異界の魂   作:副隊長

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9話 その身は

 窓から見える景色。夕焼けのように綺麗な紅だった。紅葉。虹の女神と紫の女神が治めるプラネテューヌと、白の女神が治める国ルウィー。その境界線といえる街にもうすぐ入るといった具合だろうか。プラネテューヌの首都から随分と離れたところまで来ている。ネズミ君が以前言っていた、ルウィーの重鎮になって居ると言う仲間を訪ねるため、国境のある町まで移動中だった。緑が比較的少ない首都とは違いこの辺りは随分と緑が多いようで、どこかのびのびとした印象を受ける。現状が電車に揺られているという事もあいまり、ぼんやりと景色を眺め楽しんでいた。

 

「紅葉か。綺麗だなぁ」

「そうっちゅね。だけど、ルウィーに入ればもっともっと綺麗っちゅよ」

「へぇ……、そうなんだ。それは楽しみだなぁ」

 

 ちらほらと増え始めている紅葉に思わず呟く。そんな僕の言葉にネズミ君が頷いた。ここに来るまでの間にルウィーについていろいろと聞いていた。どうやら僕のいた次元のルウィーとは違い緑が豊かで、季節で言うならば秋といった感じの地域らしい。自分の知るルウィーは雪国というイメージがあるので少しばかり驚いたけど、増え始めている紅をみるとこれはこれで合っているように思えてくる。

 

「紅、か……」

 

 紅葉の紅色を見ていると不意に思い出す事があった。それは、もう会う事はないだろう二人。最後の時まで共に戦場に立った仲間たち。犯罪組織の二人だった。ブレイブ。そしてマジック。僕にとって、敵であり、恩人ともいえる二人を、紅色を見てしまうとどうしても思い出してしまう。思い出すと悲しくもあり、少し苦しくもあるけど、何より懐かしく思ってしまった。あの二人がいたから今の僕はある。月並みだけど、そんなことを考えてしまう。

 

「どうかしたっちゅか、アニキ」

「いや、少し昔を思い出しただけだよ。紅には色んな思い出があるからね」

「そうっちゅか」

 

 心配そうに聞いてくるネズミ君に、小さく笑みを浮かべながら問題ないと答える。寂しくないとは言わない。だけど、あまり深く沈みすぎる事もない。何より、ブレイブにはユニ君を頼み、マジックは僕の傍にいてくれている。姿形は見えないけど、二人の居場所は知っていた。だから、それほど沈み込むことはなかった。

 

「そういえば、アニキはプラネテューヌで女神に会ったって言ってたっちゅね」

「ああ、そうだよ。虹の女神アイリスハート。その変身前の女の子に会ったよ。名前はプルルートって言ったかな」

「ちゅちゅ。よりにもよって、あの女神なんっちゅね」

「ああ、そうだよ」

 

 僕のことを気にしてか、ネズミくんが露骨に話を変える。それは、数日前にあったギルドでの出来事。なんの因果か女神と共闘することになった時の話。以前にも話してはいたが、あまり詳しくは話していなかったので、ネズミくんが詳しく聞いてくる。変身さえしなければ、プルルートさん自体はほんわかした可愛らしい女の子なのだけど、如何せん変身時の女王様のイメージが強烈過ぎるのか、若干怯えているのが分かった。

 

「まぁ、フェンリルヴォルフを討伐しただけだよ。そんなに難しい依頼でも無かったかなぁ」

「……幾ら女神が一緒とは言え、普通危険種の討伐を二人で行ったりしないっちゅ」

「そんなものかな?」

「そんなもんっちゅ」

 

 呆れたように零すネズミ君に、苦笑する。そう言えば以前倒したシーハンターも、防衛隊なら10人程度は欲しいと言っていた。そう考えると、確かに普通では無いかもしれない。

 

「虹の女神。プルルートさんも、変身しちゃうとアレだけど、変身していなければ普通の女の子だったよ。ほんわかした感じの優しい女の子。ちょっと怠け癖と言うか甘え癖と言うか、堪え性は無い方かもしれないけど、極端に変わった子では無かったかな」

「アニキが言うならそうなのかもしれないっちゅけど、やっぱりあの姿を知っているとイマイチ想像できないっちゅ」

「まぁ、それは確かにね。それに僕が見たのも表面だけだから、深くは解らないかなぁ」

 

