異界の魂   作:副隊長

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30話 女神の解放

「来たか、異界の魂、そして最後の女神」

 

 ルウィー国際展示場。ジャッジを何とか撃退し漸くたどり着くなり、待ち構えていたマジックが声を掛けてくる。

 

「こんなところまで呼び出して何の心算よ。それに、交渉って言いながら、黒いのをけしかけた理由は何よ」

 

 此処に来るまでは、ジャッジとまともにやりあったせいでふらついていた為、ノワールに肩を貸しなんとか辿り着いたのだが、そんな様子はおくびにも出さない。僕より一歩前に出て好戦的に言い切った。だけど、肩が少しだけ震えていた。マジックはノワールにとって二度負けた相手でもあり、今のノワールには戦う余力すらない。虚勢を張っているのが簡単に解ってしまった。その後ろ姿は悲しくなるほど弱弱しい。だけど、ラステイションの為、ゲイムギョウ界に住む人々の為、そして愛する妹の為に逃げない彼女は、だからこそ強い。そう思えた。ただ一人になっても、諦めない女の子を何とか支えてあげたい。そう心から思ってしまう。

 

「ジャッジが動いたのは奴の独断だ。我らの知る所では無い。それに貴様らとてアレを殺したのだろう?」

「だからお互いさまって言いたい訳? 勝手な事を……っ!」

 

 マジックの言葉の意味を正確に読み取り、ノワールは悪態をつく。犯罪組織の方が仕掛けてきたのは確かだけど、僕たちは依然として人質を取られている。事実はどうであれ、強く出る事は出来ない。僕たちの態度次第で、ユニ君たちの首は簡単に飛ぶのだ。それが解っているから、ノワールは悪態をつきつつも、それ以上何かを言うと言う事はしないのだろう。

 

「話が進まないよ。それで、貴方は何のために僕を呼んだのかな?」

「ふふ、そうつれない事を言うな四条優一」

 

 ノワールに任せていては話が進みそうにないため、本題に入りつつ、マジックの後方を見詰めた。以前言葉を交わしたブレイブと、もう一人強い力を感じる物がいた。犬とも竜ともつかない、良く解らない巨大なモンスターのような形をしている。大きく飛び出した舌が特徴的だった。奇妙な外見をしているけど、その巨体から感じられる力はあのジャッジにも匹敵するように思える。あれも幹部の一人だろうか。

 

「久しいな、四条優一。以前の話覚えているか?」

「貴様が異界の魂か……。幼女では無いと解っていたが、男を仲間に引き入れる為に幼女たちを使う事になるとは……っ! ぐぬぬ、吾輩、非常に遺憾である!!」

 

 僕の姿を捉えた二人が、それぞれ反応を示した。前者は兎も角、後者は非常に個性的な反応であることを除いても、無視する事が出来なかった。

 

「僕を仲間に?」

 

 思わず問い返す。マジックの笑みが深くなるのが解った。隣で息を呑む気配が伝わってくる。

 

「な、何馬鹿な事言っているのよ!? ユウが私の大事な友達がアンタ達なんかの下に行くわけないでしょ!!」

 

 ノワールが声を荒げた。怒りの所為か、耳まで赤くなっているのが解る。こんな時に不謹慎だけど、大事な友達と言ってくれる彼女の気持ちは素直に嬉しかった。

 

「ノワール、落ち着いて。話が進まない」

「で、でも……」

「大丈夫、此処は任せて、ね」

「……うん」

 

 とはいえ、こんな状態のノワールに何時までも任せておくわけにはいかない。今のこの子には余裕と言うモノが全くない。女神は自分しかおらず、唯一本当の意味で支える事が出来る妹のユニ君すらも捕えられていた。今のノワールの気持ちを理解できる者は居ない。だから、たった一人で頑張っているのだ。そんな彼女の負担を少しでも減らす事が、僕のやるべき事なのだ。そんな思いを込めて言うと、ノワールは僕の傍らまで下がった。任せてくれる。そう言う意思表示なのだろう。

 

「それで、僕を仲間にって言うのはどう言う心算かな?」

「言葉通りの意味だ。以前私は言ったな四条優一。お前が欲しいと。犯罪組織マジェコンヌに来い。それが我等が望みだ」

 

 僕の問いに、マジックは妖艶な笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。普段は恐ろしい程に感情が読めない瞳をしているが、今は何かしらの色が宿っている気がした。

