異界の魂   作:副隊長

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26話 やさしさの理由

「ごめんね、待たせちゃったわね」

「それ程待ってないから気にしなくていいよ。それよりどうだった?」

「ええ、依頼は完了よ。被害は出ちゃって直ぐに使えるようにはならないけど、復旧を最優先で進める予定よ」

 

 女神の依頼を完遂した事で、ギルドと依頼人に報告に向かっていたノワールが此方に駆け寄ってくる。マジックとの戦いがあり、成功したと言う気は全くしないのだけれども、依頼内容としてはエレメントドラゴンの撃破だった為、完了していると言う事で訳だ。

 今回の依頼をこなした事により、国道にあった脅威を取り除く事は出来たのだけれども、状況が直ぐに好転すると言う訳では無かった。エレメントドラゴンとのぶつかり合いや、マジックとの交戦の余波により、国道には大きな被害が出てしまい、暫くはまともに機能しそうになかった。そう言う意味では失敗したかなって思ったのだけれども、元々エレメントドラゴンの出現により封鎖されてしまっていたらしく、直ぐには使えないとは言え、本来無くなっていた道が使える兆しが見えただけでも大きな事と言う訳だった。

 

「それじゃ、後は帰るだけかな?」

「ええ、そうね。あ……っ!」

 

 僕の言葉に、一度は頷いたノワールが何かを思い出したように声を上げる。

 

「ん、何かあったっけ?」

「あの、その……。ううん、何でもないわ」

 

 どことなく歯切れが悪いノワールを見て、不意に思い出す。そう言えば、この依頼が終わったらノワールとお茶をすると言う約束をしていた。それの事を言っているのかもしれない。とは言え、あんな事があった後だ。僕はもとより、ノワールだってかなり疲れている。正直に言うと、サッサと帰って休みたいと言うのが本音だった。

 

「なら、一旦帰ろうか。今回ばっかりは色々と疲れたよ」

「……そうね。ホント、色々とあったものね。一緒に来てくれて、ありがとう。私一人でマジックに遭遇していたら、きっと勝てなかった」

 

 ノワールは少し沈んだ面持ちでそう呟く。マジックに負けた事が余程堪えたのか、言葉に覇気が感じられない。落ち込んでいると言うのがヒシヒシと伝わってくる。

 

「ノワールは、ラステイションまでどうやって帰るつもり?」

「え……? そうね、後は帰ってケイに報告するだけだから、女神化して飛んでいくのが早いかしら」

 

 少しばかり話を変える。ノワールは少し考え込むと、そう答えてくれた。ノワールの表情を見詰める。落ち込んでいると言うのもあるけど、疲れているのが僕の眼にも見て取れた。傷の治療を施したとはいえ、本調子でないのにマジックと正面から戦っていた。それもエレメントドラゴンと戦った直後に。万全であったとしても、辛い戦いだったと思う。それに加えノワールは本調子でなかった。その消耗は、本人が自覚しているよりも大きいんじゃないだろうか。

 

「ストップ。流石にそれはダメだよ」

「え、なんでかしら?」

「それはそうだよ。それじゃ、僕が一緒に来た意味が無いしね」

 

 直ぐに帰ろうと言うノワールを一度止める。確かに彼女が変身して全力で飛べば、何よりも早く目的地にはつけるだろう。けど、正直今はそこまでする必要はない。教祖であるケイさんへの報告も、簡易なモノなら既に終わっている筈だろう。

 

「それはそうだけど……、まだ他にもしなきゃいけない仕事があるから……」

「それは無理をしてまでしなきゃいけない程の事かな?」

「無理はしてないわよ! そこまで急ぐ必要がある訳じゃないけど」

 

 渋るノワールに少しばかり溜息が零れる。頑張るのは良い事だけど、正直頑張り過ぎだった。体の怪我こそ治っているけど、精神的な負担までは取ってあげられない。少しばかり目の前の女の子は頑張りすぎて、疲れ切っている様に見える。

 

