異界の魂   作:副隊長

50 / 72
幕間 重なり合う魂
紅き魂の守護者


 最初に目についたのは雲一つない青空だった。その青に手を伸ばすかのように聳え立つ重厚な街並み。人々の営みから紡がれる様々な音が、今にも聞こえてきそうである。だけど、それが聞こえる事は無い。この世界に居る人間は、たった一人しかいないから。

 

「来る……か」

 

 懐かしい街並みをゆっくりと見まわす。魂に刻まれた記憶から再現された街並みだった。黒の女神姉妹が治める国、ラステイションの街並み。それを、この世界に再構築していた。僕がこの世界に来て、一番見知った場所と言えるから。四条優一がゲイムギョウ界に呼ばれ、最も長い時間を過ごした街並みだったから。だからこの世界を作り出した時、ラステイションの街並みを模倣していた。それはきっと、消す事の出来ない未練。今僕が見ている街並みは、できる事なら彼女たちのいる世界で生きたかったと言う、偽りなき本心が作り出した幻想だった。

 その願いが叶う事が無い事は良く解っている。だから、僕はこの世界を作り出していた。ここは想剣の中にある世界。女神たちの想いを紡ぎ、魂を賭して作り上げた犯罪神の脅威から世界を救うために作り出した、もう一つの世界。剣の極地に至って出した答えが、この世界だった。

 その世界が震えた。それは、この剣が本来の用途で用いられたと言う事に他ならなかった。

 

「あの子たちは世界を救った。なら、ここからは僕の戦いだ。世界を救うために呼び出された異界の魂として、成すべき事を成さないと」

 

 現実の世界での自分は、シェアをすべて失い姿形を失っていた。だけど、魂は想剣の中にあった。想剣・魂の剣(ソード・オブ・ソウル)。それは、ある目的のために作った、剣の形をした一つの世界だった。犯罪神を倒す事はできない。仮初の体を討ったところで、本体を討たない事には何れ蘇るからだ。それでは意味が無かった。だけど、実体を持たない本体を倒す術は無かった。倒しようが無い。ならば、倒す以外の方法を考えるだけだった。

 だから、この世界を作り上げた。不幸中の幸いと言うべきか、異界の魂として呼ばれた僕もまた、犯罪神と同じく実体を持たない存在であった。魂だけが世界に繋ぎ止められた、死者。それが、僕と言う存在であった。犯罪神と言う殺せない存在と、四条優一と言う既に死んでいる存在。似て非なる在り方を持つ者同士だが、一つだけ明確な違いがあった。それは、犯罪神は力が満ちれば再び蘇る事が出来ると言う事だった。それは逆を言えば、力が満ちない限り蘇る事が出来ないと言う事でもある。つまり、犯罪神の力が満ちる前に削り続ければ、復活が出来ないと言う事だった。

 

「やってくれたな……、人間」

「それがこの世界に呼ばれた僕の存在意義だからね」

 

 想剣が用いられた事で、魂を剣の中に引きずり込まれた犯罪神が僕を見据え、忌々しげに言った。化け物の体から生えていた獣の胴体。それだけの姿になった犯罪神が、女神たちのプロセッサユニットに酷使した武具を纏い、此方を見詰めている。犯罪神の力は女神の対極にある力だった。言うならばそれは、負のシェアで構築されたプロセッサユニットと言えるだろうか。想剣に引きずり込まれた犯罪神は、女神たちと相対した時よりも遥かに華奢な姿をしていた。だけど、感じる力はあの時以上に思える。

 想剣。それは、ただ一つの事に特化させた剣だった。犯罪神の魂を剣の中に構築したこの世界に引きずり込む。ノワールに渡したのは、それだけに特化された剣だった。

 女神たちの脈々と繋がる救世の想いで、剣は構築されていた。気の遠くなる程の長い歳月をかけ蓄積された想い。それは、世界を壊すための存在である犯罪神を封じ込めるのに、最も適した強固な封印である言えた。そしてその想いで剣は構築されている。その中に犯罪神を引き摺りこんだ。幾ら犯罪神とは言え、並大抵の事では破れはしないのだ。そして、その中で犯罪神を削り続ける。それが、僕の手繰り寄せたただ一つの救世の方法だった。