 

「……一応聞いておくよ。僕が其方につく事で、どう言った対価が貰えるのかな?」

 

 マジックの言葉を噛みしめながら、更に問う。もしユニ君たちが捕まっていなかったのならば、犯罪組織の望みだけを聞けば考える余地も無い事なのだが、現実には捕えられていた。他の女神たちも捕えられている。それを考慮すれば、聞く必要があった。聞かざるを得なかった。気付けばノワールが僕の服の袖をつかんでいる。

 

「そうだな……、以前捕えた女神候補生とその仲間の解放」

 

 ケイさんに聞いた情報通り、ユニ君やギアちゃんが捕えられたと言うのは事実の様だった。言葉を紡ぎ、マジックが軽く手を動かすと、何時ぞやギョウカイ墓場でみた触手の様な拘束具で絡め取られているユニ君たちが姿を現す。ユニ君とギアちゃん。そして姿が非常に似た二人の知らない女神候補生だった。ケイさんがルウィーの女神候補生は双子だと言っていた事を思い出す。全部で四人、捕えられていた。最後の国リーンボックスには女神候補生は居ない為、それがこの世界に居る女神候補生全員だった。

 そして、その傍らには見知った女の子三人と知らない一人の女の子が捕えられている。あいちゃんたちだった。四人目は知らないのだけど、新しい仲間なのかもしれない。全員が両手両足を縛られ、意識も失っているのか、ぐったりと倒れている。幸い、肩が上下しているのが解った。皆、生きてはいるようだ。安堵する。袖が強く握られていた。

 

「ユニ……っ!」

 

 ノワールが泣きそうな声をあげたが、それだけだった。本当は今すぐにでも助けだしたい筈なのに、僕に任せてくれていた。信頼してくれているのが、解った。

 

「何人、と言うのを聞いてないね。まさか、一人だけ解放して終わりなんて言う事は無いよね?」

「ふふ、当たり前だろう。そんなつまらない事を言う気は無い。すべての女神を解放してやる」

 

 僕の言葉にマジックは笑みを深める。だけど、そんな事には構わず問い返す。だって、

 

「全ての女神だって?」

「え……」

 

 ノワールが呆けた声を上げる。女神候補生では無く、女神。マジックはそう言ったからだ。言い間違えだろう。そう思ったのだが、

 

「ああ、そうだ。すべての女神、だ」

 

 そんな僕たちが滑稽なのか、さも愉快だとばかりに笑うと、マジックは更に手を振るった。そして、更なる触手が現れる。

 

「……ネプテューヌ! ブランにベールも!」

 

 思わず目を見開いた。ノワールも驚きの声を上げている様に、確かにギョウカイ墓場で見た他の女神たちだったから。

 

「7人の女神。そしてその仲間達。四条優一が我らの下に来ると言うのなら、全員を解放してやろう」

「……」

 

 あまりの事に言葉を失っていた。だって、すべての女神を、だ。それは、今ある犯罪組織の優位のほとんどを破棄すると言うに他ならない。はっきりいって、破格だった。

 

「本当……なのかな?」

「ああ。何なら、先に何人か解放してやっても良いぞ」

 

 マジックは淡々と答える。何故か、事実なのだと直感した。マジックは一人でも僕たちに勝てる。さらにこの場には他の幹部もおり、人質も取られていた。此処でノワールを討てばすべて終わりであり、そんな状況で嘘を吐く意味も無い。

 提示された条件は破格であり、ゲイムギョウ界にとって、女神にとって、そして僕の友達にとって破格だった。僕はどうなるのか解らない。だけど、他の女神が解放され、妹のユニ君も帰ってくる。ノワールが一人で肩肘を張る必要も無くなり、ユニ君やケイさんをはじめとするラステイションの人たちも彼女を支えてくれるだろう。姉妹が力を合わせ、女神同士も協力するのならば、きっと犯罪組織に勝つ事もできる。現に、僕とノワールの二人で、ジャッジを討つ事には成功していた。それは、ノワールが強くなったと言う事だった。今すぐには勝てないかもしれない。けれど、何時かは勝つ事が出来るだろう。そう、直感した。なら、迷う理由は無い。

 

「本当なら……」

「ふ……、気に入らないようだな」

 

