異界の魂   作:副隊長

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40話 違えられた道

「……君たちの想い、見せて貰うよ」

 

 最初に動いたのは女神達では無く、ブレイクであった。地面すれすれの低空を駆り、三人の女神に最短距離で迫る。その速さは神速と言うに相応しく、音の壁を突破し衝撃波をまき散らしながら距離を詰める。皮肉にも、犯罪組織に所属しマジックと戦い続けることで四条優一の、異界の魂の能力は極限まで研ぎ澄まされていた。その力は最早女神と比べても劣るものでは無い。それに女神を模倣した力が加わったことで、凄まじいまでの能力を発揮していた。

 

「ノワール、ユニちゃん、敵の剣の腕は異常よ! 二人以上で対処するようにして」

「解ったわ。行くわよ、ネプテューヌ! ユニ、援護は任せるわ」

 

 二人の女神が小さく頷くと、そのままブレイクを迎え撃つ。シェアで構築された太刀と大剣。各々の獲物を手に、犯罪組織の幹部を討つため、疾走する。

 黒と紅で構築された大剣と、紫の太刀と黒の大剣が激しくぶつかり合う。交錯の刹那、数十の斬撃がブレイクの左右から放たれていた。二人の女神が、ブレイクを挟撃する形で斬撃の雨を降らせる。

 

「まだだよ、まだ、これじゃあ足りない。この程度じゃ、マジックにすら届かない」

 

 二種の斬撃の交わる点にその身を置きながら、片手で大剣を操りつつ、ブレイクは二人の女神に宣言する。この程度の強さではマジックにすら届かないと。

 

「コイツ……!」

「まったく、さっきから解っていた事だけど、規格外の化け物ね」

 

 そんなブレイクの言葉を聞いた二人の女神は各々で反応を示す。ノワールはその凄まじいまでの剣の冴えに驚嘆を示し、パープルハートは先ほどから一向に衰える事を知らない剣の腕に呆れとも尊敬とも取れる言葉を零す。相手は片手で大剣を操っているにも拘らず、二人掛かりで一太刀すら浴びせる事は叶わない。絶技とも言えるそれを、二人は目の当たりにしていた。

 

「少し鬱陶しいね。散ってくれるかな?」

 

 忙しなく振るわれる二人の女神の斬撃をブレイクは煩わしそうに見ると、両手で強く大剣を握り直し、一閃した。

 

「っ!?」

「ノワール!?」

 

 ただの一閃、それだけで黒の女神の一撃を弾き飛ばし、体勢を崩していた。腕力が強いと言うのもそうだが、ブレイクはそれ以上に機を見る力が異常だった。斬撃の放たれるタイミング、それを予知とすら思える正確さで見切り、放たれる斬撃の力をも利用して女神の攻撃を無効化していた。そして今まさに、攻撃の機を読まれたノワールが、大きな隙を晒してしまっていた。その隙をブレイクが逃すはずがない。その速すぎる速度でノワールの間合いに入ると、至近距離まで近付き小さく言葉を告げる。

 

「悪い癖だよ。熱くなると、手元が疎かになる。予想外の手に対処が遅れる」

「な、何を……!?」

 

 伸ばせば手が届く、それ程まで距離を詰め、四条優一は黒の女神に言葉を掛ける。思わずノワールは目を見開いてしまう。たった一つの失策で、殺されても不思議では無い程追い詰められたから。だから、相対する敵の言っている事を、正確に理解できなかった。ただ目の前に来てまで言われた言葉に、困惑していた。

 

「お姉ちゃんは、やらせない!!」

「ぐ、きゃあああ!!」

 

 姉の窮地を救う為、銃声が響き渡った。ノワールの目と鼻の先に居たブレイクが、共に射角に居た彼女を蹴り飛ばすと、彼のいた場所に、銃弾が豪雨のように降り注ぐ。シェアにより構成された弾丸。それがブレイクを倒すため、立て続けに放たれていた。同時に、蚊帳の外に置かれていたパープルハートも肉薄する。

 

「これ以上は、やらせない」

「そうだ、止まっちゃだめだ。冷静に対処されれば、確固撃破される。絶えず動き、工夫し、繋ぐ事。それが大事なんだ。一人で勝てないのなら、一人で挑まなければ良い」

 

 降り注ぐ黒の銃弾と、その合間から放たれる紫の斬撃。二つの連携に、ブレイクは行く手を少しずつ制限されながらも、悠然と迎え撃つ。放たれる銃撃は、被弾するモノだけを完全に見極めると、脅威となるものだけを大剣で射角を僅かにずらすことで阻む。銃撃の合間を縫い、時折煌めく凶刃は、その太刀筋を全て見極め体捌きのみで往なし続ける。

