異界の魂   作:副隊長

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10話 ギョウカイ墓場

「よく来てくれたね四条君。早速だけど、仕事の話に入らせてもらうよ」

「先日はどうも、ケイさん。聞かせて貰います」

 

 ラステイションの教会。ギルドを通して呼び出しを受けた僕が案内された部屋に入るなり、ケイさんは薄い笑みを浮かべたまま言った。挨拶もそこそこに話の先を促す。以前にラステイションの教祖からの依頼をこなしてから、既に二週間ほどが過ぎていた。ケイさんは何やらある計画とやらを進めているらしく、依頼で提出した血晶により、その計画が大幅に進んだということらしかった。今日ここに来る前にも一度連絡があり、その計画で使う道具が無事完成したと言う事で、今回僕は呼ばれたと言う訳だった。

 

「君に頼みたい仕事は大きく三つ」

 

 僕が話を促すと、ケイさんは右手を軽く上げ、人差し指を立てながら言葉を続けた。

 

「一つは、ユニに直接渡してある機械、『異界の門』の動作テスト」

「異界の門、ですか?」

 

 聞きなれない言葉に問い返した。異界の門。異界の魂と言う存在の自分としても、どこか気になる名だった。

 

「ああ。異界へと繋がる転移の門を生み出す道具。それは血晶の力を応用し、シェアの力を増幅させ本来生身の人間が辿り着けない場所に行くための装置さ。だから省略して異界の門」

「生身の人間では辿り着けない場所、と言うのは?」

「ギョウカイ墓場。女神たちが、ユニの姉が捕えられている地だ」

「……ユニ君のお姉さんが」

 

 ケイさんの言葉に少し驚くが、直ぐに納得もした。彼女はラステイションの教祖であり、実質この国のナンバー2と言える。彼女の性格や能力から考えても、トップと言うよりはブレインなのだろうか。その為、本来居る筈のトップがいないと言う現状を打開するために出した案が、今回のテストに使う異界の門なのだろう。ケイさんの言う事が事実なら、女神の救出と言うのは普通の人間にはとてもできそうにはない。そもそも女神が生きているのかという疑問は、以前ユニ君に聞いたネプギアさんの話で解決していた。彼女は女神たちと共に捕えられ、ただ一人助け出された。詳しい事は解らないけど、確かに生きて助け出されたのだ。ならば、女神が生きている可能性は十分にあると言える。

 

「二つめ。そのテストを行うと一度ギョウカイ墓場に向かう事になる訳だ。そこで、ユニの護衛をして欲しい」

 

 ケイさんが中指もたて、指を二本立てながら言った。

 

「……護衛と言う事は、ユニ君の方もテスト以外に仕事が?」

「少し違うよ。ギョウカイ墓場に行くにはそれ相応のシェアの力が必要なんだ。一度行けば帰ってくるためにもそれ相応の力と時間が必要となる。ユニの力が回復するまでの間、あの子を守ってやってほしいと言う訳さ。余裕があれば、情報収集も頼みたいかな」

「成程」

 

 ケイさんの言葉に頷く。つまり、今後女神を救出するための下準備と言う事だろうか。最初に道を作り、ある程度の情報を収集する。その後、本格的に動き出すと言う事だろう。一度行ってしまえば、どの程度力を消耗するかもわかると言う事だ。

 

「そして三つめだけど、その前に四条君、これを持ってもらえないかな?」

「何ですか、これは? 何か不思議な力を感じますし」

 

 ケイさんに二つの物を渡される。それは、腕輪と石だった。腕輪は銀の装飾を施され、紅い石が印象的な小さな腕輪。そして、石はどこか温かい光を帯びた綺麗な水晶であった。どこか不思議な力を感じた。特に小さな水晶。強く在りながら、どこか優しい。そんな力だった。

 

「シェアクリスタルと、シェア増幅器」

「シェアクリスタル?」

 

 しげしげと受け取った物を眺めながら聞く僕に、ケイさんは静かに答える。後者は名前からどんな効果か想像できるけど、前者はいまいち想像出来なかった。

 

