異界の魂   作:副隊長

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18話 本当の望み

「んー、もうこんな時間か……」

 

 既に沈んでしまった日の名残りをちらりと一瞥すると、ノワールは大きく伸びをしながら呟いた。既に執務室からは教祖や秘書官の姿は無く、その日の業務は終了している。とは言え、黒の女神は別であった。他の者が業務を終えても、やる事はいくらでもある。

 

「はぁ……、やっぱりユニに休みを与えたのは間違っていたかしら?」

 

 自身のデスクに積まれた書類の山を一瞥し、誰も見ていないと言う油断もあってぽつりと愚痴を零した。普段から完璧である事を意識しているノワールの、僅かな気の緩みであった。ユニがプラネテューヌの方に行ってから、ノワールのこなすべき仕事は飛躍的に増えたと言って良い。秘書官やケイが幾らか担ってくれてはいるが、それでも増えたと言わざるを得なかった。何とかなるだろうと思い妹を送り出したかつての自分に、少しだけ文句を言いたくなる。

 最近のユニは、ノワールの眼から見ても何やら思いつめている様に思えた。あれから、ずっと走ってきた。そう考えると、妹も疲れているのかもしれない。随分と頑張ってくれたのをノワールは知っている。少しぐらい休ませてあげないとと思い、ユニに何日かの休暇を与えていた。そうしてプラネテューヌに向かった結果が、現状だった。妹のためとはいえ、増えた仕事の量には溜息も零れると言う物だ。

 

「お祭り……か。私もいけるなら行きたいけど……」

 

 昼間の話を思い出す。秘書官が言っていた祭りの話。あの時に友達と一緒に行った事があると言えればどれだけよかった事か、っと思いを馳せる。

 

「私が一番一緒に行きたい人は……」

 

 そして、その人はもういない、とノワールは目を伏せ呟く。

 

「思えば、お友達だったのにあんまり楽しい思い出は無かったわね……。お祭りに行ったりお茶したり……、買い物とか行ったり旅行したり。そんな事、何もできなかった」

 

 四条優一の事を考えると、悲しみが溢れてくる。これ以上考えてはダメだ。そう自分に言い聞かせ、ノワールは思考を止める。そして、ゆっくりと深呼吸して自分を落ち着かせる。

 

「少し疲れちゃったわね。休憩、しようかしら」

 

 ぽつりと呟き、備え付けられたデスクチェアにもたれ掛かり軽く目を閉じる。

 

「少しだけ……少し、だけ……」

 

 そのまま、心地の良い微睡に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 ノワールが辺りを見渡すと、そこは見慣れぬ街並みが広がっていた。どこか夢見心地の気分のまま、小さく欠伸をかみ殺したところで、自分が随分とはしたない事をしている事に気付き、慌てて両手で口元を抑える。

 

「え?」

 

 そして、違和感に気付いた。

 

「え、え? なんで私、浴衣姿なの……?」

 

 普段身に纏っているドレスと違い、今のノワールは女神化した時の瞳と同じ、空色の浴衣を身に纏っていた。ノワールの着ている浴衣は、基調になる色こそ空色だが、桔梗や菫色等青系統の色で合わせられた花が彩られており、見る者に落ち着いた印象を与える。帯は桃色の物で締められており、落ち着きがありながら女の子らしい感じで纏められていた。

 どうして自分は浴衣を身に纏っているのか。そもそもここは何処なのだろうか。未だに自分の身に起きている事が上手く理解できず、ノワールは混乱しながらも辺りを忙しなく見回す。街並みのいたるところに行灯が置かれ、提灯などもぶら下げられている。直ぐ近くには誰もいないが、遠くからは楽し気な音楽や喧騒が耳に届く。これって祭りなのだろうか。昼間に聞いた言葉がぼんやりと頭の中に浮かんでくる。

 

「あ! お姉ちゃん! やっと見つけたよ!」

 

