異界の魂   作:副隊長

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14話 この世界に来て

「それで、アンタはどうするつもりなのよ?」

 

 プラネテューヌの教会。クロワールとの接触を果たした次の日の朝、すっかり傷も塞がりどうしようかとかんがえていたところで、朝のあいさつもそこそこに、あいちゃんとイストワールさんに聞かれていた。

 

「とりあえず、身体の具合も上々なようだし、一度ラステイションに戻ってみようかと思うよ」

 

 既に女神救出から少しばかりの時間が経っている。いい加減何かしらの連絡を入れないといけないだろう。昨日は色々な事を立て続けに聞かされたため、そこまで気が回っていなかったけど、漸くそんな事を考える余裕も出てきていた。

 

「では、此方からケイさんに連絡を入れておきましょうか?」

「お願いします――」

 

 僕とあいちゃんの話に耳を傾けていたイストワールさんがそう言ってくれた。ふむ、っと考え込む。僕はギョウカイ墓場から、異界の門無しで帰還してきていた。普通の手段では、生きている人間は行く事が出来ない場所。其処から単身帰還してきている。馬鹿正直に話せば、その異常性にケイさんが気付かない筈がない。ならば、当然どうやって帰って来たのかと言う事を追及されるだろう。それには僕の事を話す必要が出てくる。今の僕がどういう存在なのか。できればあまり人に話したい事では無かった。だからこそ、事情を知るイストワールさんに耳打ちする。

 

「ただ、異界の魂の話を少しだけ織り交ぜて話して貰えませんか?」

「――ッ、ああ、そう言う事ですか。解りました。しっかり伝えておきますね」

「ありがとうございます」

 

 昨日クロワールに出会った後、イストワールさんにだけは改めてギョウカイ墓場での事を話していた。その時当然どのようにしてギョウカイ墓場に辿り着き、帰還したのかも語っていた。侵入する際は、異界の門を用いていた。そして逃げ帰る時には、その身一つでギョウカイ墓場から抜け出している。ケイさんにギョウカイ墓場の話を聞いていた時から疑問に思っていた事はあったけど、プラネテューヌの小さな教祖様と話をしたことにより、何故自分がそんな事をできたのかがようやく理解できた。ある意味では、できて当然のことをしたと言う事だった。

 因みに、マジックやジャッジと戦った際、再現させた魂砕は、魔力によって構築された姿を長釣丸の物に戻している。あの時はシェアクリスタルの力を用いたからこそ使う事が出来た武器だったけど、一度成功させていたせいか、魔力を変換するコツを感覚で覚えたのか、再現率こそあの時には遥かに劣るけど、魂砕をもう一度顕現させることはできるようになっていた。

 

「ちょっと、二人で何を話しているんですか?」

 

 唐突にイストワールさんに耳打ちしたものだから、あいちゃんがそんな感じで尋ねてくる。僕だけが相手ならば、もっと強気に聞いて来ただろうけど、耳打ちしたのはあいちゃんの直接の上司であるイストワールさん。そのせいで、微妙に変な言葉遣いになっているのが少しおかしかった。

 

「ん、ちょっと内緒話をね」

「あのね、そこはもう少し隠すなりなんなりしなさいよ。気になるじゃない」

「ごめんね。けど、言いたくないんだ」

「すみません、アイエフさん。四条さんが話したくないと言うのなら、私の口からは教えてあげられません」

 

 隠し事はあまりしたくないけど、正直に話す事も出来ない。だから、こんなに中途半端な事を言ってしまった。この場でもう一人事情を知るイストワールさんも困ったような苦笑いを浮かべながら、あいちゃんに申し訳なさそうに告げる。

 

「はぁ、もう言いわよ。そんなにストレートに教えたくないって言われたら、諦めるしかないじゃない」

 

 溜息を吐きながらあいちゃんはそう零すと、降参と言わんばかりに両手を軽く上げた。追及はしない。気になるけど追及はしない。そう言ってくれているのが解った。少しだけ、ほっとする。態々場の空気が重くなる話はしたくない。

 

