異界の魂   作:副隊長

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12話 願い

「突然すみません」

 

 そう言ってユニが頭を下げたのは、プラネテューヌの教祖であるイストワールだった。

 

「いえ、構いませんよユニさん。詳しいお話はネプギアさんから聞いています。ネプテューヌさんが別次元で出会ったと言うブレイク・ザ・ハードと名乗った男性。この世界で異界の魂だった四条優一さんかも知れない人に会う。そう言う事でしたね」

「はい。可能性があるなら試したい。どうしてもアタシは、アイツに会いたいんです」

 

 ユニが神宮寺ケイにシェアクリスタルと異界の門の使用の許可を得た後に向かったのは、プラネテューヌの教会だった。新型の異界の門を起動する為のシェアクリスタルを手にし、身に付けた状態でプラネテューヌの教祖であるイストワールを訪ったと言う事だった。イストワールの言葉にユニは小さく、だけどしっかりとした声音で頷く。会いたい。その一言に万感の思いが込められているのを、イストワールは感じ取った。事前に聞いていたネプギアの話やユニの言葉と態度を見るに、その想いが本気だと言う事が簡単に窺い知れる。

 

「四条さんには、本当にお世話になりましたね」

「はい。アタシもお姉ちゃんも何度も助けて貰いました……。恩返しをしても返しきれない程、助けて貰いました……」

 

 イストワールも四条優一とは何度か面識があり、言葉を交わしていた。その事を懐かしく思いながら言ったイストワールの言葉に、ユニは悲し気に頷く。既に救世が成され数年の月日が流れていた。だけど、ユニは当時を昨日の事のように思い出す事が出来る。それが、過去を思い出にする事を拒んでしまうのだ。文字通り命を賭けて自分たちを救ってくれた友達を想うと、過去の出来事だと割り切る事が出来る訳が無かった。

 

「さて、本題に入りましょうか」

「あ、はい。ネプテューヌさんの居る次元。神次元でしたっけ?」

「はい。どうやらネプテューヌさんの居る次元にはその次元の私が居るようで、私同士が交信する事で連絡を取る事が出来たんですよ」

「イストワールさん同士が連絡を取るって……。よくよく考えると不思議ですね」

「ふふ、そうですね」

 

 イストワールはユニの想いが本物なのを確認すると、話を本題に移す。イストワール同士が何故交信できるのかなどの説明をはじめたら時間がいくらあっても足りない為、そこには深く触れる事無く話を進めて行く。

 

「異界の門。それに神次元の次元座標を入力してください。次元座標の数値は――」

 

 ユニが四条優一に出会うために用いるのが、シェアにより空間を越える道具である異界の門だった。犯罪神との戦いの折に開発され、更に改良された物が今ユニの手にしている物であった。他次元空間に存在する次元ごとに割り振られた変動する事の無い位置情報。それをイストワール同士が交信する事によって割り出す事が成功していた。超次元のイストワールが神次元のイストワールに交信し、意思疎通を行おうとすれば三日かかってしまうのだが、互いの位置情報を得るだけならばそれ程時間が掛かる訳では無かった。3分で交信を終え、神次元の位置情報をイストワールはユニに伝えていく。

 

「ふぅ、入力完了っと。これで間違いはありませんか?」

「今確認しますね。……はい、大丈夫です。問題ありません」

 

 ユニが異界の門に入力した次元座標を、イストワールが確認する。問題が無いのを二人で確認すると、準備が整ったと言うところだった。

 

「これで、準備が完了しましたね」

「はい、ありがとうございます」

 

 全ての準備が完了したところで、ユニはイストワールに礼を告げる。そんなユニの姿にイストワールは朗らかに笑うと、いえいえ、何時もネプギアさんがお世話になって居ますからお互い様です。っと言い、ユニに頭を上げるように促す。

 

「ネプギアさんが帰ってくるまでもう少し時間がありますね。どうしますか?」

 

