異界の魂   作:副隊長

2 / 72
2話 出会い

「うおおおおおお!!」

 

 黒の巨人が、その体躯に相応しき巨大な斧を振りかぶりながら、肉薄する。凄まじい轟音を響かせ、一直線に向かってくる。図体に似合わず目を見張る速さでありながら、圧倒的なまでの質量の突撃。大型トラックなど比にならない程の圧力を一瞬で感じた。背筋にぞくりと悪感が奔る。感覚的に、突撃の射線から外れるように全力で地を蹴った。つい先ほどまで、足はどうやっても動かなかったはずなのにも拘らず、何の苦も無く動いてくれた。その事に、僅かに胸が躍るのが解った。目の前のロボットがいなかったら、やったと歓喜の声を上げていたにちがいない。

 

「って、はやい!?」

 

 足が動いてくれたことによる喜びを上回る違和感。僕は全力で避けたつもりであった。そして実際にその思惑通りに体が動いたのではあるのだが、その範囲が異常だった。一瞬、視界が持っていかれたかと思った。

 

「ほう、我が一撃を敢えて視認した後に避けるか。面白い、面白くなってきた」

 

 黒の巨人の声が、少しばかり遠く聞こえる。尤もかなりうるさい声なので些細な差ではあるのだが、距離にすると相当なものがあった。大凡、人間の跳躍力とは思えない程度には飛んでいた。

 

「わっと。危ない危ない。危うく落とすとこだったよ」

 

 自分の想定していた距離よりも遥かに飛んだ事により、着地にたたらを踏むが何とか踏ん張る。その衝撃で手にしていた長釣丸を取り落としそうになるが、慌てて持ち直した。これを無くしたら、それこそどうしようもない。

 

「うーん。異界の魂って言うのは、本当にあるのかもしれないなぁ」

 

 剣、もう少し詳しく言うならば長刀。長釣丸を鞘から抜き放つ。先ほど得た知識から、今の自分が異界の魂と言う存在なのは理解していた。更に剣と言う概念から、その剣にまつわる知識をも得た事で、ある程度の確信が付いた。と言うよりは、納得せざるを得なかったと言う方が正しいかも。

 兎も角、自分の得た妙な知識は、全ては確認できていないにしても、現時点で実践できているものは全てが正しかった。だから、あれこれ考えるよりも、とりあえずは全てが正しいものだと仮定する。あれこれ考えるのは、現状を切り抜けてから悩めばいい。少なくとも目の前にいる黒の巨人は、全力で逃げに徹しないと逃げきれないように思えた。

 

「異界の魂? なんだ、それは。まぁ、貴様が何だろうとどうでもいい。さあ、俺を楽しませろおおお!」

 

 両の手で抜身の長刀をしっかりと握る。自分には剣術とか剣道の経験は無い。が、できると言う確信があった。剣が、長釣丸が、剣という存在をこれまでに使って来た数多の使い手たちが、その力を貸してくれている。言うならば、剣が自分の体の一部になった感覚。或いは自分が剣の一部になった感覚。不思議な感覚であった。自分では無い何かがいる。漠然とそんな事を思う。

 

「できれば、遠慮させてもらえないかな?」

 

 ダメ元で聞いてみる。

 

「そんな事を許すと思っているのか」

 

 大体予想通りの返答であった。此れまでの発言や、見た目の雰囲気、なによりもやる気満々といわんばかりの強烈な圧力。それは、男子学生の喧嘩などとは文字通り次元が違う。自分の言葉なんかが通じる筈が無かった。敵意と言うべきか殺意と言うべきか、最早存在としての格が違っている。

 

「腹を決めようか」

 

 ぼそりと呟く。できると言う確信はあった。自身が得た異界の魂としての能力がそれを裏付けてくれる。失った視力と足の回復。それどころか、完全に把握したわけではないが、人外と言って差支えない程の身体能力を得ていた。更には自分の知るはずの無い技術すらもある。それがあるのが解ったし、実感もした。知識と体は何の問題も無い。今の自分の状態を顧みて、『できる』か『できない』かでいうならば、できるのだろう。だけど。

 

「くくく、漸く戦う気になったか」

「少しだけ、だけどね」

 

