異界の魂   作:副隊長

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最終話 異界の魂

「ユウ、貴方、なんで……」

「ノワール、良く聞いて。今の魔剣では、何も救えない。道を誤ったこの剣では、世界を救うなんてこと、できはしない」

 

 死力を振り絞り、ノワールの隣に立ち上がり、声を掛ける。一時的に存在が希薄になっていた。剣の極地。女神の示した意思を受け止めながら、魔剣の全てを読み取っていた。それは最早、世界を制するほどの力を持つ異界の魂と言えども、耐えきれるものでは無かった。本来解るはずの無い未来を読み取る力。神の領域と言える到達点に辿り着いた力だった。僕の与えられた力を十全に使いつつ、世界を救うと言う意思を示す女神たちの攻撃に、魔剣の力を増すために晒し続けていた。今を生きる女神たちと、過去を生きその命を奉げ続けた女神たちの想いを、今も尚連綿と続いている悲愴であり悲壮な決意を読み取り続けていた。内からの衝動と、外からの破壊。その二つを受け止めきれず、自身を構成する事すら困難であったため、直ぐ傍に在りながら女神たちには認識できていなかったと言う訳であった。彼女から見れば突如現れた様に見えるのだろう。驚きと困惑と、それ以上の喜びに満ちた声に応える事はせず、ただ右手を伸ばした。

 

「でも、これは……」

「今の魔剣では、無理なんだよ。世界を救うどころか、君たちすら救えない」

 

 渋るノワールを諭すために言葉を紡ぐ。それは、僕がいたった極地によって垣間見た未来。限りなく近い未来、今生の女神たちが命を失う結末だった。声が震える。女神たちが次々と自分の命を奉げ剣を強くしていた。その過程で、目の前にいる黒の女神の心は壊れ、犯罪神を壊した後に自死を選んだ。そんな瞬間を、二度もみたいなどとは思わない。思う筈が無い。

 

「お姉ちゃん、魔剣を、ユウに渡してあげて」

「ユニ君」

 

 潰えていく命を思い返すだけで、狂おしい程の衝動が駆け抜ける。それを、自身の内の中に抑え込んだ。その結末は、彼女たちが知る必要の無いものだから。それは、僕一人だけが知っていれば良い可能性。それを知っているからこそ、覚悟を決められたから。未来を変えると誓い、ノワールを見詰めた。ノワールが少し気圧される。不意に、ユニ君の声が聞こえた。

 

「でも、ユニ。これは魔剣なの……。女神のシェアを喰らい強くなる剣。なら女神が直接使えば」

「それで勝てるなら、歴代の女神が勝って居る筈だよ。今までの使い方じゃきっと、犯罪神には勝てないよ。だから、信じよう。アタシ達の友達を、アタシ達が信じてあげなきゃいけないの」

「……そうよね。ユウは、何時だって優しかった。私たちが知らなかったとはいえ、許せるはずの無い程の酷い事をしてしまっていたのに、ずっと守ってくれてた……。ずっと、傍に居てくれてた……。そんな人を、信じてあげられないで……どうするのよ」

 

 ユニ君の言葉を聞いたノワールがその瞳から涙を零しながら僕を見詰めた。結局、また泣かせてしまっている。その事に、ちくりと胸に痛みが走る。それを、無視した。

 

「ありがとう、二人とも」

 

 黒の女神姉妹から託されたゲハバーンを両手で握り、犯罪神を見据えた。化け物としか言い様の無い巨躯と、獣の姿をした胴体。破壊神。目の前に存在する異形の神。僕のいるこの世界を破壊し、滅亡へと追い込もうとする存在。かつて、数多の命を奪い、命が紡ぐ筈だった歴史を壊し続けてきた絶対的破壊者。今この時まで連綿と連なる、救世と言う名の悲劇の連鎖が作られる原因となった存在だった。

 

「お前が我と戦うと言うのか? 女神では無い唯の人間。神ですらないものが、我に勝てるとでも言うのか?」

「僕では勝てないだろうね。だから、僕は紡ぐんだよ」

「紡ぐ……だと?」

「ああ、あなたがこれまで壊してきた数多の命。育むはずだった希望。それを潰えさせざる得なかった女神たちと、魔剣の製作者たちを代表とした、過ぎ去った時を生きた人たちの想い。その全てを紡ぐ」

