異界の魂   作:副隊長

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13話 黒の妖精

「なにかの間違いの可能性はありませんか?」

 

 イストワールさんの言葉をかみ砕き口に出た言葉がそれだった。正直に言ってしまおう。目の前に座り、悲しそうな表情を浮かべている小さな女の子の言う言葉が、どうしても信じられなかった。彼女の言葉が本当だとしたならば、僕はどう足掻いたとしてもこの世界から元の世界に戻る訳には行かない(・・・・・・・)からだ。

 この世界に来て、元の世界に還ると言う事を考えた事は何度もある。大事な人たちを失ったとは言え、僕の居るべき世界はこのゲイムギョウ界では無い。心配してくれる人たちだっている。異世界に呼び出されたとはいえ、そう簡単に諦められる事では無かった。

 とは言え、その方法については異界の魂として得た知識を以てしても見当もつかなかった為、余り優先していなかった。急ぐ必要も無いと思っていた。手掛かりが無かったから、どうしようもなかったとも言えるかな。

 だが、今回妖精のような小さな女の子からもたらされた情報が正しいとしたのならば、話は変わってくる。今まではどうしようもないからあまり深く悩む事は無かった。不安はあったけど、希望もあったからだ。だけど、今日知ったことが正しいとしたのならば、僕はチキュウに戻れないと言うことになる。どんな奇跡が起きたとしても、戻る事はできない。仮に、チキュウへの帰還方法があったとしても、それを行うこと自体が出来ないから。

 

「恐らく有り得ません。魔法と科学。双方の視点で検査をさせていただきましたけど、間違いなく貴方は……」

 

 できれば間違いであって欲しい。そんな僕の切実な想いを、イストワールさんは苦しそうに否定する。出会ったばかりの女の子にこんな表情をさせるなんてダメだと思いつつも、彼女を気遣うほどの余裕は無かった。

 

「そう、ですか」

 

 口を吐きそうになった様々な思いを飲み込む。目の前に佇む小さな女の子や、囚われの女神さまに何かを言ったところで、どうしようもない問題だったから。罵ったところで意味なんかない。泣いたところで意味なんかないんだから。強がりと言うよりは、どこか諦めにも似た気分でそんな事を思う。

 

「ごめんなさい……」

 

 何とか言葉を返した僕に、イストワールさんはまた悲しそうに涙を浮かべながら謝罪をしてきた。その様子から、真剣に僕の事を考えてくれているのが感じられた。今この場に居ない女神さまだって、本当にどうしようもないから『異界の魂』召喚の儀式を行ったのだと思う。ギョウカイ墓場で囚われている姿を実際に見たからこそ、それが解った。

 

「謝らないでください。僕は気にしていませんから」

「そんなわけがありません!」

「ええ、少し強がっちゃいましたね。本当は気にしています」

「なら」

「だけど、今この世界に僕は存在しています。なら、それで良いんです」

 

 結局、彼女たちに何かを言うなんて事、僕には出来なかった。元の世界に居た頃は、光と自由を失っていたから。過ぎ去る日々を過ごす心の糧も無く、ただ死んでいないだけの生活だった。それを、彼女たちは変えてくれたから。

 『異界の魂』召喚の術式。それを知っていたのはこの世界の歴史を書き記す役目を持っていたイストワールさんだけだったらしい。先程聞いた彼女の話によれば、女神たちが破れる戦いに赴く少し前、万が一の事態に備え女神たちにその術を託していたようだ。そのおかげで僕はこの世界に呼び出される事になった。

 『異界の魂』は召喚される際に世界を超える過程で様々な恩恵を得る。自分のもつ剣を読み取り再現する能力だったり、人間離れした身体能力。あるいは眠って居る筈の魔力の開化や知るはずの無い知識。そして、失った筈の光と自由を再び手にしていた。目が見え歩けた時、不意に涙がこぼれたのを思い出す。今思えばあれは、嬉しかったからなんだ。

 それだけの物を与えられもした。ユニ君をはじめとする新しい人たちとの出会いもあった。そう思うと、帰れないと言うのも仕方が無い事なのかもしれないと思う事が出来た。

 

