異界の魂   作:副隊長

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46話 女神の守りたかったもの

 先に動いたのは異界の魂からだった。救世と悲壮の魔剣と、友が最期の力を振り絞り残してくれた紅き剣を握り締め、黒と紅の神器を稼働させ低空を疾走する。その速さは文字通り神速であり、その場にいる四人の女神の中で唯一接近戦の行える銃剣を持つネプギアに襲い掛かる。異界の魂の告げた言葉を、彼女たちが正しく認識する間すら与えず、既に間合いに捕えていた。左手に持つ紅の剣。音を置き去りにし、振り抜かれる。

 

「っ……!?」

 

 刃と刃がぶつかり合う音だけが響く。ネプギアの持つ白き銃剣。紅の刃とぶつかり合い火花を散らしていた。至近距離でネプギアと異界の魂の視線が交錯する。ネプギアの瞳には、驚きともおそれとも取れる色が映し出されていた。

 ネプギアが刃を受け止められたのは、僥倖が重なっただけだと言ってよかった。あの四条優一が、ユニたちに何の躊躇も無く刃を振るうとはどうしても思えなかったからであり、その振るわれた刃が速すぎた為まるで見えなかったからだった。受け止められたのは強烈な圧力を感じたからであり、それを感じ取った自分の感覚を信じて遮二無二体を動かした結果でしかない。ネプギアの眼は、異界の魂の放つ斬撃の軌跡すら視認する事が出来なかった。シェアを纏い強化された女神ですら認識する事すら困難な斬撃を、目の前に存在する人間が放ったことにネプギアは僅かに恐怖する。これが、女神の呼び出してしまった力なの……? 右手に持つ紫の刃を振るわれた時、同じように受け止められるのか。ネプギアにはまるで自信が無かった。こと剣に置いて、対峙する異界の魂にはどう足掻いても勝てると思えなかった。その事を、ただ一合ぶつかり合っただけで直感してしまうほど、異界の魂の放つ一撃は規格外だと言えた。

 

「四条さん! やめて、やめてください!」

 

 何より、ネプギアとしては異界の魂と戦う事などしたくは無い。友達であるユニの、大事な人だった。そんな人に刃を向ける事など、心優しいネプギアには耐えられなかった。

 

「断る。君たちが本当に世界を救うに足る力を持っているのか、それを僕は見極めなければいけない」

「なんで、どうしてこんなことをするんですか!?」

「この、ネプギアから離れなさい! ロムちゃん!」

「うん、解ってる。アイスコフィン!」

 

 止まるように懇願するネプギアに、異界の魂は冷たく言い放ち。その手に持つ紅の剣を用い、速すぎる斬撃を加えていく。最早どこから刃が振るわれているのかネプギアには見る事が叶わない。全身を包む強烈な圧力の機微を感じる事に極限まで集中し、何かを感じ取る事でその軌跡を何とか阻む。だがそれも、長く続く事は無い。削り取るように襲い来る斬撃の壁にみるみるネプギアは余裕を失っていく。そんなネプギアを慌てて援護したのが双子の女神だった。異界の魂を挟み込むように、左右から氷の柱が襲い来る。

 

「その程度……っ」

 

 異界の魂に直撃する。その刹那、一度たりとも振るわれなかった魔剣が紫の軌跡を作り出す。一閃。ただ一振りの斬撃で、双子の女神が放った氷柱は斬り裂かれ、剣に取り込まれるように消滅する。

 

「う、ぁ……」

 

 その光景を見ていたユニは、呆然と声にならない声を漏らす。本気だった。そうとしか思えない程厳しい攻撃を、異界の魂はネプギアに躊躇なく放っていた。大事な友達が、もう一人の大事な友達を殺そうと襲い掛かる。信じたくない光景が目の前で展開され、ユニは動く事が出来ずにいた。

 

「この!? エクスバスター!」

「当てる……エクステンション!」

 

