 

 そんな僕の言葉もどこ吹く風か、にこやかに笑みを深めた。本当に食えない人だ。

 

「あなたは教会の裏にある大きな木は知っているかな?」

「……大きな木、ですか?」

「そ、教会をぐるりと回ると広い敷地があるんだけどそこに一本だけ大木があるんだ。ユニはそこに居ると思うよ。あそこはユニがノワールに、ああ、ユニの姉である女神に稽古をしてもらっていた場所なんだよ。そこで膝を抱えて座り込んでいたって見回りの者も言ってたから確実だろう。あの子は落ち込んだとき大抵そこにいるからね。確実だろう」

「成程、思い出の場所ですか」

 

 ケイさんの言葉に小さく頷く。大体の場所は解った。その状況で自分に頼む事。一つしか思い浮かばなかった。

 

「ユニの事、頼むよ」

「はい」

 

 小さく頷く。そのままケイさんにお礼を言い、教会を後にする。

 漸くか。外に出て呟く。空を見上げた。陽が沈みはじめ、夜の帳が下りようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであんな事言ったんだろ」

 

 教会の裏。少し歩いたところで青々とした緑の広がる広大な敷地があった。その開けた場所に、一本だけ大きな木が植えられていた。ぽつんと一本だけ残っている大木は、力強く在るが、同時に物寂しくもあった。歩を進める。ぼそぼそとした言葉が聞こえてきた。どこか泣きそうな声音。探している女の子だった。

 

「折角、一緒に組んでくれたのに、ちゃんとした話もしないで一方的に自分の意見を押し付けて……」

 

 ぽつぽつ風に乗りと聞こえてくるのは、後悔を孕んだ言葉だった。その言葉を聞くと、不謹慎だけど少しだけ嬉しく思った。嫌われたわけでは無い。そう実感できたから。

 

「挙句の果てに、ネプギアに嫉妬なんかして馬鹿みたい。こんなんじゃお姉ちゃんみたいに、ううん、女神にだってなれないよね」

 

 やがて、大木の前に辿り着く。声はその裏から聞こえている。この距離まで近づいたのにも拘らず気付いていないのだろうか。声は留まる事無く続いていた。

 

「アタシって、ほんと馬鹿だ……」

 

 今にも泣きだしそうに、それだけ零した。一度深呼吸をし、歩を進める。座り込み膝を抱え、その上に頭を付けユニ君は小さくなっていた。出会った時から気の強い女の子だった。自分に自信があるんだろうと言うのが良く解った。話を聞けば、彼女は女神候補生であり、この国の人たちを導く存在である事も知った。強い子なんだと、その話を聞いて余計にそう思った。けど、その思いがそもそも間違っていたのだろう。ユニ君の独白を聞いていると、なんとなく理解できた。

 

「まったくだね」

 

 彼女の自虐的な言葉に同意すると、傍らに腰を下ろす。びくりと肩が震えるのが解ったけど、気にする程の事でもなかった。

 

「……なんでアンタが此処に?」

「そりゃ探したからね」

 

 ユニ君の疑問にただ答える。色々な人に助けて貰い漸く彼女に会えた。長い一日だったと、小さく笑みを浮かべる。

 

「……何しに来たのよ」

「んー、聞きたい事があったからね。色々あるんだけど何で泣いているのか。まずはそれに応えて欲しいな」

 

 顔を上げずただ聞いてくるユニ君に答え、そのあと尋ねた。どうしてもわからなかった。この子がなんで泣いていたのか。それがなんとなく解ったけど、ユニ君の口からききたかった。

 

「泣いてなんかないわよ」

「いいや、泣いてるよ。僕にだってわかった。ネプギアさんや他の皆も言ってたよ」

 

 否定するユニ君の言葉を切って捨てる。

 

「っ、そんなことアンタには関係ないでしょ!?」

「まったくもってその通りだよ」

 

 図星を突かれた所為か、勢いよく面を上げ、ユニ君は捲し立てる。そのユニ君の言葉を肯定する。この子が泣いているのは僕には関係ない。それは動かす事の出来ない事実。それを否定する気は無い。

 

「けどね。自分のすぐ近くで泣いている人がいる。それも自分の友達。なら、どうにかしてあげたいと思うものだよ。少なくとも僕はそうだ」

 

 それでも友達が泣いていた。それだけで充分だった。友達が泣いているのを見たくは無い。その思いだけで充分じゃないだろうか。

 

