異界の魂   作:副隊長

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16話 彼女の気持ち

 神宮寺ケイがそれに気付いたのは、秘書官がノワールの秘書として配属されてから暫くしてからだった。粗削りながら、確かに才能ある人物。それがケイの秘書官に対した印象だった。物腰柔らかであり、努力家でもあった。慣れない仕事の為ケイから見れば危なっかしい事は何度もあったが、ひたむきにラステイションの女神の秘書として職務をこなそうとしていた。その姿勢も好ましいと言える。

 

「ノワールが変わったのは、彼が来てからかな……」

 

 視線の先でノワールに間違いを指摘され、項垂れる秘書官を尻目に、ケイはノワールの変化について思いを馳せる。ユニが気にしていたように、ケイもまたラステイションの女神が良く笑うようになっていたと思う。それ自体は、間違いなく秘書官の影響だった。どこか寂しそうにしながらも、前を見据えラステイションを導いてきた女神。犯罪組織との戦いに於いて失ったもの。それが確実に後を引き摺っていたのが今考えても容易に想像できた。あのノワールである。女神以外で初めてで来た友達に辛すぎる運命を与えていた。最後の最期まで護ろうとしてくれた人を、結局何もできずに失う事となった。その心境は想像するしかできないが、気分が良いものでない事だけははっきりと解る。その所為か、ノワールが感情を表に出す事は少なくなっていると言わざる得なかった。

 

「あ、す、すみません!」

 

 それを変えたのが、ノワールが見出した秘書官だった。物腰柔らかで穏やかな気質等、何処か異界の魂を彷彿させるところがある人物であった。勿論違う点も多い。書類を受け取る際ノワールと手が触れあってしまい、慌てているところなど、如何にも男の子らしい反応だった。

 

「もう、何を慌てているのかしら? 別に気にしないで良いわよ。それより、頼んだからね」

「あ、はい。直ぐに取り掛かります」

 

 それに対して、ノワールは少しだけ面白そうに口元を緩めると、新たに指示を出し自分の仕事に戻っていく。書類の修正の後は、教会主導で行われている計画の視察だった。流石に女神と言うだけあってノワールに集められる仕事は多い。その幾つかを秘書官にも振っていたと言う訳である。ノワール自身が既に何度か様子を見に言った事もあり、優先度としては他のモノよりも少し低くなってきているので、回したと言う事であった。

 

「おや?」

 

 その様子を見ていたケイは、思考の片手間でこなしていた自身の仕事を一旦止める。今、確かに違和感を感じた。何故だろうか。少しばかり考えてみる。違和感自体は前々から感じていた。ユニも感じていたが、その考えとは幾分か異なっている。確かにノワールは変化しているが、その印象はユニとケイでは幾分か異なっていた。ユニはケイよりも異界の魂と親しくしていた。その所為か、ケイから見ればユニは少しばかり後ろ向きに考えを巡らせていたように思える。そしてケイから見れば、ノワールの変化はある意味でユニと似ているところがあるとも思っていた。

 

「あら? どうかしたのかしら、ケイ」

「ふむ。不躾だけどノワール。君は秘書官君の事が好きかな?」

 

 自身を見据え考え込むケイに気付いたノワールが声を掛ける。確かめてみるには良いかもしれないと簡単に思考を纏めたケイは言葉通り本当に不躾に口を開いていた。

 

「ちょ、いきなり何を聞いているんですか教祖!」

 

 それに対して最初にアクションを起こしたのは秘書官だった。当たり前である。自分の目の前でそんな事を聞かれれば誰だって狼狽するだろう。ちなみに秘書官はケイの事を業務中は教祖、オフではケイさんと呼んでいる。

 何よりも秘書官にとってノワールは崇拝する女神であり、憧れの女性でもあった。どのような意図があるかは解らないだろうが、慌ててしまうのは仕方が無い。

 