 一も二もなく承諾しようとしたところで、マジックが遮った。その視線は気付けば僕では無く、傍らに居るノワールを見ていた。そこで初めてノワールの顔を覗き見る。何かをこらえている表情で僕を見ていた。良く見れば、その女神特有の綺麗な空色の瞳に涙が浮かんでいる。

 

「今、なんて言おうとしたの?」

「……破格の条件だよ。考える余地が無い」

 

 ノワールに睨み付けられる。取り繕う言葉は出す事が出来たのだが、ノワールに見詰められると、何故か口に出す事が出来なかった。素直に答えていた。

 

「やっぱり……。けど、嫌よ」

「っ、どうしてかな。あれだけの条件だよ。そしておそらくマジックは本気だ」

 

 面白そうに見つめているマジックを見つつ、ノワールに告げる。

 

「だってそれじゃ……、それじゃあ、また貴方に辛い思いをさせる事になる。そんなのは嫌なの!! もう、私は大事な友達を犠牲にしたくないの……」

「……」

 

 返す言葉が無いとはこの事だろう。ノワールはただ僕の事を心配してくれているのだ。犯罪組織に言ったらどうなるか解らない。それを危惧しているのだろう。

 

「なら、賭けをしないか黒の女神よ」

「賭け?」

 

 不意にマジックが声を掛けた。ノワールがマジックをしっかりと見据え、問い返す。その姿に弱弱しかった姿の面影は見えず、どこか輝いているように思えた。

 

「何、簡単な賭けだ。私と貴様が戦い、一太刀でも私に触れる事が出来たのならば、四条優一の事は無しで女神全てを開放してやろう」

「本気で言っているの?」

「ふ、無論だ。貴様では私に触れる事すらできんよ」

 

 マジックは淡々と答えていた。どうやったとしても自分が負ける事は無い。言葉は無くとも、静かに佇む存在感が何より雄弁に語っていた。

 

「何も言っておる、マジック!?」

「本当に出来ると言うのだな?」

「ふ、心配する事は無いトリック、ブレイブ。貴様たちは黙って見ていると良い」

 

 慌てて異を挟むトリックと、念を押すブレイブにマジックは気負いも無く答えていた。それ程自身があると言う事なのだろう。

 

「乗るわ」

「本気、かな?」

「うん。さっきユウは私に信じてって言ったわよね?」

「言ったね」

 

 頷く。確かにそう言っていた。

 

「なら、今度は私を信じてくれる?」

「……解った。君を、信じるよ」

 

 この言い方はずるい。そう思ったが、頷く事しかできなかった。彼女は僕のために戦おうとしている。その行動に、嬉しいと思ってしまったから。本当なら止めなければいけない筈なのに、背を押す事しかできなかった。

 

「話はついた様だな」

「ええ。マジック、一つ貴女に聞いても良いかしら?」

「何だ?」

 

 互いの武器を構え、ぶつかり合いが始まる。その直前にノワールが口を開いた。

 

「貴方はユウの事を欲しいって言ったわね。アレは、どういう意味?」

「……ラステイションの女神は愚かな事を聞くのだな」

「なぁ!? 誰が愚かなのよ!?」

 

 マジックの失望したような返答に、ノワールは思わず声を荒げていた。

 

「女が男を欲する。答えなど一つしかないだろう?」

「それって……。その姿貴女だって女神のはずよ! それなのに、そんな事……」

「女神だからどうした。私が欲しいと思った。それ故手に入れる。それだけではないか?」

「っ、だからって」

「もう良い。貴様はこれ以上語るな。語るだけ、無様なだけだ。自分の気持ちすら決められないで、何が女神だ」

「なんですって!?」

 

 そう言い、マジックは言葉を閉じる。一度、マジックがこちらを見詰めた。感情の色が、見られなかった。だけど、何かしらの感情が動いている。そんな気がした。

 

「私からも一つだけ教えてやろう」

「……何よ」

 

 マジックの言葉に憮然とした様子でノワールは答える。何か、嫌な予感がした。

 

「今日は、本気だ」

 

 マジックが静かに告げていた。瞬間、ぞくりとした恐怖感が広がる。死の恐怖だった。ただ、それは僕が死ぬと言う恐怖では無い。友達が、ノワールが殺されると言う直感だった。

 ――マキシマムチャージ。

 手にする長釣丸を、これ以上ない速さでSOCに再構築する。

 

