異界の魂   作:副隊長

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16話 ラステイションの戦い

 街道を走っていた。この世界に来て動くようになった足を動かし続ける。異界の魂として召喚されたことにより向上した身体能力に加え、自身に身体能力を向上させる魔法と、速度を上昇させる魔法を重ね掛けする事で、人間の限界を超えた速度で移動する事ができていた。

 ラステイションの教会から出て、アヴニールの研究施設へと向かっていた。犯罪組織マジェコンヌによる同時襲撃。この世界を統治する女神たちを滅ぼそうとする者たちの仕業だった。

 クロワールが言うには、彼らは僕がこの世界に呼ばれる事になった要因であるらしい。犯罪組織を壊滅させること。それが異世界人である僕がこのゲイムギョウ界に存在できる理由であり、最終目標と言う事になる。

 クロワールが言うには、ソレを成すまでは女神さまたちに直接招かれた僕は、ゲイムギョウ界にとって正規の手続きを経て存在する者と言う事になり、ソレを成した時点で女神の願いは完了し、僕はゲイムギョウ界にとって不正に存在すると言う事になるらしい。ゲームで例えるなら、メインキャラからバグキャラになると言っていた。極端な例えだけど、何となく言いたい事は理解できた。要するに、目的が達成したら、僕は邪魔になるのだろう。だから、ゲイムギョウ界が、本来在るべき者を在るべき場所へと返すのだとか。必要だから借り、不要になったから返す。単純な道理だとは僕も思う。けど、そうなる訳には行かない理由が僕には出来てしまった。

 

「けど、今はそんな事を考えてる場合じゃないか」

 

 それは難しい問題だから、今みたいに余裕が無い時に考えるべき事では無かった。左手に持つ長釣丸の重みを確かめるように握り直し、目的地へ続く道に意識を戻す。

 

「うぅ……痛いっちゅ」

 

 そのまましばらく走り続け、少しばかり息が上がり休憩しようかと考えたところで、そんな声が聞こえた。それは、苦しそうな小さな呻き声だったけど、確かに聞こえた。異界の魂云々を抜きにしても、聴覚は優れていたし、ましてや今は身体能力が魔法によって向上している。聞き間違えとは思えなかった。

 

「――ちゃんには振られて、仕事でも女神候補生にボコボコにされたっちゅ……。オイラ、もう駄目かもしれないっちゅ……」

 

 声の主を見つけた。それは、何と言うか大きな黒いネズミだった。黒いネズミが街道の脇にある木にもたれ掛かり、息を荒げている。その手と足には人間用の手袋や靴が付けられていて、人のように座り込む姿は普通のネズミとは思えなかった。言葉も人の物を話すようで、モンスターとは思うのだけど、放って置けなかった。トンッと一足飛びで距離を詰め、近寄る。

 

「怪我、してるみたいだね」

「誰っちゅか!?」

 

 すぐさまネズミ君の傍らに片膝を立て座り、様子を見る。ネズミ君は警戒したようで声を荒げるけど、怪我の為か、抵抗は殆ど無かった。素人目で見た感じだけど、大きな外傷は見当たらない。その代り小さな傷と打ち身の痕が無数にある。顔の辺りが紫色に腫れ上がっており、痛々しい。

 

「単なる通りすがりだよ」

「答えになってないッちゅよ!」

 

 左手に魔力を込め、言葉を紡ぐ。

 

 ――月光聖の祈り

 

 それは癒しの魔法。傷付いた体を優しく治す、癒しの力だった。初めて使った時からあまり得意な魔法では無かったのだけれど、最近は使う機会が多くあったし、少しはマシになっているかもしれない。軽傷とは言え、ネズミ君の傷がみるみる良くなっていくのを見ると、そんな事を思った。

 

「イダダ! イタイッちゅ! いきなり触るなっちゅよ! お、男に触られる趣味はないっちゅ! 触れ合うなら女の子の方が……、アレ? 痛みが和らいでるっちゅ」

 

 突然触れられた事で声を荒げたネズミ君だけど、傷が治り始めた事に驚いたのか目を丸めている。その様子がおかしくて少しだけ吹き出してしまうけど、あまり時間がある訳でも無いと思い出し、表情を引き締める。

 

「これで大丈夫だね。なら、僕は行くよ」

「ちょ、ちょっと待つっちゅよ! お兄さん、何者だっちゅか」

 

