異界の魂   作:副隊長

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救世と悲壮の物語
1話 召喚


 最後に光を見たのは何時だっただろうか。両の瞳の上に巻かれた包帯にそっと触れ、そんな事を思う。自分達よりも遥かに高い場所から世界を淡く照らす光。時間にすれば短時間ではあるが、自分の世界が光を失って以来、その尊さを嫌と言うほど思い知った。だからこそ夢想する。つい先日まで瞳に映していた、光のある世界とは、どんなものであっただろうか。

 

「……。流石に緊張しますね」

「それは仕方ないさ、四条君。あんな事故にあったのなら、誰だって怖いさ」

 

 主治医の先生が幾分か緊張を孕んだ声音でそう答えた。患者である僕を心配させないようにしてくれているのは、声色からも容易に想像できるが、そう告げた本人も気が気でないのが感じられる。それでも励まそうとしてくれている気持ちが解り、素直に嬉しく感じる。先生は良い人なんだなぁ。そんな場違いな事を思ってしまった。

 

「では、外します」

「お願いします」

 

 病院のベッドに腰掛けたまま、先生の言葉に頷く。すぐさま顔に巻かれていた包帯が解かれていく。それ程時間のかかる作業では無い筈なのだが、嫌に長い時間がかかっているように感じる。静まり返った病室の中、自分の心臓が早鐘を打つ音だけが、はっきりと聞こえてくる。果たしてこの目は、光を映すのだろうか。

 

 交通事故に遭っていた。その時に両目と両足、そして家族を失った。両親と自分、高校の卒業記念に家族で旅行に出かけた日の事だった。父が車を運転し、母が助手席に自分は後部座席に座り、とりとめの無い話をしながらの旅行であった。卒業記念と言う事もあり、皆、気付かないうちに羽目を外していたのかもしれない。或いは、普段通らない道だったからかもしれない。気付いたときには、誰かに助け出されているところだった。

 

「どう、でしょうか?」

 

 やがて、先生が全ての包帯を外し終え、静かに聞いてきた。一度深く深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。大丈夫。そう心の中で呟き、ゆっくりと瞳を開けた。

 

「……」

 

 ゆっくりと開いた視界。それが映したものは――

 

「……無い」

 

 ――何も無かった。

 この日四条優一は、光を完全に失った。

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、紫の閃光がその刃を煌めかせ、駆け抜ける。視線の先には、赤の女神。倒すべき、敵である赤に狙いを定め、紫の女神は肉薄する。マジック・ザ・ハード。それが倒すべき敵であった。

 

「これならっ!」

 

 紫の女神、パープルハートが切り込んだところに追従する形で、黒の女神も剣を手にし仕掛ける。黒の女神、ブラックハート。パープルハートの動きに合わせ、剣を手にした二人がマジック・ザ・ハードにその刃を奔らせる。二対一。単純故に、相手にし難い連携だった。

 

「無駄だ」

「つぅ、あぁっ!」

「そんな……」

 

 それでも、赤の女神には届かない。パープルハートの斬撃を半身を反らし、体捌きだけで往なし、すれ違い様に一撃入れた後、迫り来るブラックハートの一撃をも無造作に避け、その両手に持つ大鎌で無防備な体に向け、一撃を放つ。黒と紫の女神、決死の一撃もむなしく、膝をついた。

 

「ここですっ!」

「貰った!」

 

 二人の女神が作った隙。その僅かな可能性にかけ、緑の女神グリーンハートと白の女神ホワイトハートが、その槍と斧を以て襲い掛かる。二対の女神による強襲。黒と紫の次に、白と緑が牙を剥く。緑の軌跡が赤に迫り、白が振り下ろされる。が――、

 

「それだけ、か?」

 

 落胆したような赤の女神の呟き。大鎌の一薙ぎを以て、二対の女神を弾き飛ばす。その様に、疲労の色は無く。ただ淡々と、四対の女神を見据えている。悠然と構え、地に堕ちた女神たちを見下す様は、圧倒的強者の余裕と、ある種の失望を感じさせる。四対一でありながらこの為体。彼我の実力差は明白であった。それ程までに、赤の女神の実力は圧倒的であったのである。

 

「まだよっ!」

 

 ぎりっと歯を噛み、パープルハートが半ば絞り出すように吼えると、再び躍りかかる。紫の閃光。その軌跡に大鎌を滑り込ませることで、マジック・ザ・ハードは容易く受け止めていた。

 