 だけど双子の女神はそんなユニに構っている時間は無い。絶対的な強さを示す異界の魂に、ネプギアが離脱する隙を作り出すため、魔力による爆発と閃光を同時に放つ。

 

「遅いよ。その程度じゃ、世界を救う事なんてできはしない……っ!」

 

 右手に持つ魔剣を振るい、収束した魔力が効果を示すより早くその元を斬り裂いていた。魔剣が紫の刀身を怪しく煌めかせ、その光を増す。

 

「どうして、どうしてこんなことをするんですか!?」

「どうして、か。なら、どうして君たちは犯罪組織の邪魔をする?」

「何を……」

 

 ネプギアの悲痛な叫びに、異界の魂は応えず逆に問い返す。何故君たちは抗うのか、と。

 

「そんなの決まってるでしょ!」

「決まってるよ……」

「この世界が好きだからです。犯罪神が蘇れば、今ある世界はめちゃくちゃになっちゃう……。そんなのは絶対嫌です。だから、私達は抗うんです! 守る為に、貴方たちに思い直してほしいんです!」

「それはできない相談だよ。僕の願いを果たすには、君たちの想いを取る訳には行かないんだ」

 

 紅の刃が再び振るわれる。相容る事などできはしない。行動で示していた。

 

「君たちは世界を護りたい。だけど、僕はそうする事が出来ない(・・・・・・・・・・)。なら、道は一つだよ」

「そんな事ありません、話し合えばきっと……!」

「もう、決めたんだ! 僕は君たちと戦う、と!!」

 

 今でも仲間だと思っている。ネプギアはそんな想いを込め手を差し伸べるが、その手は冷たくふり払われる。返す刃で振るわれるのは、紅の剣。ネプギアに襲い掛かる。

 

「君達はこの世界を守ると言った。それなら、その想いを貫け」

「あ……」

 

 避けられない。強烈な悪感を感じたネプギアは、そう悟ってしまった。対峙する相手は以前協力してくれた人で、ユニにとって姉や教祖の次ぐらいに大事な人だった。それが解っているからネプギアは手を出す事が出来なかった。そして斬られ、墜ちる。そうなる未来に抗う事などできないと、そう思ってしまった。

 

「駄目えええ!!」

 

 来る痛みに覚悟し眼を閉じた時、ユニの叫び声が響く。銃声が響き、斬撃の代わりに空を切る音が響く。

 

「アンタは、アンタは何をしてるのよ!!」

 

 ユニが怒りの形相で叫んでいた。仲間を、自分の友達が斬られそうになった。その覆す事の無い事実を目の当たりにし、ユニは漸く対峙する敵と、四条優一と向かい合う事が出来たと言う訳であった。

 

「ようやく動いたか。相変わらず、うじうじと悩むんだね」

「質問に応えなさい!! アンタは今、何をしようとしたの!?」

「自分が成すべき事の為、刃を振るった。それだけだよ」

 

 激昂するユニに、異界の魂は静かに答える。異界の魂の感情には何の乱れも無く、その事が余計にユニを苛立たせる。こんなのはアタシのユウじゃない! そんな想いが、湧き上がっていた。アイツは厳しいところもあるけど優しくて、何より友達を大事にするやつで……。そんな思いがユニの中を目まぐるしく駆け抜ける。

 

「アンタは、変わっちゃったの?」

「僕は変わっていないよ。変わったと言うのなら、ユニ君の方じゃないかな?」

「え……?」

 

 怒りとも悲しみとも取れる感情に逆らう事はせず、言葉を吐き出す。そんなユニを見て、異界の魂は小さく笑った。それは、ユニの良く知る四条優一の暖かい微笑みと重なる。

 

「君は強くなったね。頑なだった君が、今は仲間と一緒に居る。頑張ったんだね」

 

 それは、四条優一の抱いた本音だった。頑なだった少女が、今、友達の為に怒りを示している。いい方向に変わったかつての仲間に、そんな言葉を贈る。

 

