異界の魂   作:副隊長

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29話 黒の墜ちる時

「納得いかねえ!」

 

 ルウィー東部に位置する国際展示場。その地に聳え立つように存在する黒の巨人、ジャッジ・ザ・ハードは怒りを隠す事無く叫びをあげた。犯罪組織マジェコンヌの幹部であるジャッジも、今回の異界の魂との交渉の場に呼び出されたと言う事だった。彼の傍らには、ギョウカイ墓場で女神が囚われていた触手の様な拘束具を施された女神候補生達が力なく項垂れている。さらにその奥には、三人の女神の姿も見受けられる。今回の交渉の為、全ての女神が集められたと言う事であった。それは、今回の会合が犯罪組織にとってそれだけの価値があると言う事であった。

 

「少しは落ち着かぬか、ジャッジ! 吾輩とて思うところはあるが、今回は黙認しておるのだ」

 

 そんなジャッジをたしなめるように恐竜をデフォルメしたような巨躯を持つ者が言った。ジャッジやマジックと同じく、犯罪組織の幹部であるトリック・ザ・ハードであった。

 

「マジックの奴があのような事を言いださなければ、吾輩とて捕えた幼女を思う存分堪能しているところを、断腸の思いで抑えているのだ。貴様も少しは自重せんか!」

 

 今すぐ捕えた女神候補生の双子をぺろぺろしたいのだ!っと拳を天に掲げ、魂の叫びをトリックは上げる。変態ここに極まれり。実力はあるのだが、如何せん、トリックはどうしようもない変態だった。国際展示場に、犯罪組織のロリコンたちを背負って立つトリックの言葉が木霊する。

 

「貴様の戯言と一緒にするな! 気に入らねぇ、気に入らんぞ!!」

「戯言では無い! 世の至宝を愛でると言う崇高なる行いなのだ!」

 

 二人の叫びが響き渡る。犯罪組織の中でも特別問題児である二人は、このままぶつかりかねない勢いだった。

 

「ふ、二人とも落ち着いてくださいでちゅ!」

「そ、そうですよ。もう決まったことです。奴らが来るまでは大人しくしておきましょうよ」

 

 その場に呼ばれていた犯罪組織の構成員であるリンダとワレチューの二人は慌てて仲裁に入るも、二人が何かを言ったところで止まるような連中では無かった。さらにヒートアップする言い争いに、二人はどうする事も出来ずに困り果ててしまう。片や戦闘狂のジャッジ。片や全ての幼女を愛する紳士、トリックであった。トリックの肩書は兎も角、二人が犯罪組織の幹部である事には変わりがない。両者がぶつかり合えば、それ相応の被害が出るのは想像に難くは無かった。

 

「お前たち、いい加減に」

「いや、止めるだけ無駄だろう。どちらにせよ、ジャッジは言う事を聞かんさ」

 

 見かねたブレイブが止めに入ろうとしたところで、マジックが静止する。この地には、犯罪組織の幹部が勢ぞろいしていた。

 

 

「ジャッジ。行きたいと言うのなら、好きにしてくるが良い」

「おい、何を言っている」

 

 マジックの言葉に、ブレイブは驚きの声を上げる。交渉する為に異界の魂を呼び寄せていた。その場に来る前に、ジャッジを解き放てばどうなるのかは、子供にだって理解できる。何故マジックはジャッジを野放しにするのか、ブレイブには直ぐに理解が出来なかった。

 

「――必要な事だ。異界の魂を手に入れる為には、な」

 

 そんなブレイブにマジックは小さく告げる。ブレイブ自身、四条優一を犯罪組織に引き入れる事は賛成である。女神によって、未来を、命を奪われた人間だった。ブレイブにとって、四条優一は子供たちと同じく守るべき人間だったと言う事だったからだ。その為には、四条優一が近くに居なければどうしようもない。女神を見逃してまで異界の魂と敵対する事を避けたブレイブは、マジックに必要な事だと言われると、それ以上意を挟む事が出来なかった。

 

「本当か? 俺様の好きにして良いと言うのか?」

「そう言っている」

 

 流石のジャッジもマジックの言葉を不審に思いつつも、問い返す。それに、マジックは端的に答えていた。ジャッジの好きにして良い。それは戦いの後、異界の魂と女神を殺しても構わないと言う事に他ならなかった。

 

「しかしマジックよ。それでは、」

「構わん。これは必要な事だ」

 