「貴方はとても強いんですね」

「強くはありませんよ。少し、器用なだけです。取り繕うのが得意なだけです」

 

 イストワールさんの言葉に苦笑いを浮かべながら否定する。僕は強くなんてない。いろいろ理由を付けなければ、納得できなかったから。ただ、少し折り合いをつける事が出来ると言うだけだった。

 

「そんな事はありません。強いんですよ、心が。だからこそ、女神を救う役目に選ばれたんです」

「買いかぶり過ぎですよ。兎も角、この話はこれで終わりです。僕はそれほど気にしていません」

 

 話を無理やり終わらせる。そうしないと何時まで経ってもこの話題が終わらないから。今日であったばかりだが、彼女が優しい事は十分に解った。だから、強引に話を切る。解りましたと頷き、どこか儚げな笑みを浮かべたイストワールさんがとても印象的だった。

 

 

 

 

「失礼します。……目が覚めたみたいね」

 

 それからイストワールさんと取り止めの無い話をしていると、病室がノックされる。入室を促すとすぐさま入ってきたあいちゃんが僕を見ると、少しだけほっとしたのか僅かに表情をほころばせ言った。

 

「お陰様で、ね。以前と言い、本当にお世話になりっぱなしだね。ありがとう」

「別に気にしなくてもいいわよ。知らない仲じゃないんだから」

 

 まだ幾分か体に痛みがある為、その場で頭を下げる。びりっとした痛みが走る。思わず顔を顰めてしまう。だけど、そのおかげか確かに僕は生きているように思えた。そんな事を考えてしまう自分が、どこか可笑しかった。

 

「そう言えばお二人はお知り合いでしたね。確かラステイションで出会ったと聞きましたが」

「ええ、ラステイションの女神候補生といろいろあった時に出会ったんですよ」

「成程、向うの女神候補生と交流があったわけですね。何とも因果な事です」

 

 あいちゃんの言葉に、イストワールさんは小さく頷く。あいちゃんが来るまでに、『異界の魂』諸々については他言無用と言う事になっていた。彼女はネプギアさんと共に女神たちを救出すると言う大事な目的があるし、それを差し引いても僕についての話は気軽に話せる内容では無かったからだ。僕自身、あまり詳しく語りたいとも思えなかった。『異界の魂』の特性だけならば幾らでも説明できるけど、それ以上の込み入った話は語るべきでは無い。

 

「そういえば四条。アンタは何であんな怪我してたのよ。見つけた時、目を疑ったんだから」

「ああ、うん。それについては何処から話すべきか」

 

 あいちゃんの言葉に、どうしたものかと考える。傷を負った経緯を話すには、当然ギョウカイ墓場での一件を話さなければいけないだろう。あれから数日の時間が経っているけど、何処まで話していいのか解らなかった。ケイさんが言うにはラステイションが秘密裏に行っていた計画らしいし、終わったとは言え、実動部隊に居た僕が語って良いものか。

 

「その前に一つ聞いても良いかな。ごく最近、ラステイションで何か大きなニュースは無かった?」

 

 結局、あいちゃんには悪いけど、質問に質問で返す。恐らく女神の救出は成功しているだろう。ユニ君のお姉さんしか助け出さなかったけど、それでも女神不在の今の状況から考えれば、間違いなく大きな話題になっていると思う。つまり、その話が出たならば、ラステイションの計画は既に公開されており、僕が話したところで大きな問題がある訳では無いだろう。勿論、ある程度はあいまいに話す事は忘れないようにしないと。

 

「ありましたよ」

 

 僕の質問に、イストワールさんがあっさりと答えてくれた。

 

「どんな内容か聞いても良いかな?」

「端的に言うと、ラステイションの女神が救出されたって話よ。完全に裏が取れた訳じゃないけど、かなり信憑性は高いわね。十中八九、事実よ」

「そっか」

 

 あいちゃんが大体予想していた通りの言葉を紡いでくれた。なら、僕が話したところで其処まで問題になる事も無いだろう。少なくとも隣国にまで話が聞こえてきている。それはケイさんが意図的に流しているように思えた。

