異界の魂   作:副隊長

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27話 一息

 異界の魂。僕がこの世界に呼び出された事によって、そう呼ばれていた。召喚の過程により、力と知識を得る。それによって、人ならざるモノと言えるほどの存在になるのが、異界の魂召喚の儀式だった。だけど、僕の場合は少し事象が違っている。その儀式と言うのが、僕の呼び出された世界に本来無いものだったから。その術が、世界の行く末を見る黒の妖精クロワールによって、もたらされていた。どうやったのかは解らないけど、クロワールによってこの世界に本来ある筈の無い術式がもたらされ、その術を見つけた史書であるイストワールさんによって女神に伝えられる。そしてその術を用いて呼び出されたのが、僕と言う訳であった。

 異界の魂召喚の儀式。本来この世界には無く、別の世界に僕のいたチキュウから人を呼び出す術だった。そしてその術を用いた事で、四条優一は、一度本来辿り着くはずの世界に呼び出された後、ゲイムギョウ界に呼び出されることになった。

 そして、呼び出された場所が最悪だった。二つ目の世界を超える際、呼び出された地は本来生きた人間が立ち寄れる場所では無かった。ゲイムギョウ界で死した者達が辿り着く地、ギョウカイ墓場。死者が辿り着く、隔離された墓場。その地に僕は呼び出されていた。

 ギョウカイ墓場には、特別な方法で道を作る事さえできれば生きた人間でも立ち寄る事はできるが、異界の魂召喚の儀式にそのような術は無い。だけど、女神によって行われた儀式は成功してしまった。ならば、その法則にのっとり、呼び出さなくてはならない。生きた人間が呼び出せない場所なら、生きていなければ良い。身体が世界を越えられないのなら、身体は無くとも良い。肉体を別の世界に置き去りにし、魂だけを呼び出し本来の体を放棄させ、仮初の体をシェアによって構築し与える。それが、ゲイムギョウ界の選んだ方法だったと言う訳だ。

 つまり、僕が、四条優一が女神の手でこの世界に呼び出された時点で結末が決まってしまったと言う事だった。

 

「難しい顔をしているね。何か悩み事かな?」

「そんなところですね。この世界に来て、色々な事がありました。女神たちの事、犯罪組織の事、何より僕自身の事。思い返せば、今日みたいにゆっくりと考える余裕が無かった、かな」

 

 対面に座るケイさんの言葉に頷く。ノワールに泣かれ、イストワールさんも泣かせてしまい、クロワールに何度も言われて来た事。それは僕自身の問題であり、既に一つの結論が出ていると言っても良い問題だった。

 異界の魂召喚によって、四条優一は既に死んでいる(・・・・・・・・・・・・)。それは、動かし様の無い事実。どう足掻いても否定できない現実だった。

 

「思い返せば君にはユニの事と言いノワールの事と言い、本当にお世話になったね」

「そんな事はないよ。僕だって、あの二人には良くしてもらってるからね。ノワールとは出会いこそ壊滅的だったけど、今では友達になれたしね」

「ふふ、そうだね。ユニ以上に不器用なあのノワールを手懐けるとはどうやったのか」

「あの子は女神だからさ、他人に頼る方法が解らなかっただけだよ。距離を測りかねている女の子に歩み寄っただけかな」

 

 ケイさんに話しても、と言うよりは誰に話しても何とかなる類の悩みでは無かった。既に結果が出ていて、覆す事はできないから。未来の問題では無く、過去の既に終わってしまった問題だった。どう考えても変える事の出来ない結論。それを考え続けていた。打開策などある訳は無い。考えれば考える程、残酷な事実を突きつけられ、気が滅入ってくる。そんな僕の様子を敏感に察したのか、ケイさんは直ぐに話題を変えた。

 

「それが、あの子の友達になるといった訳だね。まさか、ノワールが自らお菓子作りをするなんて言い出すとは、流石の僕も予想が出来なかったよ。しかし、この歓迎っぷりは少し違うかな」

「だよね。正直言って、僕もそう思うよ。これは何と言うか……」

 

 僕とケイさんが座っているのは、ノワールに宛がわれた部屋の一つだった。装飾されたテーブルに、ラステイションの街並みが一望できるバルコニー、優雅なひと時を過ごすために作られた洒落た空間だった。何と言うか、凄く女の子らしい感じで、若干居心地が悪い気がするのは僕が男だからだと思う。

 

「ふんふんふんふんふーん、ふふ。ふんふん――」

 

