「流石に、この数は厳しいか……」
リーンボックス首都郊外にある犯罪組織の活動拠点の一つ、その地でブレイブ・ザ・ハードは女神たちに戦いを挑んでいた。対峙するは、黒の女神を除いた7人の女神。ただ一人精神的に打ちのめされていたノワールを除く、全ての女神が集結していた。
個の力だけ見れば、ブレイブは女神にも劣らない。それどころか女神すら凌ぐポテンシャルを秘めている。それでも尚、膝をついたのはブレイブの方であった。たった一人で戦うブレイブに対し、相手は女神が七名。それは仕方のない結果と言える。
「ブレイブ……、もうやめて。これ以上は意味が無いわ」
「そうだよー。流石にこの人数相手じゃ無理だって」
「確かにね。いくらテメーが強いからって、一人じゃできる事は知れてる」
「投降しなさい。そうすれば悪いようには致しませんわ」
それでも尚剣を構え気炎を上げるブレイブに、ユニは諭すように言葉を掛ける。以前ユニはブレイブとぶつかり合った時、ブレイブの戦う理由を聞いていた。貧しく娯楽に飢えた子どもたちの為に剣を取り、犯罪組織の一員として戦うと語っていたのである。方法は兎も角として、その志は犯罪組織の一員とは思えない程純粋で、気高い想いだった。だから、ユニはブレイブを殺す事はしたくなかった。そんなユニの言葉を後押しする様に、他の女神たちも言葉を投げかける。
「ふ、確かに俺一人では勝てぬようだ……。だが、それがどうした」
「……え?」
だが、そんな女神の情けを、ブレイブは一刀のもとに切伏せる。
「な、なんでよ!」
「それはお前たちでは、俺の成したい事が実現できないからだ。今の女神の統治では、本当に貧しき子供たちを救う事などできん! 確かに貴様たちに降れば、命だけは助かるだろう。だが、それは心が死ぬのと同じだ。男が、生涯をかけてでも成すと決めた事を投げ出すなど、あってはならんのだ! 今を生きる事すら困難な貧しき子供たちの為、俺自身の為、何よりも我が友の為にも……貴様たちにだけは屈する訳には行かんのだ!!」
困惑気味に問い返すユニに、ブレイブは想いをぶつける。ゲイムギョウ界にも、貧富の格差はあった。どれだけ女神が民を導こうとも、明日を生きる事すら難しい者達は必ずいた。ブレイブは、その子たちの為に剣を取っていた。ただ、笑顔にしたかった。食べるモノすら満足に食べられず、生きていく希望も見えない。そんな暗い顔をした人間たちに、この世界は様々な娯楽に満ちている事を教えたかった。笑顔を見たかった。それが、ブレイブの戦う理由だった。
そして、最近になってその理由にもう一つ戦う意味が増えていた。犯罪組織に引きずり込んだ異界の魂だった。女神のこの世界を護りたいと言う願いを叶えるために呼び出され、同時に切り捨てられた犠牲者。何の関係も無い世界を救う為だけに呼ばれ、代償として命を奪われ、最期は世界に殺される運命に在る人間だった。
言ってしまえば、異界の魂である四条優一は、女神によって殺されたと言う訳である。女神に救えない人間を救うために剣を取ったブレイブにとって、女神によって犠牲にされた四条優一は、何があっても助けるべき存在であると言えた。それが、ブレイブが犯罪組織に居る意味でもあるのだから。
「貧しき子供たちの為って言うのは知っていたけど、アンタの友って言うのは……?」
ブレイブの言葉にはある種の力があった。絶対に引けないと言う、強い想い。傷だらけのブレイブが剣を構え言い放つ言葉には、言い知れぬ迫力があり、女神たちを圧倒する。そしてその想いの根底にあるものが何なのか。それを知りたくてユニは尋ねていた。
「しれた事を。俺と同じくマジェコンヌの幹部にして、貴様たちと袂を分かった人間。ブレイク・ザ・ハード。いや、四条優一と言う、弱き人間だ。その者の為にも、貴様たちに負ける訳には行かんのだ!!」
ブレイブはまっすぐにユニを見据え、応える。
「な、なんでアタシ達と争うのがユウの為になるのよ!? アタシはただ、アイツと肩を並べるようになりたいだけなのに……」
「貴様たち女神が弱いからだ。弱いから他者に縋った。それが、お前たちよりも遥かに脆い人間だった。そしてあの男がお前たちを救うために、どれだけの代償を支払わされたのか解るか?」
「解るわよ! アイツはアタシを、アタシ達を時には命まで掛けて護ってくれた!! それは凄い負担だったと思う。なのに、そんなアイツにアタシは何にもしてあげられなくて……。だけど、」
