異界の魂   作:副隊長

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35話 魔剣

 白の女神たちを破った後、そのままルウィーの街に向かっていた。女神と雌雄を決したばかりなのだが、見られたのは女神の力を模倣した姿だった。通常時の僕の姿とはかけ離れている為、余程の事が無い限りばれる事は無いだろう。因みにリンダとワレチューは軽く変装していた。リンダは兎も角、ネズミ君は変装する意味があるのか。

 

「……考えたものだな。逃がす事で、示すと言う訳か」

 

 やがてルウィーの首都がぼんやりと見えてきたところで、紅が舞い降りる。鮮血の様に紅い髪、猛禽類を彷彿させる無慈悲な金色の瞳。背後に展開された、僕の用いるソレと同じ色をした黒と紅のプロセッサユニット。その病的なまでに白い手に紅の大鎌を携え、マジック・ザ・ハードが姿を現していた。

 

「マジック様!?」

「何故ここにっちゅ!?」

 

 二人の仲間が驚きで声を上げる。僕にとっては因縁の相手でも、彼らにとっては崇拝すべき相手である。その反応も仕方が無い。

 

「少し、な。お前たち二人は此処までで良い。トリックの奴がプラネテューヌで作戦を遂行中だ。そちらに向かえ。四条優一、ブレイク・ザ・ハードには私と……」

「俺が付く」

 

 マジックの言葉に応えるよう、ブレイブがゆっくりと姿を現す。巨大な勇者の様な体躯を、魔法でも使ったのか、或いは光学迷彩でも用いたのか、唐突に姿を現した。これに少しばかりに驚く。

 

「ブレイブ様も!?」

 

 再びリンダから驚きの声が上がる。目の前に居るのは僕を含めて、犯罪組織の幹部三人だった。その三人が一か所に集い、行動する。それは、どれほどの意味を持つ事なのか。構成員とは言え、僕よりも長い期間犯罪組織に居る彼女には理解できたのだろう。

 

「マジック様、オイラもアニキに、ブレイク様に付いて行ったら駄目ですかっちゅ?」

「駄目だな」

 

 不意にそう言ったネズミ君の言葉に、マジックは考える素振りすら見せずに答える。しゅんっとネズミ君が項垂れる。

 

「駄目だと言うよりは、無理と言うべきだろう。すまないなワレチュー。これから向かう場所は、並の者では命を落としかねない」

 

 取り付く島もないマジックに変わり、ブレイブがそう告げる。

 

「解りましたっちゅ」

「ネズミ君」

「なんっちゅか?」

「ありがとう」

 

 項垂れて引き下がったネズミ君に礼を言う。先程の事もあり、僕の事を考えてくれているのだろう。その気持ちは素直に有りがたかった。

 

「……礼なんて言わないでほしいっちゅよ。オイラはアニキの為に何にもできてないっちゅから」

「気持ちだけで充分だよ。必ずしも何かをする必要は無いしね」

 

 慕ってくれるだけで、有りがたかった。途中で折れてしまいそうな時、それが支えの一つになるだろうから。

 

「行くぞ。二人とも、トリックの方は任せる」

「は、はい」

 

 そう言い、マジックが踵を返し先導する。二人のいる場所では何をするのか言う気が無い。そう言う事だとおもう。マジックに従い、そのまま付いて行く。

 

「二人とも、また会おうね」

 

 そう言っていた。犯罪組織として戦うと言う、出来る事ならしたくない戦いだった。だけど、二人とは仲間として戦っていた。その時から、たしかにに二人とも僕にとっては守るべき仲間だと言えた。だから、意識することなく言葉にしていた。

 

「また、お願いします」

「アニキ、無事に帰ってくるのを待ってるっちゅよ!」

 

 ブレイブとマジックがいる手前、リンダは軽く会釈をし、ワレチューは大きく手を振ってくれた。その姿を見ると、仲間と認めてくれたのだと思う事が出来た。女神と決別して、色々考える事があった。だけど、この出会いだけは悪いものじゃなかったように思えた。

 

 

 

 

 

 

「おうおう、四天王のうち三人が揃ってるなんて、いったい何をするつもりだよ」

 

 ブレイブと二人、黙ってマジックについて歩いていると、聴きなれた声が聞こえてきた。この世界の紡ぐ歴史の傍観者にして、僕がこの世界に在る原因を作った張本人。黒の妖精こと、クロワールだった。

 

「言葉通り又来たようだね、天邪鬼」

「誰があまのじゃくだよ、誰が! って、そんな事はどーでもいいんだよ。犯罪組織の幹部が揃って何しよーってんだ。教えろよ!」

 

 腰かけていた本から降り、僕の首辺りに飛び乗るとクロワールがケラケラと笑いながら尋ねてくる。

 

「この者は?」

「歴史の紡ぎ手。いや、ただの快楽主義者だな」

 