「なら、一緒に帰るぐらいはしてくれても良いんじゃないかな。友達だしね」

「う、た、確かに友達だけど……、あうぅ。め、女神として困っている人の為にもっと頑張らなきゃ」

 

 友達って言う言葉に反応してノワールは揺れるけど、自分の事より女神としての仕事を優先しようとする。正直言うと、そこまで頑張ろうとするノワールは凄いと思う。自分が疲れていても、自分を信じてくれる人の為に働こうとしている気持ちは尊い。だけど、物事には限度がある。それで倒れてしまっては意味が無い。

 

「なら、僕も助けてほしいな。というか、僕が疲れてゆっくり帰りたい」

「……もう、仕方ないわね」

「うん、無理言ってごめんね」

「良いわよ、別に」

 

 結局、ノワールにはこう言うのが一番効果があった。自分の為じゃなく、他人の為。そう言う形なら頷いてくれた。

 

「とりあえず、電車に乗ろうか」

「ええ、そうね」

 

 そう言う事で、無理をするノワールを何とか休ませるために、電車に乗る事にする。

 

「あ、一段落ついたら、何時かお茶でもしようか」

 

 最後にそう付け加える。流石に暫くはゆっくりしたい。だからすぐには無理だけど、日を改めて行くのなら問題は無かった。

 

「……え、ええ。……覚えていてくれたのね」

「友達との約束だからね」

「そ、そう。友達だから。うん、ありがとう。何時か、必ず行きましょう」

 

 小さくノワールがはにかむ。今回はいけなかったけど、改めてノワールと約束するのだった。

 

 

 

 

 

「ん――」

 

 肩にもたれ掛かる重みに、少しばかり笑みが零れる。予想通り、頑張り屋のお姉さんは疲れ切っていたようであった。

 電車の席に二人で腰を下ろし、ラステイションまでの道を進んでいた。ガタンゴトンと一定のリズムで鳴り響く電車の進む音に耳を傾けつつ、そんな事を考える。電車に乗った直後はノワールと他愛の無い話をしていたのだけれども、思っていた通りかなり疲れがたまっていたのか、次第に口数が少なくなり、今では僕の方にもたれ掛かり、あどけない顔で眠っていた。その寝顔を覗き見る。眠っている女の子の表情を見るのはあんまり褒められた事では無いのだろうけども、少しぐらいは許してほしい。穏やかな表情で眠る姿は、ただの女の子にしか見えない。

 

「こうしてみると姉妹だけあって、本当によく似てる」

 

 以前にギョウカイ墓場でユニ君の寝顔も見ていた。流石に二人は姉妹だけあって、眠っている時の表情も良く似ている。中々素直になれない不器用さや、頑張り屋なところなど、似ているところは多くあった。

 

「女神と言っても、女の子だよ」

 

 ラステイションの女神と女神候補生。二人の事を思い浮かべる。二人とも女神と言うだけあって、人以上に強いけど、だからこそ脆いところもあるように思えた。強いからこそ、脆くもある。二人ともそんな儚さみたいなものを感じた。誰かが支えてあげなきゃいけない。漠然とだけど、そう思える。

 

「ゆっくり、進んで行くと良いよ。君たちにはその時間が沢山あるんだからさ……」

 

 幸せそうに眠るノワールにそっと告げる。今すぐには無理でも、ゆっくり変わっていけば良い。本当の友達と言える人たちを、支えてくれる人を増やしていけば良いのだ。この子はもっと強くなれる。そうすれば、僕がこんな心配をする必要もなくなり、悩む事も無い。それは、難しい事では無かった。彼女にはその時間がある。だからこそ、今は無理だったとしても、一歩一歩進んで行けばいい。信じられる人も探せばいい。未来をゆっくり進めていけば良いだけなのだろう。

 それが、少しだけ羨ましく思えてしまった。だけど、その気持ちを見なかった事する。だって、意味が無いから。そんな複雑な思いを抱えながら、ただ電車が進む音色に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

