異界の魂   作:副隊長

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39話 立ち塞がる理由

「おーおー、始まったか」

 

 女神と犯罪組織の抗争が始まった直後、プラネタワーの最上階に居たクロワールは面白い余興が始まったと言わんばかりに笑みを浮かべた。視界の先には五人の女神と、三人の犯罪組織の幹部が鎬を削り始めていた。ただ一人、四条優一の選んだ道を正確に知っているのがクロワールだった。

 

「しっかしつえーなアイツ。女神から離れた途端、段階を飛ばして強くなってやがる」

 

 ケラケラと笑いながらクロワールは戦いの行方を見詰めていた。視線の先にあるのは、勿論、紫の女神姉妹と四条優一の戦いだった。そして、クロワールの言葉通り、優一は二人の女神を圧倒していた。二人の武器は剣である。ネプギアの物は銃剣なのだが、今は接近戦を挑んでいた。姉妹故に呼吸の合った連携。ソレを以て、優一に立ち向かう。

 

「女神もやるようだけど、あれじゃー絶対勝てねーな。剣で挑む限り、誰もアイツには勝てねーよ」

 

 それでもクロワールが見るに、二人の力は異界の魂には届かない。二人は剣で挑んでいた。それでは、こと剣と言う概念に置いて絶対の力を持つ四条優一に勝つ事はできない。共に居たクロワールだから、それは良く解っていた。

 

「しっかし難儀な奴だ。さっさと壊す事に決めたら、死なねーで済むのによ」

 

 クロワールは戦いを眺めながら零す。その呟きは、どこか寂しそうな響きを宿していた。それは、クロワールが異界の魂の結末を知っているからに他ならない。四条優一をこの世界に導いたのは、クロワールと言って良い。彼女にとって、歴史を面白くする要素として異界の魂召喚の儀式をこの世界に持ち込んだのだが、予想を超える事態を招いてしまった事に、僅かながら彼女なりに責任を感じていたのである。だから、本来傍観者に徹するクロワールは、四条優一の前に姿を現したと言う事だった。

 

「けどまぁ、好きにすればいーよ。お前がどんな結末を迎えようと、俺が覚えておいてやるから。女神たちに非難されようと、世界の敵になろうと、なんでお前がそんな行動をとったのかは、俺が見届けてやる。だから、やりたいようにやれよな」

 

 女神と刃を交える弱き人間を見詰め、黒の妖精は静かに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

「これなら!」

 

 女神が気迫を刃に乗せ、迫る。信仰の力を刃から滲ませ、犯罪組織の幹部である僕を斬り裂く為、刃を滑らせる。その太刀筋に迷いは無く、早く鋭い。一瞬でも油断をすれば即座に斬り伏せられたとしても可笑しくは無い一閃。眼前に迫っていた。その一撃には思いが込められていて、この世界を守りたい。そんな想いと共に消滅していった歴代の女神の姿が重なる。

 

「まだだよ、その程度の速さじゃ届きはしない」

 

 だけど、そんな想いの篭った一撃でさえ、犯罪神はおろかマジックにすら届きはしない。今の僕ですら、充分に目で追える速さでしかないから。迫り来る紫の太刀による一撃が辿り着く前に、その手元を足で蹴り上げ、刃を遮る。剣を止めるのに刃を用いる必要は無い。相手の呼吸さえ解れば、如何とでも防ぐ手段はあると、数多の使い手たちが教えてくれる。

 

「確かにそうね、けど、ネプギア!」

「解ってるよ、お姉ちゃん!」

 

 パープルハートの叫び声に、ギアちゃんが僕の間合いの内に肉薄し、刃を振り抜こうとしていた。風を切る音が聞こえていた。それは、僕が背後からの強襲に感付くには充分な情報だと言えた。そのまま片手で持っていた黒と紅の大剣を無造作に翻す。

 

「一閃、リンドバーグっぅ!?」

 

 ギアちゃんが斬撃を放つ刹那、翻した刃が待ち受けていたかのように出現し、機先を制する。加速していた体を無理やり止め、ギアちゃんは急制動を掛けなんとかその場に踏み止まった。そして、ソレは致命的な隙だと言える。

 

「遅いよ」

「あ……」

 

 ギアちゃんに肉薄する。急制動により無理に体を止めた為、体が硬直していた。手にする銃剣の柄に狙いを定めた。そのまま刃を寝かせ、銃剣を握る両手に向け振り下ろした。

 

「あう……っ」

 

 がんっとした手応えが両手に響き、ギアちゃんが痛みに顔を顰めた。両手に構えていた銃剣が乾いた音を鳴り響かせ、地に向かい落下していく。そのまま空いた片手をギアちゃんの頭に伸ばし、頭に触れ小さく呟く。

 

「君の能力はその程度か? このままだと、犯罪神は愚か、マジックにすら勝てない」

「っ、そんな事ありませ……ああああ!?」

 

 小さく小声でつぶやく。言い返そうとしたところで、左手に魔力を収束させ、紫電を直接ぶつけた。魔法と言うほど大したものでは無い。魔力を電撃に変換しただけのものだった。それでも至近距離で受けたギアちゃんが防ぐことはできず、二度大きく体を硬直させると、地に向かって落ち始める。

