異界の魂   作:副隊長

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33話 ブレイク・ザ・ハード

「此処は……」

 

 ラステイションの教会、女神の私室。その部屋の中で寝かされていたユニはゆっくりと上体を起こした。犯罪組織から解放されたが、心身ともに疲労が募っていた。それが癒えるまで、それなりの時間が必要だった。それが漸く癒えたと言う訳だった。

 

「おはようユニ。漸く起きたようだね」

 

 ユニが目覚めるとすぐに声が掛けられた。ユニの良く知る声音。教祖のケイであった。病み上がりの所為か少し重い頭を振ると、ユニはケイを見据えた。あのケイが心なしかやつれている。一目で解ってしまった。

 

「アタシは……」

「犯罪組織に捕まっていたところを解放されたんだよ。かれこれ一週間近くは眠っていた」

「そんなに眠ってたの……。ごめんなさい、迷惑をかけちゃった」

 

 ケイのやつれた姿にユニは罪悪感が募る。自分の意思でネプギア達と共に旅に出、犯罪組織の幹部マジック・ザ・ハードに敗れ捕えられた。もっと強くなるために旅に出た筈なのに、結局教祖であるケイや、姉であるノワールの足手纏いにしかなっていない。それが悔しくて、ユニは小さく歯を食いしばった。

 

「そうだね……。病み上がりで悪いのだけど、ノワールに会って欲しい」

「うん、解ってる。お姉ちゃんにもすっごく迷惑をかけちゃったはずだし」

 

 ケイの言葉にユニは頷いていた。自分たちが捕えられたから、姉に大きな迷惑を掛けている。自分がこうして生きていられるのは、お姉ちゃんが頑張ってくれたからだろう。それに感謝と謝罪をしなければいけない。ユニはまだ完全にははっきりとしない頭で其処まで考えていた。

 

「いや、そうじゃないよ。ノワールを、助けてほしい?」

「お姉ちゃんを助ける?」

 

 しかしケイは小さく首を振る。姉を助けて欲しい。ケイが言った言葉の意味がユニには良く解らなかった。

 

「ああ、ノワールは部屋に居るよ。見れば解る」

「う、うん」

 

 それ以上をユニに語る事はせず、ケイはただ促す。そんな様子に困惑しながらもユニは立ち上がった。全身に疲労感が募っているが、それだけだった。マジックに負わされた傷などは、綺麗に無くなっていた。それが、少しだけ不思議だったが、それ以上に姉の事が気になった為、深くは気にせずノワールのいる部屋に歩を進めた。

 

「お姉ちゃん、入っても良い?」

 

 ユニはノワールの部屋にまで辿り着いたところで遠慮がちに扉をたたく。ケイは居ると言っていたが、部屋からは何の反応も無い。

 

「お姉ちゃん? 入るよ」

 

 何度かノックを繰り返すが、結局反応は無かった。その事を不思議に思い、ユニは扉に手を掛けた。あっけない程簡単に扉は開かれる。そして、カーテンが閉め切られ、光の閉ざされた部屋を見た。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 予想外の光景にユニは呆然と呟く。ケイの言う通り、部屋の中に確かに姉は居た。だが、その状態が異常だった。光の遮断された部屋の中。女の子らしい可愛らしい装飾の施されたベッドの上で、ノワールらしき影が膝を抱え、項垂れていた。そして、小さく何かを呟いている。ユニのいる入口からは何を言っているかは聞き取れなかった。これが本当に自分の知るお姉ちゃんなのか。ユニには目の前に広がる光景が信じられなかった。

 

「お姉ちゃん」

「……ッ!? あ……、ユニ……?」

 

 ノワールの傍らまで近づきもう一度ユニがノワールを呼ぶと、ノワールの肩がびくりと震えた。そして間をあけず、ユニに視線を移した。ユニの見たノワールの顔には、止めどなく涙が零れている。強かった、ユニの憧れだったノワールが、失意の中で泣き崩れていた。

 

「よ、良かった。本当に良かった……。貴女が無事で、本当に良かった。ユニまで居なくなられたらって思うと……」

「ど、どうしたの、お姉ちゃん」

 

 ユニをみとめたノワールが、弱弱しくユニを抱きしめる。その間も嗚咽が止まる事は無く、泣きながらユニを抱きしめている。そんなノワールに、ユニは困惑していた。一体、何があったんだろう。考えるも、ユニには解らなかった。ただ、何か忘れている気がした

 

「貴女を、貴女たちを助ける代わりに……ううん、私の所為で……。私があんなの事したから……ッ!」

「何があったの?」

 

