異界の魂   作:副隊長

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47話 世界を救う為に

「君たちは何度も聞いて来たね……」

「え……?」

 

 紅の女神がその姿を紅の粒子に変え、露と消えた。その時の姿勢のまま異界の魂はしばらくの間、微動だにする事が無かったのだが、不意に口を開く。その身に纏う黒と紅のプロセッサユニット。僅かに紅の輝きが強さを増していた。異界の魂を死なせたくなかったと言うマジックの想いが乗り移ったかのように、紅はその存在を強く煌めかせる。

 

「教えてあげるよ、僕が戦う理由」

「……っ」

 

 女神たちが息を呑む。黒の女神姉妹が知りたくて止まなかった事実。どうして異界の魂が女神から離れ、犯罪組織に加担するに至ったのか。その理由をゆっくりと語り始めた。

 

「僕はね、この世界の人間じゃない。元の世界に居た僕は、生きながらにして死んでいた半端者だった……」

 

 それは、かつて異界の魂が、四条優一が遭った不幸。家族が死に、自分だけが生き残った。その自分も、自由を無くし、生きて行く糧すら見つからなかった頃の話。チキュウに居た頃の、四条優一の境遇を語る。

 

「日々の暮らしに何の感慨も湧かなく、だからと言って自分で死ねるほどの気概も無い。身体が死んでいないだけで心が死んでいた。そんな時だった。この世界に呼ばれたのは」

 

 死ぬ勇気が無く、だからと言って日々の楽しみも見つからず、ただ漫然と生きていた。そんな時に用いられたのが、女神たちの使った異界の魂召喚の儀式だった。異界の魂召喚の儀。それは、チキュウと言う世界から、人間を呼び出す儀式であった。その儀式で呼び出される人間には、一つの特徴があった。すべての者がそうではないが、呼び出される人間は不満や逃避願望がある者。そう言う人間が呼び出される事が多かった。四条優一も、逃避願望を持っていた。その為、選ばれたと言う事であった。

 

「この世界に来て、見えない目が見えた。動かない足が動いた。様々な人たちに出会い、元の世界では失ったけど、この世界に来た事でもう一度友達と胸を張って呼べる人達もできた。それが、嬉しかった。何よりも、嬉しかったんだ……」

「ユウ……」

 

 異界の魂が最初に思い出すのは、目の前で表情を歪め、涙を溢れさせ掛けている黒の女神と、その妹。ノワールとユニは、一度は多くの物を失った四条優一にとって、新たにできた拠り所とも言える存在だった。女神の姉妹は助けられただけだと思っていたが、四条優一は彼女たちが想う以上に、二人の事を大事に思っていた。

 

「目に見える光が嬉しかった。自由に動く体が嬉しかった。僕の事を友達だと、そう言ってくれる人たちが出来て、嬉しかったんだ。好きになったんだよ、この世界が……。僕はね、この世界に呼び出され、君たちに出会った事で、もう一度生きたいと思えたんだよ」

「なら――!?」

 

 大切な思い出を噛みしめる様に異界の魂は言葉を紡ぐ。その表情は穏やかで、異界の魂にとって、ソレは心の底から大事な思い出であると言うのが窺えた。この場に居る女神の中で、最も異界の魂との付き合いがあるノワールが手を伸ばす。今の四条優一なら、その手を掴んでくれるかも知れないと、小さな希望を見たから。

 

「だけどね、それは無理だった。僕が呼び出されたのは、この世界の危機を救うためだから。この世界を救った時、僕の存在意義は無くなるんだよ」

「どういう事?」

「世界が救われれば、その時点で僕はお払い箱って事だよ。つまりは、世界が僕の敵になる。速い話が、この世界から消され、元の世界に戻される」

 

 しかし、差し出された手を取る事は無い。異界の魂は、自身に課せられた不条理の全てを女神に語る。その表情は変わらず穏やかなのだが、どこか違っていた。希望から、諦念が滲みだす。それは、変える事などできない未来への、嘆きだった。

 

