「ああ、もう!? コイツ等は一体何体いるのよ!!」
降りしきる粉雪を掻き分けながら空を駆るユニはイラついた様子で悪態を吐いた。彼女の視界の先には、数多の機械兵士が点在していた。ユニたちが数日前に倒したはずのキラーマシン。それと全く同じ姿形をした物が、ユニを撃ち落そうと執拗に攻勢を掛けているところだった。
ルウィー後に封印されていた機械兵士。彼女たちが倒したキラーマシンは、その一兵士でしかなかった。機械である。作られたのは、ユニたちが生まれるよりも遥か昔の話なのだが、機械兵士であるため、量産が可能だったようである。ユニとネプギアを中心とする女神候補生一行を取り囲むようにキラーマシン達は次々と姿を現し、その軍勢を大きくしていく。
「ダメ、数が多すぎるよ!? このままじゃルウィーの街までキラーマシンが辿り着いちゃう……」
「泣き言言ってるんじゃないわよ、ネプギア! アタシ達がやらなきゃ、」
そんな絶望的な状況に焦るネプギアを、ユニは叱咤する。泣き言を言ったところで、状況は好転しないと何処か冷静な部分が告げていたから。
「解ってるけど、このままじゃ他の皆が……」
ネプギアは懸命に手にするMPBLをキラーマシンに放つ。それでいくらかキラーマシンを損傷させる事はできているが、数を減らすまでには至っていない。
「エレメンタルバレット!」
ネプギアの攻撃で硬直したキラーマシンに向かい、ユニは魔力を纏わせた弾丸を放ち、キラーマシンに紫電を浴びせる。それで何とか一帯を葬る事が出来るが、そうしているうちにさらにキラーマシンが姿を現す。
「良いぞキラーマシン共やっちまえ! 女神候補生のクソチビと自信過剰な勘違い女を此処で終わらせちまえ!」
次々と現れるキラーマシンの陰で声援と罵倒の入り混じった声が上がる。灰色のパーカを着た、如何にも悪そうな井出立ちの少女、犯罪組織の構成員リンダ。通称、
「この、何にもしてない下っ端が調子に乗ってんじゃないわよ!」
「うう、またクソチビって言われた。そんなに私ってチビなのかな」
下っ端に向かい、ユニは言い返す。戦ってるのはキラーマシンであり、下っ端は幹部の指示を受けキラーマシンの封印を解いたに過ぎなかった。それだけで、充分すぎる結果が出ていた。
「うるっせー!! 悪党はな、勝てればいいんだよ、勝てれば!」
ユニの言葉に下っ端は開きなおったように哄笑する。彼女自身は何もしていないが、確かに言葉通り戦いは犯罪組織マジェコンヌが優勢で展開されていた。
「この……、いい加減にその減らず口を閉じ――」
「ユニちゃん!?」
下っ端に向かいXMBの引き金を引こうとしたところで、ネプギアの声が上がった。ユニはキラーマシンの動きには逐一注意していたつもりではあったのだが、下っ端に気を取られた隙に、キラーマシンが死角から近付いてきていた。その手に持つ戦斧で斬り裂かれる。完全に虚を突かれ、ユニは回避行動をとる事が出来なかった。斬られる。ユニの背筋に、恐怖による悪寒が奔った。怖い、思わず目を閉じ声を上げた。
「お姉ちゃん、ケイ、……ごめんね」
「駄目えぇぇ!!」
どこか諦めたユニの耳に、ネプギアの悲痛な叫び声が聞こえた。その声に驚くが、同時に嬉しく思った。自分が斬られることに、ネプギアが、ユニの友達が悲鳴を上げてくれたから。斬られる直前と言う危機的状況でありながら、何処かユニは面映い感覚に包まれていた。そっか、アタシにも新しい友達が出来てたんだ。そんな事実をユニが噛みしめ来る痛みに目を閉じた直後、冷たい風をユニは感じ取った。
「アイスコフィン!」
「アイスコフィン!」
二つの重なった音色が辺りに木霊する。ユニは恐る恐る目を開く。ユニを斬り裂こうとしていたキラーマシンは、その体を凍てつかせ、地に墜ちていくところであった。
