「失礼します! ノワールさんが救出されたって言うのは本当ですか!?」
ラステイションの教会。足を踏み入れるや、ネプギアは少しばかり焦ったような声音で言った。黒の女神救出。ラステイションの街に入ってその情報の信憑性の高さを実感すればするほど、ネプギアは気が急いてしまっていた。彼女の姉であるネプテューヌと同じ女神であるノワールならば、他の女神救出の大きな助けになってくれると考えたからだ。
「ふふ、教会に来るなりそれか。気持ちは解るけど、少し落ち着こうか」
「あ、ケイさん!」
「久しぶりだねネプギアさん」
「あぅ、ごめんなさい」
そんなネプギアに、ラステイションの教祖である神宮寺ケイは、何時もの朗らかな笑みを浮かべながら窘めるように言った。そんなケイの言葉に、根が真面目でありかつ素直なネプギアは慌てて謝罪を告げる。彼女がいる場所は他国の教会である。候補生とは言え、女神に名を連ねる自分が醜態を晒してしまった事に、恥ずかしそうに困ったような笑みを浮かべた。そして小さな声で落ち着かなきゃと自分に言い聞かせる。
「構わないよ。それだけ気が急いても仕方が無い事が起こったからね」
「――ッと言う事は!?」
「ああ、貴方が期待している通りの事が起こったよ。ラステイションの女神が、ノワールが、ユニを中心としたラステイションの人々の力によって助け出された」
「っ、本当だったんですね」
ケイの言葉を聞いたネプギアは、自分の手を胸の前で組み、心の底から嬉しそうに嫋やかな笑みを浮かべた。彼女は救出された時、他の女神を目の前にしながら誰一人助けられなかったことに負い目を感じていた。そんなネプギアからすれば、ただ一人でも女神が救出されたことが何よりも嬉しかったのだろう。子供のように無邪気に笑みを浮かべていた。
「本当に良かったです。ノワールさんなら、きっと助けになってくれるです」
「そうだね。女神さまが味方になってくれるなら、百人力だよ!」
ネプギアより僅かに遅れて入ってきたコンパと日本一も、ケイの言葉を聞き嬉しそうに口元を緩める。
「……喜んでくれているところに水を差してしまって申し訳ないんだけれど、ノワールは協力できない」
そんな三人にケイは端的に告げる。黒の女神は協力できないと。
「そんな! どうしてですか!?」
当然、女神救出を目標としているネプギアたちはその言葉に食い下がる。敵に女神が四人束になっても勝てなかった相手がいる事をネプギアは知っていた。三年前、紅の女神マジック・ザ・ハードに四人の女神が成す術も無く敗れ去ったから。その力をネプギアは目の当たりにしていた。
それでも、自分やユニをはじめとする女神候補生や、アイエフやコンパ等の旅の仲間、彼女が協力を取り付けているゲイムキャラ達の力を合わせれば、必ず救出できると信じていた。それに当代の女神の一人が加われば、更に助け出せる可能性があがるからだ。
「そうです。今はみんなで協力しなければいけない時だと思うです!」
「うん。一人一人の力は小さいかも知れないけど、力を合わせれば強大な敵にも打ち勝てるよ!」
ネプギアの言葉をコンパと日本一が後押しする。そんな三人の様子に、ケイは苦笑を浮かべていた。
「ああ、すまない。言い方が悪かったね。ノワールは今は協力できない。救出したとはいえ、シェアの力が届かない場所に長らく監禁されていたようでね。今のノワールには休息が必要なんだよ」
言葉足らずで済まないと一言謝り、ケイは言葉を続けた。ギョウカイ墓場に三年も囚われていた。その消耗は一日二日で治るものでは無かった。比較的高いシェアが維持されていたラステイションの女神とは言え、回復までにはそれなりに時間がかかると言う訳であった。
ネプギアが救出された時はシェアクリスタルを用いた事により、ある程度の体力も回復されていたが、今回ノワールを救出したときには助けだすのが精一杯であり、とても体力の回復にシェアクリスタルを使う余裕が無かった。それが、大きく影響していた。
「そうだったんですか。すみません、事情も知らずに無理を言ってしまって」
ケイの言葉を聞いたネプギアは、素直に引き下がる。幾ら女神とは言え、直ぐに動ける筈が無かった。自分も身に染みてその事は解っていたから。それに、ケイの言葉から協力しないと言っているわけではない事も理解できていた。
「いや、構わないよ。それでノワールの代わりと言っては何だけど、連れて行ってもらいたい人物がいるんだ」
「連れて言って欲しい人、ですか? 大丈夫ですけど、誰が一緒に来てくれるんですか?」