 

「つぅ……、やってくれるわね」

「ノワール、このまま押し切るわよ!」

「言われなくても……!」

 

 一時的に離脱させられていたノワールも連携に加わり、連撃は加速する。ブレイクを挟むように展開された斬撃の壁に加え、ブレイクの死角を穿つかのように放たれる銃弾。一つずつ羽を手折るかのように、じわじわとブレイクを追い詰めていく。だが、それでもブレイクの表情に焦りは見られない。それどころか、刃を重ねる度に完成度を上げていく連携に、心から嬉しそうに嗤う。

 

「……コイツ、笑ってる!?」

「お姉ちゃん、挑発に乗っちゃだめだよ!」

「解ってるわよ。もう、油断なんかしないんだから」

「私たち三人を相手に大層な余裕ね」

 

 そんなブレイクを見て、三人は気を引き締める。追い詰めている、追い詰めていると言うはずなのに、何故かそんな気がしない。ただの一撃すらその身に受けていないブレイクを見ると、女神達には相対する敵の底がいまだに読めずにいた。

 

「いや、単純に嬉しいんだよ。君たちが、女神が強くなるのがね。今のままじゃ、どう足掻いても犯罪組織には勝てはしないだろう。だからこそ、この局面に来て更なる力を得る女神を見るのが面白い。君たちは、何処まで強くなれるのかな?」

 

 自身を封殺しようと放たれる連撃の冴えに、口角を歪めながらブレイクは言い放つ。犯罪組織に在りながら、女神が強くなるのが嬉しいと、面白いと言っていた。

 

「馬鹿にして……!?」

 

 黒の女神が、更に速度を上げる。黒の大剣と、黒と紅の大剣。似て非なる武器が、互いの存在をぶつけ合い、火花を散らす。薄い笑みを浮かべ迎え撃つブレイクと、仲間を傷付けた相手に敵意を剥きだしに迫るノワール。凄まじいまでの激突音が響き渡る。

 

「畳みかけるわよ、ネプテューヌ!」

「全く、人使いが荒いわね」

 

 力任せにノワールがブレイクを吹き飛ばし、態勢を崩すと、其処にユニが途切れる事無く銃撃を放ち続け、僅かなを作り出す。その間に、二人の女神は合流し、共にシェアを高めた。狙うのは犯罪組織の幹部の撃破。二人の武器にシェアが収束され、高められた力が唸りをあげる。

 

「これで止まりなさい!」

 

 息も吐けぬほどの銃弾の雨。それを放ちながら、更にユニは自身の持つXMBにシェアを収束させ、大技を放つ。一人の女神から放たれた弾幕から逃れる事が出来ず、ブレイクはまともにXMBの砲撃を受けると、凄まじい爆発が起こり砂塵が舞う。

 

「トルネードソード!」

「ヴィクトリースラッシュ!」

 

 二人はユニの砲撃により舞った砂塵の中に、依然としてブレイクの力が存在しているのを感じ取ると、小さく頷き合い、止めを討つために疾走する。刹那にも満たない時間で間合いに入るとその力を解放していた。虹色の剣と、闘気を宿した紫の太刀。ソレを以て、ブレイクに迫る。

 

「これなら!?」

「どう!?」

 

 シェアにより構築された刃に、更なるシェアを上乗せした必殺の一撃。それを二人は連携の中に組み込み、流れる様に鮮やかにブレイクに叩きこむ事に成功していた。二人の手には、確かに手応えがあった。ここにきて、漸くブレイクに攻撃らしい攻撃をぶつける事に成功したと言う事だった。それは、一人では勝てない相手でも、仲間と共に戦えば打ち破れると言う事の証明に他ならなかった。

 

「少しばかり、効いたよ」

 

 やがて砂塵が薄れ、その中から対峙していた敵が姿を現す。展開されている黒と紅のプロセッサユニットはいまだ健在だが、身に纏う黒を基調とし紅で装飾が施されている外套には、二人の女神の斬撃が交錯した後がその爪跡を残していた。ユニの砲撃とあいまり、まともに直撃したのだろう。ブレイクは額から血を流し、その身に纏う外套を赤黒く染めていた。

 

「今のでも倒れないなんて……」

 

 この場に居るただ一人の女神候補生であるユニが、少し怯んだように零す。 女神が三人がかりで挑んで尚、倒しきれないでいた。得体のしれない強さを持つ敵に、言い知れない不気味さを抱くのは仕方が無い。

