異界の魂   作:副隊長

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32話 もう一つの名

「5pb.?」

「そう、リーンボックスの歌い姫がルウィーにコンサートの為滞在してます。女神が捕えられていた時はそいつの所為で中々シェアが奪えなかった。既に女神が復活したから5pb.を狙う意味はあんまりないんだが……ですが、まずは切り取りやすいところから崩していくって訳です。あとその後続けて別件もあります。それについては終わってから説明しますね」

 

 リンダからルウィーに行く目的を聞いていた。リーンボックスの歌姫5pb.。女神不在の間、女神候補生もいなかったリーンボックスがなんとか国としての体を成せていたのは、教祖と彼女の存在が大きかったらしい。先日の取引の結果女神が解放された為、今の彼女は以前ほどに重要と言う訳では無いのだが、直接女神を相手にするより遥かに楽であるため、手始めに狙われたと言う事だった。

 さらにルウィーに居ると言うのも都合の良い要素だった。リーンボックスの歌姫が、ルウィーで犯罪組織に捕まったとなれば、ルウィーのシェアも同時に下降させることができる。そう言う狙いがあるようだ。

 

「了解した。だけど、歌姫5pb.ね。僕は聞いた事が無いな。そんなに凄いのかな?」

「ああ、じゃない、はい。女神が不在の間、リーンボックスの人間が心の支えにしていた程ですから」

 

 リンダの言葉に成程、っと頷く。女神が不在と言うゲイムギョウ界の人間にとっては一大事の時に、国を支えていた。それだけの物を持っていると言う事なのだろう。素直に凄いと感心する。

 

「それはそうとリンダ。別に僕に敬語を使わなくてもいいよ。話し辛そうだ」

「え! だけど、良いんですか?」

「構わないよ。一応は幹部と言う事らしいけど、僕も君とそう変わらないからね。ただの人では無いけど、だからと言って偉い訳でも無い。いや、幹部だから偉いのかもしれないけど、僕は気にしない」

 

 明らかに話辛そうなリンダに楽にするよう伝える。僕としても敬われるような事をしたわけでは無いから、居心地が悪い。

 

「ですけど。……いや、良いか。アタイたちだけの時はそうさせてもらうわ」

「ん、それで良いよ」

 

 少しばかり渋ったようだけど、リンダ自身やり辛かったのだろう。直ぐに了承してくれていた。

 

「話を戻そうか。とりあえずはその5pb.のコンサートを妨害するのかな」

 

 正直言えば、あまり気乗りはしない。女神の協力者である。つまり、あの二人にとっても協力者と言えた。その邪魔をする。そう考えると少しだけ気が重い。だけど、必要な事だった。僕が女神と明確に敵対した。そう思わせる為(・・・・・・・)には必要な段階だった。

 

「ああ。多分ルウィーの女神と女神候補生も出て来ると思う。復帰して早々ご苦労なこった」

「だからこそ、ねらい目だって事だね。出鼻を挫くと言う訳か」

「そう言う事だな」

 

 詳しい事は現地に行ってから詰めるようだ。今解っている事は、5pb.のコンサートの邪魔をすると言う事だった。

 

「此処です、ちゅ!」

「あんないご苦労だったな、ワレチュー」

 

 話もそこそこのところで、別の準備をしていたネズミ君が戻って来て言った。その背後にマジックが佇んでおり、僕の事を静かに見つめている。

 

「マジック様!?」

「今度は何の用かな?」

 

 驚くリンダを横目に、マジックに尋ねる。出立しようと思えばできるけど、まさか見送る為に来たわけでは無いだろう。

 

「二つほど言っておきたい事があってな」

「何かな、マジック」

「貴様の犯罪組織における名だ。流石に四条優一では不都合があろう。だから用意した」

「ソレは確かにね」

 

 マジックの言葉に頷く。確かに不都合はあった。僕としてはと言うよりも、ラステイションにだが。

 

「ブレイク・ザ・ハード。それがお前の犯罪組織における名だ。覚えておけ」

「ブレイク、ね。確かハードって言うのは、守護女神の事でもあるんだったね。実に嫌な名を与えてくれる」

「ふふ、だがだからこそ都合が良い、だろう?」

「まったくだよ。相も変わらず、怖い位に僕の思考を読む」

 

 異界の魂として召喚された知識の中にあった。国を守護する女神。ノワール達の事は別名守護女神(ハード)とも言う様だった。つまり、マジックは暗にこう言っているのだ。女神を壊すと言う意思を示せ、と。そして、ソレは必要な事でもあった。見透かされている。マジックはある意味でケイさん以上にやり辛い相手だった。

 

「ふふ、好きな相手の事だからな。お前の事ならば大抵は解る」

「性質の悪い冗談だね。僕の思考を読みきり、封殺した人が何を言うのか」

「随分と嫌われたものだな」

 