 犯罪神を消し去る事などできはしない。だけど、この世界に封じ込め、その力を奪い続ければ、それはゲイムギョウ界にとっては居ないのと同じと言う事だった。そして、ソレは僕だからこそできる手段でもある。犯罪神と同じく実体を持たず、更には異界の魂として世界を制する能力を与えられた僕だから、それを成す事が出来るのである。魂と魂の存在であり、互いに死ぬ事が無いからこそ、取れる手段と言う訳であった。

 

「この世界は、貴様そのものか」

「そうだね。魂を賭して作った。想剣は、僕自身とも言えるね。同時に、救世を願った女神たちの想いの集合体でもある」

「成程。つまり貴様を壊せばこの世界も潰える訳か」

 

 犯罪神の言葉に頷いた。死と言う概念が存在しない僕を殺す事が出来ると言うのなら、きっと犯罪神の言う通り、想いの剣は壊されるだろう。殺せれば、だが。

 

「それが出来るとでも……?」 

「可能だ。不死者と言えども、魂を砕かれ続ければ何れ摩耗する。」

「そう。だけど、そう簡単に行くと思わない方が良い」

「何……?」

 

 破壊神でもある犯罪神が言うのならば、それはできるのかもしれない。だけど、僕だって何も考えが無かったわけでは無い。

 

「異界の魂の力は世界を制する可能性を持つ。その力は、神すらも凌ぐ」

「……ほう」

 

 仮初の体。人と言う枷からは逸脱していたけど、それでも枷はあった。だけど、魂だけの存在となってその枷すらも取り除かれていた。そして、この世界は現実世界の模倣である。どれだけ壊れようと、何の問題も無かった。それはつまり、一切の遠慮がいらないと言う訳で……。

 

「見せてあげるよ。この能力の全力を。世界を護りたいと言う意思によって呼び出された、魂の力を……!!」

 

 犯罪神を見据え、宣言した。これが、本当に最後の戦いだった。友達が生きる世界を護り抜く。そう、誓っていた。ならば、僕はまだ戦える。

 

「見せて見ろ、異界の魂。神をも凌ぐと言うのなら、我を越えて見せるが良い」

 

 犯罪神がその手に持つ大鎌を構え、音も無く迫る。終わりなき最後の戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……。まったくあの姉妹ども、剣を何処に置くか決めるだけに時間をかけすぎなんだよ」

 

 黒の女神姉妹が消えた後、白き大剣の前に気付けば一つの影があった。黒の妖精、クロワールである。黒の女神たちが去って行った方向をむき、悪態をつく。クロワールは、大剣が女神の手から離れる瞬間をずっと待っていたからだった。

 

「犯罪神が蘇った時は、これで終わったかー、今回は犯罪神の勝ちかって思ったけど、思いもしないどんでん返しだったよな。不覚にも意表を衝かれたぜ」

 

 そして、白き大剣とただ一人向き直ったクロワールは楽しげに言葉を発する。

 

「思えばブレイブやマジックがお前に執着したこと事態、イレギュラーな事だよな。そう言う意味では、お前は本当に良くやってくれたよ。最後の最期まで、お前は何をしでかすか解んなかった。お前を見ていて、詰まんねー事なんかなかったよ」

 

 それは仲の良い友達と話す時のように楽しそうで。自分の見ていたテレビが面白かったと言う子供と同じで。

 

「だけどな、一つだけどうしても言わなきゃいけねーことがあんだよ。お前はあの時言ったよな。最後まで諦めないって。みっとも無くたって、最後まで諦めねーって。だけど、蓋を開けてみればなんだよ。最初から諦めてんじゃねーか!!」

 

 だけど、納得できないシーンがあった事が許せなくて、クロワールは癇癪を上げる。異界の魂が、最初から自分の命を諦めていた事に、クロワールは怒りを覚えていた。それは傍観者でしかないクロワールが、登場人物に肩入れしてしまったから。異界の魂と共にいて、黒の妖精もまた、少しだけ変わってしまっていたから。

 

「これがお前の望んだ結末なのかよ……。お前は本当にこれで良いのかよ。こんな結末、つまんねぇよ……」

 

 だからクロワールは、異界の魂の墓標のように突き立てられた剣に向かい、想いを吐き出す。歴史を面白おかしく動かし、それを見るのがクロワールにとって重要な事だった。だが、今回に限り、彼女は深入りしすぎ情が移っていたのである。この場、この時を以て、傍観者でしかなかった黒の妖精は、完全に異界の魂による救世と悲壮の連鎖を断ち切る物語の登場人物となっていた。

