異界の魂   作:副隊長

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42話 別れのきずあと

「ええ!? なら、犯罪組織のブレイク・ザ・ハードって言うのは、私たちを解放してくれた恩人って事になるの!?」

「はい、そうなります。お姉ちゃんが言うには、マジックが私たち全員とユウの身柄を交換したいって言う取引を持ち掛けてきて、だけどお姉ちゃんはそんな条件は飲めないって拒否して、マジックに勝負を挑んだらしいんですが……」

 

 プラネテューヌの教会に訪れたユニはプラネテューヌの女神ネプテューヌに、四条優一に初めて出会った時の話から、犯罪組織のブレイクとして再会する事になった時までの話をネプテューヌに語っていた。

 共に闘った事。友達になった事。素直になれない自分を変えたいと思い相談した事、すれ違いから喧嘩別れをしてしまった事。それでも手を差し伸べてくれたこと。支えてくれると約束した事。最愛の姉を助け出すために、一人命を賭けてくれたこと。そんな四条優一に知らず知らずに依存していた事。支えられるだけじゃなく、支えてあげられる自分になりたいと願った事。その為に彼と一旦別れ、ネプギアたちと共に強くなる決意をした事。その背を励ますように押してくれた事。これまでユニと四条優一の間にあった思い出を、一つ一つ丁寧に語っていた。

 最初は肩を並べていた。次に、前に出て道を示してくれた。そして気付けば背中を追いかける事になっていた、ユニにとって姉や教祖たちとは違った形で大事と言える人との思い出だった。それは思い返してみれば、恥ずかしくもあり、誇らしくもあり、悲しくもあり、そして何より嬉しい思い出。大事な友達との記憶。今のユニを成すのに大きな意味のある出来事と言えた。

 

「成程ねー。其処から先はノワールがやられちゃって、どうなったかは解らないけど、私たち全員が解放されたって訳だね」

「そう、なります」

「っと言う事は、きっとその四条優一君。ユニちゃんとノワールは確かユウって呼んでたよね」

「え、あ、はい」

 

 珍しく真面目に話をしていたネプテューヌが、不意に考え込む。その様子に、ユニはどうしたのだろうと小首を傾げる。

 

「なら私は二人とは違う呼び方にしようかな! うーん。優は使ってるし、一の方を使って……、よし、いっくんにしよっと。で、そのいっ君とマジックの間で何かあったって事だね」

「はい……多分そうだと思います」

「うーん、何があったのかなぁ。むむむ、解んない!」

 

 しばらく考え込むネプテューヌだったが、直ぐに頭から煙を上げ、両手をあげ考えるのを諦める。

 

「アタシにも解りませんけど……、それでも、それでもユウは理由も無くあんな事をしないと思うんです!」

「そ、そうなの?」

「はい……。約束、したんです。支えてくれるって。アタシは何時も助けて貰ってました。だから、ユウは絶対敵なんかじゃないんです。きっと何か理由があって……」

 

 ユニにはどうしても、あの優一が自分の敵になったなんて思えなかった。三度助けられていた。友達を失うのが怖くて自暴自棄になっていた時。姉を救うためにギョウカイ墓場に行った時。そして、ブレイブ・ザ・ハードに敗れた時。時には命すら掛けて、ユニに手を差し伸べてくれた。言葉だけじゃなく、行動で示された優しさに、ユニは憧憬にも似た絶対の信頼をおいていたから。

 

「てい!」

「あぅ!?」

 

 そんな何処か余裕なく言葉を続けるユニの頭に、ネプテューヌは軽く一撃を振り下ろす。完全な不意打ちに、ユニは可愛らしい悲鳴を零していた。

 

「な、なにするんですか!」

 

 唐突に振るわれた暴挙に、ユニは若干涙目になりながら抗議を起こす。思いの外良いところに入ってしまっていた。

 

「あはは、ごめんね。だけど、そう言うユニちゃんの方が何か焦っているみたいだったからさ。ちょっとリラックスした方が良いと思って」

「あ……」

 

 苦笑しながらそう言うネプテューヌの言葉にユニはハッとなり、顔を赤く染める。

 

「いっ君の人柄は、ユニちゃんの話を聞いて良く解ったよ。凄く信頼しているんだね」

「……はい。何度も助けて貰いました。だから、今度はアタシが助けてあげられたくなりたいと思ってたんです」

 

 ネプギアに言われた時は、恥ずかしさが勝り否定しかけた言葉を、今回は素直に言う事が出来ていた。ユニが四条優一をそれだけ信頼していると言う事だった。例え目の前で敵だと言われても、そう思えない程に。

 

「そっか……。うん、ユニちゃんに方は大丈夫そうだけど、ノワールはどうなの?」

「お姉ちゃんはまた塞ぎ込んでます。今もどこか上の空で……」

「むー、妹より姉の方が重傷な訳かー。ノワールって普段は強気なくせに、何か想定外な事が起ると意外に脆いなぁ。まー、そこがノワちゃんの可愛いところでもあるけどさ!」

 

