異界の魂   作:副隊長

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25話 それぞれの道

  四条優一とノワールが依頼を受けマジックと交戦を行って居た頃、大陸の東にあるラステイションから北西に進んだ雪国の地で、別の戦いが行われていた。黒の女神とは別行動をとっていた女神候補生一行である。その集団のリーダーであるネプギアは、女神化し天空を縦横無尽に駆け巡りながら、その手に持つ強大な砲身を倒すべき敵に向け、狙いを定める。

 

「これならどうです! M.P.B.L!」

 

 ネプギアの宣言と共に、その白き銃剣の引き金を引き絞る。銃身が唸りをあげ、対峙する敵を破壊する為の弾丸が襲い掛かる。その光景を見据える敵、キラーマシンは両の手に戦斧を構え微動だにしない。

 直撃。凄まじい爆音が鳴り響き、MPBLの着弾点を基点に、砂煙が舞った。

 

「直撃したはず、これなら――」

 

 爆撃の衝撃に目を細めながらネプギアは呟く。敵は鉄の鎧を身に纏う機械の兵器だった。これまでに彼女の味方が様々な攻撃を行ってきたが、どれも有効なダメージを与えるには至っていなかった。普通の手段での攻撃では効果が無いと言うのならば、女神化すれば活路が見えるかもしれない。そう考えたネプギアは、キラーマシンに向かい、自分の出来る最も強い攻撃を試みたと言う訳だった。

 そしてその結果が、MPBLが直撃する凄まじい爆音とその衝撃波だったと言う訳である。

 

「ネプギア、避けなさい!」

「え?」

 

 辺りに舞う砂煙が収まるのを待たず、アイエフの叫び声がネプギアの耳に届いた。殆ど同時に、何かが回るような奇妙な音が近付いてくる。ネプギアはアイエフの言葉の意味が解らず、素っ頓狂な声を零す。瞬間、凄まじく嫌な予感が背筋を走り抜けた。

 

「きゃ!?」

「ボサッとしてんじゃないわよ!」

「あうぅ、ごめんねユニちゃん」

 

 ネプギアが本能的に危険を察知するも、キラーマシンの攻撃は既に彼女の目と鼻の先に来ていた。投擲された戦斧、その巨大な質量が回る音を辺りに響かせ、ネプギアに向かい一直線に進んでいたのである。あわやネプギアに直撃する。その一瞬前に、黒の女神候補生が彼女を無理やり押し出す形で回避に成功していた。四条優一から離れ、ネプギアたちと共に旅をする事に決めたユニであった。

 

「そんなの良いから! 仲間だから助けるのは当然よ。そんな事より、早くアイツを如何にかしないと」

 

 間一髪のところで助け出されたネプギアはユニに礼を告げる。そんなネプギアにユニは不機嫌そうに返すと、自身のプロセッサユニットを展開し、キラーマシンに向け銃身を構える。その反応は以前からのユニと変わりない筈なのだが、どこか違っていた。

 そんなユニをネプギアは嬉しそうに見詰めた。

 ユニにとって、仲間と決めたネプギアを助ける事は特別な事ではなくなっていた。それは、以前自分がそうしてもらったから。四条優一と組んで仕事をしていた時に、助け合う事の重要性を学んでいたからこそ、ユニの態度からはどこか棘が抜けていたと言う訳であった。だから今のユニからは、ネプギアが以前に感じた刺々しさが抜けており、その変化がネプギアにとって嬉しくて仕方が無かった。

 

「……ってアンタ、何笑ってるのよ」

「えへへ、だって、ユニちゃんが助けてくれたんだもん。あのユニちゃんと肩を並べていられると思うと、嬉しくて仕方ないんだ」

 

 自分を見詰める視線に気づいたユニは、視線だけをキラーマシンに定めたまま聞いていた。ネプギアの浮かべる笑みが、何処か四条優一の浮かべるものと同種のように思えたから。

 

「ちょ、アイツみたいなこと言わないでよ!?」

「アイツ? ……あ、四条さんの事?」

「そうよ! まったく、アタシの周りに居る奴はどうしてこうお節介なのか」

 

 屈託なく笑うネプギアに毒気を抜かれたユニはそう吐き捨てる。別に彼女はネプギアの事を嫌っているわけでは無い。その素直になれない性格ゆえ、純粋な厚意を前にすると、自分の感情をうまく表現できず、素直になれないと言うだけの事であった。

 

「でも、厄介な敵ね。ネプギアのMPBLでも通用しないのなら、アタシのXMBも通用しない可能性もある」

「そうだね。前みたいに四条さんがいて補助魔法を掛けてくれたらいけるかもしれないけど、今のままじゃ通用しないかも」

 