 会話が途切れたところで、イストワールはユニに尋ねた。ユニがプラネテューヌの教会に訪れた時、ネプギアはギルドでクエストをこなす為外出していたからだ。ネプギアはネプギアでシェアを集める必要がある為、ユニとは入れ違う形になって居た。ネプテューヌが超次元に戻る為には、プラネテューヌのシェアを稼ぐ必要があったからだ。イストワール同士の交信機能を利用すれば、シェアを用い一時的に二つの次元に道を作る事が出来るのである。その術を実行する為に、シェアを稼いでいると言う訳であった。ちなみにユニもその方法を用いれば、神次元に行く事が出来るのではあるが、今すぐ移動できると言う訳でもない為、本来の予定通り異界の門を用いる事にしていた。でき得る限り早く試したい。そんな焦りにも似た気持ちがあった。

 

「ネプギアにも会って話したいですけど……」

「そうですよね。もう何年も我慢してきたんですものね。好きな人に会えるなら、早い方が良いですよね」

「ちょ、イストワールさん!? が、我慢なんてしてませんよ」

 

 ネプギアには悪いけど、もう待っている余裕が無い。声には出さないが、早く早くっと言う気持ちが顔に出ていた。そんな可愛らしい様子のユニを見ていると、普段は真面目なイストワールも、少しだけ悪戯心が浮かんでいた。にっこりと言うイストワールの言葉に、ユニは頬が熱くなるのを感じた。思わず声を上げるが、強くは出れない。最後はごにょごにょと言葉にならない言葉を上げていた。

 

「ふふ、ごめんなさい。けど、リラックスできましたか?」

「うぅ……。はぁ、もう良いですよ。ありがとうございます」

 

 結局、言い返す言葉も出ない為、小さく溜息を吐き話を終わらせる。

 

「ユニさん」

「何ですか?」

「シェアと言うのは、祈りや願いの力です。何かをしたいと言う気持ち。願いを叶えたいと言う気持ちが、シェアと言えます」 

 

 一息ついたところで、イストワールがユニに教えるように言った。

 

「願い……ですか?」

「はい。本来は人々の願いを叶えるための力です。ですが貴女たち女神の願いも、想いもまたシェアと言えます」

「アタシたちの想いも、シェア」

 

 ユニはイストワールの言葉を反芻する。女神の願いもまた、シェアなのである。シェアとは、願いを叶える為の力だった。

 

「女神様も偶には我儘を言っても良い筈です。貴女は貴女の想いをシェアに込めて見てください。きっと、上手くいきます」

「アタシの願いを……、想いを込める……。はい!!」

 

 願いを叶える為の力がシェアである。なら、女神の願いもきっと叶う筈だ。異界の魂が、世界を救いたいと言う女神の願いを叶えた様に、祈りはきっと届くはず。その事を伝えていた。

 

「ありがとうございます、イストワールさん」

「はい。では、成功を祈っています」

「はい。ふぅ……」

 

 そして会話が途切れる。ユニは深く息を吐き、祈りと願いを込め異界の門を起動させる。そして、ゆっくりと呟いた。

 

「――アクセス」

 

 祈りの輝きが辺りを包み込み、ユニの周りの空間が歪んだ。

 

「アタシは、ユウに……会いたい!」

 

 イストワールがユニの願いを聞いた時、光が一際多く輝いた。イストワールは思わず目を瞑る。そして、再び瞳を開けた時、ユニの姿はその場から消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 願いを込めて異界の門を起動させ、空間を飛び越す奇妙な感覚が過ぎ去った後、ユニは妙に爽快な感覚に包まれていた。風を切る感覚とでも言えば良いのだろうか。女神化を行い空を駆る時よりも更に加速し、風を切る。高揚感にも似た感覚が全身を包んでいる。強烈なシェアの輝きに思わず閉じてしまった瞳をゆっくりと開ける。遠くに、地面が見える。一瞬思考が停止していた。