 

 犯罪神を見据える。手にするは、かつてこの世界を生きた数多の存在たちの想いの宿った剣。生きる事を渇望しながら、死を肯定せざる得なかった女神たちが居た。その女神を救うために命を賭けた男がいた。生と死を繰り返し、幾度となく蘇る犯罪神の脅威から世界を守る為、犠牲になった数多の命があった。その全ての遺志を、世界を護りたいと言う想いを読み取り、自身の手にする魔剣の中で再現し、死した者達の想いを掬い上げる。

 

「死は全てのモノに等しく訪れる。例えそれが女神と言う存在だったとしてもな。我に滅ぼされるのは、早いか遅いかの違いに過ぎない。何故それが解らない?」

「その言葉、そのまま返させて貰うよ。なぜあなたは滅ぼす。ただ生きたいと言うこの世界に生きる者達の想いを踏み躙る。あなたは早いか遅いかの違いしかないと言った。ならば、なぜその命が自然に潰えるまで、待とうとしない!」

 

 涙が零れた。両の瞳から、絶え間なく雫が滴り落ちる。それを拭う事もせず、ただ犯罪神に問いかける。過去を生きた者達の想いを読み取っていた。それは、魔剣の中で再現されると同時に、自身の中で再現される。その想いが、狂おしい程切実に僕に語り掛けて来るから。

 国を守る為に奉げられた命。護るべき者達を守る為に散った命。世界の存続を渇望した命。自身の生を望みながらも他者を切り捨てる事が出来なかった優しい命。絶望しながらも未来を紡ぐために賭けられた命。好きな人を護るために涙を堪え笑顔で潰えた命。その全ての想いが、記憶を通じて語り掛けているんだ。これ以上の悲劇の連鎖を止めて欲しいと。涙を零すのは自分たちで終わりにして欲しいと。かつて確かに存在した女神たちの悲愴であり、悲壮な願いが!

 だから僕は、犯罪神の言葉を否定する。すべてのものはいずれ死を迎えるだろう。その事実を否定する事はできない。だからこそ、この世界で生きたいと思うんだ。命は理不尽に潰えさせられて良いものなんかじゃないんだ。過去の女神達や、今僕が感じているようなどうしようもない憂いは、嘆きは、これ以上増やしてはいけないから、犯罪神に向け散って逝った遺志を示す。

 

「それが我の存在意義だからだ。言ったはずだ、今滅ぶのも、何れ滅ぶのにも違いなど、無い」

「違いなら、あるさ。あなたが居たから、犯罪神と言う理不尽な滅びがあったから、僕はこの世界に呼び出された。あなたが居なければ、僕はこうして今此処に存在する事も無かっただろう。だから、違いはある。今死ぬのと、いずれ死ぬのが同じだと言う訳は無い。だから……、あなたの言う事を僕は否定するんだ」

 

 悲愴なる別れがあった。悲壮なる決意があった。だからこそ、今この世界は繋がっている。その意志全てを魔剣に束ね、想いを込める。この剣は、世界を、女神を救いたいと言う純粋な想いによって作られた剣である。だから、その全ての想いを受け止めて尚、その存在が変わる事は無い。この世界を守る為の剣と言う事実だけは、揺らぐ事が無いんだ。だから僕は……魔剣ゲハバーンがゲハバーンである事を肯定する。世界を救いたいと願った人間の意思を、想いを受け継ぐ。

 

「それはお前たちの意思でしかない。そのようなもの……滅びの前では何の意味も持たない。どれだけお前たちが滅びを拒絶しようと、終わりは必ず訪れる」

「そうだ。すべてのモノには終わりがある。だからこそ、想いが在り、願いがある。終わりがあるからこそ、その時代を生きた者達の想いが、今を生きる者達まで連なるんだ。終わりがあるからこそ、道は繋がるんだ」

 

 魂が、想いが、狂おしい衝動となって駆け抜ける。熱く、そして悲しい想いだった。両の眼からは涙があふれ続け、死した存在であるはずの僕の魂すらも震わせる。死者にすら生を実感させる、紡がれ続けた想いだった。それを全て、魔剣に捧げた。想いの剣に、全ての想いを注ぎ込む。

 