 

「ネプギア!?」

「妹を気にしている余裕はあるのかな?」

 

 落ちていく妹にパープルハートは悲鳴に近い叫びをあげる。それにギアちゃんが僅かに反応を示した。それを空気の流れから感じ取る。ギアちゃんが何とか態勢を立て直すのが解ったが、その時には既にパープルハートを間合いの内に入れていた。

 

「そうそう、何度もやられると思わないでほしいわね」

「へぇ、存外やる」

 

 隙だらけのパープルハートを斬り捨てる気で刃を振るった、それをギリギリのところで彼女は往なしていた。思わず感嘆が零れる。つまり、油断を誘ったと言う事だった。これが紫の女神か、っと賞賛を送る。確かに躱されていた。

 

「接近戦なら、私に分がある様ね」

 

 小さな笑みを浮かべたパープルハートが僕に告げる。その刃が弧を描き襲い掛かる。完全な隙を晒していた。斬られればそれは致命傷になり得る一撃で。

 

「それは、思い違いと言うモノだよ」

「ヴァリアブルエッジ!!」

 

 だからこそ、それを往なされた隙もまた致命的と成り得る。迫る紫の太刀を見据えていた。

 ――霞三段

 

「な……」

「マジックはこれより早い。今のまま戦えば、勝つのなんて夢のまた夢だ」

 

 眼前に迫る刃を、体捌きだけで往なしていた。僕を倒そうと放たれた紫の軌跡を見据え、流れに逆らう事なく受け流す。パープルハートの攻撃をかわすと同時に、その背後を取っていた。無造作に首を掴む。瞬間的に魔力を収束させ、それを雷に変換。ギアちゃんに与えたものと同じ刺激を彼女にも流し込む。

 

「きゃああああ!?」

 

 女神の口から悲鳴が上がる。それを聞き胸が痛んだけど、そこでやめる事はせず地に落とす。ぐったりと項垂れ、地に向かい降下していく。左手に魔力を収束した。言葉を紡ぐ。紫電が迸る。

 

「やらせません!!」

 

 雷迅を放とうとしたところで、銃剣に玉が込められた音が聞こえ、瞬時に離脱する。直後、僕のいた場所に向かい、MPBLによって放たれた銃撃が降り注ぐ。

 

「そうだよ、紫の女神候補生。君の力は剣技だけじゃない。あるモノ全てを使って、漸く届く」

「貴方は何を言って……」

 

 ギアちゃんにそれだけ伝える。ギアちゃんの強みは剣の技術では無い。銃剣による、遠近問わない攻撃距離こそがその強みと言える。困惑しながらも銃弾を放つ彼女から距離を取り、低空を駆け抜ける。

 

「やってくれる。確かに近接戦では貴方の方が上手だったみたいだけど、これならどう?」

 

 そう言い、立て直したパープルハートが再び弧を描き肉薄する。

 

「32式エクスブレイド!!」

 

 やがて間合いの内に入ると言うタイミングで、シェアを解き放つ。上空から強大な剣が舞い降り、僕に向かいその威を振るう。

 

「ちっ」

 

 小さく舌打ちを吐きながら、振り下ろされた刃から弧を描き距離を取る。眼前にパープルハートが迫っていた。

 

「だけど、君の剣で僕は止められないよ」

「そうね、悔しいけど剣なら勝てないわ。ネプギア!!」

 

 刃がぶつかり合う。互いの武器が火花を散らせた。パープルハートが妹の名前を叫んだ。直後に、自身の武器から手を放し一気に離脱する。そして目の前に居たのは、

 

「これで落します! MPBL!」

 

 ギアちゃんであった。既に照準を定めており、迷いなく引き金を引き絞る。

 ――マキシマム・チャージ

 

「そうだ、君たちの強みは個の強さじゃない。単体での強さは、犯罪組織に分がある。だから、自分の出来る事を工夫する事が何より大事なんだ」

「……まさか、今のを凌ぐなんてね」

 

 避けるのが不可能なタイミングだった。瞬間的に判断すると、限界を超える魔法を解き放ち、銃撃を斬り裂いていた。ギアちゃんの用いる銃撃はシェアによる銃撃である。ならば、刃さえ間に合えば、同じくシェアを用いた僕の剣に斬れない道理は無かった。銃撃を斬り裂いた僕に、パープルハートは呆れた様な声を漏らした。

 

「そんな……」

 

 誰よりも勝利を確信していたギアちゃんが、呆然と見詰めていた。再び低空を駆け、彼女に肉薄する。

 

「私を無視していけると思っているの?」

「行けるさ、武器は剣だけじゃない」

 

 妹から僕を遮ろうと再び前に出た女神に、答える。そのまま地に刃を突き刺し、地面を削りながら肉薄する。そして、刃を交える刹那、大剣を振り抜く。

 

「っ、そんな目眩ましで」

「だけど有効な手だよ」

 

 石礫をぶつけ、刃の軌跡が揺らいだ所を通り抜け、そのまま置き去りにする。

 

「逃げなさい、ネプギア!?」

「あ……」

 