 

「なんで落ちてるのよおおおおおおおおお!!」

 

 再起動。訳が分からないままユニは全力で叫んでいた。アタシはユウに会いたいって願って異界の門を起動させたはずだ。なのに何で落ちているのよ。あまりに訳の分からない状況に、そんな叫びをあげる。そう言えばネプギアが姉であるネプテューヌから聞いたと言う話を思い出す。確か。

 

「ってこんなの慣れる訳無い! 楽しい訳ないでしょ!?」

 

 落ちるのには慣れているとかなんかと。落ちてみると意外に楽しいらしいが……、ユニは其処まで人生を楽しめるほど楽観的でもない。

 

「そうだ……あ、アクセス!! って、変身もできないいいいい!! なんでよ!! あ……やばっ、だ、誰か助けてえええええええ!!」

 

 訳の分からない状況でかなり動揺してしまったが、女神化すれば良い事に思い当たる。そのまま意識を集中させ、プロセッサユニットを展開させようとして、失敗した。何時もなら体を動かすのと同じように無意識でも行える行為が、何故かできない。完全に混乱していた。何で、どうして。そんな事を考える暇も無く、地面が近付いてくる。やばい。ユニがそう思った時には、既に叫んでいた。助けてっと。落下の恐怖に強く目を瞑る。その直前、紅の輝きを見た気がした。何故か、胸が苦しくなった。もう一度、助けてっと呟いた。

 

「あぅぅ!?」

「っと」

 

 そして、身体に軽い衝撃が加わり浮遊感が消えた。何かに抱き留められたのが解った。同時に酷く懐かしい声が聞こえた。ユニが間違えるはずの無い声音。胸が苦しくなるほど、早鐘を打った。ゆっくりと声のした方向へ瞳を開ける。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ……」

 

 そこで目にしたのはずっと会いたかった友達の姿。

 

「ユウ……」

「え……?」

  

 救世の成された日、ユニの前から姿を消した異界の魂だった。

 

 

 

 

「ユニ……君……?」

 

 僕が見間違えるはずのない女の子。この次元でのラステイションの女神候補生である、のユニ君の呟きを聞き、そんな事があり得る筈がないと解っていながら零してしまった。確かに彼女は「ユウ」と僕の目を見て呟いたから。その緋色の瞳から一筋滴が零れ落ちた。じわりと、彼女の瞳が潤いを始めていた。泣き出すのを必死に我慢し、今にも崩れそうな表情で縋るように僕を見つめている。ずきり、っと胸が痛んだ。それは、かつて見たユニ君の表情に酷似していたから。剣の極地に至り垣間見た未来。命を捨てることを肯定し、姉であるノワールの持つ魔剣に貫かれ泣き笑いを浮かべたあの子の姿が重なる。何か言わなければいけない。だけど、それ以上言葉が出てこない。この子を抱きしめていることで感じる懐かしい暖かさだけが、目の前にユニ君がいることを実感させる。

 

「……っ!? ユウだ。やっぱり……ユウだ」

 

 呆然と呟いた一言に、ユニ君は目を大きく見開くと、今度こそ大粒の涙をとめどなく零し始める。その姿にただただ困惑するしかない。この世界は神次元のゲイムギョウ界で、ぼくの知るあの子は超次元の女神候補生な筈で。今この場にいる筈がない。どこかぼんやりとした思考のまま、腕の中にいる女の子を抱きしめる。現実に思考が追いついてこなかった。だけど、

 

「ユウ、なんだよね……?」

 

 そんな事はどうだって良かった。腕の中にある温かさが、僕を見る濡れそぼった瞳が、何よりも喜びに満ち溢れた声音と彼女から感じることができるシェアが教えてくれた。かつて異界の魂である僕を呼び出した者たちと同質のシェアを持つ者。目の前にいるユニ君が、僕の友達であるユニ君と同一人物であると教えてくれていた。だから、不安と期待の入り混じった言葉に小さく笑みを浮かべ、口を開く。

