異界の魂   作:副隊長

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2話 呼び出された力

 迫り来る蛇腹剣を見据えた。同時に紅き翼を広げる。全身を守るように展開されているプロセッサユニットに、瞬間的に力が満ちるのが解った。両の手で持つ大鎌、強く握りしめる。使い方は手に取るようにわかった。僕に宿る紅き女神の魂が、その記憶を以て示してくれている。だから、どう戦えばいいのかと迷う事は無い。

 

「まずは、これでどうかしらぁ?」

 

 帯電する刀身が弧を描き飛来する。それを、両の足に軽く力を入れ女神に向けて踏み込む事でやり過ごしながら距離を詰める。虹の女神の試すような声を聴きつつ、前を見据えた。僕の行く手を阻むように、二つの影が迫り来る。

 

「行くわよ、ネプテューヌ!」

「ええ、合わせるわ、ノワール!」

 

 黒と紫の女神。その手にするシェアで構築された剣。ソレを以て、僕を挟撃する形で踏み込んできていた。黒と紫の軌跡が迫る。黒が風を切り、紫が音を切る。交錯する黒と紫。視界に収めたまま、大鎌を握る。

 

「速いけど……、遅いね」

 

 二つの弧を描く斬撃。それがどのような軌跡を描くのか、手に取るようにわかる。黒の女神の斬撃も、紫の女神の斬撃も、何度もこの身に受けていたものだった。僕の持つ能力は、剣において絶対的な力を持つ。例え用いなくとも、既に経験として女神の斬撃は頭が覚えていた。そして何より、この次元の女神は僕のいた次元の女神よりもいくらか力が劣っているのか、僕の知る彼女たちの踏み込みよりも、幾分か余裕があった。

 

「なっ、!?」

 

 呼吸を読み取り、二つの斬撃の合間を搔い潜る。僕の知る犯罪神との戦いの時より、女神の力は劣っている。だから、彼女たちの攻撃を往なす事はそれほど難しい事では無かった。だって、二人の動きは良く知っていたから。世界が変わったとしても、二人が黒の女神と紫の女神である事には違いが無い。その所為か、剣における癖は次元が違っても一緒だった。違うのは、速さと強さだけである。

 

「っ……この動きは……!?」

 

 紫の女神が目を見開いた。半身を大きく振りかぶり、大鎌を振り抜く。紅き刃を持つ大鎌が、攻撃の機を逸した二人の女神に襲い掛かる。一振りで、紫と黒を弾き飛ばしていた。

 

「つぅ……、コイツ……強い!」

 

 黒き大剣を盾に斬撃を受け止めたノワールが、驚きに目を丸めながら呟く。その姿が僕の知る彼女を彷彿させ、どこか懐かしく思う。そう思うと、小さく笑っていた。世界が変わっても、ノワールはノワールなんだと思うと悲しいような嬉しいような、そんな言い様の無い気持ちが生まれる。

 

「その余裕、馬鹿にしてるの!?」

「いやいや、そんな事は無いよ。ただ、嬉しいだけだよ」

「どういう意味よ」

「女神さまに会えたことが嬉しいんだよ。会いたかった人に、会えたような感じかな」

「……意味わかんないわよ。やっぱり馬鹿にしているんでしょ!」

 

 少しばかり怒ったように表情を歪めるノワールに困ってしまう。確かにこの世界の彼女たちからすれば、僕は初対面の相手だから仕方ない。彼女たちが僕の知る女神でないのも解っている。だけど、それでも、また女神に出会えたことは嬉しかった。

 

「二人だけで盛り上がってないで、アタシも仲間に入れて欲しいわねぇ」

 

 怒るノワールを、どこか懐かしいと思いながら見つめていると、そんな声が割り込んでくる。紫電を纏った蛇腹剣が迫る。それを、上体を反らし躱す。そのまま、蛇腹剣がノワールに向かう。

 

「ちょ、プルルート!? の、のわああああ!?」

「あら、ごめんねぇ、ノワールちゃん。ちょっと手元が狂っちゃったわぁ」

「手元が狂ったじゃないわよ!!」

 

 まさか自分の方に飛んでくるとは思わなかったのだろう。ノワールは避ける事も出来ず、虹の女神の蛇腹剣をその身に受ける。そのまま、ぐるぐると巻きついた帯電していた蛇腹剣の電撃を受けると、虹の女神に抗議を起こす。それに虹の女神はとても良い笑顔で答えていた。もしかして、ワザとやったのだろうか。二人のやり取りを見詰めていると、そんな事を思う。