 人助け――ネズミ相手でも人助けでいいのだろうか?――をした後、直ぐに道を急ごうとしたところで、ネズミ君に呼び止められた。

 

「さっきも言ったけど、ただの通りすがりだよ」

「通りすがりなのに、オイラなんかを助けてくれたっちゅか?」

「世の中、助け合いだからね」

 

 聞いて来るネズミ君にそう答える。目の前に傷付いた者が居て自分に助ける術があるなら、助けるのに特別な理由なんかいらないと思う。

 

「じゃあね、ネズミ君」

「待つっちゅ! オイラの名前はワレチューって言うっちゅ! お兄さんの名前を教えて欲しいっちゅ!」

「僕の名前かい?」

 

 再び走り出そうとしたところで、呼び止められた。急いでいるとは言え、名前を名乗る時間ぐらいはあった。

 

「四条優一だよ」

 

 それだけ告げ、ネズミ君と別れるのだった。

 

 

 

 

 

 

「最早勝敗は決した。大人しく降伏するならば良し。だが、実力の差を知ってなお抗うと言うのなら、容赦はしないぞ」

 

 アヴニールの研究所。倒壊した建物から吹き上がる砂塵の中から、そんな言葉が聞こえてくる。重々しいながらも、どこか晴れやかな響きを持つその声音は、武道の達人のようにある種の切れを宿している。声の主の姿が露わになる。重厚なフォルムを持つ、機械の巨人であった。黒く禍々しいジャッジ・ザ・ハードを悪と称するならば、白く輝く勇者のような外見は、正義と称するのが相応しい。言うならば、機械仕掛けの英雄だった。名をブレイブ・ザ・ハード。それが、アヴニールを襲撃した敵だった。

 

「っ、まだよ! まだ、アタシは負けてない!!」

 

 そんな声に対抗する様に叫び声が放たれる。強い意思を秘めているが、どこか幼い声音。アヴニールを守る為に来たラステイションの女神候補生、ユニである。

 ユニは既に女神化を施した状態であり、黒のボディースーツに銀髪を揺らした女神としての彼女の姿であるブラックシスターに変身していたのだが、それでも尚立ちはだかる敵に手も足も出せずにいた。ボデイースーツや女神と言うに相応しいきめの細かい艶やかな肌に、幾筋もの赤い線が入っており、手にする自慢のX・M・B(エクス・マルチ・ブラスター)も手にするのがやっとなのか、銃身も地に向いており落とさないように何とか持っていると言う有様であった。そんな為体でありながら、ユニは負けを認める事が出来なかった。対峙する敵に向かい、声を上げる。まだ倒れる訳には行かない。自分は何一つとして成せていない! そんな言葉に宿った意思が感じられる。

 

「アタシは負けられないの。アイツはたった一人で敵と、ううん、一人でアタシとお姉ちゃんを支えながら戦い抜いた。ユウは二人も守りながら戦ってくれたのに、アタシは自分一人も守れないなんて、そんな事は有っちゃいけないのよ。アタシが、アイツのパートナーを名乗る為にも、こんなところで負けられないの!!」

 

 それは、ユニが姉であるノワールを救出したときに抱いた想いだった。彼女のパートナーである四条優一は、ユニを支え、一緒に強くなると言ってくれた。実際にその言葉通り、ギョウカイ墓場で女神を救う為、ただ一人その場に残り、ユニとノワールを支えてくれた。優一の言葉に嘘が無い事が解り、ユニは純粋に嬉しかった。

 だが、そんな四条優一に比べ、ユニは自分が何一つ返せていない事に気付いてしまった。彼女を支え、一緒に強くなると言った。実際に言葉通り、ユウイチが支えてくれているとユニは思う。それで強くなった気がしていた。けど、違ったのだ。短い間であったが、ユニは幾つも与えられていた。絆であったり、言葉であったり、命を賭けた事すらも。だけど、彼女が貰ったものを顧みた時、同時に自分が与えたものはどんなものがあるかを考えてみた。そして、思いつかなかった。優一に聞けばきっと答えてくれるだろうとはユニも思う。だけど、そう言う事では無かった。ユニが優一に貰ったものと同等のものを、ユニが優一に与えられているのかと考えると、何一つ与えられていないと思ってしまったのである。

