異界の魂   作:副隊長

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24話 紅の女神

「嘘、異界の魂……、ですって?」

 

 マジックの言葉を聞いたノワールが、信じられないものを見るような目で僕の事を見詰めていた。その様子から、本当にノワールが異界の魂を召喚する儀式を行ったのだと言う事が解ってしまった。それ自体はイストワールさんやクロワール、ケイさんの言葉などからも解ってはいたのだけれども、実際に彼女の様子を見て知るのとでは、重みが違う。

 

「……それで貴女は僕に何の用なのかな?」

 

 それでも、ノワールに何かを言おうとは思わなかった。この世界に呼ばれた事に関しては、確かに思うところはある。だけど、何も悪い事ばかりでもない。既に自分の中では決着が着いている事だった。だから、そのままマジックを見据えたまま、手に持つSOCを構えその刀身に自分の魔力を浸透させていく。相手はあのマジック・ザ・ハードだ。少しの油断もできるはずがない。

 

「その力。やはりただの人間の持つモノでは無いな。対峙するだけで異質な力を感じる。女神とも人間とも異なる力」

「確かにそうなのかもしれないね。だけど、貴女はそんな事を言いに来たわけじゃない」

 

 そう言い僕を見るマジックの眼には好奇心の様な色が宿っていた。どう言う心算なのかは解らないけど、まさかそれだけ言いに来たと言う訳は無いと思う。ならば、何が目的なのだろう。

 

「そうだな。以前にも見たが、その力をもう一度確かめに来た、とでも言っておこうか。四条優一、抗って見せろ」

「どうせロクな事では無いと思ったけど、予想以上だよ」

 

 言うや否や、紅の女神はその手に持つ大きな鎌を振りかぶり肉薄する。以前戦う事になった時も凄まじい速さだったけれど、その時以上に思える。命を刈り取ろうと軌跡を描く紅を見据える。

 

「っ、ユウ! そいつと戦っちゃダメ! 私が行くまで持ちこたえて……、くぅ!? この、邪魔よっ!!」

 

 背後からノワールの切羽詰まった声が聞こえてくる。自分も無理やり変身を解除され、機械の兵に囲まれていると言うのにも拘らず、僕の事を心配してくれている。何とか囲みを突破し、僕の下へ来ようとしていた。

 

「貰うぞ」

「ユウ!? ダメェ!!」

 

 二人の女神の声が聞こえた。一つは冷酷な響き。僕を殺すために刃を振り抜いていた。

 もう一つは、悲痛な叫び。女神が四人がかりでも勝てなかった相手に命を狙われている。紅の女神の力を身を持っているノワールには、この後どういう展開が起こるのか、最悪の予想がついていたのだろう。ただ、ノワールの叫び声だけが響き渡る。だが、

 

「それはこっちの台詞だよ」

 

 紅の女神の刃は空を切る。迫り来る刃を見据えていた。首を刈り取る為に振り抜かれた軌跡。ソレを、両の手に持つ再現した大剣、SOCの柄で救い上げる形で往なしていた。そのまま紅の軌跡をやり過ごし、同時に振り上げた手を振りろす。

 

 ――霞三段

 

「――え?」

「っ!? ほう、加減をしたと言う訳では無かったのだがな。まさかこうも容易くいなされるとはな……」

 

 

 刃をやり過ごした直後に出来た間隙を突き、SOCを振るったにも拘らずマジックは涼しい顔をして此方の攻撃を受け止めていた。何と言う事は無い。僕が剣の柄を使い往なしたように、マジックも大鎌の長い柄を用い、僕の攻撃を凌いだと言う事だった。一連の攻防の最中、ノワールの声だけが響き渡る。

 

「この間の時とは違うよ。貴方が相手でも、そう簡単に負ける気は無い!」

 

 膠着している場を動かすため、SOCを力任せに振り抜く。力に抗う事無く後退するマジックをそのまま追いすがり、刀身に纏わせていた魔力を開放する。

 

 ――フレア・ブレイク

 

 それは、炎を魔力を宿した斬撃。この剣の持ち主が得意とする魔法剣の一つであった。異界の魂として召喚された際に覚醒した魔力を惜しむ事無く解放し、瞬間的に斬撃を爆発させる。

 後方に飛び退っていたマジックは一瞬だけ驚いたように目を見開くが、炎を纏った斬撃を大鎌で受け止めた。

 

「……っ」

 

 瞬間、刃と刃がぶつかり合った場所を起点に、魔力による衝撃が巻き起こる。斬撃からの、爆撃。僕の剣を真正面から受け止めたマジックに向かい、炸裂していた。直撃したマジックは、衝撃に耐える事が出来なかったのか吹き飛んで行く。