「無駄だ、と言った」

「そんな……くあぁぁ!!」

 

 そして、受け止めたパープルハートに無感動に告げ、力任せに薙ぎ払った。風を突き破る音とともに、紫の女神は今一度地に堕ちる。ソレを一瞥すらしないまま、赤の女神は残った女神を打倒した。

 

「もう、やめて」

「……」

「こんな、このままじゃ、ゲイムギョウ界が壊れちゃうよ」

 

 最後に残った女神。否、女神候補生の少女が、赤の女神に言った。力も無く、ただ4人の女神が落ちる様を見ている事しかできなかった女神候補生。その少女――ネプギア――の言葉を聞きながらも、赤の女神は止まらない。

 

「終わりだ」

 

 ネプギアが最後に見たのは、淡々と告げる赤の女神の瞳だった。

 

 

 

 

 

「そんな、ネプギアまで……」

 

 地に伏した女神、パープルハートは絞り出すように言った。自身の妹が倒される。彼女はその光景を見ている事しかできなかった。女神の力の源であるシェアが足りなかった等、言い訳にもならない。自分が弱かったから、ネプギアを守れなかった。その思いだけが、パープルハートの胸に募る。何故、どうして。そんな解りきったことを自問してしまう。

 

「ネプ、テューヌ」

「ノワ、ール?」

 

 地に伏せる紫の女神に、黒の女神が声をかける。気付けば彼女以外の三人の女神が、パープルハートの傍に集まってきていた。女神と呼ばれる存在の四人であるが、傷付き地に伏せる姿は悲しくなるほど弱弱しい。

 

「悔しいけど、今の私たちじゃ逆立ちしてもあいつには勝てないわ」

「らしくないわね、ノワール。でも、確かにそうかも」

 

 言葉通り悔しそうにブラックハートこと、ノワールは呟く。

 

「そうですわね。四人がかりなら何とかなると思っていましたけど、甘すぎる見通しでしたわね」

「それを言うなら私だってそうだったわ」

 

 その言葉に同意する様に、グリーンハートが続ける。

 

「まさか、あれほどとは思わなかった。彼我のシェアの差がこれ程までに大きいとは、思わなかったぜ」

「そう、ね」

 

 息も絶え絶えに言うホワイトハートに、パープルハートこと、ネプテューヌは力なく同意する。認めたくは無いが、今の自分たちではどうしようもないと言う事が嫌と言うほど理解できた。ゆっくりと、絶望が女神たちを包み込む。今の自分たち(・・・・・・)では、どうやっても勝てない。皆がそう理解した。

 

「今の私たちでは勝てない……。けど、倒さなきゃいけない。なら、どうすればいい?」

 

 ネプテューヌの呟き。できないけど、やらなければいけない。ならば如何するのが最善なのか。ソレを四人の女神は考える。自分たちでは、どうやっても倒す事が出来ない。万全でも負けた今、負傷している現状ではどう足掻いても勝てないのは火を見るより明らかだった。相手は女神である。同じ女神が勝てないならば、何ならば勝てると言うのか。

 

『……あ』

 

 四人の女神が同時に思い至った。自分たちでは倒せない。ならば、倒せる者にやってもらうしかない。その結論に至るのは難しい事では無かった。だが、何を以て倒すのか。そう考えた時、一つの可能性に四人は行き当った。女神が4人がかりで倒せなかった相手。それは、女神候補生であったとしても倒す事は難しい。だからと言って、この世界で女神に勝てる可能性がある存在と言えば、女神候補生しかなかった。

 ならば、この世界の存在でなければどうか。四人の女神はその結論に辿り着いた。

 

「皆……」

「その顔は、何か思いついたようねネプテューヌ」

「そう言うノワールこそ、妙案が思いついたみたいね」

「と言うか、皆さん何か閃いた様な顔をしていますわね」

 

 四人の女神は言葉を紡ぐ。その瞳は、先ほどまでの様に絶望にのみ込まれかけているような不安げな表情では無かった。

 

「ええ、今の私たちでは勝てないと言うのなら、勝てる相手を呼ぶしかないわ」

 

 ネプテューヌは告げる。三人の女神も黙って頷いた。全員が同じ結論に辿り着いていたのだ。勝てる者がいないなら、呼べばいいのだ。単純な話であった。

 

「問題があるとしたら……」

「今のシェアで呼び出せるか、そもそも本当にできる術なのか、だな」

「そうですわね、ブラン。だけど、やるしかありませんの」

 

