異界の魂   作:副隊長

31 / 72
31話 犯罪組織

 刃が煌めいた。全てを刈り取る絶望を体現したような黒から延びる紅。月光の淡い光でその刀身が怪しくも美しい弧を描く。背筋がぞくりとする程の一撃の冴え、途切れる事の無い斬撃の連鎖。休む暇すら与える気の無いそれを前に、手にした剣だけを頼りに迎え撃つ。手にするは蒼き大剣。S.O.C(ソード・オブ・カオス)。ゲイムギョウ界では無い別の世界で、神器と言われるほどの力を持つ魔剣だった。蒼と紅の軌跡が音を越えた速さでぶつかり合い、何もない場所に火花だけが現れては消える。既に刃が辿る軌跡など、見る事は敵わなかった。対峙する相手、マジックの瞳と呼吸、身体の細かい位置から刃の奔る位置を割り出し、撃ち落としていく。風を切る音一つをとっても、戦いに於いて大きな情報を与えてくれるのが、犯罪組織に来た事によって解るようになっていた。自身の能力を用い、五感全てを使い切る事で例え視る事が出来ない程の斬撃であろうとも、この身に触れる事は無かった。

 

「そうだ、それで良い。お前の力は、異界の魂の力はこの程度では無いだろう」

 

 紅の軌跡を途切れる事無く紡ぎ続けるマジックが、その無感動だった瞳に確かな好奇の色を宿らせる。抑える事すら憚らない喜色を滲ませたその声音は、何よりも雄弁に語っている。見せて見ろ、と。世界を制すると言われている、異界の魂としての力を解放しろと言っていた。

 

「君が相手だと言うのなら、ある意味で都合はいいね。例え斬ったとしても、それはそれで良い。あの子たちの為になる」

 

 両の手で魔剣を強く握りしめる。女神たちと共にいた時よりも遥かに再現率が上がっていた。犯罪組織に来て数日。ただマジックと戦い続けていた。強くなれ。それが、マジックが僕に出した、ただ一つの条件だった。

 たった数日、だが、休む間もなくマジックと刃を交わし続けていた。文字通り、戦い続けていた。自分でも驚くほど、動けている。この鍛錬とも殺し合いとも取れないぶつかり合いを始めて、一度たりとも刃を下ろしていない。自分が異界の魂と言う事を差し置いても、異常な事であった。だが、その理由は解っている。四条優一は既に死んでいる。その事実があったからだ。そして、僕は自分の事を諦めると決めてしまっていた。それは、自身が人間であると言う事を、やめると言う事だった。身体は既にない。ゲイムギョウ界における僕の体は、シェアで構成された仮初の器だった。これまでは僕が人であることに固執していたから、人間特有の限界があった。だけど、今その枷は解き放たれていた。どれだけ戦い続けたとしても、自分が意識しない限り、疲労と言うものさえも感じる事が無かった。

 

「それは無理だろう。貴様は強い。だが、まだ私には届かない。それでは、私は討てんよ」

「まったくだよ。本当に君はどういう次元の強さなのか。僕だって少しずつ人を辞めて言っている筈なのに、まるで届く気がしない。女神四人でも勝てなかったって言うのも納得だよ」

 

 刃を交わし、言葉を交わす。一太刀でもこの身に受ければ、それで終わるだろう。そう思える程の紅の応酬にも、心が動かされる事は無い。どう転んでも死ぬ事は無い。ソレを確信してしまったから。手にする魔剣が、更なる力を溢れだす。ただ只管に、自分の力を引き出す事にだけ尽力する。強く、ただ強く。それだけをイメージする。

 

「ふふ、女神など物の数では無い。敵として相対するのならば、お前の方が遥かに厄介だ。ただの人の身でありながら、これほどまでに私に喰らいついて来る。その力、そして想い。実に興味深いぞ」

「それはどうも。僕だって不思議だよ。だけど、ただ守りたかった。それが自分には出来る。なら、やるだけなんだ。それでどうなろうとも、ね」

「だからこそ、貴様は厄介だ。四条優一、お前は本当に自分がどうなろうと一顧だにしない。既に変える事の出来ない結末が定まっているからこそ、どのような行動でも躊躇なくとれる。それが、気に入らない」

