異界の魂   作:副隊長

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23話 予期せぬ出来事

「アレが今回の標的、エレメントドラゴンよ」

 

 国道を進んで行き、討伐の依頼を受けた標的であるエレメントドラゴンを視界に入れた時、ノワールが言った。

 彼女の言葉を聞くまでも無く、依頼の相手だと言う事は直ぐに解った。単純に大きかったから。現在地はミッドガルドの街中から遠く外れ、山道の中に大きく作られた国道沿いに居るのだが、巨大なドラゴンが居座っている。それなりに距離はあるのだけど、それでもはっきりと解るぐらいには大きい。高さだけでも10mぐらいはあるのかもしれない。両足を地につけその場に佇んでいるため全長は解らないけど、その背にある大きな翼を広げたらどれだけの大きさになるのだろうか。確かにこんなのが相手では、防衛隊どころか人間には荷が重いと思う。僕だって、異界の魂としての力が無ければ、戦えと言われても途方に暮れてしまう。

 

「解っていた事だけど、大きいね」

「そうね。ドラゴンだもの。……やっぱり怖い?」

 

 エレメントドラゴンを見て感じた素直な感想に、ノワールが気遣うように言った。女の子に心配されると言うのは少しばかり情けない気もするけど、彼女は女神さまだ。力こそあるけど、僕を普通の人間だと思っている為、純粋に心配してくれているのが声音からも感じられる。その優しさは素直に有りがたく思う。

 

「アレと戦うのが怖くないっていう人間は珍しいんじゃないかな。僕だって、少しぐらいは怖いよ」

 

 戦うのが怖くないわけでは無い。既に自分が死んでいるとは言え、この世界に居る間は仮初の肉体がある。限りなく人間に近いけど、決して人間では有り得ない身体。痛みや熱を感じる事が出来るけど、何があっても死ぬ事は無いと言う規格外の器であった。そんなものを持っている事が良い事なのか悪い事なのか。戦うと言う点から見たら良い事なのかもしれないけど、素直に喜ぶことはできそうにない。それは、何度だって痛みを感じると言う事なのだ。だから、死ぬと言う恐怖は一切ないけど、痛みを受ける恐怖ならば僕にもある。それは、異常な事なのだろう。

 

「そうよね。でも、大丈夫。貴方は私が守るから。初めて出来た友達に良いところを見せておかなきゃいけないから」

 

 そんな僕を見て、ノワールは励ますように言った。きっと、僕がどう怖いのかは解っていないだろうけど、それでもその気遣いは嬉しく思う。アヴニールで対峙した時にその強さも身をもって実感しているし、ノワールの存在は心強い。

 

「僕なら大丈夫だよ。ノワールが強いのは良く知っているけど、女の子に一方的に守られるって言うのは少しばかり情けないからね。君が僕を守ってくれるのなら、僕だって君の事を守ってみせるよ」

 

 とは言え、僕だってただ守られる心算は無かった。

 この身には異界の魂召喚の儀式によって得た力が宿っている。人間離れした身体能力と剣を読み取り再現する能力。それを得ていた。召喚により世界を超える過程で引き揚げられた身体能力に、数多の剣士たちから力を借りる事で、僕の剣技は成立する。自分には無理でも、先人たちの力を借りる事で、常人以上に、ソレこそ化け物と思えるまでに戦う事が出来る。

 そして、眠っていた魔力の覚醒だった。剣技や身体能力と同じく、召喚がきっかけで眠っていた魔力が解放されていた。その効果は身を以て体感している。尋常では成らざる効果を発揮していた。

 僕が得た全ての力を使えば、ノワールを守る事だってできない事は無い。ならば、男としては女の子に守られるだけなんて言う事はしたくは無い。例えそれが女神様であったとしても。

 

「あぅ……。だ、大丈夫よ。私は女神なんだから。モンスターの対処には慣れてるから、気にしないで良いわ」

 

 恥ずかしそうに目を反らしながらノワールは呟いた。ケイさんが言うには、ノワールは殆ど一人だけで仕事をしていた為、こう言う事を言われ慣れていないのかもしれない。

 