 

「結論だけ言うよ。僕も女神様救出に参加したんだ」

「……だと思ったわよ」

 

 端的に言うと、あいちゃんは少し頭を押さえつつそう零す。まぁ、話の流れから大凡の予想がついていたのだろう。

 

「つまり、ノワール様の救出が成功したって言うのは事実なのね?」

「おそらくは」

「少し歯切れが悪い返事ですね。何かあったんですか?」

 

 イストワールさんが小首を傾げながら聞いて来た。それはそうだろう。今の言い方だと、自分にも解りませんと言っているようなものだから。

 

「そんなところですよ。ユニ君と彼女のお姉さん、ノワールさんを助け出す時に一悶着ありましてね」

 

 対峙した二人の敵を思い出す。ユニ君やギアちゃん、女神様と同じプロセッサユニットをその身に纏い、大鎌を振りかざし迫ってきた紅。この世の物とは思えない程妖艶であり、冷徹な瞳をしていた紅の女神。マジック・ザ・ハード。 強大な戦斧を操り、地を割くほどの膂力を以て襲い掛かる黒い巨人。戦いと言う行為を純粋に楽しむ黒き暴威。ジャッジ・ザ・ハード。二人とも、今考えても掛け値なしの強敵だった。マジックが見逃してくれなかったのならば、今此処に僕はいないと思う。しかし、こうも早く彼女の言葉の意味を実感する事になるとは思わなかったけど。

 

「一悶着って。……あ、アイツが居た!」

 

 ギョウカイ墓場であったこと一部を話したところで、あいちゃんが声を上げる。その瞳に映っていたのは、大きな後悔と、ほんのわずかな恐怖の色。

 

「アイツ?」

「アタシたちも女神たちを助けるために一度ギョウカイ墓場に行った事があるのよ。その時に女神を目前にしながらネプギアしか助けられなかった原因。やっとの思いで助け出したネプギアの攻撃すら全然効かなかった規格外の敵よ!」

 

 尋ねる僕に、あいちゃんは捲し立てる様に言い放つ。その悔しそうな顔を見ると、女神を助け出せなかったことを後悔しているのが痛いほど良く解った。手をぎゅっと強く握り、少しだけ震えている姿は見ていて痛々しい。

 

「それって、黒い巨人だったりする?」

 

 半ば確信しながら尋ねる。ジャッジに初めて会った時、僕がゲイムギョウ界に呼び出された直後に黒き巨人とは出会っていた。その時にジャッジはお前もさっきの奴らの仲間だな、っと叫んでいたのを覚えていたからだ。きっと、それがあいちゃんたちの事だったのだろう。

 

「ッ!?」

「ああ、当たりみたいだね」

 

 僕の言葉にあいちゃんの方がびくりと震えた。その様子に自分の予想が当たっていたことを理解する。

 

「もしかして四条さんも出会ったんですか?」

「ええ。僕とユニ君が遭遇したのは黒き巨人でした。名をジャッジザハードと言うようです」

「ジャッジ・ザ・ハード」

 

 あいちゃんがその名を刻みつけるように呟く。彼女にとっては、女神を目前にして道を阻んだ相手になる。言わば、宿敵なんだろう。呟き顔を上げた時、あいちゃんは力強い眼差しをしていた。

 

「そして、もう一人出会った相手がいます」

「もう一人ですか?」

「はい」

 

 一呼吸間をあける。思えばこの世界に来て解らない事だらけだったけど、ギョウカイ墓場で出会った相手も相当なものだったと思う。

 

「女神さまと同じプロセッサユニットを纏った敵。紅の女神、マジック・ザ・ハード」

 

 それが、ギョウカイ墓場で出会った敵の名前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗だなぁ」

 