「シェア増幅器はその名の通り、シェアを増幅させる機械さ。君とネプギアさんたちが持って来てくれた二つの血晶の片割れで作った物だよ」

「異界の門とシェア増幅器。二つの血晶で作ったものですか」

「ああ、そう言う事だね。そして、最後のシェアクリスタル。これは、まだノワールが、ラステイションの女神が健在だったころに作って置いたものさ。女神の力、シェアの力を凝縮させたもの。これがあれば女神の力を使える。異界の門に二つ。そして、シェア増幅器に一つ使われている。有事の際にと作っておいたものだけど、本当に役に立つ事になるとは思わなかったよ。そして三つめだけど」

 

 そこまで言ったところで、ケイさんは三本目の指を立てた。そのまま目を閉じ軽く深呼吸した後、言った。

 

「可能ならば今渡した二つを用い、女神たちを奪還してほしい」

 

 それは、予想の斜め上を行く難題だった。

 

 

 

 

 

 

「大体は解りましたけど、一つ聞いても良いかな」

「構わないよ」

 

 ケイさんの話を聞いたところで、疑問に思った事を尋ねる事にした。

 

「三つめ。幾らなんでも急ぎ過ぎじゃないのかな? テストと同時に奪還と言うのは、色々段階を飛ばしすぎな気がします」

 

 色々と思った事はあった。だが、最初に浮かんだ疑問はそれだった。テストと言いながら、ケイさんが言っているのは実質、女神の奪還作戦と言えなくもない。

 

「君の言う事は尤もだよ。けど、あまり悠長に事を構えている時間が無いんだ。ユニたちが頑張ってくれていたけど、シェアは日に日に衰えてきている。余力があまりないんだ」

「……それほどないんですか?」

「ああ、残念ながらね。増幅器は兎も角、異界の門はシェアクリスタルの力以外にもユニの力も用いる事で、発動させるんだ。だから、まだシェアに余裕があるうちにノワールを、他の女神を救出したい」

 

 ケイさんは淡々と言葉を続ける。いつも通り冷静な表情で告げられる言葉は、だからこそ純然たる事実なのだと理解する事が出来た。

 

「だからこそ、無茶な作戦を実行すると」

「君には、そしてユニにもすまないとは思っているよ」

「……、解りました。できる限り、努力してみるよ」

 

 ケイさんが頭を下げたところで、折れる事にした。元々やる心算の仕事ではあった。予想以上の仕事であったため言いたい事が色々とあったけど、それを全て承知の上で頭を下げるケイさんも見たら、言うべき言葉が無くなってしまったからだ。

 

「そうか、ありがとう」

 

 だからだろうか、そう言って頭を下げるケイさんはどこか小さく見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「来たわね、ユウ」

「果し合いでもする気なのかな?」

 

 ラステイション教会の敷地内。青々と生い茂った大樹の緑が、風に撫でられ心地の良い音色を奏でている。広い場所が取れる為、何時ぞやの大樹の下でユニ君と合流するなり、彼女は言った。

 

「なんでそうなるのよ!? 別にアンタとアタシが戦う理由が無いじゃない」

「いや、なんというか、両腕を組んで仁王立ちされながら言われるとそんな気がしたんだよ」

 

 むっとしながら言ってくるユニ君に、苦笑しながら返す。それでもご立腹なのか、じとーっとした目で此方を睨み付けてきた。

 

「さて、冗談は置いておこうか」

「……アンタさっき本気で言ったんじゃないの?」

「ユニ君って意外と細かいこと気にするよね」

「うっさいわよ!」

 

 数日振りに会ったユニ君は調子がいいのだろうか、いつも以上に元気に感じた。これから行う大仕事を前のカラ元気なのかもしれないが、それでもこの子の元気な姿を見ると何処か安心していた。大変な仕事だろうけど、友達と一緒なら頑張れると言う事だろう。

 

「異界の門、だったかな」

「ええ、これよ。アンタ無理に話を変えたわね」

 

 ユニ君が左手に付けた黒い腕輪を見せてくれた。先ほど僕が受け取った銀色の腕輪と同じく、紅い石がはめ込まれ、その左右には二つの水晶が付けられている。血晶とシェアクリスタルだった。そう言えば宝玉は見当たらないので、腕輪の中とか目に見えない部分にでも使われているのかもしれない。案外溶かしていると言う可能性もあるかも。