「ああ、すまないね。少し気になってしまって」

「気になってしまって、じゃないですよ! そう言う事はせめて僕の居ないところで聞いてください!」

 

 そのまま頬を染めながらケイに詰め寄る。とは言え、ケイとは立場の差があるのでそれほど強く言う事も無い。その様子を、どこかで見た事がある光景だなっと思いつつ、ケイはノワールに意識を割いたまま相手をする。

 

「そうね……。好きよ」

「ほら……好きって言われたじゃないですか。僕なんてどうとも思われてるわけ……はいい!?」

 

 少し考え込み、穏やかな笑みを湛えたまま答えた。そう告げたノワールがあまりにも自然であり、優しげであった為言われた秘書官自身、奇妙な反応を返してしまった。思わずノワールを二度見する。そんな秘書官を優しげに見つめると、少し面白そうにしながら女神は続ける。

 

「貴女は私が見出した秘書でしょ? 嫌いな訳が無いわ。最近では失敗も随分と減ってきて、漸く頼りに出来るかもって思える位になってきているわね。前も言ったけどこれでも、貴方には期待しているのよ。そんな人を嫌いな訳が無いでしょ?」

「え、あ、はい。ありがとうございます?」

「ええ、どういたしまして」

 

 好きか嫌いかで言えば、勿論好きだとノワールは秘書官に告げる。優し気な眼差しで秘書官を見るノワールは、女と言うよりも子供を見守る母親の様な印象だった。どう反応して良いのか解らず目を白黒させる秘書官に「じゃあお願いね」っと最後に告げるとノワールはケイに向き直った。

 

「……そう言う事か」

「さて、貴女にはどういう意図があったのかしら?」

「いやいや、少し気になる事があったから聞いてみたのだけどね……」

「そう。それで満足のいく結果は得られた?」

 

 一連のやり取りの中から、ケイは自分の感じた違和感の正体をはっきりと掴む事が出来ていた。ユニと同じくケイも抱いていた疑問。頭の回り過ぎる教祖はその回答に至っていた。

 

「大凡は、ね。まったく、そう言う事だったのか」

「そう。何か解らないけど、それなら良かったわ」

「ふふ、そうだね。僕も自分の疑問の答えに漸く辿り着けた。随分と清々しい気分だよ」

 

 ああ、何だそう言う事だったかと思い至ったケイは、自身の疑問が随分と馬鹿馬鹿しかった事に気付き笑いがこみ上げて来る。やはり、似ていたのである。それはケイにとって最初から分かっていた事だった。ただ確信が持てなかった。上手く隠されていたと言う事だろう。と言うか、気付いてしまえばある意味バレバレではあったのだけど。それに思い当たらなかった自分が馬鹿馬鹿しい。

 

「ノワール。前々から聞きたかった事を聞いても良いかい?」

「ええ、構わないわよ。ケイが私に何度も質問するなんて、珍しいわね」

「ふふ、そうだね。そう言う日もあるよ」

 

 最後に自分の考えが正しいか確かめるために質問をする事にした。どこか機嫌の良さそうなノワールに向け、これまでケイがあえて聞かなかった事を聞く事にした。

 

「ノワールは四条君の事が好きなのかい?」

「の、のわっ!? な、なんで、い、いまあの人の話がで、でるのよ!?」

 

 犯罪組織との戦いが終わって数年。一度足りとも聞かれる事が無かった問いに、ノワールは思わず自身のデスクから転げ落ちかける。完全に油断していたところに不意打ちだった。以前秘書官に聞かれた事もあったが、秘書官とケイでは付き合いの長さが違い過ぎるうえ、当時のノワールの事も良く知っていた。ノワールにとって言葉の重みが違い過ぎる。露骨すぎるほど露骨な狼狽を晒してしまっていた。

 

「そりゃ、僕は君の恋路について聞いてるからね。今一番近くに居る秘書官君の事を聞いた後は、以前一番近くに居た四条君の事を聞くのは不思議な事でもないだろう?」

 