 倒そうとは最初から思っていない。そもそも僕は斬り合いなどした事が無い。武器を持ったのだって、今日が初めてであった。まず経験が足りていない。知識はあるが、実際に用いるのは自分だ。だからこそ、どちらかが倒れるまで戦うと言う選択肢は、最初から存在しない。解り易く言うならば、死なないと言う確信はあるが、だからといって勝てると言う実感がある訳では無い。と言う事だ。

 

「ふはは、いいぞ! では」

 

 黒の巨人が嬉しそうに言い、再び斧を構える。じくりと、全体から嫌な感じが漂ってきた。こう言うのが殺気なのだろうか、などと一瞬だけ馬鹿な事を考えるが、即座に打ち消す。

 

「……」

 

 両手に持つ長釣丸をしっかりと握り、ただ相手の一挙手一頭足に視線を集中させる。自分とは思えない程に間隔が研ぎ澄まされていく。やがて、黒の巨人の全身が僅かに揺らめくのが感じられた。来る。そう思い、両の足に力を込めた。

 

「ゆくぞおおお!!」

「っつぁ!」

 

 黒の巨人の裂帛の気合い。それと同時に前に出る。剣が教えてくれた。自分の力があるのならば、どうするべきなのか、ソレを感覚的に知らせてくれているのがはっきりと解った。相手の獲物は大きな斧だった。初動から最速に達するまでは、いくら巨大な黒の巨人とは言え、僅かに時間を要する。更には自分をただの人間と侮っている。其処に付け入るべき隙があった。

 

「ここ」

 

 交錯。僅かに長刀と斧が触れ合う。剣と大斧がぶつかり僅かに火花が散る。

 

「ちいい! 小癪な真似をおおおお!!」

 

 だが、鍔迫り合いにはならず、そのまま刃を走らせ大斧を受け流し、僅かにできた間隙を突き跳躍し一気に距離を取る。首だけ振り返り僅かに後方を見る。黒の巨人は全身全霊の力を以て振り下ろした所為か、大地に凄まじい衝撃をぶつけ、巨大な傷跡を地に刻み付けていた。それだけ確認すると、そのまま走り抜ける。人間の速度とは思えないほどの速さであった。文字通り、風を切っていた。動く事の無い筈の足が、あり得ない動きをしている。嬉しさと僅かな怖さを感じた。そのまま振り返らず、一気に駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 黒い巨人を何とか撒いた後、良く見れば、身体から淡い光が零れていた。知識の中にあった、気と言うものだろうか。使い方は、感覚的に理解できた。此れもまた、異界の魂としての能力の様だ。凄まじいものだと我が事ながら若干呆れてしまう。

 

「ここまでくれば、大丈夫かな」

 

 いつの間にか、禍々しい雰囲気の地を抜け、どこかの草原のような場所に出ていた。木々の緑が美しく、生い茂る緑の隙間から差す木漏れ日が、淡く辺りを照らす。目の前を広がる緑の原野が輝いて見える。

 

「綺麗だ、なぁ」

 

 思わずそう零した。その場に座り込む。異界の魂となってから様々な事が立て続けに起こり、自身の得たものを噛みしめる余裕が無かったが、一段落ついたところで自身の事を考える余裕が出ていた。

 

「……。うん、これは泣いても仕方ないよね」

 

 ぼんやりと呟く。世界は、綺麗だった。風景が綺麗と言うだけでは無い。温かい。光が差すと言うのは、此処まで良いモノだったんだと再確認すると、涙が零れ落ちる。悲しい事なんかない。ただただ、嬉しかった。光を失い、自由を失っていた。そんな自分が、再び光を目にする事が出来た。それは、どんな言葉にも代えられない程、ただ嬉しかった。

 涙をぬぐう手間も勿体ない程に、ただ光の差す景色を脳裏に刻み込む。それ程までに、目が見えると言う事は大事な事だった。

 

「っと、君にも力を借りたね。ありがとう」

 

 ある程度視覚を楽しんだ後、手にしていた剣にそんな言葉をかける。刀が意思を持っているわけでは無い。だからその言葉に意味は無いだろう。だが、長釣丸が無かったら自分はどうなっていたかは解らない。それは、自然と出た言葉だった。

 

「ヌラー」

「ぬら?」

 

 むき出しであった長釣丸の刀身を鞘に納め、一息ついたところでそんな間の抜けた声が聞こえた。音のした方向に視線を向ける。目を悪くして以来、音に関しては以前よりも敏感になっていた。不意に聞こえた音ではあったが、何処から聞こえたかはしっかりと解っていた。

 