 

「あはは」

「誤魔化すな! はぁ、もう良いわよ。終わったら追求するんだから!」

「それはやめてほしいなぁ」

 

 ユニ君の言葉に視線をずらし苦笑を浮かべる。帰ったら帰ったでご立腹なこの子の相手をするとなると、少しばかり気が重いからだ。まぁ、嫌な訳では無いけど。

 

「もう。じゃあユウ、準備は良い?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 ユニ君は一度溜息を吐くと、それで気持ちを切り替えたのか僕の目を見てそう聞いた。これから異界の門のテストを始める。そう言っていた。手にした長釣丸を握り直し、頷く。

 

「よし、ならやるわよ。――アクセス!」

 

 僕の返事に満足したのかユニ君は小さく笑うと、そう宣言した。その場に不思議な力が収束し、ユニ君を包み込む。シェアの力。それが、辺りに風を巻き起こし、大樹の緑をざめわめかせる。風が強い。左手で目を庇うように覆う。ユニ君のいる方から強い光が迸り、やがて辺りに静寂が戻った。左手をおろし、視線をユニ君の方へ戻す。

 

「よし、こっちも準備完了よ」

 

 そこには黒と銀色をした女神の姿になったユニ君が立っていた。

 

「女神化、ね。この前見た時はゆっくり見ている間が無かったけど、なんと言うか訳が分からないよね」

 

 以前彼女の変身を見た時は、ネプギアさんと戦っている時だった。陽の光に照らされて輝く銀色の髪が綺麗で、少しだけ見とれてしまった。候補生とは言え女神と言うだけあって、人間離れしている。まぁ、根本的に人では無いのだけれど。

 

「まぁ、人のユウからしたらそうかもしれないけど、あんまりそういう事言わないでよ。結構グサッと来るんだから!」

 

 女神状態のユニ君が拗ねたように呟いた。それに肩を竦める。彼女を貶そうとしたわけでは無かったけど、そう聞こえたのだろう。素直に反省していた。

 

「ああ、それは失礼。ごめんね。別に君が変だって言ってるわけじゃないんだ」

「解ってるわよ。ユウは、アタシの味方なんでしょ?」

 

 すると、してやったりと言わんばかりの笑顔を浮かべ、ユニ君は言った。その表情を見ると、ああ、この子は女神だったとしてもやっぱりユニ君なんだなぁ、と思い知ることができた。僕にとっては可愛らしい妹分。そんな女の子だった。面と向かって言ったら怒られるだろうか? 子ども扱いするなって。

 

「そのつもりだよ。……くく、改めて言われるとちょっと恥ずかしいね」

「あら、照れてるんだ。珍しい」

「そういう日もあるって事だよ」

「いや、やっぱりいつも通りのアンタだわ」

 

 そう言い小さく笑うと、ユニ君は呆れたようにため息をついた後、もう一度笑った。

 

「じゃあ、異界の門を使うから……。ん」

 

 そう言ってユニ君は右手を差し出してきた。

 

「えっと、なにかな?」

「ああ、もう! 手を繋げって事よ! それぐらい察してよ」

「ああ、そう言う事か。では失礼してッ」

 

 少し恥ずかしそうに捲し立てるユニ君に納得してその手を握った。瞬間、何かが全身を駆け巡る。例えるなら静電気。彼女に触れた瞬間、バチっときた。

 

「どうかしたの?」

「……いや、なんでもないよ」

 

 そんな僕の様子を怪訝に思ったのか、ユニ君は尋ねてきた。なんでもないよと首を振る。どうやら彼女の方は何も感じなかったようで、僕の事を不思議そうに見上げていた。その様子から僕だけ何かを感じたのだと、見当をつける。さて、どう言う事なのだろうか。今考えても解る事では無いか。

 

「じゃあ、気を取り直していくわよ」

「ああ、何時でもどうぞ」

 