「死は土に帰るだけだ。潰えると言う事なのだ。残るモノなど、何もない」

「残るさ。例え死しても、変わらない想いは存在する。だから僕は、呼び出された。その想いを束ねる力を与えられた」

 

 魔剣。熱を持って震える。救世の魔剣が、全ての女神達の想いを受け止め、その存在を強く輝かせる。それは、過去に散っていった者達の想いの、願いの輝きだった。世界を救いたいと言う、尊い願い。その想いが、魔剣を通し、再びこの世界を照らしていた。暖かい光。シェアの力。かつて紡がれた願いの全てが、それを受け止め受け入れた魔剣から溢れだす。何よりも尊いその光は、救世の輝きだった。

 

「なんだ……その光は」

「これは、かつて生きた者達の想いの力。この世界の歴史を刻んだ人たちの想いの輝き」

 

 犯罪神の問いに答える。魔剣が喰らった想いの力だった。かつて奉げられた想い。それは、魔剣から消えたわけでは無かったのだ。ただ、色褪せていただけなのだ。長すぎる時間が、輝きを弱めてしまっただけだった。だから、その想いをもう一度想い出させただけなんだ。魔剣と言われた想いの剣に。

 

「あれが、この世界を救いたいと願い続けた女神たちの想い……」

「感じる。凄く暖かくて、綺麗な想い……」

 

 黒の姉妹が呆然と零した。気付けばノワールとユニ君が、僕を支えてくれていた。魔剣に宿った想いの再生と、犯罪神との対峙を同時に行っていた。自分だけの力では、立っている事すらできなかったかもしれない。倒れないように背を支えてくれる二人に、心の中だけで感謝する。

 

「ふ、ならばその想いでどうすると言うのだ。我を滅ぼすとでも言うのか? 確かにそれが成せるだろう。だが、それは貴様たちにとって、束の間の平穏に過ぎない。どちらにせよ、我は再び蘇りしかるべき時に世界を壊すだろう。結局は、何も変わりはしない」

「そうだね。この魔剣では勝てない」

 

 犯罪神が嗤う。確かに、犯罪神の言う通りであった。魔剣の力は、あくまで倒す力でしかない。この世界に存在する肉体を壊し、破壊する能力。ソレを以てすれば、犯罪神の仮初の器は壊す事が出来るだろう。それによって、長き時間を稼ぐ事だけならばできる。だけど、犯罪神による脅威を無くす事はできなかった。精神体である犯罪神を滅ぼす事は、魔剣の力では不可能なんだ。

 

「そうであろうな。結局貴様らの言う想いなど……」

「だったら、勝てる様にすれば良いんだ。魔剣が魔剣でなくなれば、良い」

「なに……?」

 

 今の魔剣では成せないと言うのならば、それを成せるようにすればいい。犯罪神の脅威に打ち克てないと言うのならば、打ち克てるような剣にすればいい。その為に僕は呼び出された。その為に、剣と言う概念に絶対的な能力を持つ能力を与えられた。その為に剣の極地に至ったんだ。できない訳が無かった。

 今この時まで紡がれてきた救世の想いを、今生の女神の想いに掛け合わせる。それは、僕との戦闘を通して示された想いだった。かつてこの世界を生きた女神たちが願った想いと同じ想いを示していた。その想いに想いを重ね、過去と現在を繋ぎ止める。魔剣の輝きが強くなる。それは、僕の知る女神たちの持つ輝きと同種のものであると言えた。この世界を救いたいと言う女神たちの願いに、今も昔も変わりは無かった。

 

「貴方を倒すためだけに作られた剣。だけど、それでは駄目なんだ。だから僕は、過去の想いを紡ぎ今の想いと重ね、束ねる」

「なんだ……その力は。貴様は、何をしようとしている?」

 

 手にする魔剣を、能力を解き放つ仮初の体を、想いの奔流が駆け抜ける。背筋がぞくりとする程圧倒的な感覚だった。温かく、何よりも澄み切った祈り。それが、手の中で存在を主張する。過去から今までの、世界を救いたいと言う願いだった。

 

「変えるんだよ。この力を以てしてもあなたを倒す事などできはしない。だから、それを成せる未来を手繰り寄せる」

「未来だと?」

 