「いやー、おもしれーモンを見せて貰ったよ!」

 

 ラステイションの教会。ノワールがケイさんに詳しい話をしている間、教会の客間に通されていた時の事だった。流石に今回ばかりは僕も疲れが溜っていた為、備え付きのソファにもたれ掛かり、うとうとと心地の良いまどろみの中を彷徨っていたところで、何時もながらに唐突な来訪者の声に意識が覚醒する。何時の間に現れたのだろうか、気付けばクロワールが直ぐ傍らに本を浮かし腰かけている。

 

「また、出会い頭に訳の分からない事を言うね」

「お? ユーイチもどんどん言うようになってきたじゃねーか! あはは、そっちの方が俺は好きだよ! 仲が良いみてーだしな」

「君の場合は本気で言っているのか冗談なのか判断に困る」

 

 相変わらず、何の目的に出来ているのかは解らないけど、どうせこの子の相手をすると疲れるんだろうなっと思うと、気が滅入ってくる。機嫌が良さそうに、にんまりとクロワールは笑うと、僕を見詰めている。

 

「まさか、あそこでマジックの奴があんな行動に出るとは俺も予想が付かなかったからな!! あのおっかねー女がまさかユーイチの事を欲しいなんて言うとはなぁ。一体どう言う事をしたらああなんだよ」

「僕が聞きたいよ。正直あれは、どう言う思惑があってあんな事をしたのか……」

 

 マジックと戦っていた時に、唐突にされた事を思い出す。

 

「まーまー、難しく考えなくてもいいんじゃねーの? 熱い告白を受けたとでもおもっときゃいーよ。しかし、あの時の黒の女神の顔ったら、最高だったわ」

「あんまり思い出したくない」

「えー、良いじゃん! あんな訳の分かんねーシーン、早々ねーぞ?」

「あんなのが頻繁にあったら身が持たないって」

 

 思い出しながら腹を抱えるクロワールに、ムッとしながら答える。確かに訳の分からない状況ではあったけど、笑い転げる様な場面では無かったと思う。

 

「くくく、いや、わりーわりー。しかし、あの後の女神との会話がまた傑作だったしな」

「ノワールとの会話が?」

「ああ、そーだよ。とんだ茶番を見せて貰ったね」

 

 散々笑った後の所為か、少しばかり落ち着いた様子でクロワールは続ける。 

 

「だって、黒の女神は言ったんだぜ。言う事欠いて、シジョーユーイチが優しいだって! あはは、おかし過ぎて腹が痛い。言う事欠いて、優しいはねーよ! ユーイチが優しい? 全然解ってねーよ」

 

 クロワールは再び腹を抱えて笑い出す。それは、ノワールが僕を見て言った言葉の事だった。僕の事を見て、優しいと言ったあの言葉。ソレを聞いたクロワールは、茶番だと一蹴する。

 

「どういう事かな?」

「ああ、ソレを俺の口から言わすのか?」

 

 と言う返してみると、クロワールは目尻に涙を滲ましたままそう聞き返してくる。目で促す。

 

「まぁいいよ。黒の女神はな、お前が優しいと本気で思い込んでやがる。ユーイチが異界の魂であると言う事を知りながら、本当に大切な事は何も知らないで、ただの優しさだけでお前が女神に優しくしてやっていると思ってやがんだからな。既に四条優一の未来は無い(・・・・・・・・・・・・)。お前の事を語る上で、この最大の情報を知らされていない。にも拘らず、上辺だけの優しさに触れて喜んでいやがる。言うならば、道化だなドーケ。ピエロみてーなもんだよ。それで友達って言うんだ、笑わしてくれるよ」

 

 クロワールはケラケラと笑いながら僕に語り掛ける。その言葉は悪意に満ちているように聞こえるけど、実際のところそう言う事は無い。全てが事実であり、本当の事だから。悪意に見せかけた、忠告。何故だろうか、クロワールの言葉に善意など感じ無い筈なのに、そんな事を思ってしまった。

 

