異界の魂   作:副隊長

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14話 護りたいもの

「お話、終わった?」

 

 ユニ君との話が一段落ついたところで、ネズミ君たちと共に此方の様子を窺っていたマジックが、小首を傾げながら尋ねてくる。口にはしないけど、もう良い? っと聞かれていた。その様子を見て内心でだけ苦笑を零す。目の前に居る幼い少女も、一日だけで目まぐるしい変化を体験していた。この次元のマジックとは言え、今はただの幼い子供だった。超次元のマジックの様に、女神に変身できるのかも解らない。少なくとも今は、ユニ君やノワールの様に人と同じ形をしている。話してみても解るように、精神年齢も幼かった。どれぐらい前に女神メモリーを使われたのかは解らないけど、見た目通り子供なのだろう。きっと不安なのだと思う。

 幾らユニ君と再会できた所為とは言え、そんな子を蔑ろにしてしまった事に反省する。浮かれすぎていたのかもしれない。軽く深呼吸をしてマジックと視線を合わせた。

 

「ごめんね。今、終わったよ」

「ん。気にしてないよ」

「そっか。ありがとう」

 

 あまり表情を動かさず答えるマジックの頭をポンポンと撫でながらお礼を言う。マジックは子供だった。それも、親を早くに亡くした子供だ。人の暖かさをあまり知らず、女神にも成れずに異形に変えられた女の子だった。僕自身、かつて居た世界で家族を亡くしていた。だけど、それこそ失うまでの十数年間は家族の暖かさを知っていた。彼女にはそれすらも無い。そう考えると……あまりに可哀想に思えた。だからと言う訳では無いけど、どうにもマジックには必要以上に触れ合おうとしてしまっている。

 

「ユウ、そう言えばこの子は誰なの?」

「ん、ああ。そう言えば紹介がまだだったよね」

 

 すぐ近くに戻ってきたユニ君が、マジックをじっと見つめた後口を開いた。僕もそうだけど、ユニ君の方も周りを気にする余裕が漸く出て来たのか、若干ばつが悪そうにしている。

 

「マジックだよ。この次元での紅の女神、かな」

「へえ……マジックって言うんだ。どっかで聞いた名前ね。……って、はいぃ!?」

 

 マジックに触れた時自身の中にある力が、マジックに移っていた。総量から見たら微々たるものだが、紅の女神に譲られた力が、この次元のマジックにも宿ったとでも言えば良いのか。半身であるマジックが教えてくれていた。どういう意図があるのかは解らない。だけど、超次元のマジックが、神次元のマジックに力を貸したと言う事実だけは漠然と理解できた。だから、この次元のマジックが紅の女神と同一人物だと言うのを断言できた。他にもこの次元のノワールを見ていたからと言うのも理由にあったりする。ちなみに、ユニ君から、この次元で僕が出会ったネプテューヌさんは、超次元のネプテューヌさんであると言う事を教えて貰った。妙な違和感があると思ったけど、ある程度納得する事が出来た。まさかサボっていたから能力が低くなったとか、思いもよらなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。紅の女神って、あのマジック?」

「そうだね。とは言え、犯罪組織とは何の関係も無いよ。この次元のマジック。ちなみに犯罪神にも会ったよ」

「犯罪神もいるの!?」

「いるよ。とは言え、印象は全然違うけどね」

 

 ユニ君が驚きに声を上げた。それに驚いたのか、マジックがびくりと震える。気付けば、マジックに左手を握られていた。行き成り上がった声に驚いたのだろう。その手の暖かさを感じながら、脱線していた思考を修正する。警戒するマジックに、大丈夫っと声を掛ける。それで、少しだけ緊張が解けた。

 

「けど……」

「……お姉ちゃんは、お兄ちゃんのお友達?」

 

 嘗て戦った紅の女神の強さを身に染みて知っているユニ君が、尚も言い募ろうとしたところで、マジックがおずおずと口を開く。その目に宿るのは不安と好奇心。初めて見たユニ君への興味と恐れだった。

 

「お、お姉ちゃん……?」

「お姉ちゃんって呼んだら、ダメ?」

「え、あ、いや……。ベ、別にかまわないわよ」

「やった」

 

 マジックの一言に、ユニ君は驚きに目を見開く。ユニ君自身、妹である。姉と呼ばれるのは新鮮だったのだろう。ぎこちない反応だけど、毒気は抜かれているようだった。理屈では無く感覚で、目の前のマジックは子供だと言う事を感じ取ったのかもしれない。敵意と言うか怖れと言うか、そんな微妙な雰囲気が直ぐに霧散してしまった。

 

「ああ、僕の友達だよ。大事な友達で妹みたいなものかな」

 

 先ほどのマジックの問いに、ユニ君の代わりに答える。

 

「妹みたいなもの? じゃあ、妹じゃないの?」

「そうなるね」

「じゃあ、私がお兄ちゃんの妹になっても良い?」

「え? ああ、まぁ、別に――」

 

