異界の魂   作:副隊長

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48話 救世の悲壮

「そんな……」

 

 女神たちの攻撃が異界の魂に降り注ぎ、辺り一帯を光の奔流が襲っていた。それを止める事が出来なかったユニは、その場に膝をつき呆然とその光景を見詰めている。ポロポロとその瞳から涙が零れ落ちた。自分たちが何をしてしまったのか、それを知ってしまったから。

 

「ユニ!?」

「お姉ちゃん……」

 

 そんな妹の様子に不穏なモノを感じったノワールは、間髪入れずに舞い降りる。

 

「あなた、無事だったの?」

「うん。ユウに斬られたけど、怪我一つないよ……。斬られたのは覚えているのに、何ともないの。それより、如何してユウを攻撃しちゃったの……?」

「……」

 

 駆け寄るノワールに、ユニは問いかける。ノワールの表情がびくりと震えた。

 

「この世界を護る為よ……。私達がユウを呼び出し、殺した。私たちは、何の関係も無い人を犠牲にしてしまっているの……。だから、絶対に護らなきゃいけないの。その覚悟を見せなきゃいけなかった。そうしないと、ユウが世界を壊す事を望んでしまうと言うから……。だから私は……」

 

 それでも妹を見詰め、気丈に意思を示す。黒の女神は悲しみに暮れながらも自分の成すべき事を成していた。

 

「違うよ、お姉ちゃん。それは違うの……。アイツは、最初からそんな事を考えてなんかいなかったの……」

 

 そんな姉の言葉を、妹は涙を零しながら否定する。知ってしまった。黒の女神の妹は、異界の魂が本当に成そうとしている事を知ってしまっていた。

 

「ユニ、あなた何を言って……」

 

 ノワールは、ユニが何を言っているのか理解できず、ただ問い返す事しかできない。

 

「下っ端たちが教えてくれたの……」

 

 女神の妹達が異界の魂に斬り伏され、意識を失っている間にリンダとワレチューに拘束されていた。それは女神に対する人質。四条優一を、女神が全力を以て倒せるようにするための人質の筈だった。マジックが全てを暴露する事によって、その計画が崩れた為、彼女たちには価値が無くなったが、本来はそう言う風に用いる為に捕えられていたのだ。そしてマジックが死んだ時、下っ端とワレチューもまた、異界の魂が本当に成そうとしている事を理解した。だから、人質として捕えた者達を解放し、異界の魂を止める事を選んだ。

 

「ユウの目的は、世界を壊す事なんかじゃないの……」

「知ってるわよ……。あの人の目的は一つ。ただ、生きたいと言う、生きているモノならば何だって思うありふれた願い。だけど、だからこそ誰もが渇望する願いでもあるの……」

「違うんだよ、お姉ちゃん。ユウは、最初から自分が生きるなんて事、考えていなかったの……。自分を諦めたうえで、別の事をしようとしていたの……」

「どう言う、事よ……」

 

 私たちは思い違いをしていたの。ユニはそう呟く。考えてみれば、解る事だった。あの四条優一が、馬鹿正直に本心を語る訳が無い。優しすぎるから。そして、自分を殺す事が出来るから。その事を知っていた筈なのに、女神の姉妹はその事実に気付く事が出来なかったのだ。

 

「ユウはね、シェアを集めていたの。私たち女神が持つ、人々の祈りの力。それを、集めていたの」

「なんで、そんなものを?」

「護る為だよ。アタシやお姉ちゃん、皆がいるこの世界を……」

「そんな……だって、あの人はこの世界を許す事なんてできないって……」

「それでも! ユウはこの世界を壊す気なんてなかった。だって、本気でそんな事をしようとしているなら、とっくにユウはこの世界から消されている筈だから」

 