 それは、剣の極地に至り得た力。未来すらも読み取るほどの力だった。そしてその読み取った未来を、犯罪神の存在しない世界を作り得る力を見つけ、それを成せるように魔剣を再構築していく。想いの力が強すぎる光を放つ。救世の輝きが世界を照らし、散って言った人々の想いが駆け抜ける。綺麗だ。その輝きを見詰め、ぼんやりと想う。

 

「……っ」

「ユウ!?」

「大丈夫なの!?」

 

 両の手で強く握った魔剣から、凄まじい勢いで自身を構築するシェアを吸い取られていた。魔剣の再構築。それを救世のシェアを用いて成す事などできはしない。この想いは、始まりの時から今に至るまで紡がれ続けてきた想いは、世界を救うため以外に使われる事があってはいけないんだ!

 だけど救世の想い意外のシェアで魔剣を構築する事もできはしない。普通の手段では、魔剣を再構築する事は出来なかった。救世の魔剣を、救世を成すための女神の持つシェア以外から、その形を変える事無く再構築する。それが出来るシェアが、都合の良い事に一つだけ存在していた。

 それは、救世の為に呼び出された僕を構築するシェア。女神四人分の想い。その力は女神の手から離れ、僕に与えられた力ではあったけど、この世界を救いたいと言う一心から使われたモノだった。それは、確かに救世のシェアと言えた。

 だからこそ、それを奉げる。仮初の肉体をこの世に留められる事だけに使われていた祈りの力、それが魔剣に流れ込み、希望を紡いでいく。背筋を言い様の無い不安な感覚が走り出す。それは、ある意味で慣れ親しんだ感覚だった。死の感覚。それが、徐々に徐々に近付いて来ていた。黒の女神姉妹が心配げに言った。支えてくれる手の熱が、心地よい。傍に二人の女神さまが寄り添い支えてくれる。怖い事なんて、何もなかった。

 

「――」

 

 想いを読み取り、願いを繋ぎ、それを成せる未来を手繰り寄せる。僕の求めた世界。一度は全てを失った僕に出来た、大好きな人たち。その人たちがただ生きていける、そんな世界。それを作る為に全身全霊を以て、能力を振るう。禍々しい紫の刀身から、穢れの無い救世の想いをあふれ出した魔剣が、少しずつ、少しずつその姿を変えていく。再現、再構築、最適化、そして全てを、未来すら見通す力。その全てを以て、自身の求めた世界を作る為、この世界を護るため、大好きは人たちを護るため、存在を賭して、想いの剣を作り出す。

 

「貴様は、自分が何をしているのか解っているのか……? それは人の使える力ではない」

「……。解っているよ。だからこそ、あなたを越えられる可能性を持つ!!」

 

 過去の想いを受け継ぎ、現在に繋ぎ、未来を切り開く。

 その能力は、僕の成そうとしている事は、弱い人間でしかない僕なんかでは到底成せない事だろう。それでも、譲れないものがあるんだ。僕は既に死した人間だけど、それでも護りたい物はある。失いたくない想いは、あるんだ!!

 

『……、ユウ』

 

 二人の女神が体を強張らせたのが解った。だけど、何の言葉も掛ける事はできない。今この場で声を掛ければ、きっと怖くなるから。存在を賭けて犯罪神を阻む事が、きっと怖くなるから。だから二人には背を向けたまま、護るべき者を背に守ったまま、倒すべき敵を見据える。

 

「……っ、っ」

 

 それでも、想いは届かない。僕一人では、未来を切り開く力をこの世界に作り出す事は叶わない。声にならない声を上げる。解ってしまった。魔剣の再構築。それを成すには、力が足りなかった。シェアが、足りなかった。僕を構築する女神四人分のシェア、それをもってしてでも、想いの剣を再構築するのには僅かに足りなかった。全身全霊で挑んでいた。それでも足りない。それ程受け継いだ想いもまた、強かったのだ。叫び声を上げる。それでも、どうしようもなかった。僕を構成する全てのシェアを奉げても、それでも僅かに想いが足りなかった。女神たちを、世界を救うためにここまで来た。それが、できないのか。僕では、届かないのか……。突付けられた事実に、心が折れそうになる。

 

『前を見ろ、四条優一!!』

「……っ!?」

 

