異界の魂   作:副隊長

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11話 大きな変化

 窓から差し込む光が赤く変わりかけていた。夕暮れ時。仕事に精を出していた人たちが、一人また一人と手を止め、帰りの支度を始める頃合いだった。超次元のゲイムギョウ界。その次元の国の一つであるラステイションの女神が居を構える教会。その一室で、二人の人物が対面していた。一人はラステイションの女神候補生である、ユニ。もう一人はラステイションの教会で教祖を務める、神宮寺ケイである。その日の仕事が一息ついたため、ユニが話を持ち掛けたところだった。

 

「ケイ。異界の門って覚えている?」

「ああ、覚えているよ。嘗て、女神であるノワールが犯罪組織に監禁された時に、その救出をするために作り出した道具だね。あれ以来、用いる様な場面が無かったから日の目を浴びてはいないが、技術の研究は未だ行っているよ」

 

 ケイは少し懐かしそうに頷く。異界の門。それは、ユニと四条優一が捕えられていたノワールを助け出すために用いた道具だった。その力はシェアクリスタルに蓄えられたエネルギーを用い世界に干渉し、本来行けない場所に辿り着く為、一時的に道を切り開く事が出来るほどだ。とは言え、それほどの道具である。簡単に用いれるものでもなかった。転送には膨大なシェアの力を用いる必要があるため、女神候補生であるユニですら、シェアクリスタルの力と自身のシェアを大量に消費する事で何とか転移することができるという代物であった。

 

「そっか、今も研究は続いてたんだ。そりゃそうよね。アンタがあんな便利な力、非常時だけ使って必要が無くなったからと言って放っておくわけないよね」

「ああ。あの頃は色んな事を経験したからね。教祖として、何が起こっても良いようにでき得る限りの事はしているのさ」

「そうだよね。あの頃はアタシもお姉ちゃんが負けるなんて、考えた事もなかったかな」

「そうだね。女神が四人がかりでも負ける。考えてみれば絶対にあり得ない話ではない筈なのに、当時の僕はその対処に関して有効な手を打てず、後手に回ってしまった。もうあんな失敗はしたくないよ」

 

 以前おこなわれた戦いがあった。その時の教訓から、必要になりそうな技術は率先して研究をしているのだと、ケイは答える。犯罪組織との戦い。色々な出会いがあり、別れがあった。目の前にいるユニや、この場にはいないがラステイションの女神であるノワールも、あの頃に比べて大きく成長したようにケイは思う。

 

「ユウがいてくれたから、お姉ちゃんを助け出せたもんね。あのころのアタシは弱くて、一人じゃきっと失敗してたよ。犯罪組織の幹部に負けて、捕えられていたかもしれないわ」

「あり得無い……とは言えないね。あの頃は敵の力も未知数だった。彼がいてくれたのは、本当に幸運だったと思うよ」

「幸運か。そうね。アタシ達からしたら、幸運だったよね。何の関係もないゲイムギョウ界の問題に巻き込んで。巻き込まれたアイツからしたらたまったもんじゃない筈なのに、助けてくれた。」

 

 ケイの言葉に、ユニは少しだけ辛そうに同意する。確かに幸運だった。立ちはだかる強大な敵に立ち向かうため、大きな力になってくれた。命すら賭けてくれた。助けてもらったユニたち女神やゲイムギョウ界の人たちにとって、それは幸運だっただろう。だけど、っとユニは慮る。助ける側になった四条優一は一体どういう気持ちだったのだろうか、と考えてしまう。見知らぬ世界で自分一人にされ、誰に相談する事もできず、重すぎる決断を強いられるしかなかった。それはきっと、とても辛い事だったに決まっている。

 

「……ユニ。大丈夫かい?」

「うん。ゴメン。悪い癖だね。ユウのことを考えると、どうしても後ろ向きなことを考えちゃう」

「辛いなら辛いで、我慢することはないよ。その気持ちも間違いじゃない」

 

 今にも泣きだしそうなユニの雰囲気を敏感に感じ取り、ケイは一旦話を切る。救世が成された時から、ユニは異界の魂のことを考えると、不安定になる事があった。親しい者しか解らないほどの、ほんの些細な変化。それをはっきりとケイは感じることができた。さり気なく自身の事を気にかけてくれるケイに、ユニは小さく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。それで幾分か落ち着いたのか、困ったように笑いながら、駄目だなぁっと呟く。

 