 

「っ……!? これは……」

 

 抗いがたい衝動にかられ、黒の妖精は白き大剣に触れた。そして見る事となった。剣の中で行われている最期の戦いを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余興だ」

 

 犯罪神が自身の持つプロセッサユニットから黒き瘴気をまき散らす。やがてその瘴気が四つの纏まりに別れる。そして、見覚えのある形にその在りようを変化させていく。それは、確かに僕が見た事がある存在だった。

 

「くくく、ふははははは!! 会いたかったぜえ、異界の魂!!」

「アクククク……。ありがとうございます犯罪神様。これで、吾輩は再びこの手で幼女を掴む事が出来ます!!」

「うおおおおお!! この剣、犯罪神様の為に!!」

「……」

 

 それは、犯罪組織の幹部であった。黒き巨人、ジャッジ・ザ・ハード。黄色き狂獣、トリック・ザ・ハー

ド。赤黒き勇士、ブレイブ・ザ・ハード。そして紅の女神、マジック・ザ・ハードだった。女神たちに倒された四天王を、犯罪神が再びよみがえらせたと言う事だった。

 

「……ブレイブ、マジック」

 

 ブレイブとマジックの姿を見て、思わず涙が零れそうになる。だけど、解っていた。目の前に居るのは、違うのだ。

 

「気安く我が名を呼ぶな。異界の魂、貴様などとなれ合った覚えは無い!」

「……犯罪神様の為、討たせてもらうぞ」

 

 

 目の前にいる二人は、僕の知る二人では無いのだ。姿かたちは似ている。だけど、ブレイブの魂はユニ君に託した剣に宿っている。そして、マジックとは最期の瞬間、魂が少しだけ繋がった。だから解る。目の前に居るのは、あの二人では無かった。

 

「その二人とは、縁があったようだな。それでも貴様は討つのか?」

「そうだよ。目の前に居るのは、二人であって二人ではない。ならば、遠慮する必要も無いさ」

 

 試すように言う犯罪神に言い返す。確かにほんの少しだけ心を揺さぶられた。だけど、それだけなんだ。

 

「ただ一人で我に、我等に挑むと言うのか?」

「そうだよ。だけどあなたは一つだけ勘違いしている。相手にするのは僕一人じゃない」

 

 僕を取り囲むように広がった四天王を無視し、犯罪神だけを見据え告げる。両の手を突き出した。自身の手は何も手にしていない。ゲイムギョウ界に来て、ずっと使い続けていた武器すらも無かった。だけど、この世界は、想いの剣の中に作られた世界は、僕自身であると言える。だから、不可能を可能にすることができるんだ。剣では無く、剣と化した自身の記憶から使い手を読み取り、再構築する。一振りの剣、手にしていた。

 

「僕の辿り着いた剣の極地。その形は一つじゃない」

「何……?」

「あなたたちが相手にするのは古今東西、世界や次元すら超えた数多の使い手たちとその剣だ」

 

 宣言する。瞬間、幾千幾万、数える事を放棄してしまうほどに無数の剣が舞い降りる。名も無き剣が、名のある名剣が、世界を救った聖剣が、命を狩り続けた魔剣が、世界を覆い尽くすかのように降り注ぐ。 

 

「これが僕の辿り着いた極地であり、終着点。その全てを今、解き放つ」

 

 呼び出されしは、全ての剣だった。過去にあったもの、今在るもの、そして今は存在しないが後に作られるもの。その全てが世界を覆い尽くす。凄まじい、斬撃の雨だった。剣が降り注ぐ。それだけで、世界が震撼する。魂に刻まれた街中に、無限の剣が突き立った。それは、剣と言う概念全てで作られた墓標。無限剣の墓標だった。

 

「くははっはは!! 良いぞ、もっと、もっとだ!! もっと俺を楽しませろ。生きている事を、俺に実感させろ!!」

 

 降り注いだ剣を全身に受けながら狂喜を示す敵、ジャッジ。全身が百を超える剣に穿たれながら、狂気に染まった声を上げ、狂喜を浮かべながら迫り来る。右手、虚空に突き出した。一振りの剣。瞬時に現れる。それは、特別な力を持つモノでは無かった。強く握り、自身の魔力を浸透させる。全ての記憶を読み取っていた。それは虚無の光。人を極めし闘神と互角の戦いを繰り広げた、死者の記憶。仇成す者達を無に帰す、虚構の光だった。