 一緒に強くなった気でいた。だけど、そうでは無かった。ただ自分は支えられていただけだったのだ。そう気付いた時、ユニはこれまでとは違う意味で強くなりたいと思った。弱いままではいたくないと思ってしまったのである。

 

「貴様にも譲れない想いがあるのだろう。だが、それは俺とて同じだ。故に屈せぬと言うのなら、打ち砕くのみ」

「アタシは、負けられないの!」

 

 ブレイブが剣に炎の力を宿し構える。金色の獅子を胸に宿し、炎を宿した剣を手にする姿はまさに英雄と言うに相応しい。強大な体躯から放たれる圧力はまさに圧巻の一言であり、次に放たれる一撃が最後と言う気迫が誰の目にも感じられる。

 対してユニの構えるのはX・M・B。残る力を全てを注ぎ込み、震える手で構える。既に満身創痍であるが負けられない。そんな決死の想いがユニの瞳に映っていた。

 両者が構えを取り、数時間、或いは数瞬の時が流れた。静寂に包まれた空間を、何者かの足音が小さく響き渡った。

 

「ブレイブソード!!」

「X・M・B!!」

 

 互いの声が響き渡り、力と力が衝突する。一瞬の拮抗。力の奔流のぶつかり合いに、突風が巻き起こり、ブレイブによって崩壊していたアヴニールの研究所に更なる傷跡を刻む。だが、

 

「あ――」

 

 拮抗したのは刹那にも満たない時間でしかなかった。ユニの放ったX・M・Bは、ブレイブの放った剣技であるブレイブソードの前に、その力を使い果たし消滅した。X・M・Bは僅かにブレイブソードの威力を減衰させた。だが、それだけだった。

 最初から勝負の見えた戦いだった。彼我の実力差は覆し難いところまで達しており、その上これまでのぶつかり合いから既にユニは限界だったからだ。そもそもX・M・Bが放てたのも不思議なぐらいであり、ユニの敗北も当然の帰結と言えた。

 

「ごめんなさい」

 

 剣が迫った時、ユニが呟いたのはそんな言葉であった。そして、

 

「くぅ、ああぁぁぁぁ!!」

 

 直撃した。ブレイブソードがユニの体に寸分の狂いなく吸い込まれる。その強大な剣を交わす事も出来ずに己が身に受けたユニは、耐えきる事などできる筈も無く、蹴らたゴムボールの如き速さで吹き飛ばされる。そして、壁を幾つも打ち抜き漸く停止した。

 

「負け、られないの……」

 

 全身に幾つもの傷を作り、それでもユニは立ち上がる。その目は、未だ意思が宿っていた。だが、それだけであった。幾ら女神とは言え、既に身体が限界を迎えていたからだ。その瞳はブレイブの姿を正確に捉えておらず、立っているのも不思議なほどであった。それでもユニが立ち上がったのは、負けられない。そんな想いからだった。

 

「その想い、敵ながら見事だ。だが、先ほども言ったが、俺にも譲れない思いがある。貧しき子供たちの為ならば、俺は修羅にでも喜んで成ろう。さらばだ、ラステイションの女神候補生」

 

 だが、それもここで終わる。既にユニは戦える体では無かった。そしてブレイブは、殆ど消耗らしき消耗をしていない。木たるべき結末が来ようとしていた。

 

「ユニ様は此処です!」

 

 ブレイブが剣をユニに向けようとしたとき、そんな声が背後から響き渡る。同時に、ユニのものでもブレイブのものでもない魔力の奔流が辺りを包み込んだ。言葉が紡がれる。それと同時に、ブレイブはユニに向かって振ろうとした剣を無理やり止め、背後へと振り抜いた。

 

 ――天魔・轟雷

 

 殆ど同時に詠唱が終え、紫電がブレイブに向かい放たれる。炎を纏った剣に、無数の雷迅が牙を剥く。音速すら超える光速の閃光が辺りを鮮烈に包み込む。

 

「この子は、やらせないよ」

「ぐ、何者だ!!」

 

 強烈な光が辺りを照らす中、そんな声が木霊する。突如飛来した霹靂にも対応したブレイブが声を上げた。離れていた時間はほんの僅かだったが、懐かしい声音。ソレを聞いて安心してしまったのか、ユニが意識を保っていられたのはそこまでだった。その場に崩れ落ちる。

 

「四条優一。この子のパートナーだよ」

 