「でも、それは元の世界に戻されるだけなんでしょ? なら、もう一度儀式を用いれば良いんじゃないかしら?」

「異界の魂はね、本来行く世界に、元居た世界を超える過程で世界を制する能力を得る」

「それが、どうしたんだよ?」

「……お待ちください、皆さん。本来行く世界と言いましてよ。それはどう言う事なんですの?」

 

 紫の女神の疑問に、異界の魂は淡々と語る。一見名案に思える紫の女神の提案には、決定的な欠陥があった。

 

「異界の魂召喚の儀式。それは、本来ゲイムギョウ界に呼び出されるものじゃない。だから僕は一度世界を越え本来行くべき世界に辿り着き、もう一度世界を越えて此処にいる。その負担は、人間が耐えられるものじゃない。付け加え、僕が呼び出されたのは、ギョウカイ墓場。生きた人間が本来行く事が出来ない場所」

「つまり……どう言う事なんだよ?」

 

 四条優一が言おうとしている事にうすうす予想が付きながらも、白の女神は促す。異界の魂は困ったように小さな笑みを一度だけ浮かべると、続きを語りだす。それは、ノワールがよく知る四条優一の笑みであった。変わったと思っていた人間が、何も変わっていなかった事に、ほんの少しだけ安堵する。

 

「身体にかかる負荷は人間に耐えられるものじゃなく、そもそも生きた人間が入れる場所でもなかった。それでも、女神の願いによりこの世界に呼び出された。生きた人間が入れない場所ならば、生きていなければ良い。だから、僕は魂だけが肉体から離れ、この世界に居るんだよ」

「なん……ですって?」

「身体は別の世界に在り、魂はこの世界に在る。そして、この世界を救った時、僕は自身のいるべき世界に戻される。そして、僕のいるべき世界に体は無い。もしあったとしても、二つの世界を超える負荷に耐えきれず、魂の無い身体だけが別の世界に放置された。息をできない身体が生きれる訳が無い。仮に元の世界では無く、自身の体に戻れたとしても、その体は既に死んでいるんだよ。だから、僕がこの世界から消える時、世界を救えば……死ぬんだ」

 

 それが、異界の魂に課せられた不条理だった。世界を救うために呼び出され、その代償に身体を殺され、世界を救ってしまえば、最早用が無いと言わんばかり元の世界に戻し魂も殺す。それが、異界の魂にある、運命だと言えた。

 

「そんな……。この世界を救えば……、貴方は死ぬの?」

「そうだよ」

 

 先ほどの安堵など、何の意味も無い。女神が女神としてこの世界を救えば、その代償に支払われるのは文字通り、何の関係も無い人間の命だった。女神や犯罪神どころの話では無い。そもそも自身が住む世界の問題ですらない事に巻き込まれ、それが終わったら抵抗すらできずに殺される。そんな事を許容できる人間など、居る筈が無い。何時もの笑みに、深すぎる諦念を浮かべ、四条優一はノワールの問いに答えた。それはどうしようもなく残酷で、救いの無い運命だった。

 例え女神と言えども、異界の魂に諦めるななどと言う事は出来なかった。既に死んだ者を生き残らせる事など、誰にもできないのだから。

 

「だから僕は、最後の希望に縋った……」

「最後の、希望……?」

 

 異界の魂は右手に持つ魔剣を、女神たちに見えるように掲げる。ノワールが以前見たより、遥かに強い輝きを放っていた。世界の終わりを示唆する様な、不吉な紫紺の輝きだった。女神たちは、全身が強烈な忌避感に襲われる。黒の女神以外は見るのが初めてだが、それでも何か悟った。女神としての本能が、魔剣に恐怖したのだ。

 

「この世界でしか生きられないなら、この世界で生きるしかない。女神の脅威を排除するのが目的なら、排除させなければ良い」

「……っ、それは」

「魔剣ゲハバーン。女神の力を、命を奉げる事で強くなる魔剣。だから僕は、この剣を手に入れたんだ」

 

 右手に持つ紫の魔剣を女神たちに突付け、異界の魂は先ほどと変わる事の無い穏やかな口調で、対峙する四人の女神に告げた。魔剣が、その輝きを強く示す。

 