 それは異界の魂に、四条優一に課せられた誓約。女神の脅威を排除する為に呼ばれていた。つまりは、世界の脅威を排除するのが四条優一の役割である。それがこの世界での存在意義だった。そんな異界の魂が、世界を壊す事を本気で望んだとしよう。それを成す力もある。そんな存在を、世界が許すはずがない。ましてや、今の女神は世界を救える可能性の片鱗を見せていた。ならば、異界の魂に固執する理由は無いのだ。世界から異界の魂を消す事など、難しい問題では無い。本来いないものが、元の場所に戻るだけなのだから。

 

「じゃあ、ずっと私たちは、あの人に騙されていたの?」

「そう……だよ。アイツは、本当に大事な事は誰にも相談なんてしてくれないの。全部、自分一人で決めちゃうの」

「それじゃあ、私たちが倒そうとしていたのは」

「世界を救うための犠牲になろうとしていた、大事な友達」

「嘘、嘘よ……」

 

 ノワールはユニの言葉を聞きたくないと言わんばかりに、頭を振るう。信じたくなかったのだ。世界を護るために、そうしないと世界を壊すと言う異界の魂を倒す覚悟を決めた。その相手が、最初から世界を壊す気が無いと言う事は、あってはいけない事だった。

 

「間に、合わなかったの?」

「そのようですね……。結局最後の最期まで四条さんを犠牲にし続けてしまいました。許してくれなんて言う資格はありませんね……。ですが、悲しいんでいる訳には行きません。最後の敵が、まだ残っています。犯罪神と言う、全ての元凶が……」

 

 崩れ落ちる黒の女神に寄り添う妹を見て、アイエフに支えられたネプギアは悲しげに零した。共に捕えられていたイストワールとアイエフもまた解放されていた。異界の魂と言う本来は部外者以外の幹部をすべて倒された犯罪組織に、彼女たちを捕える意味が無かったから。

 

「犯罪神……」

「それを倒すために、ユウはシェアを集めていたの。そうじゃないと、犯罪神には勝てないから。アタシたちを斬ればそれでシェアは集まるのに、アタシたちに全力で攻撃させてそれを魔剣に喰らわせることで少しずつシェアを集めるっていう周りくどい方法を選んだの……。それはきっと、アタシ達を守る為……」

 

 異界の魂の目的は、犯罪神を倒すためにシェアを集める事だった。女神が世界を護る為に願った力、それが魔剣を強くするには必要だった。それを喰らわせることで、魔剣の力を増す。異界の魂はそれを成そうとしていた。例え自身がどう思われようと、大切な者達を救いたい。既に死んでいる異界の魂には、もうそれ位しか、成したい事が無かったのだ。

 

「それじゃあ……」

 

 やがて、巻き上がっていた砂塵が収まり、視界が開ける。光の奔流を受けたその場は、あるモノを除いて、全ての物が消滅していた。その場にあるのは、たった一つ。シェアを喰らう魔剣。ゲハバーンだけが存在していた。世界を護るために放たれた一撃。シェアを喰らう魔剣を除き、全ての物を消し去っていた。今生の魔剣の持ち主であり、先程まで対峙していた異界の魂すらも。

 

「あ、ああ……」

 

 異界の魂は世界を護る意思を示せと告げていた。そして、たとえどんな相手だろうと倒し進むと言う覚悟を女神は示していた。そして、世界を守る為に背中を押してくれた弱き人間を、自らの手で消し飛ばしてしまった。最後の最期までただ護ろうと真意を隠し続けた友達を、殺してしまった。

 

「此処が……、絶望の始まりか……」

 

 黒の女神が耐えきれず心を折ってしまった時、それは不意に現れた。それは、禍々しき邪神。どす黒い負の感情を撒き散らし、魔物とも悪魔とも言えるおぞましい巨躯に、獣の胴体を持つ異形の神の姿だった。破壊神であり、邪神であるとしか思えない風貌に加え、次元を引き裂き現れたとしか思えないほど、唐突に表れる姿は、絶望を刻む破壊神と呼ぶにふさわしい。四天王が全て死に、魂が犯罪神の下に帰ったことで蘇った犯罪神が、砕くべき女神の絶望に引き寄せられ、女神たちと速すぎる邂逅を果たしてしまっていた。異界の魂が女神を、この世界を救うために行って来た事の代償が、犯罪神の早すぎる来訪に繋がってしまっていた。犯罪神は絶望を喰らいその力を増す。女神の絶望は、何物にもかえ難き、糧と言う事だったのだ。

