異界の魂   作:副隊長

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41話 未来を変える力

 女神たちとの戦いから離脱した後、ワレチューとリンダと合流し、そのまま先導されて犯罪組織の拠点の一つに身を隠す事にした。女神たちの力を知り、その想いを、文字通り身を以て体験した。それは、包み込むように優しくて、何よりもキラキラと綺麗に輝いていて、敵として戦っている最中に思わず見惚れてしまう程の、尊いモノだった。護るべきモノだと理解し、護りたいとも思った。だからこそ、一緒に居る訳には行かなくて、涙を流す友達に刃を突付けてまで、決別する意思を示していた。

 

「やっぱり、辛いなぁ……」

 

 現在地は、プラネテューヌとラステイションの境界の山間部にある、隠れ家の一つだった。周りには僕の他、ネズミ君とリンダがいるだけで、他の人間の姿は見えない。それ程巨大な建物では無く、山奥にひっそりと佇む秘密基地と言った趣がある。女神と戦い、魂の一部を砕かれてから、漸く一心地付ける場所に来ることが出来ていた。ふぅっと、深いため息が零れる。額に触れる。女神の攻撃を受け、流れていた血は既に止まっていた。それは、当然の事だった。寧ろ、血が出た事の方が今では異常と言える。既に、人間を辞めていた。それどころか、生物ですらないと思う。自信が死人であると言う事を自覚し、人間である事の拘りを捨てた時、僕と言う存在は生物の枠からも外れてしまっていたようだ。

 マジックやクロワールが言うように、僕の体はシェアで構築されている。シェアと言うのは信仰心が力になったものである。速い話が、決まった形の無い力だった。その力が僕の魂に宿り、僕の意思に沿う形で、実体を形成していると言う訳だ。真実を知らなかった頃は、異世界に来ようとも、流石に自分が普通の人間じゃないかもしれないなどと疑った事はない。だから、斬られれば血は出るし、痛みも感じた。だけど、今は全ての事実を理解してしまっている。あの子たちと決別する事を決めたとき、人である事への拘りは捨ててしまっていた。異界の魂として強い力を与えられたとはいえ、肝心の僕はただの人間でしかなかったから。物語の英雄や主人公たちの様に、どんな困難にも打ち勝てるほど強くは無いから。だから、人間と言う枠を超える事を選んだ。そうしないと、最後まで護れないと思ったんだ。

 そしてその結果、この世界に来て出来た最も大切なものを、手放す事になった。後悔なんかある訳無い。だけど、辛くない訳が無かった。自分で決めた事だけど、好きな人達と別れ、寂しくない筈が無い。引き返す事が出来ない状況を進めば進むほど、少しずつ少しずつ、心が削れていくような気がする。

 

「アニキ、そろそろ教えて欲しいっちゅ」

「ん、何かな?」

「決まってんだろ、アンタが戦う理由だよ」

 

 少しばかりネガティブになっていたところで、ネズミ君が口を開いた。僕の目を確りと見て、質問をしようとしていた。誤魔化すつもりは無かったのだけど、一瞬何を言っているのか理解できなくて出た言葉に、リンダが補足するように言った。この場には僕たち三人しかいなかった。以前言ったように、リンダの口からは敬語が抜けていた。だけど、何処か敬いの様な感情が感じられる。先の戦いで、それだけみとめられたと言う事だと思うと、それはそれで心地よかった。

 

「おいら達には言いたくないッちゅか?」

 

 少しばかり黙り込んだ僕に、ネズミ君が慮るように言った。話す事について、別に問題は無かった。ただ改めて聞かれると、何処から話すべきかが咄嗟に出てこない為、考え込んでしまったと言う訳だ。

 

「そうだね、何処から話したものか……。やっぱり、アレからかな」

 

 短く整理を付ける。僕が戦う理由を語るには、僕が異世界人であることから話す必要があった。話す事をできる限り簡潔にまとめる。

 

「僕はね、この世界の、ゲイムギョウ界の人間じゃないんだ」

「ちゅ!?」

「はぁ!?」

 

 それでも語る必要のある事は多かった。異界の魂召喚の儀式、女神の願いとその代償、この世界に存在する事に関する制約、手に入れたものと失ったもの、この世界に来て起きた数々の出来事や出会い、そして――

 

「じゃ、じゃあ、アンタは女神に呼び出された時点で、既に死ぬ事が決まったって言うのか!?」

「そうだよ。だから、僕はこの世界から消える訳には行かないんだ。元の世界に戻った時、その時こそ僕は死ぬ事になるからね」

「そ、そんなのあんまりだっちゅ……」

 

 四条優一が既に死んでいると言う、どう足掻いても変える事が出来ない、既に確定してしまった現実だった。

 確定していない未来を変える事はできる。一人一人が未来を変える為、全力を尽くす。そうすれば、新しい道は開けるかもしれない。だけど、僕の事に関してはどう足掻いても無理なんだ。もう終わっている。四条優一は、既に死んでいるから。肉体が死に、本来あるべき場所に魂がもどされる。それは、そのまま死ぬ事を意味している。だからこそ、僕は自分の世界に戻る訳には行かなかった。

