異界の魂   作:副隊長

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37話 過去の救世と悲劇の連鎖

 それは、古ぼけた一振りの剣だった。朽ち果てていた。強い力を感じるのだが、それ以上に何処か哀愁を感じさせる剣。そんな印象を抱く。命を、女神の命を奉げる魔剣だとマジックが言っていた。だけど、目の前の古びた剣からは禍々しい力を感じる事は無かった。どちらかと言えば、怨念と言うよりも、嘆きの様なモノを感じ取れるのは、先入観からなのだろうか。

 

「おい、ユーイチ。さっきのアレは何だよ」

「アレは、僕の能力の行き着く先だよ。剣を読み取り再現する能力の、最終段階。過去の使い手を再現する、いや、少し違うか。過去の使い手を再びこの世に呼び起こす技だね。魂を呼ぶ力。技と言うよりも、僕が召喚された儀式に近いんじゃないかな」

 

 目の前にあるゲハバーンを眺めていると、クロワールが聞いて来た。それは、八億禍津日神を退けるのに用いた力の事だった。先程まで身体を委ねていた魂の力を思い起こす。ただただ戦慄するだけだった。はっきり言おう。アレは今まで僕が見た中で最高の使い手だった。その力を十全に扱えるのならば、女神はおろかジャッジやブレイブ、マジックすらその力を阻む事は敵わない。そう確信出来る程の力だった。

 人の行き着く先。その極致に到達してしまった者の力。それを、この身を通して感じていた。人を極めし闘いの神。異界の魂召喚の儀式で、本来呼び出されるはずの世界の大陸の自然を四分の一消し飛ばした魔力。ただ一人で、国を転覆させるだけの武力。三人の異界の魂を同時に相手にして尚、圧倒し得る人知を超えた力だった。

 

「ふーん。しっかしすっげーな。今の能力なら、マジックの奴も倒せるんじゃねーの」

「倒せると思うよ」

 

 クロワールの言葉に頷きながら答える。確かにマジックを倒す事も可能だと思う。だけど、それをする訳には行かなかった。確かにマジックやブレイブ、トリックなどを倒せば犯罪組織を壊滅させることは可能だろう。だけど、それをやれば僕の命も潰える事になるから。死んでも良いと思っていた。一度は死んでいたから、だから死に損なった僕が今度こそ死ぬ。それだけだと思っていたから。だけど、変わってしまった。この世界に来て、ユニ君とノワールに出会った。ラステイションの女神姉妹以外にも、ケイさんを初め、ギアちゃんやあいちゃん、コンパさんにイストワールさん、防衛隊の人たちに、ギルドの人たち、そして犯罪組織のマジックやブレイブ、リンダにワレチュー。様々な人と出会い多種多様の生き方を見て、思ってしまった。まだ死にたくない、と。

 誰かの未来を奪ってまで生きようとは思わないけど、まだ手があるかもしれなかった。その力は女神の命を奪う魔剣だと言われた。それでも、未来を変える事が出来るかもしれない可能性だった。なら、その可能性が潰えた時に、全てを終わらす事にしても遅いと言う事は無い。ずっと以前から覚悟はしていた事だ。怖くは無い、嫌では無いとは言わない。だけど、出来ない事では無かった。ずっと、考えていた事でもあったから。

 

「だけどそれは――」

 

 クロワールの言葉に応えながら、魔剣を握った。瞬間、異界の魂として召喚され、様々な知識を得た時と同じ感覚が全身を過った。直後に痛みが奔り、記憶の断片が映像として過ぎ去っていく。それは、この魔剣ゲハバーンが作られてから今に至るまでの記憶だった。思わず膝を落とし、地面に手をつき崩れそうになった身体を無理やり支える。それ程の負荷だった。身体が辛いのではない、心が辛かった。

 

「こ、れは……」

「お、おい、ダイジョーブかよ!?」

「ぐ……、問題は無いよ、少ししたら治る」

 

