異界の魂   作:副隊長

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少し前に活動報告で言ってた、1部30話派生ルート。所謂IFルートになります。
主人公が犯罪組織につかず女神と共にいる選択をした場合の物語。
先に言っておくけど、鬱ルートです。多少グロイ表現も出ます。読まなくても問題は無いけど、本編を詳しく知る上では読んだ方が良い。そんな話です。
何話かあるので、後にまとめます。ちょこちょこ本編の合間に挟みます



挿話1

「しっかし、良く解んないやつだな」

 

 そう呟いたのはクロワールだった。彼女が異界の魂たち三人の夢を結合した後、それでも異界の魂の望みが何なのか解らなかった。それが気になって仕方が無いと言う訳である。どう言う事なのか。アイツは何を望んでいるのか。それが読み切れずにイライラしていると言う事であった。

 

「全くなんで俺がこんなことでイライラしなけりゃいけねーんだよ。納得いかねー」

 

 そう言いながら、黒の妖精はラステイションにある想剣の元に来ていた。特段用事があったわけでは無い。ノワールの視点で夢を覗いていた為、ラステイションに居た彼女がなんとなく向かったと言うだけであった。四条優一と言えば想剣である。最も彼に縁のあるものであった。

 

「全くアイツは何を考えてんのか」

 

 軽くぼやきながら、クロワールは想剣に触れた。意図があったわけでは無い。だけど、かつて異界の魂の最期の戦いを見た時と同じ感覚に包まれた。そして、明確な映像を見た。見てしまった。

 

「なん、だよ……、これ。何なんだよ、この結末は」

 

 アイツの事を知りたい。そんな些細な望みから、クロワールは想像していた以上の事を知る事になる。否、既に知ってしまった。それは、異界の魂が至る別の可能性だった。

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃ、嫌だよ……」

「お願い……行かないで……」

 

 未練を断ち切りその場を去ろうとしていた時、はっきりと聞こえた声に目を見開いた。弱々しく握られた手の暖かさに衝撃を受ける。自分は何を考えていたのか。一瞬でも馬鹿な事を考えていた自分に呆れる。

 

「ごめんマジック。交渉は決裂だ」

 

 両の手に、自身の能力を収束させる。勝てる勝てないでは無い。やると決めていた。消え入りそうな声、傷付きぼろぼろの手で、もう一度縋られていた。二度もその手を振りほどく事など、できる訳が無かった。

 

「何……?」

 

 剣の極地。短く呟いた。それは多分、僕の行き着く先。与えられた力が漠然と示してくれる。自身の意思を示すかのように、自分の手を中心に願いの輝きが集まるのを実感する。怪訝そうなマジックの声が耳に届く。構わず勢いのまま手にした重みを振り抜く。彼女等は僕よりも格上だ。なりふり等構っている余裕は無かった。

 

「ぐぅ……、貴様!」

 

 届かないと言うのならば、手を伸ばせ。制御できないと言うのならば、支配しろ。この身は既に人を越え、生死すらも超越した場所に立っている。家族と呼べるものは絶え、故郷に帰る事も叶わない。それでも、護りたいものだけは、この手の届く場所にあった。失くしたくは無かった。これ以上、失う事など耐えられる訳が無かった。

 

「此処で……、倒させてもらうよ」

 

 宣言する。手にしていた重みに色が生まれた。それは漆黒。黒の女神が使っていた神器ともまた違う、一つの到達点。異界の魂である自身を象徴するような、一振りの剣だった。

 

「ソウ剣・異界の魂(スペクトラル・ソウル)

 

 手にするは漆黒。全てを呑み込む様な底の見えない深淵。自身の魂を能力を用い力に変え、その形を理想を実現する術に構築していく。背筋が凍り付くと錯覚するほどの悪感。対峙する紅の女神(マジック)が、鋼の勇士(ブレイブ)が、黄色き狂獣(トリック)が、自身を取り囲むようにして睨め付ける。敵意と相対する者達の持つ能力に対する脅威がはっきりと解った。どうなるだろうか。それ以上は考えないようにする。やる以外に道は無かった。

 ――ハードフォーム

 

「貴様……、その姿は」

「あなたがヒントをくれ、使い方は女神達が教えてくれたよ」

 