 

「お前たちも……堕ちて来い」

 

 口に出たのは、自身の言葉では無かった。読み取った記憶が、想いが、言葉を発していた。

 

「しねええええ!! 異界の魂!!」

 

 迫るジャッジを見据えていた。黒き戦斧が振り上げられる。右手に持つ剣に込められた魔力。解き放った。

 ――裏天魔・虚空

 虚構の光が辺りを包み込む。黒を、遮った。

 

「ジャッジ!?」

「ぬう!? この力は」

 

 ――天魔・爆雷

 虚無の光にのみ込まれ消滅したジャッジに驚きの声を上げたブレイブとトリックに向け、一足飛びで踏み込んだ。同時に左手に魔力を収束し、雷の力に変換する。それは、爆雷の呪法。紫電の轟雷を越えた、爆裂の如き迅雷。光の速度で、二人を包んだ。

 

「ぐ、あああああ!!」

「馬鹿な……、馬鹿な……、まだ幼女にもであっていないと言うのに……」

 

 紫紺の輝きが、辺りを染めていた。二人の幹部を刹那にも見たいな時間で紫電の爆雷は蒸発させる。見向きもせず、駆け抜けた。右手に持つ魔剣、更に作り変える。

 

「異界の魂!!」

「紅の女神」

 

 刃と刃がぶつかり合った。紅の大鎌と、魔剣がぶつかり合う。紅の大鎌を迎え撃つは、世界を構築する四種の力を総べる剣だった。紅の女神の持つプロセッサユニットの一撃を悠然と受け止める剣の持つ能力は、消滅。魔剣の中でも最高峰の力を持つ剣であった。

 

「貴様は、危険すぎる。消え去れ」

 

 マジックが、忌々しげに睨み付け言った。

 

「それは、できない」

 

 言い返す。姿かたちは紅の女神だが、違うんだ。僕を生かそうとしてくれたマジックとは、魂の在り方が違っていた。だから僕は迷う事は無い。全ての力を以て、彼女を倒す事が出来る。

 

「アポカリプス・ノヴァ」

 

 紅の女神の放つ最大の魔法。何度となく女神たちを敗北に追いやった、紅の衝撃であった。解き放たれる紅。魔剣を地に突き刺し、迎え撃つ。それは全ての現象を消し去る終焉の光。

 ――天魔・最終

 世界の全てを知った者が放つ、最期の輝きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう言う事か。クソ! あの野郎、この俺に心配かけさせやがって……、絶対許さねぇからな!! お前はさぞ満足だろうな、全てが思い通りにいって。だけど、気に入らない。誰かが一人で全てを背負う物語なんて面白くもなんともねぇ! こんなエンディング、ぶち壊してやる!!」

 

 想剣に触れ、剣の中に隔絶された世界で行われる魂の戦いを知った黒の妖精は憮然としながら言った。傍観者であったクロワールですら終わったと思っていた物語。それが、誰も知らないところでその物語を紡いでいた。それはクロワールにとって許せない事であり、

 

「待ってろよ。俺が、変えてやるよ。こんなくそったれな結末」

 

 それ以上の僥倖だった。黒き妖精がもう一度想剣に触れる。そして何かを探るように瞳を閉じた。数瞬の沈黙。

 

「見つけた……! それに、コイツは……。うしし、面白くなってきたぜ。やっぱり最終話は、どんでん返しがねーとな!!」

 

 不意に心底愉快と言った声音で洩らした。それは、予想外の玩具を見つけた子供の如く嬉しそうな声音だった。

 

「くく、待ってろよ、ユーイチ。お前の描いたシナリオ、そんなものは認めねーよ。俺が、お前以上に面白いエンディングに変えてやる」

 

 そして、黒の妖精はにやりと深い笑みを浮かべると、想剣の中に溶け入る様に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 紅の女神は、ぼんやりと作り物の空を眺めていた。全てを消滅させる光をその身に受けた、マジック・ザ・ハード。地に墜ちた紅の女神は、その体を動かす事も出来ず、犯罪神と異界の魂がぶつかり合う斬撃の音色だけを聞き、虚空を見詰めていた。何故、自分は倒れているのか。それが、マジックには理解できなかった。自身は消滅したはずだったから。ならば、今いる自分は何なのか。考えても答えが出なかった。

 

「おうおう、無様な姿じゃねーか。あのおっかねー女とは思えねーな」

「お前は……」

 

