異界の魂   作:副隊長

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18話 痛みの代償に

「……これで一つ段階が進んだか」

 

 アヴニールの研究所のはるか上空、プロセッサユニットを展開させていた紅の女神、マジック・ザ・ハードは、黒の女神に異界の魂が切り伏せられた事を確認して呟いた。

 

「万が一に備えて様子を見に来たが……、いらぬ心配だったようだな」

 

 そう零す視線の先では、ノワールが呆然と四条優一を見詰めている。

 女神の救出に沸くとは言え、未だラステイションは予断を許さない状態であり、女神であるノワールも弱り切っていた。その為、他を顧みる余裕が無かった。そんな状態で妹が倒される。黒の女神が冷静さを欠くには充分だった。そして、じりじりと追い詰められたノワールは、怒りに身を任せ四条優一を斬り伏せてしまったと言う訳であった。

 もう少し黒の女神が冷静であったのならば結果は変わっていたかも知れないが、それを言うのは酷と言うものであった。女神であるノワールは自分や妹だけでは無く、ラステイションの全ての人間を背負っている。脅威を感じれば何とか排除をしようとするのは仕方が無い事だった。ましてや、今の彼女には余力が無く、一つの失策で取り返しのつかない状況に転落するのが解っていたから、自分の守るべき物を確実に守れる手を打ったと言う訳であった。それが、敵の可能性が高いが、敵では無いかも知れない人間の排除であったと言う訳である。誰だって、獅子身中の虫は持ちたくないものだ。後の無いノワールにとって、その行動を選ぶのは当然の結果と言えた。

 

「思惑通り、女神が異界の魂を切り伏せたか。ならばこれで、ブレイブに情報を与え、思うように動かさせた甲斐があると言うものだ」

 

 マジックは、ブレイブに四条優一の事を話せば必ずや仲間に引き入れようとする事が解っていた。犯罪組織に籍を置きながら、子供の為に剣を手にするような者である。この世界に無理やり呼び出され、理不尽を押し付けられた四条優一を救ってやりたいと思うのも当然の結論と言える。結果、ブレイブが自分で考え持ちかけた話であるからこそ、四条優一の心に犯罪組織と言うモノを刷り込む事に成功していた。まだ大きなものでは無いだろう。だが、確実にブレイブの言葉が心に刻まれている事はマジックには解った。そんな直後に、女神の攻撃である。完全に女神の誤解であるのだが、女神が自分で考え起こした行動であった。それは、先ほどのブレイブの行動と同じく、異界の魂の心に大きな楔を打つ事になっていた。

 

「異界の魂。あの男が敵になるならば、女神などよりも遥かに厄介だ」

「そーだな、単純に考えても、ユーイチは女神四人分のシェアを用いて呼び出されているもんなぁ。つまり、アイツは、女神四人分のシェアの力を秘めながら、それとは別に異界の魂の世界を制する力をも有しているってこった。そんなのが敵として立ち塞がるって言うなら、そりゃ厄介極まりないってもんだ」

 

 マジックの呟きに、陽気な声が相槌を打つ。黒き本に腰かける黒き妖精。異界の魂に接触した事もある、クロワールだった。突如割り込んできた声にもマジックは少しの感情を動かす事も無く、ただ一瞥だけ加える。

 

「だが、その力を犯罪神様の為に使えると言うのならばそうなるように動くだけだ。女神が自分たちを守るために呼んだ存在に討たれる。それもまた一興と言うものだ」

「おーおー、やる事がえげつねーな」

 

 けらけらと笑いながらクロワールがマジックを見詰めた。

 

「ふん。女神達があの男にした仕打ちに比べれば、可愛いものだろう」

 

 そんなクロワールをマジックは詰まらなそうに見つめると、そう吐き捨てる。

 

「まったくだぜ。例え知らなかったとしても、ありゃひでーよな! 拒否権も無く呼び出した挙句、全部終わったら死ねって言ってるのと同じだもんなー。……いや、ちっと違うか。アイツはもうこの世界では死なねーわけだし。ともかく、流石の俺も悪い事したって反省しちまったよ。あっはっは」