「……っ!? だったら、だったらアンタも支えてよ!! 一緒に居てよ!!」

「それはできないよ。その言葉と僕の願いは、相容れない。だから僕は、壊さなきゃいけないんだ」

 

 ユニの慟哭にも似た叫びを異界の魂は冷たく突き放す。

 

「何でよ……、どうしてよ!?」

「それは君が知る事じゃない。僕は僕の意思でここに居る。それが答えだよ」

「それじゃあ……、アンタはこの世界が滅べば良いって言うの!?」

「愚問だね。態々口にしなくとも、現状が示しているよ」

 

 感情のまま叫ぶユニに、何処までも冷めた調子で異界の魂は答える。

 

「……優しかったアンタは変わっちゃったの? 女神にこの世界に呼び出されたから、嫌になっちゃたの?」

「人は簡単に変わるんだよ。女神と違って、ずっと弱いんだ……。だから譲れないものがあるんだよ」

「……っ!? そんなにアタシやお姉ちゃん、ネプギアやケイがいる世界が壊したいの……? そんなに、この世界の事が嫌いなの?」

「行動で示していると言ったよ。それとも、僕の言葉でそれを聞きたいのかい?」

 

 懇願する様に尋ねるユニに、四条優一は冷徹なまでに穏やかな口調で答えた。それでユニは答えに行き着いてしまった。何を言っても、異界の魂の決意を変える事はできないと。四条優一はかつての様に手を差し伸べてくれない、と。

 

「……解った。アンタがその気なら……」

「ユニちゃん!?」

 

 覚悟を決めたユニに、ネプギアが慌てて詰め寄る。ユニにとって、対峙する異界の魂がどれだけ大事な存在であったのか、ネプギアは知ってしまっていた。そのユニが、闘う覚悟を決めた。ネプギアには信じられなかった。

 

「ユウはきっと、意見を変えない。アタシにはそれが解るの……」

「でも、四条さんは」

「闘いたくなんかない。だけど、それでもやらなきゃ駄目なの。例えどれだけ辛い目に遭っても、間違っている事は間違っているって教えてあげなきゃいけないの! どれだけ辛くても、皆この世界で生きているから。それをたった一人の都合で台無しにしちゃいけない。そう、アタシはアイツに教えてあげなきゃ駄目なの。それが、本当の友達だから……」

「ユニちゃん……」

 

 涙を浮かべながらもネプギアに語るユニを見て、何も言えなくなる。その瞳から零れる雫。それだけで、どれだけユニが異界の魂を思っているか、ユニの親友であるネプギアには理解できてしまったから。

 

「……私も協力するよ」

「……っ、ネプギア、アンタ……」

 

 だからネプギアは、ユニの隣に立つ。友達が大切な人を止める為に戦うのなら、親友である自分が支えてあげないでどうするんだ。ネプギアは心の底からそう思った。

 

「ちょっと、二人だけで盛り上がらないでよ。私とロムちゃんもいるんだからね!!」

「ユニちゃんとネプギアちゃんを助ける。皆、大事な友達だよ」

「ロムちゃん、ラムちゃん」

「……アタシは、良い友達を持ったのね」

 

 双子の女神も、協力を申し出る。敵の力は強大だけど、それでも友達が本気で止めようとしていた。なら、それを助けるのが友達なんだ。四人の絆が、異界の魂を止める為に立ちふさがる。

 

「漸く、決心がついた様だね」

 

 そんな四人を見詰め、異界の魂は薄く笑う。その笑みは慈しむようであり、酷く酷薄のようでもある。

 

「ユウ、アンタがこの世界を壊すって言うのなら、アタシは止めなきゃいけない。女神として、アンタのしようとしている事を許容する訳には行かないの」

「そうだろうね。だけど言葉じゃ僕は止まらないよ。なら、如何する?」

「アタシが、アタシ達がアンタを倒す! 大事な友達が道を踏み外そうとしてる。それを黙って見てる事なんて、アタシには出来ない!!」

 

 ユニはしっかりと異界の魂の瞳を見据え言い放った。大事な人を間違った道に進ませたくない。そんな想いが読み取れる、決意の篭った瞳だった。

 