 元々予想はついていた上に、一連の反応から大体どう言う感情を持っているのかは手に取るように解るのだけれども、敢えてケイは惚ける。だって、その方が面白いから。秘書官で弄ってみた際には全く反応を示さなかった。しかし、今は露骨すぎる反応を見せていた。女の子であるノワールらしい反応だった。

 

「だ、だからってあの人とは何にもなくて! べ、別にユウとは何にもなかった訳で。た、確かに初めての相手だたったし、凄く優しくしてもらったけど、ただのお友達でしかなかっただけで……」

「初めてで……、優しく!? ノワール様を!?」

「え? あ、ちがっ、違うわよ!? 今のは言葉っ足らずだっただけで、厭らしいことをしてもらったわけじゃなくて!」

「ええ!? して欲しかったんですか!?」

「な、なんでそうなるのよー!!  そりゃ、少しぐらいは興味あるけど……って、ナシナシ!今のは無しなんだからね!」

 

 完全に墓穴を掘っている。先程まであった乗り越え色褪せたような反応では無く、女の子としてのノワールが前に引き摺り出されていた。完全に勘違いされているのだけれど、確かにノワールの自爆であった。

 ケイはノワールが悲しみを乗り越えたのだと思っていた。事実として乗り越えてはいたが、すこしケイは思い違いをしていた。ユニはそれ以上進めずにいて、ノワールは置いていったと言う事だったのだろう。結局似た者同士の姉妹だったと言う事だ。女の子としての気持ちが邪魔をしていたから前に進めないでいたユニ。それでも女神として前に進まなければいけないから、女の子の気持ちを過去に置いていくことにしたノワール。根っこはやはり同じだったのである。今では無く、過去に女の子を封印したと言うのが、今のノワールであった。ある意味、ユニ以上である。別に嫁だったと言う訳では無いのだが、未亡人みたいなものでは無いだろうか、とケイは思う。

 秘書官に関する質問と、異界の魂に対する質問。その二つに答えたノワールの感情には明確な違いがあった。多分、恋をしないつもりだったのだろう。まるで母の様に秘書官を見る目と、異界の魂の名を出した時の動揺具合からケイはそんな事を思う。

 

「くく、あはは。なんだか馬鹿らしくなってきた……」

 

 そして顔を真っ赤にしながら秘書官と言い合っているノワールを見ると、ケイは心の底から愉快だと言わんばかりに吹き出した。もう、おかしくて止まらないと言った具合だった。結局、ケイは完全にいらない心配をしていたと言う事だったから。

 犯罪組織との戦いが終わり、ラステイションの復興も波に乗った際、ケイは教祖を辞めようと考えた事もあった。女神不在の国を守ると言う仕事は並の者では務まらない為ケイがその立場に居たが、ノワールが復帰してしまえば態々ラステイションの教祖をしている意味が無かった。黒の女神はそれだけ優秀だったから。それでもケイが教祖を続けた訳。それは、ノワールとユニが心配だったから。身体の傷以上に、心に大きな傷を負っていた。二人をずっと見て来たケイにはその事が良く解った。だから、ラステイションの教祖を辞める事が出来なかった。だけど、それもいらない心配だったのかもしれないとケイは思う。色褪せたと思っていたノワールは、そう見えるだけで何も変わっていなかったから。寧ろ、そう見せる事が出来るぐらいには成長していた。そう考えると、もう自分が居なくても良い様な気がしてくる。とは言え、今すぐ消えると言う訳にもいかないが。

 

「僕も意外と心配性だったのかな。けど、それも杞憂だった。なら、ユニが帰ってくるまでは頑張ろうかな」

 

