異界の魂   作:副隊長

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挿話2

 全ての女神が解放された。そんな女神を信仰する者達にとって歓迎すべき噂が飛び交うのに、それ程の時が掛かる事は無かった。国際展示場での取引から一日。今は個人的な都合により、ラステイションの教会でお世話になって居た。戦いが終わった直後、未だ全ての国に女神が戻ってすらいないと言うのに、彼女たちの安否が各々の国に知れ渡っているようであった。あの後目を覚ましたアイエフに確認を取ってもらったところ、既に四国共にお祭りムードである様だ。喜ばしい事ではあるけど、その情報の周りの速さには素直に驚いてしまう。一度女神が帰還したルウィーだけならいざ知らず、プラネテューヌやリーンボックスでも大きく取り上げられているようだ。勿論ラステイションも喜びに沸いているが、どちらかと言えば他の女神を救出した国と言う意味合いが強い。

 

「何とかなったから良かったものの……」

「どーする気だよ?」

「……ん。相変わらず神出鬼没だね」

 

 女神たちの解放に湧く各国。僅かにだけど感じる事が出来るシェアの感覚に、自分の成した事を実感していたところで不機嫌そうな声が届いた。何となく来る気はしていた。クロワール。僕がこの世界に居る理由を全て知る、唯一の存在だった。

 

「俺の事はいーんだよ。ユーイチ。完全に犯罪組織と袂を分かつ事になったんだぞ」

「解ってるよクロワール」

「いいや、解ってねーよ。お前は全然わかってない。お前が選んだ道に未来はねーんだぞ?」

 

 僕に言い聞かせるようにクロワールが続ける。犯罪組織と戦い、犯罪神の脅威を排除する。それを成してしまえばこの身に誓約が無くなり、元々いるべき場所に戻される。それが僕の至る結末だった。だからこそ、クロワールの言葉をやんわりと遮る。

 

「未来ならあるさ」

「なんだと?」

「少なくとも、僕が望んだ未来は手に入れられる」

 

 確かにクロワールの言う通り、犯罪組織につかずこのまま行けば四条優一には未来が無い。それは動かす事の出来ない事実である。だけど、望んだ未来ならば迎える事は難しくなかった。

 

「……なら、お前は自分が消えたって良いって言うのかよ? 利用されるだけ利用され、捨てられても構わないのかよ?」

「違うよ、クロワール。僕は僕の意思でこの道を進むんだ。誰かの都合に抗えず利用されるわけじゃない。選択肢が他に無かった。確かにそうだよ。だけど、同時に最も選びたい選択肢でもあったんだ」

「違うだろ!? その道を選んだら死ぬしかないんだぞ……。恨めよ。憎めよ。この世界はお前を殺そうとしているんだぞ! それで、良いのかよ。お前はそれで……、満足できんのかよ。許す事が出来るって言うのかよ」

 

 黒の妖精の頬から光るものが零れ落ちる。嗚咽。小さな手で涙を拭いながら、彼女は叫ぶように問いかける。嗚呼、っと思い至る。何時だったか、このままで良いのか? っと彼女に聞かれた事があった。その時にも思った事だけど、この子は僕が思うよりも遥かに責任を感じていたのかもしれない。愉快犯で天邪鬼で、面白い物さえ見れれば良いと言っていた。確かにそれはクロワールの本質なのだろう。だけど、それだけと言う訳でも無いのだと理解する。怒っているような声音で有りながら、縋る様に僕を見詰める瞳を見てしまったら、百の言葉を聞くよりも切実にこの子の想いが解ってしまうのだ。

 

「……俺が面白半分で異界の魂召喚の儀式なんて持ち込まなければ、お前は死ぬ必要なんてなかったんだぞ。恨めよ。憎めよ。お前の所為だって、言ってくれよ……」

 