「私も協力するよ」

「うん、みんな一緒」

「しょーがないから、手を貸してあげる。感謝しなさいよ」

 

 その言葉に呼応する様に三人の女神が答えた。ゆっくりと異界の魂を取り囲むように位置を取る。

 

「それで、どうするつもりなのかな?」

「こうするのよ!! 多少痛くても、後で確り治療してあげるから我慢しなさい!!」

「そうか、君たちの意思見せて貰うよ」

 

 囲まれて尚余裕を崩さない異界の魂に、ユニは確固たる意志を示し宣言する。瞬間、四人の女神の持つシェアが極限まで膨らみ、弾けた。暖かな光が辺りを包み込む。人々の願いの力。それが辺りに充満していた。

 

「先に仕掛けるわ、行くよネプギア」

「解ってる、ユニちゃん」

 

 そして、ネプギアとユニは異界の魂に肉薄する。それを、ただ微笑を浮かべ見詰めていた。馳せ違う。辺りに満ちたシェアの力により強化されたネプギアの斬撃と、ユニ放つ銃撃その全てを見据え、異界の魂は魔剣を用い余す事無く切り落とす。

 

「やりなさい、ネプギア!」

「解ってる、ロムちゃん、ラムちゃん!!」

「……良い、一撃だ」

 

 ぶつかり合う白き銃剣と紫の魔剣。ネプギアはシェアの力を以て、異界の魂を無理やり吹き飛ばした。異界の魂はその力に逆らう事をせず、勢いに身を任せながら、嬉しそうにつぶやく。間髪入れずにXMBによる追撃が放たれる。無造作に振るう魔剣で全て切り落としていた。紫の刀身が、その輝きを強くする。

 

「ラムちゃん……!」

「うん、次は私たちの番ね、行くわよロムちゃん!」 

 

 双子の女神が息を合わせる。先程とは比べ物にならない密度の氷塊の群れが襲い掛かる。異界の魂はその全てに魔剣を振るう。砕ききれず、その身に纏う黒と紅の神器が少しずつ砕けていく。それでも、依然として笑みを浮かべていた。それは、心の底から嬉しそうであり、それでいてどこか諦念を感じさせる矛盾した嗤いだった。

 

「これで、決めるわ!!」

「合わせるよ、ユニちゃん!!」

 

 弧を描き、異界の魂を挟み込むように陣取っていた二人の女神は其々の武器を構え、宣言する。二人の持つ武器は、双子の女神の力により、極限まで強化されていた。淡い光を帯びる。人々の祈りの力が、女神の世界を護りたいと言う確固たる意志の下、その武器に集っていた。

 

『スペリオル・アンジェラス!!』

 

 二つの銃撃が交錯するように放たれる。迫り来るシェアの奔流。膨大過ぎる出力を見据え、それでも尚、異界の魂は紫の魔剣で迎え撃つ事を選択した。紫紺の軌跡が弧を描き、炸裂する。辺りがシェアによる輝きに包まれる。強いが、暖かな光。目を開いていられない程の輝きも、少しずつ収まり始める。

 

「これなら……」

 

 四人の女神の意思を、ユニが代弁していた。この場に居る女神に出来る、最大の攻撃。それを放っていた。それにより、四人は殆どの力を使い切っていたから。もしこれで倒せていなかったとすれば、

 

「……君たちの想い、見せて貰ったよ」

 

 そう言って姿を現したのは、展開したプロセッサユニットを半壊させながらも、その場に悠然とたたずむ異界の魂であった。

 

「そんな……」

 

 ユニは呆然と零した。全身全霊で異界の魂を止める気で力を使っていた。それでも尚、異界の魂を止める事が出来なかったから。他の三人も同じような様子で異界の魂を見詰めていた。

 

「……、次は僕の意思を見せる番だよ」

 

 異界の魂は静かに言い放つ。紫色の光を宿す、異様な迫力を持つ魔剣、一際強い輝きを放つ。

 