ブレイブの言葉に屈しかけたユニが、その瞳に強い意思を灯しながら叫ぶ。確かにブレイブの言う通り、ユニは何度も四条優一に助けられていた。時には命を失うっても可笑しくない程の危機に陥った事もある。その度に、助けて貰っていた。だけど、それだけの物を貰いながら、自分は何もしてあげられなくて。
「アタシは強くなるって決めたの。今は無理でも、何時かはユウを助けてあげられるアタシになるって! 胸を張って、アイツのパートナーって言えるようになるんだって!!」
「ユニちゃん……。だから私と来てくれたんだ」
ユニの言葉に、ネプギアは漸く合点が言った。ユニがネプギアと一緒に旅をする事に決めたのは、大事な人に認めて貰いたいから。そんな一心であった事が、痛いほど良く解った。
「んー、良く解らないけど、ユニにも大事な人が居たって事ね! その人の為に強くなりたいってわけね」
「ユニちゃん……、好きなの(どきどき)?」
「す、すき!? た、確かにアイツは好きだけど、別に特別な意味なんかじゃなくて!! そりゃ友達として信頼できるし、ちょっと掴みどころが無いけど基本的にすっごく優しいし、だけど本当に大事なところでは厳しい事もあって……。けど、それも全部相手の為を思って言ってくれてる事で……、だからアイツには凄く感謝しているだけであって……あ、うぅ、別に好きじゃないわよー!!」
ロムとラムの何気ない言葉に、ユニは捲し立てる。ユニにとっては余りに予想外な言葉だった為、完全にテンパってしまっていた。
「わー、わっかり易い反応ね!」
「ユニちゃん、照れてる(にっこり)」
「違うわよ!!」
「あはは……」
顔を羞恥に染めるユニに、ルウィーの女神候補生の二人が指をさし、ネプギアは苦笑を浮かべる。
「あらあら、お熱いですわね」
「つーか、なんでラブコメになってんだよ」
「まったくね。けど、それだけ誰かを想えるのは、少し羨ましいわね」
「それは、確かにそうだけどよ……」
「そうですわね……、どこかに良い殿方は居られないでしょうか?」
そんな妹達の様子を見詰める女神は、しみじみと呟く。
「ちょ、違います! あーもう! 兎に角、アタシはアイツに支えられるだけでなく、支えてあげられるアタシになりたいの。その為には、ユウにも傍に居て貰わなきゃいけない。だから、一緒に居なきゃいけないの」
茶化された事に顔を真っ赤にしながらも、ユニは言葉を締めくくる。助けて貰ったから、助けたい。それが、ユニの純粋な気持ちだった。だから、その言葉は確かにブレイブに届いていた。
「その想いは本物なのだろう。だが、貴様には無理だ。女神には、四条優一を救う事などできはしない」
だからこそ、ただ静かに否定する。女神では、異界の魂を助ける事はできないと。
「そんな事ないわよ! 確かに今は無理かもしれないけど、アタシは絶対に強くなる。何時か、ユウを助けられるぐらいになるんだから」
「では、何時かとは何時だ? 未来の話では無い。今、アイツを救わなければ、俺は貴様たちを認める事はできん」
「それは……」
「できぬだろう。ならば、貴様には無理だ」
言い淀んだユニに、ブレイブは冷徹に告げる。今直ぐに四条優一を救えないのならば、意味は無かった。それが、ブレイブには解っていた。
「そんな事は無いわよ。アタシは諦めない。諦めなければ、いつかは絶対に届くのよ! 今は無理かもしれないけど、切り開けない未来なんて無いの!」
「確かに、未来があるのなら可能性は限りないな……」
「なら――」
ユニの言葉にブレイブは頷く。ユニの言う通り、未来は定まっていない。切り開くものだ。それは、ブレイブも認めた。
「……だが、だからこそ終わったものは救えんのだ」
「……え?」
だが、だからこそ、ブレイブが女神の言葉を受け入れる事は無い。未来があるのならば切り開ける。だけど、四条優一の運命は、既に確定した後だった。故に誰にも救えず、だからこそ、ブレイブが止まる事も無い。
「それはどういう意味……」
「語り過ぎたようだな。最早言葉は必要無いだろう。此処で、決着をつける!」
ブレイブは愛刀を構え、静かに言い放つ。その言葉には、底知れぬ意思が秘められている。再び戦いが再開されようとしていた。
「ならば、加勢しようか」
「……何?」
ブレイブが特攻を掛けようとした刹那、聞き覚えの無い声が響く。女神たちも辺りを見回す。その声の主は、遥か上空から舞い降りる。ブレイブの様に、機械の体を持ち、其処に存在するだけで圧迫するような強烈な存在感。それは、嘗てルウィーに封印されていた機械兵士の姿に似ていた。
「遅くなりましたブレイブ様!!」
「マジック様の命令により、助けにきたっちゅ!!」
「お前たち……」