 辛かったのだろう。クロワールは様々な次元を見て、その歴史を記してきたと言っていた。その為、様々な人を見たのだろう。この子が歴史に介入した事によって、良くなったことも悪くなったこともあるのかもしれない。だけど、今回の様な特殊なケースで、それも個人に介入した事は無かったのだろう。お前が死ぬのは俺の所為なんだよ、っと涙を零すクロワールを見ると思い至った。

 

「苦しいんだよ……。人が死ぬのは何度も見た事がある。女神が死ぬのだって数えきれないぐらい見て来た。だけど、次元すら関係ない場所から呼び出された奴が、誰にも本心を語る事も出来ず、利用されるだけ利用され最後には殺される。そんな結末が見たかったわけじゃねーんだよ」

「違うよ、クロワール」

「何が……、違うって言うんだよ……」

 

 泣きながら睨んでくるクロワールにゆっくり語り始める。僕には本心を全て語る事が出来る相手が、たった一人だけ存在しているのだから。

 

「僕には本心を語る事が出来る友達がいるよ。誰にも本心を告げる事が出来ず、利用されるわけじゃない」

「そんな奴……、何処にいるって言うんだよ……。女神か、候補生か?」

 

 癇癪を起しながら泣き続けるクロワールをあやしながら、小さく首を振る。確かにユニ君やノワールも大切な友達である。だけど、僕がすべてを語る事が出来る相手はたった一人しかいないんだ。

 

「君だよ、クロワール」

「……俺?」

「そうだよ、クロワール。僕が何故この世界にいて、どんな事を想い、どうして戦うのか。その全てを偽る事無く語ることができる相手に、君がいてくれるよ。だから僕は誰にも想いを託せないわけじゃないんだ。君がいてくれる」

 

 僕が呼び出される原因であるからこそ、クロワールはすべての事情を知っていた。本当に彼女が刹那的な愉快犯ならば、僕が呼び出された時点でそれ以上接触する必要はないはずだ。それなのに彼女は様々なことを知っていた。それは、それだけ僕のことを機にかけていてくれたということだから。思うところは色々ある。だけど、単純にこの子を憎むと言う事はできそうになかった。

 

「お前は解ってねーよ。俺には、そんな資格はないんだ。俺は、お前が死ぬ事になる原因なんだぞ。最も恨まなきゃいけない存在じゃねーか。俺が居なければ、お前は苦しむ事なんてなかったんだよ」

 

 初めて出会った時、クロワールは僕に、自分は全ての元凶だと語っていた。にも拘らず、何故か嫌いになり切れなかった。今だからこそ思うけど、それはもしかしたらこの子の様子から何かを感じ取れたからなのかもしれない。根拠など無い。だけど、そう思えてしまうのだ。

 

「そうだね。だけど、君がいなければ僕は死んだままだったよ。希望が持てず、ただ漫然と死んでいないだけの日々。元の世界ではどうしようもなかったその状況から、君は僕を救ってくれもした」

「っ、そんなの結果論じゃねーかよ」

「だけど、事実だよ。君がいたから光が見えた。新たな出会いがあり、友達と呼べる人達とも知り合う事が出来たんだ。ゆるやかに死んでいくだけだった心を、君が助けてくれたんだ。何より……」

「なんだよ」

 

 一度言葉を切る。気付けばクロワールの瞳から涙が止まり、ただじっとこちらを見詰めている。

 

「君も僕にとって、大事な友達になってしまったからだよ。今更憎むなんて事、出来ないかなぁ」

 

 だから今の気持ちを素直に伝えていた。この子と知り合い、長いとは言えないけれどもそれなりの時間が経っていた。今更憎めなどと言われても、無理なものは無理なのだ。

 

「……っく、はは。何だよそれ。緊張感がねーな。お前、馬鹿なんじゃねーの?」

「酷い言われようだね。けど、不思議と君には怒る気が起きないね」

 