 クロワールに気付いたブレイブが口を開く。それに、マジックは不機嫌そうにクロワールを一瞥し、答える。マジックの言葉も気になるけど、二人は知り合いなのだろうか。

 

「肩っ苦しい事は嫌いなんでなー」

「だからって、僕で楽するのはやめてほしいな」

「えー、いいじゃんよー」

 

 そのまま髪の毛を掴み、子供を肩車するような感じになる。とは言え、クロワールはかなり小さいため重くは無いのだけど、地味に痛い。

 

「まぁ、コイツのカンケー者だよ」

「確かにそうだね。と言うか、元凶だ」

 

 一切悪びれないクロワールに苦笑が浮かぶ。この子に謝罪など求める気は無いが、だからと言って此処まで奔放だと呆れるしかない。

 

「ふむ、ではその関係者が何をしに来た?」

「ブレイブ。コレには問うだけ無駄だ。明確な理由など、ありはしない」

 

 マジックが言うと、クロワールは解ってんじゃねーかと、快活に笑った。その二人の姿を見て、ブレイブも無駄だと悟ったのか、それ以上何かを言う事は無かった。

 

「で、何する気なんだよ」

「魔剣ゲハバーン。それを取りに向かう」

 

 マジックの口から出た言葉に、思わず目を見開く。魔剣ゲハバーン。確かに聞いた事がある名だった。確か、命を奉げる魔剣だった。

 

「取に向かうって……、何処にあるのか知っているのかな?」

「ああ、それは――」

 

 魔剣。それは、僕が用いれば未来を切り開けるかもしれないと言われたモノだった。言葉通りに受け取れば、現状を変え得る手札になる。だけど、嫌な予感がした。この世界に居る限り、死す事すらできない僕が明確に感じ取った、不吉な感覚。それが楔の様に刻まれていた。

 

「儂が教えましょうぞ。ギャザリング城。その深奥に、魔剣は存在する」

「貴方は……」

「おお、何時ぞやのじーさんじゃねーか」

 

 マジックの言葉を遮り言ったのは以前クロワールと出会った、不思議な老人だった。相変わらず、薄汚れた外套に身を包み、此方を見据えていた。何時現れたのか。それが解らなかった。傍に居るブレイブも、剣を持ち直した。ただ一人、マジックだけが泰然と構え見据えていた。

 

「ルウィーとプラネテューヌの教会。其処にひっそりと佇む古城。その中に、あなた方の求める物は在る」

「それが魔剣だと?」

「然り。とは言え、手にするのは容易ではありますまい。試練が在る。大いなる試練が」

 

 老人は言葉を紡ぐ。魔剣を得ると言うのならば、挑まねばならないと。異界の魂である僕に加え、犯罪組織の幹部マジックとブレイブ。その二人が傍に居ながら尚、試練が訪れると。

 

「おお、面白そーな展開になってきたじゃねーか!」

「面白そうって……、ああ、クロワールにはそれが一番大事な事か」

「あったりまえじゃねーか」

 

 茶化すクロワールに講義しようとしたところで気付いた。やるだけ無駄である。クロワールはこういう人物なのだ。僕が何を言ったところで、変わる事は無いだろう。なにより、こう言うはた迷惑なところも、ある意味クロワールの魅力なのだ。それが解るようになってきていた。彼女とも、腐れ縁と言う程度には仲良くなっていると言う事だろうか。

 

「悩むだけ無駄だね。なら、進むだけだよ」

「それが宜しい。決断を下すまでは、まだ暫くの猶予があるようだ。ならば、落ち着いて考えるが宜しい。それが、貴方の、この世界に呼ばれた魂の道を切り開く」

 

 僕の言葉に、老人は笑みを浮かべ頷いた。何故か、その笑みが気になった。どこかで見た気がしたから。だけど、何処で見たのか。思い出す事が出来なかった。

 

「もう、行かれると良い。貴方の行く末に、幸あらんことを」

 

 老人に促され、歩を進める。いやな予感は未だに続いている。だけど、ある意味必要なものだった。持っていて損する事は無い。ならば、手に入れるのも一つの選択と言えた。そう思い無理やり納得させ、目的地に向かった。

 

 

 

 

 

 

「貴様は、なんだ?」

 

 優一達が進んだ後、一人その場に佇み続けていた老人の下に、不意にマジックが現れる。プロセッサユニットを展開し、真紅の刃を持つ大鎌を突きつけ、マジックは詰問していた。

 

「何、とは?」

「言葉通りの意味だ。お前からは人ならぬ気配を感じる。いや、人間どころか生き物ですらない。この気配に最も近いものは……」

「あなた方の傍に居る、異界の魂ですかな?」

「ああ」

 

 マジックの言葉の先を読み、老人が静かに尋ねる。言葉通り、マジックが感じた老人の気配は、四条優一の物に尤も近いと言えた。其処に在りながら、存在していない。そんな、死者や魂だけの存在特有の気配だった。そんな、理のはずれた気配をマジックは明確に感じ取っていた。目の前の老人は何者なのか。そう考えるのにそれ程時はかからなかった。

