異界の魂   作:副隊長

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34話 示された決意

 5pb.が見た感じ、戦いは一方的に展開されていた。犯罪組織の構成員二人を圧倒していた女神とその妹達。接近戦の姉と遠距離戦の妹達。単純だが姉妹特有の呼吸により、互いのやる事が手に取るようにわかっていた。その為、彼女たちの連携を崩すのは容易では無かった。無い筈だった。

 

 ――天魔・轟雷

 

 ブレイク・ザ・ハード。突如現れた犯罪組織の増援により、戦況は一変していた。三人の女神の虚を突き、肉薄していた。空駆り、短く言葉を紡ぐ。大剣を手にしていない左手に、紫電が宿っていた。振り抜く。凄まじい雷迅が駆け抜ける。

 

「させない!」

「止める!」

 

 双子の姉妹が雷迅を迎撃する為に、杖を掲げた。双子から放たれる氷の魔法、雷迅に向かい放たれる。気にせずブレイクは低空を疾走し、雷に追いついていた。紫電に刃を重ねる。それは、女神の力を得たからこそできる芸当だった。

 

 ――サンダーエッジ

 

 紫電に氷塊がぶつかる瞬間、女神候補生の放った魔法に向け紅と黒の軌跡が煌めいた。一瞬の拮抗を生じさせる暇すらなく、氷塊は消滅する。遮るべき紫電が白の女神に襲い掛かった。

 

「お姉ちゃん!?」

「避けて!!」

「ちいっ!」

 

 白の女神は舌打ちと共に即座に防御態勢に入った。信頼する妹達が紫電を防ぐと踏んでいたのだが、彼女の予想を裏切り、ブレイクの放った雷が牙を剥く。それでも女神は伊達じゃない。瞬間的に手にする戦斧にシェアを込め、魔法による雷撃を弾く態勢に入った。

 

「貰うよ」

 

 ――ファイン・コマンド

 ブレイクが、四条優一が言葉を紡ぎ更なる魔法を重ねた。瞬間的に加速する。女神に一直線に進む雷迅から弧を描くように離れ、女神の側面に回っていた。

 ――ムスペルヘイム

 

「ぐぅぅ!?」

 

 魔法を受け止める為武器を翳し、視界の悪くなっていたホワイトハートからは、ブレイクの用いた急加速が瞬間移動したように感じられた。そして、突如発生した炎を纏った竜巻が強襲する。殆ど同時に雷迅が白の女神を貫いた。

 

「お姉ちゃん!」

「だ、駄目!」

 

 ――ソニックグレイブ

 二人の姉妹から悲鳴が上がるが、それに目もくれる事無く風の斬撃を飛ばしていた。そのまま魔法に拠り加速された速度を以て風刃に追いつき、吹き飛ばした白の女神に向かい風刃と斬撃を重ね合わせる。

 

「かはっ――」

 

 直撃。二つの斬撃の交錯。神業ともいえるそれをもろに受けた白の女神は苦悶の声を零し地に墜ちる。

 

「よそ見してんじゃねーぞ!」

「おいら達だっているっちゅよ!!」

 

 ブレイクの流れる様な攻めを受ける姉に気を取られている隙を付き、ブレイクの仲間が女神候補生に襲い掛かった。先程まで圧倒していた敵である。その為、この状況にありながらも二人はどこか油断していた。あわてて杖で受け止める。

 

「え……?」

「な、なんで?」

 

 事が出来なかった。ブレイクによって強化されていた二人の構成員。その力量は二人で戦っていた時に比べ、大きく上乗せされていたからだ。二人の攻撃は、女神候補生のガードをすり抜け、深く突き刺さった。ブレイクに吹き飛ばされた白の女神と同様に、二人の女神候補生も吹き飛ばされる。

 それは、身体能力を向上させる魔法だった。かつて四条優一が女神とその仲間たちに掛けていたもの。ソレを今は犯罪組織の仲間に施していた。それだけで、リンダとワレチューの強さは女神候補生を相手取れる程に底上げされる結果となった。四条優一の魔法は、展開されたプロセッサユニットに増幅されている為、かつて使った時よりも効果が上がっているのだが、それを差し引いても単純に効果的な魔法だった。異界の魂の能力は世界を制する力を持つと言う。その魔力で構成された魔法もまた、並大抵のものでは無い。皮肉にも、女神を護るために呼び出された人間の魔法は、女神に大きな脅威となり立ちはだかっていた。

 

「……つぅー、やってくれるぜ。大丈夫か、ロム、ラム!」

 

 撃ち落とされた白の女神が肩を抑え再び浮かび上がった。たった一人の増援。それにここまで崩されるとは彼女は思ってもいなかったから。本調子でないと言うのもあるが、単純に油断してしまったと言うのが大きかった。構成員は相手にならなかった。ならば一人増えたところでどうと言う事は無い、そう思ったと言う訳だった。

 

「アイタタタ。もう痛いわね!」

「何とか大丈夫(こくこく)」

 

 姉の声に、二人の女神候補生も何とか立ち上がる。予想外の展開に決して軽くは無いダメージを受けてしまったが、それでも戦闘不能と言った体では無い。

 