「さようなら」

 

 それが、四人の女神たちが意識を失う直前に聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 手加減をしている訳では無かった。かつて相手になりもしなかった取るに足らない有象無象。それが三年前に抱いた女神への印象だった。何をしようともマジックの体に傷を付ける事すらできず、その気になれば一方的に蹂躙できる相手だった。

 

「……」

「これなら、どう!?」

 

 だが、今のこの状況は何なのだとマジックは静かに思考する。身に纏う紅と黒(・・・)のプロセッサユニットは所々に損傷を受け、マジック自身もその身に数多の傷を負っていた。自身の体から零れ落ちる血液を静かに見据え、それから敵を見据える。異界の魂とブレイブの言った通り、対峙する女神は予想をはるかに超える速度で成長していた。女神は多くの人に支えられている。その言葉通り、驚異的な速さで強さを得ていた。

 

「成程、言うだけはある。貴様たちは先ほどの言葉通り、本当に他者から力を得ているのだな」

 

 自身に確かな一撃を加えた黒の女神に視線を定め、マジックはそう零した。

 

「そうよ。あなたを倒し、この世界を護る為に私たちは力を借りて此処にいるのよ!! 私は一人じゃない。支えてくれる人たちが居るから、その想いに応えたいの」

「……下らない。所詮は一人で何も出来ぬ者達が群れただけではないか」

「確かにそうなのかもしれないわ。だけど、一人でできない事でも、仲間がいれば成し遂げられるわ!」

 

 苛立ちを孕んだマジックの言葉に、黒の女神と紫の女神が即座に言い返す。彼女たちには確かな絆がある。支え合う、仲間たちが居た。だからこそ、マジックを追い詰める事が出来る程に強くなることが出来たのだ。

 

「確かにお前は驚くほどにつえーよ。だがな、それは一人だけでの強さだ。そんな物には、直ぐに限界が来るんだよ!」

「世界を護りたいと言う願いを持つ者達全ての想いを背負う私たちが、たった一人に負ける道理が在りませんわよ」

 

 白の女神と緑の女神が、孤独な強さを否定する。

 

「それを、お前達が言うのか……? あれほどの理不尽を課しながら、誰にも理解されようとしない者の事すら、否定するのか……」

 

 それに対するマジックの感情は、ただ一つの色をしていた。それは怒りだった。ただ一人の想いで闘う者の強さでは勝てないと言う女神に対する、明確な怒りだった。マジックに向けられた言葉であるにも拘らず、その言葉を別の者に向けられているのと同じだと、紅の女神は思う。

 

「何を言っているの……?」

 

 紅の女神の呟きに、黒の女神は困惑を示す。彼女には、対峙する女神たちにはマジックの言葉の意味が理解できるはずが無かった。知らなければいけない真実を知らないから。この局面に来ても尚、異界の魂に守られていると言う事に気付いてすらいないから。だから、解る筈が無かった。

 

「貴様たちには解らんだろうな。だからこそ、許す訳には行かない!!」

「……!?」

 

 瞬間的に加速し、全身全霊を以てマジックは斬りかかる。かつて黒の女神が反応する事すらできなかった踏み込み。それを、かろうじてだが、死を運ぶ大鎌を凌いでいた。至近距離で紅と黒が睨み合う。シェアとシェアがぶつかり合い、唸りをあげる。

 

「貴様たちがどれだけの犠牲を強いたうえで、護られているのか。それすらも知りはしない。知らない事など免罪符にはなりはしない!」

「くぅ……」

「貴様たちはただ差し伸べられる手に縋り、力を借りているに過ぎない。それが私の想いと同等だと言うのか……っ? ふざけるな!!」

 

 それは、マジックの慟哭だった。あの冷酷なマジックが感情のままに言葉を吐き出す。怒りの激流に押しつぶされまいと、黒の女神は放たれる刃を必死に受け止める。一合一合ぶつかり合うたびに、黒の女神は、ノワールは言い知れぬ敗北感を感じていた。マジックの言葉の意味は解らなかった。だが、心の何処かが悲鳴を上げる。解らない。解る筈が無い。その筈なのに、マジックの言葉がどうしようもなく心に突き刺さる。