 僕の感想を聞いて、微妙そうにしているネズミ君に苦笑が浮かぶ。今言ったのは実際に僕が見た感想だけど、ネズミ君の気持ちも理解はできるから。だって、初見が女王様(アレ)だったし。凄い良い表情でこの次元のノワールを投げ飛ばしてきたのを思い出す。思わず受け止めてしまったけど、あの時は色んな意味で良い表情をしていた。活き活きしていると言うか輝いていると言うか、凄く良い感じだった。行動自体はとても褒められたものでは無いのだが。

 

「まぁ、何にせよあの子も女神なんだよね。僕にとって当面の敵……とは少し違うけど、まぁ、競争相手、かな」

 

 初対面でありながら、何故か僕の事を信用してくれていた女神様だった。それを嬉しく思う反面、少しばかり後ろめたくも思ってしまう。完全に意図していなかったとはいえ、ある意味では騙すような事をしてしまったから。

 

「やっぱり、アニキは女神を敵視できないッちゅか?」

「……そうだね。特別嫌う理由も無いからね。それに、どうしても前の世界での女神達の想いが重なるしね」

「そうっちゅか。まぁ、無理に変わる必要もないっちゅ」

「そう言って貰えると助かるよ。思いはどうあれ、僕にはマジェコンヌが負けない様に立ち回る義務がある。だから、マジェコンヌが七賢人である内は僕も七賢人側だけど、やっぱり切っても切れないモノってのはあるからね」

「生きるって言うのは難しいっちゅからね」

 

 僕は僕のままでいいんじゃないか? と言ってくれたネズミ君に小さく笑みを浮かべる。ネズミ君もまた、僕にとっては仲間の一人だった。世界は変わり、僕の知るネズミ君とは違うのだけど、変わらず良くしてくれる小さな仲間がいてくれることに感謝する。

 

「全くだよ」

 

 ネズミ君がしみじみと言った言葉に頷く。生きていると何があるか解らないし、色々考える事もある。だからこそ難しいし、楽しくもある。そんな結論を付けていると、終点のアナウンスが聞こえてきた。

 

「では、降りようか」

「ここから暫く歩いたら、ルウィーに入れるっちゅ」

 

 ネズミ君に先導を任せ、街に降り立つ。穏やかな風が頬を撫でるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん。つーことは、これから暫くはルウィーを拠点に動くって訳なんだな?」

「ああ、そうだよ」

 

 プラネテューヌとルウィーの国境。ルウィーへの入国を管理している施設に赴き、細かい処理をネズミ君に任せて待っていたところで、僕をこの世界に導いた張本人が現れた。相変わらず、他人の目が離れたところで姿を現す。実のところ、そろそろ来るんじゃないかとは予想していた。ちなみに入国審査の方は、ルウィーの重鎮となった七賢人の一人が色々手を回してくれたようで、知らないうちに身分証などが作られルウィー生まれの人間にされていた。ネズミ君曰く、経歴は完全にでっち上げているけど、身分証としては本物らしい。それだけでは七賢人の一人がどの程度の役職についているのかは見当もつかないけど、そう言う事は平然とできるようだ。若干貰っても良いものかと思わないでもないけど、貰わなければ色々と困るのも確かだった。

 

「で、どーするきだよ?」

「と言うと?」

「ルウィーに行って何をする気なんだって聞いてんだよ」

 

 興味津々と言った様子でクロワールは尋ねてくる。ちなみに、彼女が普段胡坐をかいて座っている本は、例の如く僕が持たされている。当の本人は僕の首辺りに跨り、肩車をする感じになっていた。相変わらず人の頭を引っ張りながら話しかけてくる。以前は痛覚などが無くなっていたから気にしていなかったが、地味に痛い。

 

「まだ自主的な動きは決めてないかな。しばらくはルウィーで大人しくしているよ。幸い犯罪組織と違って、七賢人はまだ活発には動いていないようだからね」

「んだよー。つまんねー」

「まぁ、順当にギルドで何かするか、ルウィーで厄介になる人に何か頼まれるかじゃないかな?」

 