 慌てて声を掛けてくるクロワールを宥めるように言う。身体に辛いところは何もなかった。だけど、ゲハバーンの記憶を直接流し込まれ、その記憶の辿る道を見てしまった。胸が張り裂けそうになる。強く目を閉じた。そうで無ければ、泣き出してしまいそうだったから。ただ一人傍らに居る小さな友達に、これ以上心配させたくは無かった。

 それは、凄惨な記憶。古よりゲイムギョウ界に存在する犯罪神と、犯罪神からこの世界に生きるものを守る為に命を賭けて戦った女神や人間の記憶だった。犯罪組織マジェコンヌが崇拝する神、犯罪神マジェコンヌ。それは、世界を壊し尽くす事を目的とする、破壊神ともいえる存在だった。魔剣ゲハバーンが作られるきっかけとなった存在。それは、犯罪神が現れた当時、その時代の女神たちが束になっても尚、抗う事が出来ない程の力を誇っていた。女神よりも強い神。それが、ゲイムギョウ界を滅ぼすために現れた。その事実は女神を崇拝する国民を恐怖のどん底に叩き落とすには充分な衝撃と言ってよかった。女神ですら敵わない相手に、人間如きが叶う訳がないからだ。

 それでも女神は何度となく犯罪神に挑み、その度に敗れた。そんな姿を見る国民の絶望は加速し、信仰心が薄れ、女神の力が急速に激減していく。それでも犯罪神に挑むしか道は無く、そして敗北し信仰心が薄れる。それは絶望の連鎖だった。

 それでも女神を信仰する者はいた。女神に縋る者達がいた。だから、女神たちは諦める事が出来なかった。諦める訳には行かなかった。そんな女神たちを信仰する者の中に、一人の鍛冶師がいた。彼は女神が純粋に好きだった。国を治め、自分たちを守っていてくれたから。そんな自分たちを護ってくれていた女神たちが、今まさに犯罪神に負けようとしている。嫌だった、認めたくなかった。だから、鍛冶師は自分の命を奉げて一振りの剣を作った。具体的にどういう剣を作ろうと言うイメージがあったわけでは無い。ただ、何よりも強く、何物にも負けない剣。そんな犯罪神すらも倒し得る剣。それだけを一心不乱に思い続け、やがて魔剣と言うべき剣を完成させた。それは、確かに犯罪神すらも倒し得る力だった。だが、力には代償が付きまとう。それは、女神の命を奉げる事で強くなる魔剣だった。ただ犯罪神を倒し得るほどの力を願った結果が、シェアを喰らう事でその力を増す呪いと言うべき魔剣が完成してしまった。

 鍛冶師は、ただ自分たちを護ってくれた女神を助けたい一心でその命を賭けて鎚を振るった。そして、その願いは現実に実現しうる力となった。ただ、その方向性だけが間違ってしまった。鍛冶師の思いとは裏腹に、犯罪神を倒すための魔剣は、女神を殺すための剣でもあると言う残酷な現実だった。

 そして、鍛冶師は自分の命を奉げて作った魔剣を女神たちに届けると、その場に崩れ去る様に息を引き取った。魂を奉げ作り上げた魔剣だった。既に鍛冶師には犯罪神を倒せると言う可能性しか、見えていなかった。それがどういう魔剣なのかを理解出来る程、余力が無かったのだ。だから、ゲハバーンを女神に捧げると同時に自分の仕事は終わったと思い、限界を迎えたと言う事だった。

 魔剣を受け取った女神たちは、即座にゲハバーンがどういう剣なのかを感じ取った。女神を殺す事でその力を増す剣。それを感じ取ったのだ。だけど、鍛冶師が命を賭けてまで作った剣だった。鍛冶師が今まさに死のうとしている。それが皆わかってしまったので、ただ笑顔で受け取る事を選んだ。そしてそれは、確かに犯罪神を打ち破るに足る力だった。だから、女神たちは一人を残し、自らの命を犠牲にし魔剣ゲハバーンを用い犯罪神を打ち破った。