 泣き崩れるノワールを宥めながらユニは尋ねた。あの姉が此処までなるほどの事態が起こったと言う事だった。何が起きても良い様に覚悟を決める。

 

「ユウが、私の友達が……、消えたの。あの日を境に、居なくなったの……」

「……え?」

 

 言われた意味が解らなかった。お姉ちゃんは何を言っているんだろう。ぼんやりと、そんな事を思ってしまう。だけど、心の奥底では理解していた。姉と一緒に居ると聞いていた、ユニの友達がいなかったから。

 

「マジックが取引を持ち掛けてきたの。ユウの身柄と貴女たち全員を交換しないかって。有り得ない条件だった。だけど、それでも大事な友達にこれ以上辛い思いをさせたくなかった。だから、マジックと戦って……」

「そ、それでどうなったの?」

「負けた。何もできずに、何をされたのかを理解する事すらできなかったの。目覚めたとき、全部終わった後だった。女神候補生だけでなく、ネプテューヌたち女神も解放されていたの……」

 

 そこまで言い、ノワールはまた泣き崩れる。私の所為だ、またユウを犠牲にした。そう呟きながら、涙を零す。

 

「お姉ちゃん落ち着いて」

「ユニ……?」

 

 ユニ自身、状況が解らず混乱していたが、ただ泣き崩れる姉を見ていて心が冷静になっていた。自分がしっかりしなければいけない。そう、言い聞かせる。自分でも驚くほど落ち着いた声音に、ノワールも嗚咽を止めていた。

 

「捕まっている間に何があったのかは解らないけど、お姉ちゃんだけの所為じゃないよ。きっと捕まった私たちの所為。私が捕まったから、こんな状況になっているの……」

「違うわよ……、私がもっとうまくやれていれば」

「違わない! お姉ちゃんは私たちを助けようとしてくれただけだよ。だから私たちの所為なの」

 

 言葉を重ねる程、ユニは自分自身が冷静になるのを感じた。自分たちが捕まったりしなければ、姉が泣き崩れる事も、四条優一が姿を消す事も無かったから。だから、自分たちはやらなければいけないんだ。そう、決意を固める。

 

「居なくなったのなら、探さなきゃいけないよ。犯罪組織に捕まったのなら、助けなきゃいけないの」

「ユウを、助ける?」

「うん。だからお姉ちゃん。力を貸して。悔しいけど、私だけじゃ無理だから。けど、皆と頑張ればきっとまた会えるから……」

 

 ユニは拙い言葉でノワールに想いを伝える。今の姉は、あの時の自分に似ていたから。たった一人の友達を取られそうになって途方に暮れていた時のユニに似ていたのだ。だから、一人じゃないと伝えた。自分がいると、一人では無理でも支えてくれる人がいると言う事に気付いて欲しかったから。ユニには、気付かせてくれる人がいた。四条優一が、友達が教えてくれた。だから立ち上がれた。今度は自分が教えてあげる側になる番だった。

 

「ユニ……」

「だからお姉ちゃん。立って。手を取って」

 

 かつて自分がしてもらったように、ユニはノワールに手を差し伸べる。

 

「……ええ、泣いてるだけじゃ駄目だものね」

「お姉ちゃん!」

 

 涙を拭って黒の女神は立ち上がる。泣き腫らし、目は赤く充血していた。だけど、口元にはユニの大好きな自信の満ちた笑みが浮かんでいた。

 

「いた! ちょ、ちょっとユニ、痛いわよ!」

「ご、ごめんねお姉ちゃん」

「けど、ありがとう。貴女のおかげで目が覚めたわ。私なんかよりも、ずっと成長したのね」

 

 ノワールが立ち直った嬉しさのあまりユニは抱き着いていた。その痛みに若干顔を顰めながらも、ノワールは笑みを浮かべ告げた。それは、強くなろうと背伸びをしていた女の子をねぎらう言葉だった。姉に認められた。それが嬉しくてユニはもう一度強く抱き着くのだった。

 

 

 

 

 

「これは凄いな。国を支えた歌姫って言うのも頷ける」

 

 ルウィー国際展示場。その中央に築かれた煌びやかなステージを遠巻きから見詰め、感嘆を零していた。リーンボックスの歌姫5pb.。既に彼女のライブが始まったところであった。ステージの中央から聞こえる涼やかでありながら、聴く者を勇気づける歌声は、確かに一国を支えたと言われても納得できるほどに魅力の溢れたものだった。

 

「このまま聴いていたいけど、そう言う訳にもいかないか」

 