 念を押すトリックに、マジックは無感動に答えていた。その瞳は、ジャッジが何かをしようと自分の思惑は変わる事が無い。そんな自信の色が窺える。

 

「ふはははは! ならば好きにさせて貰おうか! 貴様の思惑は知らんが、異界の魂と女神、二人の屍を引き摺って戻ってくるぜえええ!!」

 

 喜色を浮かべたジャッジは、直ぐ様国際展示場を後にし女神と異界の魂の下へ向かう。それを、三人の幹部はただ黙って見送っていた。

 

「良かったんですか、マジック様」

「そ、そうっちゅ。幾ら女神がいるって言ったって、ジャッジ様が相手じゃ敵いっこないっちゅ」

 

 リンダとワレチューがマジックに尋ねた。二人ともジャッジの強さを良く知っている。今回の交渉が台無しになるのではないかと、危惧していた。

 

「ふ、異界の魂と言うのは、此処で死ぬようなたまでは無い。死ぬ者がいるとすればそれは……」

 

 二人の言葉を聞いたマジックは、ぼそりと呟く。

 

「丁度、空きが一つ欲しいと思っていた」

 

 マジックはジャッジの向かった方向を小さな笑みを浮かべて見詰めているのだった。

 

 

 

 

 

「もうすぐ、着くわね」

 

 ルウィーの国際展示場へ続く道、其処をノワールと二人で移動していた。ルウィーは雪国であり、ラステイションよりも幾分か気温が低く、吐く息が白い。既に変身を済ませたノワールが、ぽつりと呟いた。此処に来るまであまり口数が多くなく、ユニ君たちの事を心配しているのが痛いほど良く解った。

 

「そうだね。ノワール、国際展示場につく前に、今回の目的を確認しておくよ」

「ええ、そうしましょう」

 

 漸く口を開いたノワールに提案していた。確認すると言うのもあるが、今のノワールは僕と戦った時と同じく相当追い詰められている。何とかしなければいけなかった。だけど、方法が見つからない。だからせめて、言葉を交わしておきたかった。この強いけど弱い女の子の力に少しでもなりたい。そう思ったから。

 

「犯罪組織との交渉がどういう話になるか解らないけど、女神候補生を取引材料に使ってくると思う。だから、女神候補生の確保。それは何よりも優先しなきゃいけない」

「ええ。ユニやネプギアが捕えられていたら、思うように動けないからね。あの子達は、なんとしてでも取り戻すの」

「うん。あの子たちの確保と安全。それが第一だね」

 

 交渉の内容は、実際にあってみなければわからない。その為、何を守るべきなのかを予め決めていた。とは言え、考えるような事でもない。ユニ君たち。それは何としてでも取り返さなきゃいけない。

 

「見つけたぞおおお!!」

 

 ノワールと話し始めて間もないところだったのだが、不意にそんな叫びが聞こえた。聞き忘れる筈が無い声だった。二度戦った相手。一度は負けた相手の声だった。

 

――エクス・コマンド

 

「ノワール!」

「解ってる!!」

 

 反射的に言葉を紡いでいた。自身と、傍らに居たノワールに補助魔法を施すと、飛来する黒の巨人の一撃を躱していた。奇襲による轟撃。僕たちが居た大地を、軽々と吹き飛ばす一撃だった。

 

「くはははは! 良く来たなぁ、女神に異界の魂。会いたかったぜえ」

 

 戦斧の一撃により舞い上がった砂塵が収まった時、ジャッジはゆっくりと斧を構えなおすと、喜色を隠し切れないと言った面持ちで言った。長釣丸を強く握る。淡い光を帯び、女神がシェアを用いて変身するかのように、その姿を変化させる。

 

――S.O.C

 

異界の魂の持つ魔剣。瞬時に構築していた。刀身から、力の奔流が感じられる。再現率が上がっているのがはっきりと感じられた。

 

「その剣、凄まじい力を感じるぞ、良いぞ、面白い、面白くなってきた! お前たち、俺を愉しませろおおおお!!」

 

 ジャッジが咆哮を上げる。それだけで、周囲に戦慄が奔っていた。

 

「ジャッジ・ザ・ハード。何の心算かな。僕たちは交渉に来たはずだよ」

「アイツが犯罪組織の幹部の一人」

 

 行き成りの闖入者に、疑問を投げかける。ジャッジが襲ってくること自体は不思議な事では無いが、今の状況で向かってくるのが不思議だった。そんな僕の言葉に、ジャッジを初めて見たノワールが刻み付ける様に呟く。

 