「大丈夫だよ。辛くないとは言わないけど……、立ち止まっていられない理由ができたの」

「何かあったのかい?」

「うん。けど、全部は言えない。小さな可能性でしかないから」

 

 こんなんじゃ駄目だと言ってから、ユニは切り出した。それは、ユニが得た一つの可能性。親友のネプギアからもたらされた、頼りない一筋の希望。今からやろうとしている事はただの徒労に終わるかもしれない。いや、その可能性の方がずっと高いだろう。それでも、ユニはやってみたいと思う。もう一度会いたい。そう想ってしまったから。

 

「二つ我儘言っても良い?」

「君が我儘とは珍しいね。話を聞く前に返答はできないから、言ってみると良い」

 

 先程よりも遥かに落ち着いた、だけど何処か懇願するような声音に、ケイはさらりと答える。普段のユニらしくない様子。そこから何か無理を言ってくることは予想できた。そして、無理を言いながらどうあってもユニは譲る気が無い事も。恐らく随分と悩んだ果てに、切り出したと言う事なのだろう。二人は長い付き合いだった。だからケイには、今ユニが本気で我儘を言おうとしている事が解ってしまった。そんな困った女神に、ケイは内心で苦笑しながら促す。此処は自分が折れるしかない。そう結論付けたから、ユニが言いやすいように何時もの調子で答えたと言う事だった。

 そしてユニは、この時の為に持って来ていた物を取り出しケイを見据えた。

 

「これまでアタシが作って貰ったシェアクリスタル。これを使いたいの。できれば全部」

「……君は、何を考えているんだ?」

「異界の門。その力を限界まで使って、次元を越えられるか試してみたい」

 

 犯罪組織との戦いが終わった後、シェアクリスタルの重要性を再認識した各国は、定期的にシェアクリスタルを生成することにしていた。ラステイションの女神のノワールと女神候補生のユニがシェアを集め、有事の際の備えとして生成していた。そのうち、ユニが自身で集めたシェアで生成したシェアクリスタルの全てを指さし、言った。

 

「これは、なんとまぁ。思っていた以上に無理を言ってくれるね」

「ゴメン。けど、どうしてもやりたいの」

「……とりあえず、一つは解ったよ。もう一つの我儘って言うのは?」

 

 予想していた以上のお願いに、ケイは思わず考え込む。女神と候補生ではシェアの差が在る為、ユニよりもノワールの生成したシェアクリスタルの方が多いのだが、それでもユニの作ったシェアクリスタルの数も大きい。それを用いたいと言っていた。もう一つのお願いと言うのを聞いてみないと、簡単に返事は出せそうにない。

 

「……お姉ちゃんには内緒にして欲しいの」

「それだけかい? いや、確かにノワールに黙っているって言うのは別の意味で難しいけど、前者に比べれば随分と簡単だ」

「まだ、解らない事だから。今お姉ちゃんに教えてもぬか喜びさせるだけかもしれないから。だから、お姉ちゃんには全部終わるまで内緒にしておきたいの。……ううん。違う。アタシはお姉ちゃんに教えたくないんだ。ユウを忘れて秘書官さんと仲良くしてるお姉ちゃんには……」

「ノワールには教えたくない? ユニ、もしかして」

 

 ユニの言葉や、今までの会話の流れ。そして、無理を押し通したいユニの態度から、一つの可能性に辿り着いた。

 

「アタシは、アイツに会いたい。本当にアイツなのかもわからないけど……、その可能性があるなら……会いたい。会いたいの……」

「そうか……。彼が」

 

 絞り出すように告げたユニの言葉に、ケイはただ頷く事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 ルウィーの教会にある大臣用の執務室。その大きな扉をここまで先導してくれた職員さんが一言告げ、返答があったのを確認してからゆっくりと開ける。ルウィーの国に入り、大臣になって居る七賢人の一人と連絡を取る事に成功していた。入国してから数日経ったが、漸く面会する機会が出来たと言う事だった。此方にも同じ七賢人であるネズミ君がいるけど、表の顔は国の大臣だ。色々とやる事がある所為で、直ぐに会う事が出来なかったと言う訳だ。

 

「お客様をお連れいたしました」

「解った。お主は下がって良いぞ」

 

 七賢人の一人と思われる男性が職員を一瞥し、ネズミ君と僕を交互に見た後短く言った。

 

「では、私はこれで」

「はい、ありがとうございます」

「ご苦労さまっちゅ」

 

 勝手知ったるものなのだろう。職員さんは大臣と僕たちに一礼した後、姿を消す。

 