 忌々し気に零すマジックの言葉通り、自身の姿は変質していた。黒を基調とし、幾筋かの白い光で彩られた外套を身に纏い、黒き翼を得ていた。脅威に対抗する為に得た力。女神たちの武器を模倣する過程で最適化して得た、いわば異界の魂専用のプロセッサユニット。元々この身は女神と同じくシェアで構成されていた。それも四人分の女神のシェアである。ならば、それを用いる事さえできれば、変身できない道理は無い。その為の力も女神達から与えられていたのだ。この力を手にするのも必然と言えた。

 

「四条優一、本当に我らに挑むと言うのか? 女神達(足手纏い)を護りながら勝てる心算か。全員が本当に生き残れると思っているのか?」

 

 ブレイブが、念を押すように問う。確かに彼の言う通り、僕の決意を動かした妹達を含め、女神は再び意識を失っていた。どう言う理由かは解らない。だけど、ギリギリのところで意識を取り戻し、心の底からの願いを伝えてくれたのだろう。その想いに答えない訳にはいかない。僕は、異界の魂は、女神を助けるために呼び出されたのである。その願いを裏切る事など、あってはならないんだ。

 

「確かにね。僕一人で彼女たちを護りながら貴方たちに勝つ事は難しい。不可能かもしれない」

「ならば、今ならまだ間に合う」

「それは無理だよ、ブレイブ。僕はもう決めたんだ。それに」

「ええい、ブレイブ。そ奴はもはや吾輩らと敵対する意思を示しているのだぞ。取引は無効だ」

 

 問いかけるブレイブをトリックが捲し立てる。最早僕にとっても彼らにとっても結論は出ていた。ブレイブの気持ちは嬉しく思う。だけど、それは僕が止まる理由にはなり得ない。

 

「護る必要が無ければどうにかなるかもしれない」

 

 右手には魂を手にしていた。それが、全身を駆け巡るほどの強烈な衝動を放ち続けている。できる等と生易しい感覚では無い。未来すら見通せそうな程鋭い予感だった。確信。この世界に来て何度もあったそれを遥かに凌駕する感覚だった。

 

「構えろブレイブ、トリック。敵は……、女神の呼び出した可能性(ばけもの)だ」

 

 マジックが小さく呟く。その音が、どこか遠く聞こえる。視界。色が褪せていくのを感じる。軽く目を閉じ呼吸を整える。刮目。世界が灰色に染まっていた。落ちていく。魂が剣の其処へ、可能性を手繰り寄せる術として移り変わっていく。

 

「最初から、全力だよ」

 

 宣言した。右手にしていた漆黒の剣。一度大きく宙を凪いだ。重さなど、感じる事は無い。この剣は文字通り自分自身なのだから。そのまま弧を描き、ゆっくりと自身の下へと戻し左手を添えた。剣の極地。両の手で握った魂から、その能力をより深く理解していく。

 

「―」

 

 ブレイブだろうか、トリックなのだろうか。何か言葉を発したような気がする。それも、この耳に届く事は無い。彼らは強い。だから、僕は自身の能力を十全に用いていた。斬ったのである。彼らの声を。同時に自身もこの場で音を失っていた。ほんの僅かな時間だが、この世界から音が消える。ぞわりとした悪感。既に何度も全身を駆け抜けている。漆黒の剣が、その刀身がシェアにより何処か輝いているように思えた。この手には祈りであり、魂であるも剣。背後には護りたい人たちが居た。迷う事など……、無かった。

 ――ソウルドライブ

 それは魂の限界を超える魔法。否、既に魔法なのかも解らない。数多の記憶から可能性を手繰り寄せ、魂が作り上げた呼吸だった。纏っていたプロセッサユニットから黒き輝きが零れ落ちる。それを一瞥し、敵を見定めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぎぃぃ!?」

 

 それは踏み込みだった。異界の魂がトリックに視線を据えた。同時に迎え撃とうと態勢を整える。その時には既に黒き輝きはトリックの全身を包み込み、数十、或いは数百の斬撃がその身を切り刻む。異界の魂が辿り着く頂にある力。それに女神の、妹の願いによって押し上げられていた。

 

「トリック!?」

「ちぃっ」

 

 一瞬の交錯。ただそれだけで斬撃の嵐に巻き込まれたトリックは血飛沫を上げる。その特徴的な巨大な舌は五つに割かれ、見る者を圧倒する巨躯は速いと言う事すら生ぬるい程の速さで引き裂かれていた。反応すらできず切り刻まれたトリックは思わず絶叫を上げる。それでも四天王の矜持故、意識を飛ばす事は無い。それどころか、視界はしっかりと異界の魂に据えられている。驚きに声を上げるブレイブ。マジックは見えてはいたが、動く事が一瞬遅れた事に舌打ちを打つ。プロセッサユニットを全力で稼働させ、異界の魂を討つ為肉薄する。