 そんな時、あり得ない声が聞こえた。それは、聞き覚えのある声だった。僕が犯罪組織に入って出来た友。熱き魂を宿した紅き勇者。子供たちの為に世界を変えると言い、戦い抜いた男。ブレイブ・ザ・ハードだった。

 どうして……。そう思った時、目の前に紅き剣が浮かんでいた。ブレイブが最期の力を振り絞り、僕に託した力だった。その剣が今語り掛ける。

 

「この声は……、ブレイブ?」

 

 ユニ君の驚きに満ちた声が聞こえた。二人の間にもまた、奇妙な因縁があった。それで、想うところがあったのだろう。様々な思いが入り混じった声音を聞き、理解した。

 

『お前が護ろうとしたものは、この程度の事で諦められるようなものだったのか? お前が女神と相対してでも成そうとした事は、此処で終わってしまう程度の事だったのか。俺が友と認めた者の想いは、この程度の物だったのか!?』

「そんな事は……ない!」

『ならば、成し遂げろ!! お前の想いは、護りたいと言う想いは、この程度では無いだろう!!』

 

 友に背中を押されていた。萎えかけた心が熱く燃え上がる。世界を護りたい。その想いが足りなかった。あと、ほんの僅かに足りなかった。だから、想いの剣を完成させることができそうになかった。ならば、作り出せばいい。想いが足りないと言うのならば、僕が願うんだ。救世を。

 

「すまなかったね」

『気にするな。友が全てを賭けて挑んでいた。例え主が相手であったとしても、手を差し伸べぬ道理は無い。お前はお前の想いを……貫け!!』

 

 ブレイブの、僕の友達の言葉に笑みが浮かんだ。死してなお手を差し伸べてくれる友が居た。ならば、その想いに報いる為にも、世界を護らなければいけないんだ。強く、強く願った。世界を守る、最後の力を。

 

「……」

 

 そして、一際強き光が辺りを包み込む。辺りには、祈りの力が満ち溢れている。女神たちが、そして犯罪神が僕を見据えていた。

 

「それが、貴方の作った剣?」

「ユウが作った、世界を救うための剣なの?」

 

 黒の姉妹が聞いてくる。

 

「そうだよ。これが、世界を救う剣。繋がれた救世の想いを束ねた剣だよ」

 

 それに頷く。全ての力を使い果たしていた。自身の纏っていた黒と紅のプロセッサユニット、既に消滅して長釣丸だけが傍らに落ちていた。直ぐ傍に、紅の剣も力を失ったかのように光を失っていた。

 

「きっと、僕はこれを作る為だけに、この世界に来たんだ」

「これを作る為に……貴方はこの世界に呼び出された?」

「そう、過去の女神たちの想いを、魔剣の製作者の想いを受け継いだ救世の為の剣。魂を賭して完成させた、想いの剣」

 

 ノワールの言葉に、頷いた。

 

「想剣・魂の剣(ソード・オブ・ソウル)

 

 それは、穢れ一つない純白の大剣だった。世界を救うと言う、無垢な想いの結晶。自身の魂を、文字通り賭して完成させていた。想いと魂で構築された大剣。救世の剣。未来を切り開く為だけの力だった。

 

「ノワール、これを……」

「なんで……」

「ごめんね、僕にはもう、犯罪神を倒す事が出来そうにないから……」

「……っ、解った。絶対、貴方の想いは無駄にしない」

「頼むよ、それは、君が使うように最適化したものだからね。一撃、ただ一撃当てれば、それで終わる」

「……っ、貴方、最初から!?」

「うん、ごめんね」

 

 その剣を黒の女神に託す。真っ白な剣。それはきっと黒の女神に、ノワールに良く似合う筈だから。救世の為の剣を持つ女神の姿はきっと、何よりも気高い。その姿を見る事が出来た。

 

「ユウ……」

「ごめんね、ユニ君。結局僕は、君を泣かせてばっかりだ……」

「そんな事ない!! いっぱい、一杯助けて貰った!!」

「そっか、そう言って貰えると……嬉しいなぁ」

「だから、だから一緒に居てよ!!」

 