 久々に会ったクロワールの普段通りの反応に苦笑が零れる。つまらないと言われてもどうしようもない。僕にある明確な目的は、マジェコンヌが女神に負けないようにすることであり、此方から仕掛ける事では無い。なら、無理に女神相手に何かをやろうとは思わなかった。クロワールからすれば、停滞期と言ったところだろうか。

 

「ルウィーで、ねぇ。そーいえばユーイチ」

「ん?」

 

 クロワールが不意に名前を呼んだ。僕の首からトンッと飛び降り、此方に向かい合う形で目が合う。何かを思いついたような、愉快そうな笑みを浮かべていた。その様子に、嗚呼っと思い当たる。多分、あんまり良い事では無い。

 

「前の次元の犯罪神ってのはさ、ルウィーで生まれたそーだぜ」

「……それで?」

 

 それは嘗て戦った相手。世界を滅ぼす破壊神の出生。唐突にどうしたのだと思わないでもないけど、黙って促す。

 

「この次元での犯罪神はお前を呼び出したマジェコンヌだが、前の世界程の強さは無い。前の世界のが特別強かったとかいくつか理由あんだけど、それでもこの世界のマジェコンヌはよえー方だよ」

「それにも理由が?」 

「ご明察。この世界のマジェコンヌの力は、本体とは別に四つに分かれてる。意味は解んな?」

 

 つまり、以前の様に力を分けていたと言う事だろう。

 

「この世界にも四天王かそれに準ずる何かが居るってことかな?」

「そーいうことだよ。つっても、自我を持つほど発達してねーのもいるようだが。まー、そのうち出てくんじゃねーの?」

 

 クロワールも完全には解っていないと言う事だろうか。……この子の事だから、あえて言わないと言う可能性もあり得る。どちらにせよ、ジャッジみたいな感じだったら、戦わざる得ないだろう。とりあえずは、そう言う事があるかもしれないとだけ頭の片隅に覚えておく。

 

「……とりあえず、心構えはしとくよ。ところでクロワール、聞きたい事があるんだけど」

 

 会話が途切れたところで、此方から切り出す。小さな友達は、どーしたんだよと目で促していた。

 

「フェンリルヴォルフと戦った時、痛みを感じたんだ。人間であった時ほどでは無いけど、確かに痛みだった。前の世界では人間を超える覚悟をしてからは痛みを感じなくなってたはずだけど、どう言う事かな?」

「あー成程。てことは、生き返ったって事か」

「生き返る?」

 

 僕の問いにおもしれーっと感嘆を吐いたクロワールに詳しく尋ねる。

 

「言ってしまえば、ユーイチが以前の世界で人間の枠を超えたのは、自身が死者であると言う事を肯定した結果だよ。つまり死を自覚した事によって、シェアで構築されていたお前は生物と言う規格から外れたんだ。言うならば、仮初の体を殺したんだよ。けど誓約で死ねない。だから死んだまま動いてたって感じか? はは、今考えれば完全にゾンビだな!」

「事実だけど、その例えは複雑だね」

「っと。話がズレたな。んで、前の世界では死んだけどシェアによって動く事が出来る状態だった。そっから色々あって、救世の為に自身のシェアを奉げ、犯罪神とタイマン張って倒したって訳だな。ここで、異界の魂としてのシジョーユーイチは完結となる。それから、マジェコンヌに呼び出され今いる世界、神次元に呼び出されたのがお前って訳だ。その身はマジェコンヌの魔力とこの世界のシェアで構築されている。新たに作り直したわけだから、身体が生き返ったってとこじゃねーの?」

 

 そう言って、まぁ、こまけーことは良いじゃねーかっとクロワールは笑った。あんまり細かくは無いんだけどなっと、苦笑を零す。だけど、彼女が言うように今僕は此処にいる。それが一番重要な事なのかもしれない。

 

「……アレ? と言う事は、今の僕は以前ほどシェアの力は無い訳かな?」

「そーだな。流石に女神四人分のシェアはねーよ。マジェコンヌの魔力とこの次元に来た際に得たシェアの複合だから厳密に言えばシェアとは比べられねーけど、その力の総量を見れば女神一人分より幾らか上ぐらいかな。まぁ、細かく調べんのメンドイし女神1.5人分ぐらいの認識で良いんじゃね? つっても、それとは別に異界の魂として与えられた力は継承しているからそれ程問題はねーよ。お前の場合、シェアの総量でそれ程出力に変化は無いみてーだし、言ってしまえば変身持続時間が減っただけだな」