思いもよらぬ言葉に、ネプギアは小首を傾げる。女神こそ仲間に出来なかったけど、新たな仲間が加わる事に依存は無かった。敵の強さは強大であるため、仲間は何人いても困らないからだ。
「――アタシよ」
「え?」
ネプギアの質問に答える様に扉が開き、答えた人物がいた。姉譲りの黒髪をツーサイドアップにまとめ、黒のショートドレスに身を包んだ女の子。その強い意思が秘められた緋色の瞳には、しっかりとネプギアの顔が映されていた。
「ユニちゃん!?」
それは、ラステイションの女神候補生、ユニであった。
「ふぅ、漸く着いたわね」
「送ってくれて、ありがとう」
ラステイションの教会の前にサイドカー付のバイクを停車する。其処から降り、此処まで送ってくれたあいちゃんにお礼を伝えた。途中までは魔法を掛け、バイクと並走してみたのだけれども、怪我人を走らせるのは気が気じゃないとサイドカーに乗せられていたからだ。
最初にバイクと並走すると告げた時、あいちゃんは本気にしていなかったようで、やれるならやってみなさいと言われた為に魔法を二つほど施して駆けてみた。そうしたら、見事に並走する事が出来てしまい、心底驚くあいちゃんの顔が見れたのは中々良いものが見れたと思う。凄まじきは、異界の魂としての身体能力と、その魔力だろうか。
「いいわよ別に。私は怪我人をこき使うほど鬼じゃないからね」
そう言うとクールな笑みを浮かべ、軽く手を上げる。相変わらず女の子にしておくには勿体ない程の格好良さだと、これまた女の子に持つには何か間違っている感想を抱く。
「相変わらず男前だね」
「それは、褒めてんのか喧嘩売ってんのかどっちなのかしら?」
「勿論褒めてるよ」
「ならいいわよ」
若干引き攣った笑みを浮かべたあいちゃんに素直に言う。助けて貰ってばかりいる。感謝こそすれ、ケンカを売る理由が僕には無いし。とは言え、我ながら言葉はもっと選ぶべきだと思う。言ってからなんだけど、女の子に男前は無いなぁ。
「さて、無駄話をしていても仕方が無いし、サッサと入りましょうか」
「だね」
スタスタと先を行くあいちゃんの後ろをついて歩く。ラステイションの教会にはいる時、どこか懐かしい気配を感じた。
「ネプギアは来てる?」
教会に入り、教祖であるケイさんがいる部屋に通されるなり、あいちゃんが言った。単刀直入と言う言葉を体現したような態度が清々しいのだけれど、色々と言うべき言葉が足りていない気がする。
「君たち一行は、何方も似たような入り方をするんだね」
「どうだって良いじゃないそんな事は。それでネプギアはここに居るの? 居ないの?」
そんなあいちゃんに、部屋の主であるケイさんは苦笑交じりに答える。そんな彼女の反応に、あいちゃんはふんっとそっぽを向くと、質問を促す。ここまでくる道中で聞いたのだが、あいちゃんはケイさんの事が嫌いな様で、どうしても刺々しい反応になるのだとか。僕自身、ラステイションの教祖が癖の強い人物と言う事を身をもって知っているけど、この反応は本気で嫌いなんだなっと変なところで感心してしまう。
「いや、あいちゃん。もう少し穏やかに行こうよ。そんな喧嘩腰じゃ、話してくれるものも話してくれなくなるよ」
「解ってるわよ」
あまりに態度がアレな為、少しばかり横槍を入れる。するとあいちゃんは、少しむっとしながらだけど、矛を収めてくれた。
「四条君か。プラネテューヌの教祖から連絡があった時はまさかとは思ったけど、本当に生きていたようだね。良かったよ。状況が状況だったからね。ノワールとユニを救ってくれた君は、今ではラステイションの恩人と言える。そんな君だけが死んだなんて思いたくは無かった」
ケイさんの言葉に、心が揺さぶられる。生きていて良かった。救ってくれてありがとう。あのケイさんの口から、そんなにストレートな感謝の言葉が聞けるとは思っていなかったから。だからこそ、困ってしまう。自分は彼女が言うだけのことはできなかったから。
「僕は、そこまで大したことはしてないよ。ただ、食い止めただけ。それ位しかできる事が無かったんですよ」
「ユニから聞いているよ。君が立ち塞がった敵は、尋常な相手じゃなかった。あのユニが、恐怖で竦んでしまうほどの相手だった。そのうちの一人は、ノワールですら戦うなと言ったほどの相手じゃないか。そんな敵から二人を守ってくれた。それは、誰でもできる事じゃないよ」
確かにそうなのかもしれない。マジックとジャッジを相手にするなど、僕の様に異界の魂でもない限り、普通の人間に出来る事とは思えない。だけど、僕が出来たのは女神を逃がす事
「僕の事は今は良いでしょう? ネプギアさんはここに居るんですか?」