 

「仲が良いんだね」

「まったくね!」

 

 そんな二人を見て足を止めた所為か、先ほど吹き飛ばした紫の女神が迫る。その姿が、僕の知る紫の女神と重なる。だけど、少しばかり身に纏うプロセッサユニットが違っていた。彼女もまた、僕の知る女神では無い筈だけど……、何か違和感を感じる。

 

「……早い!」

「違うよ。君が遅いんだ」

 

 少なくとも、僕の知る紫の女神はもっと早かったはずだ。だから、彼女が僕を倒すために全力で踏み込んだ一撃も、充分に目で追う事が出来る。経験から軌跡を読み取り、至近距離で躱す。振り下ろし。その線を搔い潜った。そのまま、全身を使い大鎌を振るう。マジックが教えてくれた動きだった。

 

「まだよ!」

「……止めた?」

 

 もう一度距離を取る為に放った一撃。今度は紫の女神に受け止められていた。少しばかり違和感が増す。正直言えば、今の一撃は受け止めきれないと踏んでいたのだけど、そんな予想とは、裏腹に止められていた。何と言うか、能力と経験が一致していないちぐはぐとした感じがする。

 

「あらぁ? やるじゃない、ネプちゃん。今が好機よノワールちゃん。一気に行くわよぉ。ノワールちゃんミサイル!!」

「え……? ちょ、まって、まだ体が痺れて…… ちょ、ちょっと、本気でやる気なの? 冗談よね? 待って、心の準備がまだ……、え、いや、あの、の、のわあああああ!?」

「あははは! 先に行っててねノワールちゃん。アタシもすぐに追いつくからぁ!」

「いやあああああ!!」

 

 ノワールに巻き付いた蛇腹剣を振りかぶり、女王様が投げた。いやホント、何の躊躇も無く、投げ飛ばした。打たれた野球ボールよろしく、凄い勢いで此方に向かって飛んでくる。

 

「ちょ!? ぷるるん!?」

 

 飛んでくる黒の弾丸に驚き紫の女神が離脱する。これには流石の僕も意表を突かれ、即座に離脱しようと思ったのだけど、僅かに反応が遅れた。だって、味方を投げ飛ばすとか思わないし。変な感心をしてしまう。

 

「仕方ないか」

「ちょ、どいてええええええ!!」

 

 大鎌を消し、飛来する黒の女神を見据える。女神によって飛ばされたそれは、凄まじい速さになっていた。避けた場合、何かにぶつかればノワールの方も無事では済まない速さに思える。それは流石に可愛そうだ。

 

「ぐ、っと」

「のわあああああ、ああ……?」

 

 だから、受け止めていた。紅いプロセッサユニットの上から、軽くない衝撃を感じつつも、ノワールを両手で受け止める。まさか受け止められるとは思ってなかったのだろう。抱き留めたノワールは、呆けたように僕を見詰めていた。手にかかる重みが懐かしくて、あの子では無いと解っているのだけれど、あの子を思い出し少し嬉しくなる。

 

「あらぁ……、止められちゃった。ざぁんねん」

「友達を使って攻撃するのは感心しないよ」

 

 そんなある意味彼女らしい姿を見詰めている訳にもいかない。直ぐ傍まで虹の女神が踏み込んできていたから。黒い弾丸を受け止めた勢いを殺さず後方に飛ぶ。追って、僕が立っていた場所に、返す刃で放たれた蛇腹剣が飛来する。地に幾つもの刃が食い込む。それを即座に引き抜き、虹の女神が迫る。

 

「それ位の事じゃ、アタシとノワールちゃんの友情は崩れないのよ」

 

 三度放たれる蛇腹剣。それを、往なす。とは言えノワールを抱えている事もあり、少しばかり態勢が崩される。

 

「でもぷるるん。ノワール、結構本気で悲鳴あげてたわよ」

「大丈夫よ、ノワールちゃんだし」

「まぁ、ノワールならね」 

 

 さらに追いすがる虹の女神の斬撃を崩れた態勢から無理矢理往なすと、今度は紫の女神が畳みかけるように迫っていた。立て続けに無理やりかわしていた。態勢が完全に崩れる。これ以上離脱する事はできそうになかった。

 

「これなら!」

「まだだよ」

「あうっ」

 

 完全に体捌きでは往なす事が出来ないタイミングで放たれる斬撃。女神の手元。振り抜かれる両手を蹴り上げる事で、紫の軌跡を無理やり止める。

 