「……貴様が言えた義理でない事だけは確かだな。異界の魂を引き入れるのならば、お前も消しておくべきか?」

 

 感情の窺えない瞳でクロワールを見詰めたまま、そんな事を呟く。数多の血を吸った紅の大鎌が、鈍い光を放つ。

 

「おいおい、そりゃねーよ! こうしてお前らにアイツの情報をリークしてやってんだから、勘弁してくれ」

「役に立つうちは生かしておいてやる」

「おーこわ。なら精々、死なねーよーに気を付けるわ」

「ふん」

 

 そんな言葉を最後に、マジックは紅を纏い、クロワールは影に溶け込むように消えていく。そしてその場に残ったのは、

 

「お、姉ちゃん? アタシ、なんで……?」

「ユニ!? 良かった……」

 

 心底安心したように妹を抱き起す黒の女神と女神候補生。そして、

 

「あ、そっか、アタシ敵に負けて……。そうだ、お姉ちゃん、ユウは? ユウは何処に居るの?」

「……ユウ?」

「うん。アタシのパートナーで、お姉ちゃんを助けだす時もアタシを支えてくれて、アタシたちを守ってくれた人。今回も助けに来てく、れ、て……、ユウ!?」

「ちょ、ユニ!?」

 

 抵抗らしい抵抗をせず、守るべき者に斬り伏せられた異界の魂だった。

 

「なんで、どうして? ねぇ、なんで!?」

「嘘、それじゃ私は……」

 

 意識を失った四条優一からゆっくりと広がる紅。ユニはそんな優一に縋り付き、声を荒げる。目を覚ましたら自分を助けに来てくれたパートナーが倒れ伏し、自分は姉が守ってくれていた。ユニには現状が理解できなかった。なんで、どうして。そんな感情ばかりが頭に浮かんでくる。そしてノワールは、そんな妹の言葉を聞き、ただ呆然と自分の犯してしまった惨状を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

「此処は……。そっか、何とかなったんだ……」

 

 重たい頭を軽く振るい、薄らと目を開く。体全体を倦怠感が支配しており、胸と左腕を中心に、刺すような痛みと激しい熱を感じた。思わず顔を顰める。呻き声を上げそうになるのを何とか堪えた。痛みと怠さが続いているのを漫然と感じる。そうして思い出す。僕はユニ君のお姉さんに斬られたんだ。

 左腕を動かそうとする。動かせると言う気がしなく、相変わらずだらんと弛緩している。斬られたらいけないところを斬られたのかな? 痛みだけが増した腕を見て、そんな考えが思い浮かぶ。

 

 ――月光聖の祈り

 

 ゆっくりと自身の魔力を集中し、言葉を開放する。じんわりとした温かさが左腕を包み込み、ゆっくりと感覚が戻り始めてくる。そのまま暫く心地の良い暖かさに身を委ねる。そうして魔法の効果が切れたところで、少し腕を動かして見る。ピリピリとした痺れのような感覚が残っているが、動かす事が出来た。何度も手を動かしてみる。問題なく動いた。

 

「うん。大丈夫みたいだ」

 

 一先ず腕から視線をはずすと、そんな安堵の溜息が零れる。治ると言うのはやる前から解っていたけど、実際に動かせるのを見ると、本当に治るんだと言う事に感心してしまった。

 周りを見る。薄暗い部屋の中に寝かされていた。窓から零れる光は少なく、月明かりの光から、今が夜だと言う事が理解できた。

 

「しかし、酷い目に遭ったなぁ」

 

 つい先ほど自分の身に起きた出来事を思い返す。思い出すのは、黒き女神の持つ大きな剣だった。ユニ君と同じ銀髪を靡かせ、黒を基調としたプロセッサユニットを展開し肉薄する女神。振り抜かれる炎を纏った剣。じくり、と背筋を嫌な汗が流れる。良く見ると手が震えている。死の恐怖と言うよりは、斬られる痛みへの恐怖が鮮烈に蘇る。目を閉じ、深く息を吐く。昂る神経を鎮める為、何度も繰り返す。そうしないと怖かったから。