そんな葛藤が、ケイさんには何時か見透かされてしまいそうだったから、話を強引に戻す。僕の事は後でも話せるので、まずはあいちゃん達の話に戻し、その間に気持ちを落ち着けたかった。
「っと、そうだったね。ネプギアさんたちは、今は此処にはいないよ。少しばかり厄介な事になってね」
「厄介な事?」
あいちゃんが聞き返す。
「ああ。彼女たちが来て、ノワールの事について話していたんだけど、その時に、ちょっとしたごたごたがあってね。今、その鎮圧に向かって貰ってる」
「ごたごた、ですか?」
「犯罪組織がラステイションの都市であるラグーンシティと、異界の門とシェア増幅器の研究をしていた教会直轄の機関であるアヴニールに同時襲撃をかけてきてね。ユニにアヴニールを任せ、ネプギアさん達にはラグーンシティ救援をお願いしているんだよ」
どこまでも冷静に話すケイさん。正直少しは焦ってもおかしくない内容なのだけれども、まったく表情を変えずに言う様は、流石としか言いようがない。
「アンタはもう少し慌てなさいよ!? って言うかそう言う事はサッサと言いなさい! それに、アヴニールってどこかで聞いた気がする……」
「以前にノワール達が解体した企業の事だね。女神がまだ健在だったころに、色々あってね。今は教会に所属する者達によって構成されているよ」
「そうだ! ノワールやアンタによって摘発されてた事件だったか」
ケイさんの言葉を聞き、あいちゃんが合点がいったと言った感じで頷く。それは、ここ最近召喚された僕では知る由も無い話だった。
「とりあえず、僕はそのアヴニールに向かおうかな」
二人の話に耳を傾けていると、そんな結論に達した。僕が支えると言った子が、一人でまた頑張っている。なら、それを支えてあげるのが友達ってものだと思う。
「その申し出は、ラステイションとしてはありがたいけど、構わないのかい? 君は大きな怪我を負っていたと聞いているけど」
「もう、ほとんど消えましたよ」
「確かに魔法でほとんど消えてるみたいだけど、重傷を負っていた事には変わりがないのよ」
あいちゃんとケイさんに体を心配されるけど、それは無用な心配と言うものだった。既に僕の体にあった怪我は、無くなってしまっていたから。まだ痛みを感じる事はあるけれど、殆ど無くなったと言って良いぐらいにまで回復していた。なら、頑張り屋の妹分を助けに行かない理由の方が無い。
「問題は無いよ。それに、僕はあの子の相方だからね。ユニ君が頑張っているのなら、助けに行かないと」
「四条、アンタ……」
「まぁ、過保護なだけかもしれないけどね」
感心したように零したあいちゃんに、苦笑しながら言う。ユニ君は決して強い子じゃない。だから、支えてあげなきゃと思ってしまうのだ。
「それなら、ラステイションの教祖としてお願いするよ。アヴニールの研究所まで行って、ユニに協力して欲しい」
「承りました」
そう言い、小さく笑う。ケイさんがすんなりと僕を信じてくれるのが嬉しかった。だから、声に出さずにありがとうと告げる。ただ、形にしておきたかったから。
「なら、私はネプギアたちと合流するために、ラグーンシティに向かうわ」
「解った。そっちは任せるよ」
頷き合う。僕には僕の、あいちゃんにはあいちゃんの向かうべき場所が出来ていた。
「そっちこそ、頑張りなさいよ」
そう言い、別々の行くべき場所に向かい踏み出すのだった。
「四条君か。彼はどうしてここまで頑張ってくれるんだろう」
アイエフとユウイチが去った教会の一室で、ケイは誰ともなしに呟いた。四条優一。ラステイションの女神候補生であるユニが見出した男だった。プラネテューヌの教祖であるイストワールから、彼が異界の魂であると言う事を聞かされていた。異世界から呼び出され、人には過ぎたる力を持たされた人間。召喚される側に拒否権は無く、否も応も無く呼び出される。見知らぬ世界に身一つで放り出された存在なのだと言う。
つい先日まで、ゲイムギョウ界は女神不在と言う未曽有の危機に晒されていた。それを変える大きな力となってくれていた。それがケイには信じられなかった。彼女には、ユウイチがゲイムギョウ界を嫌う理由があっても、好きになる理由があるとは思えなかったからだ。
そしてそう思うのも仕方が無い事なのである。ケイが知っている情報の全てが四条優一の事実では無かったから。彼が得たものと失ったもの。ソレを知らなかったから。
「おや、ガナッシュからか?」
異界の魂へ思考を移していたところで、ケイの持つ通信機が着信を告げた。画面に表示されていた名は、ガナッシュと言う人物からであった。今現在のアヴニールの主任をしている男であり、かつて、ラステイションの敵だった男。そしてノワールに倒され、贖罪をすると誓った人物であった。