「君は、もう少し友達にする相手を選んだ方が良いんじゃないかな?」

「う……、お、大きなお世話よ!!」

 

 それで漸く体勢を立て直せたので、抱えていた黒の女神を離すと、顔を赤くしながらノワールは声を荒げる。この次元のノワールには友達がいるようだけど、なんだろう。こう、何か違う気がする。次元は違っても、この子は友達関連で苦労しているのだろうかなどと、場違いな事を考える余裕があった。

 

「んー、ある程度時間が稼げたかな」

 

 一連の攻防を終え、そう零す。正直、途中から何かおかしな感じになっていたけど、そこは気にしない事にする。若干半泣きになりながら僕を睨み付けてくる黒の女神さまを見ると、気にしないで上げるのが良い様に思えるし。

 

「あらぁ? なら、そろそろお開きにしようとでも言うのかしらぁ?」

「ああ、そんなところだよ。思った通り、大した事が無かったからね」

「ふふ、言ってくれるじゃなぁい。ますます、気に入っちゃたぁ。もっとサービスしてあげようかしら」

 

 虹の女神が心底嬉しそうに答える。少し相対しただけなのだけど、これまでの言動や、ノワールをちくちく苛めながらも鋭く攻めてくる様に、文字通り女王様気質なんだろうなと予想を立てる。

 意外とこういう子は煽りが効くのかもしれないなって思いながら、実際に煽ってしまうのはきっと僕と融合した紅の女神の魂の所為だろう。先程からずっと、虹の女神に敵意を向けている気がする。体の内側の方から、マジックが訴えかけてきている気がする。その所為かどうも僕自身、好戦的になっているように思える。

 

「いや、次は僕から行くよ」

 

 ――エクス・コマンド

 

 満面の笑みで蛇腹剣を鞭のように撓らせた虹の女神にそう言い放つ。同時に自身の魔力を解き放つ。身体能力を向上させる魔法。僕が異界の魂だった時から愛用しているものだった。

 

「っ、やっぱり。ぷるるん、ノワール! 気を引き締め――」

「まずは一つ」

 

 最初に踏み込んだのは、紫の女神。三人の中で、冷静に戦況を見詰める事が出来る一番厄介な相手だったから。それを差し引いても、少しばかり気になる事があった。先程も感じたけど、能力と経験がちぐはぐなんだ。経験のわりに能力が足りていないと言うか、能力以上の経験があるのか。どちらなのかは解らないのだけど、本来ある程度比例すべき二つが噛み合っていない。経験だけが妙にある相手だった。だからこそ、三人の中で一番厄介だった。力があるより、経験がある方が何倍もやり辛いから。

 

「くぅ、あああああ」

 

 紫の女神の額に手で触れ、瞬時に魔力を収束、雷に変換する。魔法と言うほどのものでも無い。ちょっとばかり身体を痺れさせるために放った雷撃だった。全身に電撃が行き渡ったのだろう。力なく紫の剣を落とし、その場にへたり込む。

 

「ネプテューヌ!?」

「あらあらぁ。油断しちゃだめよ、ネプちゃん」

「余所見をしている余裕があるのかな?」

 

 二人の女神のうち、驚いているノワールに狙いを定める。単純にそっちの方が仕掛けやすかったから。それにしても、虹の女神は仲間がやられたと言うのにどこか楽しそうに笑っている。それが、妙に気になった。

 

「く、この!」

 

 迫る紅に即座に対応し、黒き大剣を振るう。だけど、動揺していたところで放った一撃だ。太刀筋は単純であり、明確だった。袈裟切りに振り下ろされる大剣の腹に手を当て、斬撃の軌跡をずらす。正面。ノワールと一瞬見つめ合う。

 

「なぁ!?」

「まだまだ、だね」

 

 驚きに染まるノワールに、そう告げる。そのまま紫の女神にしたように額に手を伸ばす。自分も同じことをされるのだろうと思ったのか、ノワールが強く目を瞑った。そのまま雷撃を流そうとして、

 

「あう!?」

 

 やめた。トンッと、左手で額を小突くと、真紅の翼を大きく展開し舞い上がる。ノワールが訳が分からないと言った様子で目を白黒させているが、それを眺めている余裕は無かった。

 