 

「がぎ、ぬううううあああ!!」

「これは……」

 

 その直前、トリックは怒号を上げた。死に際の雄叫び。魂の咆哮。恐るべき速さで舌を再生させたトリックが、その舌を以て異界の魂を絡め取る。流石の四条優一も予想外だったのか、一瞬虚を突かれ上半身を絡め取られた。そのままトリックの下へ引き寄せられ、巨躯を以て取り押さえられる。それでも驚きこそすれ、異界の魂から焦りの色は見受けられない。

 

「こ、こやつは危険すぎる。撃て! マジック、ブレイブ!!」

 

 そんな異界の魂の様子を気にする余裕も無いトリックは全霊の叫びをあげる。自身が巻き添えになると言う事など考慮すらしていない。ただ一撃。それだけで異界の魂の脅威を認識したトリックは仲間に警告を発する。

 

「すまない。だけど、僕は負ける訳にはいかないんだ」

 

 切実な叫びを聞いた四条優一は少しだけ辛そうな表情を浮かべるも直ぐに目を閉じる。シェアが収束する。ブレイブとマジックはビリビリとした圧力を感じた。世界が塗り替えられていくような異質な感覚。異界の魂が手にしている漆黒だけが、輝きを増しその存在を主張していた。

 

「しかし」

「アポカリプス・ノヴァ」

「マジック、貴様何を」

 

 躊躇うブレイブを他所に、マジックは冷酷にもその力を解き放った。異界の魂とトリックの全身を強大過ぎる紅き女神の力が包み込む。ブレイブが声を上げる。それでも無情な一撃は解き放たれる。紅き衝撃。トリック毎吹き飛ばす為、紅が弾けた。剣が舞い降りる。砂塵と爆炎が視界を埋め尽くした。

 

「ぐうああああああああ!!」

 

 絶叫。爆炎の中から、トリックの悲鳴だけが木霊する。同時に凄まじい程の轟音が辺り一帯を響き渡った。肉を焦がす焼けた匂いと、それ以上の血生臭い香りが辺り一面に広がっていく。

 

「おい、マジック!」

 

 それでも尚視線を微動だにせず大鎌を構えているマジックにブレイブは声を荒げる。マジック・ザ・ハードの全力。黒の女神に打ち込んだ一撃よりも遥かに強力な技を味方ごと放った事にブレイブは怒りの声を上げた。

 

「ブレイブ、構えろ。でなければ我らは……死ぬぞ?」

「なっ!?」

 

 紅の一撃により舞い上がった爆炎と砂塵が収まり、やがてトリックの姿を認識する。それは、剣だった。数十数百の数多の剣が、異界の魂毎(・・・・・)トリックの全身に突き刺さっている。剣山。文字通りそう称すべき姿に成り果てた同胞を前にブレイブは息を呑む。焼き焦げた茶色く変色した肉片が、数多の剣の激突に耐えきれなかったのか、その身を切り分けるかのように散らばっている。

 

「認めよう。我らが戦う相手は……女神以上の化け物だ」

「っ、ああ。この能力、我らが目的の前に最早捨て置けん」

 

 変わり果てた仲間の姿を目の当たりにしたブレイブも、覚悟を決める。マジックも異界の魂を見据えていた。変わり果てた姿のトリックに抱きしめられるように拘束されていた異界の魂。自身もその身が数多の剣で貫かれていたのである。動ける訳が無い。生きているはずが無い。そんな有様で死なない人間など居る筈が無い。そうわかっていながら二人が戦闘態勢を解く事は無い。何故なら

 

「化け物……か。そうだね。その通りだ。とは言え、そんな呼び方をされてうれしい事など無いけど……」

 

 最早対峙する異界の魂は人間と言う規格から逸脱しているのを知っていたから。全身を自身が呼び出した剣に貫かれ、頭部や胸部を血に染め、片腕を失いながらも一切の動揺を見せず二人の幹部を真っ向から見返す。これが、もともと人間だった存在なのか。そんな恐怖にも似た感情がブレイブを襲う。対照的にマジックは深い笑みを浮かべた。

 