 流石にそんな事を言われるとは思っていなかった。まぁ、マジックが妹になったところで別に不都合は無い。子供が慕ってくれているだけだった。実際に妹にするのは難しいけど、言うだけなら大した問題でも無かった。

 

「だ、駄目!!」

「ユニ、君?」

 

 だから別にかまわないよと言おうとしたところで、ユニ君が声を荒げた。思わず視線を向ける。

 

「あ、いや、ごめんなさい」

「どうかした?」

「その、あの……」

 

 自分でも声を荒げてしまった事に驚いている感じのユニ君に言葉を促す。

 

「お姉ちゃん、怒ってる?」

「いや……、そんな事は無いよ。ただ、ゴメン。ユウの妹だけは、駄目なの」

「ダメ……なの?」

「うん。ごめんね。だけど、コイツの妹はアタシだから」

 

 やがてユニ君はマジックに視線を合わせると、少しだけ困ったような笑みを浮かべると、マジックに言い聞かせる。

 

「……解った。お兄ちゃんって呼ぶのは良い?」

「それぐらいはオッケーよ」

 

 そっか、っとマジックは頷く。一瞬だけ寂しそうに見つめてきたが、ユニ君の言葉に素直に従った。

 

「お兄ちゃんもごめんね。声を荒げちゃって」

「ちょっと待った」

「ん? どうかした?」

 

 そのままこちらに向き直ると、マジックとの会話の流れのまま僕にも謝罪を告げてきた。告げてきたのは良いのだが、その前の言葉が予想を超えたと言うか、どうしてそうなった。完全に思考の間隙を突かれた気分だった。スルーしてしまいそうになるのを必死に堪え聞き返す。ユニ君が、にやりと深い笑みを浮かべた。……なんとなくケイさんの笑みを彷彿させる、意地の悪い笑みなのは気のせいでは無いだろうか。

 

「なんでユニ君もお兄ちゃん呼び?」

「んー? だって、アタシはお兄ちゃんの妹みたいな女の子なんでしょ? なら、本当に妹になってみようかなって思って」

「いや、なんか色々飛躍してる気がするんだけど……」

 

 確かに妹みたいな女の事は言った。だけど、あくまで妹みたいなだけで妹では無い。

 

「それに……、別次元に来ちゃって、今はお姉ちゃんの事をお姉ちゃんって呼べないから。この次元のお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃない筈だから。その……、寂しいのよ」

「……む」

「アタシが妹じゃ……、ダメかな?」

「嫌では無いけど……。君は良いのかな?」

 

 良いか悪いかで言えば、嫌では無い。ただこれまでユウと呼び捨てられていたのに、いきなりお兄ちゃんは色々と気恥ずかしい。と言うか、何故だろう。今のままやり合っても、ユニ君に勝てる気がまるでしない。

 

「良いよ。だって、お兄ちゃんに逢いたくて次元だって超えちゃったんだよ。別次元に来ちゃったから、お姉ちゃん以外にアタシが無条件で信頼できる人って言うと、アンタだけなんだよ?」

「……探してくれてありがとう」

 

 それを言われたら、此方としては言い返す言葉が無い。その気持ち自体は素直に嬉しいから。僕の目的の半分を、ユニ君が叶えてくれたと言っても過言では無い。感謝してもし足りない。

 

「どういたしまして。なら、お礼にお兄ちゃんって呼ばせてもらうから。良いよね?」

「ぐ……、ああ言えばこう言う」 

「それはお互い様だよ、お兄ちゃん♪」

 

 にっこりと、ソレこそ天使のような笑みを浮かべてユニ君は言い切る。……何だろう。マジックに言われるのは問題ないのに、ユニ君に言われるとくすぐったいと言うか、むず痒いと言うか、頬が熱くなってくる。……単純に照れているんだとは思う。完全に手玉に取られていた。と言うか、ユニ君ってこんなに女の子だっただろうか。

 

「……はぁ、まあいいよお兄ちゃんで。ユニ君がそれで良いならね」

 

 違和感は感じるけど、今この子と言い合っても勝てる気がまるでしない。完全に主導権を握られていた。嫌と言う訳では無いのだけど、恥ずかしい。うん。こんな感覚は余り味わった事は無いけど、嫌では無かった。とは言え、慣れそうにはないけど。照れ隠しに溜息を吐きながら認める。今日は負けで良いかと思い、それで終わりのつもりだった。が、そうはいかないのが今日のユニ君な様で。

 

「ユニ、だよ。お兄ちゃん」

「えっと、ユニ君だよね?」

 

 思わず聞き返す。流石にこの子の名前を間違える訳は無い。

 

「ユニお姉ちゃん。名前で呼んでって言ってる」

「名前でって……、ああ、呼び捨て?」

「うん」

 

 困惑する僕をマジックがじーっと静かに見据え教えてくれた。

 