 もう思い残す事も無いだろう。感情を表に出したノワールを見ると、そんな事を自然と思えてきた。まだまだ自分の手がいるかもしれないと考えていた分少し寂しくもあるが、良い機会でもある。もしユニが異界の魂と出会う事が出来て無事に帰って来れれば、何も心配する事は無いから。ラステイションの女神姉妹は優秀だった。その二人が本調子に戻れば、本当にケイが教祖である必要は無くなってしまう。無論ケイが教祖でも何一つ問題は無い。それどころかより一層ラステイションの為にはなるだろうが、ケイにとって遣り甲斐の無い仕事になってしまうのは火を見るよりも明らかだった。だからケイは、一つの決断をする。

 

「さて、秘書官君、ノワール!」

「え? あ、はい!」

「のわっ!?」

 

 いまだ面白おかしい問答を続けていた二人に声を掛ける。近いうち、教祖を辞する。そんな決心をしていた。ならば、やらなければいけない事は色々ある。丁度、信仰心厚い秘書もいる事である。引き継ぎをするにはもってこいでは無いだろうか。

 

「何時までも遊んでいないで仕事に戻ろうか?」

「べ、別に遊んでいないわよ! だ、大体、貴女が変な事を聞くから……」

「そ、そうですよ教祖。別に遊んではいません!」

「変な事?」

「そ、その……。ユウの事が好きかとか……」

 

 何とかノワールが言い返そうとするも、結局最後まで上手い言葉にならず消えていく。そんな様子に、ラステイションの女神さまは随分と可愛いものだと苦笑が浮かぶ。だけど、確かにその姿はノワールらしくあった。随分と見なくなっていた気がする、ラステイションの女神だった。

 

「別にそうでもないさ」

「いや、絶対変な話よ!」

 

 その姿を見ると安心できた。もう、大丈夫だろう。そう思うと、悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。一見完璧なくせにノワールには弄られ癖みたいなものがあるから。

 

「変でもないよ。彼も好きって言っていたからね」

「へっ!?」

 

 だから、と言う訳ではないが、最後に砕いておくことにする。ケイが見るにユニは色々と吹っ切れたような表情をしていた。だけど、ノワールにはもう一息必要な気がしたから。教祖としてラステイションに仕えて来たケイと言うよりは、女の子としてノワールの傍に居た神宮寺ケイとしての最後の一押し。正直言うと、今のノワールではユニと勝負になりそうにも思えなかったから。

 

「誰が……誰を好きって?」

「君を、四条君が」

 

 にっこりと告げる。確かに好きと言っていた。尤も、友達としての好きではあるが。態々言う必要も無いので、そこは内緒にしておく。秘書官を平然と好きと言ったノワールは一瞬固まり、そわそわと辺りを見渡す。当たり前だが、何も変わった事は無い。だけどその仕草は、同性であるケイから見ても可愛らしく感じた。

 

「ユウが私を……、好き?」

「うん」

 

 絞り出すように言ったノワールに、深々と頷く。ボクが聞いたのは友達として、だけどね。っと心の中で付け足す。流石のケイも、今そんな事は言えなかったから。ただ、今のノワールを見てそんな事を言える人はいないんじゃないかなっとも、ケイは思う。だって。

 

「ユウが……、私の事を……。~~っ!?」

 

 瞳に涙を浮かべ耳まで真っ赤にしながら恥ずかしがる女神を見ると、そんな野暮な事を言おうと思えなかったから。

 

「ボクがしてあげられるのは此処まで、かな。ごめんね、ユニ。それとがんばれ、二人とも」

 

 近い将来ラステイションの教会を神宮寺ケイは去る。ケイが教祖として二人にしてあげられる最後の事かも知れない。そんな想いが込められた呟きだった。




ユニちゃんのターンが長いので、少しノワちゃんのターン入ります。
正直やろうと思えばユニちゃん押しかけ奮闘記とか番外で作れてしまうと言う圧倒的戦力差。


ところで現状次話投稿時に感想を返すスタイルですが、感想返しって早い方が良いのだろうか?

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