 思えばこの子を泣かせてばかりだった。友達といいながら、やっている事はいつも心配を掛ける事ばかりだったと思う。今もまた涙を流すこの子の姿に、胸が痛むと同時に暖かくもなった。それだけ大事に思っていてくれたと言う事だから。そんな彼女に何も遺してあげられていない事に気付いた。ノワールには救世の剣を遺す事が出来た。だけど、この子には何もあげないのか。そんな訳には行かない。

 

「ごめんね。それはできそうにない……」

「……っ、いや、だよ……」

「ごめんね、変わりにこれを遺すから。きっと、君を守ってくれるから」

 

 だから、傍らにある長釣丸と紅の剣を取った。紅き剣に、ブレイブに、ユニ君を頼むと魂で伝えていた。返事は無い。だけど、光を失った紅の剣が一度だけ小さく輝いた。それが、返事だった。僅かに残っている力を込め、最期の力を振り絞る。願いの輝きが二つの剣を包み込み、一つの形を成していた。それは紅き銃剣。姿形は変われど、確かにブレイブの持っていた勇気の剣(ブレイブソード)だった。

 

「勇気の剣。ブレイブの物と、僕の物、その二つをユニ君用に最適化した剣。貰ってくれるかな?」

「貰う……貰うよ。今は剣ではお姉ちゃんに勝てないけど、いつかこの剣で越えて見せるから……だから……」

 

 それまで一緒に居てよ!! そう涙を浮かべながら懇願する妹の言葉に心を打たれていた。だけど、それはできない。もう、僕にそれだけの余力は無いから……。

 

「ごめんね……」

「……ユウ!!」

「……嘘つき! 約束したのに……、支えてくれるって約束したのに!!」

 

 黒の女神姉妹が泣いていた。止めどなく涙が溢れていた。そうさせたのが自分である事が情けなくて、でも嬉しくて。直ぐ傍に二人はいた。大切な、大切な友達。その未来を護るために僕は此処まで辿り着いた。そして、泣かせた。その涙を見て、自分の気持ちに漸く気付いた。ああ、そうか、だから僕はこの世界を……

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は君たちに出会えて、本当に良かった……」

 

 異界の魂は、最期に何かに気付いたようにそう呟き、黒の女神の姉妹に手を伸ばす。そしてその手が二人の頬に触れる直前、

 

「あ、ああ……ユウ!?」

「嫌だよ、消えないでよ!?」

 

 全ての力を使い果たした異界の魂は、女神に触れる事無く、露と消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……」

「そんな……」

 

 異界の魂が消滅し、その肉体が消え去った時、二人の女神から涙がこぼれた。

 

「所詮は無に帰すだけ……か。どれだけの想いを持とうと、意味など無い。座興は終わりだ……、この世界ごと、消し去ってやろう」

 

 その様子を見詰めていた犯罪神がその力を解き放つ。強すぎる力が辺りを包み込んだ。その力をまともに受けた女神は、動く事が出来なかった。二人を除いて。

 

「させない。そんな事絶対にさせない」

「ならばどうすると言うのだ、我を討つというのか? 何もできなかった貴様たちが」

「ユウが繋いでくれた想い。この世界を護りたいと言う今まで続いてきた想い。アタシ達には、それが在る」

 

 犯罪神の言葉に、黒の女神姉妹は託された武器を手に犯罪神を見据えた。覚悟は決まっている。怖くないなんて言わない。だけど、二人は大切な友達が遺してくれた想いを手にしていた。このまま逃げるなんてできる訳が無い。

 

「行くわよ、ユニ」

「解ってるよ、お姉ちゃん」

 

 黒の姉妹は、犯罪神に向かい肉薄する。

 

「無駄なあがきを」

「お姉ちゃん行って!! ブレイブソード!!」

 

 それを迎撃する為、無造作に放たれた負の力の奔流。それを、ユニは託された武器を用い斬り裂いていた。犯罪神の放った力が二つに割かれる。その間を、黒の女神が駆けていた。

 

「あなたを倒す!!」

「やって見せろ、女神。そして思い知ると良い。貴様たちには何もできはしないと。あの人間の犠牲は何の意味も無かったのだとな」

「そんな事……無いっ!!」

 

 ノワールの全身全霊の一撃。それを犯罪神はあえてその身に受けた。それが、黒の女神の心を折るのに最も適していたから。異界の魂がその存在を賭して完成させた剣に、何の意味も無かったと知らしめることが、最も効果があると解っていたからの行動だった。