 

「大丈夫よユニ。確かにアイツは強いけど、攻撃は確実に効いてる。なら、必ず倒せるはずよ」

「ノワールの言う通りよ、ユニちゃん。それにブレイク・ザ・ハードの言う通り、マジックはこれ以上に強いわ。女神が四人でも勝てなかった相手。再戦する前の相手としては、丁度良いの。だから、ここでブレイクを倒して勢いを付けましょう」

「お姉ちゃん、ネプテューヌさん。そうだよね、何よりコイツはネプギアを酷い目に合わせた相手。倒さなきゃいけない」

 

 依然として健在なブレイクを前に、三人の女神は更なる闘志を高める。闘いの決着が着こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女神たちの連携。それは僕の予想していたものよりも、ずっと凄まじいものだと言えた。三人ですら、僕の展開するプロセッサユニットに傷をつける事が出来ていた。僕の展開するプロセッサユニットは、僕の持つ女神四人分のシェアで構築されている。そのシェアと言うのはある意味で、僕自身とも言える。この世界に来て魂だけの存在となり、身体がシェアで再構築されていた。肉体のない僕を、シェアが構成していたと言う訳である。つまり、僕の魂とシェアは限りなく近い場所にあったと言えるわけで、それはつまり

 

「……痛いなぁ」

 

 シェアで構築されているプロセッサユニットが壊されると言う事は、魂の一部が破壊されることに限りなく近いと言う訳であった。砕かれたプロセッサユニットを眺めながら、小さく零す。僕が明確に人間で在る事を諦めた時から痛みと言うモノを感じなくなっていた。死人が痛みを感じる事など無い。そう言う訳であった。だから、肉体的な痛みは感じない。だけど、今破壊されたのは僕の魂に直結しているシェアで構築されている物であった。それを壊されると言う事は、魂だけの存在である僕が少しずつ切り崩されていくと言う事だった。

 とは言え、既に自分は死人である。魂を砕かれることによって痛みを感じる事はある。だけど、その痛みで死ぬと言う事は無い。既に死んでいる者をもう一度殺すと言う事はできないからだ。つまり、痛みだけを感じる事になると言う訳だ。

 尤も、痛みと言っても激痛が走る訳では無い。明確なモノなど無く、漠然と痛いなぁっと感じる程度の痛みだった。少なくとも、今負った傷は、その程度の物だった。

 

「一応聞かせてもらうわ。辞める気は無いのかしら?」

「無い、ね。もっと見せてくれないかな、女神の力を、想いを。君たちがどれ程この世界を思い、僕たちを倒そうとしているのか。それを、示してよ。僕はそれが知りたい」

「そう……。なら、教えてあげるわ! 私たちの思いを……」

 

 投降しないかと言うノワールの言葉に、少しだけ涙が出そうになった。今の僕は敵でしかないし、そもそも僕と言う事に気付いてもいない。それでも、友達に手を差し伸べられたのは嬉しかった。だけど、僕がその手を取る事は無い。取る訳には行かないから。だから、目的を果たす事にする。ギアちゃんには示して貰っていた。だけど、ノワール達からはまだ見せて貰っていなかった。彼女たちの持つ想いもまた、古の女神たちと同じなのか、それが知りたかった。

 

「来い、女神」

 

 告げる。再びプロセッサユニットを用い浮き上がる。一度小さく深呼吸を吐き、静かに見据えた。心は落ち着いている。体も動く。なら、まだ僕は動けるんだ。女神の想いが本物かを知る為、刃を握った。

 

「行くわよ、ユニ、ネプテューヌ!」

「任せて、お姉ちゃん!」

「合わせるわよ、ノワール!」

 

 三人の女神がシェアを収束した。先程よりも遥かに大きな力が集い、女神を中心に力の奔流を巻き起こす。それは、雄々しくも気高く、そして優しい力だった。その力をただ見つめていた。キラキラと輝く、綺麗な光だった。これが信仰の力か、これが人々の祈りの力か。これが、僕の護りたい人たちの力なのか。目の前で輝く暖かな力を目の当たりにし、確信した。これは、無くしたらいけないものなんだ。

 

「N.G.P!」

 

 最初に、黒の女神候補生がその手に持つ祈りの力を解き放った。暖かでありながら、凄まじい力の奔流が迫り来る。それを、剣を構え、ただ見つめていた。

 

「インフィニット――」

「ネプテューン――」

 