 

「何故だ! なぜ今更お前たちはこれだけの力を示す!! この局面に来て、なぜ我らを脅かす事が出来る!! それだけの意思の力を束ねる事が出来たのならば、なぜ最初からその力を示さなかった!!」

「う、つぁ、ぐぅぅ……、え……?」

 

 暴力が顕現したと思える程に激しい紅の刃をギリギリのところで受け止め続けるノワールは、不意に気付いてしまった。激しい憎悪を宿し、暴風の様な圧力を放ち続けるマジックの瞳から光るものが零れ落ちていた。

 

「何故、お前たちにしか力を貸さない。思いの力が強さに代わると言うのなら、何故誰一人としてあの男には手を差し伸べないのだ。この世界を救うために呼び出され、ただ不条理を押し付けられ、それでも救おうとする人間を理解する事すらせず、挙句の果てにその存在意義すら最早なく不要になったとでも言うのか!?」

 

 その涙を拭う事無くマジックは刃を振るい続ける。拭わないのではない。自身が涙している事に、気付いてすらいないのだ。異様なまでの存在感を放ち、感情に身を任せたまま刃を振るう。

 

「そんな事、認める訳にはいかない。私の想いが、四条優一を救いたいと言う私にとっての初めての願いが、貴様らの想いと同等だと言うのか? ふざけるなよ……、そんな事……、認められるかああああ!!」

「あ――」

 

 紅の一撃が、黒の女神の刃を打ち砕く。ノワールの持つ武器が砕け散り、紅が迫る。ノワールはただ茫然とその光景を見詰めていた。言葉の意味は解らない。マジックの怒りの意味も解らない。だけど、自分では目の前の女神の吐露する想いに、どう足掻いても勝つ事はできないと悟ってしまった。だって、ノワールにはマジックほど自分の気持ちに正直になれないから。

 黒の女神にこの一撃は防ぐ事も躱す事も出来はしない。悪意でも殺意でも無く、それは極めて純粋な想いだったから。犯罪神の為では無く、四条優一を救いたいと言う、マジック自身の願いだった。だからノワールには、この感情のままに放たれた一撃から目を反らす事が出来なかった。この一撃から逃げると言う事は、マジックに友達を奪われる事になると思ったから。

 

「ノワールはやらせない!!」

「訳解んねーこと言ってんじゃねーよ!!」

「私たちの事を忘れないでいただきたいですね!!」

 

 黒の女神が引き裂かれる、その刹那、三人の女神が立ち塞がっていた。三方向からの斬撃。黒の女神しか見えていなかった紅の女神を襲う。

 

「がは……っ」

 

 かつては触れる事すらできなかったその肢体を、友達を守る為に放たれた攻撃は、呆気ないほど容易に引き裂いていた。

 

「貰った! 一気に決めるぜ!!」

「隙ありですわ。これで、三年前の因縁を終わらせて貰います!!」

 

 虚を突かれ、三人の攻撃をまともにその身に受けたマジックは苦痛に呻き声を漏らす。それは、冷酷なマジックらしからぬ失態だった。その隙を見逃すほど、女神たちは愚かでは無い。かつて勝てなかった相手を超える為、白の女神と緑の女神がその身に纏うシェアを一気に増幅させ踏み込む。

 

「私が繋ぐわ。ノワールが止めを」

「え……、解ったわ」

 

 これで終わると直感したネプテューヌが呆けていたノワールに一声かける。その声に我に返り、黒の女神は紅の女神を見据えた。白と緑が紅に追いすがる。黒と紫もまた、動き出す。

 

「これで終わらせる!! ハードブレイク!!」

「がは……っ」

 

 渾身の踏み込みから女神すら砕く一撃が放たれる。マジックの胴体をこれ以上無い程のタイミングで捕え、その身を砕く。

 