 敵を見据えたまま考えるユニの言葉にネプギアも同意する。攻撃力と言う点では、二人にそれほど大きな差は無かった。以前ぶつかり合った時、お互いの力をある程度把握していたからだ。だからこそ二人には解った。普通の手段で戦ったとしても、キラーマシンには通用しない。

 

「居ない人間の事を考えても仕方が無いわよ。それより今は、現状でコイツをどうするかよ」

「そう、だよね。幸いMPBLも全く効いていないわけじゃないし。ジリ貧だけど、二人なら押し切れるかもしれないよ」

 

 結局二人して打開策が浮かばず、効果は薄いが物理攻撃で押し切る事にする。後方に居るアイエフの魔法を用いれば有効なダメージを与えられるかもしれないが、その為にはキラーマシンの間合いに入る必要があった。二人のような女神候補生ならばいざ知らず、人間のアイエフがキラーマシンの攻撃を受けたらひとたまりもない。そんな命の危険を冒す方法など、二人の女神候補生はとろうとは思わなかった。

 

「そうだけど、もう少しスマートに勝ちたいわね。こんな時、お姉ちゃんやユウならどう戦うんだろ。……っと、駄目よユニ。こんな後ろ向きじゃ、何時まで経っても成長できない!」

 

 とはいえ、自分たちの取った案が良案でない事は、実行しなくとも解る。こんな時、自分の尊敬する姉や、自分を支えてくれた友達ならばどうするだろうか。そんな事を考えたところで、ユニは軽く首を振る。また、頼ろうとしていた。それではダメだ、ユニは自分にそう言い聞かせる。それでは、何時まで経っても強くなれないから。

 

「ユウなら……そっか、それにお姉ちゃんなら」

「どうしたのユニちゃん?」

 

 不意に、ユニが声を上げた。ネプギアがユニを見詰めた。何かを考え込んでいたユニの表情は消え、ネプギアの知る、自身の満ちた表情をしていた。

 

「良い事思いついたの。少しだけ持ちこたえて」

「……え、あ、うん!」

 

 不思議そうに頷くネプギアにキラーマシンを任せ、XMBにシェアの力を収束する。

 

「なんだか解らないけど、ユニちゃんが言うなら止めて見せなきゃ! ミラージュダンス!!」

 

 ユニには何か考えがあるのだろう。そう思ったネプギアは、ユニが何かをできるように時間を稼ぐために白き銃剣を振るう。大きな効果は期待できないが、まったく効果が無い訳ではなかった。間を置かず斬り続ける事で、脅威と認識したキラーマシンはネプギアに狙いを定める。

 

「相手が機械なら、物理攻撃より魔法が効くかもしれない。けど、アタシはそこまで強い魔法は使えない。だったら――」

 

 ユニの頭によぎったのは三つの姿だった。一つは彼女の姉が用いる魔法剣。剣と魔法の融合だった。そして、もう一つは紫電。四条優一の操る雷の魔法。そして最後に、剣を読み取り構築する能力。その三つからヒントを得ていた。

 

「二つ合わせればいい。一つで足りないなら、二つで強くなれば良いの。アイツが言ってくれたみたいに……!」

 

 女神の持つ武器は、シェアで構成されていた。それはXMBの弾丸も例外では無い。シェアとは人間たちの信仰の力であり、決まった形を持つモノでは無かった。そんなものをユニを含める女神達は武器として構築し、用いていた。ならば、ある程度の融通は利くはずである。

 

「――できた! これが新しい力、エレメンタルバレット!」

 

 そう考えたユニは、シェアで構築された弾丸を、四条優一が剣を再構築する様に、作り直す事に成功していた。それは雷の力を秘めた弾丸。ユニが見た雷魔法、紫電の力を宿した弾丸であった。

 

「ネプギア、離れて!」

「うん、ユニちゃん!」

 

 キラーマシンと戦っていたネプギアが、ユニの言葉に即座に離脱する。直後に、ズドンと重厚な音が数発鳴り響いた。キラーマシンに直撃した弾丸が秘められた魔法の力を解き放つ。

 

「ギギ、ギッ!?」

 

 エレメンタルバレット。魔法の力を秘めた弾丸であった。それに直撃した瞬間、キラーマシンの全身を紫電が駆け抜ける。そしてキラーマシンから、断末魔の様な声が上がり地に墜ちると、全身から煙を上げ沈黙した。

 

「……良かった」

 

 自身の作り出した新たな力が強敵を打倒する事が出来た事に、ユニは安堵する。元来ユニは精神的に強くはない。だから、失敗したらどうしようと言うプレッシャーに呑まれかけていたのである。その為成功したことに安堵したと言う訳であった。