 小さく、ほんの少しだけクロワールが笑みを浮かべた。何時もの生意気な感じでは無く、本当に嬉しそうな微笑だった。照れ隠しに悪態をついているが、それが解ってしまう為気にはならない。

 

「良いぜ。俺が全部覚えておいてやるよ。異界の魂が、ユーイチがどんな想いを抱いていたのか。例え女神や候補生たちが知らなかったとしても、俺が全部覚えていてやる」

「そっか。嬉しいな。誰にも言う事が出来ないと思っていた事。それを受け止めてくれる人が居る。これで僕は、思い残す事無く全力で戦える」

 

 好きな人と言えば、ノワールやユニ君だろう。だけど、尤も信用できると言えばクロワールなのかもしれない。ただ一人、僕が何も嘘を言う必要が無い相手だから。言うならば、相棒みたいなものだった。

 

「一つだけ、約束してくれ」

「約束、かな?」

「ああ約束だ。俺には嘘を吐くなよ。それだけは、守ってくれ」

「……解った。約束するよ」

 

 思わず苦笑する。嘘を吐く必要が無いと思っていたところで、嘘を吐くなと念を押されたから。この子にだけは、偽る必要は無かった。僕が死んでいるという事実すら、知っているのだから。それはある意味、最も素直になれる相手と言う訳でもあった。ノワールにもユニ君にも言えない事はあるけど、クロワールにだけは遠慮する必要が無いのだから。

 

「俺は……、お前の友達か?」

「ああ、友達だよ。大切な、友達だ」

「そうかよ。ふふ、ダチ、かぁ」

 

 一度確かめる様に聞いて来たクロワールに頷く。この子は僕が最も素直でいられる友達と言えた。そう伝えたると、吹っ切れたような笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

「こんなところでしょうか」

 

 そう控えめに呟いたのは、柔和な笑みを浮かべながらもどこか鋭い眼差しを持つ男性だった。以前ブレイブと対峙した時に知り合ったガナッシュさんだ。ラステイション教会直属の研究機関、アヴニールの主任を務める人物で、場合に寄っては教会の一員として様々な事を手掛けるのだとか。実際、本職以外の分野でも有能な様で、教祖の助手を務める事もあると聞く。一応知り合いとは言え何故僕がそんな人と一緒に居るかと言えば、何と言うべきか、我ながら締まらない理由であった。

 

「……着なれていない所為か、服に着られている感じがしますね」

「礼服などそれ程着る機会もありませんよ。着ている当人は違和感を感じるかもしれませんが、充分似合っていますよ」

 

 自分の服装を選べなかったからである。とは言え、仕方が無いと思う。女神が開く式典と言うかパーティだった。国主に当たる人物が開く晩餐会である。出席者にはそれなり以上の服装が求められるだろう。それを選んでもらっていると言うところであった。

 

「不参加と言う訳にはいきませんよね?」

「あり得ませんね。女神を救い出した張本人がいない状態で解放を祝う等有り得ませんよ」

「……ですよね。胃が痛くなるなぁ」

 

 出来る事なら参加したくないのだけど、そう言う訳にはいかないのだろう。全ての女神の解放宣言と言う事だった。ラステイションの女神を救い出した時にも英雄扱いされたようだけど、今度成した事はそれ以上だった。主役が居なければ始まらないと言うのが教会側の言い分だった。

 

「それに雲隠れしたら、お二人に恨まれますよ。恨まれると言うか、泣かれるかもしれませんね」

「……それはそれで嫌ですね」

 

 何より、ノワールとユニ君たっての希望だった。出ない訳にはいかない。お願いされて嬉しくないと言う訳では無いけど、立ち位置が立ち位置である。複雑と言わざる得ない。救世主とか英雄とか言われても、戸惑ってしまう。全てを自分の力だけで成したというのなら胸を張ることもできるけど、僕の能力の大半は異界の魂として与えられた物だった。それを知っている人は殆どいないだろうが、それでもきまりが悪いのだ。自分の元々持っていた力と言うと、眠っていた魔力だけだろう。そう考えるとズルをしているようで、少しだけ後ろめたいと言える。