 心地の良い歌声に身を任せていたかったけど、それはできない相談であった。犯罪組織による襲撃。それが行われるからだった。襲撃の実動部隊は僕の役目では無い。ワレチューとリンダの役目であった。それが起きる時まで、僕は静かに歌姫のステージを鑑賞するだけで良かった。僕の出番は、彼女たちの後にあるのだから。

 

「何だあれは!?」

 

 ステージも順調に進み、幾つかの歌が終えたところで、そんな声が響き渡った。ライブ会場に備え付けられた席の上方に位置する観客の声だった。漸く始まった。連鎖する様に広がる混乱の声に、少しだけ気が重くなる。これで、退く事はでき無くなったから。

 

「ド、ドラゴンだ!? エレメントドラゴンがいるぞ!!」

「アイスフェンリルもいるぞ!!」

 

 危険種の名前が上がる。魔物を嗾けての作戦だった。犯罪組織特有の力を用い、魔物を意のままに操る事が出来る為、そう言う作戦が取られると言う事だった。とは言え、生半可な魔物では直ぐに討伐されてしまう為、危険種を含めたそれなりの大軍が送られていた。そして、その混乱に乗じて5pb.を攫う。今回の作戦はそう言う内容だった。

 

「きゃあああ!?」

 

 ステージの中央で何とか混乱を鎮めようとしていた青髪の歌姫は悲鳴を零す。ステージの上には、何時の間に侵入していたのか、リンダが数匹の魔物と乗り込み5pb.を捕えていた。さらに周りでは次々と魔物が現れ始めている。アイスガルーダや、アイスゴーレムなど、ルウィー特有の魔物が何体も呼び出されていた。そろそろ行かないとと思い、混乱に騒めく観客席から立ち上がると、ワレチューを見つけた。小さな体と混乱を生かし、次々とディスクのようなモノから魔物を放っていた。アレが犯罪組織が使う技術なのだろうかと、少し興味をひかれたけど、それはまた後にする。

 

「サッサとずらかるぜ!!」

 

 リンダの声が聞こえた。ワレチューに伝えると言う意味もあるけど、この場に居る筈の女神と僕にも伝える意味があった。

 ――エクス・コマンド。

 いまだ混乱の真っ只中である観客席で小さく言葉を紡ぐ。体に淡い光が宿る。それで充分だった。出口に殺到する他の客を尻目に、観客席の最上階まで一気に飛び上がった。ワレチューと合流したリンダが5pb.を連れて逃げていると、三つの影が立ち塞がった。

 

「出やがったな、女神共!!」

 

 リンダの声が聞こえた。そのまま手に持つ鉄パイプを三人の真ん中に立つ女性に突きつける。

 

「へへーん、下っ端が相手なら、楽勝だね!」

「……楽勝(ぶい)」

 

 真ん中の女性を挟むように二人の女の子が言った。良く似た姿をしている。双子だろうか。水色のコートを着た女の子と、桃色のコートを着た女の子だった。面識こそないが、ルウィーの女神候補生の双子と言うのは聞かずとも解った。ならば真ん中に立つのがルウィーの女神だろう。つまり、白の女神だった。

 

「ロム、ラム。油断はしないで。例え下っ端が相手だとは言え、負ける訳には行かないの。5pb.を助け出して、その後で、誘拐なんてふざけた事をしようとしたお灸をすえねえとな!!」

 

 ルウィーの女神が豹変する。5pb.を誘拐のくだりで、何の前触れも無くブチ切れた。そのまま女神にシェアが集まり、白き輝きに包まれる。ついで左右に侍っていた双子もシェアを収束させる。

 

「女神ホワイトハート降臨だぜ!!」

 

 白の女神がその名の通り白き衣装に身を包み、白き斧を携え降臨する。ノワールとは対照的に、純白のプロセッサユニットを纏い、空を駆る姿は白き流星の様である。その紅の双眸で、リンダとワレチューを見据えていた。

 

「やったー、お姉ちゃんと一緒!」

「頑張る!」

 

 その両脇に、水色の女神と桃色の女神が舞い降りる。姉である白の女神譲りの白きプロセッサユニットを身に纏う姿は、幼いながらに中々堂に入っているように思えた。

 

「今日こそぶっ潰させて貰うぜ!」

「そうだっちゅ! 今日のおいらたちは一味違うっちゅからね!!」

 

 ワレチューとリンダも負けてはいない。女神が相手な為、基礎の能力ではどう足掻いても敵わないが、犯罪組織の手にするシェアは、四国を凌ぎ最も高い。その力が、犯罪組織に認められた者にも宿っていると言う事であった。

 

「覚悟を、決めようか」

 

