異界の魂   作:副隊長

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13話 本心

「……」

 

 嬉し涙を零すユニ君にどう返事を返したものかと困っていた所で、見られている事に気付いた。当たり前である。直ぐ傍にはこの次元の小さなマジックが居て、ネズミ君もいた。何よりここまで共に来た女神に成れなかった子供たちもいる。ユニ君の登場の仕方と言い、見るなと言うほうが無理な相談だった。

 ユニ君がその視線に気づいた様子は無い。大切な妹をそっと抱きしめたまま、どうしたものかと考える。とは言え、どうしようもないか。

 

「とりあえずユニ君」

「なぁに?」

 

 一言声を掛ける。どうしたの、と言わんばかりに小首を傾げてこちらを見詰めてきた。その仕草に改めて思った。かなり距離が近い。正直言って照れくさかった。女の子らしい柔らかさと、仄かに香る甘い匂いにほんの少しだけ動揺してしまうのは仕方が無いのではないだろうか。

 

「離れてくれないかな?」

 

 名残惜しいけど仕方が無い。また会えた。一度はもう会う事も無いだろうと心に決めた妹分に、もう一度会えた。触れれば届く距離に、この子がいる。思わず涙が零れる程嬉しかった。それだけでも充分すぎる程である。一旦気持ちを落ち着ける意味も込めてそう提案していた。

 

「ヤダ」

「え?」

 

 なのだが、にっこりと満面の笑みを浮かべて彼女が告げたのは明確な拒絶だった。いや、うん。ヤダって。また、随分と可愛らしく断られたものである。断られたと言う事実より、あまりにも自然な笑顔に言葉を失う。

 

「えーっと、なんでかな?」

 

 僕の背に回された腕が、先ほどまでより少しだけ強く感じられた。困惑しながらユニ君と目を合わせる。それ以上の返答は直ぐには来ず、そのままの状態で見詰め合うしかなかった。暫しの沈黙。その一瞬と言って良い程の時間が、何故か長く感じられる。変わらず鼻孔をくすぐる女の子らしい匂いに、改めてユニ君を女の子なんだと意識してしまう。

 

「だってさ」

「だって?」

 

 やがて、俯くように視線が外されると同時に、ユニ君がぽつりと零した。相変わらず、背中に腕を回されたままだ。気恥ずかしくはあるけど、振り解く事はできそうにない。

 

「今離したら、また居なくなっちゃうかもしれないよ。せっかく、折角会えたのに……。アンタとまた離れるなんて、嫌だよ」

「ユニ君」

「あはは……。ごめん、ごめんね。こんなの変だよね。直ぐ……離れるから。あと少し、あと少しだけ待って」

 

 再び浮かんだ泣き笑い。その表情を見ると、胸が締め付けられる。僕は何をしているんだ。そんな事を自分に言い聞かせる。この子を泣かせていた。守ると言い、支えると約束した女の子。結局ほとんど何かをしてあげることはできなかったけど、それでも信じてくれていた。僕が消えてからも探してくれた妹を不安にさせてどうするんだと、自分自身を叱責する。

 

「大丈夫だよ。僕はもう、消えたりしないよ」

「……うん。解ってるよ。解ってるけど……、怖いのよ。今が夢だったらって思うと、怖いの」

「夢じゃない。今僕は此処に居るよ。君の傍に居るから」

「約束、してくれる?」

 

 不安げな妹の言葉に頷く。僕にとってこの子は、家族みたいなものだった。元の世界では家族を失い、呼び出された世界で出会った妹分。四条優一が犯罪神に立ち向かえた理由の一つ。命を懸けても守りたいと思った女の子。それがユニ君だった。そんな子を安心させるの為なら、約束の一つや二つお安い御用だった。

 

「良いよ。言ってみて」

「アタシに黙って消えたりしないで。ずっと(・・・)、ずっとアタシと一緒にいて欲しい」

「ああ、解ったよ。君が嫌にならない限り、一緒に居るよ」

 

 だから、そんな約束をしていた。幸いこの子は女神であり、僕もまた似て非なる存在だった。クロワールが言うには神族に近い様だけど、どちらかと言えば亡霊とかの類な気はする。とは言え、それはあまり重要では無い。自身が宿しているシェアを失わない限り、僕が消える事も無い。つまり、それはこの子と同じ時間を歩めると言う事だった。友達であり、大切な妹分だった。この子が望んでくれる限り、友達として傍に居てあげる事には何の問題も無かった。