 そして隣の部屋で鼻歌交じりにお菓子を作る女神さまに、ケイさんと二人苦笑が浮かんだ。だって、どう考えてもこれは、友達が来たから軽くお茶をしようと言う感じでは無かった。気合が入り過ぎている。これじゃまるで、

 

「ふふ、あのノワールが恋人でも連れて来たみたいだね」

「ケイさん。例え思っていてもそう言う事は言わない。ノワールの事だから、やり過ぎてるだけだろうからね」

 

 涼し気な笑みを浮かべ、さらりと言うケイさん。僕もそう思っていたけど、いざ言葉にされると何となく気恥ずかしい。とは言えあのノワールである。本人の口振りから、女神であり友達と言える相手が殆どいなかったようだ。その為、加減が解ってないだけなのだろう。

 

「意外と本気だったりしてね」

 

 ケイさんはにっこりと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「茶化さないで欲しいなぁ」

 

 それに苦笑しながら返す。相手はあのノワールだ。ラステイションの女神であり、ユニ君の自慢の姉。自分に厳しく在り、他人に頼るのが下手で不器用だけど、誰よりも優しいお姉さんだった。僕は、そんなノワールの友達でしかないし、それ以上を望むつもりも無い。

 

「茶化しているわけでは無いんだけどね。ノワールが不器用って言うのもあるけど、あの子は女神だからね。そう簡単に誰かを好きになる訳には行かないんだよ。ユニ以外はあの子を絶対に置いていく事になるからね。だからこそ、殻に篭っていた。だけど、君はノワールの隣に立つ事が出来た」

「ああ、なるほど」

 

 ケイさんの言葉に納得する。確かに女神ならば人と同じ時間を生きる訳でも無いのだろう。笑みを浮かべながら語るケイさんの瞳は、どこか憂いている様に見える。

 

「そんな君なら……」

「尚の事、駄目ですよ。僕には先がありませんからね」

 

 ケイさんの言葉を遮り、言った。

 

「それに、僕はきっかけを与えただけです。あの子なら、直ぐに友達を増やせますよ。そうすれば、何れ女神と言えども、好きな人の一人や二人現れるよ。ノワールは女神だけど、女神である以前に女の子なんだから」

「そうだね、ノワールも女の子だ。なら、好きな相手の一人や二人現れるだろう。……やはり君は苦しんでいるようだね。ノワールやユニの前では笑っているけど、今回話せて良く解ったよ」

 

 最後にケイさんがそう言い、思わず目を見開いた。つまり今回の話は、ノワールの事と思わせておきながら、僕の本心を引き出す事だったから。

 

「相変わらず人が悪い」

「ふふ、良く言われるよ」

 

 僕の皮肉もどこ吹く風で受け流していた。本当に食えない人だ。

 

「四条君」

「なにかな?」

「あの子たちには言えないだろうけど、愚痴ぐらいならいつでも聞くよ。ボクにだって、それぐらいはできる」

「……ありがとうございます」

 

 真摯な言葉に、上手く答える事が出来なかった。けど、相談できる相手がいる。それだけでも、何処か気が楽になったような気がした。

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね、ユウ。ついでにケイも」

「やれやれ、僕は四条君のついでか」

 

 それからケイさんと他愛の話をしていると、フリフリの可愛らしいエプロンに身を包んだノワールが人数分のお菓子と飲み物を持って此方に来た。にっこりと柔らかな笑みを浮かべたノワールに、苦笑しながらケイさんは言った。

 

「だって、ケイはラステイションの教祖で、いわば身内じゃない。ユウと違って、態々おもてなしする必要も無いわよ」

「まったくだね。なら、邪魔しないうちにボクはお暇させて貰おうかな。ノワール。お客様に失礼の無いようにね」

 

 ケイさんはノワールに軽口を言いながら、器を受け取ると退出していく。ノワールの準備が終わるまで僕の相手をするのが彼女の役目だったようだ。

 

「誰に言ってるのよ! そんな事する訳無いでしょ! まったく、ユウは大事なお友達なんだから、ちゃんともてなすわよ」

 

 何時もの薄い笑みを浮かべ去って行ったケイさんを見送ったノワールがこちらに向き直る。そのまま僕の分と彼女の分の器を置いた。

 

「貴方は珈琲で良かったわね?」

「うん。ありがとう。甘いものには珈琲かな」

 

 受け取った珈琲を一口含む。心地の良い苦みと珈琲特有の風味が口の中に広がる。酸味がありながら、後を引く程にでは無く飲みやすかった。

 

