異界の魂   作:副隊長

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19話 新たな道

「ユウ、聞いて欲しい事があるの」

「何かな、ユニ君」

 

 辺りを覆っていた暗闇も消え去り、陽の光が昇り教会の中が活気に満ち溢れはじめたように感じたところで、ユニ君が医務室まで訪ねて来た。考えたい事があるって言い、一度別れていた。きっと、彼女の中で何かしらの結論が出たんだと思う。

 

「最後まで、ちゃんと聞いてよね」

「ん、解ったよ」

 

 だから聞いてみようと思い促したのだけど、ユニ君は念を押すように僕に付け加える。真剣な瞳で僕を見詰めていた。その様子に、一度背筋を伸ばし、ベッドに座り直した。

 

「あのね、ユウはアタシと組んでくれてたけど……解散してほしいの」

「おや、何でまた」

 

 ユニ君の言葉は予想外だったけど、それほど驚く事は無かった。なんとなく、別れ際に見せた様子から、何かを悩んでいるのは解っていたから。前回言われた時は、ユニ君が自暴自棄になっていたように感じたけど、今はそんな様子も見えない。この子が良く考えて出した結論なら、僕はその考えを真っ向から否定しようとは思わなかった。

 

「ユウはアタシを支えてくれるって言ったよね

「ああ、言ったね。それがどうかしたのかい?」

「うん。ユウは言葉通り支えてくれた。アタシを助けてくれたし、お姉ちゃんだって助けてくれた。その後犯罪組織の奴に負けそうになっていた時も来てくれた。出会ってそこまで長くないのに、何回もアタシを助けてくれてるよね」

 

 ユニ君は思い出すように言った。血晶を探していた時、ギョウカイ墓場に行った時、アヴニールが襲撃された時などの事を言っているのだろう。

 

「そんな事は無いよ。僕だって、ユニ君には助けて貰ったよ」

 

 確かに僕はユニ君を助けていた。けどそれは、当然のことだった。仲間が、友達が困っているのなら助けてあげたいと思うのは、それ程特別な事では無いと思う。

 

「アンタがそう言うのなら、そうなのかもしれない。けど、アタシが納得できないの。ユウにしてもらった事に比べると、アタシはユウに何にもしてあげられていない。今のアタシは、支えて貰ってるだけなの。それが、アタシは嫌なの! 支えて貰うだけのアタシじゃなくて、支えてあげられるアタシになりたいの!」

 

 だけど、ユニ君はそう思えないようだった。だから、対等じゃないと思っているんだろう。

 僕がこの世界に来て、最初に出会った友好的な相手はユニ君だった。それから、この世界で生きて行く為の術を幾つか貰っていた。ギルドでの仕事だったり、防衛隊の人たちとの伝手が作れたのだって、ユニ君のおかげであった。今の僕が居るのは、言ってしまえばユニ君のおかげだった。だからこそ、感謝している。

 だけど、僕がそんな風に思っている事をユニ君は知らない。異界の魂と言う、特殊な事情の為、詳しく話す事も出来なかった。だから、ユニ君は一方的に与えられていると思っているのだろう。

 

「その為には、今はユウと一緒に居たらだめなの。アンタと一緒だったら甘えちゃうから。ユウはきっとあたしを支えてくれるから。だけどそれじゃあ、アタシがユウを何時まで経っても支えてあげられないの」

 

 そんな事は無い、とは言えなかった。僕はこの子が困っていたらきっと助けてしまう。仲間であり、友達だから。もしかしたらそれで、ユニ君の成長の妨げになるのかもしれない。一生懸命に紡ぐ言葉に耳を傾けていると、そう思えてきた。

 

「だから僕と離れたい、と?」

「うん。アタシは強くならなきゃいけないの。その為には、アタシを支えてくれるアンタと一緒じゃダメなの。ギョウカイ墓場に行った時に何もできなかった。アヴニールの研究所が襲撃された時も。両方ともユウに助けて貰っただけ。ユウと一緒じゃ、これからもそんな事ばかりになるかもしれない。そんなのは嫌。護ってもらうだけで、何もできないのは嫌なの! だから、アタシは強くなりたい」

 

 強くなりたい。そんな意志を秘めた瞳を見ると、ユニ君の言葉は一時の感情だけではない事がひしひしと伝わってくる。僕に、この子の考えを改めさせることができるとは思わなかった。そして、改めさせたいとも。

 