「なにが……」
状況に理解が追い付かず、ユニはそんな言葉を零す。解っている事は一つだけであった。誰かに助けられたと言う事だった。
「ロムちゃん、ラムちゃん!!」
「アンタ達、なんで……」
ネプギアの驚きの声に、ユニも誰に助けられたのかを理解する。女神候補生である、ロムとラム。ルウィーの女神、ホワイトハートの妹であり、ユニとネプギアと同じく女神候補生である双子だった。
「ルウィーが狙われてるのにアンタ達だけに戦わせる訳には行かないもんね! だから、サイキョーな私とロムちゃんが助けに来てあげたのよ!」
「ネプギアちゃん、助けに来た。皆で頑張る」
「ロムちゃん、ラムちゃん……、ありがとう」
紆余曲折あり、ネプギア一行は双子の姉妹と刃を重ねた事もあったのだが、ルウィーの危機に女神候補生四人が一堂に会する事となった。
「お礼は言わないわよ……」
「ふふん、別にいらないもんねー。サイキョーな私たちが何度だって助けてあげるから、毎回言ってたら大変だもん!」
「サイキョーだもん。だから気にしなくていいよ……」
こう言う時にどう反応していいか解らないユニはぶっきらぼうに返すが、ラムは挑戦的な笑みを浮かべ、ロムは小さくはにかむ。そのまま、キラーマシンを視界にとらえると、二人してシェアを使い、魔法を解き放つ。キラーマシンは物理攻撃には強いが、魔法には耐性が無かった。二人の苦戦が嘘の様に、キラーマシンの数が減っていく。
「クソ、なんだよこいつ等!? キラーマシン、サッサとやっちまえ!」
突如現れた増援に、下っ端は焦ったようにキラーマシンに指示を飛ばす。だが、ルウィーの女神候補生を倒すより、キラーマシンの数が減る事の方が早い。たった二人の増援で戦況は、逆転していた。
「言ってくれるじゃないの……」
「ユニちゃん、大丈夫?」
「誰に言ってんのよ。ネプギア、アタシ達のコンビネーションであの二人より多く倒すわよ」
「うん!」
そんな二人の活躍を見たユニは、自分を叱咤する様に呟く。心配そうなネプギアの言葉に、ユニは何時ものような強気な笑みで応える。その様子を見て、ネプギアは自分の心配が杞憂であった事を悟った。ユニはもう弱くは無かったから。
アタシは強くならなきゃいけないんだ。そんな一念が、ユニを精神的にも強くしていたのだった。頑なだったユ二が、自分にも心を許してくれている事に、ネプギアは戦闘中にもかかわらず、心が弾むのを感じた。
「行くわよ、ネプギア。あの子たちばかりにいい恰好はさせてられないんだから!」
「解ったよ、ユニちゃん! ロムちゃんとラムちゃんに負けてられないもんね!」
追い詰められていた女神候補生に活力が戻る。四人の女神候補生による共同戦線。それが張られることになる。
「ふーんだ! 私とロムちゃんが一番強いんだから!」
「……頑張る」
「あはは、二人とも心強いな、ね、ユニちゃん!」
「まったくね、だけど……一番強いのはアタシ達よ! こんな戦い、直ぐに終わらせる!」
四人の女神候補生が一丸になる。完全に力を合わせる事が無かった女神候補生たちが、この時初めて一致団結していた。幾らキラーマシンが強いとはいえ、所詮は機械の兵士。今の彼女たちを遮る程の敵にはなり得なかった。勝てる。四人は確信した。その直後、
「残念だが、此処までだ」
冷徹な声が戦場全体に響き渡った。相対する者全てを圧倒する力を孕んだ言葉だった。
「マジック様!? な、なんで」
「ご苦労だったな、リンダ。下がっていると良い」
紅の女神が舞い降りる。その姿を見たリンダは驚きのあまり声を荒げるが、そんな彼女を見た紅の女神、マジックザハードは、小さな笑みを浮かべた。妖艶な微笑。それは、リンダの知るマジックの笑みとは、どこか違っているように思えた。
