「さてと……、ノワールはもう来ているかな」
ミッドガルド中央公園。この街の中心地にある大きな噴水が目印の公園が見えてきた。
この街に来て早々に二手に分かれていた為、お互いのやるべき事が終わった際に待ち合わせる場所を予め決めていた。その場所が、目の前に広がる大きな公園だったと言う訳だ。
「ラステイションの女神さまは……、っと、アレが噴水か」
ギルドと公園の立地的に裏門を潜り待ち合わせの場所に進む。公園の中でも一際大きな噴水は、水の流れで弧を描き辺りに涼やかな音色を響かせている。この公園で最も解りやすい場所。それが目と鼻の先にある大きな噴水だと言う訳であった。待ち合わせの場所を見つけたため、少しだけ足早に進んでいく。直ぐにノワールの後ろ姿が見えてきた。艶やかな黒髪にドレスの様な煌びやかな服。例え後姿だったとしても、ラステイションの女神を見間違える事は無かった。何と言えば良いのか、その場に居るだけでも華みたいなものを感じるから。
「待たせたね、ノワ――」
「き、奇遇ね。私も今来たところよ!」
すぐ近くまで行って声を掛けたのでは、これまでの経緯からノワールが驚くだろう事は簡単に解っていたから、少し離れたところから声を掛けようとしたところで口を噤んだ。僕の声に被さる様にノワールがいきなり言葉を発したから。え?っと思いその場に立ち止り、彼女の言葉を待つ事にする。
「ううん、なんか違うわね。奇遇も何も、仕事の待ち合わせをしているんだから合うのは当たり前じゃない。大体なんでどもってるのよ私は」
僕が直ぐ近くに居る事に気付いていないのだろう。ノワールは小さく頭を振ると、自分の言った言葉にダメ出しを始める。その様子が面白かったので、その場に立ち止ったままノワールの独り言を聞く事にした。
「遅いじゃない! どれだけ私を待たせるのよ!! ……絶対駄目よ。どの口がそんな事言えるのよ。あんな事をしでかしたばかりなのに、今回の事を引き受けてくれたあの人になんて事を言おうとしているのよ私は! 大体どれぐらいかかるか解らないから、具体的な時間を指定してないわよ。それなのにそんなに上から言ったら、完全に嫌な女じゃない」
確かに、今回のような場合の待ち合わせに来たところでそんな事を言われたら、僕だって少しばかり思うところはあるだろう。自分の言葉に頭を抱えるノワールの様子が面白くて、少しだけ吹き出す。
「待ったかしら? ごめんなさい、こっちはさっき終わったところよ。……先に来てるのに何を言っているのよ私は! おかしな子だと思われるじゃない」
実は結構テンパっているのだろうか。明らかに待ち合わせの場に先についている人間の台詞では無い事を、ノワールは言いだす。
「……うぅ、こんな時どう挨拶すればいいのか解んない。誰かと待ち合わせた事なんかないし、いや確かに彼とは待ち合わせた事はあるけど、アレはただ支度していっただけだし、今回みたいにずっと離れていた訳じゃないし。ああもう、こんな時どうすればいいのよ! ……待ち合わせなんかしなきゃ良かった」
暫くノワールの独り言に耳を傾けていたのだが、声色がどんどんと情けなくなってくる。後姿だからどんな表情をしているんか解らないけど、心なしか肩が下がり項垂れているように思える。意外とメンタルが弱いのか、その後ろ姿は若干泣きそうに見える。と言うか、独り言の最後の辺りの内容が聞いてて不憫に思えて仕方が無い。流石にこのまま聞いているのは居た堪れなくなってきた為、助け舟を出す事にした。と言うか、ノワールには友達とかいなかったのだろうか。
「待たせたねノワール」
「は、はい!?」
少し離れたところからノワールに声を掛ける。直後にびくりと反応した。そのまま慌てて振り返る。何と言えばいいのだろうか、すっごく緊張しているのが解った。
「うーん、ごめんね。なんかいろいろと気を遣わさせたようで」
「ちょ!? ま、待ちなさい。もしかして聞いてたの?」
心底驚いた様子で、軽く詰め寄ってくる。それも仕方が無い。僕だって、待ち合わせでどう声を掛けるか解らなくて悩んでいる様子を見られたりしたら、かなり恥ずかしいと思うし。実際に見られたノワールがこんな感じになるのも頷ける。
「うん、聞いてたよ」
「ど、どこから?」
「き、奇遇ね。辺りから」
「ほ、ほとんど全部じゃないの!?」
愕然とした様子でノワールは悲鳴を上げる。今し方一通り見た出来事を自分がやったとして、ソレを知り合いに見られるのはもの凄く恥ずかしい。穴があったら入りたいと思うし。
「あうあう……。見られた。あんな姿をユニの友達に見られた……」
「まぁ、あんまり気にする事は無いよ」
その場に蹲ってしまいそうなほどに落ち込んだ様子のノワールを励ます。
「気にするわよ!」
「なんでかな?」