 

「本当?」

「ああ、本当だよ」

 

 それでもまだ不安なのか、僕の様子を窺うように上目遣いで聞いてくる。我ながらこの子には酷い嘘を吐いていた。簡単に信じて貰えないのも仕方が無い。それでも、信じて貰えるように、背中をあやす様にゆっくり撫でながら告げる。

 

「……解った。信じて……あげる」

「そっか。ありがとう」

 

 漸く信じてくれる気になったようで、ユニ君は少し恥ずかしそうに笑いながら離してくれた。密着していた事で感じていた温かさが離れた。代わりに、そっと右手だけが握られている。

 

「もう、嘘はつかないでよね」

「うん。善処はします」

「そこは言い切りなさいよ!」

 

 漸く落ち着いて生きたのだろうか。ユニ君らしさが出て来はじめていた。その姿を見ると、しおらしい感じも魅力的ではあるけど、やはりこの子は強気なぐらいが一番可愛らしいと思う。

 

「あはは。ごめんね」

「アンタのごめんって、結構軽いよね」

「……耳が痛いです」

 

 宥める心算が、思わぬ反撃を受けてしまった。顧みても、確かに言い返せないところがある。謝りながら、色々な事をしてきた。文字通り命を賭け、泣かせたりもした。耳が痛い。

 

「まぁ良いけど。それとさ、ユウ」

「ん?」

 

 とは言え、本気で怒っている訳では無いのだろう。漸く楽しそうな笑顔を浮かべてくれた。そして、その表情のまま

 

「アタシがアンタの事を嫌いになるのって、多分一生ないよ……」

「え……?」

 

 思いの寄らない事を言われた。多分聞き間違えでは無い。だけど

 

「それは」

「っ!? はいはい! この話は此処で終しまい!」

「は? いや、でも流石に気になる」

「それを言ったら、アタシはアンタが何で生きているのとかの方がずっと気になるわよ! そうよ、考えてみたらなんで紅くなったり別の次元に来てるのか全然聞いてないし。そっちの方が気になるわよ。聞かせなさいよ!」

 

 無理やり話を変えられる。これ以上この話は無理だろう。きっと、話す気が無いだろうから。意味深な事を言われ、正直困惑していた。だけど、これ以上聞ける剣幕では無かった。そのままユニ君の疑問に答え始めた。

 

 

 

 

 

 

「結局、その子はアニキにとってどう言う子なんっちゅか? ……コレッチュ?」

 

 流石に犯罪神との戦いの顛末をすべて語る時間はないので、想剣を作った後の出来事をかなり大雑把に説明したところで、ネズミ君が口を開いた。にやにやとした笑みを浮かべ、小指を立てる。その表情が何というか、非常におっさん臭い。ネズミだけど。苦笑が浮かぶ。確かにユニ君は可愛らしい女の子だけど、そんなに色っぽい関係ではなかった。

 

「こ、恋人!?」

 

 ネズミ君の質問に、ユニ君が大きく動揺した。この手の話題に慣れていないのは姉妹共通なのだろう。恥ずかしそうに頬を染める姿は、何と言うか非常に女の子らしく魅力的だ。残念ながらそういう事実はないが、少し意識されるぐらいは役得みたいなものだと思うことにする。

 

「まぁ、残念ながらそんな色っぽい関係ではないよ。大切な友達で、妹みたいな女の子、かな」

 

 とはいえ、変に誤解を与えるつもりもない。これまでの会話から妙な勘違いをしていそうなネズミ君に、事実を教える。

 

「妹、ちゅか?」

「そうだよ」

 

 かなり意外そうなネズミ君の言葉に、頷く。まぁ、死別からの再会みたいなものだし、ユニ君のほうも気が昂りすぎただけだと簡単に説明する。

 

「むー。妹。妹かぁ……」

「ちゅちゅ。寧ろこっちが不満そうっちゅよ」

「あれ?」

 

 そんな僕の言葉に釈然としないのか、ユニ君が不満そうな言葉を零した。思わぬところからの攻撃に、虚を突かれた。

 

「アンタにとって、アタシは妹なの?」

「……そうだね。こう言っちゃアレだけど、大切な家族みたいなものだと思っているよ。僕は女神に呼び出されたからね」

 