 ギアちゃんを再び間合いの内側に入れていた。呆然と此方を見上げている。パープルハートの悲痛な叫びが響き渡る。無視して、ギアちゃんの首元を掴み、引き寄せる。

 

「君の力は本当にこの程度なのか?」

「う、ぁぁ」

 

 苦しそうな悲鳴を零すが、手を緩める事はしない。今の僕に手も足も出ないと言う事は、マジックにも敵わないと言う事だから。そうなれば、彼女たちにある運命は魔剣の贄と言う事になる。

 

「女神の想いは、この世界を守りたいと言う願いは、僕にすら勝てない程度のものなのか?」

「う、ぁぁ……」

「答えてよ、女神。君たちの思いは、その程度の物なのか?」

 

 ギアちゃんの表情が苦痛にゆがむ、だけど、これだけは聞いておかなければいけない事だった。魔剣に女神の覚悟を見せられていた。今の女神であるこの子にも、それだけの覚悟があるのか。それを知っておきたかった。

 

「ネプギア!?」

 

 パープルハートの叫びが届いた。引き離したとはいえ、距離があったわけでは無い。間を置かずに妹を助けに来るだろう。

 

「私は……、護ります。好きなんです、この世界が……、この国の人々が……」

「そうか。ギアちゃんもまた、女神なんだね。だけど、それじゃ駄目だよ。それでは、変えられない」

「え……? ああああ!?」

 

 息も絶え絶えに、ギアちゃんは応えていた。彼女もまた、魔剣に命を奉げる覚悟がある女神なのだろうと解ってしまった。そしておそらく、他の女神も。でも、それではダメなんだ。……知りたい事も知れた。教えたい事も教える事が出来ていた。その為、ギアちゃんに雷を流し意識を奪った後、背後から迫るパープルハートに妹を投げつける。

 

「っ!? ネプギア」

 

 パープルハートは慌てて妹を受け止める。それを捨て置く事にした。だって、

 

「アンタ、ネプギアに何してるのよ!?」

「ネプテューヌ、援護するわよ!」

 

 黒の女神姉妹が増援として向かって来ていたから。更に、別の方向からもう一つの力が接近する。

 

「此方も終わりましてよ。マジックには逃げられてしまいましたが……」

 

 満身創痍と言った風体の緑の女神が舞い降りる。緑の女神も駆けつけてはきたが、とても戦える状態では無かった。となれば、戦うべき相手は三人と言う事になる。パープルハートと、二人の友達だった。

 

「ブレイブとマジックは撤退したようだね」

 

 周りの様子を見て、状況を判断していた。ギャザリング城の戦いから直接ここまできていた。ブレイブは問題ないと言っていたが、負傷した状態で女神の相手は分が悪かったようだ。ソレに気付いたマジックが、ブレイブを撤退させたと言ったところだろうか。

 

「そうね。討ち漏らしたのは痛かったけど、これで貴方はたった一人よ。それでも私たちと戦うのかしら?」

「愚問だね」

 

 ノワールの言葉を肯定する。ブレイブには悪いけど、この状況は有りがたかった。マジックを警戒することなく思う存分動ける状況は、これから先あるかは解らないからだ。

 

「ベール、ネプギアを頼むわ」

「ええ、解りましたわ。私が守りますので、あなた方は思う存分戦ってください」

 

 立っている女神の中で最も消耗の激しい、緑の女神にパープルハートは妹を託すと、僕に向かい刃を構えた。

 

「待たせたわね。ネプギアを痛めつけてくれた借り、返させてもらうわよ」

「出来るのならば、やってみると良いよ。妹と同じく、倒してあげるよ」

 

 静かに闘志を燃やすパープルハートを煽るように言い放つ。

 

「ノワール、ユニちゃん、力を貸して」

 

 パープルハートが、黒の姉妹にそう言う。遂に来たか、どこか他人事のようにそう思う。それは、覚悟していた事であり、できる事ならば実現して欲しくなかった事だった。

 

「ええ、解ってるわよ。ブレイク・ザ・ハード。貴方は此処で倒す!!」

「ネプギアをあんな目に合わせた事、絶対に後悔させてあげるんだから!!」

 

 ノワールとユニ君、二人の姉妹が互いの武器を構え、僕を見据えた。その目に宿るのは敵意。仲間を傷付けた者への、隠す事の出来ない明確な敵意だった。ずきり、っと胸が痛む。二人は僕に希望をくれた人だった。もう一度生きたいと思わせてくれた。どこか死んでいた心を救い上げてくれた恩人だった。だから守りたいと思い、守ると決めていた。その二人に、自分で選んだとは言え、そんな目で見られる事に心が悲鳴を上げていた。だけど、もうずっと前から決めていた事でもある。だから、耐えられない痛みでは無かった。ならば、まだ戦える。傷付いたとしても、まだ戦えるんだ。

 

「来い、女神達。そして教えてあげるよ。犯罪組織に挑むには、犯罪神に勝つにはどれだけ強くならないといけないかを」

 

 言い放つ。守りたいと思う人たちとの望まぬ戦い。それが今、始まった。

 


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