 プラネテューヌに聳え立つ、一際大きな塔。プラネタワーの屋上から見る事が出来る、地にある星空。この国に生きる人々の営みの光を眺めながらぼんやりと呟いた。中天に輝く月をはじめとした星空とは少しばかり趣が違うけど、そこから見える光は確かに温かいものを感じる光だった。人々の作り出す星空とでも言えば良いのか。とにかく、その景色はとてもきれいで尊いものなんだと思う。そんな光をもう一度見れるのが、素直に嬉しかった。

 

 イストワールさんとあいちゃんを交えての話が一区切りついた後、イストワールさんに無理を言って一人になれる場所を希望していた。できれば景色の良いところをとお願いしたら、まさかこんな大きな塔の頂上に案内されるとは思わなかったけど。因みに、僕の今いる場所は、女神さまが街を見下ろすのに良く来る場所なのだとか。

 

「異界の魂、か」

 

 他人事のように呟いた。実際にその力を実感した今でも、イストワールさんの話はどうにも信じる事が出来なかった。信じたくないともいえる。だけど、事実なんだろうなって心の奥底では理解できてしまうところもあった。根拠なんかない。感覚的なところで心当たりがあった。

 

「ここから飛び降りたら、どうなるんだろう?」

 

 光を見下ろしながら、そんな事を考えてしまう。勿論、実際に飛び降りる気なんかない。そんな事をしたところで意味なんかないから。何より、飛び降りる勇気も無い。ただ何となく口を出た、大した意味の無い言葉だった。

 

「そりゃお前、普通の人間なら死ぬだろ。地上から何メートルあんだ、此処?」

 

 それに何処からともなく答える声があった。傍らから聞こえてきた声に、ゆっくりと視線を向ける。突然聞こえてきた声なんだけど、なんでか殆ど驚く事は無かった。

 

「だろうね。普通の人間なら、どう考えても即死だよ。けど、異界の魂なら?」

「いやいや、異界の魂でもこっから落ちれば死ぬ事は死ぬだろ。まぁ、お前の場合はどうなるか解んねーけどな! 一回いってみっか? とりあえず、めちゃくちゃいてーんじゃねーの?」

 

 そう無責任に言い、声の主はさも可笑しそうに笑い声を上げる。ああ、こう言う人物なのかと小さく溜息が零れた。

 

「で、きみは誰なのかな?」

「ん? ああ、そう言えば名乗ってなかったな! 俺はクロワールって言うんだ。ま、別に覚えてくれなくても良いぜ」

「クロワール、ね。僕は――」

 

 それは、イストワールさんと同じく一冊の黒い本に腰かけた小さな少女だった。腰かけると言うよりは、胡坐をかいているが。にやにやと愉快犯的な笑みを浮かべ、黒き少女は僕を見据えていた。見た目の第一印象は兎も角、もっと本質的なところでクロワールと名乗った女の子はイストワールさんに似ている気がする。名前の通り、イストワールさんを黒くしたような感じだろうか。誠実なイストワールに対して、愉快犯的なクロワール。うん。なんかピッタリな気はする。

 

「ああ、知ってるから別に名乗んなくても良いよ。四条優一だろ。異界の魂で、女神たちに呼び出された哀れなチキュウ人」

「なんで其処まで知っているのかな?」

 

 クロワールの言葉に素直に驚く。僕が異界の魂であり、女神に呼び出されたと言う事を知っていているのはまだわからないでもない。だけど、僕が呼び出された場所のことまで知っているのははっきり言って異常だろう。カマをかけるとかそんな次元の話じゃない。それは、この世界でも僕しか知らないはずの事だから。この世界での異界の魂召喚の儀式は、異世界から人を呼び出す術の筈だから。

 

「あっはっは。驚いてるな! まぁ、当たり前か。普通知ってるはずの無い事を言われりゃ、誰だってそんな反応になるわな。ああ、良いもんが見れた!」

「趣味が悪いね」

「そんなに怒んなよ。良いこと教えてやるからさ!」

「……良い事?」

 

 何処となく人を小馬鹿にした態度にどうしたものかと考えたところで、クロワールが僕にグイッと近付いていてきてそんな事を言い始める。まぁ、話を聞くだけならそれ程問題も無いだろうと思い促す。

 