 同時に、二人の姉が女神候補生の、ユニ君の放った一撃に、弧を描くように追いすがり僕に向かい肉薄する。二人の持つ祈りの塊から、柔らかく暖かい力を感じ取れた。それは人の祈りであって、彼女たちの護るべき者の力。

 

「……」

 

 直撃する。放たれた力の奔流を、ただ受け止めていた。最初に綺麗だと想い、そして暖かいと思った。やがて、二人の姉が迫る。そして、

 

「スラッシュ!!」

「ブレイク!!」

 

 二人の女神の気迫がこもった声が響き渡り、僕の手にする大剣にぶつかり合っていた。気付けば、二人の斬撃を大剣で迎撃する様に反応していた。だけど、それを僕が受け止める事は出来なくて。

 

「これで!!」

「終わりよ!!」

 

 黒と紅の大剣から、大きな罅が入るのが解った。それをどこかぼんやりと見つめていた。そのまま二人の女神が力を振り絞り、黒と紅の大剣が砕け散った。

 

「あ……」

 

 そこでぼんやりとしていた意識がはっきりと覚醒する。綺麗な光を見ていた。温かい想いを感じていた。それは歴代の女神が抱いて散った想いと何ら変わりが無くて、だからこそ護りたいと思うモノで。そんな何よりも尊い光に魅せられていた。だけど、夢の終わりは必ず訪れる。この想いの行き着く先を、僕は知っていた。

 生きたいと願いながらも、その身を犠牲にした者たちが居た。護りたい者の為、諦める者たちが居た。世界を守る為、自分を犠牲にするしかなかった数多の女神たちが居た。この子たちを、自分の友達を、そんな目に遭わせたくは無かった。泣かせたく、なかったんだ!

 

「そうだ。此処はまだ終わりじゃないんだ……」

 

 どこか微睡んでいた思考が覚醒する。手にした大剣、半ばから圧し折れていた。激しい痛みが胸を衝いた。先程壊された傷とは違い、完全に折られていた。その消耗は先の比では無いのだろう。だけど、寝起きの僕にとって、それは必要な痛みだった。即座に自分の状況を理解する。剣どころか、全てのプロセッサユニットが半壊し、最早まともに機能するとは思えなかった。女神たちの攻撃をまともに受け、ゆっくりと落ちていく途中だった。プロセッサユニットの再構築を試みる。だけど、シェアを上手く収束できなかった。なくなったわけでは無い。ただ動かすには時間がかかる。漠然とそう感じた。ならば、この姿でいる意味は無かった。両の眼を閉じ、一度だけ深呼吸をすると、構築していたプロセッサユニットを解放した。

 光が辺りを包み込む。それは、女神が変身する時に放つ輝きに限りなく近い光だった。やがて、辺りを包む光が終息する。魔力を用いて、空中で器用にに態勢を立て直した。そして、

 

「え……」

「な、んで……」

 

 二人の友達の呆然とする声が響き渡った。

 

「ど、どうしたの、ノワール、ユニちゃん……?」  

 

 パープルハートの困惑したような声が届いた。同時に、僕が放った光と同質の輝きが辺りを二度包む。黒の女神姉妹が、変身を解除するのが解った。視線を移す。

 

「なんで、何で貴方が……?」

「本当に、ユウ、何だよね……?」

 

 女神では無く、ただの弱い女の子が直ぐ傍らまで来て、縋るように見つめていた。おずおずと手が伸ばされる。

 

「……久しぶりだね、二人とも」

 

 その手を掴む事をせず、手にした長釣丸を突付け答える。

 

「ま、待って……」

 

 ノワールの表情が、今にも泣きだしそうに歪んだ。胸が痛む、だけど話す事は無かった。

 

「犯罪組織のブレイクは……、ユウなの?」

「そうだよ」

 

 ユニ君も泣きそうに表情を歪めていたが、それでも下唇を噛み、僕に視線を定めると聞いて来た。だから、事実だけを答えていた。これで、全ての準備が整ったと言ってよかった。

 

「僕は、君たちの敵だ」

「待って、お願いだから、待ってよ……」

 

 踵を返す。膝をつく音と、声が聞こえた。

 

「さようなら」

 

 ――天魔・轟雷

 最後にそう告げ、紫電を解き放つと、その着弾の衝撃に紛れこの場を後にした。




この物語も終わりに近づいてきました。今しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。
……全然関係ないですが、ケイに飲み物吹かせる話とか思い浮かんだけど、入れる場所が無いと言う。ぐぬぬ

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