 

 互いの力がぶつかり合い、力と力が混じり合い一つの奔流となり、爆ぜる。視界を奪うかのように衝撃波が駆け抜けるが、そのまま刃に力を込める。マジックもそれに応える様に押し返してきていた。大剣と大鎌の鍔迫り合い、至近距離で視線を交わす。

 

「気に入らない?」

 

 疑問だった。あのマジックが、露骨な感情を露わにした。それに興味が惹かれた。

 

「私に立ち向かえるほどの力を持ちながら、全てを諦めていた貴様が。四条優一と言う犠牲者を出しながら、その事実に気付きもせずに守られている女神たちが。そして、我等の問題に異世界をも巻き込んだこのゲイムギョウ界もだ」

 

 あのマジックから出た言葉とは思えず、驚きで気を取られてしまった。その間にも、繰り出される紅が留まる事は有り得ない。紅が迫る。鮮血の様な紅をただ見据えた。

 

「好き勝手言ってくれるね」

「……ほう」

 

 有り得ない動きをしていた。見えるはずの無い刃を、気付けばはっきりと視認していた。遮れるはずの無い一撃を、無造作に打払った。高揚も無い。予感も無い。ただ当然の如く、打払う事が出来た。

 

「僕が何も思っていないとでも? 奪われた事をただ許せただけだとでも? 未来が無いと言われて、それでもただ笑って許容できたとでも?」

 

 それは、僕の本音だったのかもしれない。

 

「出来る出来ないでは無い。現にお前は、していたではないか」

「そうするしかなかった。既に終わったことだった。真実を知った時、僕は女神の事を好きになった後だった。助けて欲しかった。だけど、それは女神にはどう足掻いても無理な事だった。だから、諦めるしかなかった……」

 

 何もわからぬままこの世界に呼びだされ、この先手にする事が出来ないと思えたものを与えられ、変わりに手に入れる筈だったものを全て奪われた。何も思わなかった筈が無い。恨まなかった筈が無い。だけど、それをぶつけるべき相手を、好きになってしまっていた。だから、言わなかった。言えなかった。確かに苦しかったけど、それ以上に自分の所為で苦しむ友達を見たくなかったから。そこまで考えたところで気付いた。結局、僕はあの子たちを苦しめているだけなのではないか。

 

「それがお前の本音か。四条優一の、叫びなのか?」

「……そうだよ。ただの人間でしかなかった僕の、想いだ」

 

 不意に、マジックが力を緩めた。そのままマジックの体に倒れ込んでしまう。手にする魔剣に、何かを切るような手ごたえを感じた。何か言うよりも早く、抱きしめられる。

 

「やはり、お前は弱いのだな」

「最初から強いなんて言った覚えは無いよ」

 

 至近距離で目が合った。相変わらず、無感動な瞳だった。だけど、何故か優しいと思ってしまった。

 

「私ならば助けてやれる。お前を、生かしてやれる」

「……」

 

 ただ抱かれていた。手にしたSOCからマジックの血が滴り落ちる。それを気にも留めず、マジックは言葉を紡ぐ。

 

「強くなれ、四条優一。異界の魂としての力、それを解き放て。そうすればお前は」

「女神を壊し運命を変えられる、っとでも?」

 

 抱きしめられたまま、マジックの瞳を強く見返す。甘い誘惑。マジックの言葉に頷けば、確かに僕の未来を掴めるかもしれない。だけど、

 

「変わりにあの子たちから奪ってまで、未来を生きようとは思わないよ。元々僕は死に損ないだからね」

「……そうか、それは残念だ」

 

 それは大事な友達を犠牲にすると言う事だった。既に僕の未来は無い。それを覆すために、好きな人から奪うなんて事、できる訳が無い。そんなのには、意味が無かった。だから、マジックの言葉に乗る事だけはできる筈が無い。

 

「だが、気が変わったら何時でも言うと良い。私ならば、貴様を救ってやれる。それは事実なのだからな」

 

 マジックは僕から離れた。いつの間にか、刃を交えると言う空気では無くなっていた。

 

「そんな事は、有り得ないよ」

「ふふ、そうかな。どちらにせよ強くなれ。それがお前の未来を紡ぐ事になるのだからな……」

 