 身体を動かす事も出来ないマジックが、回答の出ない思考の海に沈んでいると、不意に聞き覚えのある声が耳に届いた。瞳だけ動かし、声の主に視線を定める。黒き妖精、クロワールだった。何故クロワールが居るのか。余計に理解が出来なくなる。

 

「何故お前がいる。何故私は消えていない」

「んな事はどーだって良いんだが、教えてやるよ。犯罪神が蘇り、お前を復活させた」

「なに?」

「とは言え、その時のお前は不純物が多く付いていた。それをユーイチが吹き飛ばしたって感じか?」

 

 紅の女神の問いに黒き妖精は、そんな事どーでもいーじゃんとケラケラと笑いながら答える。

 

「成程……。あの男に私は救われた訳か」

「んー、それが解んねーんだよな。なんでお前は消えてねーんだよ。アイツは消し飛ばすつもりで、攻撃してたぞ」

「愛の力では無いか?」

「いや、ねーよ」

「そうか……」

 

 しっかし解んねーと首をかしげるクロワールに、マジックは至極真面目に答える。それに、クロワールは面白いものを見る目で笑いながら否定する。マジックとて本気で言ったわけではないが、少しだけ残念そうである。

 

「ならば、私の与えた力が、私を覚えていたと言うところだろう」

「あー成程。だからか。ユーイチの最適化したプロセッサユニット、あれはお前のだったのか。ずっと黒の女神のだと思ってた」

「似て非なるものだが、な。確かに黒の女神の力も模倣しているだろうが、アレは私が口付けの際に分け与えた力の方が大きい」

「……、やっぱり、少しぐらいなら、愛の力って言えるかもしれねー」

 

 紅の女神はどこか誇らしげに言った。四条優一の使うプロセッサユニットは、形だけ見れば黒の女神のものだったが、その本質は寧ろ紅の女神であるマジックに近かった。その為、マジックの魂の性質を体が無意識に覚えていた。最期の瞬間、異界の魂と紅の女神は確かに心が通じていた。その為、全力で戦っていたが、それでもどこかで救おうとしていたと言う事であった。そして、マジックに不要なものを消滅させた為、不純物の無くなり本来のマジックが表に現れたと言う事であった。

 

「それで、貴様は何をしている?」

 

 自身が生きているのか。それをある程度理解したマジックはクロワールに尋ねる。

 

「おおっと、そうだった。ユーイチ一人が犠牲になろうとしてるこの詰まんねー物語をぶち壊そうと思う。乗らねーか?」

 

 にやり、っとクロワールは意地の悪い笑みを浮かべる。それは、他者が必死で作り上げた成果を壊す意地の悪い笑みであり、同時に誰かを助けたいと言う想いに満ちた暖かなものでもある様に見える。

 

「愚問だな。我が目的は犯罪神様の復活」

 

 それに対して、紅の女神は冷酷な笑みを浮かべた。

 

「犯罪神なら、今はユーイチとなぐり合ってんな」

「つまり、我らが悲願は既に達成されていると言う事だ。私の存在意義はそれで終わったと言える。ならば、私が私の為に生きるのも悪くは無い」

「はは、なら、協力成立だな」

 

 黒の妖精と紅の女神。二人は手を取り合う。目的は、一人の人間を救う事であった。

 

「救うぞ、あのバカを」

「ならば、このようなところで倒れている訳には行かないな」

 

 黒の妖精の言葉に、紅の女神がゆっくりと立ち上がる。先程まで何故自分が生きているのかも解らなかった。だけど、その理由がはっきりとしていた。そして伝えられた事実が、紅の女神に力を与えていた。それは、想いの力だった。紅の女神には果たせなかった想いがある。それを、今度こそ成就させられるかもしれない機会を得た。倒れている暇など、無い。だからマジックは、立ち上がる。

 

「待っていろ、四条優一。お前は私が救ってやる」

 

 救えなかったものを、今度こそ救う。マジックの瞳には、そんな意志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大鎌と剣がぶつかり合う。犯罪神の持つ命を刈り取る凶刃を、異界の魂は数多の剣で迎え撃つ。剣の墓標。辺りには幾千、幾万の剣が突き立っていた。一所に留まらず、絶えず動き回りながら、犯罪神の放つ刃を受け止める。