「女神さま……、良かった」

 

 そんな三人の様子を見て、5pb.は胸を撫で下ろした。自分の所為で女神が傷付いている。その事実に、彼女は胸を痛めていた。彼女を捕えている者は居ないが、拘束されていた。だから、ただ見ているしかできない。せめて自由に動ければと思うが、直ぐにその考えを否定する。5pb.にはとてもじゃないが、自分の力でブレイク・ザ・ハードを出し抜けると思えなかったからだ。自分の無力さにその瞳に涙を浮かべるも、彼女にはただ見ている事しかできなかった。

 

「女神の能力って言うのは、この程度なのかな?」

 

 ブレイクが刃を止め呟いた。その瞳からは感情の色が殆ど読み取れないが、声音から幾許かの失望が感じられた。

 

「ちっ、言いたい放題言いやがって。そこまで言うなら見せてやるよ!」

 

 そんな何気ない言葉に白の女神は激昂する。冷静になれば挑発しているだけだと容易に気付けるはずなのだが、今のホワイトハートにはそれが解らなかった。唯でさえ白の女神は変身した事で攻撃的になる。更には解放された直後で未だ本調子でも無い。そんな状況で、少しずつ追い詰められていた。冷静さを欠くには充分だった。

 

「なら、見せてよ」

「言われなくても見せてやるよ! その動き見切った、喰らいやがれえ!!」

 

 白の女神が疾走する。その手にする戦斧にはシェアの力が収束していた。刹那にも満たない間に、ブレイクの間合いの内に踏み込んでいた。それをブレイクはただ見据えていた。

 

「お姉ちゃん!?」

「駄目ええええ!!」

 

 ぞくり、っと二人の妹達の背筋に悪感が奔った。このままでは大事な姉がやられる。漠然とした恐怖に襲われる。二人は無我夢中で叫んでいた。

 

「だから、よそ見してんじゃねーよ!」

「その分楽ができるから歓迎っちゅけどね!」

 

 そんな二人に再びリンダとワレチューは牙を剥く。女神候補生は割って入る事が出来なかった。そして、静かな声が紡がれる。

 

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ」

「……!?」

 

 ――霞三段

 斬り裂く直前、ホワイトハートは目を見開いた。確実に入る。ドンピシャなタイミングだった。それを、外されていた。ブレイクは刃を用いる事無く、ただの体捌きを以てブランの放つ一撃を往なしていた。後の先を取る呼吸と体捌き。ソレによって致命的な隙が晒される。紅の軌跡が、流れた。

 

「ぐ、うぁ、ぐぁ……っ!?」

 

 放たれたのは、三段の斬撃。一撃目で戦斧を打払い、二撃目で大きく振り上げられた両腕を打ち体勢を崩し、無防備に晒された胴体に向け、大剣の腹で殴り飛ばした。さき程蹴り飛ばした時よりも遥かに加速し、白の女神が吹き飛ぶ。そしてライブの為に持ちよられていた機材に衝突し、そのまま勢いに巻き込み機材ごと吹き飛んでいく。

 

「白の女神は終わったよ」

 

 吹き飛ばされ、漸く止まったところでブレイクが呟いた。白の女神はピクリとも動かなかった。思わず、二人の女神候補生が動きを止めた。

 

「お姉ちゃん!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 そして。悲痛な叫びを響かせる。彼女たちの自慢の姉が、最愛の姉が今また敗れた。漸く再開できたばかりだと言うのに、再び起こった悪夢に幼い二人は瞳に涙を浮かべながらも、姉の下に駆けつけようとする。だが、

 ――天魔・轟雷

 

「ああああ!?」

「くううう!?」

 

 それを許すブレイクでは無い。容赦なく、雷迅を以て二人の女神候補生を撃ち落した。何とか姉の傍に向かおうとした姉妹、皮肉にも姉の直ぐ傍に墜落する。

 

「これで、すべて終わりかな」

 

 シェアの光に包まれ、元の姿に戻り倒れ伏す三人の女神を見据え、ブレイクは呟いた。その声音はどこか憂いに溢れている。

 

「勝った……、女神に勝った……?」

「そうだっちゅ! ついに女神に勝ったんだっちゅ!」

 

 リンダが呆然と呟き、ワレチューが雄叫びを上げた。二人からは女神に負け続けたとブレイクは聞いていた。彼らの喜びようは、それが真実であることを何よりも雄弁に告げていた。そんな二人の姿をみとめたブレイクは、少しだけ笑みを浮かべた。胸中は複雑な思いが吹き荒れているが、純粋に喜ぶ二人を見ると少しだけ気持ちが楽になれたからだった。

 

「もう下っ端なんて呼ばせねーぞ!」

「勝ったっちゅ! アニキの、ブレイク様のおかげっちゅ!」

 

 喜びをかみしめるリンダと礼を言うワレチューにブレイクは片手を上げ応えた。

 

 

 

 

 

 

 

「女神さま!?」

 