 何がどうなっているのよ。そんな言葉を出しかけたところで、はっきりと聞き覚えのある声が聞こえた。どういう状況なのか理解が追い付かないノワールは、藁にも縋る思いで声のした方向へ向き直る。そこに居たのは思った通りの人物であり、

 

「ユニ! それに……あなたは……」

「ん、漸く見つけた」

 

 妹の傍で小さな笑みを浮かべる青年。黒の女神が忘れるはずの無い人間。四条優一。彼女が思ってもみない人物であった。ユニに何かを言うのも忘れ、ただ茫然とノワールは優一を見詰めている。思考が追い付かない。ノワールは、目頭から熱いものが溢れて来るのを止める事も出来ず、瞬きだけを繰り返す。何か言わなきゃいけない。だけど、声が出ない。そんなもどかしさの中、ゆっくりと時間が過ぎていくのだけを感じる。なんで、なんで、なんで? 話しかけたいのに言葉にならず、そんな疑問だけが忙しなく動き続ける。

 

「お祭り」

「え?」

「行こっか?」

 

 もしかして夢なのだろうか。まだ何もしゃべっていない。夢なら冷めないで。そう強く思ったところで、四条優一が手を差し伸べノワールに笑みを向ける。先程まで声が出なかったのが嘘のように、口から自然と音が零れた。訳も分からず聞き返す。それに嫌な顔一つせずに、もう一度誘ってくれた。

 

「一緒に行こう」

 

 今度こそ、大粒の涙が零れ落ちる。だけど、そんな事はどうだって良かった。あの人が目の前に居てくれる。ノワールにとって、それは何事にも代えられない事だったから。

 

「うん。……うん!」

 

 涙を零しながら頷く。最期の戦いの後、結局触れる事すらできなかった異界の魂の手をしっかりと握り、ノワールは涙を零しながらも心からの笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

「ユウ。それにお姉ちゃん。何時まで手を握り合ってるの? 早くいくよ!」

 

 ノワールの葛藤など露とも知らない様子で、ユニが両手を腰に当て早くするように急かした。妹の何気ない一言に自分が異界の魂としっかり手を繋いでいる事に気付く。ボンっと音がしそうな程はっきりとノワールの顔に朱が差す。

 

「べ、別に握りあってる訳じゃないわよ!」

「えー。でも、お姉ちゃん、さっきからユウの手を握ってるよ」

「こ、これはその……、あの、ゆ、ユウが手を差し伸べてくれたからであって、深い意味なんてないわ! 差し出されたから握ったのであって、ほら、あれよ。無視したら嫌な子じゃない!」

 

 そのまま妹の言葉を必死になって否定する。尤も慌てて否定する姿が既に普段のノワールと違っていて、その言葉に説得力は無い。

 

「あはは。まぁ、子供じゃあるまいし、何時までも手を繋いでいる必要も無いよね」

 

 姉妹のじゃれあいを優しげに見つめていた優一は、くすくすと小さく笑いながら、ノワールと繋いでいた手をそっと解いた。完全にユニの方に気を取られていたノワールは、呆気なく解かれた手の温もりに、思わずあっと名残惜しそうな声を零す。

 

「それはそうだけど……」

「なら、もう一度繋ぐ?」

「ええ!? あ、いや、あの、その……あぅ……」

 

 そんなやり取りをするも、奥手なノワールは結局繋ぎたいなど言える筈も無く、そのままどうしようかと彷徨っていた左手が力無く落ちる。結局、繋ぎたいと言う一言がノワールの口から出る事は無かった。

 

「なら、アタシは繋ごうかな」

 

 そんな姉を見詰めていたユニが意味あり気な笑みを姉に一瞬だけ向けると、そのまま異界の魂の右手を大切なものを抱く様に腕を絡ませながら言った。勝負だよ、お姉ちゃん。言葉を聞いたわけではないが、はっきりとノワールはそう宣言されたようなきがした。思わず妹を見詰める。いつも自分の背を追っていた妹が、何故だか、ずっと先に進んでいるように思えた。