「だ、だってあんな姿を見られたのよ! 女神の私がただの待ち合わせで悩んでるなんておかしいじゃない」
「そんなにおかしい事かなぁ」
捲し立てるノワールの言葉に考え込む。少なくともノワールは待ち合わせの経験が無いと言っていた。独り言だからきっと嘘は無いと思う。つまり、初めてと言う事だろう。なら、どう声を掛ければいいのか解らないのも仕方が無いと思う。
「おかしいのよ! 女神が待ち合わせ位に悩んでたら、格好悪いじゃない!」
「格好悪いって。……そう言うモノかな?」
「そう言うモノなの!」
がーっと捲し立てるノワールに相槌を打つ。彼女が言うのならそうなのだろう。
「うう、最悪。ユニの友達にあんな情けない姿を……」
「まぁ、見られたのが僕で良かった」
「貴方だから恥ずかしいし、困るのよ!? ユニに情けない姿は見せたくないの」
何と言うか、らしい言葉に納得する。ノワールは基本的に妹思いの姉だ。ユニ君の言葉と彼女の様子から、良い姉であろうとしているのは良く解った。そんな彼女が、ユニ君に情けない姿を見せたくないと言うのは当然だと言える。
「別に告げ口とかしないよ。ノワールだって女神さまだけど女の子なんだし、一つや二つ苦手な事だってあるだろうしね。そんな事をあげつらって馬鹿にしたりはしないよ」
人には出来る事とできない事があると思う。勿論僕にだってある。だから他人の苦手な事を笑ったり広めて回ったりしようなんて思わない。そんな事をする時間があるのなら、弱点を克服するのを手伝ったりすることに使うほうが遥かに建設的だ。特に時間が限られているのなら尚更だ。
「……本当?」
「そんな事で嘘は言わないよ」
聞き返してくるノワールに苦笑が浮かぶ。最初は大人びた人だと思ったけど、話しているとどんどん印象が変わってくる。しっかり者と言う印象だったのだけど、色々と弱い面が見えてきたり、無理をしているのも見えてきていた。斬られたことに関しては思うところがあるけど、少しずつだがノワールと接しているうちに、気にならなくなってきている様に思えてきた。
「だって、変じゃない。こんな事で悩むなんて」
「別に変じゃないと思うけどな。ノワールは女神さまなわけだし、友達と言える人が居なかったのなら、悩むのも仕方が無いよ」
ユニ君もそうだったけど、姉妹揃って他人と交わるのが苦手なのだろう。良く似た二人を見ているとそう思えてきた。
「と、友達ぐらいいるわよ!」
友達がいないと言うところにムキになって反応してくる。
「そうなんだ。居ないようなら僕がノワールの友達第一号に立候補してみようと思ったんだけど、それなら無理にならなくても良いかな」
どうやら僕の心配は無用なものだったようだ。ユニ君も相当不器用だったから、ノワールもそうでは無いのかと思ったけど、本人が言うにはそんな事は無いらしい。正直に言えば、ユニ君以上に不器用だと思うのだけど、本人が大丈夫と言うのなら、僕から無理に言う必要も無いだろう。僕がノワールを本当の意味で許せるようになるためにも、友達の経験が無いなら友達になると言うのがいいかと思ったのだけど、余計なお世話だったようだ。すんなりと諦める。
「――え?」
「ん?」
「わ、私の友達になってくれるの?」
呆けたようにノワールがこちらを見て言った。その様子から、先ほどの言葉が強がりだったのだろうと言う事が良く解った。思った通り、ユニ君以上に不器用なのだろう。
「そのつもりだよ」
「あの……本気?」
確かめるように上目遣いで此方の様子を探りながら、ノワールが尋ねてくる。その様子に苦笑が浮かんだ。姉妹揃って意外と疑り深い。こう言うところは本当にユニ君に似ている。
「だから、こんな事でも嘘は言わないって。年下の友達のお姉さんと友達になったって、別に不思議な話では無いと思うよ。……まぁ、ノワールが嫌なら話は別だけどね」
「――そんな事ないわよ!!」
ノワールは強く言い切った。その声量に思わず目を見開いた。
「……あ」
ノワールの方も予想外だったのか、直ぐに両手で口を押えていた。そして恥ずかしそうに此方を涙目で睨み付ける。
「なら、今日から友達だね」
「私とユウが……友達?」
ぽつりとノワールが零す。先ほどまで睨み付けてきていた瞳には、期待と不安の色が窺える。
「ああ、そうだよノワール。改めてよろしくね」
「ッ、え、ええ。よろしくね、ユウ」
そう言い、少しだけ恥ずかしそうに笑う。その笑顔は、女神と言うだけあってとても綺麗なものだと思った
「ふんふんふふんふん」
ノワールとの情報交換を終え、準備も整った事だし目的地に向かって歩を進めていた。今回女神に来た依頼来と言うのは、ミッドガルドとそのほかの街を結ぶ主要な国道の一つに、接触禁止種と言われる強力なモンスターが現れ防衛隊では歯が立たないと言う事で対処して欲しいと言うモノであった。
「ふふんふんふーん」