 ワレチューとリンダが奮戦する姿を見つめながら呟く。言葉通り、本物の女神が降臨していた。その力はおそらくノワールと同等。ならば、女神候補生に勝てなかったワレチューたちの敵う相手では無いと思う。ましてや、その女神候補生までも相手にしている。結果は火を見るより明らかだった。勝てるはずの無い戦い。だけど、リンダもワレチューも退く事も無く迎え撃つ。それはきっと、信じてくれていたからだ。僕が来ると言う事を。

 

「今日此処で、決別する」

 

 ――プロセッサユニット展開。

 静かに宣言していた。誰一人として聞いていない。だけど、確かに言葉としていた。覚悟は定まった。ならば、後はやるだけだった。手にする大剣、見詰めた。黒を基調にした紅の刀身を持つ大剣。それは、今の僕の姿を体現していた。

 

「強ええ!」

「あう、うぐ、げふんっちゅ! つ、強すぎるっちゅ。けど、まだ負けた訳じゃないっちゅ!!」

「そうだ、そう簡単に負けらんねえんだ!!」

 

 二人の仲間が吼えていた。彼らが何故そこまでやるのかは解らない。

 

「意外とやるが、いい加減鬱陶しくなってきたぜ。大技で終わらせてやる」

 

 何とか食らいつく二人に、いい加減痺れを切らしたのか、白の女神は宣言した。その手にする白の戦斧に、シェアの力が収束するのが解った。強すぎる力。ワレチューとリンダでは受け止めきれるとは思ない程だった。

 

「お姉ちゃんの必殺技だ!」

「必殺技(わくわく)」

 

 桃色の女神と水色の女神が声を上げた。白の女神がそれで終わらせようとしているのが解った。

 

「女神すらも叩っ斬る超ド級の戦斧の一撃、喰らいやがれえええ、ハードブレイク!!」

 

「ッ!?」

「もうダメっちゅ!!」

 

 リンダとワレチューが迫り来る一撃に目を閉じた。だけど、

 

「やらせる訳には行かない」

「っ、んな!?」

 

 一撃が二人を粉砕する直前、人を遥かに超える速度で二人の前に立ちふさがった。黒と赤の大剣。女神すら斬り裂く一撃を、受け止めていた。力が拮抗する。ぎしり、っと両腕に凄まじい負荷が掛かった。流れるような連打のノワールとは対照的に、白の女神は一撃の破壊力が凄まじかった。だけど、同じ類の力を得ていた。受け止められない道理は無い。

 

「ハードブレイク、ね。凄まじい技だ。そして、面白い偶然だ」

「ぐぅ……!」

 

 純粋な力のぶつかり合いでは分が悪い。即座に白の女神を蹴り飛ばし距離を取る。完全に意表をついていた。白の女神は弾丸の如き速さで後方へ吹き飛ぶも、直ぐに立て直した。だけど、それで充分だった。

 

「待たせたね」

 

 二人の声を掛けつつ、睨み付けてくる白の女神を見据えた。この子が白の女神。僕を呼び出した女神の内の一人だった。

 

「ブレイク様!」

「来てくれるって信じてたっちゅ!」

 

 ワレチューとリンダの声に軽く手を上げ応える。

 

「お姉ちゃん!?」

「……大丈夫?(あせあせ)」

「ああ、問題ねぇよ。悪い、心配かけたな」

 

 白の女神に、双子の姉妹が心配そうに寄り添う。そんな妹に、ホワイトハートはにっと笑うと僕に向き直った。

 

「それよりテメエ何もんだ!?」

「僕かい? 僕は――」

 

 白の女神の言葉に、様々な思いが過る。だけど、それは今考える事では無かった。

 

「ブレイク・ザ・ハード。女神を壊す者だ」

 

 だから、言い放った。それでもう、引き返す事が出来なくなっていた。

 

「僕の仲間が世話になったようだね。借りは返させて貰う」

 

 ――月光聖の癒し

 ――エクス・コマンド

 

「これは……、力が溢れてくる!?」

「ブレイク様の魔法っちゅか?」

「ああ、そうだ。頼りにさせてもらうよ」

 

 対峙したまま言葉を紡ぐ。癒しの魔法と補助の魔法だった。これで二人はまだ戦える。三対三の状態だった。

 

「っ、来るぞロム、ラム!!」

 

 即座に状況を理解した白の女神が声を上げた。姉の慌てたような声に、二人の女神候補生も即座に戦闘態勢をとった。だが、遅い。

 

「行こうか白の女神、第二ラウンドの……始まりだ」

 

 三人の戦闘態勢が整う直前、空を駆り刃を煌めかせる。それが、本当の戦いの合図だった。 




女神戦開始

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