 そう言うとユニ君は少しだけ強く僕の手を握った。同時に、彼女の左手を中心に強い力が集まってくるのを感じ取った。何かが起こる、そう思った瞬間、強い光が辺りを包み込んだ。それは、ユニ君が女神になる時の光に似ていた。思わず目を閉じる。何か強い力につき動かされるような衝撃を感じた。その力に抗わず、身を委ねた。数舜の流動、やがてその動きが穏やかになり、止まった。目を開ける。

 

「はぁ、何とか着いたみたいね」

「ここは……」

 

 目に映ったのは、聳え立つ岩山に、砕かれたような電源プラグ。あちこちに壊れた機械のようなモノが転がり、どこか異様な雰囲気を醸し出している。そこは、僕がゲイムギョウ界に召喚された場所であった。

 

「どういう事なんだ?」

 

 ユニ君にも聞こえないような小さな声で呟く。確かに僕はこの場所を知っていた。

 

「どうかしたの?」

「いや、何でもないよ。何かすごい雰囲気に驚いただけ」

 

 心配そうに尋ねてくるユニ君に、先ほどと同じく何でもないと答える。幾つかわかったことがあったため、だからこそ情報を整理する時間が欲しかった。ユニ君に話すかどうかは、一度落ち着いてから決めたい。

 

「そっか、ならいいんだけど。ふぅ……」

 

 そういい、ユニ君は変身を解いた。ケイさんは異界の門を使うにはユニ君の力も多く使うと言っていた。どれほどの消耗かは解らないけど、溜息を吐きその場に座り込んだこの子を見ていると、相当な消耗だとは理解する。幾らユニ君とは言え、確かにこれは護衛がいるだろう。

 

「隣、失礼するよ」

「あ、うん。ちょっとごめん」

 

 傍らに長釣丸を抱くようにして座り込む。するとユニ君は小さく頷き、そのまま肩に頭を預けて来た。少しだけ驚き、隣を見る。ユニ君は目を閉じていた。その姿を見て言葉を出すのを止め、暫く黙る事にする。数舜にも数時間にも思える沈黙。やがて、小さな寝息が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

「ん……、あれ、アタシ」

 

 どれぐらい時間が経っただろうか、傍らで眠る少女が目を覚ましたようだった。眠っているこの子を起こす訳にもいかない為、暫くぼんやりとギョウカイ墓場の異様な風景を見詰めつつ考え事をしていた。そのおかげか、自分の中でもある程度情報を纏める事が出来ていた。結論だけ言うならば、今はまだ話す時では無いと判断していた。

 

「おはよう。漸く起きたようだね」

「なんでユウが!? ……、あ、そう言えばアタシ、一気に力使ったんだっけ」

「みたいだね。まさかその場に座り込んで寝るとは思わなかったよ」

 

 暫くは寝ぼけていたようだが、少しずつ何があったのか思いだし、ユニ君は恥ずかしそうに小さくなった。その様子がおかしくて、笑みを零す。

 

「悪かったわよ」

 

 ばつが悪そうに言うユニ君に気にしていないと軽く首を振り答える。

 

「とりあえずは、第一段階が完了と言ったところかな」

「そうね。二人ぐらいなら、何とか転移できる。ただ、すっごい疲れるわね」

「寝ちゃうぐらいにね」

「ぐ、謝ってるじゃない!」

 

 むきになるユニ君をからからと笑った。

 

「さて、と。もう一度転移の方はできそうかな?」

 

 その場から立ち上がり、軽く背を伸ばしながら言った。

 

「……まだ暫く無理そうね。シェアと言うよりは、アタシの体力が足りない」

「そっか。なら、暫くこの辺りを調べてみようか」

「そうね」

 

 どうやら直ぐには回復しないようで、辺りを少し調べてみる事にした。座って居るユニ君に手を差し伸べる。

 

「あ、ありがと」

「どういたしまして」

 

 少し恥ずかしそうに手を取る姿を見ると、難しい年頃なんだろうなっと笑みが零れる。気が強いけど少し照れ屋なところがある。微笑ましかった。

 

「そう言えばユニ君のお姉さんって、女神なんだよね」

「そうだけど、どうしたの?」

 

 ギョウカイ墓場をゆっくりと歩きながらユニ君に尋ねる。墓場全体には朽ちた物がいたる所に落ちており、どこか物寂しかった。その所為か禍々しい雰囲気が辺りに充満しており、それを見ているだけでもどこか気持ちが萎えてしまうような気がする。