「逃がしは致しません、スパイラルブレイク!!」

「ぐぅぁぁっ!!」

 

 吹き飛ばされるマジックをそれ以上の速度で追い抜き、緑の閃光がマジックに向かい何重にも駆け抜ける。緑の女神の神速の槍術。白の女神の一撃を受け、体勢すら整える事の出来ていない紅の女神を凄まじい勢いで何度となく穿つ。マジックの口から、苦悶の声が零れていた。

 

「ノワール、決めなさい!! 貴女までは、私が繋ぐ」

「ええ、解ったわ」

 

 並走するノワールにネプテューヌは告げると、手にする紫の刀身を天に掲げ、二人の女神と同じく膨大なシェアを纏った。  

 

「ネプテューンブレイク!!」

 

 緑の女神によって墜とされる紅の女神に向け、紫の女神がその刃を煌めかせる。その速さは緑の女神と同じかそれ以上に神速で、地に向かう紅を紫の軌跡だけが容赦なくその身を刻む。

 

「ぎ、ぐ、まだだ、まだ負けられん」

「……っ!?」

「決めなさい、ノワール!!」

 

 全身から血を流し、既に全てのプロセッサユニットを砕かれているにも拘らず、マジックはその瞳に敵意を浮かべ、女神たちを見据えた。何が在ろうとも、貴様たちにだけは負ける訳には行かない。そんな意志が感じられる。その眼光にノワールは一瞬気圧される。萎えかけた心に、親友の言葉が届いていた。怖れを吹き飛ばすように、ノワールはシェアを解放した。

 

「これで、終わらせる。インフィニットスラッシュ!」

「……っ」

 

 自分に向かい墜ちてくる紅の女神を、黒の女神は一瞬で斬り裂いていた。三人の女神の全身全霊で放たれた絶技によってその身を砕かれたマジックは、最早まともに言葉を出す事も出来ず、成す術も無くその身に黒の斬撃を受ける。

 

「さようなら、マジック」

 

 最後の一撃。力なく墜ちるマジックに向け、ノワールは小さく言い放った。何度となく敗れた相手。その相手に漸く勝てる。それなのに、ノワールにあるのは達成感などでは無く、焦燥だった。言葉にならない不安な感覚が、マジックの慟哭を聞いた時から続いていた。それを振り払うように、最後の一撃を放つ――

 

 ――G(ジェネシック).ドライブ

 

「っなぁ!?」

 

 事が出来なかった。最後の一撃を放つため、黒が紅に馳せ違うその刹那、黒でも紅でもない、その両方の色を持つ者が、阻んでいたから。ノワールは至近距離で立ち塞がった相手、決別して尚、ずっと会いたかった相手、異界の魂である四条優一と数瞬見つめあっていた。

 

「うぁ!」

 

 刃を重ね、至近距離で対峙していた。ノワールを異界の魂は無造作に蹴り飛ばし距離を取る。唐突に阻んだ闖入者に思考が停止していたノワールは、まともに蹴り飛ばされ、大きく距離を離される。

 ――月光聖の祈り

 

「これ以上は、必要ない……」

 

 その間に全身から血を流すマジックを異界の魂は受け止める。これがあのマジックなのか。異界の魂がそう思ってしまうほど、弱弱しい紅の女神がそこにはいた。即座に癒しの魔法を施す。最早意味など無いが、気付けば使っていた。

 

「何故、お前が、此処にいる……」

 

 それでもわずかに回復したマジックが、幾許かの驚きを見せながらも尋ねていた。マジックにとって、この場に四条優一が現れる事など想定していなかった。

 

「ブレイブが逝ったよ」

「そうか……」

 

 マジックを抱きしめる異界の魂は、悲しげにそう呟く。それで、マジックはなぜこの男がこの場に来たのかを理解した。結局自分は異界の魂を救う事などできないと言う事も、突き付けられていた。

 