 

「やったよ、ユニちゃん!?」

「わぷっ、ちょ、ネプギア、いきなり何すんのよ!?」

 

 そんなユニにネプギアは抱き着いてくる。いきなりの事に焦るユニ。

 

「だって、あんなに強かった敵が簡単に倒せたんだよ! 凄いよ!」

「と、当然だわ。アタシなら……ううん、アタシたち二人なら、当然の結果なんだから」

 

 ネプギアの笑顔を見ると、ユニは自然とそう言う事が出来ていた。仲間と一緒って言うのはやっぱり心強いし、暖かい。ユニは喜ぶネプギアを宥めながら、そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

「異界の魂、か」

 

 ――月光聖の祈り

 抱きかかえたノワールの治療を施しながら、マジックの言葉を思い起こす。強くなれ。そう言い残し、マジックは消えた。倒そうと思えばぼくたちを倒す事も出来たのに、それだけ言うと帰って行った。見逃されたと言う事だった。

 それについて不思議に思うけど、それ以上に困った事になっていた。ノワールに僕が異界の魂であることを知られてしまった。できれば知られたくは無い事だったのだけど、知られてしまった以上は隠す事が出来るとは思えなかった。どうしたものだろうか。幾分か安らいだ表情のノワールを背負い、そんな事を考える。

 

「女神に犯罪組織、そして魔剣か。まったく、次から次へと考える事が多くて嫌になるよ」

 

 ノワールの暖かさを背に感じながら、溜息を吐く。女神にブレイブの勧誘、命を奉げる事で強くなる魔剣。この短期間で様々な事を詰め込まれていた。どれも真剣に考えなくてはいけないと思う。

 

「何を選ぶのが正解なのかな……」

 

 異界の魂として、女神の脅威を排除したとすれば、僕は間違いなく死ぬ。だからと言って、犯罪組織に入ればユニ君やノワールを初めとする女神たちと戦う事になる。それは、できる事ならしたくない事だった。友達に刃を向けると言う事は、僕はしたくは無いから。それに、この世界を壊したい訳でも無い。なんだかんだ言って、一度死んでいた僕の心を癒してくれたのはこの世界だから。だから、女神たちを本気で恨むと言う事もできそうになかった。

 ならば、老人の言っていた魔剣と言う選択肢もある。命を奉げる事で強くなる魔剣。ソレを僕が用いれば、未来を変える事すらも可能かもしれないと老人は言っていた。本当の事ならば、是が非でも選ぶところなのだろうけども、どこか、嫌な予感がした。何がどうとは言えないけれど、それは選んではいけない気がする。敢えて言うならば、第六感的なモノの警告。なにより、命を奉げる剣だった。そもそも今の僕に命と言うモノはあるのだろうか。それだって定かでは無い。

 いったいどの道を選ぶのが正解なのか。老人が言ったように、悔いが残らない未来はどうすれば手に入れる事が出来るのか。既に一つの答えが見えている問を考え続ける。

 

「ん、あ……」

 

 どうすればいいのか。そんな事を考えていると、背中の方から随分と可愛らしい声が聞こえた。どうやら背負っていた女神さまが目覚めたようである。背中から心地の良い重みを感じつつ頭を振る。考えても正解の出ない問をしていた。気持ちの切り替えが必要だった。

 

「ここは……」

「起きたようだね、ノワール」

「……え? ユウ?」

「そうだよ」

 

 僕の言葉にぼんやりと零すノワールに安堵の笑みが浮かぶ。ノワールは本調子が無いのにも拘らず、僕を助けるためにマジックに挑みかかっていた。四人で戦っても勝てなかった相手なのにも拘らず。それなのにただ一人で立ち向かってくれていた。それが嬉しくない筈が無い。そんなノワールが無事だったことに安心していた。

 

「私、どうなって……」

「マジックに負けたよ。それで、見逃されたんだ」

「あ……、そっか、あの時マジックに立ち向かってそれで……っ!?」

 

 少しずつ思い出すようにノワールが言葉を紡いでいると、不意に痛みが走ったのか、小さな悲鳴を上げる。

 

「大丈夫?」

「わ、私は大丈夫。……打ち身が酷いだけみたいだから」

「そっか」

 

 その場でノワールを下ろそうとしたところで、止められる。魔法では癒しきれなかった処があったのかと思ったけど、どうやらそうでは無い様だ。ノワールには悪いけど、少し安心した。友達の怪我が大したモノじゃなかったから。

 

「ごめんね。あんなに大見得切ったのに、貴方の事守れなかった……」

 