「女神さまだけど、女の子でもあるよね。それに僕は以前言ったよね、ノワールの事を特別扱いしないし出来ないって。僕にとって君は、友達の女の子でしかないからね。だから、女神だって言う事もノワールを守らない理由にはならないよ」

 

 確かにノワールは女神である。人などより遥かに強いだろう。だけど、僕はそんな彼女を、この世界の女神たちの脅威を排除するために呼ばれた存在だった。なら、そんな僕が女神とは言え、女の子にただ守られていると言うのは少しばかり恥ずかしい。なにより、友達だけ危険な目に合わせると言う事はしたくなかった。

 

「……友達の女の子でしかない?」 

 

 そんな僕の言葉にノワールは驚いたように目を見開いた。きっと、肩を並べて戦える人なんて同じ女神ぐらいしかいなかったのだろう。

 

「そうだよ。だから、少しぐらい格好つけさせてほしいな。流石にノワールに守られるだけって言うのは、格好がつかないよ」

「……うん」

 

 苦笑しながら告げる僕に、ノワールは素直に頷く。先程もあったけど、ノワールは友達と言う言葉を聞き、少しばかり考え込んでいた。やはり彼女にとって、友達と言うのは僕が思っている以上に重要な言葉なのだろう。急に素直になったノワールを見ていると、何となくわかってきた。

 

「なら、協力させてもらうよ」

「うん。友達だから、よろしくお願いね。私が貴方を守るから、その……背中は頼むわよ」

 

 それでも流石に守ってとは恥ずかしくて言えなかったのか、恥ずかしそうに頬を染め、でもどこか嬉しそうに、ノワールははにかみながら言った。

 

「承りました、女神さま」

「もう、女神と思わないんじゃなかったの?」

 

 自分で言っておいてなんだけど、少しばかり恥ずかしくなっておどけた様にそう言うと、ノワールは小さく吹き出しながらそんな文句を言う。勿論本気で言っているわけでは無い。

 

「ん、そうだよ。それじゃ、やろうかノワール」

「ええ、行きましょう。――アクセス!」

 

 ある程度落ち着いたところで、敵を見据えた。傍らに立つノワールから暖かな力を感じた。ユニ君が変身する時と同じく、宣言をすると、ノワールが光に包まれる。

 

「女神ブラックハート、見参よ!」

 

 そして、ノワールの女神としての姿、女神ブラックハートが降臨する。

 

「さあ行くわよ、ユウ!」

「ちょっと待って」

「のわ、な、なによ?」

 

 そのままシェアによって構築された剣を構え、一気に距離を詰めようとしたノワールを制止する。プロセッサユニットを展開し一気にトップスピードに移ろうとしていたのか、少しばかり前につんのめる形になるけど、ノワールは何とか踏み止まった。少しばかり悪い事をしてしまった。

 

「ああ、ごめんね。その前に失礼」

「ちょ、ユウ! ま、待ちなさい! いくら友達だって、いきなりそんな事……っ!?」

 

 長釣丸を右手に持ち、左手をノワールに翳して魔力を込める。至近距離で手を伸ばした所為か、何やら変な勘違いをしているけど、ややこしくなりそうなので無視して自分のやりたい事を施す。短く言の葉を紡ぎ、収束させた魔力を解き放つ。

 

 ――エクス・コマンド

 

 それは身体能力を底上げする魔法。先程も言ったけど、幾ら女神とは言え女の子であることには変わりがない。魔法を掛ける事で少しでも戦いを楽にできるなら、施さない理由は無い。誰だって友達が傷付くより、傷付かない方が良いにきまっている。

 

「そう言う事はもっとお互い仲良くなってから……」

「……君は何の話をしているのかな?」

 

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに首をふる女神さまを見て、思わず言ってしまった。

 

「へ?」

 

 呆れたように言うと、ノワールは呆けた様な顔を見せてくれた。苦笑が浮かぶ。それにしても面白い子だ。

 

「とりあえず補助魔法掛けたよ。効いてるかな?」

「え、あ、うん。って、凄い! 体がいつも以上に軽いわよ。これなら何でもできそう。それに、何か暖かい感じがする……」

 

 手にする黒き剣を何度か振ると、ノワールは興奮したように零す。

 

「さて、今度こそ行こうか」

 