「とにかく話を戻すわよ。一度ラステイションに戻るって言うのなら、当面の目的は一緒なわけね」

「ん、あいちゃんもラステイションに用事が?」

「ええ、ルウィーに向かっている途中にノワール様救出の報を受けたからね。私はプラネテューヌに戻ってきたけど、ネプギアやコンパはそのままラステイションに戻ったのよ。女神であるノワール様が協力してくれるのなら、それ以上に心強いものは無いしね」

「そうだね。女神さまが加わってくれるのなら、他の女神救出も遣り易くなるとだろうね」

「そう言う事よ。で、それに合流しようって訳」

 

 其処まで聞いて納得する。ラステイションでユニ君を仲間には出来なかったけど、そのお姉さんは引き受けてくれるかもしれないので、挑戦しようと言う訳なのだろう。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど、あの子たちも頑張っているんだなって思うと、すごいなぁって感心してしまう。

 

「そうなんだ。なら、目的地は一緒だし、一緒に行く?」

「……別に良いんだけど、こっちが言おうと思ってた事を先に言われるとなんか腹立つわね」

 

 そんな不穏な事を零すあいちゃんに苦笑する。とはいえ、あいちゃんの方も一緒に行くのは問題ないのか、本気で怒っているわけでは無いけど。

 

「傷の具合はどうですか?」

「問題ありませんよ。もう、消えましたから」

 

 イストワールさんが聞いてくる。考えてみれば昨日治療を受けたばかりである。その心配も仕方が無い。だから、事実だけを答える。体の方は、治療魔法を何度かかけた所為もあり、万全と言えた。

 

「そうですか……」

 

 そう頷きつつも、傍らに居る本に腰かけた女の子は、複雑そうな表情を浮かべていた。そんな彼女の顔をを見無かった事にする。もう終わった話であるし、これ以上蒸し返すべきでは無いんだから。

 

「四条はすぐにでも出られる?」

「ああ、問題ないよ」

「そ、なら私の準備が終わったらすぐにでも出れるわね。昼までには終わらせるから、それまで時間を潰しててくれるかしら?」

「ん、解ったよ。なら、少しその辺りをぶらついてから教会集合って事で」

 

 そう言い話を終える。女神救出からそのままプラネテューヌの教会に来ていた。荷物と言っても長釣丸くぐらいかないので、準備のしようも無いからね。少しプラネテューヌの街を見てみようかな。そう思い、二人と一旦別れる事にした。

 

 

 

 

 

 プラネテューヌの街中を当ても無く歩く。ラステイションの街中と比べ近代的な建物が多く、僕のいた世界の建物と比べても、遥かに技術が進んでいるのが解る。宝玉を取りにリントさんとプラネテューヌには着た事があったけど、どちらかと言えば辺境だったため、これ程までに凄い街並みだとは思っていなかった。何と言えばいいのだろうか、SFに出てきそうな街並みと言うのが一番しっくりくる。僕の馴染みのある町と比べて、遥かに近未来的だった。目的などが特にある訳でも無いので、気が向いた店などには行ってみようかと思っていたのだけれども、見る物全てが珍しいため適当に歩いているだけでも中々に楽しかった。

 

「ふーん。そんで、一旦ラステイションに戻るってか? つまんねーの。いっその事、犯罪組織に入って女神達とガチバトルとかすれば良いじゃん。でっかい奴は兎も角、紅の女神の方はお前に興味がありそうだったしな。それに、助け出した女神と敵対するとか、すっげー燃えるじゃん!」

 

 そんな時に再び出会ったのが、そんな事をのたまう小さな女の子だった。黒の妖精。クロワール。イストワールさんにどこか似ている存在だった。両手を後頭部で組み、けらけらと笑いながら僕の肩に腰かけている。ちなみに、彼女が腰かけていた黒い本は、今僕が持たされている。

 

「女神と敵対する理由が無いし、犯罪組織に入る理由も無いよ」 

 

 そんなクロワールの無責任な言葉に溜息を吐きながら答える。

 なぜこの子と一緒に居るのかと言えば、暫くは暇だから来たらしい。そう聞いた時は、余りに予想外だったため、お笑い芸人よろしくこけそうになった。この子が本当のところ何を目的にしているのかは解らないし、教えてもくれないけど、碌な事では無いんじゃないだろうか。出会ったばかりだけど、容易に想像はできる。