 

「嘘……、あの赤いのに手傷を負わせた?」

 

 機械兵士と戦いながらも、此方を気にしているノワールが驚いたような声を上げる。

 

「少し、効いたぞ」

 

 とは言え、一撃を入れたが、それ程距離が取れた訳では無かった。瞬時にプロセッサユニットを展開し、空中で衝撃を殺したマジックが肉薄する。再び迫り来る大鎌に、振り抜いていた刃を滑り込ませ、受け止める。

 

「アレで、少しなんだね。まったくどういう強さをしているのか」

 

 相変わらず規格外の強さに、皮肉交じりに零す。以前戦った時も相当強かったが、今はそれ以上に感じる。なにより、未だ底が見えなかった。そんな相手と一人でしのぎを削っていた。愚痴の一つも零したくなる。

 

「誇ると良い。私に手傷を負わせたのは、お前が初めてだ」

 

 頬に、その特徴的な紅と同じ、紅い線を一筋引いたマジックが、ほんの少しだけ面白そうに告げる。ほんの僅かに覗いていた好奇心が、更に強くなった。そんな気がする。ぞくり、っといやな感覚が背筋を走る。

 

「幾ら敵とは言え、女性にけがをさせた事を誇るのはどうかと思うけどね」

 

 そんな感覚を拭い去る為に、さらなる皮肉を返す。

 

「……なに?」

 

 一瞬、マジックが考え込む。至近距離で睨み合う。

 

「……そうか、確かに私は女だ。そうか、くく、ふはははは!!」

 

 そして何かの結論に至ったのか、マジックは心底愉快だと言わんばかりに笑みを零す。

 

「何が可笑しいのかな?」

 

 そんなマジックの様子が理解できず、気付けば聞いていた。

 

「ふ、少しばかり面白い事を思い付いただけだ。やれ、お前たち」

 

 そう言うや、マジックは更なる機械兵を呼び出し、ノワールの下へと送り込む。

 

「な、まだ出るの!?」

 

 変身を解除させられ、数のに物を言わせ徐々に追い詰められていたノワールが悲鳴を上げる。ただでさえ、エレメントドラゴンとの戦いで消耗していた。戦い自体は圧勝に終わったが、それでも消費した魔力やシェアは馬鹿にならなかったと思う。ただでさえ本調子でないノワールは、予想外の連戦に思った以上に消耗しているようであった。

 

「このっ、数が多すぎる。いい加減にしなさい!」

「ノワール、魔法剣!」

 

 ――天魔・轟雷

 

 そんなノワールの様子を見たら、助けないわけにはいかない。瞬時に魔力を収束し、魔の雷を解き放つ。紫電が網のように広がり、ノワールを追い詰めていた機械兵達に襲い掛かった。その身に紫電を受けた機械兵たちは、黒煙を上げ、機能を停止する。

 

「これなら……サンダーエッジ! 助かった……、って危ない!」

「お前ならば、仲間を助けようとするだろうな」

 

 マジックと至近距離で戦っていた。そんな状態でノワールの援護をすれば、当然隙が出来る。マジックがその間隙を突くのも当然だった。

 

「解っているよ」

 

 だけど、それぐらいは僕でも予想が出来る。だから、三度振り抜かれた刃が降り抜かれる場所を予測し迎撃した。

 

「え?」

 

 だけど、僕が予想した衝撃が来る事は無かった。軽すぎる手応えが両手に残っただけであった。僕が振り抜いた刃は、マジックが大鎌から手を離した事により、軽すぎる手応えに止まる事もできずに、弧を描いていた。そして間を外したマジックが僕の懐に入り込む。

 

「ユウ!?」

 

 ノワールの悲鳴。不味い。マジックほどの敵に晒してしまった、致命的な隙にそう思う。だけど、思うだけでどうしようもできない。マジックの腕が僕の顔に伸びる。ソレをただ見つめていた。

 

「貰うぞ、四条優一」

 

 至近距離でマジックは妖艶に嗤い、告げる。命のやり取りをしていると言うのに、それは余りに不釣り合いな表情に思えた。動く事も出来ずに、呆然と見つめていた。

 

「――え、なぁ!?」

 

 そのまま、マジックの両手が僕の首にかかり、しな垂れかかってくる。あまりに予想外な行動に、完全に虚を突かれていた。そのままの状態で、マジックのプロセッサユニットが全力で稼働する。抗う事も出来ず、その場に押し倒されていた。

 

「ぐっ」

 

 もろに背中から地に倒れたため、衝撃でSOCを取りこぼす。纏っていた魔力が霧散し、長釣丸の姿に戻ったのが感じ取れた。

 