 そんなユニを抱き留めたのは、紫電を放った人間。異界の魂、四条優一であった。

 

 

 

 

 

 

「良く……頑張ったね」

 

 傷だらけのユニ君を見ると、そんな言葉が口を吐く。今は意識を失ってしまっているけど、本人が聞けば上から発言に怒られてしまいそうだけど、今回ばかりは許してほしい。ぼろぼろになりながらも姉の代わりに国を守ろうと頑張っている姿は、純粋に凄いと思ったから。

 

 ――月光聖の祈り

 

 言葉を紡ぎ、癒しの魔法を施す。それにより、辛そうな表情が僅かに安らいだ気がする。そのままユニ君を抱いたまま後方に飛び退る。それでもユニ君と対峙していた敵は此方を見据えるだけで、何かをしてくる雰囲気では無かった。どう言う事なんだろう。そう思うも、ユニ君を抱えたままではどうしようもないため、床に静かに横たえる。出来れば此処まで案内してくれたガナッシュさんに預けたかったのだけど、僕が敵に仕掛けた時に直ぐに避難してもらっていた為、できなかった。

 

「そうか、お前がマジックの言っていた人間か」

「マジックが……?」

「俺の名は、ブレイブ・ザ・ハード。犯罪組織マジェコンヌの幹部であり、貧しき子供たちの為に剣を握っている」

 

 ユニ君から離れブレイブに向きなおると、長釣丸を静かに構える。何時攻撃されても良い様に警戒していたのだけれど、ブレイブは戦う気が無いと言わんばかりにそんな事を言った。

 

「子供たちの為?」

「ああ。俺は裕福な子供たちだけでなく、貧しき子供たちが娯楽を楽しめる世界を作りたい。だが、今の女神たちの統治ではそれが叶う事は無い。故に俺は犯罪組織の一員として、女神と戦っている」

 

 確かに戦うのにはそれぞれ理由があるのだとは思う。だけど、目の前の機械仕掛けの勇者と言わんばかりの風貌の相手は、犯罪組織と聞いて思い描いていたイメージとは違う理由で戦っているようだ。

 

「子供たちの娯楽の為?」

「そうだ。例えばゲーム。ゲーム機さえあれば誰にでもできる娯楽ではあるが、貧しき子はソレを遊ぶ事すらもできない。明日を生きる事すら困難であり、ゲームを買うなどできる訳が無いからだ。そんな余力があるならば、生きる事に使うだろう。それ故、余裕の無い貧しき子供は満足に遊ぶ事すらできんのだ。ソレを女神たちは、改善しようとしない。弱き者は娯楽を楽しむ権利など無いと言う事なのだ。そんな事はおかしいと思わないか?俺はそんな現状を変える為、女神を倒す事を目的としているのだ」

 

 ブレイブの言葉を聞き、考え込む。ブレイブの言う事は、要するに貧富の格差の話なのだと思う。この世界も貧富の格差は当然あり、裕福な家と貧しい家がある。極端な話ではあるけど、その差があるのがおかしいとブレイブは言っているのだろう。気持ちは解らないでもない。難しい問題だと思う。

 

「それを僕に言って、どうしようって言うのかな?」

 

 思うところは色々とある。だけど、そんな事は表情に出さずに聴く事にした。イマイチ、ブレイブが何をしたいのか解らなかったから、それしか出来なかったともいえる。

 

「そうだな。少しばかり回りくどい言い方だったな。異界の魂よ、単刀直入に言おう。俺と共に来い。マジックから聞いている。お前は女神と並びたてる存在では無い。だが、我らとならば並び立てるはずだ」

「それは……」

 

 ブレイブの言葉に思わず目を見開く。ブレイブがマジックと同じ犯罪組織の所属と言う事で、僕の事はある程度知っているのだろうとは思っていたけれど、思っていたよりも正確に見抜かれていた為、驚いてしまった。たしかに、僕の願いと女神さまの願いは矛盾する事になり、並び立つ事はできない。女神さまの願いは女神の脅威の排除、つまり犯罪組織の壊滅であり、元の世界に還る訳には行かない為、僕の願いはこの世界に居る事だからだ。

 

「女神たちは自分たちの都合の為、お前と言う人間を犠牲にした。この世界を救うと言う名目で、異世界人であるお前を利用しようと言うのだ。それは許せる事では無いだろう? ならば、目的こそ違うかもしれないが、俺たちは共に戦えるはずだ!」