 

「っと、まさかのユニ。と言うか、流石にこれはやり過ぎじゃない?」

「まぁまぁ、良いじゃない。お祭りの時ぐらい。どうせアンタの事だから、一緒に楽しむ女の子なんてアタシたち位しかいないんでしょ?」

「まぁ、否定はしないけど」

「なら、偶にはこう言うのも良いわよ。お祭りに来て思い出の一つも無いと可哀想だし、アタシが一つ良い思い出を上げる」

「なんだろう。素直に喜べない」

 

 困ったように苦笑を浮かべる優一に、ユニは満面の笑みで答えていた。その様をすぐ隣で見ているノワールは、強烈な淋しさに襲われた。行こっかとユニが促し、引っ張る様に前に進む。抵抗する訳にもいかないので、ゆっくりと進み始めた異界の魂の背に、思わずノワールは右手を伸ばした。紺色の浴衣の裾におずおずと白い指が掛けられる。

 

「ノワール?」

「その、はぐれたら大変だから……。駄目かな?」

「いや、それなら手を繋ごうか」

 

 そのままノワールの返事を待たず、優一はそっと手を取る。それだけで、寂しさがどこかに消えたてしまったのではないかと思える程、ノワールは自分が満たされて行くのを感じた。

 

「ふふ、ユウ。両手に花だね」

「ラステイションの人に殺される気がしてきた。やっぱり離れて歩かない?」

「だーめ。大丈夫だよ。浴衣を着て服装とか違うし何時もと雰囲気も違うから、きっとバレないよ」

 

 いたずらな笑みを浮かべたままユニが小さく囁く。それにため息を吐きながら優一は零した。現状が嫌というわけではなく、もっと別の可能性に思い至ったからだ。

 

「寧ろ、すぐにバレる気がするけど?」

「むー、心配性だなぁ。お姉ちゃんに至っては髪型も変えてるんだから、アタシ達が女神だなんてきっとバレないよ」

 

 ユニはそのまま優一の手を離すと、反対側にいたノワールの手を掴みほらっと言いながら自信有り気に宣言する。ノワールは空色を基調にした落ち着いた感じの浴衣を纏い、髪は普段二つに結っているのを、首のあたりで一つに纏めていた。ノワール本人もそれどころではなく気付いていなかったのだが、優一から見た彼女は確かに普段と違った雰囲気に見えるだろう。ユニの着ている浴衣は黒を基調とした生地に、ノワールと同じように赤で花が描かれた物である。浴衣自体は随分と背伸びしたのか大人びたものであるが、帯の方はノワール同様女の子らしく桃色の物で締められている。色合いこそ違うものの、二人の纏う浴衣は姉妹だけあってどこか似たものであった。

 

「と言うか、聞いてないんだけど?」

「んー?」

「感想よ、感想。ラステイションの女神姉妹の浴衣姿を独占してるんだから、何かあるよね? てか、あんた。今の察したくせにワザとやったでしょ!」

「あはは。いや、ごめんごめん」

 

 むすっとしながら言うユニに、優一はからから笑いながら宥める。

 

「ど、どうかしら?」

 

 そういえばなんの感想ももらっていなかったことに気づいたノワールは、緊張した面持ちで尋ねる。普段匿名で参加するコスプレイベントでは感じることのないような緊張感に声が上擦ってしまうが、ノワールはそれどころではなかった。冷静に考えてみれば自分で選んだ浴衣というわけでもし、いつ着替えたのかも定かではないのだが、そこは女の子である。感想は気になってしまうものなのだ。

 

「うん、似合ってるよ」

「ほ、ほんと!?」

「うん」

 

 優一は小さく笑ったまま、すんなりと答える。一言。だけど、その一言に心が弾むのを感じる。思わず聞き返してしまうほどだった。

 

「何か体良くいなされた気がする」

 