 

「解りました。善処はさせて貰います」

「ええ、そう言って貰えると思っていました」

「……、出来る限り話さなくて良い様にお願いします。人前で話せと言われても、自信がありませんので」

 

 結局、頷くしかなかった。とは言え、女神主催の席である。どう楽観的に考えても、話せと言われて上手く話せる気がしない。戦う事は出来るようになっていたけど、そう言う事に関しては特別強くなっている訳では無かったからだ。

 

「流石に話せと言われても酷でしょうしね。出て貰えるだけで充分です。貴方には女神とは違う意味でですが、価値があるのですよ。居るだけで、ある種の拠り所になる」

「僕が人だと言う事でしょうか?」

「ええ。人も女神の隣に立つ事が出来る。それは多くの人の希望になりますよ。尤も、良い事だけではありませんが」

 

 ガナッシュさんが、何処か皮肉気に続けた。希望に成り得る。だけど、同時に欠点もあると言う事だった。人でありながら、女神の隣に立てる。それはつまり、女神と対等になれると言う事だ。そして、それは突き詰めてしまうと女神の存在の否定につながると言う事だろうか。

 

「人では女神の隣に立てませんよ」

「しかし貴方は人間だ」

「そう、見えるだけです」

「見える、と言う事が重要なのですよ。人々にとっては理屈よりも、目に見える解り易い結果が大きいのです」

 

 実際のところ、僕は人間では無くなっていた。だけどその事実はあまり重要では無いようだ。少なくとも、犯罪組織が倒されるまでは、人々にある種の希望を与えたい。そう言う事なのだろう。

 そして、脅威を退けた時、異界の魂の存在意義も消える。そこまではガナッシュさんも知らないだろうけど、そう考えると実に都合が良い様に思える。無論、都合が良いと言うのは僕にとっての話ではないけど。

 

「色々考えているんですね」

「ええ、そうですよ。そしてそれをある程度貴方は理解しておられる」

「買いかぶり過ぎですよ」

 

 小さく笑っていた。多くの事を見通せる訳では無いけど、徐々に女神たちの方に流れが来ているように思えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかな喧騒だった。女神主催の晩餐会。大がかりな式典も終わり、今は来賓の方々が思い思いに食事や飲み物を手に談笑している。ラステイションで行われた、解放記念パーティーとでも言えば良いのだろうか。今はそれの最中であった。

 幸い、式典の方では自分が心配していたような宣誓のような事も無く、女神の前、と言うかノワールとユニ君の前で跪き、薫陶を授けられたと言ったところだろうか。名前を呼ばれたところで立ち上がり、言葉をかけられたと言った感じであった。正直なところ、そう言う場面は得意ではない為緊張していた所為か、言われた事があまり頭に入っていないのだが、式典も終わり満足そうな笑みを浮かべていた姉妹を見ると、失敗はしていないのだろうと思える。

 

「……柄じゃなかったしね」

 

 果実酒を片手に一人ごちる。やはり自分には人前で何かをすると言うのは性に合わないようだ。大きな失敗こそしなかったので良しとしておく。

 晩餐会に移り、端の方に行く事が出来たので、一息つけたと言うところだった。ノワールやユニ君は、未だに来賓の人々に囲まれ、柔らかな笑みを浮かべ談笑を続けている。僕の方も最初はある程度の人が声を掛けてくれたけど、今は随分と落ち着きのんびりとしているところだった。

 

「ノワールやユニ君は凄いなぁ……」

「そうかしら? 私にはあなたの方がずっと凄い事を成し遂げたと思うけど?」

「ええ、そうですわね。瀕死の女神7人を救い出した。そんな殿方は前代未聞ですものね」

 