 

「ん……、あ……」

 

 幾分か気持ちが落ち着いたところで、そんな声と、もぞもぞと動く気配を感じた。えっと思い、ベッドの脇を覗き見る。部屋の灯は消えているけど、非常灯などの淡い光がある為、何となく輪郭がぼんやりと浮かび上がった。

 

「貴方は……」

「んぁ……、あ……。お、起きたのね!? 良かった……」

 

 僕を斬り倒した、黒の女神であった。

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 照明が灯され、部屋の中に光が満ちる。視線だけで明るくなった部屋を一瞥する。長釣丸は別の部屋に置かれているのか、はたまた回収されていないのか、僕の寝かされていた部屋には影も形も見えない。無いものは仕方が無いため、直ぐに探すのを止め、ノワールさんを見据える。

 正直に言おう。情けない事に、僕は目の前に座る女の子の事が怖かった。不意を突かれたとはいえ、一方的に攻撃された。彼女の方にどういう事情があったのかはなんとなく想像がつくけど、それでも僕は怖かった。切裂かれた腕は直したけど、最後の切り上げで受けた胴体の傷は、鋭い熱を発しながら存在を主張している。理性では、妹を守ろうとした優しい女性だと解っているのだけれど、身体に受けた傷の所為か、ノワールさんを落ち着いて見る事が出来なかった。

 

「……何の用ですか?」

 

 二人してだんまりとしていたが、いい加減に沈黙に耐えきれなくなり、ノワールさんに尋ねる。一対一で顔を突き合わせているこの状況が、正直苦痛だった。せめてユニ君かケイさんでもいてくれればまだ違うかもしれないけど、今は僕たちしかいなかった。心が落ち着かない。

 

「これは、私が斬った傷……」

 

 僕の左腕を、ノワールさんはそっと両手で包み込むように触れた。

 

「!?」

「ご、ごめんなさい! 痛かったよね……」

 

 瞬間、ばちりと全身にあの感覚が駆け巡る。ユニ君に触れた時に感じた感覚。思わず、びくりと震えてしまう。そんな僕の様子を、痛みが走ったと勘違いしたのか、ノワールさんは直ぐに手を離した。そのまま血に赤く濡れている包帯を、泣きそうな瞳で見つめている。

 

「もう痛くは無いですよ。今さっき、自分で直しましたから」

 

 一目で後悔していると言うのが解った。目に大粒の涙を溜め、じっと傷口を見詰められているのだから、嫌でも解るだろう。それでも僕は、彼女に優しい言葉をかけてあげる事は出来なかった。そんな余裕が無かったから。漫然と感じる忌避感を表に出さないようにするので精一杯だったからだ。そのため、事実だけを告げる。

 

「嘘……、直したってどうやって?」

「魔法。今ではこの通り動かせるよ」

 

 驚くノワールさんに左腕を動かして見せる。先程と同じように、何度か手を握ったり振ってみたりする。

 

「良かった。本当に良かった……。もう動かないかもしれないって、ウチのお医者さんが言ってて……」

 

 すると、僕の手を先程と同じようにゆっくり取ると、ノワールさんは絞り出すように言った。瞳に溜まっていた大粒の雫が一条零れ落ち、彼女の綺麗な肌を伝う。本気で心配してくれていた事は解った。

 

「用はそれだけですか? なら――」

 

 その気持ちは嬉しく思うけど、僕はこの人と一緒に居たくは無かった。別にノワールさんが嫌いなわけでは無い。嫌いと言うよりは、怖いのだ。ユニ君から聞いていた話や、今少し話した限りでも悪い人では無いと解るけど、理性とは別の理由から一緒に居たくなかった。少なくとも、気持ちが落ち着かない今は一緒に居たくない。今の僕なら、この人を傷つけられる自信があったから。だから一緒に居たくは無い。ユニ君の姉に酷い事をしてしまうのは、僕としても避けたい。

 