 ――エクス・コマンド

 ――ファイン・コマンド

 ――パワー・エクステンション

 ――ガード・エクステンション

 

 そんなノワールを見ながら、自身には立て続けに魔法を施す。四つの補助魔法の重ね掛け。本来ならばこのような使い方をしては体に負担が掛かる為、ノワールには一つしか施さなかった。だけど僕の場合はその心配をする必要は無くなっている。仮初の体であるため、身体にかかる負担と言うモノを気にしなくても良かったから。だから、自分には四種類もの魔法を躊躇なく施す事が出来たと言う事だ。

 

「ええ。私たちの力、見せつけてやりましょう!」

 

 今度こそノワールの傍らに立つ。そして二人で敵を見据え、一気に距離を詰めた。

 

 

 

 

「一気に仕掛けるわ!」

 

 並走していたノワールがそう宣言すると、更に速度を上げ前に出た。そのまま高度を少し上にあげ、一気にエレメントドラゴンの頭部へと迫る。

 

「なら、先制は任せて貰うよ」

 

 ノワールが飛び上がったことで、エレメントドラゴンへの道が一気に開ける。長釣丸を右手でしっかりと構え、左手に魔力を集中させ言葉を紡ぐ。左手にバチバチっと紫電が迸り、魔力が強くうねりを上げたところで一気に解き放つ。

 

 ――天魔・轟雷

 

 前方を駆るノワールの下を紫電が迸り、幾重にも枝分かれした雷迅がエレメントドラゴンに襲い掛かる。直撃。エレメントドラゴンは咆哮とも取れる大きな叫び声あげ、此方に向き直った。その間合いの内に、既にノワールは到達していた。即座に両手で長釣丸を握り、刀身に魔力を込め風の力を纏う。

 

「やるじゃない。なら、私も続くわよ! サンダーエッジ!!」

 

 気付けば僕の放った雷撃を剣に纏わせていたノワールが、黒の剣に紫電を纏わせエレメントドラゴンの頭を一閃する。天魔・轟雷を利用した魔法剣。あの一瞬で雷を纏い魔法剣を形成した事に思わず感嘆を零す。これまで色々と残念な姿を見て来たけど、やはりノワールはユニ君の目標だけあって、尋常では無い。流石は女神と言ったところだった。

 

「なら、追撃をさせて貰うよ」

 

 

 ノワールがエレメントドラゴンを切り裂くも、倒すには至っていない。怒り狂ったような咆哮を上げると、その手でノワールを引き裂こうと大きく振り上げた。竜族の爪牙をまともに受ければ女神と言えども無事に済むとは思えない。

 両手に持つ長釣丸をぐるりと振りかぶり、風の魔力を纏った刀身を一気に振り抜く。

 

 ――ソニック・グレイブ

 

 魔力と剣技により風の刃を形成させ、襲い掛かる。黒の女神を引き裂こうと振り上げられた大きな腕を深く斬り裂いていた。予期せぬところからの攻撃に、悲鳴を上げ大きく仰け反る。

 

「一気に決めるわよ! ガンブレイズ!」

 

 炎を纏った黒の剣が唸りをあげる。その速すぎる斬撃にエレメントドラゴンが反応できないまま、頭部を切り上げられる。そのままノワールは勢いを殺す事無く飛び上がり、

 

「からの、ボルケーノダイブ!」

 

 十分な距離を駆けると一気に反転し、紅を纏った剣を振り下ろす。一撃必殺。その気迫が込められた振り下ろしをもろに受けたエレメントドラゴンはその場に膝をつき、倒れ伏した。

 

「ま、こんなものね。ふふ、言ったでしょ。何が来ても大丈夫だって」

「そうだね。確かにノワールは凄く強かったよ。これなら本当に僕なんかいなくても大丈夫だったんじゃないかな」

 

 倒れたエレメントドラゴンを背に、ふふんと胸を張るノワールを見てしみじみと思う。ケイさんは本調子では無いと言っていたけど、それでもノワールは十分に強かった。それこそ、態々僕が護衛をしなければいけないような事は無いと思う。

 

「え……。そ、そんな事ないわよ。貴方の援護があったから、ここまで簡単に勝てたのよ。言わば、二人で勝ったのよ」

 