「……友達?」

「そうだよ。君がどう思っているかしら無いけど、僕は君の事を友達だと思っているよ。ネプギアさんだってそう言ってた。アイエフさんやコンパさん、日本一さんだってそう思ってくれてるんじゃないかな。別に僕じゃなくても良い。誰かに思いを吐き出せないかな」

 

 言い聞かせるように語る。この子が何かを抱えているのは解っていた。ならば一度吐き出せば良くなると思う。

 

「……無理だよ。そんな事できない。これはアタシが乗り越えるべき問題なの」

「それはどうして、かな?」

 

 絞り出すように言ったユニ君の言葉を促す。

 

「アタシは弱いの。ネプギアと戦って分かった。ううん。戦う前から解ってた。あの子は笑顔を絶やさない強い子だった。女神が、お姉ちゃんたちがいないこんな状況なのに、それでも仲間と笑っていられた。それがあの子の強さ」

「そうだね。あの子は強いよ。君なんかよりも、ずっと強い」

「……っ!? 解ってるわよ! そんなネプギアに比べたらアタシは弱かった。それなのにネプギアには手を貸してくれる人たちがいた。それが羨ましかった」

 

 話せないと言いつつ、ユニ君が吐露した本音。それを聞き漏らさないよう耳を傾ける。

 

「それに比べたら、アタシには誰もいなかった。アタシの周りには、ネプギアみたいに助けてくれる人がいなかったの。だけど、そんな時にアンタと初めて出会った時に行ってくれた言葉を思い出したの。一緒に組まないかっていうやつ」

 

 ユニ君の言葉に小さく頷く。初めて会った時、まだ自分はこの世界について良く解っていなかった。だから少し縁のできたユニ君と組めないかと誘った事がある。その時の事だろう。自分にとってはかなり打算もあった言葉なのだが、それがこの子にとって大きな言葉になっているとは思いもよらなかった。

 

「実際に一緒に組んでみて、全然違った。良い事ばかりでも無いけど、それでも一人の時より安心できた。アタシにもネプギアみたいに仲間が出来たんだと思うと、凄く嬉しかった」

 

 一緒に仕事ができて嬉しかった。そう言った彼女の言葉の意味がようやく理解できた。

 

「けど、それも長くは続かなかった。ネプギアが現れて、一緒に戦ってると、とられる気がしたの」

「僕がと言うよりは、君の仲間が、だね」

「……うん。そう思うと、嫌だった。折角できた仲間がネプギアに取られる。このままじゃまた独りぼっちになると思うと、怖くて仕方が無かった。だからそうさせないために――」

「ネプギアさんと戦った。と」

「うん。勿論それだけじゃなくて、ネプギアと自分の差がどれだけあるのかも知りたかったっていうのもあるけど、やっぱり大きかったんだと思う」

 

 結局、この子は強くなんかなかったんだろう。ユニという弱いけど頑張り屋な女の子を勝手に強いと思い込んでたのだろう。長い付き合いだった訳でも無い。自分は何を知った気になっていたのだと、呆れてしまう。

 

「負けて目覚めた時、アンタとネプギアが楽しそうに話してた。その時思ったんだ。アタシよりネプギアの方が女神に相応しいから駄目なんだって。アンタも取られちゃうんだって。だから取られるぐらいならって思って……」

「自分から解散したって訳だね」

「……うん」

 

 そう言い終えたところで、ユニ君は小さく溜息を洩らした。吐き出した事で少しだけ楽になれたのだろう。どこか落ち着いているように思えた。

 

「ねぇ、ユニ君」

「何?」

「僕はさ、ここに来るまでいろんな人に助けて貰ったよ」

 

 今なら話を聞いてもらえる。そう思ったから言葉を紡ぐ。この子に伝わりますように。そんな思いを込めて、語りだす。

 

「最初はさ、一人でもう一つの血晶を見つけて、ケイさんと交渉するつもりだったんだ」

「血晶をもう一つ?」

「そ、パートナーが負けて失ったのなら、その相方である僕がフォローするのが筋だからね」

「う、け、けど、ちゃんと解散したわよ」

「あんなので納得できない」

 

 この子が負けたから僕が何とかする。それは別に特別な事では無かったと思う。一人で何でもできる訳じゃない。だから助け合うのは当たり前の事だろう。

 