機械兵士の手に乗り、リンダとワレチューが手を振り合図を送る。ハードブレイカー。キラーマシンのデータと、四条優一の持つ異界の魂としての驚異的な戦闘能力を参考に作られた、機械兵士だった。
「此処はアタイたちに任せて引いてください!」
「しかし」
威勢良く言い放つリンダの言葉に、ブレイブは渋る。確かにハードブレイカーは強大な力を秘めているが、それでもこの数の女神を相手にするには荷が重かった。
「ブレイブ様、行ってくださいっちゅ! アニキには、まだブレイブ様が必要なんだっちゅ!」
「……。すまない、恩に着る」
それでも、理不尽を課せられた友の名を出されれば、ブレイブとしても動かざる得ない。
「女神達よ、次が最期の戦いだ。その時は子供たちの為、俺の為、そして友の為に、必ず討たせてもらおう」
「待ちなさい、ブレイブ! アタシはまだ……」
そして、最後に女神たちに言葉を残しその場から離脱したのだった。
ラステイションにある公園。その一角にあるベンチに腰を下ろす。
ギルドでノワールに鉢合わせてしまっていた。その場で刃を交える事も覚悟はしたのだけれど、彼女はただ一筋の涙を零しただけで何の行動も起こす事は無く、僕をただ見つめるだけであった。何時までもその場にいる訳には行かない為、とりあえずはノワールを促し、場所を変えたと言ったところであった。
「……」
ノワールは此処まで黙ってついて来ると、そのまま僕の隣に腰を下ろす。それでも、何か言葉を掛けて来る訳でも無く、ただじっと僕を見据えている。これが本当にあのノワールなのか。ただ黙って僕の服の袖を握っているだけのノワールの姿に、そんな事を思う。
様々な事情が重なり、女神と戦う事を良しとしていた。彼女は大事な友達であるけれど、それでも戦う事を覚悟して、今の僕は立っている。刃を向けられる覚悟はしていた。責められる覚悟もしていた。嫌われる覚悟だってしていた。だけど、
「また、会えた……。もう、何処にも行かないでよ……」
縋られるとは思っていなかった。確かに悲しまれるとは思っていた。だけど、それでも立ち上がる事が出来ると信じていた。女神に刃を向ける者に、世界を壊そうとする者が相手なら、この子はその壁を乗り越え、対峙するだろうと信じていた。だけど、今のノワールからはそんな気概は感じられなかった。
「もう助けてなんて言わないから。傍に居てくれるだけでいいから、戻って来て。貴方が居ないのは、もう嫌なの」
今のままではとでもじゃないけど、立てるとは思えない。それ程までに今のノワールは弱弱しかった。
この子にとって友達とは、それ程までに大きな意味を持つモノだったのか。涙を浮かべ縋るように見るノワールの視線にただ瞑目する。どうすれば、この子は立てる。どうすれば、世界を救える。
「待ってよお兄ちゃん!」
「あはは、遅いぞ! 早く来いよ!」
「待ってってばー!」
不意に、子供たちの声が聞こえた。目を開き、視線を動かす。直ぐ近くで、兄妹が仲睦まじく遊んでいた。前を歩き手を振る兄に、妹はトテトテと付いて行く。微笑ましい光景だった。
「君は何をしているんだ?」
「え……?」
そんな今を生きる子供たちの姿を見ていると、自然に言葉が出てきていた。子供たちを見詰め、視線は動かさないまま言葉を続ける。
「今、リーンボックスではブレイブが現れ、女神と交戦しているだろう。恐らく教祖からの連絡を受け、他の女神はブレイブと戦闘中だ。それなのに君は、こんなところで一人何をしているんだ?」
「それは……」
「犯罪組織は女神を打倒し、犯罪神を蘇らせる為に活動をしている。犯罪神と言うのは、ただの神では無いよ。破壊神だ。それが蘇ると言うのがどう言う事か、君には解るかい?」
「破壊神、ですって……?」
「そうだよ、破壊神だ。そしてこの世界に蘇った暁には、世界を滅ぼすためにその力を十全に使うだろう。あの子たちだって、無事にはすまない。それなのに、君は何をしている?」
きっと僕の事を思い、塞ぎ込んでいたのだろう。その気持ちは嬉しい。だけど、それでは駄目なんだ。ノワールは女神である。この世界を導く者の一人だった。ならば彼女はその責任を果たさなければいけない。ボクと世界を天秤にかけて、世界を取れないようでは絶対にダメなんだ。
「ユニ君は今頃ブレイブと戦っているだろう。嘗て、成す術も無く負けた相手。そんな相手に恐怖を感じない訳が無い。それでも妹は戦っているのに、姉である君が、何故何もしないでこんなところに居るんだ?」
「それは貴方を探していて……」