 遠くから見詰めていて、どことなく寂しいなっと思っていた時に出た呟きに答える声があった。予想外なソレにほんの少し驚きながらも、音の届いた方に視線を向ける。そこに居たのは、純白のドレスに身を纏った女性と翠色のドレスを着た女性だった。

 

「お二人は……」

 

 声では解らなかったけど、一目見ただけで誰か解った。白の女神と緑の女神だった。名前はブランさんとベールさんだったか。助け出した当初はそれどころでは無かった為あまり話す機会は無かったけど、確かに救出した女神様だった。

 

「簡単な挨拶はしたけど、改めて挨拶させてもらおうかしら。ルウィーの女神ホワイトハートこと、ブランよ。遅くなってしまったけど、貴方にはとても感謝しているわ。ありがとう。私と妹を救い出してくれて……」

「同じく女神でリーンボックスを統べるグリーンハートこと、ベールですわ。わたくしからもお礼を申し上げさせてもらいます。リーンボックスには女神がわたくししかいませんので、四国の中でも一番切実な問題だったと思いますので幾ら感謝しても足りませんわ」

 

 静かに見つめる瞳と、穏やかに眼差し。性格は大きく違うけど、どこか似た雰囲気を持つ二人の言葉に一度頷く。

 

「気にしないでください。貴女達を救い出す。まず最初にやるべき事でした。それが上手く言っただけですよ」

「あら、随分と謙虚なのね。もう少し胸を張ってもバチは当たらないと思うけど?」

「言葉にするのは簡単ですが、実際に成すのは天と地ほどの差がありますわ。そして貴方はそれをやってのけてしまわれた。それは誰にでもできる事ではありませんのよ」

「…それでもですよ。……それが、僕の存在意義ですからね」

「存在意義、でしょうか?」

 

 二人の純粋な感謝と賞賛にばつが悪くなり、呟いていた。女神である。異界の魂について語る事が出来る相手だった。

 

「ええ、異界の魂。貴女たちなら、それが何か知っているでしょう? それが僕です」

 

 これまでは迂闊に話す事が出来なかった。だけど、彼女たちは別だった。異界の魂と言う存在を知っている。話す事については、それ程抵抗は無い。

 

「……貴方が?」

「……成程。確かにそれなら犯罪組織と事を構える事が出来る人間離れした力にも頷けますわ」

「異界の魂は世界を制する能力を得る。その能力は……、神をも凌ぐ」

「それも、四人の女神のシェアによって呼び出されたときている」

「その力は、計り知れないと言う訳ですわね」

 

 疑われるかと思っていたが、寧ろ納得したと言わんばかりに二人は頷いた。少しばかり拍子抜けだけど、此方としても肩の荷が下りたと言うところか。

 

「兎も角、僕は貴女方の味方です。祈りの力によって呼び出された者ですよ」

「そう……。異界の魂は別の世界から人を呼び出す秘法。……貴方には辛い事を押し付けてしまったようね。ごめんなさい。それと改めてお礼を言わせてほしいわ。ありがとう」

「呼び出された貴方からしたらたまったものでは無いかも知れませんが、呼び出されたのが貴方でわたくしたちは幸運だったと思います。ありがとうございます」

 

 二人の女神が頭を垂れる。その様子に少し驚く。

 

「気にしないでください。僕にとっても……」

「あー! やっと見つけた! ふっふっふ、なんかいい感じにシリアスをやろうとしている所で、わたし、見参!! 番外にて漸く私にスポットライトが浴びる日が来たってことだね!」

 

 話題を変えようと思ったところで、新たな声が届いた。よくよく内容を噛み砕いてみると、随分と型破りなことを言っているのだが、この際それは気にしないことにする。

 

「ちょっとお姉ちゃん!? あわわ、時と場所を考えてー」

 

 どこか能天気でありながら、溌剌とした声音。その主に視線を向けたと同時に聞き覚えのある声が届く。何度か一緒になっただけだけど、直ぐに思い至った。プラネテューヌの女神候補生。共闘したこともある、ギアちゃんだった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ほら、お姉ちゃんも一緒に謝らなきゃ」