「さて、幾つか知った顔が居るな」
四人の女神候補生を見据え、マジックは面白そうにつぶやいた。
「貴女は……」
「アンタはあの時の……」
ネプギアとユニは忌々し気に零す。ネプギアは女神が敗北した時に、ユニは四条優一とギョウカイ墓場に行った時に、マジックと相対していた。 尤も、二人とも何一つとして出来なかったが。
「何、アンタ達、アイツの事知ってるの?」
「知り合い?」
双子の姉妹が小首を傾げる。
「ええ、最悪の敵ね」
「うん。正直、四人がかりでも勝てるか解らないぐらい」
零すように二人は呟いた。他のことを考えるほど余裕が無かったから。それ程までに、マジック・ザ・ハードと実力に開きがあったのだ。
「さて」
紅の女神が、四人を一瞥すると思い出すように呟いた。そして、
「精々、抗って見せろ」
絶望が加速する。
「早速で悪いけど、してもらいたい事があるんだ。構わないかな?」
ノワールに招かれてから数日後、今度は教祖であるケイさんからの招集を受けラステイションの教会を訪ねるなり、そう声を掛けられた。ラステイションでは何度も仕事をしており、教祖であるケイさんと女神であるノワールにも僕が異界の魂である事を知られていた為、半ば押し付けられる形で携帯を持たされることになっていた。それに、早速連絡が来たと言う事だった。
「聞かせて貰います」
「話が早くて助かるよ。実はね――」
どことなくケイさんの様子が焦っているように感じられる。何時もなら一つ二つ世間話があるのだが、今回は何もなかった。
「ケイ、ユウが着たの!?」
ケイさんが本題に入ろうとしたところで、慌てたような大きな声と共に女の子が一人は入ってくる。黒の女神でありユニ君の自慢の姉。そして、僕の友達の一人、ノワールだった。
「ああ、そうだよ。今から本題に入ろうとしていたところだよ」
思いの寄らぬ闖入者に少し頭が冷えたのだろうか。ケイさんは何時もの笑みを浮かべると、言葉を切り、ため息交じりに応える。調子が戻ってきたと言うところだった。
「ユウ、お願いがあるの! 助けて、ほしい……」
そんなケイさんとは対照的に、全然落ち着きが無いのが、ノワールの方だった。僕の姿を見つけるなり、抱き着かんばかりの勢いで傍らまで来ると、両手を掴み懇願してきた。僕はノワールより頭一つ分程背が高い為、ノワールは泣きそうな顔で見上げる形になっている。正直距離が近すぎるのだけど、ノワールの方はそれどころじゃないのか、今にも抱き着かんばかりの必死さだった。
「少し落ち着いて、ノワール」
「だ、だって、これが落ち着いていられるわけ……」
完全に動揺していた。少しばかり落ち着いてもらわなければ、話になりそうになかった。
「少し、落ち着け」
「あぅ……」
ノワールの肩を両手で強めに掴み、少しばかり距離を取る。そのままノワールに視線を合わせしっかりと両目を見詰め、できる限り腹に力を籠め告げた。パニックになっている時は、どうにかして意識を集中してあげると治りやすい。今回は視線を合わせて強めの言葉をかける事で僕の方に意識を持ってきたと言う事だった。
「何があったのかは解らないけど、友達が助けを求めてるなら出来る限り何とかするから」
「……ありがとう。少し取り乱しちゃったわね。見苦しい姿を見せてごめんなさい」
ようやく落ち着いてくれたのか、ノワールは頬を薄らと染めながら恥ずかしそうに呟いた。少し話したとはいえ、目と鼻の先にいる。かなり近い。僕だって気恥ずかしいが、目の前に居るのはノワールだ。僕以上に恥ずかしがっているのではないだろうか。
「あ……」
兎も角、落ち着いた様子のノワールと距離を取る。それで、ようやく話しやすくなった。