「そっか、なら仕方が無いね。振られちゃったか」

 

 だから、ユニ君が自分の考えを貫けるように背中を押す。後腐れの無い様に進める様に少しおどけて言った。

 

「べ、別に振ってないわよ!? 何言ってんのよ! 大体まだ付き合ってすらいないのに本気で何言ってんのよ……」

 

 意地っ張り特有の反応なのか、ユニ君は僕の言葉にむきになって言い返す。先ほどまでの真面目な雰囲気から一変、ユニ君は顔を赤くさせながらむくれる。そんな可愛らしい反応をする妹分の様子に、頬が緩んでしまうのも仕方が無い。

 

「あはは、冗談だよ」

「変な冗談を言わないでよ」

 

 むーっと半眼で睨んでくる。その様子に少しからかい過ぎたかとちょっと反省。そして、この子と一緒に居るのもこれで終わりだと思うと、少しだけ寂しく思ってしまった。とはいえ、それも仕方が無い事なのだけど。

 

 

 

 

 

「話はついた様だね」

 

 ユニ君と別れる事が決まり、それまで束の間の談笑を楽しんでいたところで、ケイさんがやってきた。

 

「昨日から千客万来ですね」

「本当なら僕も昨日の内に挨拶を済ませておきたかったのだけれども、あの時は、ユニもノワールも使い物になりそうになくてね。結局今の今まで訪う事が出来無かったんだよ。すまなかったね」

「ちょ、ケイ! なに適当な事言ってるのよ!!」

「くく、別に気にしていませんよ。怪我も治せましたからね」

 

 そう言い、腕を振るう。既に痺れも取れ、以前と同じように動かす事が出来ていた。起きた時に受け取った長釣丸を握ってみる。問題なく持つ事が出来た。

 

「そう言う訳には行かないさ。我が国の恩人に大怪我をさせてしまったのだから」

「……それについてはもう良いですよ。ノワールとも話はしましたので」

 

 夜にあった事を思い出す。僕が怪我を負った原因であるノワールとは、既に決着が着いていた。彼女がどうしてそう言う行動に出たのかは理解できていたし、思うところあるのだけれど、ユニ君のおかげで何とか許す事はできていた。あの子に大きな貸を作った。そう言う事で話は完結していた。

 

「へぇ……、ノワールの事を呼び捨てにしているんだね。ユニですら敬称を付けて呼んでいるのに、どういう心境の変化かな?」

 

 そんな僕の言葉から、目聡くノワールを呼び捨てにしている事について尋ねてくる。

 

「それは……、アタシも気になるわね。なんでユウがお姉ちゃんの事を呼び捨てにしてんのよ?」

 

 ケイさんに同調する様にユニ君がこちらをじとーっとした目で見据えながら聞いてくる。腰に手を当て、若干前屈みになりながら僕を見る瞳は完全に据わっていた。不機嫌ですって言わんばかりの様子に、思わず苦笑が浮かんでしまった。呼び方一つでと思わないでもないけれど、ギアちゃんの時もそうだったかと思い出す。

 

「僕はノワールに大きな貸を作っているからね。だから、あの子とは対等に話をさせて貰う事にしたんだよ」

「成程。たしかに、女神救出は誰にでもできる事じゃない。アレはノワールにとって、大きな貸だと言えるね」

「あの事に関しては、アタシも感謝しているけど……。むー、ちょっとずるい」

 

 すんなり納得するケイさんと、少しばかり唸るユニ君。

 

「それはそうとユニ」

「なによ?」

「新しいお仲間が呼んでいるよ」

 

 ユニ君が若干不満そうな顔で此方を見ていた時に、ケイさんがそんな事を言いだす。新しい仲間。そんな言葉を聞くと、少しだけ寂しさが湧き上がる。ユニ君の話を聞いて納得はしているのだけれども、感情は理性とは別物なのだろう。別に会えなくなるわけでは無いのだけれども、そう思ってしまう。

 

「新しい仲間っていうのは?」

 

 とはいえ、そんな事ばかり思っていても仕方が無い。軽く頭を振って、思考を切り替えると、ユニ君の仲間になると言うのがどんな人たちなのかを尋ねてみる。元パートナーになるとはいえ、一度はユニ君と組んだのだ。言わば僕の後任になる人物がどんな人なのかは気になる所だった。

 

「あ、それはね……」

 