「ユウは珈琲好きなのかしら?」

「そんなところだよ。昔、父さんが飲んでいたのを見て、格好良いっとか思って真似したのが始まりだったかな」

「ふふ、何それ。意外と可愛いところがあるじゃない」

「結構恥ずかしかったりするんだよね。子供の頃の背伸びした思い出だよ」

 

 ノワールに、少しだけ自分の幼い頃の話を語っていた。

 

「ティラミス、かな。月並みだけど、凄く美味しい。何と言うか意外だな。普通に美味しい」

 

 ノワールの作っていたお菓子を一口含み、思わずそう零していた。それだけ美味しかったから。

 

「それは、暗に私が料理できそうにないって言っているのかしら?」

「そんな事は無いよ。寧ろノワールなら料理とか上手そうだけど、女神は国のトップでもあるんでしょ。流石にそこまでは手が回らないと思ってたんだ」

 

 むっとして僕を見るノワールに苦笑する。確かに彼女の言う通り以外だったけど、僕の考えている理由とは違っていたから。

 

「なら良いけど。これでも女神だからね。何時結婚しても恥ずかしくない様に、花嫁修業だって人並み以上に頑張ってるんだから!」

「そうなんだ。女神さまだからこそ、そう言うのも頑張ってる訳だね」

 

 思わず感心する。女神の仕事はあまり知らないけど、かなり忙しいのだろう。その合間にこれだけの料理を作れる程になるのは並大抵の事では無いだろうから。

 

「あ! で、でも、別に今すぐ結婚したいとか、好きな人がいるって訳じゃないからね。これから先、そう言う事があるかもしれないから練習していただけなんだから!」

 

 慌ててそう付け加えるノワールが少し面白い。そんな可愛らしい女の子を眺めながら、もう一口ティラミスに口を付け、珈琲を一口含む。ティラミスの甘さと珈琲の苦さが互いの長所を引き立たせる。ノワールの料理の腕は、大したものだった。

 

「そっか。まぁ、何にしろ、ノワールを嫁に貰う人は幸せだろうね」

「お、およ、およ、お嫁さん!? だ、だからまだ、そんな相手は居ないって言ってるでしょ!」

 

 何気ない一言に、ノワールはリンゴの様に頬を赤く染める。一目で動揺しているのが解って、微笑ましい。こう言う話に興味はあるけど、慣れていないのだろう。友達だっていないと言っていたから、好きな人がいなかったとしても別におかしくは無い。

 

「将来の話だよ。今は居なくても、この先どうなるか解らないよね」

「そ、それはそうだけど……、お嫁さん……」

 

 そう言うと、どこか夢見心地と言った感じでノワールは相槌を打つ。多分、自分の花嫁姿を想像しているのだろう。部屋の装飾や、可愛らしいエプロンなどから、ノワールの趣味が思っていた以上に女の子だったことから、簡単に思い至った。恋に恋する女の子。そんな感じの表情を浮かべている。

 

「ふふ、お嫁さん、お嫁さんか……」

 

 何と言えば良いのだろうか、僕の何気ない一言から、ノワールの女の子スイッチが入っちゃったのか、ふふんと口元を緩めている。ちょっと声を掛け辛い。

 

「けど……、私にそんな相手が見つかるかな?」

 

 少しずつ出されたお菓子を口にしていると、漸く戻ってきたのかノワールがそう尋ねてくる。どこか不安そうに此方を見詰めていた。女神さまとは言え、恋愛方面には自信が無いものなのかもしれない。ノワールとこれまで話していると、そう思い至るのは難しい事では無かった。

 

「見つかるよ。直ぐには見つからないかもしれないけど、ノワールが歩み寄る努力をすれば、何れ良い人に出会えるんじゃないかな」

「……そう、そうよね。今はまだ好きじゃなかったとしても、これから先どうなるかは解らないものね」

 

 ノワールは小さくはにかむ。先程までは自信が持てていないようだったけど、その表情を見ると、少しは背中が押せたのだろう。

 

「ゆっくりやっていくと良いよ。僕以外にも友達を増やして、いろんな人と交われば良いよ。そうすればきっと……」

「ユウ……?」

「いや、何でもないよ」

 

 僕も安心できるから。思わず言いかけた言葉を飲み込む。ノワールが不思議そうに聞き返してくるけど、笑ってごまかしていた。

 不器用だけど優しい友達に、様々な出会いがありますように。僕はそれほど長く一緒に居られないからこそ、そう願うのだった。




調べてみると、ティラミスには私を元気付けてと言う意味があるらしいです。
今回ノワールがティラミスを作ったのは、私が元気付けると言う裏の意味があったりします。

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