 そんな中、女の子の悲痛な叫びが上がる。捕えていた歌姫5pb.だ。自分の所為で女神が戦う事になり、敗れた。それは普通に考えて、折角黒の女神によって(・・・・・・・・)解放された女神が、再び犯罪組織に捕えられると言う事でもあったから。

 

「さて、君の処遇だけどね……」

「っ!?」

 

 5pb.の傍らまで行きそう告げると、歌姫は可愛そうになるほど青ざめる。誘拐しようと攫っていた。しかも僕達は犯罪組織所属である。きっとひどい事をされると思ったのだろう。泣きそうになっているのも仕方が無い。今にも泣きだしそうに歪む顔を見ると良心が痛んだ。

 

「へっへっへ。ブレイク様、やっぱりお楽しみですかい?」

「お、お楽しみ!? そ、そんな……。や、嫌だよ!! 」

 

 リンダが僕の傍まで来て下世話な笑みを浮かべながら言った。お楽しみ。その言葉でいろいろ想像が働いたのだろう。5pb.はポロポロと涙を浮かべ、拘束されている身体を強張らせながら拒絶の言葉を零す。苦笑が浮かんだ。確かにやろうと思えばできるけど、そんな事をするために犯罪組織に留まる決意をしたわけでは無かった。最初からそんなつもりは無い。

 

「そんな事はしないよ」

「……え?」

 

 苦笑を浮かべながら言う僕に、5pb.は不思議そうな声を零す。それは僕が酷い事をしないと言った事に対する疑問なのだろうか。そうだとは思うけど、そこまで悪く見られていると少しばかり気にしてしまう。

 

「な、ならオイラが」

 

 ネズミ君が手をワキワキさせながら5pb.に近付く。再びその菫色の瞳に涙が浮かぶ。

 

「あうちっちゅ!」

「あまり冗談を言って怖がらせるものじゃない」

「ご、ごめんなさいっちゅ……」

 

 ネズミ君の頭を軽く叩きながら言うと、面白い声を上げた。くすりっと小さな笑みが浮かぶ。リンダがワレチューを指さし笑っていた。

 

「え……、え……?」

 

 一人5pb.だけが意味が解らないと言った様子で目を白黒させている。その様子も仕方が無い事だった。

 

「さて、君の処遇だが」

「……」

 

 気を取り直して言うと、5pb.が僕を少しだけ怯えた様に見詰めた。それをただ見返しながら言う。

 

「特に何もないよ。帰って良い」

「え?」

 

 呆けたような声を上げた。それはそうだろう。誘拐犯が唐突に帰って良いと言ったのだ。誰だってそうなる。その表情は歌姫と言うよりは普通の女の子のものだった。良いものが見られたのかもしれない。

 

「な、なんで?」

「そうですよブレイク様」

 

 訳が分からないと言った様子で聞く5pb.に、リンダも怪訝そうにしながら同意する。

 

「5pb.を攫う事で、ルウィーとリーンボックスのシェアを下げる。それが今回の目的だったね」

「そうですよ。だから、白の女神たちを倒したからこそ、こいつも攫っちまえばより下げられるんですよ」

「それは、違うよ。白の女神たちを完膚なきまでに叩き潰した。だからこそ、見逃す事に意味がある。内外ともに、女神の能力は大した事が無いと示せるんだ。犯罪組織にとって、女神たちは見逃してやる余裕があるってね」

「……成程、何時でも勝てるって事を示すって訳ですか?」

 

 僕の言葉に、リンダは言いたい事が解ったのだろう、そう尋ねてきた。頷く。一応は幹部である。彼女をどうするかという選択権は僕にあった。はっきり言って屁理屈だが、シェアは確かに大きく減るだろう。それでも、女神たちを捕えて5pb.も拘束する事に比べれば遥かにマシだった。リンダも一応は納得してくれたようだった。なにより、ブレイクと言う名が女神達の間で広まるだろう。倒さなければいけない強敵として。それは、何よりも優先して広めねばならない事だった。そうじゃないと、僕が犯罪組織に来た意味が無い。

 

「さて、リーンボックスの歌姫」

「な、なに……」

「君は解放してあげるよ。だから、女神を介抱すると良い」

 

 そう言い拘束を解除し、5pb.を自由にすると後は用がないと言わんばかりに背を向ける。5pb.に顔が見えないのを確認してプロセッサユニットを解除する。長釣丸を、彼女にしっかり見える様に肩に担いだ。

 

「ブレイク様、待ってくださいよ!」

 

 リンダが慌ててついて来る。ワレチューはただ黙って僕を見詰めている。

 

「ブレイク様、もしかしてワザと……」

「ネズミ君、何も言わないでほしい」

「解りましたっちゅ」

 

 そう言うと、素直に頷いてくれた。思うところはあるけど、僕の事を信じてくれると言う事だった。小さく笑った。それが信頼に対する嬉しさに出たのか、それとも退く事の出来ない状況への諦念から出たのか、今の僕には判断できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日刊ペースで更新してみましたが、かなりきついですね。もう無理かも。
ずっと一日一話で書いてる人は本当に凄いです。

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