 僕の質問に、ユニ君は何処となく嬉しそうに、自分の仲間となる人物の名前を言おうとしたところで、医務室の扉がノックされた。入室を促す。本当に今日は来客が多い。そんな事を思うけど、ちょっと頬が緩むのは仕方が無い。なんだかんだ言って、心配されるのは嬉しいものだから。

 

「失礼します。四条さん、怪我の具合は――って、ユニちゃんにケイさんも居たんだ」

「おや、ギアちゃん。そう言えば来ているって言っていたね」

 

 訪問者はギアちゃんだった。お見舞いの品だろうか、果物をバスケットに入れ持って来てくれていた。そう言えばお見舞いの品を持って来てくれた人はこれが初めてだった。ギアちゃんの心遣いに、少しだけ心が暖かくなる。

 

「はい。それで、ケイさんから四条さんが怪我をしたと聞いたんですよ」

「成程ね。態々ごめんね。けど、この通りもう大丈夫だから心配ないよ」

 

 ギアちゃんからバスケットを受け取り、身体が大丈夫な事をアピールする。そんな僕を見て、ギアちゃんは良かったと言って胸を撫でおろした。

 

「もしかしてユニ君の仲間って言うのは」

「ええ、ネプギアたちの事よ。ラステイションにはお姉ちゃんが居るから、アタシがネプギアと一緒に行こうって訳よ」

 

 ユニ君は、はにかみながら言った。一時期はギアちゃんに思うところあったようだけれど、今はもうそんな蟠りも無くなっているようだ。ギアちゃんたちが一緒ならば、僕が心配する必要も無い。彼女たちとは短い時間だったけど、一緒に居た。信頼できる人たちだと思う。僕がユニ君を心配する理由が無くなってしまった。

 

「成程ね。ギアちゃん」

「何ですか、四条さん?」

「ユニ君の事、頼むよ。意地っ張りで全然素直じゃないけど、大事な友達だからね」

「あ、はい!」

 

 だから、ギアちゃんにユニ君の事をお願いする。

 

「どーせアタシは素直じゃありませんよーだ。行こう、ネプギア!」

「あはは……、それじゃ失礼しますね」

 

 そう言い、二人の女神候補生は部屋から出ていく。それを笑顔で見送る事が出来た。ユニ君はユニ君なりに頑張っているんだと言う事が解ると、自然に口元が緩む。一人だった女の子が友達と一緒に前に進んでいるのが、素直に嬉しかったから。

 

「君はこれからどうするのか決めているのかい?」

「いえ、これと言って何も。まさかこんなに早くあの子と離れる事になるとは思ってませんでしたからね。どうするのか決めかねてるかな」

 

 ユニ君たちが退出したところで、ケイさんがこれからどうするのかを尋ねてきた。正直に言って、何にも考えていなかった。まだ暫くはユニ君を支えてあげようと思っていたのだけれども、あの子はあの子なりの考えがある為、その必要も無くなってしまっていた。だから、今後どうするかはユニ君に合わせる心算だったため、自分の時間とも言うモノが出来たのはいいけど、何もする事が思い浮かばなかった。

 

「つまり、今のところはノープランだと言う事だね?」

「そうなるかなぁ。とりあえずはギルドで仕事を受けながら、自分にできる事を探してみようかな」

 

 特別急いでやる事も無い。なら、僕が異界の魂としてどの程度の事ができるのかを調べるのも悪くは無いと思う。他国を訪問すると言う選択肢も捨てがたいけど、それは後回しにしても問題は無いと思う。

 

「なら、ラステイションの教祖から依頼を出しても構わないかい?」

「依頼、ですか。……聞くだけ聞かせてもらいます」

 

 ラステイションから。そう言われると、少しだけ身構えてしまう。一応は許したとはいえ、ノワールとは色々あったから。

 

「ふふ、ありがとう。ノワールのしでかした事を考えると、話を聞いてもらえない事も覚悟はしていたけど、その心配は杞憂だったようだね」

「知っていたんですか」

「ああ。本人から聞いたからね。流石に戦闘中は通信を切っていたから、あんな事になっているとは思わなかったよ。……ノワールが君を斬ったのも僕のミスだと言える。重ね重ね申し訳ない」

「もう、良いですよ」

 

 どうやらケイさんも大体の話をノワールから聞いたようで、頭を下げる。ユニ君たちがいる時には出来なかった為、二人っきりになった今下げていると言う事だった。あの事に関しては、既に決着が着いている。僕から言いたい事は何もなかった。