 

「いや、ユニ君のお姉さんも女神と言う事は、やっぱり変身するのかと思ってね」

「するわよ。お姉ちゃんは、アタシよりも凄いんだから!」

「へぇ、君が凄いって言うなら相当凄いんだろうなぁ。やっぱり姉妹って言うだけあって、戦い方が似てるとかあるのかい?」

 

 ユニ君のお姉さんには合った事が無いが、誇らしそうに言うこの子の顔を見ると、よっぽど凄いんだろうと素直に思えた。

 

「戦い方は全然似てないかな。アタシは銃だけど、お姉ちゃんは剣を使うの。お姉ちゃんと一緒じゃ、勝てると思えないから……」

「君にそこまで言わせるとは余程すごいんだね。じゃあさ、ユニ君は変身すると外見が結構変わるけど、お姉さんも変わるのかな?」

 

 最初は誇らしげだったが、少し沈んだようにユニ君は教えてくれた。その様子から、自分では姉に勝てないと思っているのが読み取れる。この子にとってお姉さんと言うのは憧れであり自慢であり、最大の壁なのかもしれない。

 

「ええ、変わるわよ。やっぱり特徴的なのは髪の毛かな。普段はアタシと一緒の黒だけど、変身したときは銀髪になるの。プロセッサユニットを展開して空を駆る姿は、凄く格好良いんだから!」

「なるほど。姉妹らしく二人とも似たような感じになる訳だね」

 

 話を聞く限り、変身前も後も二人は姉妹と言うだけあって似ているようだ。今回の仕事は可能ならば女神の救出も含まれている。ある程度の特徴を聞けば、僕一人でもギョウカイ墓場でなら見つけ出す事は可能だと思えた。普通の町ならばまず無理だろうが、この場所は普通の手段では人は来れないらしい。ならば、それほど多くの人がいる筈が無いからだ。

 

「……なんだ、アレは」

 

 ゆっくりと警戒しながらギョウカイ墓場を進んでいくと、奇妙なものを見つけた。生物の手足のように伸びたつた。触手と言うべきだろうか。それが四人の女性を拘束する様に絡め取っていた。捕えられている女性達は全身に傷を負っているらしく、力なく項垂れ捕えられている。いたる所から見受けられる傷が痛々しかった。

 

「うそ……、お姉ちゃん?」

「え?」

 

 隣を歩くユニ君が呆然と零した。捕えられた女神たち。目標であり、大好きな姉。目と鼻の先に存在している。それも仕方が無い事だったのかもしれない。だから、反応が遅れた。今のユニ君に冷静な判断ができる訳が無かった。辺りにシェアの力が集まり、まばゆい光が煌めいた。

 

「お姉ちゃん! 待ってて、今すぐ助けるから!!」

「ちょっと待――」

 

 制止する間も無く、ユニ君は手に持つ大型の銃を構えた。X・M・B(エクス・マルチ・ブラスター)。それがユニ君が女神化したときに持つ武器の名だった。そのまま、女神の一人をとらえている触手に向け銃弾をまき散らす。その威力は女神が持つに相応しいもので、見た目通り凄まじいの一言だ。そして、その力を解き放った時に響く音も又、見た目通りと言えた。辺りに凄まじい砂埃と轟音を響かせる。つまり

 

「な、な、何がおこったっちゅ!? 敵、敵ッちゅか!? ジャ、ジャッジ・ザ・ハード様、敵襲っちゅ!!」

 

 僕たちの存在を辺りに示す事になってしまっていた。そして、女神が囚われていると言う事は、当然とらえているものも存在することを意味していた。自分の考え通りに、何処からともなく慌てたような声が響き渡った。数舜後、凄まじい二つの圧力が近付いて来るのが解った。ギョウカイ墓場全体が震えていると思うほどの強烈な圧力、ビリビリと感じた。反射的に魔力を収束させながら叫ぶ。

 

「ユニ君、敵に備えて!」

「でも、お姉ちゃんが!?」

 