 ネプテューヌの言葉に、ホワイトハートことブランが懸念である点を示す。ソレに、グリーンハートこと、ベールが諭すようにつづけた。最早彼女たちにはこれ以外打つ手は無かったからだ。

 

「ベールの言うとおりね。悩んだところで、これしか手は無いの。やるわよ、皆」

「皆、手を」

 

 そして、全員が腹を決め、その手を繋いだ。そして四人が持つ力を、一つに合わせる。女神たちに残された力が収束し、一つの大きな力となった。

 

「何をしている」

 

 異変に気付いた赤の女神が迫るが、既に術式は完成していた。

 

『来て、異界の魂』  

 

 赤の女神が辿り着く前に、女神たちが全てを終えた。膨れ上がった力。それが弾け、一面をまばゆい光が奔った。膨大な力の奔流を感じ、思わずマジック・ザ・ハードはその場に踏みとどまる。僅かに目を背け、光が収束するのを待つ。そして、見た。

 

「そんな……」

「うそ、でしょ」

 

 黒と紫の女神は呆然と、呟いた。確かに残る力のほとんどを消費していた。だが、其処に何も居なかった。

 

「ここまで、か」

「ええ、もう本当に何もできませんわ」

 

 白と緑の女神もただ、肩を落とした。彼女たちのしようとしたことは、ただの徒労で終わったからだ。

 

「……異界の魂、か」

 

 赤の女神は戦意を完全になくした女神達を見据え、呟いた。

 

 

 異界の魂。とある世界に伝わる、禁じられた魔法がある。異世界より人間を召喚する魔法だ。世界を超える過程で膨大な力と知識を得ると言われている。彼らが得る力は、神をも凌ぐと伝わっていた。そして、その魔法で呼び出された人間の事を、『異界の魂』と言った。

 

 何故、他の世界に伝わる魔法がゲイムギョウ界に存在するのか。そもそも、本当にその魔法は正しく効果を発揮するのか。それすらも解らない魔法を女神たちは使おうとしていた。それは、結果として失敗し、女神たち四人の戦力を完全に削ぐ結果に至った。其処まで追い詰められていた。あとが無かったのだ。そう赤の女神は理解した。

 

「女神は終わったな」

 

 マジック・ザ・ハードの呟きが辺りに響き渡る。彼女の脅威になる者は、最早この地には存在しなかった。

 

 

 

 

 

 三年の月日が流れた。ようやく光の無い生活にも慣れ、不自由無くとは到底言えないが、それでも何とか暮らしていけるようになってはいた。目が見えず、足も動かない。そんな自分であったが、祖父母と叔父の家族が自分の後を名乗り出てくれたおかげで、人並み程度の生活をする事が出来ていた。あくまで補助があってだが、それでもある程度は生活する事ができるのだ。その点に関していえば、どれだけ感謝しても足りないと思う。けど、ただ生きているだけ。あえて言うならば、死んでいないだけの生活だった。大事な人を失い、光と自由も失った。それで何を楽しめると言うのか。そう、思ってしまう。

 

「生きているだけでも、幸せだと思わないと」

 

 言い聞かせるように、呟く。自分は両親と一緒に死ねなかった。死にそうになりながらも生き残った。死にたいと思った事はある。だが、実際に行動を起こす程の勇気は無かった。目が見えない。それでも舌を噛んだりなんなりやりようはある。結局、怖くてできなかったと言う事だ。

 

「けど、僕は何を糧に生きればいいのかな」

 

 楽しめる事が無かった。生きる糧が無い。だが、かといって死ぬような度胸も無い。文字通り、ただ生きている。そんな半端もの。それが僕と言う人間なのだろう。そう考えると、酷く悲しかった。

 

「だめだな。一人だと、ネガティブな方に思考が進んでいく。もっと前向きにいかなきゃ」

 

 頬を軽く両手でたたく。目と足は無くしたけど、手や五感のほとんどは無事なのだ。それならきっと何かある。そう自分に言い聞かせる。

 意識を研ぎ澄ませる。虫の歌声が聞こえてきた。鳥の囀りが聞こえ、風が穏やかに吹き渡る音を感じる。目が見えない分、色々な音が良く聞こえるようになった気がしていた。

 

「生きるって言うのは、難しいな」

 

 響き渡る音色。その様々な音に耳を澄ませ、誰ともなしに呟いた。

 

 

 

 

 

 ――ここでやられちゃうの?