「……え?」

 

 呆けた様なノワールの声。次の瞬間、マジックの刃がノワールの体を引き裂いていた。

 

「く、ぁ、きゃあああああ!?」

 

 異界の魂である僕ですら、視認するのが困難な速さで放たれる凶刃の連鎖。途切れる事の無い、大鎌の刃による斬撃の壁に、ノワールは一瞬で呑み込まれていた。凄まじい速さでノワールの体に裂傷が刻まれていき、鮮血が舞い散る。そして、

 

「アポカリプス・ノヴァ」

 

 数多の斬撃で切り刻んだノワールを、大鎌の柄で吹き飛ばす。既にノワールの声からは悲鳴も上がらず、意識が奪われているのが解った。それでもマジックが止まる事は無い。そのまま大鎌に凄まじい速度で魔力を収束させ、一閃する。同時に、ノワールの周囲に圧縮された魔力が広がり、爆発した。凄まじい爆砕音が鳴り響き。既に勝敗が決しているのにも拘らず、ノワールを吹き飛ばしていた。

 

「終わりだ、死ね」

 

 

 

 

 

「――G(ジェネシック)ドライブ」

 

 マジックがノワールに向かい止めの一閃を放つその刹那、声が響き渡った。同時に、マジックだけを射抜くような強烈な圧迫感が周囲に満ちる。異界の魂。四条優一が瞬間的に再構築したSOCを構え、ノワールに止めを刺そうとしたマジックに向け、その牙を剥こうとしていた。魔剣に宿る、天魔の王の力。それを全力で用いる事に何の疑問も無い。四条優一の眼を見れば、マジックにはその事が容易に想像する事が出来た。

 

「少し、熱くなりすぎたな」

 

 あと数舜遅ければ、異界の魂が動く。そのギリギリのタイミングでマジックは刃を止めた。その瞬間に、マジックを襲った圧力は跡形もなく消え、四条優一の持つ魔剣は元の姿に戻っていた。マジックが止まったことで、意識を失っているノワールの方に目が向いたと言う事だった。

 

「ノワール!」

 

 黒の女神が地に墜ちる直前、何とか受け止めた優一は焦ったように声を荒げた。それ程までに、マジックの攻撃は苛烈を極めたからだ。即座に回復魔法を施す。

 ――月光聖の祈り

 それで、幾分かマシになってはいたが、直ぐにノワールの意識が戻る事は無かった。

 

 

 

 

 

「マジック。取引の事だけど本当に女神を全員解放するのかな?」

「ああ」

「それを君が守ると言う証拠は?」

「先に全員解放しよう。それで構わんだろう?」

 

 ノワールに治療を施し、マジックに向き直った。思わずマジックを切りそうになったけど、その気持ちを抑え込む。マジックの本気の強さを目の当たりにしていた。恐らく今の僕では敵わない。そして、僕がこの先ノワールと二人で挑んだとしても。そう思えるほどのものだった。ならば、僕はどうするべきなのか。この一瞬の攻防で、答えが出ていた。ノワールとユニ君、そしてすべての女神を開放する。それが、マジックに勝つ絶対条件だった。そして、それはマジックがいる限り正攻法ではできそうにない。だから、僕の中で、結論は出てしまった。

 

「良いのかな? 僕が嘘を吐くかもしれないよ」

「貴様はそんな事はせんよ。貴様にとって、黒の女神とその妹は掛け替えのない存在なのだろう」

「……否定はしない」

「ふ、そうか。だが、それ以上にな、貴様にはそのような事が出来ない。女神が大事だからこそ、女神と共に居れず、我等と共に来るしかないのだからな」

「あの子たちが大事だからこそ、共にいれない?」

 

 だけど、一つだけ気になる事があった。犯罪組織が全ての女神を開放してしまえば、僕が犯罪組織に居る理由は無くなる。その事実をマジックが認識していない筈が無い。それにも拘らず、マジックがなぜそのような事を言いだしたのか。それを聞きたかった。

 

「そうだ。女神の目的は我らを倒し、ゲイムギョウ界を平和にすることなのだろう。本当にそんな事が出来るのか? 真実を知ったとしても」

「っ!?」

マジックはさも愉快そうに言葉を紡ぐ。そこまで聞いて、彼女が言おうとしている事が理解できてしまった。最初から分かっていた。だからこそ気を付けていたが、ある意味で盲点だった事。