国道に現れたモンスターと言うのが、エレメントドラゴンと言うモンスターだった。名前から解る通り、童話やゲームとかでよく出てくるあのドラゴンである。接触禁止種に指定されているモンスターの中でも特に危険なのがドラゴン種なようで、一応は最も弱いドラゴンではあるのだけれど、その強さは普通の人間の手に負えるものでは無く、そのため女神に討伐の依頼が来ていると言う訳だった。
「ふふふんふんふーんふんふん」
「さっきから、君は何でそんなに楽しそうなのかな?」
ドラゴンが出ると言う地点の近くまで来たと言うのに、どこか浮かれ気味と言うか、妙に楽しそうに前を歩くノワールに声を掛ける。トントンっとテンポよく進んでいくのは良いのだけれど、何と言うか危なっかしい。
「べ、別にそんな事ないわよ。初めて友達ができて嬉しいなんて思ってないんだから」
「ああ、うん。解りました」
ノワールは此方を見ると、嬉しそうにはにかみながらそんな言葉を零す。
僕としても、そこまで喜んでもらえたのは嬉しいのだけれど、此処まで効果があるとは思わなかったから、少しばかり唖然としてしまう。ノワールにとって友達と言うのはそこまで意味のある事なのか。
「ふふん。これで、ネプテューヌにボッチなんて言わせないんだから!」
「……ボッチとか言われてたんだ」
「ええ、女神の中にもすごく失礼な奴が居てね。ネプテューヌの奴が事ある毎にボッチボッチって! でも此れからは胸を張って言い返せるわ。私にだってちゃんと友達がいるんだからって!」
余程気にしていたのか、これからは言い返せると心底嬉しそうにノワールは語る。その言葉を聞き、僕が友達にならなくとも、ノワールにはちゃんと友達がいたんじゃないかと安心してしまった。……とはいえ、絶対認めないと思うけど。
「ネプテューヌ?」
「ああ、そう言えば知らなかったわよね。プラネテューヌの女神の事よ」
「へぇ、プラネテューヌの。妹さんとは随分違った感じの人の様だね」
プラネテューヌの女神と言う事は、ギアちゃんのお姉さんと言う事になる。ギアちゃんは太陽の様な温かい笑顔が印象的な、やさしい女の子だったけど、お姉さんの方はどうなのだろうか。
「まったくよ。妹はあんなに良い娘なのに、どうしてネプテューヌはあんなにちゃらんぽらんなのかしら。何時も遊んでばっかりいたし、少しはネプギアを見習わないと、イストワールが可哀そうよ!」
「……、なんだかんだ言って仲が良いんだね」
ネプテューヌさんの事を思い出しながら語るノワールは、表面上は怒っているのだけど、どこか嬉しそうに言葉を続けている。少なくとも、本気で嫌っている相手では無い様だ。
「な、なんでそうなるのよ!」
「だって、話す時嬉しそうだし」
「のわっ!? そんな事ないわよ!」
頬を薄らと染めながら捲し立てるノワールを小さく笑う。慌てて否定するところがいかにも怪しい。
「なんだかんだ言ってノワールにもちゃんと友達がいたみたいだね」
「ち、違うわよ。ネプテューヌとは女神同士でライバルでしかないんだから!! 友達とかそう言うのじゃないわよ……」
「あはは、そう言う事にしておこうか」
慌てて否定するノワールを見ると、思った通り不器用な子なのだと苦笑が浮かんだ。ユニ君も素直じゃなかったけど、ノワールはそれ以上だと思える。
「だから違うって! はぁ、もう良いわよ。それにしても友達か……。ふふ、そうだ!」
「ん、どうかしたのかな?」
否定するのに疲れたのか、ノワールは諦めるたように溜息を吐くと、不意に何かを思いついたように顔をあげた。
「この依頼が終わったら、一緒にお茶しないかしら? ほら、友達になった記念にもなるし」
名案と言わんばかりに目を輝かせながら誘ってくる。
「お茶、ねぇ……」
「あ……、もしかして駄目だった?」
少しばかり考え込む僕を見て、途端に悲しそうになるノワール。
「そう言う訳じゃないよ。ただ依頼が依頼だからさ、終わった後にそんな元気があるかと心配になっただけだよ」
ノワールとお茶をすること自体は嫌では無かった。
「ああ、そう言う事ね。確かに貴方は人間だから辛いかもしれないわね……。けど、大丈夫よ」
「と言うと?」
「ふふん。今の私は絶好調なんだから。何が来ても大丈夫。サクっと片付けてあげるわ」
自身満々に言い切るノワール。本当に調子が良さそうではある。けど、だからこそ危なっかしいとも思えた。
「そっか。なら、女神さまの力をあてにさせて貰うよ」
「ええ、任せなさい。それで、この仕事が終わったら一緒にお茶にするんだから、覚えておいてよ」
「ん、わかったよ」
とは言え、漠然と不安に思うだけで根拠とかは無い。何か起きた時は僕がフォローしたら良い。そう思い、ノワールと一緒に目的地に向かった。
フラグ建築中。フラグって言っても色々ありますよね。