 風を切る音が響き渡る。斬撃の音色がその後を追う。駆けていた。並走する様に低空を滑走する犯罪神に意識を割きながら、剣を振るう。衝撃が両の手を襲った。無理やり刃を凪ぐ。至近距離。低く身をかがめる事で斬撃を往なした犯罪神と目が合う。

 

「貰った」

「まだだよ」

 

 剣、弾かれていた。返す刃で迫る斬撃。犯罪神以上の反応速度を以て後退し、やり過ごす。同時に突き立つ剣を左右の手で一振りずつ掴み取る。後退からの強襲。刃。煌めいた。

 

「意味の無い事を……」

「そう思うなら、やめてほしいところだね」

 

 犯罪神を斬り裂いていた。同時に、自身の体も引き裂かれている。痛みは無かった。ただ、言い知れぬ不快な感覚が僅かに湧き上がる。それも一瞬で、直ぐ様なにも無かったかのように収まる。身体があったのならば、今の一撃で一度犯罪神を倒していただろう。同時に、自分に体があれば一度殺されもしたが。

 再び刃が迫る。話す事は無い。そんな意志が込められた凶刃。二振りの刃を交差させ受け止める。両手に凄まじいまでの負荷が掛かった。馬鹿正直に受け止められるものでは無かった。ぶつかり合う刃を僅かに流し、その力を受け流す。

 

「滅びへ導いてやろう」

 

 犯罪神が小さく呟いていた。ぞわりとした不快な感覚が周囲を覆った。負のシェアが、充満していたのだ。思わず舌打ちを漏らす。自身の魔力、収束した。僅かに、犯罪神の技の発動が早かった。破滅へ導く光が、全身を包み込んだ。

 

「え……?」

 

 全身が爆ぜるその刹那、横合いから凄まじい速度で吹き飛ばされていた。痛みは無い。衝撃で揺らいだだけの視界を動かし、何があったのかを見た。予想外の物が見えた。それは紅と黒。見慣れた、プロセッサユニットであった。

 

「久しいな、四条優一」

「マジック……?」

「ふ、どうした? 死人でも見たような面をして」

 

 紅の女神。マジック・ザ・ハード。先程確かに僕が消し飛ばした女神が、僕を抱える様にし、疾走していた。犯罪神から追撃の光弾が放たれる。それをマジックは避けながら、小さな笑みを浮かべていた。

 

「君は確かにさっき……」

「ああ、確かにお前に救われた。私であって私で無かったのだが、自分を取り戻せた」

 

 遮るようにマジックが言う。救おうとしたわけでは無い。だけど、マジックはそんな事は関係ないとばかりに、力強く見つめてくる。不意に涙がこぼれた。

 

「何故僕を助けた。今相対しているのは」

「犯罪神様だろう?」

「なら、どうして……」

「言ったはずだろう。女神ではお前を救えないと。私ならば、お前を救える」

 

 それは、女神を救おうと決めた僕に、マジックが言った言葉だった。

 

「だからと言って、犯罪神に刃向う理由が無い」

「お前は存外野暮な事を言うのだな。言ったはずだ、私はお前が欲しかったと。犯罪神様が蘇り私の存在意義がなくなった今、私にあるのはその想いだけだ」

「……っ、マジック」

 

 手が差し伸べられていた。

 

「私はお前を愛してしまったのだろう」

「でも、それは……」

「私はお前と共に在りたい。そう思っている。……あまり同じ事を言わせるな。私とて女だ。少しばかり気恥ずかしい……」

 

 その手を取って良いのか解らなかった。迷っていた。そんな時、マジックは僕から視線を外し、呟くように言い捨てた。

 

「全く物好きだね……」

 

 ただ、嬉しかった。こんな僕に、手を差し伸べてくれる相手がいる事に。

 

「何の心算だ、マジック」

 

 一連の流れを見ていた犯罪神が口を開いた。

 

「申し訳ありません、犯罪神様。私は、この男と生きたいと想ってしまったのです。貴方をよみがえらせることが全てだった私が、そう思ってしまった……」

「成程。我が力の一端に、自我を持たせたのが間違いだったか。いや、我が力を抱き込んだ人間が破格だった。そう言う事なのだろう……」

「申し訳ありません。ですが、私はこの男を生かしたいのです」

 

 紅の女神は、主に頭を下げる。それは、マジックが主と決別したと言う事だった。

 

「謝る必要は無い。どちらにせよ同じだ。嫌だと言うのなら、抗ってみよ。お前の思うままにしてみると良い」

「ありがとうございます」

 