「君には、他にしなければいけない事があるだろう。……僕はこの世界を壊すよ。僕をこの世界に呼び出し、不条理を課してきた。そんな理不尽、許せるはずがない」
発破を掛けて尚、迷いに揺れるノワールが一歩進める様に、本音を語る。それは、僕がこの世界に呼び出され与えられた理不尽に対する、率直な感想だった。この世界に来て与えられた物が在り、失ったものがある。その、負の部分の感情だった。それは、既に未来を奪われた四条優一の本音。嘘偽りの無い、本心から出た言葉だった。
「……っ!? ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「別に謝って欲しい訳じゃない。僕の本音は教えた。それに対して、君は女神として如何する心算なのか。答えてよ」
「それは……」
だけど、それだけじゃない。そんな世界だけど、好きな人たちが出来た。だからこそ、彼女たちには世界を守ってほしいと思う。だから、
「これはね、ノワール。魔剣ゲハバーン。女神の命を奉げ、強くなる剣。僕は、それを手に入れた」
「な、なんでそんな物を?」
「必要だったから。僕が僕の成したい事を成すのには、ね」
立ち上がりノワールから距離を取り、魔剣ゲハバーンを出現させ、選択を迫る。数多の女神をその刃に散らした魔剣が、冷たく語りかけて来る。その言葉を無視し、ノワールだけを見る。
「わ、私が、私たちが悪いの……。貴方を呼び出したのは私達だから……。だから、私が憎いのなら、貴方に全部あげるから。命だって奉げても良いから……」
だけど、視線の先に居る彼女は許しを請うだけで、死さえも受け入れると涙する。そうじゃない、僕が聞きたい言葉はそうじゃないんだ。君には、女神たちには、
「君の想いはその程度だったのか? 女神が世界を護りたいと願い、僕は呼び出された。だから、女神はたとえどんな手を使っても、この世界を救いたいと思うほど愛していると思っていた。だけどなんだ、今の君の為体は。君は、この世界を愛していないのか?」
「違うわ、そんな事ない」
ノワールが弱弱しく言い返す。
「違わないよ。君の想いと言うのは、僕一人が敵になったぐらいで萎えてしまう程度の物だったんだ」
「そんな訳無いわよ!? 私はこの世界が好きよ。ユニが居てケイが居て、ラステイションがあって、ネプテューヌやベール、ブランと言ったライバルが居る。皆が居てくれる。そんなゲイムギョウ界が、大好きなの。失いたくなかった!」
「何を犠牲にしても無くしたいものがある。なら、道を見失ったら駄目だ。今の君には、成すべき事がある。それをしないでどうする」
「解ってる、解ってるけど!」
この世界を護りたい。そんな彼女の想いは純粋で、だからこそ疑う余地は無くて。
「なら、迷う事なんてないよ。君は女神だろう?」
「だけど、それは貴方と……」
「そうだよ。だけど君は女神だ。女神さまは、世界を護らなければいけない。その気持ちが無いのなら、最初から異界の魂召喚なんてしなければ良かったんだ。この程度で揺らぐ想いだったのなら、最初から何もしなければ良かった」
「っ!?」
世界を導く為に成すべき事。それを問う。
「もう一度聞くよ。君は世界を救うかい?」
「……っ、うぁ……っ、救う、わよ……。例え貴方と戦う事になったとしても……」
「そうだ、それでこそ女神だよ。僕に助けを求めてまで世界を救おうとした、純粋な想い……」
涙を浮かべながらも、ノワールは断言してくれた。自分の足で再び立ち、僕を見据えたまま宣言した。その声は涙で震え、とても弱弱しいけど、確かにノワールらしい響きがあった。
「ノワール。次が最期だよ。次に会う時、君を……倒す」
「……っ、……くぅ、私は……、女神なの。私を信じてくれている人たちの為にも、絶対に負けられないの。例え、相手が貴方だったとしても……」
ようやくノワールと話したと言う気がした。不器用で意地っ張りで自信家でどこか抜けたところもあるけど、素直で可愛い女の子。涙を浮かべながらも凛々しく宣言する姿は、そんな僕の友達の本来の姿であるような気がした。
「そっか」
呟き、少し安心する。相変わらず危なっかしいけど、危うさみたいなものは消えていた。ならば、彼女はまた戦えるだろう。
――プロセッサユニット展開
ノワールを見据えたまま、黒と紅の神器を纏う。身体に、シェアの力が充満するのを感じた。共に戦い、護りたいと思った人達に似た力だった。
「さようなら」
「……っ、さようなら」
小さく別れを告げ、空に舞い上がる。別れ際、ノワールの涙を見た気がした。
いよいよ女神と犯罪組織の争いも最後の局面になります。