 意味深な事を呟くと、マジックは姿を消した。僕を引き入れた事と言い、いまいち目的が読めなかった。どういう思惑があって、こんな事をするのか。考えても答えは出る事は無かった。

 

 

 

 

 

「ようやく解放されたか。マジックも無茶をする」

 

 そう言って声を掛けてきたのは、ブレイブであった。犯罪組織の拠点と言うべき場所の一つ。ラステイションとルウィーの境界に連なる山間部にある、犯罪組織の拠点に僕はいた。この場所に来るなり、マジックと戦い続けていた為、話す暇も無かったと言う事だった。

 

「たしか、ブレイブだったね」

「覚えていたか。俺の名はブレイブ・ザ・ハード。犯罪組織マジェコンヌの幹部。これからはお前の同僚となる。改めてよろしく頼む」

「同僚? 上司では無く?」

 

 久しぶりに見たブレイブに、懐かしさのような奇妙な感覚を覚えていると、すこしばかり聞き逃す事が出来ない事を言われた。

 

「ああ。二人掛かりとは言えジャッジを討ったお前が、つい先ほどまでマジックを相手に戦い抜いた。それで、お前の力は証明されている。構成員では役不足であり、四天王には空きがある。ならば、其処に居れるのが順当だろう」

「成程、ね。マジックは其処まで僕を逃がしたくないわけだ」

 

 ブレイブに言葉に苦笑する。マジックの思惑がある程度分かった。本心で無いとはいえ、僕は犯罪組織に所属する事になった。それも構成員の様な小さなポストでは無く、幹部と言う良くも悪くも目立つ位置に立たせ、逃げられなくするためだろう。今はまだ犯罪組織として活動をしている訳では無いけど、一度でも表立って行動をすれば、逃げられなくなると言う事だった。

 

「マジックには様々な思惑がある。その中には逃さないと言うのも入っているだろう。それとは別に、俺としてもお前には組織に居て欲しいと思う」

「そう言えば君は、僕を最初に勧誘してきたね」

「ああ、そうだ。女神によって未来を奪われた。だが、俺たちが女神を討てばお前に未来を与えてやれる。俺は、お前を助けたい」

 

 ブレイブの言葉に意表を突かれた。マジックの言葉とは違い、それは純粋に僕を助けたいと思っているのが解ったから。以前ブレイブは、女神では助けられない子供たちの為に剣を取ったと言っていた。ブレイブにとっては、僕も同じなのかもしれない。

 

「お前は本来ゲイムギョウ界には何の関係も無い。それが、女神の都合により呼び出され、利用され、殺されている。お前自身が許そうとも、俺が女神を許す事が出来ん。だから、与えてやりたい。お前にもう一度未来を、な」

「……ありがとう」

「ふ、気にするな。今はまだ信じられないだろうが、俺はお前の事を仲間だと思っている。そして仲間がどうしようもない程に傷付けられていた。ならば、救うのにどれほどの理由がいる」

 

 そうするしかなかったから、犯罪組織に所属する事になった。だけど、ブレイブの様な者もいるのかと思うと、少しだけ救われた気がする。少なくとも、あの子たちと一緒に居る時にはどれだけ辛くても弱音を吐く事は出来なかった。イストワールさんやケイさんも事実を知っていたけど、それでも相談できる訳が無かった。だけど、ブレイブは僕の真実を知って尚、諦めずに手を差し伸べようとしてくれていた。それが、少しだけ嬉しくて、救われた気がする。

 

「正直言うと、犯罪組織に良い思いは無い。けど、君の事は好きになれそうだよ」

「そうか。今はその言葉が聞けただけで充分だ」

 

 本心から出た言葉にブレイブは小さく頷く。マジックは信用できないが、ブレイブは信じても良いような気がした。

 

「あ! 其処に居るのはブレイブ・ザ・ハード様!!」

「ホントだっちゅ! それにもう一人は……あれっちゅ?」

 

 ブレイブと話していると、そんな声が聞こえた。振り向く。二人、と言うか一人と一匹がこちらを見ていた。

 

「リンダとワレチューか。丁度良い、紹介しよう。ジャッジの代わりに新しい幹部となる人間だ」

「新しい幹部……!? と言う事はコイツ……、じゃなかったこの人が女神と共にいたって言う異界の魂ですか?」

「そうなる」

 