「ねぷぅ!? わ、わたし別に悪いことはしてないと思うんだけど」

「あはは。とりあえず、一度落ち着いて深呼吸しようか」

 

 またやってしまった。そんな感じの雰囲気を醸しながら、勢いよくギアちゃんが謝り始める。それにギアちゃんのお姉さん、ネプテューヌさんが釈然としない感じにぼやく。不意に以前ノワールが言ってたことを思い出す。なんであんなにちゃらんぽらんなのかしら。確か、そんな事を言っていた。実際に合ってみて少しだけど、ノワールならそう言いそうな感じの人だ。だけど、不思議と嫌なイメージでは無い。

 

「は、はい! すーはーすーはー。……って、四条さん?」

「はい、四条さんです。久しぶりだね、ギアちゃん」

 

 律儀に深呼吸をして気持ちを落ち着けたところで、ギアちゃんが驚きで目を丸めた。姉の奇行に意識が向き過ぎてたのか、僕の方には気が付いていなかったようだ。慌て方的に知らない人に何かやったとでも思ったのだろう。……僕はそれほど影が薄いのだろうか。地味に気になる所だ。とは言え、確かに女神様と比べると薄いのかもしれないなぁ。

 

「相変わらずあなた達姉妹は騒々しいわね」

「まぁまぁ、良い事ではありませんか。わたくしには騒がしくする相手もいないので、羨ましい限りですわ」

 

 またかと言った感じに溜息を吐くブランさんに、両手を合わせ朗らかに笑うベールさん。対照的な反応だけど、何処からしさみたいなものを感じる。

 

「あれ? お兄さん、ネプギアと知り合いだったの?」

「一応ね。以前お世話になった事があるんだよ。その節はありがとうございます」

 

 ずいっと此方に踏み込んできながら聞くネプテューヌさんに頷く。ユニ君と喧嘩をした時にギアちゃんにはお世話になっていた。僕が怪我をした時に見舞いに来てくれたこともある。思えばお世話されてばかりなきがする。改めて感謝の気持ちを伝えておく。

 

「そんな、私なんて何にもしていませんよ。ユニちゃんと仲直りする時にもお世話になりましたし、今回だって……。うぅ、寧ろお世話になってばっかりなきがします」

 

 慌てたように両手を振りながらギアちゃんが捲し立てる。そしてこれまでの事を思い出したのか、寧ろごめんなさいと言わんばかりに謝られてしまった。

 

「うーん。もしかしてお兄さん、主人公的存在な私を華麗にスルーして、ネプギアルートに入ろうとしてたりする? むー、もしそうならネプギアの姉として、どんな人かきちんと見極めないといけないよね! 私が居る限り、ネプギアルートはそう簡単に攻略できないんだからね!」

「ええ!? 私攻略されちゃうの!?」

 

 姉の言葉に驚きを示す妹。言われている此方としては苦笑するしかない。

 

「いや、驚くところは其処なんだ」

 

 どうしてそうなったと思いつつ、一応突っ込みを入れる。本気では無いだろうけど、そうしないと収拾がつきそうにないし。

 

「確かに四条さんは良い人だけど、その前にユニさんとノワールさんが居るよね……? それにユニちゃんもノワールさんも、私たちが目覚めた時にはもう寄り添うようにしてたし、私が入り込む余地なんてないんじゃ……?」

「ふぅ……、漸く一段落ついたわ。あら、ユウ以外にもみんな揃っているのね」

「アタシたちが居ない間に随分と騒がしくやってるみたいじゃない。それにネプギア、アタシとお姉ちゃんがどうかしたの?」

「ユ、ユユユ、ユニちゃん!? ベ、別に何でもないよ。本当だよ」

 