「……戦うだけなら十分すぎるね」

「今ですら、充分ラスボス張れるスペックだから心配すんな。つーか、弱体化しても女神+異界の魂か。やっぱりバケモンじゃね?」

「否定はできないけど、その言い方はやめて欲しいなぁ」

 

 死を自覚した時に得た強さ。それはきっと、文字通り化け物だったと思う。けど、やっぱりその響きは好きに離れなかった。

 

「つーか、よくよく考えてみるとお前って……」

「何かな?」

 

 不意に何かに思い当たったのか、クロワールは一度目を閉じた。僕の問いに、まぁちっと待てよと呟き、僅かな時間だが思考の海に沈んでいく。今の話題は自身の体についての異変とシェアについてだった。話しかけてもクロワールも情報を整理しているのか、気のない感じである。僕は僕で彼女の言葉を整理してみる。要点は三つだった。

 

「体の再構築により、再生された感覚」

 

 一つ目は痛みについて。自身の体は、死を自覚したことによって人間の枠を一度外れた。それが、今いる世界に召喚される過程でもう一度体を作り直していた。それによって、蘇ったから感覚を取り戻したということだった。尤も、怪我に対して痛みが鈍すぎるので、完全に回復したと言う訳でもなさそうだ。それでも僕としては喜ぶべきことだろう。

 

「シェアによって構成されている肉体」

 

 二つ目は保持しているシェアについて。以前召喚された際は、女神四人の祈りによって呼び出されたため、女神四人分の祈りの力を持っていた。正確にいえば違うけど、大体その程度のシェアを持っていたことになる。そしてその力は全て、願いと祈りの剣である魂の剣(ソード・オブ・ソウル)に捧げ、剣の力を以て救世を成す事に成功していた。僕を呼び出すために捧げられたシェアは、今は魂の剣を構築する為にあると言う訳だ。その為、僕を構築するシェアは存在せず、新たに体を構築するシェアを得るために、シェアの存在する世界に呼び出されているのが現状だった。マジェコンヌの召喚により呼び出された僕は、彼女の魔力とこの世界のシェアが混同した力によって構築されており、その総量は女神一人分より幾らか多いぐらいに相当する。つまりこの身は以前と同じくシェアで構築(・・・・・・)されていた。

 

「女神ほどの劇的な変化はないけど……、ある程度シェアによって左右される能力」

 

 そして、最後がシェアによる影響。シェアの総量によって変身時の強さにそれ程の変化は無く、持続時間が変わると言う事だった。伸びしろは少ないが、安定した力だと言える。そう言えば、この次元に呼び出される直前クロワールが言っていた言葉を思い出す。この身はシェアと魔力で構築される。そして、ソレが無くなれば消滅してしまうと言う事だった。所々違いはある。だけど、今の僕は確かにシェアによって様々な事が左右される存在だった。それは人間と言うよりは……。

 

「あー、やっぱりそうだ。お前は確かに化け物であり、人外だよ。何でコレに気付かなかったんだ」

「……うん、確かに人外だね。まぁ、人外もそれほど悪いものでは無いかもしれないね」

「そーだな。人外なんて一杯居たしなぁ。あっはっは。ただでさえ異界の魂だったのに、次から次へといろんな肩書がくっついて来るなー」

「欲しかった訳ではないんだけどね」

 

 どうやら僕が至った結論は、クロワールの思い当たった事と同じものだったようだ。先程は気になったクロワールの軽口も、今はあまり気にならなくなっていた。だって、今の僕が何なのかと問われれば、それは。

 

「まー、最早人間と言うよりは、人外。シェアによって生死を左右される事と言い、シェアの供給方法は解んねーけど、女神達みたいに神族っつても良いんじゃねーの?」

「近いだけ、だけどね」

 

 女神たちに近い存在かもしれないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々に更新しました。長らく待たせて申し訳ないです。漸くルウィーに向かいました。
さて、最近発売したネプVⅡプレイ中。いろんな意味で衝撃を受けたりしてます。詳細と異界の魂の小ネタが活動報告にあるので、興味があれば見て貰えると嬉しいです。

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