「面白いぞ、異界の魂。いや、四条優一。それでこそ私が認めた男」

「マジック、あの時と同じと思わない方が良い。此処で貴女を仕留めさせて貰う」

 

 狂喜を浮かべる紅の女神に、満身創痍でありながら異界の魂は余裕を崩す事は無い。狂っている。ブレイブは漠然とそんな事を思う。どちらかが、あるいは両方なのか。それすらも解らないが、確かにその場は狂気に満ちはじめていた。

 

「殺しあおうか、異界の魂」

「いいや、殺し合いでは無いよ」

 

 紅の女神がプロセッサユニットを稼働させ、ブレイブですら視認できない程の速さで肉薄する。斬られる。そう思った刹那、砲撃が直撃したと錯覚するほどの衝撃が吹き抜ける。気付けば、異界の魂は右手にしていた漆黒を以て紅の女神を迎え撃っている。

 

「嗚呼、そうだ。貴様はすでに死んでいる。この戦いで死ぬ者がいるとすれば……、それは私だけだ!!」

「肉体が消滅し、魂だけの存在。それが僕だ。君に僕が殺せるのかな?」

 

 紅き斬撃の壁。そうとしか思えないほどの質量を以て紅の女神は襲い掛かる。その全てを片腕で打払いながら異界の魂は問いかける。線と線がぶつかり合い、互いの斬撃の軌道を追うように火花が散った。

 

「殺してやるさ。我らが目的を阻むと言うのなら、何十何百だろうと、私がこの手で引導を渡してやろう!」

「……ふ、はは。……それでは僕は殺せないよ。もう、痛みや恐怖を感じる事も無いからね」

「だろうな、それがどうした。死なないと言うのなら、抵抗する事が出来なくなるまで切り刻むだけだ」

「無理だよ、マジック。もう無理なんだよ」

 

 狂気に染まった瞳と、諦念に塗りつぶされた瞳。その二つがぶつかり合い、言葉を交わす。漆黒と紅の軌跡。二種類の色が交わる点が、やがて紅に染まっていく。異界の魂は片腕を失っていた。手数や膂力の上で、紅の女神が優位に立っていたからだ。

 

「この程度なのか、化け物?」

「まさか。そんな訳は無いよ」

 

 紅の女神の問いかけに、異界の魂は刃と共に返答する。

 

「良いだろう。ならばお前の力、私に見せてみろ。アポカリプス」

 

 閃光ともいえる斬撃を搔い潜ったマジックは、漆黒の刃を打払いがら空きになった胴体に向け、紅の魔力を収束した。解き放たれる紅の衝撃。その威力を身をもって知っている四条優一は、それでも薄い笑みを崩す事は無かった。

 

「ノヴァ!」

「見せて……上げるよ」

 

 紅の衝撃が迸る直前、一瞬の刹那。異界の魂が呟くと同時に、切り落とされたはずの腕が瞬時に再生し紅の女神に襲い掛かる。

 ――S.O.C

 蒼き大剣。天魔の王の能力を制御する為に作られた神器。シェアでできていると言う仮初の体を分解再結合させ、手にしてた。

 

「っ、ぐぅ!?」

 

 大技が直撃する瞬間。さしものマジックも僅かに反応が遅れその身に斬撃を受ける。だが、異界の魂の損傷はその比では無かった。

 

「マジック!?」

「まだだ、ブレイブ。この程度では、殺せはしない」

 

 マジックの一撃により吹き飛ばされた異界の魂を一瞥し、ブレイブはマジックの傍による。完全に圧倒されていた。それでも対等にぶつかり合ったマジックに畏怖にも似た感情をブレイブは向ける。知識としては知っていた。だが、理解の許容を越えていたのだ。確かに化け物であった。全身を刃で貫かれ片腕を切り落としても平然としていた。その姿は歴戦のブレイブを以てしてでも戦慄を禁じ得ない。

 

「しかしここまでやれば……」

「殺せは……しないのだ」

 

 まだ終わっていないと言うマジックの言葉に、ブレイブは意を挟もうとして、口を噤んだ。言葉を失ったからだ。殺せないと言いながら、歓喜を浮かべる血まみれのマジックに。

 

「解っているぞ、異界の魂。その程度で貴様が死ぬなら、先ほどトリックを殺した時点で死んでいるだろう」

 