 

「これが、犯罪神……」

「怖いよお姉ちゃん」

 

 唐突過ぎる犯罪神の出現に、紫の女神が唖然とした様子で破壊神を見詰めた。何なのだこの敵は。皆の力があったからとはいえ、犯罪組織の幹部を倒し、異界の魂に覚悟を示した女神である彼女を以てしてもそう思ってしまうほど圧倒的なまでの負の存在だった。妹のネプギアが姉の傍に駆け寄り、怯えたように震えるが、姉であるネプテューヌには、彼女を勇気づけるだけの余裕が無かった。ネプギアだけでは無く、ネプテューヌすらも本質的な恐怖を感じていたから。

 

「なんなの……アレ……」

「怖いよ……」

「ロム、ラム!! 絶対に私から離れるなよ!」

 

 ネプギア共にこの場に到着していた白の女神の双子の妹もまた、目の前に存在する破壊神に恐怖する。姉である白の女神の背中に隠れるも、その背中もまた震えていた。自分を叱咤する様に白の女神が言い聞かせるが、震えが消える事は無い。

 

「何ともまぁ……、規格外な相手が現れたものですわね……」

 

 緑の女神もまた、槍を構えるがその肩は小さく震えていた。相手は何度となくゲイムギョウ界を滅亡に追いやろうとした破壊神である。女神としての本能が、目の前の敵を恐れていた。

 

「お姉ちゃん、立って!」

「あれが、犯罪神」

 

 そして黒の女神が妹に立たされ犯罪神を見据えた。ユニとノワールもまた、他の女神同様、終わる事が無い女神と犯罪神の争いの連鎖で刻まれた本能に抗う事が出来ず震える。辺りを包む不気味な気配。死を連想させる。女神は対峙するだけで解ってしまった。こんな化け物に勝てるはずがない、と。

 

「それでも、やらなきゃいけないの。あの人が、背中を押してくれたから!!」

「お姉ちゃん!」

「やるわよ、ユニ。勝てないとしても、私たちは戦わなきゃいけないの」

「解ってる。ユウはこの世界を護ろうとしてくれた。その想いを、アタシ達が繋ぐ!」

 

 それでも黒の女神は震える体に強く力を入れ、黒き大剣を構えた。勝てるなんて思えない。だけど、異界の魂はたった一人で、女神や犯罪組織に板挟みにされ、それでも世界を救うと言う想いを見せてくれた。辛くなかった訳が無い。悲しくなかった訳が無い。恨まなかった訳が無い! それでも、異界の魂は、四条優一はこの世界が好きだと言い、命を賭けてくれたのだ。その想いを知ってしまったノワールは、たとえ勝てないとしても、最後の最期まで足掻かなければいけないのだ。それが異界の魂との約束だから。

 

「あら、一人で行くなんて水臭いわね」

「そうですよ。正直言うと怖いけど……、私たちも戦うよ。私だって、この世界を護りたいって、そう思っているんだから」

 

 黒の女神姉妹が悲壮な決意を固め前に出ようとしたとき、紫の女神姉妹が名乗りを上げる。

 

「此処で逃げたとしても、いつかどこかで戦わなきゃいけない。なら、復活したての今なら逆にチャンスかもしれねぇ」

「お姉ちゃん、アレと戦うの……? なら、私も戦うよ……」

「逃げても、駄目なんだよね。なら私もお姉ちゃんと立ち向かうわ。怖いけど、ロムちゃんとお姉ちゃんが一緒なら、絶対サイキョーなんだから!」

「ならば、まさか私だけ仲間はずれにはいたしませんわよね」

 

 白の女神姉妹も覚悟を決め、緑の女神も戦う意思を示した。

 

