異界の魂   作:副隊長

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7話 大事な事だから

 蒼き狼の咆哮が響き渡る。同時に、その体躯を存分に生かし地を蹴る鋭い衝撃が駆け抜ける。蒼き狂獣がその牙を剥き出しにし迫り来る。少しばかり離れた場所にいた巨躯が直ぐ傍に迫る。フェンリルヴォルフの咆哮に引き寄せられたのか、林道の獣道から一つ二つと顔を出し始めた。スラ犬やベーダー等、以前に居た世界でもおなじみの魔物が姿を見せ集まってきていた。

 

「わ、わ、いっぱい来たよぉ」

 

 こちらに向かい敵意を剥き出しにして駆けてくる大狼を見詰め、プルルートさんが慌てたように袖を引く。その手をゆっくりと解き、右手に持つ魔剣を握り直し感触を確かめる。以前、他の魔剣を用いた時に感じた嫌な感覚は一切感じない。マジックの魂と僕の魂が混じり合った事で、以前には無かった属性を得ていた。闇の力。この世界で言うのならば、犯罪神と似た属性の力。それを扱う事が出来るようになっているのが解った。

 

「さて、と……。僕が前に出るよ。後ろは頼むね」

「ええ!? ゆーくん、危ないよぉ」

「ああ、問題ないよ。だって、」

 

 心配したように言うプルルートさんを横目に一歩前に出る。空いている左手、既に魔力を収束していた。ゆったりと魔剣を動かし、肩に担ぐようにして構えた。来る。蒼を見据えていた。

 ――マキシマム・チャージ。

 そのまま視線を定めたまま、集めた魔力を解き放つ。それは、限界を超える魔法。異界の魂として与えられた身体能力。それを更に超える魔法。この身に施していた。凄まじい速さで迫っていた蒼、その動きがコマ送りで映されているかのようにはっきりと解った。何を見てどのように仕掛けようとしているのか手に取るように解った。

 

「僕はそこそこ強いからね」

「ほぇ?」

 

 だから、対峙する人間をかみ砕こうと一直線に飛び込んできたフェンリルヴォルフに向け、闇の力を宿した魔剣を叩きつける。瞬間、両の手に斬撃が肉を斬り裂く感触が伝わる。僅かに顔を顰めた。剣を取って戦う事にはいい加減慣れたけど、やはり肉を絶つ感覚は好きになれなかったから。

 

「ぐがあぁぁぁぁ!!」

 

 ――ガンブレイズ

 振り下ろしからの二の太刀。炎の魔力を瞬時に刀身に纏い爆発させる。フェンリルヴォルフの絶叫が響く。構わず振り抜く。嘗て、黒の女神と、ノワールと共に竜を討伐した時に見せて貰った技。それを用いていた。剣の極地。その力は女神を、世界を救うために与えられた物だ。だから女神と戦った時には用いる事は無かった。だけど、今は女神と共に闘い、肩を並べている。なら、出し惜しみする理由は無かった。用いたのは僕だけど、炎を纏った刃は、何故かあの子を思い起こし懐かしい気分に包まれる。

 

「さて、今の僕に何処まで出来るのか。力を借りるよ」

 

 頭部を大きく斬り裂かれた事で怯んだフェンリルヴォルフが、一足飛びで後退する。決して軽くは無い損傷を与えていた。だけど、蒼き狼の瞳からは敵意がさらに増しただけで、闘志が萎えた様子は見られない。寧ろ、半端に痛めつけた所為か、怒り狂っているのかもしれない。後退して尚、僕を鋭く見据えている。狙いを定めた、と言う事だろうか。

 とはいえ、それは此方にとっても都合が良い事だった。手にした魔剣を地に突き刺し、左手に二種の力を収束した。闇の力と雷の力、二種の魔力を合成していた。右手に持つ魔剣で闇の力を制御しつつ、左手で雷の力を制する。そしてその二つを掛け合わせ、一つの力を完成させる。

 突き出した左手から、幾重にも魔方陣が展開された。それは黒き竜の力。雷を操る闇の竜の力だった。

 聞こえるはずの無い言葉を紅の女神に一言だけ呟き、力を解き放つ。闇の力を使えるのは間違いなく彼女のおかげだったから。だから言っていた。

 

 ――魔神招(まじんしょう)黒雷(くろいかづち)

 

 紫電では無く漆黒の雷。黒き閃光が、後退したフェンリルヴォルフや集まってきていた魔物たちを薙ぎ払う。着弾の衝撃が響き渡り、砂塵が辺りを覆い尽くした。

 

「ふぁぁ! ゆー君すごぉーい!!」

 