 そんなノワールとは対照的に、ユニはじとっとした目で優一を見つめた。そのまま、暫く見つめたあと、いい事を思いついたといった感じで言った。

 

「あたしとお姉ちゃん。どっちが可愛い?」

「ちょ、ユニ!? な、何聞いてるのよ!」

 

 妹は何を聞いているのだと、ノワールは上擦った声で詰め寄る。当たり障りのない言葉ですら、あれだけ嬉しかったのだ。直接的に言われたらどうなるかわからない。

 

「む、なかなか意地の悪い質問だ。さて……」

 

 このような質問をされてしまっては、流石に見比べないわけには行かない。姉妹を暫く見つめる。

 

「あ、あの。あんまり真剣にならないで良いわよ?」

「ユウの好みの問題だしね。気軽に答えてくれたらそれで良いよ」

 

 恥ずかしそうに零す姉と、楽しげな妹。ふたりの言葉を聞き、異界の魂は考え込んでいるのか一瞬だけ目を閉じ逡巡すると、口を開いた。

 

「可愛いのはユニ、かな」

「本当!?」

 

 その言葉を聞き、妹は嬉しそうにほころぶ。対して姉は少しだけ悲しげだが、ほっとしたように小さく息を吐いた。

 

「うん。可愛いのはユニ。綺麗なのはノワールだね」

「ふぇ!? き、綺麗って。え? 私が……?」

「うん。良く似合ってる。流石は女神様だね。凄く、綺麗だと思う」

「あ、ぅ……。その、ありがとう……」

 

 そのままノワールにも言葉を告げる。意地の悪い質問をしたユニに対する回答なのだが、それを理解した上でなお、ノワールは頬が染まるのを自覚する。一言。ただ綺麗と言われただけで、舞い上がってしまった。心臓がばくばくと高鳴り、相手の顔をうまく見ることができなかった。

 

「むー、やっぱり体良く誤魔化される?」

「流石にそんな簡単に優劣は決められないよ」

「それはそうだろうけどさ。釈然としない」

「世の中そんなものだよ。とりあえず、ラムネでも飲むかい?」

 

 むーっと唸るユニを、優一は苦笑を浮かべながら宥めながら歩いていく。丁度出店で飲み物が買えそうな店を見つけたので、少しばかり強引にだが話を変える。

 

「そうね。確かにちょっと喉が渇いたわね。貰おうかしら」

「なら僕が買ってくるよ」

「良いのかしら? ならお願いしようかな」

「アタシも飲みたいし、三本いるね。折角だからアタシも並ぼうかな。他にも色々あるみたいだし」

 

 そう言い、ユニは優一の傍についたまま歩き始めた。その様子を見て、ノワールは少し羨ましく思うも、まずは自分を落ち着かせる時間が欲しかったため大人しく見送った。

 

 

 

 

「飲み物以外にも色々あるね」

「たこ焼きとか焼きそばは定番かな」

「他にも綿あめとか、林檎飴もある。お祭りって言うと定番だけど、なんか珍しいかも」

 

 ラムネを三本受け取り、他の品書きを見ながら二人は会話を広げていく。他にもイカ飯やたい焼き、焼き鳥やカキ氷などがある。果てにはピザやクレープなど趣の異なる物まで扱っている店があるようだ。ノワールが待っているため二人ともあまり寄り道できないが、近くにある出店の品書きを眺めながら変わったものを探す。

 

「ここ、丼扱ってるみたいだよ。ちょっと変わったお店ね」

 

 そこで一風変わったものを見つけた。出店の丼屋である。食を扱った祭りでならわかるが、いわゆる夏祭りには中々お目にかかれない類の店であった。そこに大きく書かれている文字に目を惹かれた。

 

「女神丼だって」

「候補生丼もあるわね。別にアタシたちに関係があるわけじゃないだろうけど、なんか複雑な気分ね。まぁ、お祭りだし女神にあやかっても不思議じゃないか」

 