「そんな事、俺が知るかよ。そんな事より、戦おうじゃねえか!」

「成程、実に君らしい答えだね」

 

 何とも清々しい答えに、皮肉が出るのも仕方が無い。以前にマジックと仲たがいを始めたジャッジの性格からして、犯罪組織の意向なんて関係ないのだろう。

 

「ふざけたやつね」

「ノワール。アレを倒さないと、どうにもならないと思う」

「そうね。手強い相手だろうけど……、私と貴方ならやれる!」

 

 そう言い、ノワールが女神の剣を僕の方に突き出してくる。合図みたいなものだった。手にしたSOCを軽くぶつける。戦場に、乾いた音が鳴り響く。ぞわりとした感覚が全身を駆け巡った。ジャッジが、戦闘態勢に入っていた。

 

「行くぞおおおお!!」

「もう、負けないよ」

「そうよ。私たち二人で、勝たせてもらうんだから!!」

 

 咆哮。凄まじい勢いで、ジャッジが向かってくる。それを迎え撃つため、ノワールと共に前に出た。

 

 

 

 

 ――天魔・轟雷

 

 その巨躯から信じられない位の速さで接近するジャッジの上を行く速さで雷迅がその牙を以て襲い掛かる。異界の魂の持つ膨大な魔力により放たれた紫電、雷鳴を轟かせる。

 

「しゃらくせえ!!」

 

 その雷撃をものともせず、ジャッジは魔力を纏わせた戦斧を振らい抜く。魔力と魔力がぶつかり合い、力と力が鎬を削る。

 

「まったく、どんな体をしているのか……。だけど」

 

 思わずそんな言葉が口を吐く。斧による一撃。それを以て、ジャッジは紫電の雷撃を吹き飛ばしていた。あまりの事に、呆れたように溜息を零す。

 

「ここよ、サンダーフェンサー!!」

「ぐおおお!!」

 

 紫電を黒の大剣に纏わせたノワールの一撃が、ジャッジに突き刺さった。黒の装甲を穿ち、雷撃がその身を痛めつける。

 

「まだよ、サンダーエッジ!」

 

 苦し気な叫びをあげるジャッジを見据えたまま、ノワールはその巨体を駆けあがる様に駆け抜け、ジャッジの頭部に向け雷刃を振り抜く。魔法剣。僕の魔力とノワールの剣技を持って、ジャッジに痛手を与える事に成功していた。

 

「ぐぐ、調子に乗るなよ女神があああ!!」

 

 頭部を攻撃された事で一瞬怯んだジャッジであったが、直ぐさま激昂し、両手で持って居た戦斧から片手を離し、ノワールに向かい殴りかかった。

 

「ッ、くぅああ!?」

 

 ――ファイン・コマンド

 手ごたえを感じていたところに予期せぬところからの一撃を貰い、ノワールが吹き飛ばされる。即座に自身に補助魔法を重ね、吹き飛ばされているノワールに追いつき、何かにぶつかる前に抱きしめるように受け止める。

 

「あ、ありがとう」

「ん、無事なら良かった」

 

 ――パワーエクステンション

 ――ガードエクステンション

 ノワールを受け止めたまま、即座に自身にだけ更なる魔法を重ねる。補助魔法の重ね掛けは本来体に相当な負荷を与えるものだけど、仮初の体しか持たない僕には関係の無い事だった。何の憂いも無く、施す。これで、四つの魔法を重ねていた。ジャッジとも互角に戦えるだろう。だけど、それでもまだ足りなかった。それでは、マジックには届かなかったから。右手に持つSOCを強く握り、更なる情報を読み取っていく。ジャッジを、そしてマジックを倒すにはどうすればいいのか。それは、僕の持つ剣を読み取り再現する能力にあった。

 

 ――マキシマム・チャージ

 

 それは、人間の限界を超える魔法。ただでさえ、異界の魂としての身体能力と、魔法による補助で人間の限界以上の動きをしていた。その上から更なる魔の術を自分に施す。体の奥底から高揚感が湧き上がった。人を完全に超えた力。それを手にしてしまっているのが解った。右手に持つSOCに魔力を浸透させ、構えた。手にする魔剣から魔力ともう一つの力。この世界に居る筈の無い天魔の王の力を感じ取った。それを、SOCの中だけに押し留める。純粋な力の奔流が魔剣から溢れだしていた。

 

「ノワール、一気に畳みかける。何とか隙を作ってほしい」

「解ったわ! 私が必ず道を作るから、貴方は気にせずやりなさい!」

 