「さて、と。ようこそルウィーへ。とでも言うべきかのぅ?」

 

 そして改めて此方を見据えると大袈裟に手を広げ、言った。七賢人の一人、ルウィーの大臣だった。これが七賢人の一人か。単純に興味もあったので見詰める。大臣と言うだけあって、良いものを食べているのだろうか。恰幅の良い体型の初老の男性だった。髪は殆ど白く染まっており、年齢相応の苦労をしてきたのだと思う。良くも悪くも大臣である。色々やってきたのだろう。七賢人と言う事実を知っている所為か、眼鏡越しに見える穏やかな瞳の奥に、油断できないようなものを感じた。

 

「オイラ達にそんな堅苦しい挨拶はいらないっちゅ。百歩譲ってするにしても、可愛い女の子がするならまだしも、白髪のおっさんがやっても嬉しくないっちゅよ」

「むぅ、つれないのぉ」

「そりゃそうっちゅ。おっさんの長話とか、聞く気にならないっちゅ」

 

 今この場に居るのは、大臣が七賢人であると言う事を知っている者だけであった。ネズミ君も大臣も、形式的な挨拶もせず軽口を言い合う。それを横から眺めていた。

 

「態々長話をするために呼んだ訳でも無いからのう。それはさておき、隣の若いのが噂の奴か?」

「そうっちゅ。女神と似た力を持つ、四条のアニキっちゅ」

「どうも。四条優一です。一応、紅き魂と言う存在で、別名ブレイク・ザ・ハードとも名乗っています」

 

 ネズミ君との会話もそこそこに大臣がこちらを見据えた。ネズミ君が補足してくれた後、名乗る。紅き魂。嘗て異界の魂だった僕が、マジックとクロワールによって新たに与えられた物だった。こうして名乗ってみると、確かにこの前クロワールが言っていたように、沢山の肩書を持っている。別に欲しかったわけでは無いけど、何か感慨深い。

 

「成程の。普段は本名を名乗り、有事には力を用いもう一つの名を名乗る訳か」

「そうですね。七賢人の部下。ブレイク・ザ・ハードと言ったところでしょうか」

 

 大臣の言葉に頷く。思えば前の次元でも似たような使い方をしていた。犯罪組織のブレイク・ザ・ハード。女神の敵としての名だった。

 

「っと、忘れておった。儂の名は……まぁどうせ偽名だからいいか。とりあえず儂の事は大臣とでも呼んでくれ」

 

 大臣が名乗ろうとしたところで、言葉を切った。表向きはルウィーの国民であるから、名前はある筈なのだが偽名のようだ。名前を知らないと若干不便であるけど、まだ大臣と呼べる分絶対に知らないといけないと言う訳でも無い。どうせ偽名なのだから、呼ばれなくても問題ないと言う事だろうか。大臣の言葉に小さく頷く。

 

「紅き魂、か。その力、儂は実際に見た事が無い。どの程度の物なのか」

「凄まじく強いっちゅよ」

「女神を三人相手取れると言う時点で、それは知っておる。お主が呼び出される少し前に、ネズミとマジェコンヌがやられていたところを鑑みるに、少なくとも七賢人の肉体派よりも上か」

「ぢゅ。あんまり思い出したくないっちゅ」

 

 マジェコンヌによって呼び出された時に、女神と戦っていた。その時の事を言っているのだろう。ネズミ君は虹の女神の事を思い出したのか、少し顔を顰める。完全にトラウマになって居る。

 

「とは言え、実際に用いるにはどの程度できるのかは知っておきたいかのう」

「それはそうでしょうね」

「うむ。実際この目で見たいところじゃが、流石にそれは無理か」

「いや、良いですよ」

 

 大臣の言葉に小さく笑みを浮かべる。自身を構築するシェア。身に纏うように展開した。

 

「暴れる訳にはいきませんが、こんな感じです」

「ほぅ……。変身、か」

「そんなところですよ」

 

 紅を纏い、大鎌を取り出す。その状態で一瞬大臣と見つめ合い、即座に変身を解いた。ほんの僅かな時間。辺りに展開されていたシェアは霧散していた。

 

「お主は変身しても、それほど変わらなんのか?」

「変わる、と言うと?」

「性格じゃよ、性格。ルウィーの女神は、一度変身すると切れやすくて敵わんわい」

「ああ。成程。プラネテューヌの女神みたいなものか……。そう言う意味なら、ほとんど変化は無いと思いますよ」

 