 女神丼と候補生丼である。名前こそ変わっているが、特段珍しいものではなかった。二人が店主に聞いてみると、女神にあやかって良い素材を使っている丼と言うだけのようだった。

 

「買っていく?」

「んー。流石に丼を勝手に買っていって嫌な顔されたら嫌だし、お姉ちゃんに聞いてみよ」

 

 そう言い、一旦店から離れる。そのままラムネを手に持ちノワールと合流する。

 

 

 

 

 

「はいどうぞ」

「ええ、ありがとう」

「ちなみに飲み方って知ってる?」

「え? あ、ああ、これっての見方が独特なのよね。大丈夫よ、知ってるわ。ありがとう」

 

 古き良きラムネ瓶をノワールに手渡すと、優一は確認するように聞いた。直ぐにその意味に思い至ったのか、ノワールは笑顔で大丈夫だと答える。

 

「飲み方?」

「ん、知らない?」

「うん」

「そっか。とりあえず普通に飲んでみると良いよ。聞くよりやってみると解るから」

 

 聞き覚えがないのだろう。ユニは小首を傾げながら口をつける。ノワールと優一もあとに続く。

 

「ん、美味しいわね」

「だね。こういう味は懐かしいかな」

 

 ノワールと優一は、美味しいと頷き合い。

 

「……上手く飲めない」

 

 案の定ユニは、ラムネに入っているビー玉がつっかえて上手く飲めずにいた。

 

「ふふ、ユニ。ビンのくぼみに引っ掛けるように飲めばいいのよ」

「そうなの? ん……。ホントだ。飲める。ありがとうお姉ちゃん」

「ええ、どういたしまして」

 

 そんなユニを見かねたのか、ノワールはユニに飲み方を教えていく。ちなみに祭りに行ったことのないノワールが何故そんな事を知っているのかというと、アニメやゲームによく出てくるネタのため、実践しようかと思いラムネを買って見たことがあったからである。流石にアニメで気になったからとは言えず、ユニには秘密で実行していたことが変なところで役に立ったということだった。

 そんな仲の良い姉妹のやり取りを見て異界の魂は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。何か言うことはしないが、ただ優しげに二人を見守っている。彼が守りたかったもの。それを確かに見ることができたから。心から安心したように二人を見つめていた。

 

「喉は潤ったけど、お腹が減ったかも」

「そうね。折角お祭りだから、出店で何か買っていこうかしら?」

「あ、それなら面白そうなのがあったよ」

「ん、さっきのアレかな?」

「ふふ、大正解」

 

 やがて、ふたりが優一の元に戻って来る。次は何か皆で食べようかということだった。お祭りである。ノワールが言うように食べるものには困らない。丁度先ほど二人は変わったものを見つけたところであった。こういう場では手を出さない方が無理な話である。

 

「ユウはどっちが食べたい?」

「んー、難しいね」

「食べるって、何を食べるのかしら? 二人は知ってるだろうけど、私は何かわからないのだけれど」

 

 二人は何か知っているが、その場にいなかったノワールが知らないのも無理はない。優一が答えようとしたところで、ユニが手で制し、ニッコリと笑みを深める。直ぐに優一は何かやろうとしているのだろうと察し、とりあえずは様子を見ることにした。

 

女神(おねえちゃん)候補生(アタシ)をだよお姉ちゃん」

「ええ!?」

 

 面白そうな悪戯を思いついたユニの答えに、ノワールは驚きの声を上げる。と言うか、誰だって驚くだろう。意味を理解できている四条優一ですら、呆れた様な乾いた笑いを浮かべている。

 

「それでどっちが良い?」

「難しいところだね。どっちも捨て難いし、敢えて言うなら両方かなぁ?」

 

 丼の話だけどねっと優一は言おうとしてユニに目で制される。仕方が無いと呆れながらも、彼女が望むような言い回しで答える。なんだかんだで、四条優一もノワールを弄るのは好きだから。

 