 黒の女神であるノワールが、僕の言葉に何の疑問も持たず頷いてくれた。この子とは、出会った時から色々な事があったけど、その全てがあったから、信頼してくれているのが良く解った。僕が友達を大事に思うのと同じように、ノワールも大事にしてくれている。そう、漠然とだが解った。少しだけ嬉しくなる。女神さまが信じてくれるのが、何故か嬉しかった。

 

「一気に終わらせる! インパルスブレイド!!」

「ふざけた事言ってんじゃねえぞおお!!」

 

 シェアの力を存分に用いた一撃。ジャッジに牙を剥く。 それを、ジャッジは戦斧の一撃で迎え撃つ。シェアが極限まで収束されるのを感じた。ノワールの持つ大剣が、虹色の光を放っていた。

 

「くぅ……」

「押し切らせてもらうぜえぇぇ!!」

 

 刃同士がぶつかり合い、次第にノワールが押され始める。本当ならば今すぐにでも助けに行きたかった。だけど、ノワールは必ず道を作ると言ってくれた。なら、僕がその言葉を信じないでどうする。そう言い聞かせ、SOCから吹き荒れる力の奔流を極限まで凝縮してく。SOCの持ち主の最高の技。それを再現していた。ただただ、力を抑え込み、機が来るのを待ち続けた。そして

 

「終わりだ女神、死にやがれぇぇ!!」

 

 ジャッジがノワールを押し切り、その刃で切り伏せる。その瞬間、

 

「私は、こんなところで負ける訳には行かないの……。死ぬのは、貴方の方よ!」

 

 ノワールの持つ剣から放たれる虹色の光が強くなる。凄まじい程のシェアの光だった。信仰と言う目に見えない筈の力が、僕の目にもはっきりと解るぐらいに綺麗な輝きを放っていた。

 

「トルネードソード!!」

 

 ジャッジの一撃を、手首の動きで手本の様に鮮やかな動きで往なし、その虹色の剣を振り抜いた。

 

「な、にいいい!?」

 

 戦斧を持つ右腕が半ばから切り飛ばされ、ジャッジは驚愕に声を上げる。刃を振り抜いた事で、力を使い切ったのか、虹色の剣は少しずつ力を失い、元の大剣に戻っていた。その場でノワールが膝をつく。変身こそ解除されないが、相当な力を消耗したと言う事だった。それでも、確かにノワールは隙を作ってくれていた。

 

「やるじゃねえか、女神! だが、これで終わりだああ!!」

「そうね。けど」

 

 ジャッジが健在な左腕をかかげた。ジャッジの巨体から放たれる殴打。それだけでも、充分な破壊力を持っているだろう。その一撃をノワールは見詰めていた。ジャッジの言葉に小さく頷く。

 

「私が一人だった時なら、ね」

 

 人間の限界を超えた速度で踏み込み、ノワールの前に出る。正面ではジャッジが拳を振り上げ、此方を驚いたように見つめていた。

 

「ありがとう、後は任せて貰うよ」

「遅いわよ。けど、信じてた。」

 

 ノワールと一瞬の交錯。短い言葉を交わしていた。女神さまが信じてくれていた。なら、その信頼には応えなきゃいけない。SOCを強く握った。

 

「終わりだよ、ジャッジ」

 

 ――G(ジェネシック)・ドライブ

 

「な、に……」

 

 ジャッジの呆然とした声だけが木霊する。ただ一撃。それを持って切り伏せていた。

 それは、破滅と再生を司る一撃。SOCに封じ込められた天魔の王の力を用いる事で、放つ事が出来る人知を超えた極致にある斬撃であった。

 

「馬鹿な、この俺が……、女神に、人間如きに敗れるだと……っ!? 馬鹿な、馬鹿な、認めん、認めんぞおおおお!!」

 

 ジャッジの胴体を分った一条の軌跡。そこからSOCの力があぶれ出す。力の奔流。ジャッジの傷を中心に広がり、ジャッジ・ザ・ハードの体を粉々に吹き飛ばした。

 

「馬、鹿な……」

 

 それが、ジャッジ・ザ・ハードがゲイムギョウ界で残した最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……のね」

「ああ、勝ったよ」

 

 へたり込むノワールの傍らに腰を下ろすと、ノワールが呆然と呟いた。女神が自分しか残っていない状態で、敵の幹部を一人倒した。それが信じられなかったのだろう。僕だって半信半疑だった。

 