 女神の中には変身すると性格がガラッと変わる者も居る。以前戦ったアイリスハートがそうだった。ノワールやユニ君も少しばかり好戦的になって居た。僕の場合はそう言う事はあまりないけど、女神によってはあるのだろう。

 

「アニキはあった時から落ち着いていたっちゅね」

「まぁ、元々そんな性質だからね」

 

 元々それ程好戦的でもない。だからと言う訳でも無いけど、僕にはそれほど変化は無かった。

 

「成程のう。女神と同じように変身する事が出来、自制も効く。それに加えうちの戦闘担当は、ドイツもコイツも使い辛い。それに比べれば遥かに扱いやすいと来た。成程、掘り出し物じゃわい」

「それはどうも。随分と評価してもらって、有りがたいですよ」

 

 七賢人の戦闘担当と言えば、真っ先に思いつくのがマジェコンヌである。確かにあの人は、扱い辛いかもしれない。お世辞にも協調性って言うのはなさそうだし。

 

「実際の力はおいおい見極めるとして、暫くは表の仕事を手伝って貰いたい」

「列車の路線建設地の確保でしたっけ?」

「うむ。プロジェクト自体はかなり進んでおるのだが、一部魔物が居座っている所為で、進められていない土地がある。其処に赴き討伐をお願いしたい」

「解りました」

 

 ルウィーに来る際、ネズミ君に聞いていた話だった。新型の鉄道を走らせるとか。裏の裏まで読んだらアレだけど、その計画自体は手伝うべきモノであると思う。素直に頷く。

 

「うむ。詳しい事は後日連絡するから、よろしく頼むぞ。ところでお主等、この後時間はあるか?」

「ありますよ」

「問題ないっちゅよ」

 

 承諾したところで、大臣は一度話を終わらせた後、そう切り出した。僕もネズミ君も、特段急いでなすべき事は無い。隠さず答える。

 

「ルウィーの女神メモリーの確認を頼みたい。今日は儂の担当なのだが、ちっと手が離せなくての」

「ああ、雑用の方か」

「そう言う事じゃ、住処やら何やら手配してやったんじゃ、これぐらいは頼みたい」

「まぁ、アニキも見に行っておくのも良いっちゅからね。受けるといいっちゅ」

 

 ネズミ君の言葉に頷く。どうせこれから暫くルウィーで厄介になる。なら、早くから場所を知っておいても良いだろう。元々そう言う約束でもある。断る理由の方が無かった。

 

「そうだ大臣。あの子たちの散歩も兼ねて言ってくるっちゅ」

「む、確かに最近は仕事が忙しくて遊びに行かせてもやれなかったしのぅ……。なら、ついでに頼むわい」

「あの子たち?」

「大臣が養っている、子供たちっちゅよ」

「成程」

 

 大臣の養っている子供たち。女神メモリーを使われ、女神になれなかった子供たちの事だった。流石に今は突っ込んだことを大臣に直接聞ける状態では無い。何も言わず、ネズミ君の言葉に頷く。

 

「では悪いが頼んだぞ。場所は何時ものところだからな」

「了解っちゅ!」

「では、失礼します」

 

 大臣の言葉に、ネズミ君は大きく頷く。これから行く場所についてネズミ君は詳しく知っているようだ。そんな言葉を聞き、一礼して部屋を後にする。こうしてルウィーの七賢人との対面は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 大臣との面会を終え、ネズミ君と共に彼らの言ういつもの場所に向かっていた。都市部を抜け去り、郊外に位置する自然が増え始めている通りを抜け、紅葉が鮮やかに広がる地域に差し掛かっていた。辺りに民家はあまり無く、偶に点在しているぐらいである。自然の美しさを楽しみながら歩いていくと、一際大きな建物を見つけた。目的の場所だろうか。

 

「ちゅちゅ。ちょっと待ってて欲しいっちゅ!」

 

 そう言い、ネズミ君が建物に入っていく。その後ろ姿を見送り、戻って来るのを待っていた。やがて、ネズミ君の声が聞こえてきた。何やら、ぞろぞろと気配みたいなものを感じる。戻ってきたネズミ君たちを見て、少しだけ驚いた。だって、思ってた以上に数が居たから。

 

「きゅいきゅい」

「きゅきゅ」

「きゅいい」

「きゅきゅいい」

 

 ネズミ君が引き連れてきたのは、あまり見た事が無い魔物たちだった。しいて言うなら甲殻類だろうか。異界の魂として得た知識の中に、ひよこ虫と言うのが居るが、少し違って見える。直感した。この子たちが、ネズミ君の言っていた子供たちでは無いだろうか。