「今生の女神達か。貴様たちは、どれだけの時が経とうと、我の邪魔をするのだな。我が存在意義は全ての絶望であり滅亡。力無き女神達よ、世界を滅ぼす前に……、貴様たちを終わらせてやろう」

 

 犯罪神の力が全身から吹き上がる。絶望の根源。全てを潰えさせる、終焉の力。全てのものを壊し尽くす神と、世界を守る為に悲しみを乗り越えてきた女神の戦いが始まった

 

 

 

 

 

 

「プラネティックディーバ」

「N.G.P」

「ノーザンクロス」

「アブソリュートゼロ」

 

 女神の妹達が、その身に宿るシェアを最大限に引き出し、世界を守る為の力を解き放つ。黒き巨砲が、白き銃剣が、、交差する光が、全てを凍らせる絶対零度が、犯罪神を倒し、世界を救うために放たれる。

 

 

「インフィニットスラッシュ」

「ネプテューンブレイク 」

「ハードブレイク」

「スパイラルブレイク」

 

 妹達の攻撃に負ける訳にはいかない。今生の女神である四人は、妹達の攻撃を受け、凄まじいシェアに包まれる犯罪神に向け、肉薄する。黒の女神が、紫の女神が、白の女神が、緑の女神が犯罪神を倒すため、世界を救う為、異界の魂の想いに応えるために、全身全霊でその刃を重ねる。

 

「この程度か……?」

 

 それでも犯罪神には届かない。8人の女神によって放たれた渾身の一撃でさえ、犯罪神の肉体の一部を壊す事さえ敵わない。女神が弱いのではない。犯罪神が強すぎるのである。何人もの女神が、その命を奉げて倒してきた破壊神だった。一人一人の全力では、犯罪神を傷つける事さえ叶う事は無かった。自身を傷つける事すらできない女神を見詰め、犯罪神は期待外れだと言わんばかりに零す。文字通り、痛くも痒くもなかった。

 

「まだよ! やるわよ、皆!」

「絶対に、負けられないの!」

 

 それでも女神たちは諦める事が出来なかった。できる訳が無かった。目の前に居るのは世界を滅ぼす敵であり、自分たちは世界を護る女神なのだから。4人の妹と4人の姉は、その力を合わせ、犯罪神に向かいその力を解き放つ。

 

『スペリオルアンジェラス!!』

『ガーディアンフォース!!』

 

 それは女神たちが異界の魂に向け、この世界を護りたいと言う意思を込めて放った大技だった。この世界が大好きで、この世界を護りたい。護らなければいけないんだ!! そんな女神たちの心の底から出る切なる願い。その全てが込められた一撃が炸裂する。祈りの力が犯罪神を包む込み、この世界に仇名すものを排除する為、集いし力は奔流となり、犯罪神を倒すためにその威を振るう。

 

「貴様たちの力は、本当にこの程度なのか……? 弱い、弱すぎる……。これではまだ、過去の女神たちの方が、幾らかマシではあった……」

 

 その一撃ですら、犯罪神を倒す事は愚か、まともに傷つける事すらできなかった。

 

「そんな……」

 

 ゆっくりと視線を動かし、女神たちを見据える犯罪神に、女神たちは絶望の声を上げる。全身全霊の攻撃でさえ、何一つと言って良い程、効果を出す事が出来なかった。他者に縋り、犠牲にして此処まで辿り着いたにも拘らず、この世界を救う事が出来ると思えない。女神は、対峙する犯罪神の強さに、かつて感じた事が無い程の怖れを感じた。

 

「もう良い、貴様たちの命……破壊に導いてやろう」

 

 恐怖に震える女神たちを詰まらなそうに見据えると、犯罪神はその身に宿った負の力を全身からまき散らし、それを女神たちに向け解き放った。犯罪神を取り囲んでいた女神たちの視界が紅に染まる。女神たちの用いる祈りのシェアとは正反対の能力の終息を感じた。瞬間、