 

「なに、ただの老体です。本当に守りたいものを守れなかった、哀れな人間の成れの果て……」

「何……?」

「力を求め、その術を作った。どんなものを犠牲にしても、力を得る必要があった。だから、そんな物を作るしかなかった」

「そうか、貴様は……」

「少々語り過ぎましたな。力に魅せられ、本当に大切なものを見失った愚かな者がいた。ただ、それだけなのですよ」

 

 老人は言葉を紡ぐ。それは、ある種の告白だった。償う事の出来ない罪の記憶。力に魅せられ道を違えた哀れの人間の懺悔だった。

 

「アレは、女神を殺す剣。それが再び目覚めた。目覚めてしまった。それは、蘇ろうとしている犯罪神を討ち果たすため。そして、目覚めたからにはどうあろうと、犯罪神を討つでしょう。たとえどんな犠牲を出したとしても」

「そのような事、私がさせると思っているのか?」

 

 老人の言葉に、マジックは淡々と返した。すでに、マジックには老人の正体が何か、その見当がついていた。

 

「出来る出来ないでは無い。そうなるのですよ。アレは、そう言うモノなのですから」

 

 無感動でありながら、揺るぎない自信を示すマジックに、老人は諭すように言葉を紡ぐ。マジックは強い。恐ろしいまでに強く、残酷だった。それが解っていながら、それでも尚、老人が言葉を撤回する事は無い。すでに、何度も見た結末であったから。

 

「あの剣が蘇った。儂がいる時点で、それは変える事の無い現実なのです。やがて剣は女神の命を礎に、犯罪神を再び地の底に叩き落とす。それが、この世界が辿る結末なのだ」

「ならば、なぜ貴様自ら託そうとする。アレは本来女神の誰かが用いるもののはず」

「可能性を見た。それは、お前たちにとっても悪い事だけの話では無い」

 

 淡々と尋ねるマジックに、老人は事実だけを語っていく。魔剣ゲハバーン。それが表舞台に出た時、過程はどうであれ、辿る結末は一緒だった。それを老人は何度となく見ていたから。

 

「そうか、貴様は……」

「もう、疲れたのだよ。女神を殺すのも、犯罪神を切り伏せるのも」

 

 だから縋ったと、老人は、魔剣ゲハバーンはマジックに告げていた。

 

「今生の女神が担い手だったとしたならば、これまでと同じ結末に辿り着く。だが、異界の魂ならば。こと剣と言う概念に対して絶対的な力を持つ、あの能力の持ち主ならば……」

「もう良い。語るな」

 

 そこまで老人が言ったところで、不意にマジックの表情に変化が生じた。それは明確な怒り。機械の様に冷酷なマジック・ザ・ハードの感情の乱れであった。真紅の大鎌を老人に突き付け、無感動だった瞳に確かな怒りの色を孕ませ、言葉を紡ぐ。

 

「お前が何者なのかなど関係は無い。何故縋る。何故、助けを求める。貴様たちは何故、あの男を選ぶのだ。異界の魂に、四条優一と言う弱者に手を差し伸べる事を強いる。アレは決して強者では無い。無条件に他者を救えるほど、強い存在でない。女神と言い、貴様らと言い、自身より遥かに弱き者に何故縋る。願いの裏に生み出される嘆きに何故気付かない」

 

 淡々とマジックは老人を問い詰める。マジックの胸中にある感情の一つは、確かな怒りであった。犯罪神の手足となり動く事こそマジックの存在意義な筈なのだが、それとは別の次元で突き動かされていた。それは、激しい怒りだった。強大な力を持ちながら、自らの足で立つ事を諦めた者達への、明確な敵意だった。

 

「犯罪神の手駒もまた、時の移ろいと共に変わっていると言う事か」

 

 そんなマジックを見た老人は、小さな笑みを浮かべる。自分を責めているようであり、優しげでもある。そんな不可思議な笑みであった。

 

「儂が言える事は一つ。異界の魂が本当の力に目覚めたとき、新たな道を切り開くだろう。それが我等にとって良い事なのか、貴様らにとって良い事なのか。それは、その時にならないと解らないがな」

 

 そう言うと老人の姿は薄れていき、消滅する。もう話す事は無い。そう言う事だった。

 

「……消えたか」

 

 その場にただ一人残されたマジックはぽつりとつぶやいた。その声音には先ほどの様な怒りの色は無く、常の通り、淡々としている。

 

「……やはり気に入らんな。女神も、この世界も」

 

 マジックの呟いた言葉。誰に聞かれる事も無く、辺りに溶け込むように消えていった。

 

 

 

 

 

 




一番主人公の事を理解しているのは、守るべき女神であるノワでもユニでも無く、倒すべき敵であるマジックと言う皮肉。

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