 

「お待たせっちゅ!」

「ああ、お帰り。この子たちはひょっとして……」

「まぁ、解るっちゅよね。女神になれなかった子供たちっちゅ」

 

 ネズミ君の言葉を聞きながら、その姿をゆっくりと見つめる。何処か、人に受け入れがたい風貌をしている魔物だった。女神の存在は、シェアによって維持される。つまり、願いに生かされると言う事だ。そして、目の前にいる子供たちは、女神になれなかった子供たち。女神が願いに認められた存在だと言うのならば、彼女たちは願いに拒絶された存在とでも言うのだろうか。何故か、その姿が酷く悲しく感じられた。一人一人見詰めた。

 

「きゅい」

 

 不意に、一人の子供と目が合った。強く、此方を見詰めている。何を言っているのかは解らなかった。傍に歩み寄る。

 

「アニキ?」

 

 ネズミ君が不思議そうに声を掛けてくる。構わず、手を伸ばした。

 

「きゅい」

 

 一声、子供が鳴いた。ばちり、っと強い力を感じた。直後に喪失感。えっと思った。魂が騒めいた。そんな奇妙な感覚が全身を包んでいた。発光。気付けば、子供が淡い光に包まれている。見た事がある光だった。気付けば、自身も光を纏っている。変身。自分の意思とは関係なく、紅を纏っていた。

 

「戻れた……の?」

 

 目の前で、呆然と少女が零した。雪のように白き髪を、二つに結った女の子。マジェコンヌの様に紅く染まった瞳を、大きく見開いている。似ている。何故か、そう思った。

 

「ちゅちゅ!? あ、アニキ何かしたっちゅか!?」

「いや、解らない……。この子に触れたら……、元に戻った」

 

 自身の両手を見詰め呆然としている少女を、此方もそれと同等の驚きで見つめていた。何かしようとしたわけでは無い。ただ、妙に気になる子供がいた。魔物の姿をしているが、子供だった。何かに引き寄せられるかのように触れてみた。それだけだった。

 

「とりあえず落ち着こう」

 

 一度深呼吸を吐いた。気付けばほかの子供たちもこちらを見詰めている。困惑と期待、だろうか。何が起こったのか解らないと言う不安と、自分たちも元に戻れるかもしれないと言う期待だった。僕にも何が起こったのかは解らない。だけど、他の子たちに同じ事が出来るとも思えなかった。兎も角、一度周りの事は置いておき、正面に居る女の子に声を掛けた。

 

「君の名前は何て言うのかな……?」

「……」

 

 僕の質問に対し、少女は此方を見詰めて来るだけで返答は無かった。雪のように白い髪。触れれば折れてしまいそうな華奢な体。そして、血の様に紅い瞳を持った小さな女の子だった。多分、ユニ君よりも年下だろうか。年齢は解らないけど、そんな印象を持つ。

 

「ちゅ。聞かれてるんだから、答えるっちゅ」

「いや、ゆっくりで良いよ。ゆっくり落ち着いてから答えて欲しいな」

 

 痺れを切らしのか、ネズミ君が声を上げた。それを手で制し、女の子と目線を合わせ、できる限りゆっくり告げた。ネズミ君もこの子も、そして僕も混乱していた。落ち着けと、自分も含めて言い聞かせる。

 

「私の名前」

「うん。名前は?」

 

 やがて、ゆっくりと絞り出すような小さな声が耳に届いた。

 

「マジックって言うの……」

 

 それは、予想だにしない名前だった。

 

 

 

 

 

「そっか。君は両親を失って、一人だったところをあの姿に変えられちゃったわけなんだ」

「うん」

 

 マジックの話をひとしきり聞き、そう纏めた。親を失った。ありふれた不幸だった。特別と言う訳では無いけど、実際に合ったら辛いとしか言えない出来事。両親が死に、天涯孤独となったところで攫われたと言う事だった。不幸に不幸が重なった結果が、目の前に居る女の子だった。マジック。その名を聞くたびに魂が騒めく。多分この子は……。

 

「お兄ちゃんは、めがみ様なの?」

「いや、違うよ」

 

 一つの可能性に至ったところで、マジックが小首を傾げて聞いて来た。それに違うと答える。確かに先程僕は女神の用いるプロセッサユニットを展開していたけど、似て非なるものだった。少なくとも女神では無い。いろいろ理由はあるけど、とりあえず僕は男だし。

 