《ケイ様!》
《どうしたんだい、ガナッシュ》
《増援に来た防衛隊の物は全滅、ユニ様が唯一人で敵に当たっております。ですが、ブレイブ・ザ・ハードと名乗る敵の主力はあまりに強大過ぎます。ユニ様の手にすら負えず、このままでは壊滅するのは時間の問題です。至急増援をお願いいたします》
《なんだって!?》
予想だにしていなかった言葉に、普段の彼女らしからぬ声を上げる。確かにアヴニールは襲撃されていた。それでも女神候補生が鎮圧に向かっている。女神救出に沸くラステイションで戦うならば、負ける道理は無かった。にも拘らず、連絡によればアヴニールは壊滅間近であり、ユニの敗北も時間の問題であると言えた。あり得ない出来事が起ろうとしていた。
《解った。今、ラステイションの出せる最大戦力が向かっている。何とか持ちこたえて欲しい》
《まさかノワール様が?》
《いや、違う。ノワールはまだ出られるほど回復していない。女神救出の際、ノワールとユニを救ってくれた人物。彼が生きていた。四条優一君に向かって貰っている》
《そうですか、あの時の功労者が生きていたのですか。解りました。何とか持ちこたえて見せましょう》
そう最後に言い、通信は切られた。
「……ケイ、何かあったの?」
予想外の状況に、流石のケイも溜息を零す。少しばかり気が動転していたのだろう、弱弱しく近寄ってきていた気配に声を掛けられるまで気づかなかった。
「ノワール!?」
「貴女がそんなに驚いた顔をするのは珍しいわね。私に気付かない程、気が動転していたようね。そこまで状況は良くないのかしら?」
驚くケイに、ノワールは悪戯が成功した子供の様に綻ぶも、直ぐさま表情を引き締める。ケイが周りを見る余裕を失うほどに動揺していた。それがどう言う意味か、ノワールには良く理解できていたから。
「……そうだね。本音を言うと、かなり良くない。アヴニールの研究所が襲撃され、ユニの手に負えない敵が現れたみたいなんだ。敵の名は、ブレイブ・ザ・ハードと言うらしい」
ノワールは助け出されたばかりであり、消耗しきっている。仮に話したとしても余計な心配をかけるだけだと解っていながらも、結局ケイは語る事にした。真面目であり国の事を誰よりも愛している女神である。此処で一時的に隠したとしても、他の人間から情報を聞き出すのは目に見えていたからだ。ならば、ケイが自分自身で話してしまった方が、あとあとの動きを直接聞ける分、いくらかマシであると言う訳だ。
「あの子が危ないの!?」
「ああ。だから今出せる最大の戦力に助けに向かって貰っているんだ」
驚くノワールにケイは静かに付け加える。普段の様に落ち着いた声音に、妹の危機に驚きを露わにしたノワールも幾分か冷静さを取り戻す。
「それにブレイブ・ザ・ハード。アイツの名前に似ているわね」
「アイツ?」
「私たち女神を捕えたやつの事よ」
それは、女神たちが四人がかりでも勝てなかった相手。そんな相手と、名前が似ていた。そんな偶然の一致がノワールの直感にけたたましい程の警鐘を鳴らしていた。
「……ケイ」
覚悟を決めたようにノワールはケイを見る。
「はぁ……、どうせ止めても聞かないんだろう?」
そんなノワールを見ると、長い付き合いであるケイは、彼女が何を言っても止まらないと言う事が容易に解ってしまった。
「あの子を守る為なら」
「なら、止めないよ。その代り、絶対に帰って来る事。三年前みたいに女神不在なんて、もう沢山だからね」
小さく頷く黒の女神に、ケイは降参したと言わんばかりに両手を上げた。どうせ止まらないのならば、やりたいようにできるよう、背を押すだけであった。
「ありがとう、行ってくるわ」
「ああ、気を付けて行って来ると良い。必ず帰ってくるんだよ」
「ええ、きっとユニと二人で帰ってくるわ」
ケイの言葉にノワールは穏やかな笑みを浮かべると、妹を助ける為、愛剣を手に取り駆けだすのだった。
超女神信仰 ノワール 激神ブラックハートの公式サイトを見ていたら、ゲイムシジョウ界とみて盛大に吹き出しました。きっとゲーム市場からとってるんだと思います。主人公の名前のネタにもろ被ってましたw
主人公の四条優一ですが、名前を考える時になんかそれっぽい名前に出来ないか考えてみて、姓名のうち、
姓を ゲーム市場から市場→四条
名を 一番優れたゲーム→優一
としていたりします。だからどうしたと言われればそれまでですが、どうしても書きたくなったのでここに書かせてもらいましたw
あと、アイエフの台詞をノワール→ノワール様に修正しました。