 

「そうだよ。僕の名は四条優一。かつて女神に呼び出され異界の魂。女神に呼び出されながら女神に敵対し犯罪組織のブレイク・ザ・ハードと名乗り、願いと祈りの剣を作り出した者、かな。久しぶりだね、ユニ君」

 

 我ながら奇妙な名乗りだとは思うけど、それで良かった。彼女が本当に僕の知っているユニ君なら、この言い方をすれば解るだろうから。勿論、目の前にいるのが僕の知るユニくんではない可能性もある。だけど、その可能性は考えないことにする。

 

「……」

「……あれ? もしかして、違った?」

 

 そんな僕の言葉を聞き、ユニ君は時が止まったように黙り込んだ。もしかして、僕の予想が外れたのだろうか。それだったら、どうしてこのユニ君は僕の名を知っていたのか。そんなことを考え始めたところで。

 

「会えた。また……逢えた! 生きてた。生きてて……くれ……た……。う、ひっぐ……」

「え、……ユニ君?」

 

 ユニ君が小さく嗚咽を零しながら少しずつ言葉を紡いでいく。そんな妹分の姿に、少し慌ててしまう。だけど、彼女の言葉が止まることはなくて。

 

 

「また……、アタシの、こと……なまえで呼んでくれっ……。うけとめてくれて……あぅ……、うぅ、だめ……だめなのに、うれ、嬉しいはず……なのにっ、とまんないよ……。なみだで、ユウの顔が、ちゃんとみえないよ……、あぅぅ、ひぅ、ぅっ、う、わああああああああん!!」

「っ!?」

「会えた、やっと逢えた!! あ、あい、逢いたかった。逢いたかったの! ずっと。ずっと、ずっと、ずっとっ、ずっとずっと!!」

 

 華奢な体を此方に預け、絶対に離さないと言わんばかりに両の手に力を入れたまま、ユニ君は泣きながら想いを吐露する。掛ける言葉が見つからない。ただ逢いたかったのっと言い震える妹分が安心できるよう、ただ黙って腕に力を込める。

 

「消えたと思ってた……」

「うん」

 

 ユニ君の零す言葉は、僕がこの子に与えてしまった痛みだった。

 

「もう逢えないと思ってた……」

「うん」

 

 泣きながら僕の胸に顔を押し付け零す言葉に唯耳を傾ける。

 

「支えてくれるって約束したのに……」

「うん」

 

 泣いているユニ君に掛ける言葉が出てこないから。  

 

「仲間だって……言ってくれたのに……」

「うん」

 

 泣かせたのが自分の成した事の結果だから。

 

「友達だって……言ってくれたのに……」

「うん」

 

 この子に与えた痛みが自分の想像以上だった事に胸が痛んだ。だけど……

 

「それなのに! アタシに何にも相談してくれなかった! 友達だと思ってたのに……。アタシにとってアンタは大事な友達だったのに……!!」

 

 それ以上に、こんな僕の事を泣いてしまうほど大事に思ってくれていた事が嬉しくて、ただ腕に力を込める事しかできない。そして

 

「すっごく悲しかったんだよ……」

「……ごめんね」

 

 最後にそう締めくくったユニ君に何とかそう返すのがやっとだった。頬に、冷たい物が流れる。ソレを拭わず、腕の中に居る妹の頭をゆっくりと撫でた。

 

「バカ。ぜったい、絶対許してなんかあげないんだから……。一生傍に居て償わせてやるんだから。覚悟……しててよね」

 

 そして顔を上げたユニ君は、涙で目を真っ赤にしながらも僕を真っ直ぐに見つめ、この子らしい悪戯な笑みを浮かべそう言ったのだった。

 

 

 




11.5話でも良いかも。話自体は全く進んでなかったり。
まぁ、ある意味進展はしましたが



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