 ユニの話を聞き、ネプテューヌはそっかーっと相槌を打つ。

 

「お姉ちゃんはきっと大丈夫です。今は、ちょっと混乱してるだけなんです」

「うん。まーノワールだしね! その点は心配してないかな。放って置いても自分で結論をだすしね」

「それより、ネプギアの方は大丈夫なんですか? ユウと戦って、怪我したって」

 

 姉の事に関しては、ユニは絶対の信頼を置いていた。例え今直ぐは立てなかったとしても、必ず自分で結論を見つける。そんな憧れの人だった。だからユニにとっては、友達に倒された友達の方が気になって仕方が無かった。

 

「それについてはもう大丈夫よ。そうよね?」

 

 そんなユニの質問に答えたのはネプテューヌでは無く、アイエフだった。直ぐ傍らにネプギアを連れ、ユニとネプテューヌが話す部屋に来たところだった。

 

「はい、アイエフさん。あの後コンパさんに見て貰ったんだけど、怪我らしい怪我も無かったよ」

「ネプギア!? そっか、良かった……」

 

 自分は平気だと笑う友達の様子を確認すると、ユニは心の底から安堵する。ライバルではあるが、それ以前に一人の友達でもあった。そんなネプギアが負った傷が深いものでは無かった事が、嬉しかった。

 

「あのね……ユニちゃん」

「なに、ネプギア」

 

 安心して小さく溜息を吐いたユニに、ネプギアは難しい表情を浮かべ、思い出すようにして語りかける。

 

「上手く言えないんだけど、私には四条さんは自分の意思で犯罪組織に居る様に思えるの」

「な!? そ、そんな事ないわよ! ユウがアタシたちの敵になるって事、そんなの、絶対にないんだから!!」

 

 予想だにしていなかったネプギアの言葉に、ユニは捲し立てるように詰め寄る。直接戦ったネプギアの言葉と言えども、到底ユニが信じられるものでは無かった。

 

「ちょ、ちょっと待って! そうじゃないの」

「……どう言う事よ」

 

 あわあわと慌てながら両手を振り否定するネプギアに、ユニは自分を落ち着けると向き直った。

 

「どういう事なの、ネプギア?」

 

 ユニの代わりにネプテューヌが妹を促す。

 

「私だって、理由も無く四条さんが敵になるなんて思わないよ。だけど、理由があるなら……」

「じゃあ、その理由って言うのは何なのよ?」

「それは、私にも解らないけど……、一つだけわかる事があるの」

「何?」

「四条さんは何かを教えようとしてくれている気がするんだ。戦っている時も、本気じゃなかったと思う。本気なんだけど、倒す気じゃないって感じだった。それに、聞かれたんだ。この世界を護りたいって想いが本当かを。」

「それで、どう答えたの?」

「護りたいって。どんな事があっても、ゲイムギョウ界を護りたいって思ったから。だからそんな気持ちを込めて答えたら、それじゃ駄目って言われたよ。ただ敵になっただけなら、きっとそんな事は聞かないと思うの」

 

 ネプギアは思い出しながら語っていく。確かに、優一はネプギアを切り伏せられる状況でありながら、それを成す事をしなかった。ネプギアが致命的な隙を晒した時、斬ろうと思えば容易に切伏せられたのだ。それにも拘らず、思い返してみればまるで稽古をするかのように立ち回っていた。もし、ネプギアの言う事が思い過ごしでないとすれば……。

 

「皆さん、大変です! リーンボックスに、犯罪組織の幹部ブレイブ・ザ・ハードが現れました」

 

 憶測でしかない。だけど、一筋の光明が見え始めたところで、イストワールの声が響いた。

 

「ブレイブ!?」

「ユニちゃん、お姉ちゃん!」

「うーん。良いところだったのに、邪魔が入っちゃった。もー空気読んでよ! ……流石にベール一人じゃ厳しいだろうし、サッサと倒しに行こっか」

「……はい!」

 

 唐突に届いたリーンボックスからの救援要請に、三人の女神は頷き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 リーンボックスに陽動を掛ける。そう言ったのは、ブレイブからだった。あの日女神たちと干戈を交えてから少しの時が経ち、再びを展開できるまで回復していた。そんなタイミングを見計らったかのようなブレイブの言葉だった。そもそも、何のための陽動なのだろうか。

 

「先の戦いで女神たちと、決別をした。だが、お前は気になってしまうのだろう? 少なくともラステイションの女神姉妹とは少なくない縁があったはずだ」

「……そうだね、それは否定しない」

 

 諭すように言うブレイブの言葉に素直に頷く。この世界に来て最初に出会った女神がユニ君であり、その姉であるノワールとも出会いこそ最悪ではあったけど、今では友達と言えるほど親しくなっていた。異界の魂であると言う事実を語り、泣かれる事もあった。初めての友達だと言い、嬉しそうに笑ってくれていた。少しばかり、ずれた厚意の示し方ではあったけど、その気持ちは素直に嬉しかった。

 