「紅き魂って言うんだけど」

「何それ?」

「まぁ、女神様みたいに強い男の子だと思ってくれたらいいよ」

「うん」

 

 マジックは、小さな子供だった。詳しい事を説明しようとして、やめる。まだ難しいだろうし、この子にとってそれほど重要な事でもないからだ。

 

「落ち着いたっちゅ?」

「ああ。お陰様で一息つけたかな。マジックも少しずつ話してくれるようになってきた」

 

 ねぎらいを掛けてきたネズミ君に、軽く手を上げ応える。マジックを元の姿に戻せたため、他の子供たちにも触れてみたが、効果はなかった。その為、ネズミ君には他の子たちを任せていた。元に戻ったマジックは兎も角、他の子の声は聞こえないから。

 

「ちゅちゅ。一応大臣には連絡したっちゅけど、つながらなかったっちゅ」

「まぁ、多忙だしね」

「とりあえず、このまま当初の予定どおりで良いっちゅか?」

「そうだね。女神メモリーの確認に行こうか」

 

 連絡が付かないならば仕方が無い。とりあえず、当初の予定をそのまま実行する事にする。幸い、マジックが元の姿に戻れただけだった。動く事には支障が無い。

 

「ゆっくりさせてあげたいけど、少しだけ一緒に来てもらっても良いかな?」

「うん。何処か行くの?」

「最初に言っていた通り、散歩に行くっちゅよ」

 

 そうなの?っと目で聞いて来たマジックに頷く。元々そう言う予定だと知っていた。特に反対する気はなさそうだ。

 

「お兄ちゃんも来る?」

「行くよ」

「なら、行く」

 

 こちらを窺うような視線に、僕も一緒だと答えた。それで安心したのか、マジックは小さくはにかむ。多分この子は神次元のマジックだと思う。僕の中にある紅の女神の魂が、それを告げているから。だけど、何と言うか、イメージが違った。

 

「手、繋いでも良い?」

「ああ、構わないよ」

 

 おずおずと伸ばされた手、そっと握る。それだけなのだが、マジックは酷く嬉しそうだ。

 

「行こっか」

「うん」

 

 手を握ったマジックを促す。目的地に向けて歩き始めた。それを見たネズミ君や他の子供たちも移動し始める。直ぐにネズミ君が先頭を行、先導をはじめてくれた。それを、マジックの歩幅に合わせゆっくりと付いて行く。風が頬を凪いだ。目を僅かに細める。ルウィーの紅葉が美しく舞った。

 

「きれい」

「そうだね」

 

 マジックの呟きに同意する。手には暖かな温もりを感じた。歩を進める。不意に、大きな風を感じた。直後に、声。聞き間違える筈が無い懐かしい声。思わず空を見据える。視界の先にあったのは、黒と白だった。

 

「なんで落ちてるのよおおおおおおおおお!!」

「は?」

 

 思わず間の抜けた声が出た。いや、だって、予想だにしていなかったから。一日のうち、予想できない事が二回も起こっていた。幾ら面倒事に慣れていたとはいえ、許容量を超えていた。

 

「そうだ……あ、アクセス!! って、変身もできないいいいい!! なんでよ!! あ……やばっ、だ、誰か助けてえええええええ!!」

「ごめんね、マジック」

「あ……」

 

 反射的にマジックの手を離し、紅を展開した。考えるよりも先に、身体が動いたから。マジックの驚いたような声が耳に届いた時、空を駆っていた。

 ――エクス・コマンド

 ――ファイン・コマンド

 自身に二つの魔法を施し加速する。地に向かい墜ちる少女。一瞬で追いついていた。

 

「あぅぅ!?」

「っと」

 

 手を伸ばし抱き留める。両の手に、懐かしい重さを感じた。あの子では無い。そんな事は解っていた。だけど、動いていた。そのままでき得る限り重力に逆らわない様に飛行し、勢いを逃がす為弧を描く。やがて、勢いを緩め着地しようかと思った時、抱き留めた少女と目が合った。それは見た事のある瞳。だけど、僕の知る女の子のものでは無い。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ……」

 

 そのはずなのに、僕が聞いた時返答は無くただ涙が零れ落ちていた。そして、

 

「ユウ……」

「え……?」

 

 有り得ない言葉を聞いた気がした。

 




神次元マジック爆誕&ユニちゃん参戦。ユニ関連、何で出て来たのか諸々は次回になります。


本編一切関係ないですが、ネプVⅡやってて、もし異界の魂にケーシャを出したらどう足掻いても修羅場な気が。

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