「ううん。まだ用はあるわ。貴方の看病をさせて欲しいの」

「はい?」

 

 だから今は帰ってくれと言おうとしたところで、ノワールさんが思いもよらぬ事を言った。いや、ある意味でその言葉は順当な言葉と言えるのだけれど、そう思いたくなかった。

 

「貴方が怪我をしたのは全部私の所為よ。もっと私がちゃんと考えて行動すれば、恩人であるはずの貴方を、あろう事か攻撃する事なんてなかったはずなのに……。この怪我は、全部私が貴方に刻んでしまった罪なの。だから、せめてそれが綺麗に消えるまで、貴方の傍に居たいの。ううん。女神として、居なくちゃいけないの」

 

 ノワールさんが静かに、だけど決意のこもった瞳で僕を見据えながら言った。

 

「貴女の罪、ですか」

「そうよ。私たちを、ラステイションを助けてくれた貴方に、私はあろう事か恩を仇で返してしまったわ。その罪滅ぼしをさせて欲しいの……」

「罪滅ぼし、ね」

 

 軽く目を閉じ、彼女の言葉を反芻する。

 

「お願い。貴方の看病をさせて下さい」

 

 ノワールさんの言葉に嘘があるとは思えなかった。本心から後悔しているからこそ、僕に頼んでいるのだろう。それは痛いほど良く解る。彼女の瞳には涙が浮かんでいたから。今は目を閉じているから見えないけど、彼女の瞳から涙が零れ落ちるのを確かに見ていた。その言葉に嘘は無い。それは解った。だからこそ、言葉を抑えられなかった。

 

「それが、本当に罪滅ぼしになるとでも思っているんですか?」

「……え?」

 

 斬られた事については、ある意味仕方ないと思う事は出来た。戦っている時の様子から、本気で僕がユニ君を殺そうとしていると思っていたのが予想できたから。妹を守る為ならば、どんな相手でも許さない。その想い自体は、僕の感情を抜きに考えたのならば、尊いものだと思う。あの時ノワールさんの中では、僕は確かに妹の命を狙う敵であった。そう考えれば、ノワールさんに斬られたことについては、まだ納得する事が出来た。

 

「斬られた痛みが、その程度の事で忘れられるとでも思っているんですか?」

「そんな事は……」

「それにね、ノワールさん。僕はさっき自分で腕を治したって言ったよね。その気になれば、他の傷も治せるよ」

「そう、なの?」

 

 だけど、納得出来ただけでしかないんだ。斬られた痛みを無かった事には出来ない。そして、彼女の提案は、僕にとっては意味が無い事だった。今のノワールさんの提案を受け入れれば、彼女を何の咎めも無しに許す事になってしまう。今の僕には、そこまで出来る程、心に余裕は無かった。 

 

「うん。だから、貴女の提案には意味が無いんだよ。僕にとってソレは、何の意味も持たないよ」

「……」

 

 ノワールさんが黙り込んでしまった。自分の言った言葉を思い返し、少しだけ自己嫌悪に陥る。

 少なくとも彼女は僕に謝りたくてこんな事を言ったのだろう。それで、怪我をした僕の事を考えて提案した事なのだと思う。そんな女の子の気持ちを、僕は正面から否定した。幾ら彼女に良い感情を持ってないとは言え、自分の狭量さが情けない。返す言葉が見つからない様子で僕を見つめるだけの女の子を見ると、心底そう思ってしまう。だけど、言ってしまった言葉を取り消す事などできはしなかった。

 

「それでも私は――」

「ユウ!?」

 

 そんな僕にノワールさんが言葉を返そうとしたところで、バンっと勢いよく扉が開かれる。そのまま部屋に勢いよく入ってきたのは、見知った顔だった。ノワールさんと同じく黒の髪を左右に結い、黒のショートドレスを身に纏った女の子。僕が支えると約束した女の子であった。

 

「ユニ君?」

 

 予想のしていなかった展開に、まじまじとユニ君の姿を見詰める。腕や足に包帯が巻かれている姿が痛々しいが、それ以上に彼女の瞳に光るものに目が行ってしまう。涙だった。自分はまたこの子を泣かせてしまったようだ。そんな事実に、少しだけ胸が痛む。