 

「だから、僕はこの世界で生きる為に犯罪組織に所属しているんだよ。犯罪神を信仰している訳でも女神が嫌いな訳でも無い。ただ生きたい。まだ生きていたいと思ってしまった。だから今、僕は此処にいる」

 

 それも、理由の一つだった。少なくとも犯罪組織が存在する間は僕はこの世界に居る理由がある。だけど、それは犯罪神が蘇っても良いと言う事では無い。今犯罪神が蘇れば、確実に女神は死ぬから。それだけは避けたかった。だから、敵として彼女たちを強くすることを求めていた。

 女神の脅威を排除するために呼ばれていた。だから、最初は犯罪組織を壊滅させればその目標は達成されると思っていた。だけど、そうでは無い。魔剣ゲハバーンを読み取って見た過去から、犯罪神が蘇るのは既に確定していた。だから女神は犯罪神と雌雄を決する事になる。そして、今のままではどうやっても勝てない。マジックにすら勝てないのに、犯罪神に勝てる訳が無いから。

 そしてそうなった時、一つの魔剣が表に現れる事になる。女神の命を喰らい力を増す魔剣、ゲハバーン。ゲイムギョウ界を守る為なら、女神たちは命を奉げる。それは、何度となく繰り返された歴史が、再び起こると言う事だった。身を持て、彼女たちの想いの強さは知っていた。絶対に、世界を守るだろう。それを、認める訳には行かなかった。友達の命を犠牲に世界を救う。それしか方法が無いとしても、そんな事を許容できる訳が無い。だから、僕は女神が勝てるようにするため、女神と戦った。

 だけど、もう一つ傍に居られない理由はあった。仮に女神が勝てたとしよう。だけど、女神たちが僕の事を知った場合どうなる。犯罪神を倒し、女神の脅威を排除した時点で四条優一は元の世界に送還され、死を迎える。それを知られた時、本当に女神は戦えるのか。或いは、全てが終わった後で知った時、あの子たちは耐えられるのか。己惚れでは無く、無理だと思った。少なくとも、きっとノワールは耐えられないだろう。友達になっただけで、あれだけ喜んでくれていた。嬉しそうにはにかんでくれた。此方が心配になるぐらい簡単に信頼してくれた。そんな女の子が、自分の手で友達を殺したとなれば、どうなってしまうのか。多分、壊れる。そんな事、想像したくは無かった。

 ならば、どうすればいいのか。一つだけ方法があった。女神と敵対し、討たれる。それが、現状だった。

 

「それが、僕の戦う理由だよ」

 

 とは言え、それは最悪の事態を想定した場合の話である。もう一つ可能性はあった。それが、僕の能力と言う訳だ。剣を読み取り、再現する能力。それを最大限に扱えるようになったとき、道は開けるかもしれないと老人が、魔剣ゲハバーン自身が言っていた。老人の正体は、ゲハバーンを読み取った時、悲しくなるほど理解をする事が出来ていた。数多の歴史の中で、女神を殺し力を得た魔剣だった。皮肉にもそれを作り上げた者が、魔剣ゲハバーンの意思と言えた。魂を奉げて作った剣だった。剣自身が、人と言っても過言では無かったのだ。そして、理想と現実の乖離に、とうとう耐え切れなくなり、魔剣の人格が僕に縋ったと言う事だった。僕自身が強くなり、完成させる。その為にも、女神と袂を分かったといえる。

 

「僕は死んでいるのかもしれない。だけどね、それでも生きたいんだよ。生きたいと思えた。だから、諦めたくないんだ」

「それがアンタの戦う理由って事か」

「駄目かな?」

「いいや、解り易くて良いぜ。死にたくないから戦う。下手に高尚な理由より、よっぽど良いってもんだ」

 

 リンダの言葉に苦笑する。確かに解り易い。

 

「アニキ、オイラに協力できることなら何でも言って欲しいっちゅ。オイラは、アニキにまだ死んで欲しくないっちゅ」

「……ありがとう」

 

 ネズミ君とリンダの言葉が胸を衝いた。既に死んでいる事実を変える事はできないけど、手を伸ばしても良いんだと、素直にそう思えた。

 

 

 

 

 

「魔剣、か」

 

 ゲハバーンを抜き放ち、その刀身を見詰めていた。数多の女神の命を奪って来た、呪われた剣。同時に、純粋なまでの想いが生んだ悲劇の剣でもある。その歴史を、少しずつ少しずつ読み取っていく。剣を読み取る事で、この剣を理解しようと試みていた。見える歴史は、戦いと救世と悲壮。女神の決意と、それを糧にする魔剣の悲しい連鎖。読み取るたびに心が騒めく。だけど、それでも止める事はしない。そうする事で、示されてきた想いをより一層理解する事ができたから。

 

「辛い、な」

 

 溜息と共にゲハバーンから手を放す。悲壮なまでの想いは、確かに胸を衝く。だけど、それ以上に悲しみが読み取れてしまうんだ。それは護りたいと思いながら、その逆の事しかできない魔剣の想いであり、今の僕の心境と酷使していた。奇妙な既視感。それを、魔剣であるゲハバーンに抱いていた。