 僕の言葉を聞いたユニ君が焦ったように返した。砂埃を風の魔法で無理やり晴らした先には、四人の女神をとらえる触手が依然として存在している。異界の門を起動したため、力が落ちていたのだろう。触手を断ち切る事はできないでいた。自身の失策と、どうしようもない状況に押し込まれそうな現状に焦っているのが解った。ならば、僕は彼女を支えるだけだ。

 

「女神さまは、僕が何とかする」

「でも……、あ、そうか。増幅器」

「ああ。だから少しだけ頼むよ」

 

 腕に付けたシェア増幅器とシェアクリスタルを見せながら言った。そのまま装置を起動し、シェアクリスタルを手にした。瞬間、どくんと全身を衝撃が駆け巡った。女神化したユニ君に触れた時感じた者を何倍にも増やしたような感覚。それが駆け巡った後、全身から力が溢れるのが解った。できる、初めて剣を使った時の感覚が蘇った。その感覚のまま、シェアクリスタルを長釣丸に沿え、力を解き放つ。

 

「――魂砕(みたまくだき)

 

 一瞬、長釣丸が発光した。まるで女神が変身する時のような淡い光を帯び、その刀身をこれまでとは異なる形に変貌させる。それは血のような赤黒き剣。これまでの長釣丸と違い、特徴的なのは蛇腹のような刀身。光が収まった時長刀から、蛇腹剣へとその姿を変えていた。

 それは、異界の魂として自分が得た力だった。剣の記憶を読み取り再現する力。普段の僕はまだ剣から経験を再現する事しかできないが、シェアクリスタルと増幅器の力を借りる事で今の自分には出来ない次元の能力の行使を可能としていた。剣の記憶から、他の剣を読み取り自身の宿す魔力により一時的に再構築する力だった。本来用いる魔力を、シェアクリスタルの力で代用する事により、魂砕を具現化させることに成功していた。

 その剣は、魔剣。かつて自分と同じく召喚された異界の魂。その男が使ったとされる剣であった。その力は、例え神であろうと魂すら打ち砕く。そんな魔剣であった。再現しているだけというにも拘らず、ぞわりとした悪感が全身を包み込んだ。それに歯を食いしばって耐え、強く握った。

 

「アンタ、その武器は」

「話は後だよ。まずは」

 

 女神を捕えているモノを砕く。そう目で告げ、自身の魔力を開放する。魂砕に魔力を注ぎ込み、一気に踏み込んだ。

 

 ――ソウル・クラッシュ

 

 シェアの力と魔力とが混じり合い、剣が凄まじい威力を帯びる。ユニ君の持つX・M・Bですら決定打にならなかった触手をまるで泥を斬るかのように抵抗なく引き裂いていた。ずるりとユニ君と同じ銀髪の女神を拘束していた触手が墜ち、そのまま女の子が地に落ちる。

 

「っと」

「うぁ……」

 

 そのまま魔力を維持したまま、女の子を受け止める。抱き留めた瞬間にばちりとユニ君に触れた時と同じ感覚が全身を駆け巡った。苦しそうな呻き声をあげ変身が解除される。ユニ君と同じ黒髪の女性が苦しそうではあるが、何とか息をしていた。

 

 ――月光聖の祈り

 

 右手に持つ魂砕に魔力を維持したまま、左手で抱くユニ君のお姉さんだと思われる女の子に癒しの魔法を施す。あまり得意ではないが、そんな事を言っている場合では無かった。気休めかもしれないが、それで女の子の表情が幾分か和らいだ気がした。

 

「お姉ちゃん!?」

「この子を頼むよ」

 

 ユニ君が此方に走り寄って来る。すぐさまお姉さんをユニ君に託し、魔力を引き出し言葉を紡ぐ。

 

 ――エクス・コマンド

 

 それは、身体能力を向上させる魔法。自身が初めてつかった魔法だった。

 

 ――ファイン・コマンド

 

 それは、速度を向上させる魔法。ユニ君を助ける為、ネプギアさんに施した魔法だった。

 

 ――パワー・エクステンション

 

 それは筋力を増強させる魔法。武器による攻撃や、農作業などを補助する魔法だった。

 

 ――ガード・エクステンション

 