 

「黒の女神とその妹。あの二人は、この世界を救えば女神によって呼び出された四条優一は死を迎える。その事実を知って尚、我等に勝てるのか? 世界を救えるのか?」

「それは……」

 

 素直に頷く事が出来なかった。今の状態でさえ、ノワールは女神全員の解放に頷いてくれなかった。ゲイムギョウ界を救えば僕が死ぬ事を告げたら、どうなるのか。あの子は、女神としての責任を果たせるのか。できると自信を持って言う事は出来なかった。

 

「そして他の女神達。自分たちの都合で呼び出された何の関係も無い人間、それを理不尽に犠牲にする事が出来るのか? その事実を、我らが奴らに知らせて確かめるのも面白いと思わないか?」

「……」

「だが、四条優一が敵になれば女神たちも戦えるだろう」

「敵に?」

「そうだ。ゲイムギョウ界を、女神を破壊する。そんな組織に属しているのならば、女神とて戦わざる得ないろう。やらねばやられるのだから。そうなれば、女神たちにも世界を救う可能性が見えてくる。尤も、我らは負けてやらんがな」

「確かに、ね。……ははは、そこまで考えてたのかい。まったく、呆れるよ」

 

 思えば、マジックとブレイブには女神以上に僕の情報を知られていた。言ってみれば、最初から最大のカードを握られていたのだ。そして、僕が頷かなければ、ばらすと言う事だった。ノワールを焚き付けて意識を奪ったのも、このための布石だったのだろう。僕が彼女たちに知られたくない事を知っているから。封殺されていた。

 気付けば、逃げる事が出来ない様に全身を絡め取られていた。最初からこうなる様に仕向けられていたようだ。周到過ぎて、感心してしまった。

 

「お願いしても良いかな?」

「ふふ、構わんぞ。仲間になるのだ、少しぐらいは聞いてやろう」

「あの子たちがきちんと解放されるところを見たい。そして、その報告だけでいいからさせて欲しい」

 

 最早、どうする事も出来なかった。ならせめて、最後に女神たちが解放されるまでは、彼女たちの味方でいたかったのだ。それが、僕の最後の我儘だった。

 

「女神たちの拘束具は、シェアの力を用いれば斬れる。斬ってみると良い」

「シェアの力を? だけど、今の僕はシェアクリスタルを持っていない」

「いいや、できる。お前にはその力が宿っている。あの時女神に呼び出されたお前には、女神四人分のシェアも宿っているのだからな」

「あったとしても、使い方が解らない」

 

 マジックの言葉には心当たりがあった。確かに僕にはシェアの力があるのかもしれない。だけど、僕自身には使う術が無かった。

 

「いや、知って居る筈だ。貴様の持つ能力。それによって、使える」

「能力? 剣を読み取り、再現する能力」

「それがお前の能力か。ならば、使って見せろ。シェアの力を使うのに御あつらえ向きのものをお前は知って居る筈だ。剣を使う黒の女神と共にいたのだからな」

「……っ!?」

 

 マジックの言葉に意表を突かれた。女神の剣。それを読み取ろうと思った事など無かった。だが、何度もノワールの剣を見ていた。この身で味わった事もある。できる。そう直感した。

 

 ――プロセッサユニット展開

 

 長釣丸を手にしノワールの剣をイメージし呟いた。女神が変身するような、否、女神が変身する時と同じ輝きに包まれ、その姿を変える。やがて、光が収まり、ソレを見た。

 

「やはり、できたか……」

 

 マジックの口から感嘆が零れ落ちた。この手にしていたのは、黒き剣だった。女神の持つソレと、まったく同等の代物。実際には再現率の問題もあり劣化している筈だが、この身で経験したものだった。限りなく、本物に近い完成度と言えた。

 

「あれ?」

 

 剣にばかり気を取られていたが、周りを見て驚く。気付けば、ノワールの様に羽など、他のプロセッサも展開されていたから。僕の能力は剣を再現するものだった。どう言う事だろう。

 

「女神の武器自体がプロセッサユニットなのだ。お前には充分すぎる程のシェアの力がある。その為、剣を再現した時点で他のものまで一緒に再現されたと言う訳だろう」

 

 マジックの言葉に頷くしかなかった。理屈よりも先に、やるべき事がある。女神の解放。ソレを成すのが、僕の目的だから。

 