 ユニ君の言葉にただ頷く。それは事実だった。超次元のゲイムギョウ界に呼び出され、初めてであった女神がこの子だった。決して長い間一緒に居た訳では無いけど、その姿や想いは深く印象に刻まれていた。

 超次元で尤も深く関わった女神は黒の女神姉妹である。ユニ君とノワールでどちらが大事かと聞かれれば自分でも答えられないが、尤も家族に近いと思えるのはこの子だった。

 

「女神に呼び出されたから。ユウを呼び出したのは、女神なんだよね。候補生じゃなくて、女神」

「そうだね」

 

 ユニ君の言葉に頷く。クロワールやマジックが言うには、僕は女神によって用いられた術によって呼び出されている。術の発動直後は呼び出されなかったけど、その数年後に現れた異界の魂。それが僕である。何故数年の時の隔たりがあったのかは解らないけど、確かに僕は女神によって呼び出されたらしい。あまり気にしてはいなかったけど、これもまた不思議な事だった。

 

「ユウはさ、お、お姉ちゃんの事はどう思っているの?」

「ノワールの事、かい?」

「う、うん。アタシが妹なら……、お姉ちゃんはどうなのかなって」

 

 ユニ君の言葉に考え込む。ユニ君の姉ノワール。ラステイションを司る女神で女神で、黒の女神ブラックハート。姉妹揃って努力家で、他人に頼るのが苦手な女の子。初めて出会った時は勘違いによって酷い目に合った。正直言うと、少し苦手だった。だけど、僕を呼び出した女神の一人で、その不器用な姿がどうしても見ているだけではいられなくて。

 

「……ユニ君以上に放って置けない女の子、ううん、好きな子、かな」

 

 結局気付いたら好きになって居たのだと思う。少なくとも想剣を創り出したあの時。自身の気持ちに気付いた。護りたい相手が二人出来ていた。一人は大切な家族。元の世界で家族を失った僕が、その家族以外に、新しい家族だと心から思う事が出来た大切な妹分。黒の女神候補生である、ユニ君。そしてもう一人が好きな女の子。一見完璧に見えるけど、ユニ君以上に不器用で脆いところのある放って置けない女神様。黒の女神である、ノワールだった。

 

「っ!? す、すき!?」

「そうだね……。好きだった、女の子かなぁ」

 

 目の前に居るユニ君も可愛らしく魅力的な女の子であるけど、自分がどちらを好きかと聞かれればノワールだった。勿論ユニ君の事も好きではあるが、好きの意味が違う。女の子として好きなのと、家族として好きなのとで別れていた。前者がノワールで、後者がユニ君だ。

 

「じゃ、じゃあさ」

「ん?」

「お姉ちゃんに会いたい?」

 

 ふむっと考え込む。確かにノワールに会いたいと言えば会いたいけど。

 

「今は良いかなぁ」

「え? どうして?」

 

 ユニ君の疑問も尤もだと思う。僕自身も不思議ではあるのだけど、それ程ノワールに会いたいとは思わなかった。確かに会えるなら会いたいとは思うけど、どうしても会いたいかと聞かれれば、そう言う訳でも無い。

 

「んー、同じくらい妹にも会いたかったからかな」

「妹って……、アタシ?」

「そうだよ。君に会えたからか、今すぐに会いたいとまでは思わないかな」

 

 多分、この子もノワールと同じだから。方向は違うけど、僕にとって最も大事な人の一人だから。そのユニ君に会えたことで、とりあえずは満足してしまったのだと思う。勿論行く行くはノワールにも会いたいけど、今はユニ君と再会できただけで充分だった。それに、また妹を泣かせる真似もしたい訳でも無いから。

 

「……それって、アタシとお姉ちゃん、どっちが大事なのよ」

「正直言って解らないよ。どちらが好きと言われればノワールだけど……、どちらが大切かと問われれば答えられない」

 

 それは事実だった。どちらが大切なのかと問われると、答える事が出来そうにない。どちらも同じぐらい大切だから。ただ、今最初に思い出すのはユニ君の泣き顔だった。

 

「ユニ君とノワール。方向性は違うけど、僕にとっては二人とも大切な女の子、かな」

 

 結局、どちらが大切かという答えは決められなかった。ただ二人に対する好きの方向性が違うということだけは明確に分かった。

 

「ちょっと、決められないの?」

「うん。決まらない。と言うか、決められたとしても流石に本人には言えないよ」

 

 仮に決められたとしても、面と向かっていえることではないだろう。

 