 それは身体に魔力の鎧を纏う魔法。傷つける悪意から身を守る為の魔法だった。

 矢継ぎ早に四つの魔法を重ね掛けし、残る魔力を魂砕に注ぎ込み、強大な圧力に備えた。魂砕を構えなおしたとき、遂に圧力の主が到達した。

 

「以前に続き、また侵入者か。女神どもの信奉者がまだ居るとはな」

 

 そう言い、目の前に現れたのは血のような紅の髪をした女性だった。この世の者とは思えないほど妖艶な女性なのだが、その右目には黒き眼帯が身に付けられ、手には大鎌を携えている。アンバランスな組み合わせの筈なのに、異様なまでにしっくりと来る。しかしそれ以上に目を見張るのは、彼女の背後に展開されている物。女神だけが使う筈のプロッセッサユニットだった。彼女も女神なのだろうか。それは解らないが、目の前の女性がギョウカイ墓場全体を震撼させるような圧力を放っている事だけは解った。

 

「くくく、ふはははは! 何やら五月蝿いと思えば、以前取り逃した人間だとはなぁ! くくく、嬉しいぜぇ。以前は舐めた真似をしてくれたな。あの時の借りをしっかりかえさせてもらうぞ!!」 

 

 そしてもう一つの声。以前に出会った黒の巨人。大斧を肩に担ぐように構え、その無機質なはずの目から強烈過ぎる殺意を放ち僕の事を見据えていた。ざわりと、その場全体が凄まじい圧力に満たされていくのが解った。言われなくても解る。目の前に存在する二人は、今最も出会ってはいけない敵であった。つーっと一筋、冷や汗が頬を伝った。

 

「僕としては、二度と会いたくは無かったんだけどね」

「そうは行くかよ、お前にはたっぷり俺様に付き合って貰わなきゃいけないんだからな!」

 

 そう軽口を返す僕に、黒の巨人は心の底から嬉しそうに言った。

 

「……アンタ、アイツらの事知ってるの?」

「少しね。けど、話している余裕は無いかな」

 

 ユニ君の質問に端的に答える。女性の方は初めて見る顔だったけど、黒の巨人の方とは少なからず因縁があった。

 

「……うぁ、ユ、ニ?」

「お姉ちゃん!?」

 

 その時ユニ君に抱かれていたお姉さんが、うっすらと瞳を開け言った。その目は赤の女神を捕えたまま苦しそうに告げる。

 

「アイツと……、戦っちゃダメ……」

 

 息も絶え絶え、何とかそれだけ告げ彼女はまた意識を失う。凄まじい圧力を感じ取り、黒の女神であるユニ君のお姉さんが警告してくれたのだろう。ならば、その思いを無駄にする訳には行かない。

 

「ユニ君、転移はできるかい?」

「二人分なら何とか……。三人は絶対無理。それに、二人分でも力を集中する為に少し時間が……」

「解った、何とかするよ」

 

 ユニ君の言葉を聞き、覚悟を決める。全身に纏った魔法を体に馴染ませるため、軽く武器を振るった。普段の魔法を施していない状態では視認する事すらできない程の速さで、魂砕が振るわれる。補助魔法の重ね掛け。多すぎる魔法は体に大きな負担をかける。良薬でも飲み過ぎれば毒になるのと同じだった。過ぎたるは猶及ばざるが如し。そんな諺を思い出すが、それを無視して施していた。

 

「アンタどうするつもりなの……?」

「僕がここに残るよ。だから君はお姉さんを連れて逃げるんだ」

「でも、それじゃあアンタが……」

 

 対峙する二人から視線を外さずにユニ君に言い聞かせる。

 

「それが僕の仕事さ。君を無事帰還させる。お姉さんを救出する。二つとも果たせる」

「そう言う事言ってるんじゃないわよ!? それじゃアンタが帰ってこれない」

「けど、それしか無い」

 

 声音からして、きっと泣きそうになっている事が解った。不謹慎だが、そんな彼女の様子が少しだけ嬉しかった。僕がユニ君の事を大事な友達だと思ってくれている様に、この子も僕の事を大事に思ってくれている事が解ったから。口元に小さな笑みが浮かぶのが解った。なら、僕は頑張れる。