「死んでも良いと思っていた。だけど、君たちに出会って、もう一度生きたいと思えた。そう思ってしまったら、もう死んでも良いなんて思えなかったんだよ……」

「……っ」

 

 女神たちは何も言い返す事が出来なかった。異界の魂はただ生きたい。その想いが在るだけなのだから。そうする事でしか生を掴む事が出来ない。本人には何の落ち度もなく、ただ殺される。それに抗うななど、異界の魂を呼び出し、その不条理を押し付ける原因になった女神たちに言える訳が無かった。

 

「だから僕は戦うんだよ。この世界で生きたいから、死にたく無いから、抗うんだ」

「……そんな、でも、だって!?」

 

 決意の篭った瞳で見据える異界の魂に、ノワールは何かを言おうと口を開くも、言葉が出る事は無かった。

 

「だけどね――」

 

 異界の魂が何か言葉を紡ごうとしたとき、何の脈絡も無く世界が震撼した。そう錯覚するほど、強烈な威圧感が世界を包み込んだ。姿形は何処にも見えない筈なのに、確かにいる。それが解るほどの何かが現れようとしていた。

 

「な、なに!?」

「まさか今のは」

「そうか、もうそこまで時間が無いのか……。思っていたより、ずっと早い」

 

 女神たちは動揺するも、異界の魂は落ち着き払っていた。この場に居る中で、唯一犯罪組織に所属していた。犯罪神が復活する事を、最初から分かっていたからだった。

 

「話は終わりだよ。女神達、君たちは世界を救うのだろう?」

「それは……」

 

 異界の魂の問いに、誰一人として答えられなかった。救えば目の前にいる犠牲者は、文字通り犠牲となる。その事を知ってしまった女神たちは、安易に答える事などできなかった。

 

「今更、悩む事など無い。君たちは世界を救うために、異界の魂を呼び出した。どんな手段だったとしても護りたかったから、縋った。ならば、最後までその想いを貫いて見せろ。君たちの想いを示してくれ」

「だけど……」

 

 異界の魂が魔剣を突付け選択を迫る。

 

「犯罪神を倒さなければ、この世界に住むすべての人々が死に絶える。君たちはそれで良いのか? それが、女神だと言えるのか?」

「そんな訳無い! この世界に生きている皆を護りたい。だけど、それと同じくらい、貴方も護りたいのよ!!」

 

 黒の女神が、瞳に涙を浮かべながら叫ぶ。それは相容れない願いだった。世界を救えば異界の魂は死に、異界の魂を救おうとすれば、世界が滅びる運命にある。

 

「それが出来ないことぐらい、解っているだろう?」

「それでも私は……!」

「君たちはこの世界を救いたいから僕に縋ったのだろう。ならば、その責任は果たせ」

「だけど……それじゃあ貴方が」

「逃げるな、ノワール。僕はもう死んでいる。その事実は動かす事が出来ない。そして僕を殺したのは君たちだ。だったら、何が何でも世界を救うんだ。死人ではなく、今を生きる人たちにその想いを向けろ」

「うぁぁ……、あああああああ!!」

 

 だから異界の魂は、ただ一人選択できないであろう黒の女神に現実を突きつけた。慟哭が上がる。大事な人を護れない事に、ノワールは嘆きの叫びをあげる。

 

「もう一度聞くよ。君は何者だ?」

「……女神、よ」

「女神なら、この滅びに迫った世界をどうする?」

「……絶対に救うわ……。それが、私の責任だから……」

 

 もう一度異界の魂が尋ねた時、黒の女神は泣きながらそう応えた。その姿を見た異界の魂は、小さく笑う。何度も手を差し伸べさせられた、困った女神であった。それが少しだけ愛おしい。願うならばもう少し彼女たちと共にいたかったと思う。

 

「ならば示してくれ。この世界を護りたいと言う女神の想いを。今を生きる君たちの、願いを」

 