 傍で呆けたように見ていた女神さまが、興奮したように声を荒げた。

 

「何せ、世界を救えるからね」

 

 そんな女神さまの様子がおかしくて、少し吹き出しながら、地に突き刺した魔剣を引き抜く。そのまま正面に構え、そこからゆっくりと刃を下段に寝かせる。まだ終わりじゃないというのは、感覚で分かったから。穏やかな風が頬を撫でた。

 

「ぐるぁぁ!!」

「っと」

 

 空気が震えた。刃で空間を撫でるように跳躍する。砂煙により姿は見えなくとも、強化された五感がフェンリルヴォルフは未だに戦意を無くしていないことを感じ取っていたから。同時に、蒼き影が飛び出してくる。交錯。魔剣の刃がフェンリルヴォルフの片目を寸分の狂いなく切り裂いた。

 

「――!!」

 

 着地。絶叫。蒼き巨躯の上に着地すると同時に、狂獣の悲鳴が上がる。一言つぶやき、暴れるフェンリルヴォルフから振り落とされないうちに魔剣を背に突き刺す。

 

「ごめんね。これで終わりだよ」

 

 一際大きな咆哮、断末魔が上がる。びくり、っと巨体が震え、ゆっくりと地に伏せる。それで、フェンリルヴォルフは終わりだった。

 

「やったのぉ?」

「ああ、終わったよ。とはいえ、まだ帰れそうにはないけどね」

 

 剣を引き抜き、フェンリルヴォルフから飛び降り答えた。二、三度魔剣を振り、感覚を確かめる。体は思い通りに動き、魔力も十全に用いる事ができていた。時間にすれば決して長い時間ではなかったけど、実際に戦ってみて以前と同じように戦えることを実感できた。前の世界に召喚された際与えられた力は、異界の魂から紅き魂に変わっても活用できるようだ。右手に持つ魔剣、手首の動きだけでくるりと回す。そのまま構えなおした。プルルートさんに言ったように、まだ終わったわけではないから。フェンリルヴォルフの咆哮に誘われて集まってきていた魔物たちがまだ残っている。

 

「あぅ~。あたしぃ、何にもしてないけど倒しちゃった。ゆー君は強いんだね」

「まぁ、女神さまと一緒にいても恥ずかしくない程度には、ね」

「全然恥ずかしくないよ。ふぁーって驚いてるうちに終わっちゃった」

「あはは」

 

 身振り手振りで驚きを示してくれる女神様。ここまで持ち上げられた事は無かったため、苦笑いが浮かぶ。ばつが悪くて、少し視線を逸らした。

 

「ゆー君は、もっと胸を張っても……わわ、あぶないよぉ!」

 

 いきなり声を荒げたプルルートさんの言葉が届くより早く振り向く。地を引き摺る音が聞こえていたから。反射的に右手を上げ刃を寝かせる。左手、瞬時に形を手繰り寄せる。倒したはずの蒼、死んだ振りをしていたのか、満身創痍でありながら敵意の籠った眼で睨みつけ、最後の力を振り絞り立ち上がっていた。牙が迫る。

 

「……少しばかり油断した、かな」

 

 がんっとした音が辺りに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでネプギア、お姉ちゃんがその秘書官を使うようになって確かに仕事の効率は上がったんだけど……」

「あれ、どうかしたのユニちゃん?」

「へぇー、ユニちゃんとこ、新しい人が増えたんだ!」

「ふわぁ、どんな人?(わくわく)」

 

 超次元ゲイムギョウ界にあるプラネテューヌの教会。ネプテューヌが別次元に飛ばされてしまってから少ししたころ、女神候補生はネプギアの部屋に集まっていた。何か特別なことが起こったというわけではない、単純に友達同士集まって和気あいあいとしていた。そして各々の近況を語り合い、興味があることについて詳しく語っていたというわけである。特にラステイションには期待の新人である秘書官が現れていた。その話にほかの女神候補生たちが食いついたと言うところであった。

 

「うーん。なんて言えばいいのかな。アタシにもうまく言えないんだけど……、なんかあの人とお姉ちゃんが一緒にいると、もやもやするのよ。良い人だし、仕事を覚えるのも早い方なんだけど……」

「もやもやするんだ?」

「うん。なんでか、ね」

 

 確認するように尋ねて来るのネプギアに、ユニは小さく頷く。何故自身がそのような感情を抱くのかある程度見当はついているのだけど、本当にそれが正しいのか自分でも断言できない為、その表情はどこか頼りない。困ったように笑うユニを見詰め、ネプギアはロムとラムにそっと目配せをする。