 

「そうだよ。良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて、本当に良かった……」

 

 そのまま勢いのまま僕の直ぐ傍らまでやってくる。そのまま僕の手を両手で包み込むようにとると、泣きそうに震えた声で良かったと零した。その動きは、姉妹の所為かノワールさんがしたものと同じであった。

 

 

「ごめんね。また、心配かけちゃったみたいだね」

 

 そんなユニ君にかける気の利いた言葉が見つからない為、ただ謝る。それしか僕には出来なかったから。

 

「本当よ……。なんでアンタは、無茶ばっかりするのよ。アンタはアタシを支えてくれるって言ったじゃない!? あの言葉は嘘だったの?」

「嘘じゃないよ。だからあの時も、今回も来たんだよ」

「なら、ちゃんと支えてよ……」

「うん、ごめんね」

 

 怒ったかと思えば、直ぐに涙を浮かべたユニ君に困ってしまう。震える姿を見ると、僕の方まで悲しくなってくるからだ。結局気の利いた言葉も無く、彼女の言葉に謝りながら頭を撫でることぐらいしかできなかった。

 

「……ユニ、泣いて」

 

 そんなユニ君を見て、ノワールさんが驚いている。僕だってここまで泣かれるとは思っていなかった為、出会ったばかりのノワールさんの驚きも仕方が無い。

 

「ねぇ、ユウ。アンタは誰にやられたの。なんで、あんな大けがをしていたの?」

「……ッ」

 

 ユニ君が僕に縋り付くと、そんな事を聞いてきた。同時にノワールさんが息を呑む。どういう事か解らなかった。僕を斬ったのは目の前に居るノワールさんである。それをユニ君が知らなかった。ノワールさんを見詰める。気まずそうに目を反らした。

 

「目が覚めたら、敵はいなくなっててお姉ちゃんが居て、それでユウが大怪我してて。訳解んなくなって、ケイに連絡したらまずは治療が最優先だって言うから、お姉ちゃんに後を任せてアンタを連れて帰ってきたけど、そしたらアタシも怪我しているからってさっきまで治療を受けてて……」

「そっか」

 

 ユニ君の様子から、その時に相当焦っていたのが良く解った。ノワールさんに話を聞く余裕も無く帰って来たようだった。まぁ、怪我人がいたのだから仕方が無い。

 もう一度ノワールさんを見る。表情が固い。妹に本当の事を言うタイミングが無かったのだろう。表情から読み取れた。

 

「それで、どうしてあんな怪我をしたのよ?」

 

 そしてユニ君がもう一度尋ねてきた。それで、ノワールさんの表情が更に苦しそうに歪んだ。自分の所為で妹に心労を与えてしまった事を後悔しているのだと思う。少しだけ、その姿が不憫に思えてしまった。どうも僕はこの人を嫌いになり切れないようだ。自分を斬った人だけど、ユニ君のお姉さんでもあった。そんな人を悲しませるのは、本意では無い。何より、今本当の事を言ったら、ユニ君が一番困ってしまうだろうから。

 

「君を助けに来た後にそのまま戦ってね。それで何とか追い返せたけど、怪我しちゃったんだよ」

 

 結局、助け船を出してしまった。とは言え、言葉自体は事実なのだけれど。

 あの時僕は、ユニ君を助けに来てブレイブと話した後、ノワールさんと戦った。ただ誰と戦ったかを言っていないだけ。

 

「やっぱりそうなんだ。あの時の敵。ブレイブ・ザ・ハード。アンタもアイツに……」

 

 ユニ君が意識を失う直前の状況から、そんな結論に至った。ノワールさんが驚いたように僕を見る。それをただ見返す。別に本当の事を言っても良いのだけれど、そうしたらユニ君とノワールさんの喧嘩になってしまう気がした。仲の良い姉妹が争うのが見たかったわけでは無い。だから少しだけ、ずるい言い方をしたと言う訳だった。話のダシにしたブレイブには少しだけ悪いと思うけど、どちらにしろ敵なのだし、あまり気にしないようにする。ただ、ブレイブの事も本気で嫌う事はできなかった。