 皮肉の一つも出る。マジックには色々な意味で負け続けていたから。

 

「それでもう一つと言うのは?」

「ああ、お前の能力の事だ」

「と言うと、剣を読み取り再現する能力、かな」

「そうだ。お前の能力、その行きつく先。それについてだ」

 

 マジックが態々言いに来た。それだけでも聞く意味はあるだろう。黙って促す。

 

「今のお前は剣を読み取り、その記憶を再現しているな」

「ああ、だから僕は他の剣と使い手たちの技も使える」

「だがそれはあくまで再現であり、本物を超える事はできない。そう言う事だな?」

「そうなるね。あくまで僕の力は借り物だよ」

 

 剣の記憶を読み取り、様々な記憶を再現していた。マジックとの戦いでその再現率は飛躍的に上昇したが、それでも本物を超える事はできない。並ぶ事すらもまだできていないだろう。それが今の僕の能力だと言える。

 

「だが、お前はその力を使い、この世界で再び剣を作り出す。作る事が出来るのだな」

「何が言いたい?」

 

 マジックは確認する様に頷く。読み取った記憶を元にこの世界で再び限りなく同じものを作り上げていた。それが僕の力の基礎であり一端だったから。

 

「つまりお前は、自身の力を用い、自身の意思で剣を作る事が出来るのだ。ならば、最適化する事もできるだろう」

「……それは」

 

 マジックの言葉に意表を突かれた。それは、僕の能力における、次の段階と言うべきものだったから。今の僕の能力は、剣を読み取り再構築する事だった。つまり、例えるなら図面をもとに作り治すと言う訳である。そしてマジックが言ったのは、より自分にあったように再構築した武器を鍛え直せと言う事であった。読み取った武器に更なる力を加えアレンジしろと言う事だった。本物を超える事はできない。それならば、別の物を生み出せば良い。マジックの言う事はそう言う事だった。

 

「お前の能力は現段階で言えば、殆ど完成系と言ったものになっている。それを越えろ。そうすればさらに強くなる」

「最適化、する」

 

 マジックの言葉に頷いた。長釣丸を引き抜く。しゅらんと、鞘から刀身を抜き放つ際に、心地の良い音が鳴り響いた。

 

「何をする気……ですか?」

「アニキの能力っちゅ?」

 

 マジックの登場で黙り込んだ二人が零す。それに、まあ見ててよと宥める。もう一度マジックを見た。小さく頷く。何故かできると確信した。それはもう何度目かの、確信だった。

 

 ――プロセッサユニット展開

 

 両の眼を閉じ、ゆっくりと呟いた。力の奔流が、シェアの力が全身を包み込むのが解った。新たなる力を解き放つ。そう確信したときに、最初に頭を過ったのはユニ君であり、ノワールであった。二人の女神としての姿が、この世界に来て一番頭には焼き付いていた。二人とも似た者同士な姉妹であり、不器用で弱くて、でもだからこそ強い女の子だった。そんな二人が一番印象に残っていた。

 やがてその力がゆっくりと沈静化してくのが解った。内から感じる暖かな力だけが、僕たちの目論見が成功した事をはっきりと告げていた。ゆっくりと刮目する。

 

「そうだ、それで良い」

 

 マジックが小さな笑みを浮かべて見詰めていた。マジックらしかぬ優し気な笑み。一瞬だけ、目を奪われる。それだけ意外だったから。

 

「そ、その姿は女神と同じ!?」

「す、すごいっちゅ! 確かにこれなら、ジャッジ・ザ・ハード様の変わりになれそうだっちゅ」

 

 驚きに口が塞がらないと言った二人を宥めようと一歩進もうとしたときに気付いた。刀身が、紅かった。一端自分の全身を見詰める。最初に目についたのは、黒と紅の大剣だった。ノワールやユニ君のような闇に溶けいる様な漆黒を基調とした大剣なのだが、刀身だけがマジックの様に紅い。感じる力も、国際展示場で再現した時と比べて、違うモノだった。

 そして、黒の刀身に映った自分の姿にも驚いた。まず、ノワールやユニ君の様に髪が白髪になっている。そして一筋だけ紅がはしっていた。白髪に一筋の紅のメッシュが入っている。黒の女神姉妹と紅の女神の特徴が混じっているように思えた。

 肩や背中、足に展開されているプロセッサユニットを見詰める。ノワールのものと同じく黒と灰色を基調としたモノなのだが、やはりどこか違っている。剣と同じく、紅が混じっているのだ。そして、やはり感じる力も少しだけ違う。ノワールとユニ君のプロセッサユニットが、シェアだけで構成されている物ならば、僕の展開した新たな力は、この世界のシェアと異世界の魔力の複合と言ったところだろうか。より僕に合うように調整されていた。

 そして何より違ったのは、

 

「これは、黒の女神姉妹(あの子たち)よりも黒いね」

 