「……なんともまぁ、可愛らしい」

 

 視界に入ったのは、プルプルとみずみずしい水色の肌をした、奇妙な生物であった。どことなく、某RPGの敵キャラを思い出すシルエットをしているが、彼らとは解り易く違う場所があった。何というか、犬の耳と尻尾がついており、顔も犬っぽい。思わず本音が零れた。

 

「ヌラっ、ヌラー!」

 

 何やら頬を染め、照れているのか少し恥ずかしそうな鳴き声を零す。人間の言葉が解るのだろうか。そんな事を思いながら、自分の得た知識に該当するものがないか、動きを見据えたまま思考する。特に思い浮かぶものはな――。

 

「っ、」

 

 何度目かの頭痛。一瞬だけ、脳裏に妙な光景が浮かび、直ぐに消え去る。先ほどまで確かに無かった知識。それが今、確かに頭に浮かんでいた。

 

「む……。まだ完全じゃないってことなのかな。相手がスライヌだったから良かったけど、場合によってはシャレにならない」

 

 苦笑と共に誰とも知れず零す。目の前にいるのはスライヌ。この世界に生息する、最も弱いと思われる、魔物(モンスター)であった。得た知識によると、ナチュラルに魔物とかがいる世界のようで、確かに目の前の生物は自分の知る生き物とはどこか違っているように思えた。とは言え、実際に見ても、魔物ってどういう基準で決めているのだろうか、もっと魔物らしいのもいるのだろうか、そもそも魔物とは何だろう等と興味が尽きる事は無い。

 

「ヌラー、ヌララ、ヌラっ!!」

 

 じっと見つめているのが気に障ったのだろうか、スライヌは何処となく怒ったように鳴き声を上げる。見た感じでは怒っていると思ええるのだが、如何せん見た目が見た目な為威圧感は皆無。寧ろ微笑ましいと言うか、可愛らしい。少しだけ笑みが零れた。

 

「んー、怒ったのならごめんね」

 

 とりあえず、謝る。

 

「ヌラ、ヌラー」

 

 それでも気は晴れないのか、ぷるぷるとその弾力性のありそうな体を震わせ、僕に向かい体当たりを仕掛けてきた。

 

「わっと、危ない」

「ヌラ!?」

 

 少し驚きながらも、半身を反らす事で避ける。異界の魂云々は関係なく、サッカーボールが飛んでくる程度の速さだったため、避ける事は難しくなかった。そのまま少し後ろの木にぶつかり、スライヌは悲鳴のような声をあげる。どうにも緊張感に欠ける相手ではある。

 

「ヌ、ヌラー!!」

「うーん。なんか弱い者いじめしてるみたいだなぁ。困った」

 

 一瞬目を回していたが直ぐに我に返ったのか、此方を見つけるとふたたび向かってくる。ソレにどうしたものかと考えつつ何度か避け続ける。この位だったら、何時まででも避けられる気がした。とは言え相手は可愛いとはいえ一応魔物である。剣を抜いた方が良いのだろうかと悩む。事実はどうであれ、見た目が倒しづらいということだった。

 

「ヌヌヌ、ヌラ、ヌララ!!」

「むむ、怒ったかな?」

 

 避け続ける僕に遂に我慢できなくなったのか、そんな声を上げる。数舜の静寂。辺りから何やらがさがさと物音が響いてくる。なんとなく、何をしたのかが分かった。魔物が声を張りあげると言えば、きっとあれだろうなぁ、っと目が見えなくなる前まではソレなりにゲーム好きだった所為か漠然と思い当った。そして――

 

『ヌララーヌラヌラ!!』

「うわ、予想通り。てか、多いね……。仕方ない、か」

 

 大量のスライヌが現れた。数にしたら50程度はいるのではないだろうか。僅かに笑みが引き攣る。長釣丸を抜き放ち、峰を相手に向け構える。幾ら魔物とは言え、やはり斬る気にはなれなかった。どうしたものか、そう思ったところで別の声が聞こえた。

 

「まったく、なんであたしがスライヌの相手なんかしなきゃいけないのよ。スライヌぐらいなら他の人でも相手に出来る……って、なんでこんなにいるのよ!? いくらなんでもいすぎよ!」

 

 

 

 