 タイミングを見計らっていたのではないだろうかと言う位に良いところで黒の女神姉妹が現れる。それで、少しばかり思考の海に入りかけていたギアちゃんが露骨なまでに挙動不審な返答をしていた。

 

「いや、ネプギア。それじゃ、何かあるって言っている様なものなんだけど」

 

 僕の考えを代弁する様に、ユニ君が目を据わらせながらギアちゃんをみる。そんなユニ君の様子にギアちゃんがあわあわと弁解しようとしたところで、吹き出してしまった。

 

『ユウ?』

「あはは。いやいや、ごめん」

 

 そんな僕がユニ君とノワールは怪訝に思えたのか、同じタイミングで同じ言葉を発した。それに仲が良いなぁっとしみじみに思いながら答える。つい先日、全霊を振り絞り戦ったのが嘘だったと思えるぐらい、穏やかな時間だった。

 

「急に吹き出してどうしたのよ」

「そりゃ、ネプギアは挙動不審だったけど、そんなに面白かった?」

「いや、ね。何か馬鹿らしくなったんだよ。一人で悩んでたのが、随分滑稽に思えてね。僕が勝手にやるべきでは無いかもと決めつけていた事が、実はたいしたことでは無かったと思えたんだよ」

 

 クロワールに、この道を選んだからには結末は一つしかない。そう告げられていた。僕自身が選んだ道だけど、それでもどこかで間違っているのではないだろうかと思う事が無かった訳では無い。そんな一筋の不安も、目の前で女神さまたちが楽し気にしているところをみる事が出来た所為か、払拭する事が出来ていた。

 

「ええっと、つまりどう言う事なのかしら? ユニは解る?」

「うーん。アタシにも解んない」

 

 我ながら要点の得ない言葉に、二人は目を白黒させる。まぁ、解る方がおかしいのだけれど。僕としては、覚悟が決まったと言う事だった。自分の選択は間違っていなかった。そう確信できた。それで充分なんだ。

 

「要するに好きな人を、ノワールとユニ君は何があっても守るって事だよ」

 

 だからと言う訳では無いけど、そんな事をさらりと言う事が出来ていた。道は決まっている。思い残す事も無かった。

 

「な、ななな、何を言ってるのよ!」

「す、好きってユウが、アタシを!?」

 

 告げた方より、告げられた側の方が慌てている。その姿が可愛らしいなっと思いながら、もう少しだけ見つめる。守りたかった理由。僕が犯罪組織に属する事を肯じる事が出来なかったわけ。気付いてみると随分と単純な事であった。好きだったのだ。だから、手放す事が出来なかったと言う訳である。

 

「そうだよ。僕は君たちの事が……好きだよ」

 

 言葉にしてみると、随分とすんなりと認める事が出来ていた。一度頷く。

 

「ちょ、ちょちょちょっと待ちなさい!? 少し落ち着くのよ。深呼吸深呼吸」

「ユウがアタシを好きで、お姉ちゃんも好きで、お姉ちゃんが好きでアタシを好きなわけなの!?」

 

 残された時間は長くない。寧ろ殆どないと言って良かった。だから、その時を大事にしたいと思う。二人は、僕にとって新しくできた家族の様なものだ。手のかかる大切な妹達。二人は確かに四条優一にとって最も守りたい人だといえる。だから、このまま進む事が出来るのだ。

 

「護るよ。僕は、異界の魂だからね」

 

 宣言していた。僕がこの世界から消える時まで。その時までは、幸せな夢を見るのも悪くは無いだろう。そう思えた。

 

 ……この後色々追及があるのだけど、それはまた別のお話。

 

 

 




挿話2。本来なら段階を踏む話を一話にまとめてるので、かなり駆け足気味です。好きにも色々ありますよねー。
それはそうとして、気付いたら書き始めて二年が経っていました。少し前の活動報告にてですが、リクエスト受け付けております。書けるかどうかは解りませんが、リクエストが有りましたらお気軽にどうぞー

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