 

「アンタは怪我をしていたけど、アタシを守ってくれた。それに比べてアタシは何にもできなかった。やっぱり、アタシは強くならなきゃいけない……」

「ユニ君?」

「ごめん、ユウ。少しだけ考えをまとめたいの。部屋に戻るわ」

「そっか」

 

 何やらユニ君が思いつめたように零す。だけど、この間のような追い詰められたと言う雰囲気では無かった。そのため彼女の思うようにやらせてあげるのが良い様に思え、部屋に戻ると言うユニ君を見送る事にする。

 

「あ、ユウ」

「ん?」

「あの時も今日も、助けてくれてありがとう。凄く、嬉しかった」

 

 扉に手を掛け、部屋を後にしようとしたユニ君が振り向くと、少しだけはにかんでいった。

 

「どういたしまして」

 

 そんな僕の言葉を聞かずに、ユニ君は部屋を退出していった。意地っ張りなあの子の事だ、素直にお礼を言ったのが大方恥ずかしくなったのだろう。だけど、ちゃんと素直にお礼が言えたようだ。あの子もまた成長しているんだろう。そう思うと自然と笑みが浮かんだ。

 

「どうして、庇ってくれたの?」

「僕はあの子が好きだからね」

 

 ユニ君が去った部屋で、ノワールさんがぽつりと訪ねてきた。素直に答える。ユニ君と会えたことで、先ほどまでよりも心に余裕が出来ていた。棘を出す事なく、ノワールさんの言葉に応えられた。

 

「す、好き!?」

「うん。本当のお姉さんの貴女が居るのにこんな事を言うのもおかしいけど、あの子は手のかかる妹みたいに思っているからね。そんな子を悲しませる事はしたくなかっただけだよ」

 

 ユニ君に、僕がノワールさんに斬られたと言えば、あの子が悲しむだろうことは予想できた。姉の事が大好きな女の子だけど、僕の事もそれなりに大切にしてくれている様なので、誤解が原因だとは言え、彼女によって怪我をしたと言う事が知られれば、あの子が苦しむのが容易に解った。ノワールさんの為と言うよりは、ユニ君の為に庇ったと言う訳だった。

 

「ああ、そう言う事ね。びっくりした……。兎も角、そうだとしても助かったわ。私が貴方を斬ったなんて、貴方が大怪我していた時に見たユニの様子から言えなかったから……」

「なら、貸しておくよ。大きな貸と、小さな貸。僕を斬ったことと、さっき助け船を出した事。それで許してあげる」

「……ッ、あ、ありがとう」

 

 先ほどまで渦巻いていたいやな思いが、ユニ君と会ったおかげで無くなったせいかすんなりとそう言葉にする事が出来た。女神に貸しを作った。そう考えると凄い事なんだと思う。

 僕の言葉にノワールさんはほっとしたのか、少しだけ表情の硬さが和らぐ。

 

「でも、貸しって何をすれば?」

「大きい方は何か思いついたら返して貰うよ」

「解ったわ。じゃあ、小さい方は?」

「そうだね……。なら、貴女の事を呼び捨てで呼んでも良いかな? 貴女を女神と敬う事をせず、対等に話したい」

 

 大きい方の貸で何をしてもらうかは直ぐに思いつかないけど、小さい方はふと思いついた。正直言うと些細な事であった。僕はこの人に敬意を持てそうにないから、持たない事にする。それを許してほしいと言う事だった。

 

「……それだけで良いの?」

「構わないよ。僕は貴女を女神だからと言って、特別扱いしたくないだけだからね。と言うか、できない」

「解ったわ。なら、私もあの子にならって、ユウって呼ばしてもらうわよ」

「好きにすると良いよ」

 

 互いに呼び捨てにする事で決着が着く。目の前に居るノワールに出会い、色々と酷い目にも合ったけど、何とか一段落が付いたのだった。


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