「ふふ、捕えたぞ四条優一」

「なにを言って……」

 

 僕の首をがっちりと両腕で抱く様に拘束し、マジックは先ほどと同じ、妖艶な笑みを浮かべ告げる。何とか抜け出そうともがくが、完全に捕えられ、抜け出す事が出来そうになかった。そして、

 

「では、貰おうか」

「――んんっ!?」

 

 視界一面に、マジックの端正な顔が広がった。唇に暖かいものが押し付けられる。一瞬、何をされているのかが理解できなかった。マジックの行っている行為が理解できず、呆然と見つめる。

 

「な、な、な、なぁ!?」

 

 ノワールの驚きが遠く感じた。僕の体に覆いかぶさるように、心地の良い重みがもたれ掛かり、女性特有の柔らかさが全身を包み込む。

 

「ななな、何してるのよ!?」

「ん、んんっ!?」

 

 二度目のノワールの叫びに我に返った。口の中に暖かいものが入り込んできている。キス、されていた。僕の体をがっちりと掴み押し倒したままの体制で、マジックは貪る様に舌を絡ませてくる。何とか抜け出そうと抵抗するも、プロセッサユニットを使い抑え込まれている所為もあり、びくともしない。

 

「これが口付け、か。成程、悪くは無い」

 

 一度マジックは口を離し、何かに納得したように呟く。

 

「いきなり、何を……」

 

 訳が分からなかった。何故僕はマジックに組み伏せられているのか。思考が追い付かない。

 

「存外気に入った。もう少しさせて貰うぞ」

「答えになって……」

 

 それ以上言う事が出来ない。再び押し付けられた唇から舌が入り込んでき、悩まし気に絡みついて来る。そのままマジックは気の向くままに、唇を重ねて来た。それに抵抗できず、なされるままにされる。

 

「あああああ!」

 

 どれぐらいそうされていただろうか、一瞬にも数時間にも感じるが、突如上がったノワールの叫び声に意識が現実に戻される。

 

「はぁはぁ……マジック・ザ・ハード!」

 

 漸くすべての機械兵を倒したのだろうか、ノワールがマジックに向かい襲い掛かろうと距離を詰めているところだった。

 

「ん……、この位で良いか」

 

 そんなノワールを横目で見ながら、マジックは零した。不意に全身を包んでいた重みが無くなり、拘束が解除される。気付けば、覆いかぶさっていたマジックが、ノワールを迎撃する為に立ち上がっていた。

 

「貴女はここで死になさい!」

「貴様では無理だな」

 

 そして、何事も無かったかのようにノワールの刃を受け止める。刃と刃がぶつかり合う音が鳴り響き、魔力と魔力がぶつかり合う。その様を呆然と見つめていた。やがて、

 

「きゃあ!?」

「ノワール!?」

 

 しのぎあいに負けたノワールが吹き飛ばされてくる。全身に傷を作りながらこちらに向かって飛んできたノワールを咄嗟に受け止めていた。

 

「う、ぁ、ユウ……。ごめんね。友達なのに、守れなかった……」

 

 目を開いたノワールが、途切れ途切れに言う。何も言い返す事がでず、ただノワールの手を握る事しかできなかった。やがて限界を迎えたのか、ノワールは意識を手放した。

 

「……マジック。貴女は何の心算なのかな?」 

「ふ、ただ欲しくなっただけだ。異界の魂が、四条優一がな」

 

 長釣丸を手にし、もう一度SOCを構築する。先程よりも、強く正確に。そうで無ければ、目の前に居る赤の女神は倒せそうになかったから。

 

「欲しくなった?」

「私を傷付けたただ一人の人間。そんなお前が欲しくなった」

「そう」

 

 再構築していたSOCを再び解き放った。異界の魂が持つ大剣。その蒼き刀身に夥しい魔力を迸らせ、その力を示していた。先程のものよりも遥かに高い再現率。今手にしているSOCは確かに強くなっていた。

 

「気持ちは嬉しいけど、君はノワールを傷付けた。なら、僕の敵だよ」

「ふ、そうだな」

 

 SOCを構え告げる。先程よりも強い力を示していたが、その程度ではマジックの表情が変わる事は無い。淡々と此方を見詰めていた。

 

「今日はこの辺りでいいだろう」

 

 構えなおし、踏み込もうとしたところでマジックは言った。黙って耳を傾ける。確かに先程よりは強くなっていたが、それでもマジックに勝てると言う確信は無かったから。

 

「四条優一。今よりも強くなれ。そうすれば……」

 

 そう呟き、マジックは消えていった。マジックが何の心算であんな事をしたのか。マジックが消えた後も、そんな事を考えていた。

 

 

 


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