「そうか、我らは負けたのか」

「そうだよ。犯罪組織は負けた。この戦いは、女神の勝ちで終わりだ」

「お前の言う通り、女神は強かった」

 

 呟きに応える異界の魂の言葉を聞き、素直にマジックはそう思った。戦いの決着はついていた。マジックにとって勝敗はどちらでも関係なかった。此処で勝とうが負けようが、犯罪神は蘇る事に変わりは無いからだ。魔剣ゲハバーンがこの世に存在している。それは既に犯罪神が蘇る段階に入っていると言う事なのだ。だから、この戦いはマジックやブレイブが、自分の為に挑んだ戦いだったのだ。主である犯罪神が蘇れば、女神など如何とでもなる。だが、主の手を借りるのではなく、自身の手で女神たちを倒し、女神によって犠牲にされた人間を助けたかったのである。

 

「すまなかったな……」

「……君も謝るのか?」

 

 不意に謝罪の言葉を零すマジックに、異界の魂は悲しげに呟いた。ブレイブが逝った時も、謝罪をされていた。今のマジックの姿は、ブレイブの死に際に酷似している。そして、マジックを救う術は無かった。異界の魂の魔力を以てしてでも、マジックに迫る死を除く事が出来ない程の傷を負っていた。

 

「できる事ならお前をこの手で助けたかったのだがな……」

「君たちは、どうしてそう同じ事を言うんだ……」

 

 自身を抱き上げる異界の魂の瞳から涙が零れ落ちた時、不意にマジックは自分の感情がかつて無い程高ぶるのを感じた。何故自分はこの男を助けようとしたのか。犯罪神が蘇れば抗う事も出来ずに消される女神たちを、自らの手で終わらせようと執着したのか、その意味が漸く分かった。

 

「仕方が無いではないか。愛した男が女神によって殺され、もう一度死ぬ運命にある。そのような事、納得できる訳が無い。だから私はお前を助けたかった……。助けると決めていたのに、未来を見せてやると言ったのにも拘らずこの様だ。そう言いたくもなる」

「……っ、マジック!」

 

 静かに、だが確実にこの場にいる者達全てに聞こえるよう、マジックはそう言い放った。四条優一の瞳が見開かれる。その目がどんな言葉より雄弁に語っていた。なぜ今になってそれをばらすのだ、と。

 

「……え?」

 

 女神達が、黒の女神が呆然と立ち竦む。マジックの言葉の意味を理解できなかったのだろう。言葉にならない言葉をあげ、異界の魂と紅の女神を見詰めている。

 

「……ふふ、すまないな。お前の想いは解っている。だが、それでも私は許せなかったのだ。女神が四条優一を殺したと言う事実を知らずにいる事が。全てを奪った人間に護られ、自分たちがどれ程の不条理をお前に課したのか知らないままでいる事が、例えお前の心を踏み躙る事になろうとも、私は耐えられなかった……」

「……マジック」

「……すまなかったな。お前の想いを無に帰した」

「……構わないよ。此処まで来たら、もう同じだから……」

「そうか」

 

 四条優一の腕の中で、マジックは穏やかな笑みを浮かべた。それは、マジックらしからぬ、優しげで嬉しそうな笑みであった。

 

「お前をこの手で助けてやれなかった事に悔いはあるが……、悪くは無いものだな」

「どうして、かな?」

 

 穏やかな表情を浮かべたまま、ゆっくりとマジックは続ける。

 

「お前の腕の中で逝けるのなら、私にとってこれ以上ない死に場所だ……」

「そっか」

 

 マジックは四条優一の頬に手を伸ばし、最後の力を振り絞る。 

 

「やはり、良いものだな」

 

 そっと触れるだけの口付けを交わした。抵抗する事も無く受け入れた異界の魂に、紅の女神は女神と言うに相応しい笑みを浮かべると、

 

「できる事なら、私はお前と共に生きたかった……」

 

 ――紅の光となり、ゲイムギョウ界から消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




マジック消滅。犯罪組織の四天王が全滅。それが意味する事は

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