「……」

 

 ブレイブの言葉に返す事が出来ないでいた。確かに僕はこの世界に呼び出された。拒否権も無く、身一つでただ放り出されたのだ。この世界に来たことで、大切なものを色々と失っているのは事実なのだから。そして、ソレを一切恨んでいないかと聞かれれば、応とは言えない。僕だって元々はただの人間なのだ。今は普通の人間では無いのかもしれないけど、心は人間の時とそれほど差が無かった。だから、恨みは無いとは言えない。

 

「……ブレイブ・ザ・ハード。貴方の言う事は確かに事実だけど、それはできない」

 

 だけど、それだけじゃなかった。与えられた物もたくさんあったからこそ、簡単に頷く事などできなかった。長釣丸を強く握りしめる。

 

「そうか。ならばここで雌雄を決する事になるとしても、か?」

「覚悟はできてるよ」

 

 ブレイブは僕の返答を聞くと、ただそれだけを返した。頷く。ブレイブの魔力が痛いほど強く感じられた。だけど、それでも死ぬと言う思いを持つ事は無かった。それでも戦いを覚悟する。

 

「ふ、まあ良いさ。今日は此処までで充分だ」

「……え?」

 

 不意にブレイブの気配が弱くなる。先ほどまでの臨戦態勢が嘘だったみたいに、静かになった。その落差に、思わず長釣丸を取り落としそうになる。

 

「少なくともお前は我らと直接敵対するほど敵意を持った相手ではない事が解った。ならば今はそれで十分だ。ラステイションの候補生を討てなかったのは残念だが、態々強敵を増やす必要もあるまい。此処は退こう」

 

 そう言い、ブレイブは僕に背を向け去って行った。

 

「見逃された、のか」

 

 深い溜息と共に零した。戦いになると思った時、凄まじい程の圧力を感じた。もし戦っていたならば、どうなっていたか解らない。それだけ凄い相手だった。

 

「っと、ユニ君の治療をしないといけない」

 

 ユニ君には咄嗟に癒しの魔法を施していたが、ブレイブを警戒していたこともあり、あまり魔力が集中できず、効果もいつも以上に低いものだった。それ故もう一度施しておこうと思った。左手に持つ長釣丸を抜き放ち右手に持ったまま、ユニ君の傍らに立つ。そのまま長釣丸に左手をそっと添え、魔力を集中し言葉を紡ぐ。そして魔法を使おうとしたところで、何かが走ってくる足音が聞こえた。ガナッシュさんが防衛隊の増援を連れて来てくれたのかな?そんな事を思って少し視線を移した。だが、其処に居たのは予想だにしない人物だった。

 

「ッ、ユニ!?」

「え……、女神?」

 

 それは、以前助けだしたユニ君のお姉さんだった。ユニ君と同じかそれ以上に艶やかな黒髪を左右に結い、理知的な印象を持つ緋色の瞳には、倒れ伏すユニ君を捉えたためか、僅かに驚きの色が浮かんだ。姉妹だけあって、ユニ君によく似ていた。正直に言うと、一瞬凄く綺麗だと思ったけど、そんな事を考える暇が無い事に即座に気が付いた。力なく倒れ伏すユニ君。全身に切り傷を負っており、僕はその傍らに立ち、魔法を唱えようと長釣丸に手を添えた状態であった。客観的に見てそれは――

 

「貴方、私の妹に何しようとしているのよ!!」

「っ!? ちょっと待っ」

「問答無用! 私の妹に手を出した事、後悔させてあげるわ!!」

 

 ――止めを刺そうとしている様にしか見えない。

 妹思いだからか、一瞬で頭に血が上ったんだろう。怒鳴るようにそう叫ぶと、剣を抜き放ち、僕に向かい躍り掛かってくる。咄嗟に体捌きで剣閃を往なすが無理やりかわした為、態勢が大きく崩れてしまった。

 

「隙ありよ、一気に畳みかける。アクセス!」

 

 ユニ君のお姉さんであるノワールさんの体が光に包まれる。そして、ギョウカイ墓場で助け出した時に見た女神の姿になると、僕の間合いの内に一気に踏み込み、ユニ君やギアちゃんと同じく女神特有の武器であろう大きな剣を振り抜いたのだった。


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