 

「護りたいと思いながら、そうする事が出来ない。命を奪い、その想いに応える事が出来ない。それは、どれ程までに辛いのか……」

 

 言葉に出し、考える。例えるなら、僕がユニ君とノワール達を殺して世界だけを救わなければいけなくなった。そんな感じだろうか。できる訳が無いとは思う。だけど、そうしなければいけない。そんな状況に陥った時、果たして正気でいられるのか。答えは、否だろう。

 

「……、如何すべきなのかな」

 

 この魔剣の悲しみの連鎖を終わらせるだけならば、恐らく僕の能力を用いれば不可能では無い。だけど、本当にそれで良いのか。魔剣を無くせば、確実に犯罪神に勝てる術がこの先ずっと失われる。そうなると、これまで世界を守る為に命を奉げた女神たちの想いを踏み躙る事になる。だけど、それをしなければ近いうち、また命が失われる。だけど、ゲハバーンに宿る決意を否定する事は出来なくて。

 

「今を護りたい、だけど、過去の想いを踏み躙りたくも無い。全部を救う手立ては、無いのかな」

 

 現状では八方塞がりだった。最悪の事態になるとき、如何するべきなのかは決められる。だけど、今はまだ猶予があった。だけど、納得のいく術が思い浮かばなくて。

 

「何を悩まれる。女神を殺す魔剣など、この世界には不要だったのです。魔剣が失われる事で世界が終わってしまうと言うのなら、世界が続く事の方が歪と言う事なんじゃ」

 

 不意に、目の前に老人が現れていた。魔剣ゲハバーンの意思、人格とも言える者だった。

 

「それでも、貴方たちは護りたいものを護る為に願った。だからこそ、今この世界は続いている」

「それが間違いだった。そう言っているのだ」

「間違いだと言うのなら、本来この世界に居な筈の僕に縋る事も、間違いと言えるよ」

「確かにな。だが、もう疲れた……。女神の嘆きを糧に、犯罪神を討つのが……。本当に護りたかった者を手に掛け、世界を救うのが……」

 

 それは、魔剣の嘆き。このような事をしたかったわけではないと言う、悲劇を生む原点となった想いの、慟哭だった。

 

「……解ったよ」

「何?」

 

 その姿を見て、また一つ決めてしまった。それはきっと何より困難で、だけど、それでもやりたいと思う事。道を誤り続けた想い。悲劇を生んだ剣に、道を示す。それは、剣と言う概念に干渉する事ができる僕にしか出来なくて。そうしたいと思ってしまった。

 

「魔剣ゲハバーンも、必ず救う」

「無理だ」

「できるよ。僕は過去を読み、今を理解し再現する事が出来る。そして、その先の極地があるとするならば……」

 

 悲劇の連鎖すら止める。そう、決めた。女神達やこの世界を救いたいと言う思いはある。だけど、目の前の悲劇に囚われた純粋な想いもまた、見捨てる事なんてできる訳が無かった。過去でも現在でもどうする事もできない。ならば、未来を変えるしかない。

 

「だから、変えるんだよ。未来を(・・・)。それが、僕の行き着く最後の極地」

 

 それは、剣と言う概念に干渉する事が出来る僕にだけが出来、辿り着く最後の段階だった。過去を読み、現在に再現し、未来を作り替える。こと剣と言う概念に於いて、絶対的な能力。剣と言う物が辿る道を文字通り全て読み取り再現する(・・・・・・・・)能力だった。過去にあった事実だけでは無い。未来で起るであろう結末すらも読み取り、それを変える為に最適化し、理想を再構築する。

 

「できる訳が無い。そのような事、未来を操るなどできはしない。それほどの力に、人は耐えらはしない」

「できるよ。人に耐えられないとしても、今の僕ならできるんだ。もう、決めた。僕は魔剣ゲハバーンも、絶対に見捨てない」

 

 無理だと嗤う老人に、できると笑って見せた。きっと、それも僕がこの世界に来た意味だから。女神の脅威の排除。それは、魔剣も当てはまる事だった。ならば、僕に出来ない道理は無い。この力を得た事、それはきっと、シェアと言う願いの力を通して、歴代の女神が魔剣を救ってくれと言っているのだと、そう僕は思いたかったから。

 

「……」

 

 老人が僕を一瞥する。それ以上何かを語ると言う事も無く、その場に溶け入るように消えていった。僕の未来は確定している。だけど、まだ魔剣の未来は定まったわけでは無い。なら、きっと変える事はできる。

 

「救うよ。救世の為に生まれる悲壮。そんなのを、黙って肯定できる訳が無い」

 

 ゲハバーンを手に、呟いた。それには、より一層この剣を理解する必要があった。この剣の歴史をゆっくりと辿っていく。魔剣の嘆きを見た気がした。

 




そう言えば読者さん的には、この話のヒロインって誰に見えるんだろう。その辺りはすっごい解り辛い気がするw

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