「ふ、二人いぺんに!!」

「なら、二種類を合わせて食べるから姉妹丼だね」

「し、姉妹丼!?」

 

 そして完全に勘違いしている女神が一人出来上がっていた。

 

「そ、そんな二人一緒にだなんて……。そりゃ、ユウの事は嫌いじゃないし寧ろ……だけど、それとこれとは話が違うし。でも私とユニは姉妹だし、他の子に取られるのは嫌でもユニとなら我慢できるかも……って違う違う、何を考えてるのよ私は!」

 

 あまりの事に赤面しながら、ノワールが壊れ始める。

 

「まったく、何と勘違いしているのか。まぁユニの所為なんだけどさ」

「えへへ。なんか楽しくなってきちゃって、つい」

 

 流石に可哀想だと思った優一の一言で、ユニは小さく舌を出し楽しそうに謝罪する。そのまま先程の話は丼屋の品書きの話だったと告げると、今度は違う意味でノワールの顔が赤く染まった。勘違いしていた羞恥で目に涙まで浮かぶ。

 

「あ、あなたたちは!! ぜ、絶対に許さないんだからー!!」

「あー、ノワールだ! ネプギアー、ユニちゃんもいるよ!」

 

 そう言い、ノワールに詰め寄ろうとしたところで声が聞こえた。突然の闖入者に毒気を抜かれたのか、声のした方向へ視線を向ける。そこに居たのは

 

「わー。ノワールとユニちゃん凄いオシャレ。気合入ってるねー。さてはフラグ立てに来たんだな!」

「あ、ユニちゃん。ユニちゃん達もお祭りに来てたんだね。言ってくれたら一緒に来れたのに。……って、ああ、そう言う事か」

 

 紫の女神姉妹。ネプテューヌとネプギアだった。二人もノワールやユニと同じように浴衣を身に纏い、祭りに遊びに来たと言う感じであった。

 

「あ、これは別にそう言うのじゃなくて……」

「そ、そうよネプギア、なんか変な勘違いしていない!? 別にアタシたちはたまたま三人で来ただけであって……」

「く、くく。あははは……」

 

 各々の友達に意味深な事を言われ、あたふたと慌てはじめる黒の姉妹。そんな様子が面白くて、優一は思わず吹き出してしまった。

 

「僕の事は良いから、少しお話ししてきたらいいよ。その辺りで時間を潰して来るからさ」

 

 そして一しきり笑った後に、二人にそう告げる。その言葉に甘える事にし、ノワールとユニはネプテューヌとネプギアに弁明する為、詰め寄る事にした。その直前、一度だけノワールは背後を振り返る。何故か、無性に気になったから。そして、息を呑んだ。

 

「……え?」

 

 其処に四条優一は存在しなかったから。一瞬目を離しただけ。それで異界の魂など最初から存在しなかったかのように、その姿が掻き消えていた。

 

「な、なんで? なんでなんでなんで!?」

 

 状況が理解できず、ノワールは焦ったように声を荒げる。だけど、同時に解っていたのだ。最初から、解っていたはずだった。四条優一はノワールの目の前で消えていったから。それを知っていた。それでも、夢でも良かった。幻でも良かった。だから甘えてしまった。最初から異常な事態だったと言うのが解っていた筈なのに、何も考えずに過ごしてしまっていた。そして、今また四条優一はノワールの目の前から音も無く消えた。

 

「嫌だ、消えないで……。もう居なくなっちゃ、嫌なの……」

 

 涙が零れた。だけど、ノワールの声に答えるものは何も居ない。気付けば近くに居たユニも、ネプテューヌもネプギアも、祭りの喧騒すらも聞こえなくなっていた。

 

「何処なの? 皆、何処に居るの? あなたは……何処に居るの?」

 