 闖入者に意識を僅かに向ける。声色からして女の子の様だが、振り向く余裕は無い。女の子の言葉通り、大量にいるスライヌに襲われているからだ。一匹一匹のスライヌは先ほどと同じように一直線に向かって体当たりを仕掛けて来るだけなのだけれど、如何せん数がかなり多い。要領こそ先ほどと同じだが、今度は異界の魂の能力を惜しみなく使い避けながら迎撃に専念する。戦いは数だよ兄貴!、等とどこかの誰かがそんな事を言っていたのを思い出す。まさしくその通りだなと思いながら、スライヌの向かってくる射線上に長釣丸を滑らせる。

 

「ヌララ!?」

「出来れば来ないでくれると嬉しいんだけどな」

 

 滑り込ました刃にスライヌ達は自ら突っ込んでくる。体当たりの途中で急には止まれないのだろう。一応刃は返し、峰で叩き落とすだけではあるがそれだけで充分だった。長釣丸をしっかりと握りしめ、体捌きのみでスライヌ達の突撃のをいなしつつ、確実に昏倒させていく。剣に刻まれた使い手たちの経験が、力を貸してくれているのが良く解った。頭の中で会った事の無い彼らに短く感謝する。自分一人ならば、これほどうまく立ち回れはしないからだ。

 

「……誰か襲われてる? 仕方ないわね、そこのアンタ聞こえる? 援護するから一旦距離を取りなさい!」

「解りました、お願いします」

 

 聞こえてきた女の子の声に正面を見据えたまま、答える。直後に、聞きなれぬ音がしてスライヌ達が弾け飛んだ。答えてから殆ど間を置かない間に入った一撃。銃だろうか。スライヌに視線を向けたまま思う。

 

「今空けるわ。死にたくないなら下がりなさい!」

 

 言葉の後、軽快な銃声が鳴り響く。前者は僕に、後者はスライヌに言ったのだろう。案外警告している中に僕も入れられているかもしれないが、怖いので真偽は確かめにようにする。連続して放たれた射撃。数匹のスライヌがまた弾け、消える。気付けば自分の昏倒させたスライヌもまた姿を消している。こう言うものなのだろうか。目の前の光景に若干驚きつつ、女の子の射撃によりわずかに怯んだスライヌ達に向け一度大きく長刀を振り抜き数体まとめて弾き飛ばし、距離を取った。

 

「やるじゃない。もしかしてアタシの援護いらなかった?」

「いや、助かったよ。ありがとう」

 

 スライヌ達に視線を向けたまま長刀を構えていると、女の子が隣まで来てそう言った。少しだけ視線を向け、感謝を伝え直ぐにまた視線を戻す。長時間よそ見をしているほど、自分には余裕が無いからだ。僅かに見たところ、黒髪を左右で結った髪型の可愛らしい女の子だった。

 

「とりあえず話はあとで。今はアイツらを片付けるわよ」

「了解」

「よし、さっきみたいにアタシが援護するから、正面は頼んだ」

 

 女の子の言葉に短く頷く。先ほどの射撃と言い、単純だが迷いのない判断力といい、きっと戦いなれているんだろうなと思いながら、女の子の指示に従う。こと闘いに関して言えば、僕自身は素人である。恐らく年下の女の子ではあるだろうが、その態度に励まされた。ようやく人に出会えたと言う事も、拍車をかけているのかもしれない。何にせよ、女の子の存在は心強かった。武器や知識を持ち、仮初の経験も得る事は出来たのだが、誰かが傍にいる。それが一番安心できると言う事なのだろう。

 

「来るわよ、狙い撃つ!」

 

 少女を後方に置き、自分が僅かに前に出る。そのままスライヌに長釣丸を振り下ろす。峰で叩きつけ一体が昏倒したところに左右から二体のスライヌが飛びかかってくる。即座に振り下ろしていた長刀を、切り上げ一体を迎撃し、もう一体も袈裟切りで撃ち落とす。長釣丸が、自分の身体とは思えない程、淀みなく動きスライヌ達を迎え撃つ。剣が力を貸してくれていた。流れるように刃が躍り、スライヌ達が数を減らす。とは言え自分の持つ武器は剣である。一度に相手に出来る数は限りがある。

 

「ごめんね」

 

 消えていくスライヌを一瞥し、短く呟く。既に刃を返すことを止めていた。昏倒させたところで、女の子の銃で撃たれれば一緒である。ソレに昏倒させたとしても、生きていることには変わりがない。再び起き上がり、隙を突かれれば自分がどうなるか解らない。そう考えると、半端な加減などできなかった。自分はそこまで上手くないからだ。だからこそ、威を誇るように刃を振るう。逃げてくれれば良い。そう思う。