 慌てたようにフォローを入れるノワール。別に謙遜する必要も無いところで妙に慌てる彼女が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。

 

「くく、君は謙虚なんだね」

「ちょ、何が可笑しいのよ!」

 

 不意に笑い出した僕に、ノワールは少しだけ怒ったようしながらこちらに向かってくる。

 

「いやいや、――ノワール!」

 

 そんなノワールにどう答えようかと思い一瞬だけ視線を外したところで、それが目に入った。視界の隅に映った紅。気付く事が出来たのは殆ど偶然だった。声を荒げる。

 

「――え?」

 

 そこには、倒れていたエレメントドラゴンが再び立ち上がっていた。その口元には、今にも吐き出されんばかりの大きな炎をが揺らめいている。

 

「っ、」

 

 ――S・O・C(ソード・オブ・カオス)

 

 それは、僕と同じ異界の魂の中でも最強と言われた剣士の剣。本来の長釣丸の持ち主の持つ武器の再現。それを瞬間的に構築し、ノワールとエレメントドラゴンの間に一気に踏み込む。そうしないと、どう考えてもノワールを助けられなかったから。

 そのまま踏み込み、吐き出される炎の息を、全力で斬り裂いていた。SOC。僕とは違う世界に召喚された異界の魂が持つ事になった剣。世界を滅ぼす力を持つ天魔の王。その力を制御しようと考えた賢者たちの作った剣であった。その剣を用いれば天魔の王の力を自由自在に操る事が可能であり、世界を滅ぼす事すらできたと言う。その剣を再現していた。再構築している為本来の力には遥かに及ばないが、一体のドラゴンの攻撃を凌ぐ程度ならば何の問題も無くできる代物であった。

 

「あ……」

 

 ノワールの呆けたような声が耳に届く。僕たちを焼き尽くそうとしていた炎が、二つに割れ、エレメントドラゴンすらも引き裂いていたから。

 だけど、そんなノワールに構っている暇は無かった。

 

「ノワール、逃げて」

「きゃ!? なにを――」

 

 傍らに居るノワールを、強化された身体能力を以て背後に投げ飛ばす。驚いたようなノワールの声が聞こえるけど、気にしている余裕は無かった。だって、

 

「ふ、やはり貴様が邪魔をするか四条優一」  

「マジック・ザ・ハード」

 

 その場に現れたのは、紅の女神だったから。大鎌を構え此方を無感動に見据える姿は、さながら死神を彷彿させる。

 

「な!? アンタは……っ」

 

 背後でノワールが息を呑む気配が伝わってきた。以前言っていたマジックの言葉が本当ならば、ノワール達が四人がかりでも倒せなかった相手だった。

 

「四条優一以外にも、死にぞこないが一人いるようだな」

「何ですって!?」

「本当の事だろう。成す術も無くやられ、自分では何もできなく、其処に居る人間に助け出された女神」

 

 マジックはノワールを一瞥すると鼻で笑う。

 

「言わせておけば、今度こそ倒す」

「貴様では無理だ。それに今日は貴様の相手をしに来たのではないのでな。こいつ等と遊んでいろ」

 

 歯牙にもかけない様子のマジックに、ノワールは挑もうとするが、背中に何かの制御ユニットの付いた機械に阻まれる。

 

「はっ、笑わせないで。こんな雑魚に私を止められるわけ――っ」

 

 黒き剣を構え、ノワールが敵を切り伏せようとしたところで異変が起こった。ノワールの纏うシェアが霧散し、変身が解除されたのだ。

 

「なんで……」

「これで邪魔者は無力化できたな。本題に入らせてもらうぞ四条優一」

 

 強制的に変身が解除されたノワールを無視し、マジックが僕に向かい近付いてくる。ノワールを助けに行こうにも、マジックがそれをさせてくれるとは思えない。ただ強くSOCを握り締め、機を窺う。だが、それが失敗だった。

 

「いや、異界の魂と言うべきか」

「……っ」

「――え?」

 

 マジックの告げた言葉。それは、僕がノワールに、女神に最も知られたくなかった事であった。

 

 

 

 

 




引き続きフラグ建築中

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