 二人のうちの一人、灰色のパーカーを着た緑髪の女の子、リンダが僕を指さして言う。所々おかしな言葉遣いであり、敬語で喋ろうとはしているのだけど、無理をしているのが良く解った。

 

「ああ!? お兄さんっちゅ!」

 

 不意にもう一人と言うか一匹が声を上げた。その声に以前聞き覚えがあった。と言うか、喋るネズミである。幾ら異世界とは言え、そんな相手はそうそういないと思う。直ぐに誰か解った

 

「ああ、何時ぞやのネズミ君か。確かワレチューだったかな?」

「そ、そうでちゅっ! その節は、ありがとうございましたっちゅ!」

「いやいや、気にしなくていいよ」

 

 大袈裟に頭を下げるネズミ君に苦笑する。そう言えば、一度怪我しているところを助けていた。

 

「それにしても、意外だな。君が犯罪組織の一員だったとはね。世界って言うのは意外と狭い」

「そうっちゅね。あの時のお兄さんが、噂の異界の魂とは思わなかったっちゅ。縁って言うのは、何処から出るか解らないものっちゅ」

 

 知った顔を見つけた所為か、幾分か落ち着いて話す事が出来た。

 

「何だよネズミ。知り合いだったのか?」

「前に助けてもらったっちゅ。颯爽と現れて、ろくなお礼を言う間もなく去って行かれたっちゅ。そうだ、アニキって呼んでも良いっちゅか!?」

「まぁ、良いけど」

 

 リンダに聞かれていたワレチューが、僕の方に向き直るとそんな提案をしてくる。どうしたものかと思ったけど、慕ってくれているようだし別に良いかと承諾する。とは言え、アニキって言うのは少しばかり気恥ずかしいが。

 

「やったっちゅ! これからよろしくお願いするっちゅ。四条のアニキ!」

「ああ、うん。よろしく」

 

 何故か奇妙な人間関係が出来てしまった。ネズミ君はネズミだから、人間関係って言って良いのかは解らないけど。

 

「成程、知り合いだったか。ならば丁度良いな。慕っているようだしワレチューを付けようか。ワレチューにはルウィーでの仕事を任せてある。二人でやってみてくれ」

「解ったよ」

 

 ブレイブの言葉に頷く。正直、気乗りはしなかった。ルウィーの女神は直接知らないけど、自分を呼び出した女神の一人だった。つまり、ノワールとユニ君の味方だ。解っていた事だけど、思うところがあった。

 

「あ、アタイもご一緒しても構いませんか? ジャッジ・ザ・ハード様の後釜の人がどれだけできるのか、興味がありますし、ネズミだけじゃ心配ですから」

「構わんぞ。あとは任せる」

 

 リンダの提案にブレイブは頷く。三人で行動する事になる様だった。

 

「下っ端に心配されるようじゃ、オイラもまだまだっちゅね」

「おい待て、誰が下っ端だ誰が! テメーも立場は一緒じゃねえか」

「オイラは下っ端程失敗してないっちゅ」

「んだとこら! お前だって女神候補生にボコられてたじゃねえか」

 

 ブレイブと別れ三人になったところで、ワレチューとリンダが言い合いを始めた。苦笑しながら見ていると、思わぬ単語を聞いた。女神候補生。犯罪組織なのだから聞くのは当たり前なのだけど、早速聞くとは思わなかった。

 

「君たちは女神候補生と戦った事があるのかい?」

「あるっちゅ。まぁ、下っ端の言う通り、下っ端がぼこぼこにされただけっちゅけど」

「うおい! テメーもボコられてんだろーが。ぜってー次こそは負けねえ!」

「あはは、そっか」

 

 どうやら二人とも面識があるようだ。しかも、地味に因縁がありそうである。本当に世の中は狭い。二人の言葉を聞いていると、そう思えた。女神と袂を分かっていた。だから何れ相対する時はあるだろうと覚悟はしていた。だけど、ソレは直ぐにでも起こりそうな気がした。

 

 

 

 




犯罪組織側に来ました。もうすぐ皆のトラウマあの魔剣も登場します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。