「お前がもしこの世界に居たいと言うのなら、犯罪組織マジェコンヌは潰さないこった」

「どういう事かな?」

 

 クロワールの言う犯罪組織とは、簡単に言えば女神の敵対者である。女神さまの信仰を奪い、四つの国の力を低下させている原因だった。

 

「なに、簡単な話だぜ。お前が今この世界に居られるのは、異界の魂としての制約のおかげだからな。それが無くなったら、本来異物である四条優一は、ゲイムギョウ界から削除される運命にある。今のお前は女神の願いで呼び出されたって言うこの世界での存在理由があるけど、それが無くなったらさっさと消されるってわけだ」

「理屈は何となくわかったけど、それが何で犯罪組織の存続に関わってくる?」

「そりゃ、女神の願いって言うのは、女神の脅威となるものの排除だからだよ。で、あんときの状況から女神の脅威って言うのが紅い女神マジック・ザ・ハード。つまりは犯罪組織っつーわけだ。だから、犯罪組織を潰せば自動的にお前は強制送還されるって訳だ」

「成程ね」

 

 クロワールの言葉に頷く。仮に彼女の言う事が事実だったとするのならば、それは僕にとって切実な問題と言える。元の世界に還る事が出来ない以上、僕にあるのはこの世界に留まると言う選択肢だけだから。

 

「一つ聞いていいかな?」

「おう、良いぜ。何でも聞いてみろよ」

 

 あれこれと考える前に、一つだけ確認したい事があった。質問をする僕に、クロワールはどんとこいと胸を叩き、頷いた。

 

「なんで君がそんな事を知っている?」

 

 なぜ彼女そんな事を知っているのか。それが知りたかった。その理由が解れば、今後を考える為の大きな材料と成り得る。

 

「なんだ、そんなことか。そりゃ、この世界に異界の魂召喚の儀式を持ってきたのは俺だからな」

「は?」

 

 本当に何でもない調子で言うクロワールの言葉に、思わず目を見開く。

 

「何年も昔にイストワールの目を盗んでこっそり仕込みを終わらすのは中々苦労したけど、いい感じに話が進んできた。あの時はこんなに面白そうな状況になるとは思わなかったけどな」

「……つまり、僕が此処に居るのは君の所為って事かな?」

 

 何とかそんな結論に至る。

 

「ああ、そーだぜ」

 

 心底愉快だと言わんばかりの笑みをクロワールは浮かべた。

 

「ああ、そっか」

「あっはっは。ちょ、何すんだ! いきなり頭を掴むなって!」

 

 そんな彼女を掴む。流石の僕も、今回ばかりは少し怒っても良いと思った。

 

「痛い、痛い、痛い!! ちょ、マジで痛いって!! 頭をぐりぐりすーるーなー!!」

「他に言う事は無いかな?」

「悪かった、お前には悪い事をしたって思ってるよ!!」

 

 異界の魂として強化された速度を以てクロワールを掴むと、そのまま頭に拳をぐりぐりと押し付ける。すると、悲鳴を上げながらクロワールは謝罪の言葉を口にした。はぁ、っとため息が零れる。こう言っては何だけど、悪戯っ子にお仕置きした所為か、幾分かは落ち着く事が出来たようだ。ひとしきりぐりぐりしたところで、クロワールを開放する。

 

「なんかもう、良いよ。それで許してあげる」

「いってーッ。お前、もう少し手加減ってものをしろよ!?」

「それ位で許してあげるんだから、感謝してほしいぐらいなんだけどなぁ」

 

 半泣きになりながら睨み付けてくるクロワールにもう一度溜息が零れた。

 

「くっそー、酷い目に遭った」

「僕はもっとひどい目に遭ってるよ」

 

 皮肉が出るのも仕方が無い。

 

「とにかく、教えたからな!!」

「ああ」

「そのうちまた様子を見に来るから覚悟しとけよ!?」

 

 そう、びしっと僕を指さし告げると、クロワールは夜空に向かい消えていく。

 

「というか、また来るんだ」

 

 その姿を見送り呟いた言葉。夜に溶け込み消えていった。 


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