 実のところネプギアはずっと以前よりユニの様子がおかしい事には気付いていた。可笑しいと言うよりは、余裕が無い、と言う方が正しいが。理由の見当もついている。かつて行われた救世と別れ。それが深く関係しているのだろうと、ネプギアは考える。ネプギアの友達であり親友と言っても差支えの無いユニの事である。良く解っていたのだ。

 かつての戦いの時、異界の魂である四条優一に出会い、友達になり、心の支えの一つとしていた。仲の良い兄妹の様な関係だと思っていた。実際、ユニの姉であるノワールが助け出されるまでの短い間であったが、ネプギアよりも四条優一とユニの方が近い位置に居た。それは間違いないだろう。それがネプギアには微笑ましく思えて、同時に少しだけ寂しくもある。ユニの中での優先順位がなんとなく想像できるから。嫉妬とまではいかないまでも、そう考えると少しだけネプギアには羨ましく思えた。私だってユニちゃんの友達なのにな、っと思う反面、今のユニは危なっかしくて見ていられないとも。友達として、何とかしてあげたいと思ってしまう。

 当時は気にならなかったが、今ネプギアが思い起こしてみれば、それだけ大切な存在だったのだと容易に思い当たった。異界の魂は、ユニにとって友達であると同時に憧れでもあったから。そして憧れであり、きっと……。そうで無ければ、いくら友達だったとはいえ、ユニの中にある異界の魂への想いが大きすぎるから。犯罪神を退けたあの日から、ずっと無理をしている様にしか見えないユニを見ていると、本人から直接聞いたわけでは無いのだが、そうなのだろうと見当がついてしまっていた。

 

「ねぇ、ユニちゃん。もしお付き合いするならどんな男の人が良い?」

「そうね、アタシならやっぱり……って、はぁ!? ア、アンタいきなり何言ってんのよ!?」

 

 だけど、ネプギアにはユニがその想いを自覚しているようには見えなかった。自分の中にある大事なものが見えていないから、どこか空回りしている。ずっとユニの親友として彼女を見て来たネプギアが至ったのは、そう言う結論だった。そして今回ユニが零したノワールの秘書官に感じる違和感は、少し強引だが話を展開する切り口として最適だった。

 そんな思惑から、何の脈絡も無く出された問いにユニはすんなり答えようとして、質問の意図に気付き一気に頬が染まった。強気で意地っ張りだけど、とっても恥ずかしがりやな親友らしい反応に、ネプギアは少し頬が緩む。

 

「あー!! ネプギアとユニちゃんが恋バナしてる!」

「私とラムちゃんも混ぜて(どきどき)」

「ちょ、なんでアンタ達もそんな目を輝かせてんのよ! てか、恋バナなんてしてないわよー!!」

 

 ネプギアの目配せに気付いたルウィーの女神候補生姉妹も露骨に話に食いつく。実を言うとこの二人はネプギアに相談され、ユニの事については筒抜けだったりする。その為、こう言う話にネプギアが持って行ったとき、ユニが逃げられない様にする役目を予め買って出ていたと言う訳だ。巧妙に隠しているつもりの筈が、友達全員に察せられている辺り不器用である。

 

「えー、うっそだぁ! ユニちゃん顔まっかっかだし、セットクリョクないー」

「ユニちゃんてれてる?(にこにこ)」

「て、照れてないわよ!」

 

 真っ赤になりながらロムとラムに言い返すあたり、全然隠せてないなっと思いつつネプギアも参戦する。

 

「私たちだって今まで頑張ってきたんだし、そう言う事を考えても良いんじゃないかな? って言うか、考えていかないとお姉ちゃんたちみたいに後で苦労する事になるかも……」

 

 そこまで言い、ネプギアは姉たちを思い起こす。なんだかんだいって和気藹々としていて仲は良いのだが、四人の女神にはまるでと言って良い程男っ気と言うのが見られない。最近になってノワールに秘書官が出来たことぐらいだろうか。はっきり言ってしまうと、行き遅れるのではないかとネプギアは若干心配していないでもない。信仰と言う観点から見れば、独り身の方が色々と都合が良いのだとは思うけど、そこは彼女たちとて女の子である。その手の女の子らしい願望が無い訳では無い。むしろ、女神であるからこそ、そう言う事に憧れている節がある。とはいえ、女神であるからこそ、そう言う相手を見つけるのが難しいと言うのもあるが。

 

「うぅ……。じゃ、じゃあ、アンタはどういう人ならいいのよ?」

「えー、そうだね……」

 