 マジックは狂気を浮かべたまま、吹き飛ばされた上半身に向け声を掛ける。マジックの傍らには衝撃により遺された下半身だけが血を赤く染め、生々しい色を残しながら転がっている。マジックの一撃で異界の魂は二つに分かれていた。それでも尚、マジックは殺せはしないと確信していた。そのまま紅き力を解き放ち、下半身を消し飛ばした。

 

「……自分の体が消し飛ばされるのを見るのは良い気がしないね」

「ふん。死者が何を言うのか。貴様にとって体など、形にすぎぬのだろう」

「それでも僕は人だったからね。価値観はそう変わりはしないさ。尤も今は化け物……か」

 

 そのまま異界の魂を見据えた。上半身だけだった四条優一の体に下半身が再結合し、その場に立ち上がる。再びゆっくりと漆黒と蒼を構えた。マジックも異界の魂も、何事も無かったように言葉を交わす。そんな異様な状況にブレイブは思考が追い付かない。

 

「貰うぞ」

 

 一足飛び。再び戦闘態勢に入った異界の魂に、紅の女神は先手を掛ける。紅の凶刃。風を裂き、首を駆る為に迫る。

 

「それは僕の台詞だよ」

「っぅ」

 

 その刃を完全に無視し、異界の魂はマジックに向け刃を振るう。紅き刃が異界の魂の頭部を切断し、鮮血が吹き散らばる。それでも刃が止まる事は無く、なお加速してマジックを斬り裂く為に弧を描く。ギリギリのところで後退し、同時に大鎌を引き寄せ斬撃を柄で受け止める。かろうじてだが、マジックは強襲を凌いでいた。

 

「ここまで化け物だとは……な。予想外だ」

「そうだよ。君以上の化け物だ。とは言え、未だに底が見えない。マジック、君も大概だね」

 

 刹那の攻防が終わった時には既に異界の魂の頭部は再結合していた。マジックの言葉の通り、化け物と言うに相応しい光景だった。血が吹きこぼれ、内臓が飛び出したとしても平然としているのだ。おまけに半身が吹き飛ぼうとも、何事も無かったかのように蘇る。全身から己の血を滲ませ、それでも薄い笑みを浮かべている。これを化け物と言わず何と言えようか。

 

「ふん。有りがたい事だな。愛した男に褒められる。これ程嬉しい事も無い」

「君は相変わらず面白い事を言うね」

「貴様も大概では無いか。化け物らしくつがいにでもなるか?」

「残念だけど、僕は君を倒さなければならない。斬らせてもらうよ」

「それは……、残念だ!」

 

 三度漆黒と紅が切り結ぶ。両者ともに先程よりもなお加速していく。軌跡が閃光となり、音すらも追い抜き加速していく。黒と紅の閃光がぶつかり合い、弾け、再び鎬を削る。地を蹴り、空を駆り、縦横無尽に駆け抜ける。

 

「これをどう捌く?」

 

 何度目かのぶつかり合い、異界の魂を蹴り飛ばし距離を取ったマジックが紅の魔力を連続して射出する。機関銃も凌がんばかりの速度で連射される紅弾。数百を超えた紅弾が空を駆る異界の魂に迫る。優一は正面に見据えると、両の手に漆黒を握り締めそのまま速度を落とさず加速する。

 

「この程度」

 

 そのまま自身に直撃するもののみを斬撃で軌道を変え、肉薄する。紅の魔力が霧散し、異界の魂を紅く染め上げる。それを見詰めたマジックは歓喜の笑みを浮かべ紅弾の弾幕を更に濃くする。

 

「まだまだ増えるぞ」

「そのようだね。ならばこちらも手の内を見せようか」

 

 迫る紅弾の質量に押され始めた優一は、手にする漆黒を強く握りしめ能力を解き放つ。

 ――剣の極地

 瞬間、異界の魂の傍らを追従する様に数十、数百の剣が現れる。それはさながら剣の陣だった。一瞬目を剥くも、深い深い笑みを浮かべる。

 

「来い! 異界の魂!!」

「……ごめん」

 

 紅弾と剣陣。その二つが唸りをあげぶつかり合う。紅き力と剣の極地。似て非なる力がぶつかり合い、勝者を明確に分けた。マジック・ザ・ハード。紅弾の幕を潜り抜けた剣が深く深く突き刺さる。

 

「がっ……、ぐが、ぎ……」

 

 一振りが紅を貫いた。その流れを断ち切る事無く、刃が襲い掛かる。マジックの体に剣の山が出来る。

 

「ブレイブカノン!!」

 