「で、最初は一人で探す気だったわけだけど、結局ネプギアさんたちに手伝って貰ったわけです。一人よりも二人、ってね」

「……アンタ今までの話から言わなくても良い事とか解らないの?」

 

 しれっと言う僕に、ユニ君は白い眼をしてそう言った。まったくもってその通りだと思うのだけど、それが事実なのだから仕方が無い。

 

「解ってるよ。けど、僕にとってはそれは重要じゃないからね」

「どういう意味よ」

「君がどう思うかもある程度予想してたけど、そんな事より会って話をする方が大事だったから」

 

 あの時は納得も理解もできなかった。だから、ユニ君と話をしたかったと言う訳だ。ユニ君の気持ちと僕の気持ちを天秤にかけて、自分の気持ちを取っただけのことだ。

 

「……アタシと話したかった?」

「そうだよ。あんな別れ方されたら、誰だってそう思う。極め付けに泣いてたしね」

「だ、だから泣いてなんかない!」

「何をいまさら」

 

 泣いていたと言う指摘に文句を言ってくる。その様子に少しばかり元気が出て来たのが読み取れ、素直に嬉しく感じた。沈んでいるよりも、少しばかりうるさいくらいが良い。 

 

「っと、話が脱線してきてるね。つまり、僕だって君に会うだけでネプギアさんやケイさんに手伝って貰って漸く会う事が出来たんだよ」

「それがどうしたのよ」

 

 ユニ君が不思議そうに問い返す。

 

「つまり、一人じゃ何にもできなかった訳です」

「……そうなるわね」

「頷かれると結構堪えるね。兎も角、誰だって足りない事があるのが当たり前なんだ。だからこそ、誰かに補って貰う事で強くなれる」

「そうね。きっとそうなんだと思う」

 

 ユニ君は素直に頷いた。

 

「じゃあ、なんでネプギアさんは君より強いんだと思う?」

「それは……支えてくれる人がいるから?」

「うん。きっとそうなんだろう。ネプギアさんも一人だったとしたら、君と大差は無いんじゃないかな」

「けど、アタシは一人でネプギアには皆が居る。勝てる訳……ない」

 

 そう言い、ユニ君は言葉を遮ろうとする。涙目で頭を振るこの子を見ると、弱い子なんだなって言うのが良く解る。

 

「ねぇユニ君。足りないなら補えばいいって僕は言ったよね」

「言ったけど、私を支えてくれる人なんか……」

「いるよ」

 

 否定しようとするユニ君を静かに諭す。

 

「ケイさんが支えてくれる。ラステイションの人たちが支えてくれる。防衛隊の人たちが支えてくれる。ネプギアさんたちが支えてくれる。そして、」

 

 一度ユニ君の瞳を見詰めた後、最後に告げた。

 

「僕だって支えるよ」

 

 その瞳から、涙が一筋零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「無理よ……」

「どうして?」

 

 絞り出すように言ったユニ君の言葉にただ聞き返す。

 

「だって、皆ネプギアを支えるからアタシまでなんて」

「人が一人しか支えられないなんて。誰が決めた」

 

 ユニ君の言葉を否定する。

 

「けど、それでもネプギアには勝てないよ」

「なら、皆で強くなれば良い。今勝てないとしても、いつか勝てばいい。違うかな?」

「それは……」

 

 そう告げると、ユニ君は目を見開いた。頭の中で言葉を反芻していた。

 

「一緒に強くなってくれるの?」

 

 不安そうに聞いてくるユニ君。何度もそう言っているのに疑い深いこの子に笑みを浮かべ、一言告げる。

 

「君の相方だからね」

「そっか」

 

 するとユニ君は小さく頷くと、酷く嬉しそうに笑った。漸く見せてくれた笑顔。ネプギアさんにも負けない程、暖かいものだったと感じた。

 

「ごめんね。少し挫けてたみたい」

「ん、立ち上がれたね」

「当然でしょ。アタシはラステイションの女神候補生なんだから!」

 

 そう言って勢いよく立ち上がると、ユニ君はにっと笑った。出会った時に見た小悪魔のような笑顔。それは、この少女に一番似合っている笑顔だった。

 

「見てなさいよ、ネプギア。今は勝てないかもしれないけど、絶対追い越すんだから!」

 

 ユニ君の元気な言葉。沈みゆく夕暮れと共に、溶け込むように消えていった。

 

 

 

 

 


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