 意外と真剣な返しに怯んだユニは、苦し紛れに矛先をネプギアに向ける。それは、ネプギアにとって最も言って欲しい返しであった。恥ずかしいからそんな事言えるわけがない。そんな初心な女の子らしいユニの内心を見透かしていたネプギアは、内心でにっこりと笑う。かかった、と。

 

「私だったらユニちゃんも知っている人で……、四条さんとかだったら良いかなぁ」

「な、なな、何でアイツなのよ」

 

 ネプギアが落ち着いた感じで答えると、ユニが耳まで真っ赤にさせながら声にならない声を上げた。その様子に、ああやっぱりっと確信してしまった。だけど、まだ駄目だよ。もっとユニちゃんは追い詰めなきゃだめ。そう自分に言い聞かせ、ネプギアはさらに続ける。

 

「だって、私もあの人が世界を護ってくれたのを知ってるよ。私たちより、ううん、女神よりもずっと弱いのに、辛かったはずなのに、それでも全力で守ってくれたよ。一緒に居れた時間こそ短かったけど、女神を、世界を大切に思ってくれてたもん。それだけでも、充分良い人だと思うな。ユニちゃんはどうなの?」

「あ、アタシは……」

 

 ネプギアは自分の正直な気持ちをユニに伝えていた。敵対した事もあったけど、それは自分たちを護るためにしてくれた事だった。全てを捨ててまで自分たちを護ってくれた異界の魂の事を好きか嫌いかで言えば、ネプギアは好きと答えるだろう。尤もその好きと言うのがそのまま恋愛感情なのかと問われれば、勿論違うが。物は言いようであった。

 

「えー! ネプギア趣味わるーい」

「私も……、あの人ちょっと怖い(びくびく)」

 

 其処に意を挟むのがラムとロム。二人は異界の魂と闘いの場以外出会った事は無い。だから、意を挟むのはうってつけであった。その為、ユニを煽るようにネプギアに反論する。実際のところラムは本気で良い感情を抱いていないようだが、ロムはそこまで異界の魂を嫌っている訳でも無かったりする。

 

「っ、趣味悪いってなんでよ?」

「だって、あの人お姉ちゃんやロムちゃんを傷付けたもん!」

「紫の魔剣、すっごく怖かった。皆、死んじゃうかもって思った(じわ)」

 

 ラムは仕方が無かったとはいえ、自分たちを傷付けた異界の魂を完全に許せるほど大人になれなかった。だけど、事情を知った今、本気で嫌えた訳でも無い。

 ロムは、異界の魂、と言うよりは魔剣に本能的な恐怖を感じていた。だけど、戦っている最中に、一度も殺意の様なものを向けられていない事に全てが終わってしばらくしてから気付いた。だからか、それ程嫌ってはいなかった。ただ、不思議な人と言う印象が強い。

 

「確かにそうだけど……っ、アイツはアタシたちを護ってくれたの。皆を、この世界を、全部捨ててまで護ってくれた! だから……、悪く言わないで……。お願いだから……」

「あ、う……悪かったわよ」

「ごめんなさい(しゅん)」

 

 そんな二人の言葉に、悲し気にユニは言い返す。自分の友達に、自分の大事な人を非難された。もしかして初めてかも知れないその事が、予想以上にユニには堪えた。辛くて、苦しくて、何より自分の大事な人が悪く言われたのが悲しくて、瞳に薄らと光るものが浮かんだ。そんなユニの様子を見せつけられた二人の候補生は慌てて謝る。まさか泣くとは思わなかったから。だけど、それだけ大事なんだと思うと、やっぱりなんとかしてあげたいと思ってしまう。

 

「ユニちゃん、ユニちゃんは四条さんの事嫌い?」

「嫌いな訳……無いでしょ」

 

 二度目のネプギアの問に、ユニは涙を拭いながら答える。その答えを聞き、ネプギアは嬉しそうに頷く。そして、続けてもう一度問う。

 

「じゃあ、好き?」

「っ、それは……」

 

 三度目の問い。意味を理解したユニは、しばらく考え込み、耳まで紅く火照らせる。言葉にならない言葉を何度も出しては飲み込む。あの、その、っと何度も小さく呻く。だけど、ネプギアはただにこにこと見つめているだけで、無言で答えを促すだけだった。

 

「ア、アタシは……、その……」

「うん」

 

 そして観念したかのようにユニは両手で自分の肩を抱き恥ずかしそうにして、絞り出すようにして答えた

 

「好き、かも。っあぅぅ……」

 

 ユニの返答を聞いたネプギアは、今日一番の笑みを浮かべた。

 

 




ユニの好感度をリリイランク的に表すと、6ぐらいのイメージ
そのうちユニのターンが



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