 ネプギアは、追い詰められていた。三年前に四人の女神たちが赤の女神に敗北し、姉であるネプテューヌ共々、捕えられてしまっていた。それから三年の時をかけ、漸く友人であるコンパとアイエフの二人に助け出されるも、女神たちを監視していたジャッジ・ザ・ハードと言う、黒の巨人に襲われていた。ジャッジは赤の女神の仲間だった。三年前よりもさらにシェアが落ちている状態で、更にネプギア自身先ほど助け出されたばかりであり、とても戦える状態では無い。赤の女神と同じで、今のネプギアにはどう足掻いても、勝てる相手では無かった。

 

「つまらん、つまらんぞおおお!! 本当にお前の力はこの程度なのか!」

「だめっ、このままじゃ、また負けちゃう。やだよ、そんなのは……やだ」

「……もう良い。弱い相手を嬲ったところでつまらん。」 

 

 ネプギアの頭の中で、赤の女神に手も足も出ずに敗れ去った記憶が思い浮かぶ。手が震えた。足が震えた。だけど、逃げる訳には行かなかった。

 

「っ、ネプギア、コンパ、逃げなさい。こいつは私が何とか止めるから、その隙に逃げなさい!」

「だ、だめですぅ、アイちゃん。そんなことしたらアイちゃんが」

「聞き分けなさい。誰かが残らないと、逃げきれない。起きたばかりのネプギアと、後衛のコンパには無理よ」

「ですけど」 

 

 この場で自分が逃げれば、また取り返しのつかない事になる。ネプギアはそんな予感をはっきりと感じていた。震える体を叱咤し、ジャッジ・ザ・ハードを見据える。その手には、コンパがネプギアを助けるために使ったシェアを凝縮させた結晶、シェアクリスタルが握られていた。

 ――これを使えば。

 ジャッジ・ザ・ハードがその手に持つ巨大な斧を振りかぶった。

 

「うおおおおおおおお!!」

「お願い、間に合って。皆を守って!!」 

 

 考えている暇は無い。咄嗟に、ネプギアはシェアクリスタルをジャッジ・ザ・ハードに向けて突き出した。

 瞬間、強烈な閃光が辺りを包み込んだ。

 

「うおおおおお!! 何だこの光は、くそ、前が見えん。目が、目があああ!!」 

「うそ、効いてる!? やるじゃないネプギア、このまま引くわよ」

 

 びしりと何かが砕ける音とともに、突如発生した強烈な光。ソレをもろに浴びたジャッジ・ザ・ハードは両目を抑えもだえ苦しんでいる。ソレを見たアイエフが、ネプギアを促す。この場で隙をついても、とても戦って勝てる相手では無かった。 

 

「良かった……」

「ギアちゃん!?」

 

 あとは逃げるだけ。その局面に来た時、ネプギアは意識を失ってしまった。目覚めたばかりと言う事に加え、ジャッジ・ザ・ハードを相手に立ち回り、今無理やりシェアクリスタルの力を使った事で、ネプギアの許容範囲を大きく超えてしまったからであった。

 

「ちょ、今気絶なんてしたら……」

『お二人とも、此処は引いてください。今の戦力では目の前の敵には勝てません。一度、体制を立て直しましょう』

 

 驚くアイエフ。直後に手に持つ端末から声が聞こえてきた。声の主はプラネテューヌの教祖、イストワールであった。

 

「解りました。コンパ、さっきも言ったけど、引くわよ。ネプギアを運ぶの手伝って!」

「は、はいですぅ!」

 

 逃げるしかない。だからこそ、動きは迅速だった。ジャッジ・ザ・ハードが回復しないうちに、距離を取るため、全速力でその場から離れていった。

 

 

 

 

 

「……っ、ここは何処だ?」

 

 思わず目を開き見たのは、薄暗くどこかおぞましい場所であった。何やら巨大な端末らしきものや、コードらしきものが見えるのだが、用途が良く解らない。そもそも、このような規模のモノ、見た事が無かった。

 

「……っあ、なんで目が? それに、足も動く……?」

 

 そこまで見たところで、気付いた。何故、自分の目が光を映している。何故、脚が動く。訳が解らなかった。だが、自身の目は確かに当たりの風景を移し、両の足で地を踏みしめていた。それが、不可思議であった。

 不意に、涙が零れた。理由は解らない。だが、何故か目が見え足が動く。それは自分にとって間違いなく奇跡と言って良い事であったからだ。その理不尽ともいえる奇跡、それに只々涙が流れる。

 