 犯罪神の言葉を聞いたマジックは、心の底から嬉しそうに答えていた。紅の女神は、微笑を浮かべたまま僕の傍らに立つ。

 

「お前は生きたいか?」

 

 マジックが問う。その答えは、考えるまでも無かった。

 

「僕は……生きたい」

「良い返事だ。それでこそ私の愛した男。私の力、お前と共に在る」

 

 しっかりと言い返すと、マジックは満足そうに頷く。引き寄せられた。唇に柔らかな感触が僅かに触れた。何度目かの口付けを施されていた。それはほんの僅かな間。やがてマジックはゆっくりと解放してくれる。

 

「ハードフォーム」

 

 慈しむような目で僕を見据えていたマジックが、僕だけに聞こえる様に囁く。淡き光が、マジックを包んでいた。それは、自身の姿を変化させる輝き。紅と黒の輝きだった。

 

「マジック……」

「何と言う顔をしている。私は消える訳では無い。お前の中で眠るだけだ。これで終わりと言う訳では、無い。これが別れと言う訳では無いのだ」

 

 少しずつマジックの姿が薄れていく。マジックらしからぬ微笑を浮かべていた。伸ばされた手が、僕の頬に触れる。ただ、温かかった。

 

「……ありがとう」

「ああ、そうだ。その言葉が聞きたかった」

 

 やがてマジックはその姿を紅の粒子へと変えた。魂の輝き。紅き女神は、紅の光へと変わっていた。それが僕の全身を包み込む。触れた手と同じく、暖かい光だった。紅の女神の、マジックの魂が流れ込む。そして、自身の中に溶け込むようにして……消えた。

 

「……成程。互いに魂同士であるからこそ、混じり合ったと言う訳か」

 

 僕たちを見据えていた犯罪神が口を開いていた。

 

「そーだよ。この世界に居るのは、俺をのぞいたら全員が魂だけの存在。限りなく不安定であり、純粋な存在。だから、交わりやすいんだよ。二つの存在を掛け合わせて、新たな存在を作り出せるんだ」

「クロワール?」

「おう、俺だ馬鹿やろー。てめーが約束破るから、文句言いに来たぜ。感謝しろよ」

 

 再開した黒の妖精は、僕の事を指さしケラケラと笑った。それが何時もの彼女らしくて、少しだけ嬉しくなる。

 

「マジックは、何をしたのかな?」

「んー。お前と一つになったんだよ。四条優一がチキュウから呼ばれた存在であり、世界を救えば魂が送還されるからお前には未来が無かった。それを変えるには如何すればいいのか。考えてみれば単純な事だった。新たな存在になればいい。見てみろよ、自分の姿を」

 

 クロワールが顎で促す。自身の姿を見た。気付けば、プロセッサユニットを展開した時の様な外套を纏っていた。だけど、以前の物とは決定的に違う差があった。色がちがう。黒では無く、真紅なのだ。以前展開したノワールの物を模倣したものと違い、マジックと同じ紅のプロセッサユニットが僕を守るように展開されている。赤き外套と、真紅の翼を得ていた。

 

「これは……」

「あの女が与えたんだよ。もうお前はチキュウから呼ばれた異界の魂じゃねーよ。異界の魂に女神の魂が溶け込んだ、完全に別の存在だ。あえて言うなら、紅き魂。この世界で、お前が新たに与えられた魂だよ」

「紅き魂」

 

 噛みしめる様に呟く。異界の魂から、別の存在に代わっていた。僕の中に、もう一人の魂が居るのがなんとなくわかった。紅の女神が、僕と言う存在を支えてくれていた。

 

「お前はどうするんだよ。紅の女神によって、制約を破壊された。なら、何時までもこんな世界に閉じこもっている必要があんのかよ?」

「ないね。だけど、僕が此処で犯罪神を削り続けないと……、何れ世界が壊される」

「あーあー、そう言うと思ってたよ。枷が無くても、お前は護ろうとするんだな。大した奴だよ。お前は。女神の守護者だ」

 

 クロワールが頭の後ろで手を組みながら、文句を零す。

 

「なら、ゲームをしようぜ、ユーイチ。もし、お前が犯罪神を追い詰められたら、俺がお前を助けてやる。犯罪神を何とかしてやるよ。この世界から、犯罪神の脅威を消し去ってやる」

「……何を企んでいるのかな?」

 