 

「アタシも一緒に戦うから! だから一緒に」

「お姉さんを守りながらかい? そんな事無理だって、君が一番解っているだろう」

 

 一緒に行こうと言うユニ君の言葉を切り捨てる。彼女の顔を見なくても震えているのは解っていた。目の前の相手はそれ程に強すぎるから。だからユニ君は泣きそうになっているんだ。今は絶対に勝てない相手と感じたから。

 

「だって、そうだったとしてもッ!? あ、アンタはアタシを支えてくれるって言ったもん!」

「大丈夫だよ」

 

 それでも泣きながら言葉を続けてくれるユニ君を遮り、言った。

 

「僕は死なないからね」

「……本当?」

「ああ」

 

 不安そうに聞き返してくるユニ君に短く答えた。息を呑む気配が伝わってくる。どうやら意思を固めてくれたようだった。

 

「手のかかる友達を置いては死ねないさ」

「……こんな時までアンタは。解った、絶対帰って来なさいよ。約束したからね!」

「ああ、約束だ」

 

 そう言い、締めくくった。ユニ君はもう大丈夫だろう。ならば僕も全力で足掻く事が出来る。そんな思いを以て立ちはだかる二人を見据えた。

 

「話は終わったか?」

「ああ、待たせたね」

 

 つまらなそうに言った赤の女神に小さく返す。その全身から赤色の魔力を滲ませながらも此方を淡々と見据えていた。意外と律儀なのだろうか。そんな場違いな事を思う。

 

「戦う前の茶番には付き合ってやったんだ、精々俺を楽しませろよおおおお!」

「ああ、今回は全力で相手をするよ。心の赴くまま、ね」

 

 黒き巨人の言葉を聞き、笑みを浮かべる。戦うのは未だ怖いけど、その位の虚勢を張る事が出来る程度にはなれる事が出来ていた。

 

「僕の名前は、四条優一。名前を聞いても良いかな」

 

 傍らでシェアの力が集っていくのが解った。もう少しだけ時間を稼ぐために言葉を紡ぐ。

 

「マジック・ザ・ハード」

「ジャッジ・ザ・ハードだ!」

 

 赤の女神は端的に、黒の巨人は乱暴にそう名乗った。傍らのシェアの力、安定したのが解った。

 

「絶対死んだら駄目なんだからね」

「ああ、」

 

 転移をする瞬間、ユニ君がそう言った。その言葉に頷く。姿を消す、その瞬間が訪れようとしていた。だから、

 

「ごめんね」

 

 最後にそう呟いた。

 

「ユ――」

 

 ユニ君の姿が消える瞬間、動揺した気配が伝わりそのまま潰えた。

 

「待たせたね」

「成程、何かを狙っているのは解っていたが、そう言う事だったのか」

 

 僕が魂砕を構えなおしながら言うと、マジックは小さく頷きながら呟いた。

 

「はっ、そんな事どうでも良いじゃねぇか! これから心躍る戦いが始まるんだから。なぁ、異界の魂!!」

「そうだね。相手をさせて貰うよ」

 

 頷く。今まででも凄まじい圧力だったが、それが更に強くなった。苦笑が浮かぶ。絶体絶命の状況で有りながら、それでも僕は死ぬと言う気がまるでしなかったから。何処かが壊れてしまったのだろうか。そんな事を考える余裕すらあった。

 

「異界の魂、だと……?」

 

 ジャッジの言葉に、マジックは怪訝そうな表情を浮かべた。冷徹な双眸に、僅かに困惑の色が宿った。だが、それを気にしている余裕は無かった。何故なら、

 

「さぁ、何時ぞやの続きを始めようか、異界の魂!!」

 

 ジャッジ・ザ・ハードが大斧を振りかざし、暴風のような威を以て向かって来ていたから。

 

「力を借りるよ」

 

 魂砕に小さく呟きジャッジを見据えた。

 

「成程。女神を一人逃したが、ある意味ではこちらの方が収穫だったかもしれないな」

 

 マジックの呟きが木霊する。戦いの火蓋が今、切られたのだった。




ハードモード入りました。難易度的な意味で

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