「やっぱりねぇ……、ふふ、すごいわぁ、貴方。ブレイク・ザ・ハードって言ったかしら?」

「なにが、かな?」

「女神三人を相手に、遊んでる事がよ。アタシを含めた三人の女神を歯牙にもかけてないわよね。それが凄くてぇ、面白くて、だけど、とぉっても不満なの。私たちは貴方を見ているのに……、貴方は私たちを見ていない気がするわぁ」

 

 虹の女神がにっこりと笑みを浮かべながら言う。同時に、女神の魔力によって作られた雷が降り注ぐ。それを紅の刃に紫電を纏わせ迎撃しながら考える。

 

「へぇ、鋭いね。確かに僕は君たちの事を見ていない。別の者を見ているかもね」 

「やっぱりねぇ……。それがすっごく不満なのぉ。相手にされていないって言うか、馬鹿にされているのかしら」

 

 確かに虹の女神の言う通り、僕は黒の女神と紫の女神に自分の世界に居たあの子たちを重ねていると思う。それは、確かにこの世界を生きる彼女たちからすれば馬鹿にされていると感じる事なのかもしれない。

 

「あまり否定はできないけど、一つだけ明確に言える事があるよ。少なくとも虹の女神、君の事は誰とも重ねていない。黒の女神と紫の女神は別だけどね」

 

 それでも、目の前にいる虹の女神は初めて見る顔だった。だから、彼女に関していえば誰かを重ねていると言う事は無い。他の二人はどうしても重ねてしまうが、この世界に来て、本当の意味で初めてであったのは、目の前にいる虹の女神だと言える。だから、彼女に関していえば、何の偏見も無くありのままを見ていると言える。

 

「あらあら、嬉しい事言ってくれるわねぇ。けど、駄目よぉ? そんな事言ったところで、加減はしてあげられないんだから」

「必要ないよ。手加減しようがしまいが、あまり関係ないしね」

「そう。なら、見せてよ。貴方の実力を」

 

 虹の女神は深い笑みを浮かべる。そして、その手に持つ蛇腹剣にシェアを集め、先程よりも遥かに強く帯電させると

 

「本気で行くわよぉ」

 

 無造作に振り抜いた。先の斬撃よりも遥かに早い斬撃。僕を捕える様に弧を描く。だから、

 

「なら、見せてあげるよ」

 

 その前に蛇腹剣を掴みとる。自身の展開するプロセッサユニットに魔力を重ね、帯電する蛇腹剣を掴み、それに逆流させるように紫電を流し、虹の女神の放つ雷を侵略していく。そして、

 

「――っ!?」

「プルルート!?」

 

 紫電の雷が虹の女神を飲み込んだ。数度びくりと震える。そして、ゆっくりと蛇腹剣を取り落とし、倒れ伏した。その様子を見たノワールが、虹の女神に駆け寄る。それを黙って見送る。少し苦笑が浮かんだ。どうやら僕は、悪役が板についてきたようだ。

 

「さて、残りは君一人だね。まだやるかい?」

「っ、まだ、私は負けてないわ!」

「そうだね、だけど、そこの二人を放って置くのかい?」

 

 倒れ伏す二人の女神に視線を向ける。

 

「それは……」

「僕の役目はもう終わったからね。無理に戦う必要は無いよ。だから、見逃してあげる」

 

 悔しそうに歯を食いしばるノワールに背を向け、紅の翼を展開する。僕を召喚した二人が逃げるには充分な時間を稼げていた。だから、今回はこれで良いと言える。けど、これ完全に悪役のやっている事じゃないだろうか。自分はそう言う星の下に生まれたのか。割と真剣に考えてしまう。まぁ、そう言う事を考える余裕があるのが嬉しくて、ちょっとだけ笑ってしまう。

 

「ブレイク・ザ・ハード。覚えておきなさい!」

「君たちを忘れられる訳は無いよ。また、会おうね」

 

 そう言い与えられた紅き翼で空に舞い上がる。

 

「今度会ったら、絶対にぎゃふんって言わせてやるんだからー!!」

「くす、楽しみにしておくよ」

 

 怒ったように叫ぶノワールの声を聴き、その場を後にする。正直言えば、出会いとしては最悪と言っても良いかもしれないけど、前の次元のノワールとも出会いは最悪だった。だけどなんだかんだ言って仲良くなれた。だからか、今回もどうにかなるだろうと楽観的に考えてしまっていた。

 こうしてこの次元での女神との邂逅は終わったのだった。




女神戦終了。二部はそこまでシリアスをする予定は無いです。今のところは。
それはそうと、活動報告に異界の魂を書いてる時の小話あげました。大した事書いてないですが、興味あったら見てねー

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