「っづぁ!?」

 

 喜びを噛み締めていたところで、言葉に形容しがたい程の痛みが頭に走る。思わず膝をついた。だが、確かに足が動く。その事実が苦しみながらも気分を高揚させていた。

 

「ぐぁ、異界の魂、魔族、神、強制進化、最終戦争、超先史文明、天魔、魔法、ソード・オブ・カオス……」

 

 知らない知識が頭の中を駆け巡る。言うならばそれは知識の奔流。知るはずの無い知識。在るはずの無い術式。解るはずの無い理論。一つの到達点。それが頭を、五感を通り抜ける。

 

「がぁ、ゲイムギョウ界、剣の極地、女神、裏奥義、シェア、犯罪神、魔物、ゲイムキャラ、バ……」

 

 頭をよぎる知識の中に、何か異質なものが混じっているのを感じた。とは言え、よぎる知識全てが身に覚えが無いため、更に何が異質かと問われれば解らない。痛みを堪えつつ、ただ波が引くのを待つ。視界が説明しがたい色を帯びるが、それでも見えると言う事実に歓喜する。

 

「つぁ、はぁ、はぁ、なん、なのかな、っぁ、今のは」

 

 暫く堪えたところで、幾分か痛みが引き始める。訳が分からなかった。だが、意味は解った。前触れなく、それこそパソコンに何かをインストールするかのごとく詰め込まれた知識。それが正しいものだと仮定するならば、だが。

 額を抑えながら情報を整理していく。急に得た情報が多すぎる。だからこそ、この場では情報を選別する必要があった。

 

「けど、これは、なぁ。幾らなんでも突拍子が無さすぎるよ」

 

 結果、苦笑が浮かんだ。自分が得たのは、世界の知識であった。それも異世界のものである。神やら魔族やらが存在する。魔法の知識、世界の出来事、或いは見た事も無いような文字。それ全てが鮮明に理解できる。何よりも、自分の状況が自分の知識によって理解できた。

 

「異界の魂、か。事実だとすれば凄い事になった。あはは、笑えないね」

 

 ぼんやりと、呟いた。はっきり言うと、信じられるわけでは無かった。だが、あり得ない出来事が何度も起こってくると、あながち全てが間違っているともいえない。少なくとも、自分の目と足は治っていた。有り得ない奇跡であったのだ。

 

「困ったなぁ。ってなんだろ、これ」

 

 どうしたものかと思ったところで、ふと足元に何か落ちている事に気付いた。棒状の物体。手に取る。

 

「っ!? ああ、またこのパターンか。少し慣れたかな」

 

 触れた瞬間に、また知識が流れる。思わず瞳を閉じる。とは言え先ほどの様に膨大なものでは無かった。この剣に関する事であった。どのように作られ、誰の手に渡り、なぜこの場にあるのか、ソレを感覚的に理解する。それは、きっと異常な事だ。だけど、それができると言う事はつい先ほど、知っていた。だからこそ、驚く事は無かった。その代り更に困惑が増した。いよいよ、先ほど得た知識が信憑性を増した。少なくとも、一つは事実であった。

 

「君の名前は長釣丸って言うんだ。よろしく」

 

 思わずそんな言葉をかけてしまった。長釣丸の歩んだ歴史を見た。その所為か、妙に愛着が出てしまったのだ。明らかにおかしいとは思うのだが、僕の許容量もそろそろ限界だったため、深くは気にしない事にする。だからこそ、それがそこに来ている事に気付かなかった。

 

「お前は何だ?」

 

 問われた。目を開き、声のした方に視線を向ける。其処には――

 

「ロボット?」

 

 黒を基調とした重厚感のある形状をしたロボットらしきものが此方を見ていた。手に持つのは巨大な斧。視線が数舜混じり合う。ひんやりと嫌な汗が背筋を伝った。

 

「なぜ人間がいる。さてはお前もさっきの奴らの仲間だな。ならばたっぷりとあいてをしてもらおうかあああ!!」

「っ!?」

 

 上がる咆哮。全身が総毛だった。感じた事の無い、敵意。ソレをぶつけられていた。強く、先ほど手にした剣を強く握った。黒の巨人とでもいうべき者が、その手に持つ斧を振り上げ肉薄してきた。怖いと思った。だが、不思議と死ぬとは思わなかった。咆哮が響き渡る。それはさながら開戦の合図だった。




アイディアファクトリーの設定が結構あったりします。知ってると多少は面白いかもしれません。

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