 

「そんな……」

「うぁ……」

「くそ、がぁ……」

「化け、物……」

「お姉ちゃん、ネプギア……」

「まだ、何もしていないのに……」

「痛いよ……」

「こんなのって、無いよ……」

 

 8人の女神が戦闘不能に追い込まれていた。ただ一撃。煩わしいと感じた犯罪神が、自身の持つ力を解き放っただけで、女神たちはその余波により、成す術も無く倒されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「こんなの……勝てる訳が無いっ」

 

 吹き飛ばされたノワールは、弱弱しく零していた。彼我の戦力が違い過ぎているのだ。マジックを倒す事が出来た、それで強くなった気でいた。だが、自分たちが敵対する相手は、尋常では無い力を秘めた相手だったと言う事だった。

 全ての女神が地に伏し、強すぎる犯罪神の力に戦意を失いかけていた。その時、ノワールは一つの剣を見つけた。

 

「これが、魔剣ゲハバーン。この剣なら……」

 

 それは、異界の魂が最期の戦いに携えていた剣。救世と悲壮の剣。古の女神達が、犯罪神が蘇るたびに命を奉げ、その力を増す事で犯罪神を撃退し続けてきた魔剣だった。この剣は女神のシェアを喰らう事で、際限なく強くなる。そんな剣だった。異界の魂は、この剣にシェアを少しずつ喰らわせる事で、魔剣の力を増し、犯罪神に打ち勝つ力を得ようとした。その過程で四条優一が耐え切れずにこの世界から消滅してしまったが、それでも、剣に込められたシェアは膨大なものとなっていた。この剣を使えば……。そう考え、ノワールは魔剣を手に取っていた。柄を握り締めた瞬間、言い知れぬ不快な感覚が全身を駆け巡る。思わず取りこぼしそうになる。直感的に感じてしまった。これは絶対に呼び覚ましてはいけない力だったと……。

 

「あ……、そっか、お姉ちゃん。まだ、魔剣が在ったよね……、ユウが残してくれた、想いの剣が……」

 

 剣から手を放そうとしたときに、ノワールはユニと目が合ってしまった。ユニの目が驚きに染まり、数瞬考えるような素振りを見せ、やがて決意が固まったようにノワールを見据えた。背筋に嫌な感覚が奔る。妹の瞳に映る覚悟の色は、どこかで見た事があるモノだった。

 

「ユニ……」

「剣を使うのは、お姉ちゃんが良いよ。アタシの大好きな、憧れだったお姉ちゃん……」

「な、何を言っているの?」

 

 ぼんやりと魔剣を見詰め、ユニがゆっくりとノワールに向かい近付いてくる。瞳には、悲壮な覚悟の色が宿っている。それは、四条優一が浮かべていた諦念に、どこか似ていた。命を無くす事への肯定。諦めの、嘆きの色だと言えた。怖かった。妹が考えている事が、自分の思っている事と同じだったとしたら……。そう考えた時、ノワールがユニから一歩後退した。

 

「ごめんね……お姉ちゃん。ごめんね……。アタシはこの世界を護りたい……。だけど、こうするしか、方法が見つからなかった……。ごめんね、ユウと一緒に、先に待っているから……」

「や、やめなさい!!」

 

 姉が一歩下がったのを見て、妹は覚悟を決める。そして、涙を零しながら魔剣に向かい一直線に駆け、その身を刀身に晒した。

 

「あ、ああ……っ」

「あ、ぐぅ……」

 

 ノワールの手に、肉を斬り裂く嫌な感触が広がる。目の前に広がる光景を、呆然と見つめていた。泣き笑いを浮かべた妹が、口から血を零し、魔剣に突き刺さっていた。

 

「ぐ……ごぁ……。ご、めんね、おね、え、ちゃん……」

「ああ、ああああ……、ああああああああああ!!」

 