 

「前に出るから、そうなるのよ! 次」

 

 長釣丸の刃の届かない相手に、女の子が銃撃を放つ。一体一体確実に数を減らしつつ、僕の方まで気を配り、時折援護射撃を放っている。それが心強くあり、またスライヌ達が不憫でもあった。負けるとは思えない。寧ろほとんどを討てるだろう。そう考えると、少しばかり気の毒であった。

 

「あと少し」

 

 残り五体まで減らした。何匹かは逃げたものもいるけど、殆どを討ち果たしていた。それだけ女の子がやり手だったと言う事だ。残っているスライヌは気が強いのか、はたまた覚悟を決めたのか、逃げる事をせずに向かって来た。五体での特攻。流れるように刃を振るう。剣が教えてくれていた。刃が淡い光を帯びる。できる。その感覚のまま剣を振るった。

 

 ――剣魔連斬

 

 剣が淡い光を帯びたまま、四つの軌跡を作り出す。切り上げと振り下ろしという単純な斬撃。其処に魔の力が加わり、通常の斬撃を遥かに超える結果を生み出す。四条の煌めきは、四体のスライヌを消し飛ばしていた。

 

「ごめんね」

 

 短く呟く。

 

「ヌ、ヌラー!!」

 

 最後に残ったスライヌ。声を上げ向かって来ていた。視界に定める。

 

「これで、終わりよ!」

 

 ダーン、と乾いた銃声が鳴り響き、最後のスライヌが光となり消える。それで、終わりだった。

 

 

 

 

 

「お疲れさま。って、アンタ一人でも大丈夫そうだったわね。余計なお世話だった?」 

「いや、そんな事は無いよ。凄く、助かりました。ありがとう」

 

 女の子がこちらに声をかけてくる。それに応えつつ、改めて少女を見る。黒を基調とした、ショートドレスのような服装。気の強そうな赤い瞳が可愛らしさと小悪魔的な印象を与える。可愛らしい女の子ではあるのだが、手に持つ大きな銃がアンバランスに思えた。

 

「そ、そう、ならよかったわ」

 

 感謝されるのに慣れていないのか、はたまた性格的なものなのかお礼を言うと、少し頬を染めながらそう言った。見た感じの印象とあいまり、素直じゃない子なのかな、などとそんな事を思う。

 

「そ、そうだ、アンタはギルドから仕事を受けて来た人?」

「いや、違うよ。んー、何と説明すべきかな。あえて言うなら……、迷子?」

「迷子って、アンタ……」

「あはは」

 

 自分の事を聞かれるが、上手く説明できないので迷子だと答える。上手く説明できるならば、説明したいところではあるのだが、自分は異世界から来ましたなどと言う事を上手に説明できる自信は無かった。それに幸い、彼女の言葉にあったギルドのようなシステムもある為、都市部にさえ出れば何とかなるだろうと若干、と言うかかなり楽観的に考えていた。この世界の知識は、ある程度の事ならば異界の魂としての能力なのか、得ていたからだ。考え込むと、この世界の文字なども思い浮かぶ。

 

「その年で迷子って言うのも……、そう言えばアンタ、名前は何て言うの?」

 

 女の子は若干呆れつつ、ふと思い出したように尋ねてきた。

 

「僕かい? 四条優一って言います。四条でも優一でも、他の呼び方でも好きに呼んでもらえればいいよ」

 

 別に隠すような事でもないので、素直に答える。女の子は僕を見定めるかのように暫く見つめると、うんっと頷いた。

 

「じゃあ、ユウイチって呼ぶわね」

「ん、お好きにどうぞ。君の名前は何て言うのかな?」

 

 見た感じ年下の女の子に名前を呼び捨てにされているが、特に気にならなかった。僕自身そう言う事はあまり気にしない性質であるし、女の子の雰囲気からもその呼び方が何となくしっくりと来たからだ。

 

「アタシ? アタシは――」

 

 自分は名を教えたが、女の子の名前を聞いていなかった為、尋ねる。相手に名乗ったのだから、此方が聞いても問題は無いだろう。女の子はそこまで言って一度言葉を切り、

 

「ユニって言うの。覚えておくと良いわよ」

 

 少しだけ笑顔を浮かべ、そう名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。