 そのギリギリのところで呑まれていたブレイブが動いていた。山すらも吹き飛ばす事が出来そうな強大な砲撃が、質では無く量を求めた剣陣を吹き飛ばしていた。そのまま砲撃は異界の魂に飛来し、直撃した。

 

「……少し熱くなりすぎた、ね」

 

 上半身を消し飛ばされた異界の魂が、その身を再結合させると追撃の手を止め呟いた。完全にマジックを仕留める為に能力を振るっていた。気付けば、女神を救うと言う目的が、マジックを倒すと言う事に入れ替わっていた。皮肉にもブレイブが優一を倒すために放った一撃は、本来の目的を思い出す為に一役買ったと言う訳だった。右手にした漆黒の剣、異界の魂(スペクトラル・ソウル)。強く握り、その能力を自身の元へ戻した。

 

「見逃してあげるよ」

「……何の心算だ、異界の魂」

 

 唐突に零した異界の魂の言葉に、ブレイブはマジックを抱え問い返す。あと一押しのところでマジックを倒せるところをブレイブに邪魔されていた。それでも、押し切れないほどでは無かっただろう。事実ブレイブには異界の魂の攻略法が思い浮かばなかった。愛剣を突付けたまま問う。

 

「言葉の通りだよブレイブ。僕は君にもマジックにも見逃された事がある。だから、今回だけは見逃すよ」

「それを信じろと?」

「ああ。女神全員を救出し、犯罪組織の幹部も二人倒した。十分の戦果だ。それ以上望む事は無いよ。それともまたやるかい?」

 

 訝しげな様子のブレイブに優一は困ったように告げた。その姿は先程まで対峙していた化け物とは思えない。ブレイブは息を呑む。そんな様子に、異界の魂は無造作に一振り剣を創り出すと、おどけた様に言った。

 

「……礼は言わん」

「ああ、借りを返しただけだからね。次は倒すよ」

「その言葉、そのまま返させてもらおう。次は、俺たちが勝つ」

 

 とは言え、選択肢は無かった。このまま戦えばブレイブに勝機は無い。異界の魂が殺せない以上、その言葉通り退く以外に選択する余地が無かった。短く告げると、その場を消えていく。その背を優一は見送ると、深く溜息を吐いた。

 

「退いてくれて良かった」

 

 呟き、女神の傍まで来ると、その場に崩れ落ちる様に座り込む。剣を地に付き刺し、両手でもたれ掛かる事で何とか倒れ込む事を防いだが、不死者である優一もまた消耗していたのだ。

 視線を動かす。傍に女神達が倒れている。何とか彼女らを見据え、言葉を紡ぐ。

 ――月光聖の祈り

 倒れている女神達に癒しの魔法を施した。

 

「あ、れ……」

「うぅん……此処は……?」

 

 比較的マシな方であったのだろう。一瞬だが意識を取り戻した黒の姉妹が、最初に目を開けた。全身を襲う倦怠感や痛みに顔を顰めながらも、何とか立ち上がろうと膝をついた。

 

「ユニ……?」

「お、姉ちゃん……!?」

 

 そして二人して視線が合ったところで驚きの声を上げる。

 

「ユニ!? 良かった……。本当に、良かった……」

「あぅ、い、痛いよお姉ちゃん……」

 

 ノワールがユニを抱きしめる。状況は良く解らない。だけど、最愛の妹が再び自分の元へ戻ってきてくれていた。これ程嬉しい事は無いだろう。

 

「良かった。本当に……」

 

 そんな呟き。聞き覚えのある声音に、二人は声のした方向を見る。そこに居たのは全身に血を浴び、息も絶え絶えの様子で辛そうに、だけど嬉しそうな笑みを浮かべた四条優一だった。

 

「ユウ、ちょっと大丈夫なの!?」

 

 ノワールが慌てて傍に駆け寄る。その姿をユニは呆然と見つめていた。

 

「また、助けられたんだアタシ……」

 

 呟き。ユニは自身の胸に自然と手を当てていた。様々な感情が浮かんでは消える。それが何なのか解らない、だけど、どうしようもない衝動に駆られていた。

 

「ユウ!」

 

 良く解らない想いのまま、ユニは友達に向かい駆け寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公は普通にやっても殺せない。1部ラスト犯罪神戦もカットしただけでこんな感じで吹き飛ばされようが身体が消滅しようが、分解と結合を繰り返し戦ってます。
因みに、ソウ剣は誤字ではありません。

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