「落ち着いた様だね。すまなかったね四条君。うちのノワールが抱き着いてしまって」
「ちょ、ケイ!? だ、抱き着いてないわよ! ちょっと近かっただけなんだから!」
ケイさんが茶化すように言うと、ノワールが慌てたように捲し立てる。それで、幾分か普段の雰囲気に戻っていた。
「それで、何があったのかな?」
ノワールにもゆとりが生まれた所でケイさんに尋ねた。ノワールに聞いても良いのだけど、最初の取り乱し様からケイさんの方が適任だろう。
「事実だけを端的に話すよ。ルウィーに封印されていた古の機械兵。その封印を解いた犯罪組織マジェコンヌによって、全ての女神候補生が捕えられた」
「……、成程。確かにそれは一大事だね」
ケイさんの口にした事実は、予想をはるかに上回る出来事であった。ノワールを除く三人の女神を救出する為に、二人の女神候補生が旅をしているのは知っていた。その二人と、それ以外の女神候補生まで捕えられた。つまり、現在無事な女神はノワールだけと言う事だった。
「そして、少し前、最後の女神が居るラステイションに、犯罪組織から連絡があった」
「犯罪組織から、ね」
ケイさんの言葉を促す。全員が捕まったと言うのが本当ならば、残りはノワールだけと言う事だった。ユニ君の安否が気になるけど、ひとまずそれは考えない様に意識する。
「交渉がしたい。そう言う事だった」
「交渉、ですか。この状況で何を交渉する意味があるんですか?」
ケイさんの言葉に疑問が口を吐く。ユニ君を人質に、ノワールに投降しろとでもいうのだろうか。それ位しか思いつかなかった。だけど、そんな交渉を持ちかけるとは思えない。
「ああ、交渉がしたいと言った。ラステイションでは無く、君と」
「僕、ですか?」
意外、と言うよりは意味が解らない話であった。何故女神候補生を捕えて、僕と交渉したいのか。
「犯罪組織が何を考えているのかは解らないけど、ユニたちを捕えた写真を送ってきたの。ユウと私、二人だけでルウィーにある国際展示場に来いって」
「ならユニ君は……」
「ええ、捕まってしまったようね……」
ノワールは今にも泣きそうな顔で下唇を噛んでいる。最愛の妹を奪われた。妹に助け出された女神が、今度は逆に妹を奪われると言う形になっていた。
「ユウ、貴方にこんな事を頼める義理じゃないのは解っているけど……」
「ストップ」
「え?」
ノワールの言葉を遮る。不思議をそうな顔をするノワールには悪いけど、一つだけ聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「ノワール。僕と君は友達だし、ユニ君と僕も友達だよ。だから、義理が無いって事は無いよ」
「あ……」
「なにより、友達を助けるのに理由はいらないよ」
自分に近しい人を助けるのに理由なんか必要はないだろう。少なくとも僕はそう思う。だから、ユニ君たちを助けに行くのに、ノワールの手助けをするのに特別な理由など必要なかった。僕がそうしたいから、するだけだから。
「ありがとう」
ノワールの瞳から一筋涙が零れ落ちた。
「ケイさん。大体の事情は分かりました。何とかしてみます」
「そうか、ありがとう。君にはいつも迷惑を掛けるね」
ケイさんの言葉に気にしないでと答える。犯罪組織がどう言う心算なのかは解らないけど、やるしかなかった。幹部であるブレイブには一度勧誘されていた。マジックにも、欲しいと言われている。絶対に何かあるのだろう。その何かまでは解らないが、相手の言いなりに成らざる得ない状況だった。せめて油断だけはしないでいこう。そう思い、長釣丸を強く握りしめた。
物語は流転する。次回が主人公にとって、一つめの決断の時です。