 しかし、犯罪神を倒す事はできても、滅ぼす事まではできなかった。犯罪神の本体と言うべきものには実体が無かったから。そして、ゲハバーンの戦いの歴史、悲劇の連鎖は此処から始まった。犯罪神は不死身と言ってよかった。何度仮初の肉体を打倒そうと、長い歳月をかけ、犯罪神は蘇る。ゲイムギョウ界を壊すために、何度となく蘇る。その度にゲハバーンもその力を目覚めさせ、女神の命を喰らい、犯罪神を切り続けていた。

 唯一つの純粋な思いが、数多の悲劇を生んでいた。

 自分の国が好きな女神がいた。国民を守る為に、自身を構成するシェア全てを奉げ、ゲハバーンの礎となり消滅した。

 生き物の営みが好きな女神がいた。皆がずっと笑って生きていける様に自らの命を奉げた。

 他者と交わるのが苦手な女神がいた。それでも誰かを守りたいと思い、恐怖に涙を流しながらも命を奉げた。

 人々の祈りを見るのが好きな女神がいた。絶望の中にある希望を潰えさせない為、命を奉げた。

 太陽のような笑顔を浮かべる女神がいた。最後の時まで誰かのために微笑み、命を奉げた。

 裏切られた女神がいた。自分を裏切った者達を憎み、他の者たちも憎んだが、それでも憎み切れず命を奉げた。

 仕事熱心な女神がいた。皆を守る為だからと悲しそうに笑い、命を奉げた。

 やる気の無い女神がいた。自分しかできないからと諦め、命を奉げた。

 似た者同士の姉妹の女神がいた。一人では無理でも二人ならば大丈夫と笑い、命を奉げた。

 女神と犯罪神、そしてゲハバーン。その全てが揃う時、必ず悲劇は起こった。女神が命を奉げ、力を増した魔剣によって、犯罪神は一時的に姿を消す。そして、長い時間をかけ蘇る。その繰り返しだった。ゲハバーンが振るわれる状況は毎回違っている。だけど、命を奉げる事によって魔剣の力を増し、その力を以て犯罪神が討たれると言う流れが変わる事は無かった。それは凄惨にして、悲壮な連鎖だった。これまで命を奉げた女神の中、誰一人として死にたかった者達は居ない。涙を流す者達がいた。運命だと言い、悲しそうに受け入れる者達がいた。自分一人が犠牲になるだけでみんなが救われるならと、笑う者がいた。死にたくないと泣きながらも、それ以上に守りたい者の為泣きながらも許容する者達がいた。

 その全ての女神たちは切り伏せられ、命を奉げ、魔剣の力を増す事で世界を救った。犯罪神が蘇るたびに、涙を流す女神たちが居た。それを、魔剣ゲハバーンは僕に厳然たる事実として見せ続ける。そして、この世界が今後も歩み続けるであろう未来を、確かに僕に見せていた。

 

「これは、駄目だ――」

 

 唇を強く噛みしめる。そうしなければ嗚咽が零れそうだった。読み取ったのは、歴代の女神たちと犯罪神の戦いが辿った結末だった。涙を流し、死の恐怖におびえながらも、最後は世界を守る為に命を奉げる事を肯定した、肯定せざる得なかった女神たちの救世と悲壮だった。その全てを見た。見てしまった。数多の女神たちが命を賭して護った世界。其処に今僕は存在している。その事実を、言葉では無く読み取り実感してしまった。選択肢が一つ潰えた。女神たちの願いと覚悟を突きつけられていた。壊せる、訳が無かった。何より魔剣ゲハバーンが存在している。それは、絶対に女神が斬られると言う事だった。呪われた運命とも言える誓約を、読み取る事で理解してしまった。絶対にそうなる。何度となく神を切り伏せた魔剣ゲハバーンは、最早そう言う概念となっているのである。

 

「お、おい、何がダメなんだよ」

「この剣は、駄目なんだよ。この剣じゃ、何も救えない」

 

 解ってしまった。この剣がある限り、救いなど無い。この剣が在る時点で遠くない未来に犯罪神が蘇り、女神が斬られることになる。この剣が目覚めるのは、犯罪神が蘇るのが確定した時だから。そして今の女神では絶対に犯罪神には勝てない。マジックにすら勝てないのに、犯罪神に勝てる道理は無かった。記憶から読み取った犯罪神の力は、マジェコンヌ四天王四人を同時に相手にして尚、届かないから。