 そのまま歩いていると、ノワールを背負っていた為、首元に回されていた彼女の手に少しだけ力が籠められる。肩越しだけど、ノワールが震えているのが解った。

 

「気にしていないよ。そんな事よりノワールが無事でよかった」

 

 それでも僕にとって、友達が生きていてくれた事に比べれば些細な事だった。

 

「私が気にするのよ! どうしてあなたはそんなに優しいのよ……。私達をもっと恨んでくれていいのに、恨まないといけない筈なのに!」

 

 ギュッと僕の首元に回した腕に力を籠め、ノワールが嗚咽を上げ始める。行き成りの事に、その場に立ち止まってしまった。

 

「っ、貴方を斬った時だってそう。貴方は私の妹を助けてくれただけなのにっ、私はそんなあなたに襲い掛かった。……、恨まれても文句を言えない事をしたのに、貴方は許してくれた!」

 

 回された弱弱しい腕の感触だけが、ノワールの後悔の深さを伝えている。泣きじゃくるノワールに、何も言ってあげる事が出来ない。

 

「今回だって守ると言っておきながら、反対に守ってもらった。ユウがピンチになったのに、私は最後の最後にやっと助け出す事しかできなかった。」

 

 マジックにとらえられたときの事を思い出す。ノワールは必死に僕を助けてくれた。その気持ちだけで充分だった。

 

「なにより、私は貴方をこの世界に呼び出した張本人なのに……、関係の無い世界に無理やり呼び出して戦わせてしまったのに……、なんでそんなに優しくしてくれるのよ! なんで、自分の事を蔑にしてそんなに優しくできるのよ……」

 

 ノワールはしゃくりを上げる。異界の魂の事を知られてしまっていた。彼女が僕を呼び出した張本人である。確かに恨む気持ちが無い訳では無い。だけど、

 

「好きだからだよ」

「――え?」

 

 僕はこの世界が好きだったから。異界の魂召喚で失ったものは大きい。元の世界での絆だったり、財産、何より未来を失っていた。だけど、この世界に来たおかげで僕は生き返る事が出来た。体は死んだけど、心は生き返る事が出来た。それは、女神が僕をこの世界に呼び出したおかげだからだった。この世界に来て、色々なモノも与えられた。気付けば、僕はこの世界が好きになっていた。だから、本気で恨む事は出来なかった。

 

「まだまだ僕が知っている事なんか少ないけど、僕はこの世界が好きになっちゃったから。だから、この世界に来たことを全てを否定はしないよ。確かに嫌な事はあったけど、それ以上に良い事もあった」

 

 他にも、ノワールには言う事はしないけど、見える事の無い目が見えた。動くはずの無い足が動いた。死んでいた心がもう一度生きる事を肯定した。それは、異界の魂として召喚されたから。

 

「……良い事?」

「そうだよ。ユニ君をはじめとするラステイションの人たちに出会えた。ネプギアさんたち女神助ける事を目的とする人たちにも出会った。僕の世界とは異なる世界で生きている人たちに出会えた。なにより」

 

 そこまで言い、一度言葉をきった。流石の僕も、正面切って言うのは少しばかり気恥ずかしかったから。だけど、泣いている友達が泣き止むためなら、我慢できない恥ずかしさでもない。

 

「ノワールとも友達になれたからね」

「わ、わたしも……?」 

 

 ノワールの驚いたような声が聞こえた。ソレを意図的に無視して話を続ける。だって、気恥ずかしいから。

 

「色々なモノも与えられたから、悪い事じゃなかったと思えるからね。だから、僕はこの世界が好きなんだよ。そう思えるから、僕はこの世界の事を、友達であるノワールの事も大事にできるんだと思う」

 

 一息に言っていた。偽りない僕の本心。ソレをノワールには伝えていた。

 

「やっぱり、優しいわよ……」

 

 僕の言葉を最後まで聞いたノワールは、ぽつりと呟いた。

 

「そうかな」

「そうよ。私の友達は、馬鹿みたいに優しいのよ……」

 

 もう一度、首元に回された手に力が籠められる。先程と同じ動作だけど、声音が驚くほど違っていた。先程までは泣きじゃくっていたが、今はどこか嬉しそうな響きが宿っていた。

 

「今は私の顔を見ちゃダメだからね」

「この態勢じゃ見れない」

「それでも、よ。……ありがとう、ユウ。私たちの選んだのが、そして私の友達になってくれたのが貴方で本当に良かった」

「どういたしまして」

 

 短く返事をし、ノワールを背負ったまま歩を進める。お互い言葉は無かったけど、気まずいものでは無かった。ノワールには異界の魂であることを知られてしまったけど、だからこそ本当の友達に近付けた。そんな気がした。

 

 


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