 かはっと口から血を零し、ユニは最愛の姉に悲しげな笑みを浮かべごめんねと、謝罪を告げる。魔剣に命を奉げる。その方法しか、世界を救う方法が思いつかなかった。そして、恐らくそれ以外の方法は無い。既に犯罪神は蘇り、目の前に存在していた。自分たち女神が破れれば、犯罪神に対抗できるものは無く。だからといって、この場を斬り抜ける方法も存在しなかった。その為、この場で犯罪神を倒すしかない。そしてそれが出来るのは、目の前にある魔剣だけだったと言う事だった。妹が殆ど一瞬と言って良い間に導き出した答えにノワールも至り、自分が魔剣を手にしてしまった事がその原因である事に気づき、再び絶望が襲った。黒の女神の慟哭が、辺りに響き渡る。そしてその叫びが潰える前に、ユニの体は光となり、魔剣にのみ込まれた。

 

「ユニちゃん……」

「泣いてはダメよ、ネプギア。あれしかもう、方法は無いの」

「っ……、解ってるよ、お姉ちゃん」

 

 嘆きの声を上げるノワールを静かに見据え、紫の女神は静かに妹を諭した。親友の決意を見たネプギアは、その瞳に大粒の涙を浮かべるが、自らの手で拭うを、姉であるネプテューヌと手を繋ぎ、ノワールの前に立った。

 

「ネプ、テューヌ?」

「ごめんなさい、ノワール」

 

 そしてノワールの手を掴み、自分と妹の首元に魔剣を振るわせた。鮮血が黒の女神に降り注ぐ。そのまま、小さく何かを呟くが、それが声となる事は無く、血に向かい崩れ落ちる。やがて地に広がる血が大地に染み込み始めたところで、紫の姉妹もその姿を光に変え、消滅する。

 

「ネプテューヌ、ギアちゃん……。貴方たちの想い、確かに見届けました。立ちなさい、ノワール!!」

「ベール……」

 

 紫の女神姉妹が消えると所を見詰めていた緑の女神が、鋭く黒の女神の名を呼ぶ。ノワールは、今おき続けている事が事態が上手く呑み込めなかった。なぜ、妹達は消えているのか。どうして魔剣を握っているのは自分なのか。それが理解できない。したくなかった。

 

「私を殺しなさい。あなたの意思で! 今、此処で!!」

「そんな……、い、いやよ!!」

「魔剣を選んだのは、あなたです! ならばその覚悟を、今此処で決めなさい!! あなたが世界を救う。そう、思い定めなさい!! それが魔剣を手にした、あなたの責任です」

 

 この時、この状況でノワールが魔剣を手に出来たのは、偶然で片付ける事が出来なかった。理由は無い。だけど、今この状況で、ノワールの手に魔剣が在る。それはもう、この極限状態に置いては、魔剣の力を使う以外に考えられないと言う事だった。

 

「……、う、わあああああ!!」

「それで、良いですわ。あとは、お任せします」

 

 どうしてこんな事になったの? ノワールの頭にあるのはそんな想いだった。自分はただ守りたかっただけなのに、最愛の妹を、大事な友達を手に掛けている。その事実に、ノワールは涙する。だけど、もう止める事は出来なかった。既に半分の女神が、その命を奉げている。それは、誤魔化す事の出来ない事実だった。

 

「ネプギアちゃん、ユニちゃん……、ふええ……」

「お姉ちゃん……私たちも、死ななきゃいけないの?」

「ロム、ラム。ごめんな……。私はお前たちを護ってやれそうにない……。だからせめて、お前たちが逝くまで、抱きしめててやるから……」

 

 既に白の女神姉妹も覚悟を決めていた。泣きじゃくる妹達を、姉は強く抱きしめ黒の女神を見据える。その目には悲壮な決意が宿っている。救世の為の悲壮。それを受け入れた瞳だった。

 

「妹達に殺しはさせたくない。だけど私も妹を殺したくない。だから、頼む……」

「……うぁ、う、ん」

 

 最早、ノワールは何も考える事が出来なかった。早く、一刻も早くこの馬鹿げた悲劇を終わらして、楽になりたかった。瞳から冷たいものが流れ落ちる。それが何なのか、解らない。