 ともかくこの子は僕を観察するのが今の目的なようで、僕もこのはた迷惑な人物を放って置く訳にもいかないので一緒に居ると言う事だった。

 

「いやいや、あるだろ。異界の魂の召喚とか。異世界の呼び出されたことだけでも相当な恨みになるはずだぜ。そんでもって、お前にある結末は利用されるだけ利用されたあとは消されるだけ。お役御免、さようならーってな! 女神の脅威を排除するってのは、要するに女神を助け出して犯罪組織も潰すって事だな。つまり殆ど世界を救う必要がある。そこまでして払わされた代償はなんとやら。うわぁ、考えただけでもひでーな。同情するぜ。俺ならそんな世界ぶっ壊してやりたいって思うね!」

 

 クロワールは言葉とは裏腹に嬉々として言葉を紡ぐ。その様は僕がどう動くのかを見て楽しんでいるとしか思えず、正直煩わしい。だけど、一人になってしまうと、目の前に居る黒い妖精の言う様な事を考えてしまいそうになるのも確かな為、こんな人物ではあるけども、一人でいるよりは幾分かましだと思える。

 

「その元凶が何をいまさら」

「あっはっは。それについては悪かったって言ってるだろー」

「……もう少しお仕置きが欲しいのかい?」

「アレはマジでいてーから、絶対にすんなよ!?」

 

 ぺしぺしと僕の頬を軽く叩きながらクロワールは続ける。何と言えばいいのだろうか、邪気しかないけど、その所為で純粋に見えると言うか、本当に楽しみにしているだけな様で、どこか憎み切れなかった。愉快犯極まれり。迷惑でしか無い筈なんだけど、この子を嫌いになり切れずにいた。

 

「でもさー、実際のところどーすんだよ。女神やこの世界を救ったところで、お前には何一ついい事は無いぜ? 寧ろ奪われるだけじゃんか。その辺は真剣に考えた方がいーんじゃねーの?」

「いろいろ与えて貰った事もあるよ。目が見えるようになった。足が動くようになった。新しい出会いがあった。魔法なんてものも使えるようになったし、誰かに必要とされることもあった」

 

 クロワールの言葉に言い返す。確かに今のままでは、僕にはお世辞にもいい結末は待っていない。だけど、それはクロワールの言う事が全て事実であり、イストワールさんの言う事に間違いが無かった場合の話だ。イストワールさんは兎も角、この子の言う事はいまいち信用ならないし、

 

「何より、答えは他にもあるかもしれないよ。今見えている道だけが、全てじゃない」

 

 希望が無い訳でも無い。元の世界に戻る。その点で言えば、確かに道は潰えていた。その一点に関していえば、絶対にどうしようもない。だって、既に終わっている事だから。もう結果が提示されているのなら、覆す事はできない。けど、元の世界に還ると言う事を諦めれば、まだ道はある。例えば、さっきクロワールが言った犯罪組織に入るって言うのも、何にも拘らないのなら選択肢になり得る。だけど、僕の感情だけで、世界を壊すなんて言う気は無い。それに幾ら異界の魂と言っても、そんな事が出来るとは思えないしね。力では無く、僕の心が強くないから。

 

「何とも優等生な考えで。けどなー、ユウイチ。それはお前が本気で追い詰められてねーからだよ。今のはな、まだ他人の事を考える余裕があるから言える言葉だぜ?」

「そう、なのかな?」

「あったりまえじゃん。だれだって、てめーの命が一番って思うだろ。だから、最後には余裕がなくなるんだ。だからこそ、ホントに追い詰め詰められたときは、自分のことしか考えられねーんだよ。どうしようもない状況になった時、どーするのかは今のうちに考えておいた方がいーぜ」

 

 確かにクロワールの言う事も解る。少なくとも今の僕は本気で追い詰められている訳でも無い。だけど、後がなくなった時はどうなるか解らない。今から考えをまとめておくのも悪いと言う訳では無かった。

 

「それでも、世界を壊すとかは考えないと思うなぁ」

 