「そうなの、かな?」

「前から思ってたんだけど、なんでネプギアやアイエフさんはちゃん付けで、お姉ちゃんは呼び捨てなのに、アタシだけ君付けなのよ。……アタシだって女の子何だよ。君付けってあんまりじゃない……」

 

 まさかと思い聞いてみると、ユニ君は悲しげに呟く。いや、確かにそう言われればそうだのだが、何も泣くほどの事でもないとは思う。

 

「でも、これまでユニ君って呼んできたわけで……」

「アタシって、女の子に見えないかな……?」

「いや、そんな訳は無いけど……」

「じゃあ、女の子に思えない程がさつだったりする?」

「それもない、かなぁ。どっちかと言うと繊細。あいちゃんとかの方が男前ではあると思います」

「なら、良いよね?」

 

 が、本当に今日のユニ君には勝てる気がしないのも事実で。結局、折れてしまった。

 

「……はぁ。ならこれからは呼び捨てで呼ぶよ」

「じゃあ、呼んでみて?」

「今すぐ?」

「今すぐ」

 

 せめて心の準備をしようと思ったのだが、妹さんは待つ気が無いらしい。はっきり言おう。ずっと君付けで呼んできたから気恥ずかしい。どうしてこうなったと、内心で呟く。

 

「……ユニ」

 

 何だろう。自分でも吃驚するぐらい恥ずかしかった。視線を合わせて名前を呼ぶだけなのに、急激に頬が熱くなるのを自覚する。

 

「は、はい! え、えと……」

「いや、呼んだだけ、だよ……」

「あ、うん。その、恥ずかしいね」

 

 恥ずかしいのは僕だけかと思っていたのだけど、どうやらユニ君もだったようで名前を呼んだ瞬間、一瞬で頬が桃色に染まる。と言うか、文字通り爆発したのではないだろうか。ユニっと二文字を呼んだだけで、耳まで真っ赤になって居る。なんだろう。確実に悪い気分では無いはずなのだけど、同時に居心地が悪すぎる。視線を僅かに反らし、もう一度ユニに視線を移すと目が合った。妹である女の子がぽつりと恥ずかしそうに呟く。その濡れた瞳と、赤く染まった心から嬉しそうな笑みに一瞬目が奪われた。

 

「なんか、さっきからずっと見てたけどお見合いみたいっちゅね?」

「お、お見合い!?」

 

 成り行きを窺っていたネズミ君が、会話が途切れたところでぽつりとつぶやく。その言葉に露骨に反応したのがユニであった。いや、内心僕も反応はしてしまったのだけど、相手がネズミ君な所為か幾分先程よりも冷静に対処できた。あと、ユニが先に驚いたと言うのもある。

 

「お見合いって何?」

「ちゅちゅ。お見合いっちゅか? 人間にある風習で、つがいになる男女を引き合わせる場っちゅよ」

「つがい?」

「つがいって言うのは……。ちゅちゅ。まぁ、簡単に言うと……」

「てか、子供に何教えようとしてんのよ!」

 

 ネズミ君がマジックの疑問に答えようとしたところで、ユニが爆発した。それはもう凄い剣幕のままネズミ君の方へ向かう。

 

「ちゅ!? ちゅちゅちゅ!? ひ、ひいいっちゅ!! 襲われるっちゅ!! やばいっちゅ、捕まったら本気でお嫁に行けない体にされるっちゅ!!」

 

 色んな意味で危機を感じたのだろう。ネズミ君は面白い叫び声を上げながら走り出す。そしてそれをユニが追いかけはじめた。

 

「ちょ、人聞きの悪い事言ってんじゃないわよ!!」

「ちゅちゅー!!」

 

 逃げるネズミ君と、追いかける妹。その姿が、妙に痛快だった。

 

「あはは……」

 

 思わず笑みが零れる。それをマジックが不思議そうに見つめていた。

 

「お兄ちゃん、楽しいの?」

「ああそうだよ。楽しくて、仕方が無いかなぁ」

 

 マジックの言葉にしみじみと頷く。今いる世界は前の次元とは違うけど、それでも自分を見つけてくれた人が居た。新たに出会った人もいる。超次元のマジックとクロワールが与えてくれた新しい生。大切にしていく理由が新たにできたのが解った。

 

「そう。お兄ちゃんが嬉しいなら、私も嬉しい」

「そっか」

 

 そう言い、初めてマジックが嬉しそうに笑った。そのまま手を握ってくる。

 

「ずっと一緒。お兄ちゃんもユニお姉ちゃんも。ネズミも皆も」

 

 みんな一緒だと告げたマジックに、頷く。ずっと一緒に居られたらいい。心からそう思った。

 

 

 




ユニちゃんの本気。そして本編が進まない。でもそれはそれで良いかなって思います。ユニメインの話現実時間で一年半ぶりぐらいですし。ただ、糖分過剰にし過ぎた。主人公がユニに勝てる未来が見えないw




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