「勝った、私たち二人で犯罪組織の幹部に勝ったのよ!! やったわ!!」

「ちょ、ノワール!?」

 

 感極まったと言う風に抱き着いてきたノワールに思わず声を荒げる。今のノワールは女神化しており、水着のような服装である。ただでさえ、魅力的な女の子なのに、そんな恰好で抱き着かれたら流石に意識してしまう。

 

「え、ぁ、あぅ……」

「あの、離して貰えるかな……?」

 

 抱き着いていたノワールが自分のしている事に気が付いたのか、一瞬で真っ赤になる。そのまま、至近距離で見つめあってしまう。ノワールがそんな状態になったためか、幾分か落ち着きを取り戻せたので、未だに抱き着いているノワールを諭すように告げた。

 

「う、うん」

「えっと……」

「もうすこしだけ、駄目?」

 

 頷きつつも離れないノワールに困っていると、予想だにしていなかった事を言われた。あまりの事に、言葉が直ぐに出てこなかった。

 

「ありがとう、ユウ。これで、私たちの願いが少し叶った。最初の一歩かもしれないけど、進めた」

「ノワール……」

 

 心底嬉しそうな笑みを浮かべると、ノワールは離れた。心からのお礼の言葉を聞き、力になれて良かったと、素直にそう思えた。

 

「……っ」

 

 ノワールが居た暖かさをぼんやりと感じていると、不意に奇妙な感覚が全身を奔った。痛みや寒気では無い、どちらかと言えば予感のような感覚。この世界に来て例えどれだけ死にそうな状況であっても、死の恐怖など感じた事が無かった僕が、明確なソレを感じた。手を見詰めた。どこか輪郭がぼんやりとしているように思えた。この世から消えてしまいそうな漠然とした恐怖が奔る。一瞬、意識を手放しそうになるのを歯を食いしばり何とか堪えた。倒れる訳には行かなかった。

 

「ユウ、どうかした?」

 

 だって、直ぐ近くには女神さまが居たから。今一人で耐えている女の子に余計な心配を掛ける訳には行かなかったから。

 

「いや、大丈夫だよ。ノワールに抱き着かれて恥ずかしかっただけだよ」

「な、ななな!?」

 

 なにより、言える訳が無かった。女神によって呼び出された僕は、元の世界に戻れば死ぬ事になる。その時期が少しずつ近づいて来ている。そんな事、僕を呼び出してしまった女の子に言えるわけがない。

 クロワールには散々このままで良いのかと問われ続けてきた。今日、犯罪組織の幹部が一人倒れた事で、女神の脅威の排除が明確に進んでいた。その矢先に、異変が起きた。見間違いかも知れないけど、確かに体が消えかけた。恐怖も感じた。直ぐに治ったが、それがどう言う事なのか、解ってしまった。女神の願いを達成すれば、確実に死ぬ。それを肌で感じてしまった。正直言って、怖かった。

 だけど、それでも言う事はできない。だって言ってしまえば……

 

「あ、あれは勝てたことが嬉しくて少し気が動転してたのよ!! 別にあなたの事なんか、あなたの事なんかなんとも思って……」

 

 この子に深い傷を与える事になるのが解ってしまったから。

 だから、僕は何も言わない事にする。助けてほしい。手を差し伸べて欲しい。そう心の奥では思ってしまったけど、我慢できない事では無かった。だから見なかった事にする。だって、既に四条優一は死んでいるのだから。

 

「結局、僕は変われそうに無いかな。ごめんね、クロワール」

 

 助けを求めれば、きっとノワールは何とかしようとしてくれるだろう。そして、どうしようもない事も悟る。彼女は女神だ。この世界に住む人全体を守る立場だった。そして、ゲイムギョウ界を救ってしまえばぼくは死ぬ。どうしようもない状況だった。その全てを知ったら、ノワールは心に大きな傷を負うだろう。彼女と一緒に居てそれが嫌と言うほどわかった。僕の事を友達として大事に思ってくれていたのが解るから。もしかしたら、その所為で壊れてしまうかもしれない。自分の所為でそうしてしまうのだけは避けたかった。

 

「だ、だから、さっきの事は何でもないんだからね!!」

「解ってるよ」

 

 だから、僕は諦める事にした。それは、元々でていた結論だった。そして、クロワールに最初から諦めてると言われた通り、この日僕は自分の身の振り方を決めた




一つ目の決断終了。しかし、一つを決めたそばからまた決める事になる。
引き続き、決断の時は続く。

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