 泣きながら呟かれる問。その問いに答えてくれる声が辺りに響く事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 ピピピ……っと言った機械的な音に驚きノワールの意識が覚醒した。デスクに備え付けられていた時計。ついつい仕事をし過ぎてしまう癖があるノワールは、体調やスケジュール管理の為にも日付が変わる時間帯に時報が鳴る様にタイマーを掛けていた。その音によって目覚めたと言う事であった。

 

「夢……か。そう、よね……。あの人はもう、居ない……」

 

 夢の中で、異界の魂と妹、三人で祭りに出かけていた。そして幸せな時間を過ごし……、最後には一人になってしまうと言う内容だった。中々に酷い内容である。疲れているのかと思い軽く頭を振ろうとしたところで、不意にケイの質問を思い出した。

 

『ノワールは四条君の事が好きなのかい?』

 

 あの時は答える事が出来なかった。だけど、今ならばどうだろうか。考える。夢の中で出会えた時、泣いてしまった。夢の中で手を繋いだ時、胸が高鳴った。夢の中で褒められたとき、嬉しくて仕方が無かった。そして、夢の中でもう一度失くした時。耐えきれなかった。それが意味する事は何なのか。考える。否、考えるまでも無い事だった。

 

「ああ、そっか……。私は、あの人の事が……」

 

 滴が零れ落ちた。涙が止まらない。今、自覚してしまった。全部失った後。その後で、完全に自覚してしまったのだ。あはは、馬鹿よねっと、一人笑う。マジックにも言われたけど、私って本当に馬鹿だったんだ。っと力なく零した

 

「好きだったんだ」

 

 漸く気付いた本心。その想いは向ける人を見つけられぬまま、闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

「だろーと思ってたよ」

 

 ノワールが部屋を出た後、誰もいない筈の執務室にそんな声が響き渡る。主なき部屋に小さな影が浮かび上がる。黒の妖精クロワール。黒き書に胡坐をかき、ノワールが出て行った扉に視線を向けたまま言葉を続ける。

 

「黒の女神姉妹は単純で予想が付き易かったし、実際予想通りだった。それだけなら態々夢を結合しなくても良いんだが、やっぱりネックなのはアイツだよなぁ」

 

 そのまま自身の月色の髪を書きながら、しかし解んねーっと続ける。ノワールとユニ、そして四条優一の夢を結合してクロワールは観察していた。実際に再会したわけではないが、当人たちの願望を強く反映したのが先ほどの夢と言う訳であった。だから、ユニは優一の事を兄と呼ばないし、ノワールもまた本心を自覚する事になった。だけど、クロワールには解らない事があった。

 

「たく、人の事天邪鬼と言ってるけど、アイツだって相当じゃねーか。黒の姉妹を両方けしかけても、特に何かをしようともしない。ただ笑ってただけ。強いて言うなら手を繋いだぐらいだが、本心から好きならそれで済むわけねーし。アイツは妹の方には姉が好きだと言っていたが、四条優一の望みって言うのは本当にそれなのか?」

 

 それは、四条優一の本心。ノワールに会いたいと言いながら、ユニに出会った時点である程度満足したとも言っていた。何と言えば良いのかクロワールにも解らないが、生きるうえでの衝動みたいなものが四条優一には欠けているように感じる。元々本能よりも理性の人ではあったが、そう言う意味では無い。もっと、根本的な話である。

 

「お前は今、どれくらい生きているんだ?」

 

 それは、紅き魂を生み出したクロワールにすら解らない。何処まで生きていて、何処までが死んでいるのか。それがクロワールには理解が出来なくて。気に入らない。

 

「って、これじゃー俺がアイツの事を心配してるみてーじゃんか。別に好奇心が騒ぐだけだし」

 

 思わず言い訳するも、誰も聞いている筈が無い。何を言っているんだ俺はっとクロワールは一人悪態をつく。

 

「けど、今のアイツは何を望んでいるんだろーな」

 

 解らないからこそ出た呟き。クロワールの胸にちくりと僅かな痛みを与え、消えていった。




今回にてリクエストの夏祭り消化とします。中々に難産でした。

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