 

「言ったはずであろう……。想いなどに、何の意味も無いと……」

「そんな……」

 

 そして、その言葉通り、魂の剣が犯罪神を倒す事は無かった。傷一つ付ける事が出来ず、ノワールの振るった刃は、何の手応えも生まなかった。そう、刃が当たったにも拘らず(・・・・・・・・・・・)

 

「……何?」

 

 ノワールが認める事が出来ない事実に膝をついた時、不意に犯罪神に異変が起こった。初めて零す、困惑に彩られた言葉だった。何度も辺りを見る様に、その巨体を動かす。

 

「何が……」

 

 唐突に起こった犯罪神の不可解な行動に、訳も分からないままノワールは距離を取った。

 

「……、そうか、そう言う事か……」

 

 犯罪神は何かに思い当たったように、そんな言葉を残す。そして、その姿がぼろぼろと崩れ落ちる。化け物と言うしかない巨躯が。獣のような胴が。空間に食われるように、その体を消滅させていく。

 

「やってくれたな人間」

 

 そして、最期にその言葉を残し、犯罪神もまた消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は流れる。

 一時は犯罪組織にシェアを奪われ滅亡に瀕したゲイムギョウ界であったが、女神候補生や異界の魂による女神の救出、そして犯罪組や犯罪神との対決。その間に刻まれた爪痕も深い。女神たちの最初に成すべき事は、失ったシェアの回復であり、自分たちを信じてくれた国民たちへの還元だと言えた。犯罪神を倒した喜びも分かち合う事が出来ないまま、女神たちは各々の国へと帰って行った。

 それもようやく一段落が付き、黒の女神姉妹は一息吐く為にとある場所に訪れていた。それはラステイションの教会にある、大木の前。かつてノワールとユニがともに修練をした思い出の場所であり、異界の魂が、ユニを友達と言い、成長させた場所でもあった。

 其処に一振りの剣が墓標のように突き立てられていた。穢れ泣き純白の大剣。犯罪神の脅威を取り除くために作られた、想いと魂の剣だった。その剣の前で、二人の女神は小さく手を合わせ、少しの間祈りを奉げる。

 

「ねぇ……、ユウ。貴方のおかげで、世界は救われたわ……」

「きっと、アンタが居てくれたからアタシたちは死なずに済んだ」

 

 やがて祈りを終えた二人は、剣に語り掛ける様に言葉を紡いだ。それは、命を賭け世界を救った異界の魂への、感謝の言葉だった。言いたいことは山ほどある。だけど、それを全てのみ込んで、今この場に居ない人間に二人は感謝をささげた。 

 

「私たちは絶対にあなたを忘れない……」

「アンタが守ってくれたこの世界を、この命が尽きるその時まで護っていくから、だから見ていて。アンタが居なくても、しっかりできるってところを……」

 

 世界を救ってくれた人に、自分たちを命がけで護ってくれた人間に。

 

「だからユウ、ありがとう……」

「それと、さようなら……」

 

 気が付けば、黒の女神姉妹は涙が溢れていた。異界の魂が四条優一が、どれだけの事をしてくれたのか。言葉を紡ぐうちに、そんな想いが胸を溢れていたからだ。二人は空を見上げる。そらは、青い、蒼い色をしていた。どれだけの悲しみが去来しようと、時は移ろいゆく。異界の魂が消えたその時から、二人はその事が痛いほど良く解っていたから。

 

「綺麗ね……」

「そうだね、お姉ちゃん」

「この景色を、護らなきゃいけない」

「うん。そうしないと、ユウに怒られちゃうからね」

 

 確かに生きていた。異世界に呼び出され、理不尽な運命を課せられた異界の魂。二人の友達は、それでもこの世界を守る為に、全身全霊を以て生き抜いた。たとえ死んでいたとしても、その姿は、確かに生に溢れていた。その友達が護ってくれた世界。綺麗な世界を護りたい。護らなきゃいけない。二人の女神は自分にそう言い聞かせる。そして前を見据えた。大事な人を失った。それでもこの世に生ある限り進んで行かなくてはいけない。生きたいと願いながらも生きられない人もいるのだから。二人はその事を知っていた。だから、黒の姉妹はもう、涙を流してはいなかった。

 

 


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