 服装であった。以前再現したときは、服までは変わらなかった。だが今回は違う。服までも変化していた。言うならば外套だろうか。首から下を覆い隠すような、漆黒の外套が展開されていた。やはりこの外套にも、僅かにだが紅の装飾が入っていた。ノワールとユニ君が僕のプロセッサユニットの原点であるため、黒色なのはまだ解るのだけど、この少しだけある紅はどういう事なのか。少しだけ、心当たりはあった。

 

「それがお前の力の新たな段階だ。この世界に構築したものを自分に適応させ自分のものとする。極致に至る前の、最終段階」

「女神の力を再現し、最適化して自分のモノにした。如何にも敵役のする事だ」

 

 剣の使い手たちの記憶を再現する。記憶の中から武器を読み取り、顕現させる。その手にした力を適応させ、自身の物に作り替える。それが、今の僕の能力で出来る事であった。そして、剣を読み取り再現する能力にはそれ以上がある様には思えなかった。だが、マジックはまだ極致に至る最終段階だと言った。それはまだ上があると言う事である。もし先があるのだとしたらそれは

 

「まだ剣の極地には至れまい。今は新たな境地に達した事を噛みしめろ。そして、更なる段階、極致へと昇華させると良い。お前にはそれだけの力がある」

 

 気付けばマジックが傍らにまで来ていた。ただ僕の瞳を見詰めている。その金色の瞳は、最初の頃は感情を宿す事など無いように思えたけど、ほんの僅かにだけだがその色を窺い知れるようになっていた。確かにマジックはこの結果に満足しているように思えた。

 

「一応お礼は言っておくよ、ありがとう」

 

 マジックは敵である。そして、何を考えているかは見当もつかないが、気付けばほんの少しではあるけど、解るようになっていた。僕が犯罪組織に所属する原因を作った相手だから礼を言うべきか迷ったけど、結局伝える事にした。過程はどうであれ、新たな力を得ていた。それはマジックのおかげでもあるから。そして、僕を助けてくれた二人の女神さまのおかげでも。

 

「ふ、なに構わんさ。愛する男が新たな力を手に入れた。それも私と似た力。正確に言えば似て非なるものだが、同じようなものだ。女としてこれ程嬉しい事はあるまい」

「君は意外に冗談を好むみたいだね」

 

 平然と言い放つマジックに呆れてしまった。どう考えてもマジックの言葉は本心に思えない。こう言う時に限って、一切感情の色が窺えない為その想いに拍車がかかる。

 

「ブレイク様」

「……、ああ、僕の事だったか。何かな」

 

 不意にリンダに名前を呼ばれた。先程マジックに与えられた名前だった。女神の力を自分用に最適化した姿でその名を呼ばれると、本当に自分が犯罪組織の幹部になってしまったのだと、否が応にも自覚してしまった。女神の力を自分のモノとしていた。これから先、女神と敵対する事になる。この姿である時はブレイクと名乗ろう。そう決めた。そうする事で自分の意思を確認できるから。

 ただあの子たちと一緒に居たかっただけなのだが、何と言う皮肉だろうか。そう思わずにはいられない。

 頭を振り、気持ちを切り替え自分を見る。黒と紅。女神でも無ければ、ましてや人間ですら無くなった僕はどういう存在なのか。黒を基調とした外套と、同じく黒を基調としたプロセッサユニットを見るとそんな事を考えずにはいられない。やはり、異界の魂と呼ぶのが妥当だろうか。そう、納得する。

 

「おそらく次の戦いでは、白の女神が出てきます。悔しいけど……女神候補生にすら負け続けたアタイたちでは勝て無いと思います。力を貸してください!」

 

 そう言いリンダが頭を下げた。マジックが傍に居た。だから先程と違い敬語で話していた。少し話した印象だが、気の強い女の子だと感じた。そんな子が素直に力を貸してほしいと頭を下げた。立場の事もあるだろけど、少しは認められたと言う事だと思う。

 

「その為に僕は此処に居て、新たな境地に至った。女神の相手は任せてほしい。僕が止める」 

 

 告げていた。女神と戦う。それは、これまで僕がしてきた女神を護ると言う事と、対極に位置する事であった。

 

「ありがとうございます!」

「オイラだって、四条のアニキと、ブレイク様と一緒に頑張るっちゅ!」

 

 覇気を以て頷いた二人を見ると、陰鬱とした気分が少しだけ薄れたような気がする。少なくとも、僕にはまだ仲間がいる。

 

「期待している」

 

 そんな僕たちを見てマジックが小さく頷いた。その呟きは、どこか嬉しそうな響きを持っているように感じた。あのマジックが? 一瞬そう思うが、あり得ない事だった。思い違いだろう。自分にそう言い聞かせた。




次回に5pb.コンサート襲撃開始。そして主人公が去った後のラステイションの様子も少しだけ出します。そして後にある別件が何なのか、勿論アレです

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