 

「ったりまえだろーが! その剣だけあっても何にも変わんねーよ。その剣をお前が持つから変わるって言ってんだろ!」

「あ……」

 

 クロワールの言葉に意表を突かれていた。あまりに凄惨な記憶を突きつけられていた。そして、ソレはこの先同じ事が起ると言う未来予知でもあった。つまり、ノワールが、ユニ君が、ギアちゃんたちが命を奉げる事になると言う、未来を提示されたのと同じだった。だから、あまりに衝撃的過ぎて、そこまで考えが及ばなかった。この剣だけでは未来は変わらない。それをクロワールはもう一度僕に示してくれていた。

 

「ありがとうクロワール。少し取り乱してしまったよ」

「ふん、べっつに礼を言われる事じゃねーよ。俺は面白いものを見たいからお前の傍に居るだけだだからな」

「それでも、だよ」

 

 また、クロワールに助けられていた。思えば、僕が本当に辛いときはクロワールに助けられた気がする。それが有りがたく、嬉しくもあった。そして、申し訳なくも……。

 

「クロワール、決めたよ。僕は女神と戦う。全力を以て、あの子たちと戦うよ」

 

 だけど、そんなクロワールが居てくれたから決められた。僕がこの世界に呼び出されるきっかけを作った、大事な小さな友達のお蔭で、道を見失わずに済んだから。だから、今クロワールにだけ本心を語る。

 

「どーいう風の吹き回しだよ?」

「言葉通りの意味だよ。あの子たちと、本腰を入れて事を構える」

「だから、どう言った風の吹き回しなんだつってんだよ!?」

 

 クロワールが声を荒げる。本気で怒っている。だけど、それは僕の事を心配してくれているからだった。それが、解るだけクロワールとも近くなっていた。

 

「今のままじゃ、女神たちは犯罪神に勝てない。だから、変えなきゃいけないんだ」

「ああ、マジック一人にすら勝てねーのに、犯罪神に勝てるわけねーよ」

「だから、戦うんだよ。戦えば戦うだけ、教える事が出来る。強くしてあげられる」

「お前、まさか……」

 

 クロワールの目が鋭く細められる。怒っているのだが解り、困ってしまう。だって、完全に僕が悪いから。

 

「うん、ごめんね」

「っ!? お前、抗うんじゃねーのかよ!? 生きるために最後までかっこ悪く足掻くんじゃねーのかよ!?」

 

 クロワールが叫んでいた。

 

「足掻くよ。だから、これはその保険」

「保険?」

「ああ、あの子たちと戦って、僕の方も完成させる。あの子たちを鍛えるのは、できなかった時の妥協点だよ」

 

 襟首をつかみかねない剣幕だけど、嬉しく思った。それだけ、真剣になってくれていると言う事だから。そんなクロワールを宥めながら自分の考えを述べる。あくまで、彼女たちを強くするのは保険だった。だけど、十中八九、思惑通りにはならないと思っていた。だって、僕には魔剣の記憶を辿り見せつけられた、この世界を守りたいと言う決意を壊す事なんかできそうになかったから。

 

「……本当だろーな」

「うん。僕が嘘を吐くと思うかな?」

「ああ、吐きまくるね。お前は嘘つきじゃねーか」

「あはは、これは手厳しい」

 

 クロワールにジトッとした目で睨まれる。確かに、思い返してみると結構嘘もついている。特にユニ君なんて、泣かせることもあった。思わぬところで自分を思い知らされ、乾いた笑いが零れた。

 

「まあ良いよ。それはそれで面白そうだしな」

「ん、ありがと」

 

 それでも深くは追及してこないクロワールに礼を告げる。ふん、っとそっぽを向いた。

 

「けどな、ユーイチ。さっさと諦める事だけはすんなよな。見ててつまんねーから。だから、最後の最後まで足掻け。約束しろ」

「ああ、解ったよ。約束する」

 

 それでもぶっきらぼうに僕を気に掛けてくれる友達に、約束するのだった。

 

 

 

 

 

 


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