 聞いていた。出来る出来ないと言うのは気にならなかった。きっと。、クロワールにはそれを成す事が出来る。本来無い筈の異界の魂召喚の術式をこの世界に持ち込んだのがクロワールだった。ならば、常人ではできない事が出来ても不思議では無い。何より、この世界に僕が気付かないうちに存在していた。それだけでも、この世界の理の外に居ることは何となくわかった。

 

「お、相変わらず、俺のことを解ってんじゃねーか」

「どれだけ君と一緒に居たと思っているんだい」

「ちがいねーな。なら、しってるだろ? 俺が見たいのはおもしれー物語だ。ユーイチ。お前は次の物語でも、登場人物になれ」

 

 相変わらずの愉快犯だった。その条件がクロワールらしくて。だからこそ、安心できる。

 

「我に勝つと言うのか?」

「実際のところどーなんだよ。やっこさん、かなりつえーんだろ?」

「勝つよ。僕は一人じゃない。女神も力を貸してくれている。なら、勝てない訳が無い」

 

 虚空に両手を掲げた。自身の記憶から、その姿を呼び覚ます。

 ――想剣・魂の剣(ソード・オブ・ソウル)

 それは、純白の大剣。世界を救うために作り挙げた、想いの剣だった。ノワールが用いる為に最適化したものを、今度は自分が使うため適応させる。それは犯罪神を閉じ込める為の力では無く、穿つ力。白き大剣を再び手にしていた。

 

「救世の想いがあった。今を生きる友達の想いがあった。世界を救うために賭した魂があった。そして、手を差し伸べてくれた人の想いがある。だから僕は、あなたに勝つ」

「面白い、やって見せろ……、人間」

 

 紅に身を包み、白き想いの剣を手にしていた。それは此処まで来た僕に与えられた、武器と鎧。そしてそれを最大限に用いる為、自身の能力を解き放った。

 

「これで、終わりだよ」

「っ!?」

 

 迫る大鎌を、白き大剣で打払っていた。晒された隙。自身の持つ能力を、全身全霊を以て解き放った。それは誰の記憶でも無く、自身の記憶。使い手たちの記憶を再現し続けた中で作り上げた、四条優一だけの斬撃。終わりであり、始まりの為に紡がれる一撃だった。

 

 ――魂の残影

 

 それは、僕の全てを賭けた終わりの一撃。異界の魂だった僕の終わりであり、紅き魂として生まれ変わった魂の始まりの一撃だった。

 

「……馬鹿な」

 

 犯罪神の呟きだけが聞こえた。

 

「お前の勝ちだぜ、紅き魂の守護者」

 

 そして僕が聞いたのは、そんな黒の妖精の嬉しそうな言葉だった

 

 




これにて、異界の魂の物語は本当に完結となります。
いやーほんと短かったようで長かったですね。
この物語を読んでくれた人は大体わかるかもしれませんが、作者は鬱な話が好きです。大好きです。ですが、鬱な話で一度終わらせた後、最期に手を差し伸べる話はそれ以上に大好きです!
鬱があるから、救いがより映える。つまり、この物語はそう言う話でした。

この物語を書くにあたって、最大のコンセプトがあります。
『始まった時から終わっている物語』
最終話の時点で、そんな物語になるように考えたのが、異界の魂と言う作品でした。そこで異界の魂は一応完結となるのですが、それではあまりに救いが無い。だからこそ、完結した後にある最後の物語と言うのが、犠牲となった主人公の救済と言う訳だったんです。
だけど、普通の手段では主人公を救えない。世界を救えば誓約により死を迎え、だからと言って世界を壊す事も出来ない。ならばどうするのか。それが魂の融合で別の存在になる事であり、制約の無効化と言う訳でした。チキュウに居るべき存在であった四条優一が、ゲイムギョウ界で新たな存在に変わった事で、ゲイムギョウ界に居るべき存在となった。それで、世界を救えば死ぬと言う枷が無くなったという訳です。

何は兎も角、これで異界の魂の物語はおしまいです。無事に完結できました。
これまで読んでくれた読者のみなさん、ご愛読ありがとうございました!!













さて、鬱な話は終わり。
救世と悲壮をテーマにした異界の魂の物語は終わったので、紅き魂が引き続き主人公の第二部始めようかな。
幕間とは、一幕が終わって、次の一幕が始まるまでの間。つまり、まだ続きます(

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。