「今、助けるよ」

 

 呟き剣に力を込める。シェアの使い方は、剣が、ノワールが教えてくれたような気がした。思い出すのは、ジャッジを斬り裂いた虹色の剣。純粋な輝きだった。呟く。さようなら、と。

 

 ――トルネード・ソード

 

 ノワールが見せてくれた虹色の剣。ソレを以て、女神たちを拘束する触手を残す事なく斬り裂いていた。

 ――月光聖の祈り

 全員に魔法による治療を施す。皆消耗が激しいが、幾分かマシになっているように思えた。ソレを確認し、携帯を取り出す。ケイさんとノワールに持たされたものだった。

 

《ケイさん、四条優一です。すべて、終わりました》

《そうか。それで首尾は?》

 

 連絡に出たケイさんは、直ぐに結果を聞いて来た。余程気になっていたのだろう、急かされているように感じた。

 

《救出できました。全ての女神を、救出完了しました》

《……え?》

 

 電話越しに、ケイさんの呆けた声が聞こえた。珍しいものが聞けたと思い、小さな笑いが零れる。

 

《全ての女神候補生と、その仲間。そして捕えられていた女神。その全てが救出完了しました》

《ほ、本当かい!?》

 

 あのケイさんが慌てている。最後に良いものが聞けたなぁっとしみじみに思えた。

 

《それで、ラステイションとルウィーの部隊の人はどれぐらいでこれますか? 近くに来ているのでしょう?》

《君には何もかも御見通しのようだね。数分で辿り着ける場所に展開しているよ》

 

 尋ねていた。犯罪組織との取引だった。国が介入していない筈が無い。

 

《解りました。直ぐ、来てください。それで終わりです》

 

 最後にそう告げる。これで僕のやるべき事は終わっていた。後は、女神たちの国が何とかしてくれるだろう。ふう、っとため息が零れた。

 

《四条君?》

 

 僕の様子を不審に思ったのか、ケイさんが言った。それに応えないまま、空を見上げた。女神が解放されるに相応しい、綺麗な空であった。

 

「もう良いか?」

「あと少しだけ待って。すぐ終わるから」

「解った」

 

 確認するマジックに、頷く。やるべき事は終わっていた。あとは、僕が個人的にやりたい事だった。

 

《ケイさん、今までありがとうございました》

《……本当にどうしたんだい? それに誰かいるのかい?》

《言いたくなっただけですよ。貴女やラステイションの人々、そしてノワールとユニ君。皆に会えて良かった》

《四条く――》

 

 そこまで告げると、ケイさんが何か言おうとしたところで、電話を切る。そのまま電源を落とした。携帯を手にしたまま、ラステイションの女神の下へ向かう。意識を失った姉妹を隣り合うように寝かせていた。二人の間に膝をつく。眠っている姿は、本当によく似ている。そうしみじみと実感した。

 

「ごめんね。それと、ありがとう」

 

 右手でノワール、左手でユニ君。二人の頬に一度だけ触れる、小さく呟いた。それが、友達との別れの挨拶だった。

 

「もう良いか?」

「待たせたね。今行くよ。――っ!?」

 

 マジックの声に振り返り、応じる。これから先は、犯罪組織に居る事になる。その為、マジックに連れられて行くところだった。立ち上がろうとしたところで、不意に引っ張られた。思わず、振り返る。二人とも未だに意識を戻した様子は無い。だけど、

 

「行っちゃダメ……」

「これ以上、置いてかないでよ……」

 

 確かにそんな声が聞こえた気がした。そして、姉妹に服の袖を握られていた。無意識に掴んだのかもしれない。二人の様子を見てそう思ったけど、言葉が出る事は無かった。

 

「どうかしたのか?」

「いや、なんでもない。直ぐに行くよ」

 

 止まった僕に三度目の声を掛けて来たマジックに応える。そして弱弱しく掴む二人の手をゆっくりと振り解き、立ち上がった。変わりに二人の手が僕が貰った携帯を掴むように握らせる。

 

「さようなら」

 

 最後にそう告げ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 この日を境に、四条優一は女神の前から姿を消した。




今回には副題的なものがあり、女神との別れでした。
次回より犯罪組織サイドに移っていきます。
関係ないですけど、よく感想が削除されているのか、感想がありますって出てるのに何にもない事があります。すっごく気になりますw

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