 そう言い、異界の魂は魔剣を構えた。右手の魔剣が輝きを増し、左手に持つ紅の剣がそれに反発する様に光を放つ。

 

「例え貴方が相手だったとしても、貴方を倒して世界を救う。それが貴方を殺した、私たちのすべき事なの」

「そうか……。だけど、ただではやられてあげない。それが僕を殺した君への罰だ」

「……っ!?」

「それにね、僕は君に負けるのなら、諦める事が出来る。世界を壊す事でしか自分は生きられない。死にたくないから世界を壊す。だけど、それを君に止められるのなら、諦める事が出来るから」

「解った、わ……」

 

 黒の女神は涙を零す。今この場に来て、漸くマジックの言葉の意味を理解出来たから。数えきれないほど助けて貰い、手を差し伸べて貰っていた。それに対してノワールが成せたことは、四条優一を異界の魂として呼び出し、殺したと言う事実だけであった。それを解っていながら、異界の魂はそれでも女神たちを助け続けていたのである。そしてその事に気付きもしない女神たちに向け、マジックは本気で激昂していた。その怒りも当然のものだと、ノワールは思ってしまった。私はどれだけ馬鹿だったんだと、心の中で涙を流す。

 

「ユウ、貴方を倒して犯罪神も倒し、世界を救うわ」

「やれるの、ノワール?」

「やらなきゃ……いけないの」

「一人で無理すんじゃねーよ。私たちもいる、全力で行くぞ」

「全くですわ。ノワールは自分一人で抱え込み過ぎです。これはいわばわたくしたち全員の罪。ならば、皆で贖いましょう」

「皆……、ありがとう」

 

 三人の女神が黒の女神が立てるように手を差し伸べる。その手をしっかりと取ったノワールは、異界の魂を、四条優一を確りと見据えた。

 

「君たちの全力で来ると良い。その想いが足りなかった時は、僕は君たちを倒すよ」

「ええ、大丈夫よ」

 

 その瞳を確りと見返し、優一はノワールにそう告げる。黒の女神が頷いた瞬間、黒と紅のプロセッサユニットを起動させ、女神たちに襲い掛かった。

 

「どうして、他者に縋った?」

「……っ! どうしてもこの世界を護りたかった!!」

 

 白の女神に肉薄し、異界の魂は問いかける。

 

「どうして、自分たちだけで挑まなかった?」

「……っ!? 私たちが弱かったからですわ!!」

 

 緑の女神に肉薄し、異界の魂は問いかける。

 

「どうして、僕を殺した?」

「……っ!? 私たちが無知で、愚かだったからよ!!」

 

 紫の女神に肉薄し、異界の魂は問いかける。

 

「どうして僕に、光を見せた?」

「……っ!? 私たちが……、ううん、私が貴方に惹かれたからよ!!」

 

 黒の女神に肉薄し、異界の魂は問いかける。

 異界の魂と言う力に縋った女神たちに対する問いかけ。それは罪に対する罰であり、同時に純粋な疑問でもあった。その全てを聞いた時、四条優一は刃を止めた。意思を見せろ。そう言う意味であった。

 

「皆、やるわよ」

「……何時でも大丈夫」

「いきますわよ」

「ええ。これで終わりにしましょう」

 

 四人の女神は異界の魂を取り囲み、その身に纏うシェアを極限まで、互いのシェアを共鳴させる。辺りに信仰の、人々の祈りの力が充満する。それは、確かにこの世界を護りたいと言う、女神の願いだった。四条優一は笑みを浮かべた。そして、その高まりが限界を越える。そして異界の魂を取り囲むようにその力を解き放った。

 

『ガーディアンフォース!!』

「だめええええええええ!!」

 

 四人の女神の放つ最高の大技。それが炸裂する刹那、叫び声が響いた。黒の女神の妹の、ユニの叫びが響き渡る。それでも、放たれた技が止まる事は無い。そして、異界の魂は舞い上がった爆炎と砂塵に飲み込まれるのだった。




完結まで残り3話(予定)
最終話までお付き合いいただけると嬉しいです

次回48話 救世の悲壮

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