 

「ありがとう。こんな言い方をするのはアレかもしれないけど、女神たちに呼び出されたのが君で良かった」

「……どうして?」

 

 思ってもみなかった言葉に、問い返していた。

 

「君に教えて貰った異界の魂と言う言葉。それを僕なりに調べて得た情報元に、君がプラネテューヌで見つかったと言う情報をイストワールがもたらした時に聞き出したのさ。」 

「そう言う事か……」

 

 ケイさんには以前少しだけ僕についての情報を流していた。あの時点でも自分の口から説明するには荒唐無稽な話だったため、少しの情報を元に彼女自ら調べて貰えればと思って言ったのだけど、思わずところで反響が来ていた。

 

「それに、君が運ばれて来た時にメディカルチェック諸々をさせて貰ったんだ」

「っ!? と言う事はもしかして……」

「ああ。君の身体の回復力の異常性については理解しているつもりだよ。魔法を使ったと言う事を差し引いても、はっきり言って君の復帰速度は異常だったからね。けど、その理由が解った」

「……。できればその事は他言無用でお願いします。僕が、一番解っている事だから」

 

 イストワールさん以外にも、僕の秘密を知る人が増えてしまった。出来れば隠しておきたい事だったのだけれども、知られてしまったのは仕方が無い。幸いケイさんはラステイションの教祖である。この情報を公にするとは思えない。特に女神たちには。

 

「ん、そうだね。あまり公にする類の話ではなかったね。大丈夫、ユニやノワールにも黙っているよ」

「そっか。ありがとう」

 

 ケイさんの言葉を聞き、ひとまず安堵の溜息が零れた。

 

「話が逸れてしまったね。君に頼みたい依頼と言うのはそう難しい事では無いよ」

「ギョウカイ墓場の時みたいのはもう勘弁してほしいからね」

「アレに比べたら、今回お願いしたいのは可愛いものだよ」

 

 逸れていた話が軌道修正される。女神救出をしたときのような無茶ぶりではないようなので、少しだけ安心する。とはいえ、相手はあのケイさんだ。一癖二癖ある話なのでは無いだろうか。

 

「それで、何をすれば?」

「簡単な話だよ。ラステイションの女神が救出されたけど、未だ本調子には遥かに及ばない。だから早急にシェアを回復させたい。手っ取り早くシェアを獲得するには、ノワールが自らクエストをこなすのが一番だ。だけど、今のノワールに一人で仕事をさせるのは少々心配でね」

「もしかして……」

 

 ケイさんの話を聞いて行く内に、何をしろと言われているのかの見当がついてきた。確かに女神救出の時のような無茶ぶりと比べれば可愛いものかもしれないけれど、あの時とは違う方向に難易度が高かった。

 

「ふふ、君の考えている通りだと思うよ。ノワールがシェアを獲得する手助けをして欲しい」

「……それは僕じゃないとダメなんですか?」

 

 できるのならば断わりたいところである。確かにノワールの事を許したけど、だからと言って気軽に会いたいとも思わなかった。そんな思いを込め、ケイさんに聞いてみる。

 

「君だから頼みたいんだ。女神と女神を救出した張本人が一緒だと言うのならば、堂々と活躍を国民にアピールできるし、本調子じゃないノワールの補佐にも回れる」

「だからと言って、僕が一緒にいる必要はないのでは?」

 

 しかし、そんな僕の思いをケイさんは一蹴する。

 

「ところが君でなきゃいけない理由があるんだよ。これまでノワールは一人で仕事をこなしてきたからね。このタイミングで防衛隊の者たちに手伝って貰うようでは、本調子では無いと自ら暴露している様なものなんだよ。けど、その点君なら、女神を助け出したと言う事を強調したら、傍に居る事に違和感が無くなる。女神を護る騎士(ナイト)ってね」

「騎士って。完全に柄じゃないですよ」

 

 思わず零す。ケイさんの言う事も解らないでは無いけど、気が進まない。

 

「その割に、ユニには歯の浮く事を言ったようだね。支えるだのなんだの。なら、ノワールの事も支えてくれると助かるよ。彼女は完璧に見えるだけであって、完璧では無いからね。ユニだけでなく、あの子も支えて欲しいんだよ」

「……はぁ、解りました。やらせてもらいますよ」

 

 結局、ケイさんに押し切られる形で引き受けてしまった。ノワールの傍に居る。それは僕にとっても難しい事だと思えた。




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