「それでも友達だよ。仲が良いからと言って、何でもかんでも話すのが友達じゃないさ。言うべき事と言わざるべき事。その二つを取捨選択する必要もある」

「だから、たとえ相手が知らなくても構わねーってか?」

 

 クロワールが僕の言葉に試すように聞き返してくる。それは、難しい質問では無かった。

 

「そうだよ」

 

 即答する。話すべき事と、話すべきでは無い事。いくら友達とは言え、その線引きはあるのだから。

 

 

「くく、あはははは!! お前ならそー言うって思ってたよ。だからお前はおもしれーんだよ。正常に見えて、適度に壊れてやがんだ」

「……どういう意味かな?」

 

 クロワールの言葉がいやに耳に残った。

 

「これまで見ていて気付いたんだよ、ユーイチ。お前はな、誰に対しても優しいんだ」

「それが何かおかしい事なのかな?」

「おかしいに決まってんだろ。何で自分が殺されかかった奴を簡単に許せんだよ。自分を殺した世界を許せるんだよ。確かにお前が前に言った言葉もその理由かも知んねーけどな、それ以上にお前は諦めてんだよ、だから優しいんだ」

「諦める? 何をかな」

 

 乱暴でありながら、クロワールの言葉は何故か胸を衝く。

 

「自分をだよ」

「……」

「お前は自分の事を考えてねーから、他人に優しいんだよ。いや、ちげーな。自分が無いものだから、他人に渡すしかねーんだよ。だから優しい。けどな、全てわかってる俺からいわせりゃ、それは優しさじゃねーよ。ただの自棄だ」

 

 クロワールの紡ぐ言葉に、反論すべき言葉が見当たらない。言い返すべき言葉が、口を出てこなかった。だって、既に死んでいるから。四条優一は、既に終わっているから。今この場において、僕は確かに存在しているけど、確実に終わる事が確定しているから。だから、クロワールに言い返す事が出来なかった。

 

「だから言わせてもらうぜ、ユーイチ。お前はこのままで良いのか?(・・・・・・・・・・・・・)

「……」

 

 構わない、と即答する事は出来なかった。確かに、クロワールの言う事は全て当たっていたから。

 

「まぁ、別に今すぐ答えを出す必要はねーけどよ、本気でどうするか考えておいた方がいーぜ」

「クロワール」

「なんだよ」

「どう言う心算?」

「何がだよ?」

 

 質問に答える事は出来なかったけど、そう聞いていた。だってクロワールの言う事を総合すると、そうとしか思えなかったから。

 

「君は、僕の事を心配してくれているのかな?」

「――っちっげよ! なんでそーなんだよ!」

 

 口が悪く、容赦なく言葉を浴びせて来たけど、最後の最後でどうするか問いかけてきた。それは、どこか見ないようにしてきた現状を、僕に正しく認識させるためだとしか思えなかった。

 

「そうなのかな?」

「たっりめーだろ! 俺は面白ければいいんだっつってんだろーが! まったく、どういう結末に辿り着こうが、俺は最後の最後まで見てるわけなんだから、少しでもおもしれー展開になるように動いてんだよ。詰まんねー話は見たくねーだけだ。それだけだかんな!」

「あーうん」

 

 クロワールの言葉に苦笑が浮かぶ。その物言いがどこかで見たような感じだったから。

 

「クソ、なんか変な誤解をされて胸糞悪い! もう帰る!」

「そっか」

「んじゃーな、またくるから、覚えとけよ!」

「やっぱり来るんだ。また、ね……」

 

 そう言いクロワールは消えていった。さて、本当にどうすべきなのか。その小さな後姿が消えていった場所を見詰めながら考える。どう考えても、最終的には心配されているとしか思えなかった。口の悪い小さな友達に、これ以上心配させてしまうような事はできそうにない。真剣に考えなければいけない。そう思った。




主人公の異常性についての回でした。タイトル的にそれっぽいけど、特に恋愛フラグが立ったわけではありません。
引き続き、フラグ構築中。

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