「姉の方が塞ぎ込んでいるようだ。政務も手が付かず、一日中執務室に顔を出さず、部屋に篭っているか、街を彷徨っている様だ」

「……え?」

 

 ブレイブの言葉に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。あのノワールが? 思うのはただただそんな事である。

 

「妹の方は、プラネテューヌやルウィーに足を運び、犯罪組織のブレイク・ザ・ハードと戦った者達に話を聞き、情報を集めている」

「そっか。ユニ君の方は大丈夫そうだけど……」

 

 妹の、僕のもう一人の友達であるユニ君の方は、ブレイブの話を聞く限り大丈夫そうだった。少なくとも僕が明確に敵対する意思を示した事に、挫けたりする事は無く、前を見据えていた。多分それは、何で僕が敵になったかを探してくれているんだと思う。その気持ちが嬉しくない訳が無い。

 

「ノワールが塞ぎ込んでいるって、今までずっと?」

「そうなる」

「そっか。……、けど、どうしてそれを僕に教えてくれる?」

 

 ブレイブの言葉が本当だったら、気にかからないと言えば嘘になる。だけど、ブレイブがそれを僕に教えてくれる理由が解らなかった。

 

「確かに犯罪組織の幹部として見れば、教えずとも良い情報を教えているのだろうな」

「ああ、そう思うよ」

「だがな、四条優一。俺は犯罪組織の幹部であると同時に、お前の友でもあるのだ。必要ないと思う心と、必要だと思う心。その二つがせめぎ合い、気付けば語っていた。俺がお前の友と名乗るには、教えるべきだと思ったのだ。それに」

「それに?」

「本来はお前の正体を女神たちに知られるのはまだ先の話だったのだろう。それが知られたのは、偏に俺の失態と言える。ギャザリング城での負傷が響き、女神を止め切れなかった。その、せめてもの罪滅ぼしだ」

 

 魔剣ゲハバーンを手に入れるさい、ブレイブは追いすがる敵に一人立ちはだかり、その歩みを止めてくれていた。凄まじい数の敵を、たった一人で留めてくれた。それ程の事を見てくれたブレイブに、罪滅ぼしなど求める気は無いのだが、それではブレイブが自分を許せないと言う事だった。

 

「俺がリーンボックスに現れれば、女神は必ずこちらに来るだろう。だが、黒の女神は動きはしないだろう」

「……恩に着るよ。少し出てくる」

「気にするな。寧ろ俺の方こそ礼を言わせてほしい。これで俺は、まだお前の友だと胸を張って言える」

 

 そう手にする剣を掲げるブレイブに、小さく笑った。犯罪組織の幹部であるにも拘らず、どこか他の者達とは違っている。そんな律儀ともいえるブレイブは、確かに僕の友達の一人と言える気がした。軽く手を上げ、別れる。目的は、ラステイションだった。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 ラステイションの街に辿り着いたところで、どうしたものかと途方に暮れていた。この地に来たのはいいけど、今の僕は気軽に女神に会える立場では無かった。犯罪組織の幹部である。彼女たちにとって、明確な敵なのだ。

 街中を歩く。別に目的があったわけでは無い。ただ、黒の姉妹たちと過ごした町並みが酷く懐かしかった。犯罪組織に身を投じると決めた時、これ程ゆったりとラステイションの町並みを感じる事はできないだろうと思っていた。だけど、意外とそう言う余裕はあるようで、今、小さな感傷と共に歩いていた。

 しばらく歩いて行くと、見知った道に出ていた。僕がギルドに所属していた時、良く使っていた道。始めて来た時にユニ君に案内され、防衛隊を通して教会の依頼を受けるようになった時も使っていた、ギルドへの道だった。防衛隊やギルドの人達と過ごした日々は、酷く懐かしかった。ゆっくりとその道を進んで行く。やがて、ギルドの前に辿り着いた。

 

「流石に入る訳には行かないね」

 

 何故か来てしまった事に苦笑する。犯罪組織に所属する以上、僕はギルドと言う組織からも敵とみなされる。かつての知り合いにそう言う目で見られるのは良い事では無い。身をもって実感していた。あの子たちに敵意を示された時、どうしようもなく嫌な気分に襲われたのだ。

 

「まったく、僕は何をしているのか」

 

 ブレイブがくれた時間を有効に使えていない。その事実に、小さく溜息が零れた。とはいえ、そもそも有効に使うとはどう言う事なのか。会う気など無い。一方的に姿を見たところで、変わるモノなど無い。ならば、自分はそもそも何をしに来たのか……。そんな事を考えていた。

 

「え……?」

 

 だから気付くのが少し遅れた。ギルドの扉が、ゆっくりと開いていく。そして信じられないものを見た。そんな驚きと困惑と、喜色に満ちた声が届いた。

 

「……ユウ」

 

 それは、僕の友達であり、明確に決別した黒の女神だった。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 それは、どれほどの偶然が重なったのか。出会う筈の無い場所で、会いたいと思いながら会いたくない相手に、再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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