「ふーん。ユウも意外とヘタレなんだ……。ふふ……」

「……反論できないけど、なんで嬉しそうなのかと」

「べっつにー。なんでもないよーだ。ふふ、ばーか」

 

 ものすごく煮え切らない感じで話は終わってしまったのだけど、なぜかユニ君は上機嫌のようだ。正直言うと、途中までの会話の流れから、少しぐらいは己惚れても良いかなって思ってたけど、そういう見込みもなさそうだ。もともとユニ君相手にそう言う気持ちを持っていた訳ではないけど、いざ興味がないと解るとそれはそれで寂しいような何とも言えない気持ちになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……やっぱり、ユウが好きなのはおねえちゃんか……」

 

 四条優一の本心を聞き、ユニは小さく零した。自分の好きな人に好きな人がいる。その事実を知ってなお、ユニには悲観した様子はなかった。それどころか、誰かが聞いていれば嬉しい誤算に声色の節々が弾んでいるように感じられる。

 

「ユウにはアタシ以外の好きな人がいる。そんな事、最初から予想がついてたけど、やっぱりお姉ちゃんだった。やっぱりお姉ちゃんは凄いなぁ……」

 

 自身の好きな人の好きな相手が姉だというのに、ユニは嬉しそうに呟く。

 

「けど、まだだよ。今はお姉ちゃんを好きみたいだけど……、お姉ちゃんはスタートラインに立ってすらいないもん。それに、思っていたより差もないみたいだし……まだ希望はある」

 

 ユニが上機嫌だった理由。それは、予想以上に姉との差が離れていなかったから。ユニと四条優一が、ユニとノワールを天秤にかけたとき迷わずノワールをとると思っていた。好きな人だ。それぐらい差があると思っていたけど、実際のところ優一にとって二人の扱いにそれほど差があるとは思えなかった。同じくらい大事だと、本人も困ったように言っていた。それは、ユニにとって、嬉しい誤算だった。絶対的劣勢の状況下からでも戦いを始めるつもりだったのだが、その差はほとんどなく五分程度だった。好きな人と、家族みたいな(・・・・)人である。距離感の問題でしかないとユニは思う。端的に言えば、四条優一はユニを女の子として意識していないのだ。

 

「それはそれで腹が立つけど……、背に腹は代えられないしね」

 

 意識してくれていないのならば、意識させてしまえば良い。ノワールとユニは、優一にとってどちらも大切な女の子だった。ならば妹分から、女の子に意識を変えてしまえば良い。実際の妹ではなく、自分は妹みたいな女の子でしかないのだ。それさえできれば、姉の優位などどうとでも引っ繰り返せる。そもそもノワールは優一が生きていることすら知らない。存在する次元も違う。それに比べ自分は好きにアプローチをかけられる分、むしろ圧倒的優位に立っているとすら言える。

 

「ごめんね、お姉ちゃん。けど、お姉ちゃんが悪いんだよ。ユウの事を蔑ろにしたから……」

 

 そう言い、秘書官と楽しげに話す姉の姿を思い出し、ユニは悲しいような虚しいような何とも言えない気分に襲われる。なぜ此処にいるのが自分だけなのか。異界の魂に助けられたのは黒の女神姉妹な筈なのに、なぜユニしかいないのか。ノワールもユニと同じ思いを持っているそう思っていた。それは違ったと言う事なのだろうか。考えてみても、ユニには答えが見つからなかった。

 

「アタシはもう後悔はしたくないの。だからこのまま全力で行くよ」

 

 姉は知らずに自分だけがここにいる。そんな罪悪感を振り払うように頭を振り、ユニは呟いた。それでも好きな人が手の届くところにいる。ユニにとってそれは一番重要なことだったから。

 

「と、とりあえず、お風呂とかベッドに乱入したら意識するわよね。いっそ、一緒に住むとか。いくらユウでも、そこまでしたらドキドキするはず。……てか、それってアタシのほうが恥ずかしくて死にそうな気が。でもでも、それぐらいしないと意識させるなんて……。いや、でも、裸はちょっと。あぅぅ……どうしよう……」

 

 全力で行く。その言葉通り、いろんな意味でギリギリになりそうな作戦を立案し、ユニ自身が実行に移すのはもう少し先の話である。

 




ユニ関連の話が思った以上に長引いています。本編進まない。マジック空気。
とりあえず、もうすぐデレユニちゃんのターンが始まります。

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