 

「うぁ……死にたく、ないよ……」

「ぎ、が……、お姉ちゃ……ラムちゃ……」

「っ!? ああああああ!! あぎぐ……、ご、めんな……、辛いやく、おし……」

 

 三人の女神を切っていた。黒の女神のその瞳から、理性の色が消えた。考えるのは、たった一つの事だった。もう、こんな事は沢山だ。全部、終わりにしたい。暗い瞳が、犯罪神を睨みつける。

 

「魔剣か。いつの時代も、我の邪魔をする……。だが、最早我が居なくとも未来は決まったようだ……」

「御託は良いわ……」

 

 黒の女神を見詰めているだけだった犯罪神は、この世界の行く末を確信した。

 

「一緒に、逝きましょう……」

「良いだろう。こい、女神」

 

 だから、犯罪神は魔剣を持つ黒の女神がしようと思っている事が解ってしまったから、ただその身で刃を受け入れていた。深々と紫色の刃が、犯罪神を倒すため、その力を使っていた。

 

「これで、満足したか……女神よ?」

 

 犯罪神の仮初の体が、ゆっくりと崩れ落ちる。犯罪神の本体は思念体であるため、肉体は殺せても、本当の意味で殺す事は出来なかった。それでも、犯罪神の肉体を殺す事はできていた。ならば、今のノワールにとって、それは大した問題では無かった。一刻も早く終わらせたい、考えるのはそれだけであった。

 

「ごめんね……、皆……」

 

 そして魔剣を自身の胸に突き立てる。身体を貫く鋭い痛みが走り、ノワールの視界を真っ赤に染め上げる。それでも、漸く終わる事が出来る。そう考えると、自分が殺した人たちにもう一度会えるかもしれないと言う希望が浮かぶ。身体の奥底から、冷たいものがこみ上げて来る。きっとみんなが自分を呼んでいるんだ。そう思ったノワールは、自身の血に体を濡らしながらも、微笑みを浮かべて逝くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、この魔剣(・・・・)がこのまま行けば辿る運命だった。女神の全身全霊の一撃を受け、示された想いを受け止めながら、魔剣の辿る未来の軌跡を手繰り寄せる。それは救世の為に捧げる悲壮だった。僕は、そんな悲劇を二度と繰り返さないために力を求めた。未来を掴む可能性。それは魔剣ゲハバーンを手に入れた時、完全に潰えてしまっていた。剣の力では自分を救う事などできない事が、解ってしまったから。だから、この世界を救い、あの子たちを救い、未来を変える事だけを求めた。

 これから魔剣の辿る未来を見た時、言い知れぬ痛みを感じた。全てが終わってしまったような喪失感。ユニ君が死に、他の女神が命を奉げ、ノワールが自殺をした時に感じた。特に黒の女神姉妹の命が潰えた時、例えそれがまだ起っていないとしても、耐えきれなかった。これから起きるであろう映像を見ただけで、そうなった。実際に起きてしまえば、僕はどうなってしまうのだろうか。そこまで考えて、やめた。それを起こさせないために、僕は力を求めたのだから。剣の極地に、辿り着いたのだから。

 

「これが、魔剣ゲハバーン。この剣なら……」

 

 僕の傍(・・・)に突き刺さった魔剣を手にしたノワールが、先ほど見た未来と同じ言葉を口にする。この後が、悲劇の起きる時だった。だから、最期の力を振り絞る。それが、僕がこの世界に呼ばれた理由だから。ううん、それが僕の成すべき事だから!

 

「駄目だよ、ノワール。それじゃ、駄目だよ。その剣では、何も救えない」

 

 救世の為に生まれる悲壮。その悲しみの連鎖は、終わらせなければいけない。そして僕にはそれを成す力がある。だから此処で終わらせよう。それが僕の、求めた未来なのだから。




次回、事実上の最終話になります。
49話 異界の魂に続く

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