 とは言え、そこまで過激な事をできると思わないけど。

 

「んだよ、つまんねーの! 異界の魂なら、女神も国も壊滅とか悲惨な結末を見せてくれると思ったのになー」

「……君って結構言う事がえげつないよね」

 

 つまんねーっと僕の耳を引っ張るクロワールにもう一度溜息が零れる。

 

「だって、神が治める世界を人が壊すとか早々みれねー展開だし、気になるじゃん。それにやるなら派手な方がおもしれーに決まってるしな! 夢はでっかくってな」

「それは何か違うんじゃないかな」

 

 結局、この子は自分が面白ければそれでいいと言ったタイプなんだろう。何と言うか、こんな漫画があったらおもしろくね? って聞かれているような感じである。

 

「そんなことねーよ」

「いや、あるよ」

 

 むむむ、っと唸るクロワール。どうでも良いけど、片手で耳を引っ張るのはやめてほしい。

 

「兎も角、いまん所はユウイチは派手に事を起こす気はねーのか」

「ないよ。てか、君の言い方だと、僕が世界を壊すとかそう言う凄い方向に行くのが確定しているみたいだけど、なんでさ」

「だって、そっちの方が面白そうだしな」

「そうですか」

 

 僕の質問に、クロワールはにやりとした笑みを浮かべる。ある程度予想していた答えに溜息がまたこぼれそうになる。

 

「それに、そうしないとお前がこの世界にいられねーしな」

「……」

 

 何気ないクロワールの言葉に、出かかっていた言葉を思わず飲み込む。この愉快犯にそんな事を言われるとは思っていなかったから。

 

「折角見つけた異界の魂とか言う存在が、何の事件も起こさないで消えるとか勿体ねーじゃん!」

「ああ、やっぱりそう言う感じなんだ」

 

 一瞬でもクロワールの言葉に感動しかけた自分が馬鹿だった。何だろうこの、そこはかとなく裏切られたような感覚。それがまた、何故か痛快だった。少しだけ吹き出す。

 

「何いきなりふきだしてんだよ。変な奴だなー」

「いや、ね。なんだかんだ言って、この世界に来たのは君の所為なんだなって思うと、この状況がどうもおかしくてね」

 

 普通なら、僕はこの子を恨んでいても不思議では無い。むしろ、それが当たり前なんだと思う。だけど、どういう因果か、一緒に街を散策しながら話している。クロワールの事を完全に嫌いになれないでいる。それが、酷く滑稽な事に思えた。だけど、それはクロワールが居たからこそ、ゲイムギョウ界に来られたからなんだろうと思う。彼女が異界の魂召喚の儀式を、この世界に持ってこなかったら僕は今此処に存在していない。だから、黒い妖精を嫌いになり切れないんだろう。結局、なんだかんだ言って感謝もしていると言う訳なんだと思う。

 

「この世界に来たことは後悔してないよ。むしろ、良かったと思ってる」

「あ? いきなりどーしたんだよ?」

 

 自然と口に出た言葉に、クロワールが怪訝そうに僕を見るのが解った。

 

「だから、ありがとうって言っておきたくてね」

 

 この世界に来なければ、僕は変わら無かったかもしれない。だから、変わるきっかけをくれたクロワールには、一度だけお礼を言うのも良い気がした。色々と酷い目に遭っているけど、確かにこの世界に来て救われたと言う面もあるのだから。

 

「なんかわかんねーけど、どーいたしまして」

 

 そう言いクロワールは耳を一度引っ張ると漸く肩から飛び降りる。そのまま僕の持っていた黒い本に腰かける。肩に乗っていた軽い重さが消え、少し態勢が楽になる。

 

「そろそろ時間なんじゃねーの?」

「ん、そろそろだね」

 

 クロワールの言葉を聞き、頷く。気付けば、もうそろそろ戻らないといけない時間帯になってきていた。

 

「なら、行こうかな」

「ああ、じゃーな。またそのうち見に来るわ」

 

 そう言い別れる。昨日も似たような事を言っていた。案外、またすぐに会う事になるんじゃないだろうかと思いながら教会へ向かって歩を進めた。

 

 

 


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